14-2 新学期
本日もよろしくお願いします。
夏休みが終わり、学校が始まった。
地球さんがレベルアップして1年半。ダンジョンがあるのも日常になりつつあるこの夏休みに、女子高生たちは日本中を飛び回ってダンジョン遠征を楽しんでいた。必然的に、新学期初日の朝はもうお祭り騒ぎだ。
いつもの登校時間から30分も早く来て、自分たちの旅話をキャッキャと話す。当然、言葉と一緒に飛び交うのはお土産だ。
「命子屋さんだよー。キスミア銘菓のねこじゃらしクッキーだよー。なんとクッキーの形がネコちゃんだ。キスミア銘菓のねこじゃらしクッキーだよー」
そんな教室で命子はお店を開いていた。
さっきまでネコミミをつけて店番をしていたが、野盗系女子高生にぶん取られて今は龍角オンリー。ネコミミをつけた女子たちはスマホで撮影会をしてハイテンション。
「店員さん、おひとつちょうだいな」
ニコニコしながらやってきたのはクラスメイトのナナコ。
その頭には精霊のルナがちょこん。
「おっとっと、お代が先ですぜ、へへっ」
「チッ、ちゃっかりしてやがる。ほらよ」
ナナコは業務用のミニ紙皿を机に置いた。
お新香がたくさん載っていた。
「これこれ、へへっ。ありがてぇありがてぇ! うまー!」
爪楊枝をぶっ刺してお新香をモリモリと食べた命子は、ペカーッ!
ナナコは猫じゃらしクッキーを食べ、まあこんなもんか、といった感想を胸に秘める。ぶっちゃけ、スーパーで買えるクッキーの方が美味しい。
「ていうか、漬物系を買ってきた人多くない? ナナコちゃんの漬物で私、3杯目なんだけど。女子高生とは思えないお土産のセンスだよ。いったいなに考えてるの?」
「命子ちゃんが最初に持ってきたんでしょうがよーっ!?」
「テヘペロこっつんこインフェルノ!」
「でも私の他にも2人持ってくるとは思わなかったわー。あと1袋あるんだけど、命子ちゃんって公式プロフィールによると漬物ならガロンで食べられるんだよね?」
「まあ、ガロンはさすがに言い過ぎかな。コロンくらいなら食べられるよ」
「あたしの知らない単位が出てきちゃった」
「知らないの? ハムスターの頬袋一杯分が国際単位のコロンだよ」
「はーん、そうするとだいたい漬物1kg分くらいか」
「あー、ハムスター見たことない人だったりする? それだとハムスターが爆散しちゃうよ。てか、2袋買って来ちゃったの? パックの封を切ってないなら家に持って帰ればいいじゃん」
「家にはもう4kg買ってっちゃったもん」
「加減を知らねえんだよなぁ、最近の女子高生は」
「加減を知らない女子高生日本代表にだけは言われたくないわ」
「じゃあ、職員室の冷蔵庫にぶち込んでおけば誰か食べるんじゃない? 奴らとて昼休みに雲や霞を食べているわけではあるまい」
「めいあーん! これは先生たちも泣いて喜びますわー」
解決!
ナナコは漬物を買ってきた他のクラスメイトと一緒に、『おすそわけ』『いつもありがとうございます』『もう食べられないぴえん』と付箋を貼った漬物を職員室の冷蔵庫にぶち込んでおくことにした。都合3kg。怒られそうなので誰からの贈り物かは書かない。
「それでどうだったのダンジョン」
多くの生徒と日本に帰ってきた時に多少は話しているが、命子もいろいろと忙しかったのでちゃんと話すのは久しぶりだった。
「クリアしてきたよー。2泊3日を3セット。もう琵琶湖近辺は庭みたいなもんですわ」
「言う言う~! ホテルは?」
「あらあら、羊谷さんともあろう人がホテルって。海外に行ってすっかり牙が抜かれちゃったようですね。旅館よ、旅館。おーりょーかーん! いやー、マジ良かったわー。お部屋に入った瞬間に畳の匂いがふわって咲くの。その時ね、頭の中で声がしたんだ。君は人間レベルが20上がったよ、って。CVは常坂・ジェームス・信二さん」
「それ気のせいってんだぞ」
ナナコはスマホで撮影した内装や、その部屋に運び込まれたであろう夕飯を命子に見せた。ちなみに常坂・ジェームス・信二さんは渋い声のアニメ声優。
「良い部屋泊まってんなぁ。うーん、女子高生の旅とは思えない」
「旅の出費はダンジョンで稼ぐ。冒険者だもの」
「言う言う~!」
ダンジョンから得られる資源の需要は尽きることがない。
特にボス魔石は飛空艇の材料になり、Gランクでも結構な価格となる。ボスは繰り返し倒すとどんどんドロップ率が悪くなるので、値崩れもいまのところしていない。
そんなだから、頻繁にダンジョンに入っている女子高生の稼ぎはかなりのものだった。
「配信にダンジョンに修行に……いやー、過去一忙しい夏休みだったわー」
ダンジョンへたくさん入っている生徒たちは、1年生と鎌倉のダンジョンをクリアしたり、自分のパーティでE級やD級のダンジョンを攻めたり、忙しく過ごしたようである。
なお、ナナコは2泊3日と言っているが、地上に泊まったりもしているので、正確には家から出発して3泊4日の3セットだったりする。
「皆さん、おはようございますわ……って、お漬物の香りが凄いですわね!?」
「キュウリのお新香デス! ちょうだいちょうだーい!」
「ニッポンさんはナスをお漬物にするでゴザルか。うまー。おかわりでゴザル!」
ささらたちも登校して、一層と賑やかに。
予鈴が鳴ってもキャッキャは続き、本鈴と共にアネゴ先生が入ってきて、やっと席に着き始める。そんなアネゴ先生は教室に入ってくるなり一言。
「漬物くっさ!」
本来ならお菓子の匂いがするのに。
変わり者の生徒が着々と増えてきていた。
1年生の教室でもお祭り騒ぎ。
誰それ先輩と一緒にダンジョンを攻略したとか、この夏でジョブをマスターした等々、キャッキャ。
「有鴨さんおはよう!」
「ぴゃ、お、おはよう」
「天空航路見たよーっ!」
「ぴゃわ……う、うむ。ブイ」
そんな場所にコミュ障が登校し、すぐに囲まれた。
紫蓮はいそいそとカバンからキスミア土産の猫じゃらしクッキーを出した。
「キスミアのお土産。食べていいよ」
レアお土産が提供され、どんどん減っていく。代わりに各地のお土産がどんどん机に置かれていった。
そして、猫じゃらしクッキーを食べた生徒たちは、まあこんなもんか、といった感想。期待値が膨らみやすい海外のお土産あるあるだ。
「おはようございます。紫蓮さん」
「おいーっす。久しぶり、紫蓮ちゃん」
「むっ、おはよう。キャルメ、環奈」
紫蓮に挨拶に来たのは、天才少女のキャルメと八重歯が可愛い犬田環奈。
「はい、紫蓮ちゃんにもこれなー」
「なんで漬物?」
出されたのは漬物だった。
「うんとなー。一緒にダンジョンに行ったお姉様がクラスのお土産は漬物が鉄板だって言ってたんだー。ホントにめっちゃ人気なんだぜー」
変化球を1年生にも教えたヤツがいる。
そして、そう言っているそばから周りにいるクラスメイトたちは漬物に楊枝を刺していく。謎の吸引力。
「……なるほど、使い方を見切った」
賢い紫蓮はお土産にもらったチョコクッキーを食べ、漬物を食べる。美味い!
そんな紫蓮のテーブルに、キャルメがそっとお茶を置いた。コンボが完成した。
なお、風女は各クラスに2ℓ入りの電気ポットが2つ置かれていた。生徒たちの要望により、生徒会長のチーちゃんが先生に掛け合って許可を貰ったのである。
すでに1年生たちはそれを使いこなしており、周りにはコーヒーやお茶、紅茶、インスタント味噌汁などが大量に買い置きされ、マイカップを置いている子も多数。カップラーメンなどの貴重品は各自のロッカーに入っている。
キャルメや犬田と話していた紫蓮は、教室に入ってきた女子に気づき、軽く手を上げた。その女子はパッと笑うと紫蓮の下へやってきた。
「おはようございます、有鴨さん!」
「おはよう、雷雲寺さん」
「見ましたよ!」「見たよ」
挨拶を交わした2人は、二言目に同じことを言った。
テレテレする2人に、天才キャルメが話の円滑化を図り、犬田はさっそく漬物を勧めて雷雲寺を困惑させた。
「雷雲寺さんたちが作ったラビットフライヤーは凄かったですね。僕も現地に見に行きましたよ」
「あたしも見に行ったー! 女子高生がラビットフライヤーを作るなんて凄かったよなー」
周りでもソラ先輩がカッコ良かったとか、石音元部長を生で見たとか話題に花が咲く。
「えへへ! でも、私は魔石粉とか作る係でしたから、あまり参加できたとは言えません」
そう、雷雲寺はこの夏に風女が挑戦した高校生によるラビットフライヤー製作に携わっていた。そして、この少女は有名企業のライジング自動車のお嬢様だったりする。
そんなお嬢様だが、朝に部活動をしてきたのか顎の下に塗料がついていた。ガチ勢である。
「魔石粉を作るのも重要な仕事。砕く前の魔石が綺麗に彫れていなければラビットフライヤーはあんなに見事に飛べないと思う。時代の最先端の裏方を務めたんだから、それは誇っていいと思う」
得意分野なので饒舌に語った紫蓮の言葉に、雷雲寺のテレテレが加速した。
「紫蓮さんの氷の武具も凄かったですね」
天才なキャルメはバランスよく攻守を交代させた。
「それですよ! 凄く綺麗な武具でした!」
雷雲寺はテレテレをやめて興奮した顔で攻めに転じ、紫蓮が照れる番。
全てはキャルメの手のひらの上。
「そ、そういえば、天空航路で浮遊石を発見した。修行部に贈られることになってる」
「えーっ、あの浮遊石を修行部にいただけるんですか!?」
地球さんTVや撮影された動画が公開されているので、みんな命子たちがどんなアイテムをゲットしたかは大体把握していた。浮遊石もそうだ。
「うむ。ちょっと手続きが長びいているけど、そろそろかと思う」
「で、でも、相当な額になるでしょう?」
「まあなると思うけど、羊谷命子たちはロマン特化タイプだから。女子高生飛行部隊を作りたいらしい。我も見てみたい」
「さすがにスケールが違いますね」
大企業のお嬢様を以てしてもそう言わしめる命子たち。
「これは忙しくなりますね! あっ、でも、そうだった……聞きましたか? 合同体育祭の話を」
「聞いたー!」
犬田が代表して答え、紫蓮やキャルメも頷く。
周りの子たちもカッコイイお姉様談義から合同体育祭に変わっていく。
そして、この話題になった頃から、雷雲寺は漬物を食べ始めた。意外に美味い。そんな雷雲寺にキャルメがそっとお菓子とお茶を出した。コンボの条件が全て雷雲寺の前に召喚された。
「生産部門は全体的に、体育祭へ向けて衣装作りに入っているんですよねー。工作部もいまはオシャレ部の手伝いに回ってます」
「すでに忙しいか」
「はい。ソラ部長も紫蓮さんに『付喪姫』についてお話を聞きたいみたいですけど」
「じゃあ放課後行く」
「一緒に行きましょう!」
うむと頷いた紫蓮は、キャルメに目を向けた。
「キャルメは踊りの指導要請とかなかった?」
「ありましたよ。引き受けて、もう振り付け案を何パターンか提出しました」
「仕事がマッハ」
「えへへ。踊りは得意ですからね。そうだ、環奈も集団演武のメンバーに推薦されたんですよね?」
「むふぅ! あたし、双剣部隊なんだ!」
「「おー!」」
すぐに始めなければならなかった集団演武については、夏休み中にいろいろと決めた模様。犬田は二丁手斧を武器にしているので、その関係で双剣演武の係になったようである。
こんなふうに、女子高生たちは夏休みとお別れして、また新しい日々を始めるのだった。
その日の始業式では生徒たちの夏休みの無事を確かめるとともに、合同体育祭についても言及された。
それが終わってから各クラスで始まったホームルームでは、合同体育祭の冊子が配られた。
紫蓮の担任が説明する。
なお、滝沢は紫蓮のクラスの副担任である。
「後日に正式なパンフレットが配布されるが、いま配った冊子に記載されているのが種目とそのルールで、変更はないと思ってくれていい。基本的にどの種目も全学年全クラスからそこに書かれている人数分だけ出ることになる。ウチのクラスから出る人数は先生の手書きの数字がそうだ」
紫蓮はぱっと見は聞いていなさそうな眠たげな眼をしながら、真面目に聞いた。どんな種目があるのかなとペラペラとめくる。2日間の開催なので、種目数は普通の体育祭よりもずっと多い。時代を先取るニュー紫蓮は割とどの種目でもいける自信があった。
「種目は今ここでいきなり決めるのではなく、明後日にまた決めようと思う。それまでに自分が出たい種目の候補をいくつか決めてきてほしい。定員オーバーだったらくじ引きで決めるから、候補は多めに決めておいてくれ。あと、集団演武だけはすでにメンバーが決まっているので、これは候補に入れないように」
集団演武をする犬田やほか数人がふんすぅとする。
他の生徒たちは自分が慕うお姉様と一緒の種目に出ようと計画を始めた。
「みんなが気になっているだろう観戦チケットだが、これは1日目と2日目をそれぞれ10枚ずつ配布することになっている。1日目のチケットでは2日目に入れないし、逆も然りというシステムだな。配布は10月に入ってからだ。あと、追加のチケットが欲しい場合は早めに申し出てくれたら限度はあるが用意できる」
追加のチケットについてはキャルメが喜んだ。
キャルメ団のみんなを招待してあげたいのだが、枚数が足りなかったのだ。どうにかして必要数を集められないか考えていたが、これならどうにかなりそうである。
それからもいろいろ説明があり、最後に1枚のプリントが配布された。
「これは学校行事とは関係あるようなないような微妙な話なんだが、この学校がある風見町からのお知らせになる」
ちょっと説明に困っている担任に、みんな疑問符を浮かべながらプリントを見る。
そして、一部を除いたほとんどの生徒がハッとした。
『風見町大小龍姫祭の開催のお知らせ』
日本、いや世界中に風見町がその名を轟かせた地球さんイベントの防衛戦から、そろそろ1年が経とうとしていた。
読んでくださりありがとうございます。
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