13-27 VSネチュマス 2
本日もよろしくお願いします。
ネチュマスの配下であるネズミ原人を殲滅してしまった命子たちは、体勢を整えつつネチュマスの行動に目を向ける。
『プァ、プァアアアアアア!』
まるで早くしろと言わんばかりの眼差しを受け、ネチュマスは慌てたように角笛を吹いた。
召喚までには2秒ほどのラグがあるのでその間にネチュマスに攻撃ができたものの、この後に出てくるはずの上級ネズミ原人と戦いたいので、出るまで待ってあげる命子たち。
舐めプと言えば舐めプだが、ファンタジー全体の攻略を考えれば極めて真面目。強い敵と戦うのは次のランクのダンジョンを攻略するための修行なのだ。特に武術を使う敵は貴重なので、ぜひ戦いたい。
角笛により召喚されたのは、予想通り上級ネズミ原人。
これが出てくるのは追い詰められた時である。
上級ネズミ原人は赤い毛並みをしており、服装も武闘家のような衣装を着ている。王様は全裸帽子なのに。
「魔法ネズミの位置を確認して!」
命子は再確認の意味を込めて注意喚起。
一番厄介な敵は魔法使いタイプの上級ネズミだった。氷の礫を3発同時に射出し、そのペースも約1秒間隔とかなり早い。
上級ネズミ原人と戦っている最中に死角から狙われると不味いし、流れ弾も怖い。ゆえに、魔法ネズミの位置を把握しておくのは重要だった。
ネチュマスは角笛をへし折り、配下グループ全体にバフをかけた。
『『『ヂュゥウウウウウウウウウ!』』』
赤いオーラを纏った上級ネズミ原人たちが命子たちに襲い掛かる。
さっそく魔法ネズミから3発の氷の礫が飛んでくるが、着弾する頃にはすでに誰もいない。魔法ネズミもそんなことは織り込み済みで、即座に魔法を構築し始める。
「第2ラウンドデス!」
ルルが対戦相手に選んだのは拳士ネズミ。
自前の爪を使わずにかぎ爪を装着した武闘家のネズミである。
牽制の前蹴りをルルは前に踏み込みながら回避する。
流れるように繰り出される爪撃。その手首を氷の小鎌の頭で弾き、そのまま氷の刃を振り下ろす。
拳士ネズミは背中を大きく反らしてバク転するが、視線を戻した時にはルルの姿はなかった。
それに呆ける隙など見せずに背後へ裏拳を放つ判断力は、さすがに上級と言われるだけのことはある。
しかしてその裏拳も空を切り、代わりに拳士ネズミの首に氷の小鎌が引っかけられた。
「良い勝負だったデス」
ルルは戦士に手向けの言葉を残しながら氷の刃を走らせ、それと同時にその場から飛びのいた。がくりと膝を突く拳士ネズミの体の横を、魔法ネズミから放たれた氷の礫が通り過ぎる。
「にゃしゅ!」
次なる魔法を構築する魔法ネズミに向けて、ルルは氷の小鎌をぶん投げた。
魔法ネズミは慌てて小鎌を回避し、構築が終わった魔法をルルに放つ。
ルルは【猫目】を光らせ、3発の氷の礫を空中で立体的に回避しながら氷の鎖を引っ張った。
氷の鎖と繋がった小鎌が刃を立てて引き戻され、魔法ネズミの肩口が背後から切り裂かれる。ダメージで次なる魔法がキャンセルされた魔法ネズミの頭に、イヨの雷の矢が突き刺さった。
ルルは、ふぅと息を吐きながら飛んで戻ってきた小鎌をキャッチする。
「お前も良い武器に成長したデスな?」
ルルの成長を追いかけるように、初めて手に入れた思い出深い小鎌もまた強くなってくれた。これでまだまだ一緒に活躍できると答えるように、小鎌は氷の刃を煌めかせた。
上級ネズミ原人が出てきてからが本番とも言えるこのボス戦だが、その大きな要因はネチュマスが攻撃に参加する点だ。
角笛をへし折ったことで空いた前足を地面につき、四足になって雪原を走り始める。配下は全員が二足立ちで武術を使うのに。
しかし、ちょっとした自動車くらいの大きさがあるネチュマスが仲間の犠牲も厭わずに突進してくるのは、場合によっては武術よりも脅威だ。
「はっ、やぁ、てやっ、せや!」
双剣ネズミと戦っているのは命子。
今までレベルアップと努力だけで上げていた剣術の腕前にスキル効果も合わさって、激しくも楽しく戦っていた。
そんな命子にネチュマスが突進してきた。
「土弾! スラッシュソード!」
目の端でその動きを見ていた命子は慌てずに魔法を放ち、ネチュマスの顔面にヒットさせる。同時にスラッシュソードを放って双剣ネズミに牽制を加えつつ、火の魔導書を使って三角飛び。
通常の土弾程度では大したダメージを受けないが、目くらましの効果は抜群。
「また私に倒されたいってか!」
目くらましを喰らいつつも闇雲に突進してくるネチュマス。
命子はその背中を飛び越えながら、グリンと体を回転させて剣を振るう。
皮を切った手ごたえを感じながら、命子はサーベルを余分に振った。
ルルに倒される前の魔法ネズミが、空中で舞う命子に向けて3連発の氷の礫を放ったのだ。1発、2発と命子の体の横を通り抜け、直撃ルートの3発目をサーベルの切っ先が正確に捉え、弾く。
【龍眼】をギラリと光らせながら、シュタリと着地。その瞬間を狙い、双剣ネズミが命子に鋭い刺突を繰り出す。ギャリンッとその攻撃を逸らしたのは魔導剣。
即座に双剣ネズミから追撃のケリが飛んでくるので、命子はサーベルを立てて防いだ。サーベルに加わった衝撃に逆らわず、命子は雪原を転がって受け身を取る。
「ネチュマスより強い件」
雪まみれになりながらサーベルを構え、命子は呟く。
人にもよるだろうが、命子にとっては上級の双剣ネズミの方が強く感じた。
とはいえ、ネチュマスにしろ双剣ネズミにしろ、遠距離から魔法を放てば勝てるのは確実。
命子がそうしないのは、近接戦闘の上達のためである。
そうこうしているうちに仲間たちがそれぞれの相手を倒し、魔法ネズミも討伐されて、加勢に駆け付けた。
「羊谷命子、加勢は必要?」
「コイツは私に任せて、みんなは先に行って!」
命子は双剣ネズミと攻防を繰り広げながら叫んだ。
「一生に一度は言いたいセリフ」
「任せるデス!」
「メーコの想いを無駄にしないでゴザル!」
「我は羊谷命子を見てる」
『先』は10mほどしか離れていないわけだが。
命子は宿敵双剣ネズミとの決闘の邪魔をしないように言い含め、みんなをネチュマス討伐へ向かわせた。
キンッと剣と剣が鳴り、命子と双剣ネズミが背後に飛ぶ。
「やるな、ネズ公。どうやら私の剣術では一歩及ばぬ。ですが、私はあと2回変身を残しています! 絶望しなさい!」
『ヂュオオオ!』
命子は【覚醒:龍脈強化】を強め、双剣ネズミもそれに呼応するように雄たけびを上げる。
ネチュマスや魔法ネズミからの邪魔がなくなったので、命子と双剣ネズミは存分に切り結ぶ。
命子たちがバシバシやり合っている場所から少し離れて、真のボスであるネチュマスの討伐戦が始まっていた。
いつものボス戦は命子が特大ダメージを与えるので、今回は命子抜きの戦いだ。
ネズ・即・斬の理を宿したキスミア女子が氷の刃を振るい、剣鬼系女子が凍てつく眼差しで懐に踏み込み斬撃を繰り出し、古代巫女系女子が激しい戦闘の一瞬の隙をついて雷の矢を放つ。
紫蓮は命子に万が一があった時のために、見守っていてくれた。
ネチュマスは召喚が強いが、本人は突進攻撃をするくらいで、仲間がいなければそれほど強くない。ささらたちは大して苦労することなく、瞬く間にダメージを重ねて追い込んだ。
ネチュマスが倒されるとネズミ原人も消える。
命子はそれに焦りを覚えつつも、冷静さを失えば【覚醒:龍脈強化】が乱れてしまう。だから、焦る気持ちを抑えて、双剣ネズミを倒す策を組み立てる。
「そろそろ決めさせてもらうよ。剣だけで倒したかったけど、魔法解禁だ!」
『ヂュ、ヂュオ!?』
「汚い」
紫蓮が双剣ネズミの言葉を翻訳するが、だってもうネチュマスが倒されちゃいそうなんだもん。
命子は瞳を光らせながら踏み込む。
双剣ネズミは今まで通りにサーベルと魔導剣へ目を向けるが、その瞬間に魔導書から放たれた土弾が軸足となっている右足を撃つ。
土弾はダメージこそ大して与えていないが、双剣ネズミのバランスを致命的なまでに崩した。
大きすぎるその隙を的確に突いた魔導剣が双剣ネズミの腹部に突き刺さり、それと同時に命子のサーベルが首を一閃。
ポロリと双剣が手から落ち、双剣ネズミは雪原に沈んだ。
「私が第一形態のままだったら負けていたかもね。とてもいい勉強になったよ」
なお、第一形態は龍脈強化なしのサーベルと魔導剣のみ。戦闘力は自称53万。
命子は紫蓮にVサインをピッと振って見せ、そのまま視線をネチュマスと戦うささらたちへ向けた。
分身したルルとメリスがいくつもの斬撃を繰り出し、ネチュマスの周りに冷気の渦が漂っていた。そこにささらが踏み込んだ。
「ルミナスブレイド!」
仲間が発生させた属性を技に帯びさせるルミナスブレイドは冷気属性を得て、無数の氷の刃が渦となって柱を形成する。
『ヂュォオオオオオオオオ……!』
氷の渦の中からネチュマスの断末魔が聞こえ、その現象が収まると巨体がドォッと雪原に倒れた。
「やったか」
「紫蓮ちゃんは率先してフラグを立てるフレンズなんだね」
しかし、実際に倒したようで、ネチュマスは大きな光の柱を作って消えていった。
「ふぅ、倒したのじゃな」
「お疲れ、イヨちゃん。イザナミ。大丈夫だった?」
「魔法ネズミからの攻撃がちょっと危なかったのじゃ」
『なんなん!』
そんな感想を言いながら、イヨは命子が出した手をパンと叩いた。イヨはハイタッチを知っている系の古代巫女なのである。
つい1分前まで殺伐としていたクセにキャッキャしながら命子たちの下へ向かってくるささらたち。3人は今回の探索で大きく戦力アップしたので強くなって嬉しそうだ。陽キャなルルとメリスは『ブイ、ブイ』と馬場たちにサインを送っている。
紫蓮は、スマホを取り出して勝利の自撮りを始めるイヨをジッと見つめた。
「ん、なんじゃ? 一緒に写るかの?」
「ぴゃ」
そうではないのだが、とりあえず写っておく紫蓮。
眠たげな眼をして写る紫蓮とのツーショット。スマホの画面を確認してむふぅとするイヨに、紫蓮が言った。
「ボスの後はマナ進化しやすいんだけど、イヨさんはマナ進化しないのかなと思った」
「どうなのじゃろう。マナ進化というのは魔力やマナの扱いに長けるようになるのじゃろう? そうすると妾はすでにそれを満たしておるのじゃ」
たしかにイヨは、マナが見えるし操作できるし、魔力も操って投擲物に纏わせることができる。これらの技術は、マナ進化している人よりも達者だった。
「ふむ。イヨさんはすでに第一のマナ進化は終わっている状態なのかも」
「まあ時がくればわかることなのじゃ」
そんな真面目な議論がされる中、命子のそわそわが始まっていた。
勝利のキャッキャにも参加せずにキョロキョロと見回していると、視覚の外からの気配にバッとそちらへ顔を向ける。そこにはダンジョンクリアの豪華な宝箱さんの姿が。
命子は宝箱さんの前にヘッドスライディングした。
顔は火照り、くっついた雪が一瞬で溶けていく。
宝箱に手をかけた命子はそこでハッとした。
今回一番頑張ったのは、ささらなのではないだろうかと。
命子は宝箱の横に正座し、やってきたささらに向けて言った。
「今回はささらに譲ろうかと思います」
太ももに乗っけた手をギュッと握りしめて、苦渋の決断。
「え、わ、わたくしですの? 別に命子さんが開けていいんですのよ? クリア報酬はあまり変わりありませんし」
「え、そう? うーん、じゃあそこまで言うのなら……」
意志薄弱!
「早いでゴザル。早いでゴザル」
「うわぁあああ、離せぇ!」
「本性を現したデスね!?」
メリスとルルは宝箱を開けようとする命子を羽交い絞めにした。
「ささらさん、開けていいよ」
「え、えぇ? いいんですの?」
「うん。今回の冒険で一番苦労したのはささらさん」
「そんなことはないと思いますけど……ですが、わかりましたわ」
ゴチャゴチャやっていても仕方ないので、ささらは宝箱を開けることに。
命子は羽交い絞めから抜け出して、ささらの横に正座した。
「それでは命子さん、遠慮なく」
「うん!」
命子はジーッと宝箱を見つめながら頷いた。
苦笑いしながらささらが宝箱を開けると、そこにはいつも通りのアイテムの数々。
魔力が少しだけ上がる魔力玉が人数分。
ランダムなレシピ。
それからダンジョン通貨のギニー。
いつも通りのラインナップだが、命子は拍手した。
宝箱に入っていたわけではないが、ネチュマスがドロップした魔石と大きな毛皮、ネズミの尻尾も戦利品だ。他に上級ネズミ原人が赤い毛皮をドロップしているが、召喚された通常のネズミ原人たちは何も残していない。
紫蓮はレシピを手に取って広げた。
「ほう、これは……」
「なんてレシピだったデス?」
「心眼のレシピ。たぶん、宝箱で発見されたから条件が解放されたとかだと思う」
「心眼のですの? なかなか危険なアイテムですし、心配ですわね」
「うん。だけど、神秘の世界が見られるアイテムは凄く貴重だから、大当たりだと思う」
修行用のアイテムだが、研究すれば透明なメガネにマナ視の効果を付与できるようになるかもしれない。危険さもあるアイテムだが、色々な可能性のあるかなり良いレシピだった。
「まあ、キスミアで発見されたからキスミアの物だけど」
他国のダンジョンで新しく発見されたレシピは、基本的にその国の物になる。
レシピから作られる武具や道具の経済効果はかなりのものとなるため、これは世界共通ルールであり、これに同意できないなら外国人は入場できない。もちろん、命子たちもこのルールを破るつもりはなかった。
ひとまず毛皮以外の戦利品を全て命子のリュックに詰める。命子は『見習い空間魔法使い』をマスターしているので、アイテムボックスが他の人よりもちょっと広いのだ。
毛皮類は紐で結び、手分けして運ぶことに。
仲間たちにその作業を任せて、命子はトランシーバーの送信ボタンを押す。今回の探索で何度も使っているので、もう慣れたものだ。
「こちら命子、馬場さん応答してください。どうぞ」
『馬場よ。クリアおめでとう。どうぞ』
「まあ楽勝ってもんですわ。どうぞ」
『命子ちゃんたち専用のボスが出てこなくてホッとしているわ。それで、帰還の連絡ということでいいかしら。どうぞ』
「はい。ボスを倒したので先に帰還しますね。どうぞ」
『了解。こちらも順次クリアしていくつもりだから、心配しないでちょうだい。洞窟の外に先行した人たちが休憩エリアを作っているはずだから、みんなはそこで待っていて。どうぞ』
「わかりました。それでは気をつけてくださいね」
命子は通信を終えて馬場たちに向けて大きく手を振った。
残った人たちがビシッと敬礼して応えるので、命子も胸を張って敬礼。
帰還準備も終わり、命子は言う。
「さて、それじゃあ帰ろうか!」
「ニャウ!」
「その前に雪とさよならしますわ」
「そうじゃの。こんな雪はあまり見んからな」
ささらはそう言って、足元の雪を両手で掬って擦り合わせた。命子と紫蓮、イヨとイザナミもそれに倣って雪を触って思い出を刻む。この量の雪は命子たちが暮らす関東では滅多に見られないので。
「これだから雪素人は、デス」
「ニャウ。イヨのおかげで冬にもキスミアに来られるようになるでゴザルよ」
そんな5人を見て、雪玄人なルルとメリスは呆れた。
こうして、命子たちは魔鼠雪原をクリアしたのだった。
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