13-32 氷の盾と転移陣のチェック
遅くなってすみません!
翌朝。
朝食を終えた命子たちは、ひとつのテーブルを囲んでいた。
命子たちの他に、教授と萌々子とアリアがおり、テーブルの上にはささらの盾が置いてあった。
氷雪の心を使う場面はなかなか見る機会がないはずなので、教授たちにも見せてあげようということになったのだ。
萌々子やアリアについては情操教育である。神秘的なものをガンガン見せれば、マナ進化も早まるかもしれない。
この儀式をするにあたり、イヨがスマホで生放送していた。
隙あらば配信である。イヨは、写実的な絵すらなかった時代で育ったので、自分や友達の姿が残る配信に惹かれるのだ。
「皆の衆、始まるのじゃ。命子様が集中するからシーッなのじゃぞ」
:シーッなのじゃぞ。
:こそこそ声たすかる。
:楽しみなのじゃぞ。
:ポテチの音は大丈夫ですか?
とはいえ、リスナーさんにとってもありがたい。
リスナーさんは、氷雪の心という最先端アイテムがもたらす神秘にワクテカだ。
「ささら、それじゃあ始めるよ」
「はい、よろしくお願いします」
命子はささらの返事に頷き返すと、紫蓮が使える状態にした氷雪の心に【合成強化】を使用した。
すると、氷雪の心が光の粒に変わり、盾の中に吸い込まれていく。
「「「おーっ!」」」
すぐに効果は現れ、若草模様があしらわれていた丸盾が、淡い光の中で氷の盾に変化していった。
その変化の中に何か発見はないかと、命子たちは魔眼で観察した。
「ほう。やはり魔導回路に変化が起こるのか」
【神秘眼】を光らせる教授の言葉へ同意するように、紫蓮がコクンと静かに頷く。
魔物素材で作った武具やダンジョン産の武具が強いのは、魔導回路が宿っているからだと、今ではわかっている。
武具の強さは魔導回路の複雑さに比例しており、複雑な物ほど適性のない人では最大の力を引き出せない気難しい武具になっていく。
やがて変化は終わり、そこには氷でできた美しい盾が強力な気配を放って佇んでいた。
ささらは「ほう……」とため息を吐きながら、氷の盾を撫でた。
冷たくはあるが、氷を触るような痛い冷たさではない。それどころか、ささらは、まるで愛犬が頭を撫でる手に顔をこすりつけてくるような、不思議な感覚になった。
「付喪姫……紫蓮さんが見ている世界がなんとなくわかった気がしますわ」
ささらは氷の盾を胸に抱いて、みんなに微笑みかけた。
「紫蓮さん、みなさん。ありがとうございます」
命子もニコパと笑って返した。
「紫蓮君が見ている世界がなんとなくわかったというのはどういうことだい?」
教授が問う。
乙女な感想も見逃さないスタイル。適当に良い感じのことを言いたがる命子や中二病な紫蓮だったら言葉に詰まったかもしれない。しかし、ささらはちゃんとそんな感想を抱いていた。
「なんとなく、撫でられて嬉しがっているように思ったんですわ」
「ほう。となると……もしかしたら、その盾の本当の力は、もはや君しか引き出せないのかもしれないね」
「そうかもしれません」
教授の推測を、ささらはすんなりと肯定できた。
「勇者しか抜けない伝説の剣と同じ原理かな」
:どんな原理だwww
:勇者の剣の原理を解明しているだと……?
:言わんとすることはわかる。
:勇者の剣は台座ごと使えばいいんや。最強の鈍器!
命子の喩えに、スマホの画面でリスナーさんもざわつく。
命子が言わんとすることはわかるので、紫蓮は頷いた。
「それに似ていると思う。今まではスキル構成が武具の力を引き出す条件だったけど、進化した武器はそれにプラスして使用者を選ぶと思う。おそらく、我らなら修行をすればささらさんの盾を使えるけど、まったく関係ない人ではスキルを持っていても本当の力は出せないと思う」
「中古屋に激震が走るなぁ」
「そこまで使った武具はそもそも売るべきではないと我は思う。せめて子や弟子に託すとか、武具が納得する譲渡をするべき。魂が宿ったアイテムはそういう存在」
「言葉の重みが違うね」
「うむ。我、付喪姫だし」
「でも、お金に困って売っちゃうかもデスよ」
「そういう時はきっと主に巡り合うまで眠りにつくんじゃないかな」
「言葉の重みが違うね」
「うむ。我、中二病だし」
主に巡り合うまで云々は完全に紫蓮の妄想である。きっと素敵な出会いがあるまで待っているのだと、紫蓮はロマンチックに考えた。
「それよりもシャーラ。その盾はどんなことができるでゴザル?」
「たしかに気になるね。まだ時間があるし、ちょっと外で試してみよう」
教授は時計を見て、提案した。
これから教授はイヨを連れて、転移装置の最終チェックを行ないに行くのだ。
ホテルの庭に出た命子たちは、氷の盾を装備したささらに注目した。
「いいねいいね、キラッキラだよ!」
「シャーラ、菊池デパートの広告みたいに立つでゴザル!」
「こ、こうですか?」
「こうデス! あとはこうとかこう!」
:こういうの広告で見たこと……ねえよ!?
:菊池デパートなのが風女味があって好き。
:可愛いーっ!
:メリスちゃん、プイッターに貼ってくれーっ!
命子たちがスマホで写真を撮影し、ささらにポーズを取らせる。もちろん、イヨのスマホでお送りされる生放送により、コメントは大盛り上がり。
朝の光を浴びて、盾はまるでクリスタルのようにキラキラと輝いていた。派手過ぎて持つ人を選びそうな盾だが、和装のささらには妙に似合っていた。
そんなふうにキャッキャし、盾の性能の検証を始めた。
「とりあえず、建物には向けないでほしい。盾からレーザーが出ると思って、これに向かって構えてくれ」
「はい、わかりましたわ」
教授がアイに頼んでパパッと土の山を作り、ささらはそこへ向けて氷の盾を構えた。ガス管や水道管の位置がわからないので、レーザー光線は喩えではあるが、下手に地面にも向けられないのだ。
ささらが氷の盾に魔力を込めた。
ルルの氷の鎌は鎖を出し、メリスの小太刀は刀身が伸びる。
果たして、ささらの氷の盾は表面から氷の棘を射出させた。
氷の棘はズドッと音を立て、土の山に突き刺さった。
「こわ杉晋作!」
命子はピョンとした。
「見るでゴザル!」
ててぇと氷の棘を取ってきたのはメリス。
土の山に埋まってしまっていたため、手も氷の棘も土だらけだ。それによると、直径は1cmほどで、長さは10cmほど。
動画コメントが沸く中、ささらに何発か使ってもらう。どうやら、必ず盾の中央から出て、同時に3発まで射出できるようだった。
命子たちはギラリと瞳を輝かせ、それを観察する。
高速で飛ぶ棘に込められた魔力を観察し、命子は頷いた。
「なるほど。見た目は痛そうだけど、魔法攻撃ほどの威力はないね。牽制ってところかな」
氷の棘が纏う魔力を見て、命子はそう評価した。
「とはいえ、カウンターができる盾ということか。なかなか便利そうだね」
教授はカウンターができると考えたが、それは素人目線だった。
「ちょっと扱いが難しいかもしれませんわね」
「そうなのかい? 君ほどの腕なら戦術の幅が広がりそうだが」
「訓練次第かと思いますが、すぐには使いこなせそうにありませんわ」
盾は盾。ささらと対戦相手は、それを共通認識として戦闘をする。
しかし、盾が攻撃手段を備えている場合、相手の戦術は当然ガラリと変わる。だって盾からの攻撃が怖いし。その戦術はささらの想定できないものになる可能性も高い。
ささらの【刹那眼】が複雑化する戦闘をサポートしてくれそうだが、やはり訓練は必要だろう。
「なるほど、そういうこともあるのか」
教授は納得した。
「使いこなせるかはわたくしの修練次第ですわね」
とはいえ、ささらはこの機能を気に入っていた。
戦術の幅が拡大することは確かだし、刹那眼と合わせて修行しようと決めた。
予定の時間になり、命子たちは教授や馬場と共に転移陣の最終チェックへ向かった。
アイルプ家の地下は様変わりしていた。
地下への階段を降りると魂魄の泉が見える岸辺につくのだが、そこに壁と天井を持つ通路ができていた。当然、通路の外にある魂魄の泉は見えなくなっている。
「えー。絶景だったのに」
「たしかに絶景だったが、転移装置と精霊石の保護には代えられないさ」
「あ。この廊下は精霊石へ不用意に近づけないためですか」
「まあそうだね。魂魄の泉を見るためには、そこの扉から外に出る必要がある。転移装置がどういう運用になるかはわからないが、今後も魂魄の泉については許可なく入れないだろうね」
魂魄の泉があった空間は非常に美しかったので残念に思った命子。そんな命子に教授が教えてくれた。
短い廊下を抜けると、円柱形の部屋へと繋がっていた。
そこは以前、転移に使った龍道の奥にあった部屋と酷似しており、中央には台座があり、壁や床に複雑な模様が刻み込まれていた。
「「「おーっ!」」」
命子たちが歓声をあげると、現場責任者らしき職人のオジサンがドヤ顔をした。マナ進化者のようでネコミミをピコピコさせるオジサンである。
「これは良い石材を使っておるのー」
「ああ、ダンジョン産だからね。魔法的な親和性は相当なものだろう」
「うむ。日本の転移陣よりも良いかもしれぬな。さっそく確認するのじゃ」
イヨは壁際に寄って天井の隅を見上げた。
「壁は水が流れるようにしてもらう手筈じゃが、問題ないかの?」
「はい。この部屋の屋根ではすでに水が流されています。シートを外せば細かな穴から水が入り込みます」
イヨの説明に、ネコミミオジサンが流暢な日本語で答えた。
「それなら良いのじゃ。それでは確認するのじゃ」
「脚立もありますので、使ってください」
イヨがさっそく確認を始め、アリアやアリアママ、そして紫蓮や教授はそれに付き添って、あれこれ教えてもらっている。キスミアは魔道具研究が盛んなため、イヨの説明はカメラでしっかりと録画されていた。
命子と萌々子は邪魔にならないように部屋の反対側で模様の見学をし、ルルとメリスは床の溝にボールを乗せてコロコロさせて遊ぶ。良い感じのカーブでボールはギュルン。
「メッですわよ」
真面目なささらがすぐさまボールを奪って叱った。にゃーっとささらはまとわりつかれた。
ボールを手の中に隠すささらはネコ共にモチャモチャされるが、イヨたちが真面目に働いているため、悲鳴を上げずに我慢する。
また始まったと思った命子は、妹の気を逸らすために床を指さした。
「モモちゃん。床を見てごらん」
「なにー?」
「なにか気づかない?」
「うーん……複雑な模様だなって思うけど、わかんない。【龍眼】だと何か見えるの?」
「違うよ。ほら、これ、地図になってる。あそこに日本があって、台座がある場所はキスミア盆地の形になっていると思う」
「わっ、本当だ! お姉ちゃん、よく気づいたね!」
命子は胸を張ってドヤっとした。
そんな命子のドヤ顔を、先ほどまでじゃれていたルルとメリスが真顔で覗き込んだ。命子は2人の顔を両手で退かした。
そう、この女、答えを知っていたのである!
すでに龍道で転移を体験していた命子は、龍道の床に描かれている模様が日本地図だと教授に教えられていたのだ。
妹の尊敬を集めるために、まるで自分が発見したかのように、その時の知識を披露したのであった。
ここに描かれているのは、世界地図ではなかった。
日本とキスミア盆地だけ。そして、その2点は正確な方位に配置され、1本の溝で結ばれていた。引水されたら、この溝にも水が流れるのだろう。
日本の風見町がある部分には台座があり、龍神剣を差し込めるように切り込みが入っている。
命子はチラッとイヨを見た。
先ほどの位置から全然動いていない。
命子はむむむっとした。
これはかなり長丁場になるのでは?
そして、それに気づいたのは命子だけではなかった。
一緒に来た馬場も同じことを思っていた。
「馬場さん、日本の龍道はどうなってるんですか? 地図を変えるわけにはいかないだろうし」
「イヨ様の話では、地図は関係ないらしいわよ。正確な方角と導線となる溝が必要なんだって」
「あっ、地図は関係ないんだ」
「ええ。だから日本のは少しだけ地図を付け加えて、2点を結ぶ溝が彫りこまれているわ」
なるほどなー、と命子は萌々子を見ると、萌々子の関心は室内に一つだけある祠に向けられていた。祠の奥は穴になっており、光子が覗き込んでいる。
「この穴は魂魄の泉に繋がっているんだよ。室内に水を入れると、ここに流れ込むの。イザナミを助ける時に、教授がこの穴に飛び込んだんだ」
「あー、これが。ていうか、こんな所に飛び込むってすごー」
「うむ!」
教授の雄姿だったので、命子はすでに萌々子へその時の話をしていた。
教授の勇気に驚く萌々子に、命子はドヤっとした。
命子は再びイヨをチラッと見て、愕然とした。
やっぱり全然動いていない。先ほどは脚立に乗って上を調べており、今は下である。
30分くらいで終わるかな、と命子は気楽な気持ちでここに来ていた。
しかし、まったく考えが甘かったと悟った。これは一日仕事だ。下手をすれば、明日までかかるかもしれない。これがプロの検品。
こんなことなら、イヨには申し訳ないが、G級ダンジョンにでも行っておけば良かったと後悔。
命子はマナ進化者なので、G級ダンジョンならどこからでもスタートできるため、なんなら今日中にクリアすることだってできたのだ。
「馬場さん、魂魄の泉の確認に行きませんか?」
「そ、そうね。礼子、ちょっと部屋の外の確認に行ってくるわ」
「え? いや、それはダメだよ。用もないのに精霊石がある場所へ行かせられるわけがないだろう」
「そ、そうよね!」
ダメだった。
「命子様、暇なら上の家で待っていてくれて良いのじゃ」
「ああ、これは申し訳ございません。すぐにお茶をご用意させます」
イヨとアリアママが気を使ってくれた。
「うーん、それじゃあ上で待ってようかな。紫蓮ちゃんはどうする?」
「我、勉強させてもらう」
「オッケー」
「それじゃあ私も命子ちゃんたちのお世話をしましょうかね」
これ幸いと馬場も命子たちについてくることに。
そんなこんなで、この日と翌日をフルに使い、イヨたちはチェックを終えた。
あとはお偉いさんの予定に合わせて式典を行ない、開通するだけだ。
いよいよ夏休みを使った命子たちの旅も終わりに近づこうとしていた。
読んでくださりありがとうございます。
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