13-31 秘密の種族スキル
本日もよろしくお願いします。
ささらやルル、紫蓮やメリスの検査に問題は特になく、『今日は安静にする』という、ありきたりな指示を受けて終わった。
終わった頃にはいい時間だったので、命子たちはそのままホテルへ。
マナ進化で手に入れた種族スキルや新しいジョブをそれぞれから聞き取り、命子は大満足。
一通りの調査が終わり、紫蓮が言う。
「そういえば、ささらさん。3つ残った氷雪の心を盾に付与するってことだったけど、それでいい?」
「あっ、そうでしたわ。ですが、皆さんは本当にそれでよろしいんですの?」
「私はいいよー」
ささらの質問に、命子から順番に了承の意が告げられた。
「では、お言葉に甘えさせていただきますわ。紫蓮さんもよろしくお願いします」
「わかった。じゃあ我、ジョブを『付喪姫』にしてから作業に入る」
「あ、じゃあジョブスキルを教えてね」
種族名と同じジョブは、総じて強い。付喪神を連想させる名前だし、職工技能に補正がつくかと期待してのジョブチェンジだ。
紫蓮は『付喪姫』にジョブチェンジした。
強烈なピシャゴーンを受けて、紫蓮はほけーっ。そんな紫蓮のお口に悪戯好きなネコが棒型チョコ菓子を突っ込んだ。即座にささらから引っ叩かれた。
ハッとした紫蓮は、眠たげな眼を見開いてわなわなした。
「ぴゃわー。これ凄い」
「それなら凄そうな顔するデス!」
「ぴゃっ! 何を言う。我、凄そうな顔した」
表情が薄い紫蓮はルルにちょっかいをかけられて、体を捩らせた。
「それで、何が凄いの?」
「物を覚醒して、進化させられるみたい」
「マジで凄いじゃん!」
★命子メモ★
『付喪姫/人』
・ジョブスキル
【付喪神】
※魂が宿った物を覚醒させ、進化の手助けを行なう。
【魂の保存】
※役目を終えた物の魂を保存する。
【付喪姫の魂】
※なにかしらのステータスの伸びが良くなると思われる。
★★★★
「じゃあじゃあ、私の魔導書とかも進化できるの?」
「わからん。ちょっと貸して」
紫蓮は魔眼を光らせ、命子が貸してくれた水の魔導書をジッと見つめる。
「うむ。進化できる」
「おーっ! じゃあささらの盾が終わったら、やってよ」
「うむ……いや、ちょっと話が変わった。少しみんなの武器を調べてからにしたい。場合によっては進化させてから氷雪の心を使ったほうが良いのかもしれないし」
「あー、それはそうね。じゃあ、見て見て」
命子たちは武器ケースからそれぞれの武具を取り出して、紫蓮の前に並べた。
紫蓮はそのうちの一つを魔眼で見つめてから、手に取った。
「ふむ、手に取らないとわからない」
「慣れかな?」
「慣れじゃなくて、物の意志の問題だと思う。我と接触して初めて対話が始まる感じ。イヨさんが石ころにも意志があるって言ってたけど、たぶんそれの強い版だと思う」
紫蓮が視線を向けると、イヨは頷いた。
「妾もお主らの武具からは強い意志の力を感じていたのじゃ。紫蓮殿はそれを感じ取っているのじゃろう」
面白い発見に、冒険手帳に記述する命子の手も忙しい。
一通り見終わると、紫蓮は結論を出した。
「魔導剣とかの新しい武具以外は全部進化できる。でも、氷雪の心で強化された物は、進化し終わった状態になっている。あと、ささらさんのサーベルも進化が終わっている」
「魔導剣も【合成強化】はマックスだし、合成強化値が関係しているわけじゃないんだね」
「関係ないわけじゃないと思う。物心がつくじゃないけど、物が物心つくにはやっぱり合成強化みたいなきっかけは必要なはず。石ころと我らの武具の違いはそこにあると思う。そこから大切に使った時間が進化の条件になるんじゃないかな」
「なるほどねー。理論的」
そこでルルが首を傾げた。
「ワタシたちの武具はわかるけど、シャーラのサーベルもデス?」
「わたくしのサーベルは龍宮で一度折れて、それから再び返ってきましたわ。バネ風船さんか、フニャルー様が直してくださったのではないかと思うのですが、それが関係していると思いますわ」
「うむ、たぶんそう」
「イヨちゃんの雷弓も進化できるの?」
「できる。だけど、一番難易度が高いような気がするから、やるなら最後にしたい」
「そうなると、氷雪の心を使うと【付喪神】を使わなくても進化できるってことか。小強化でも大強化でも同じなの?」
「うむ、どちらも進化状態。たぶん、氷雪の心の使用個数は属性の強さなんだと思う」
「じゃあ、あとはささら次第か。普通の進化を希望するか、氷属性の進化をするか」
命子たちの話を聞いていたささらは、盾を見つめてから頷いた。
「氷属性の進化をさせてあげたいですわ」
「わかった。それじゃあちょっと作業してくる」
紫蓮はそう言って、集中するために別の部屋へと行った。
それを皮切りに、各々が適当に過ごし始める。
命子以外の4人はフォーチューブの撮影をし、命子は冒険手帳をまとめながら、たまにフォーチューバーたちにちょっかいを掛けられる。
本日の話題はなんと言っても2回目のマナ進化についてだ。
:おめでとう!
:そういえば、みんな一段と綺麗になったような。
:うわー、すげぇえええ!
パソコンのコメント欄に祝福の言葉が乱舞し、ある程度収まったところでルルが言う。
「詳細は近日中に『冒険道』にアップするデスよ。ちょっと待ってるデス」
「というわけで、今日は質問を受け付けるのじゃ」
質問コーナーに移り、すぐに質問が大量に流れ始めた。
「シャーラ! 読むでゴザル!」
日本語が不完全な3人なので高速で流れると読み切れないため、ささらに任された。
「面白い種族スキルがあったかと、多く聞かれていますわね」
タイムリーな話題だったので、そんなコメントが拾い上げられた。
「種族スキルではないデスけど、シレンが進化した【付喪姫】の種族ジョブが凄かったデス。なー?」
「ニャウ。あれはワクワクでゴザルな」
「今の時代も昔と同様に物を大切にしている様子をよく見かけるのじゃ。人と道具の心の結びつきが、紫蓮殿のように力となって現れたのじゃろうな」
メリスやイヨがうむうむと頷き、視聴者の期待値はぐんぐんと上がる。
たっぷり焦らしてから、ルルが発表した。
「ジョブの『付喪姫』には、にゃにゃにゃにゃにゃんと! 物を進化させるジョブスキルがあったデス!」
:にゃにゃにゃにゃにゃんと!
:にゃんだってぇ!
:にゃんてこった!
:にゃにぃ!
ノリの良いリスナーたちにルルは大満足。
割と業界に激震が走る内容だが、陽キャネコのせいでそんな感じでお知らせされた。
しばらく質問を受け、話題が命子にふられた。
:命子ちゃんは何やってるの?
そんなコメントがあったのだ。
「命子さんは冒険手帳を書いていますわ」
「ニャウ。メーコはいつも、修行してるか、お菓子食べてるか、冒険手帳を書いてるかのどれかデス」
「メーコ、何かリスナーさんに言うことはないでゴザルか?」
命子はペンを置き、椅子に座ったままカメラに向き直った。
いきなり話を振られたが、命子は慌てた様子もなく腕組み。「えー?」と少し考え、口を開いた。
「うーんと、今日、私の妹が剣士としてスキル覚醒しました。妹はまだG級ダンジョンもクリアしてないし、ダンジョンにあまり潜らない人も気長に頑張ってみるといいかもしれないですね。時間はかかるかもしれないですけど、頑張った分だけ必ず成長しているはずですから」
:モモちゃんが!? すげぇーっ!
:中1でスキル覚醒とか日本だと初じゃない?
:おめでとう!
「配信だと真面目なヤツでゴザル」
「ニャウ。いつもは何かあるとすぐに命子クラッシャーを使うのに」
「だまらっしゃい! 命子クラッシャー!」
:め、命子クラッシャーだ!
:これが伝説の!?
:これは←タメ→+P。
:あっさり回避されてビチビチしとるwww
:命子ちゃんのこういうところ好き。
:ご近所系の英雄。
イヨたちは30分ほどそんな賑やかな配信をして、世の中の人を楽しませるのだった。
「ちょっと、わたくし、紫蓮さんのところへ行ってきますわね」
「オッケー」
配信を終えると、ささらはそう言って部屋を静かに出ていった。
部屋を出たささらはササッと周りを見回し、サササッと隣の部屋へ。
インターホンを鳴らすが、出ない。
もう一度鳴らすと、やっと出た。
「紫蓮さん、ささらですわ」
『いま開ける』
ロックが解除され、ささらは部屋の中へ。
部屋のテーブルの上には紫蓮の道具が広がっており、氷雪の心を嵌める台座が置かれていた。
「お邪魔をしてしまってすみません」
「ううん。もう終わったところ。我の方も待たせちゃってごめん」
「いいえ、催促に来たわけではないんですの。ちょっと2人でお話ししたいことがありましたの」
そう、別にささらは氷雪の心関連で来たわけではなかった。
それを聞いた紫蓮は、特段驚きは見せなかった。
となれば、用件はあれだろうと紫蓮は察した。
「やっぱりささらさんも?」
なにせ、ささらは紫蓮以上にわかりやすかったから。
ささらと紫蓮は人の顔色を窺う人生を送ってきたので、何かいつもと違うとお互いにピンと来ていたのだ。それが、この秘密の会談に結びついていた。
「ということは、やはり紫蓮さんも種族スキルで命子さんたちに話していないことがありますのね? わたくしは……その、ありますの」
「我もある。一緒かどうかわからないけど、その様子だと、たぶん一緒」
ささらはベッドに座り、真っ赤になった顔を両手で隠した。
紫蓮もちょっと恥ずかしくなり、テーブルに肘を置き、その手で顔の半分を隠した。
しばらくの沈黙のあと、図らずも2人は自分が得た種族スキルを同時に口にした。
「「……魂魄性生殖の卵」」
2人はハッと顔を上げた。
まるで鏡写しのようにお互いに真っ赤な顔で、2人はまた顔を隠して大きなため息を吐き出した。
そう、2人が命子に告げなかったのは、【魂魄性生殖の卵】という種族スキルだった。
「こんなことをしていても埒が明かない」
「……そうですわね」
紫蓮の言葉に、ささらは恥ずかしさを我慢して顔を上げた。
「同名のスキルみたいだけど、我のは『同性でも魂を通わせた者同士であれば、子供を作ることができるようになる。ただし、このスキルはまだ完全ではなく、発動することはない』って説明だった」
「わたくしも同じですわ。卵というのは、完全ではないという意味なのでしょう」
ささらの言葉のあとに沈黙が流れるが、それを嫌って紫蓮が言う。
「なぜ発動しない不完全なスキルが手に入るのか不思議だった。たぶん、我らにはそういう技能がたくさんあるのに。我らは次元龍の因子を持つわけだし空間属性とか」
「たぶん、それは希望の可視化なのではないかと思いますわ。希望が目に見えれば、頑張れる人もいるでしょうから」
「そうかも」
再び沈黙が訪れ、やはり先に口を開いたのは紫蓮だった。
「天狗が同性同士でも子供を作れるようになると言っていたから、世の中でいずれはそういう人が出てくると思っていた。我もきっとそんなふうになる予感はあったけど、世界は広いし、まさか自分が初めてになるとは思わなかった」
「わたくしも同じですわ。もうどうしたらいいかわからなくて……」
「……嬉しくはないの? 我はちょっと嬉しいけど」
「わたくしも嬉しいですわ」
とはいえ、年齢が年齢だし、相手が必要なことでもある。
だからこそ、命子たちには言いづらかった。
「たぶん、わたくしは男性よりも女性の方が好きなのでしょう。というより、幼い頃から家族以外に男性と触れ合う機会がありませんでしたし、男性の素晴らしさを知らないのだと思いますわ」
「あー、幼稚園から女子校だっけ?」
「はい。男性とこれほど話すようになったのは、青空修行道場に通い始めてからですわ」
「我はマンガやアニメで男の子のことは知っていたけど、学校で一緒だった男の子たちにアニメで見るようなカッコいい人はいなかった。ささらさんやルルさんの方がずっとカッコいい。あー、でも老師はカッコいいかな」
「……命子さんが一番カッコいい、ではありませんの?」
「ぴゃ、ぴゃわー……」
ささらが攻めの姿勢。
女子バナレベル:ミジンコの紫蓮は怯んだ。
逆にささらはちょっと楽しくなってきた。
「無理もありませんわ。自分のために飛空艇から飛び降りてくれるような人なんていませんもの」
紫蓮は椅子から立ち上がり、ベッドにダイブ! シーツの中に逃げ込んだ。
「そ、そういうささらさんは、る、ルルさんでしょ?」
「……」
シーツ防御を得た紫蓮が攻めに転じるが、返ってきたのは沈黙だった。
ハッ、まさかささらさんの狙いも!? と紫蓮はシーツから目だけ出して覗う。
「ルルさんもそうですが……命子さんも、メリスさんも、それに紫蓮さんもですわ」
「わ、我も!? ていうか、よ、四股ぁ!?」
「だってみんな素敵なんですもの!」
ささらは、わぁと顔を隠した。
「ち、ちなみにイヨさんは?」
「い、イヨさんも大好きですが、まだあまり関わっていませんし」
「それはそう」
イヨと出会ってまだ3か月程度。
会えない期間も多かったし、頻繁に会うようになったのは、それこそこの旅が始まってからだ。
「……自分のことがよくわからないんですの」
ささらはしゅんとした。
紫蓮はそんなささらの背中を見て考える。
四股と言ったが、たぶんそういうことではないのだろう。
みんな大好きなので、友情と恋情の区別がついていないのだと紫蓮は思った。きっと、ささらが今回【魂魄性生殖の卵】を手に入れたのも、選択肢の拡大に過ぎないのではないか。
「ささらさん、これは我らでは解決できない問題だと思う」
「そうですわね。でも、紫蓮さんに話してちょっとすっきりしましたわ」
「我も」
「……みんなに打ち明けるということでしょうか?」
「その前に、こういうことに詳しそうな人にアドバイスをもらったほうが良いと思う」
「それは……あっ!」
紫蓮の提案に、ささらはとある人物の顔が浮かんだ。
それは同性に惚れられるエキスパート。風見女学園の伝説の一人。そこらのイケメンよりもチューされてみたいランキング1位の女。
「石音元部長に頼ろう」
「名案ですわ。あの人ならきっとこういうことに詳しいはずですわ!」
謎の信頼により、石音元部長に白羽の矢が立つのだった。本人は女の子が好きとは一度も言ったことはないのに。
「今から電話は……あっちは深夜か」
「というか、たしか今日から先輩たちはダンジョンに潜るはずですわ」
ささらは石音元部長のプイッターを調べて、確認した。
「今回の探索でD級ダンジョンのボスに挑戦らしいですわ」
「じゃあ日本に帰国してから時間を取ってもらうのが良いと思う」
「そうですわね」
こうして、ささらと紫蓮は2人で秘密を共有して、少しだけすっきりするのだった。
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