13-35 道標の儀式
遅くなってすみません。
本日もよろしくお願いします。
8月の中頃、いよいよ日本とキスミアが転送魔法で繋がる日が来た。
キスミアには、この日のために西方諸国から多くの人が集まっていた。
交通インフラの革命になりうる技術なので、キスミアと地続きの国からは要人が多く出席している。それ以上に多いのは、その国が推している軍人や個人的に来ている強者の姿だ。
要人は公務としてだが、それ以外の面子の目的は、今日行なわれるイベントで起こるかもしれない神秘に触れ、己の魂を強化することだ。
宗教関係者の姿も意外に多い。各宗教は地球さんのレベルアップに対して教義と相談して折り合いをつけており、修行僧のような人が増えていた。
キスミア時間12時、日本時間では19時。
命子たちはアイルプ家のお庭に設置された椅子にチョコンと座っていた。
周りにはネットやテレビで見たことのある人たちが席に座って談笑している。命子たちの背後にはみんなの親の姿も。
キスミアの転移装置が設置された場所はキスミア代々の巫女家の地下なので、お庭エリアに入れるのは限られた一部の人のみ。
アイルプ家に近い場所は当然良い場所で、各国、各組織の思惑でその席に座る人が決まっている様子。要人が座るよりも国益に適うと考えられているのか、国が推している軍人などがそれに該当する。
命子たちは有名人から握手を求められることもあった。命子たちがいる辺りになると、ネットが上手いから有名になった人はいなかった。各国が推しているだけあって、神秘の探究者として先に名前が売れている人ばかりだ。
アイルプ家の敷地には、他にも、首にリボンや鈴をつけておめかしした猫たちもかなりの数いた。みんなじゃれて遊んだりしておらず、ちゃんと並んでお座りして人間よりも良い子にしている。
そんな猫たちにルルとメリスがちょっかいをかけているがツンとスルー。
メディア関係の人も多く見られた。
キスミア以外のメディア関係者は抽選らしく、命子たちの近くにいるのはネコミミを生やしたカメラマンだ。
イヨの儀式×有名人ばかり——この構図に命子は物凄い既視感を覚えていた。
「ふぅ、それじゃあ……一番、羊谷命子、歌います」
そのプレッシャーに耐え切れなくなった命子がそう言って席を立った。
すると、紫蓮がすかさず拍手を始めた。
命子はやっぱり座り直し、反逆してきた紫蓮の太ももを引っ叩いた。
「なんで命子ちゃんを止めないの! ダメでしょ!」
「解せぬ」
命子は口だけなのである。
「お姉ちゃん、ジッとしてなさい」
「しゅん!」
萌々子に注意されて、命子は力強くしゅんとした。ジッとしてろ。
「メーコはいつもあんな?」
ささらにそう問うたのは、薔薇騎士ソフィアであった。
先日模擬戦をした2人だが、なぜか仲良しになっていた。
「はい。いつもあんな感じですわね。一緒にいてとても楽しいですわ」
「ふーん」
ささらとソフィアが話していると、ルルとメリスがしゅんとしながら帰ってきた。
「にゃー……叱られたデス」
「アイツ、ママ猫でゴザルよ。超厳しかったでゴザル」
ママ猫に叱られたらしい。
そちらを見れば、キスミア猫がジッとルルとメリスがふざけないか監視していた。厳しい。
なお、教授や馬場はこのミッションの責任者の1人として魂魄の泉に降りており、この場にはいない。
猫よりじっとしてられない命子たちだが、やはり注目度が非常に高い。
第二のマナ進化を果たし、先日などはささらが超有名人の薔薇騎士を倒してしまったのでなおさらだ。
そうやってしばらく待機していると、タッチパッドで状況を見ていたささらパパが、儀式が始まったことを教えてくれた。
それとほぼ同時に、アイルプ家に繋がる橋の向こうからピリリとした気配が伝わってくる。
命子たちもスマホをペチペチして生放送を見てみた。
それはキスミアに住む日本人投稿者のチャンネルで、小さな声で状況を説明している。
そう、小さな声で。世界中が注目するイベントだが、歓声のようなものは上がっておらず、厳かな雰囲気だ。
画面に映るのは、並んだアリアとアリアママ、その背後にはイヨの姿が。3人の頭の上にはイザナミとアリス、それからアリアママが契約している精霊が乗っていた。
そして、3人の後にはたくさんの猫が体をうねうねさせながらついてきていた。その背中にはキスミア人が契約しているであろう精霊たちが騎乗して可愛いの完全武装。
本日のイヨはどこかからぶっこ抜いてきた草ではなく、猫じゃらしを5本束にした物を持っていた。それは後ろに続くアリアとアリアママも同じだ。
猫じゃらしならどこかからぶっこ抜いてきたのではないかと疑うところだが、キスミアの猫じゃらしは畑で作られるちゃんとした穀物。3人が持っているのもエリート猫じゃらしで、大きな粒が実り青々とした立派なものであった。
イヨだけは他にも龍神の剣を片手に持って、顔の前で真っ直ぐに立てていた。この龍神の剣を魂魄の泉に作った転移陣に設置するのだ。
3人が猫じゃらしを同じ方向へ振る。シャランではない、うにょんだ。頭の上の精霊たちも同じように自分の体の一部を変化させた光の猫じゃらしをウネウネ。
そんな生放送を見た命子は、今度のミッションも手強そうだぜ、と冷や汗をかいた。
完全に可愛いパレードだが、イヨたちがやっていることは新時代を象徴するような神秘の連続だった。猫じゃらしを振るたびに石造りの橋やその下の土地から翡翠色の光が湧きあがっていく。
橋の片側には席があり、これを見るためにやってきた人たちは魔眼を輝かせ、神秘の光を魂で感じている様子。
これと同じ儀式を日本で行なわれた際には、宗教関係者から祝詞が捧げられていたが、今回はそういうのはなかった。
イヨたちが作る行列が長い橋を渡り終え、いよいよアイルプ家の敷地へと入ってきた。命子たちはもちろんのこと、周りの強者たちも居住まいを正す。
イヨたちがうにょんと猫じゃらしを振った。すると敷地内に並んでいた猫たちが一斉に猫じゃらしを追って顔を動かす。今度は逆側にうにょん。やはり猫たちは揃ってそちらを向く。
命子はギュッと唇を噛み、キリリ顔を維持。
アイルプ家の敷地からも光が湧きあがり、命子は気を取り直して神秘の中に身を投じた。
すると、足元から小さな歌声が聞こえた気がした。
それはついこの前にマナの世界で聞いた歌声によく似ていた気がするけれど、とても遠くてはっきりとはしない。
もっと感じようと集中する姿は命子だけのものではない。周りの人たちはその神秘の光から何かを得ようと、静まり返っていた。
猫じゃらしの動きに合わせて猫たちが顔を移動させるが、もう命子も惑わされなかった。
イヨたちは地下に続く屋敷の中へと入っていった。
橋の方から順番に神秘的な光は消えていき、しばらくすると命子たちを包んでいた光も消えた。
それを合図にしたように、命子たちはドッと息を吐いた。
「イヨちゃんは相変わらず凄いね」
「アリアちゃんも立派だったなぁ」
命子の言葉に、萌々子もそんな感想を言った。
一番年下のアリアだったが、たしかに立派にお勤めを果たしていた。もちろん現当主であるアリアママも同じだ。
「なぜ我らが先祖はドルイドを迫害してしまったのか……」
そんなふうに溜息を吐いた人の声が聞こえた。
イヨやアリアたちは巫女だ。海外の人からすれば、ドルイドやシャーマンである。
彼らが守り受け継いできた神秘の法の大半はすでに失われ、各地にいる神獣とは関係をゼロから構築しなければならなかった。彼らが守ってきた魂魄の泉があったのではないかと考える人も多い。
それに、イヨたちはマナ進化をしていないのに魔力とマナを操っている。それが自由自在と言えるレベルかは不明だが、マナ進化をしている自分たちよりも魂の深淵にいるのは間違いない。
自分たちの神秘の技法はすでに失われ、教えてもらうとしたら古代日本式やキスミア式、あるいはわずかに残っている他国の巫女の様式になってしまう。故郷の美しい山や森を想い、それらの自然を祝福できる巫女が自国にいないことを考えると、溜息を漏らすのも無理はなかった。
命子たちはスマホを開いた。
魂魄の泉に向かったイヨたちの姿は映されないが、今は参加者がどんな反応をしているのかインタビューされていた。
橋の方ではかなり興奮している人が多いようだ。
『コダイミコ、ダイスケなのじゃー!』
ダイスケが古代巫女みたいなことを言っているが、きっと大好きと言いたいのだろう。
良い笑顔でそう告げる外国人男性は、『なのじゃ!』と毛筆調で書かれた白いTシャツを着ている。おそらく、イヨのチャンネルの視聴者である『皆の衆』だろう。
他にインタビューされた人たちも、なのじゃなのじゃと日本語を操る。日本語の危機である。
一方、アイルプ家に近づくほどイヨたちが見せた神秘について冷静に分析していたり、余韻に魂を委ねていたりする人が多い印象。
こういうと達人じみて聞こえるが、マナの神秘を言語で説明する能力をまだ持っていないとも言える。だから、自分の中だけで考えて消化しているのだ。
15分ほど経った時だ。
「なにか来る!」
命子はふいに強い魔力の波動を感じて立ち上がった。
その注意喚起が終わるとほぼ同時に、アイルプ家の屋敷を中心に青い光の奔流が大地から空へと風のように駆け抜けていく。その奔流には大地から生じた謎の雪が混じっており、吹雪となって空へと登っていった。
「うわーっ、冷たい!」
「ぴゃっ!?」「ひゃーんっ!?」
「にゃっ!」「雪でゴザル!?」
その光が駆け抜けていった後には、雪が不自然な形で積もっていた。
植木の葉の裏や家の庇の下側、椅子やそれに座っていたささらたちのふとももの裏側に雪が貼り付いており、重力によって一斉にボトッと落ちた。
それに遅れるようにして、空から雪がハラハラと降ってきた。
雪が地面から空へと昇れば面倒臭いことになるのは必至だが、この場にいる人たちはこの奇妙な体験にキャッキャした。どこからともなく取り出した試験管に雪を入れたりしている。
一番ひどいことになったのは立ち上がっていた命子である。
スカートタイプの巫女服の裾から雪がバサバサと落ちてくる。なお、命子はスパッツを履いているのでセーフ。
「なにかあったんでしょうか?」
ささらが裾を払いながら心配する。
「何かあれば猫たちが騒ぐから大丈夫デスよ」
ルルが指摘するように、キスミア猫たちは自分たちのお腹に付いた雪を舐めて毛繕いをしていた。
「じゃあ平気か」
なるほどと納得した命子は、近くの葉っぱの裏側についている雪を集め始めた。
そして、それを口に入れた。とりあえず食べてみるの精神。
「もぐもぐもぐ……むむぅ!」
「お、お姉ちゃん、お腹壊すよ!」
萌々子が注意するものの、周りの強者たちは目から鱗をジャブジャブ。こういう好奇心が大英雄を作ったのかと。
「でもモモちゃん、これ魔力性の雪だよ。魔味が凄い」
「え」
萌々子も好奇心旺盛な子なので、心の天秤はグラグラ。紫蓮やささらたちも食べているので、天秤はスコンと食べる方向へ傾いた。
「美味しい……」
魔味は新時代になって新たに発見された味覚である。魂を刺激する味と言われるものなわけだが、人類はこの味に耐性がなく美味に感じる人が多かった。
世界に名だたる有名人たちが冬場のガキンチョのように雪を貪っていると、中を確認しに行ったキスミア軍人が特に異常がないことを告げた。
命子たちがホッとしていると、ほどなくして儀式を終えたイヨたちが戻ってきた。そのそばには教授や馬場の姿もある。
「イヨちゃん、大丈夫だった? こっちは地面から雪がブワーッてなったんだよ」
「ホントなのれす! はえー、全部逆さに雪がついてるのれすね」
命子がそう教えてあげると、アリアたちは庭の様子を見て少し驚いた様子。
魔力性の雪だからか、夏の日差しを受けてもまだ溶けていない。
「一時的に龍脈……いや猫脈が強くなったのじゃろうな。機械は変なことになってないかの?」
現代人の命子がそういった心配を一切せずに雪をモグモグしていたのに、古代巫女は機械の心配をすぐにした。イヨは機械が水に弱いことを教わっていたのだ。スマホを風呂に入れると感電する可能性があるからだ。
ノートパソコンやカメラをチェックしてくれたパパ勢によれば、被害はない様子。
状況を把握した3人は、儀式の最後の締めを行なった。
多くのカメラが向けられる中、アリアママがキスミア語で宣言する。
『転移陣の設置は恙なく終わりました。ここにキスミアと日本が転移陣によって繋がったことを宣言します』
その宣言を聞き、参列者は席を立って拍手をした。
長い旅の末にミッションを成功させた命子たちも肩の荷が下りた気分だ。
アリアママは使用言語を日本語に替えて続ける。
「長い旅の末に秘宝とも言うべき龍神の剣を運んでくださった日本の皆様に、深い感謝を申し上げます。そして、古の世界を旅し、このキスミアを愛してくださったクウミ様とその御遺志をお受け取りになったイヨ様に、キスミアは永遠の敬愛を捧げます」
イヨに向き直ったアリアママとアリアが顔を引き締め、両腕を左右に広げた。その背後にはいつの間に集まったのか猫マシマシ。
それを見た命子は、再び既視感に襲われる。
広げた腕が大きく半円を描くように頭上へ移動し、イヨはかつての命子と同じようにほえーとした。
そんなイヨの心情をスルーして、猫神の巫女たちは頭上にある手をゆっくりと頭の上に添えた。
キスミアにおける最上級の感謝の礼、『両耳猫の感謝』である。
「両耳猫は貴殿から受けた恩を生涯忘れません」
ほえーっとしていたイヨだが気を持ち直した。
「それがお主らの感謝のしるしか。ならば妾も応えねばなるまいな。ちょっと待っておるのじゃ」
大きく頷いたイヨは懐から小刀を取り出し、ためらいなく自分の5本の指の先を斬りつけた。ギョッとした一同の前で、小刀から猫じゃらしの束に持ち替えたイヨが血の流れる指を握りしめ、失われし古代の儀式を始めた。
「我らが偉大なる父祖よ。猫神の民を見守り続けたまえ」
拳から解いた親指と人差し指でそれぞれ1本ずつ猫じゃらしを撫でる。
「我らが愛しき末裔よ。猫神の民と歩む時は永遠に健やかなれ」
さらに解いた中指と薬指でやはり猫じゃらしを撫でる。
「我、龍神の巫女イヨは猫神の民の繁栄を願い、血の契りを交わさん」
最後に小指を解いて、猫じゃらしを撫でた。
その光景を見聞きしている命子たちはゴクリと喉を鳴らした。
全ての言葉に強い魔力が宿っており、血の付いた指で撫でるたびに猫じゃらしが黄金色に輝いていく。
輝く猫じゃらしの束を持ち、イヨは東、南、西、北へと順に振った。そのたびに光の粒が大地に降り注いだ。
最後に、感激で涙目になっているアリアとアリアママに向かって振ると、猫じゃらしは光の粒になって2人の頭に降り注いだ。
「猫神の巫女よ。お主らの感謝、龍神の巫女イヨとクウミは確かに受け取った」
そう告げたイヨに、アリアとアリアママは大きく頷いた。
口角を上げて微笑んだイヨは、青い空を見上げた。
「あぁ、そうか。妾の準備も整ったのじゃな」
その言葉に、アリアは首を傾げた。
「なんのことれすか?」
「マナ進化なのじゃ。いま、妾の魂が昇華したのを感じたのじゃ」
「た、大変なのれす! イヨ様、マナ進化するのれすか!?」
「いいや、妾はこの地ではマナ進化ができんのじゃろう」
「ハッ! 龍神の巫女様だからなのれす?」
「うむ。戻ったらきっと始まるのじゃろうな」
今までマナ進化が始まると予測や推測はできても、認識できた人はいない。だが、巫女のイヨはそれを明確に認識していた。
元から龍神の巫女として神秘の世界を生き、こうして現代に蘇ってからは天空航路や魔鼠雪原で冒険し、旅の中では各地の神獣の気配を感じてきた。そして、いま猫神の巫女たちから温かなお礼を貰った。
それらの経験によって自分の魂が大きく成長したとイヨに知覚させたのだ。
「じゃあ早く戻らないとなのれす!」
「自衛隊の者らも色々あるようじゃからの。まあ急ぐ必要はないのじゃ」
日本とキスミアが転移で繋がったとはいえ、それを試すのはまず動物からだ。イヨは転移が成功するのを確信しているが、それはそれなのである。
実際に命子たちが転移装置を使うのは、これから2日後のことだった。
読んでくださりありがとうございます。
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