13-25 検証
遅くなって申し訳ありません。
ちょっと短めです。
雪洞宿泊という初めての体験にワクテカしながら寝袋に入ったのは何時間前のことだったか。
「朝の気配……」
体内修行時計が朝を告げ、命子はタイムスリップを喰らった。
ヒューッと肺を満たすのは冬に似た冷たい空気。
寒いかと言えばそんなことはない。外はぬくぬく、内はひんやり。真冬に炬燵の中でアイスを食べる感覚に似ており、逆に健康に良いんじゃないかと思いそうな贅沢感。
命子はビチビチして寝袋から抜け出すと、襟元をパタパタして火照った体を緊急冷却。
「イヨちゃんはぁ……ヨシ!」
『なんなん!』
「うむ!」
雪洞は空気が淀んで死亡事故が起こることがあるので、命子は熟睡しているイヨを指さし確認した。精霊のイザナミも太鼓判を捺す。
雪洞から出た命子は、換気のためにシートはそのまま開けておいた。
「紫蓮ちゃん、ルル、おはよう」
「うん、おはよう」
「おはようさんデス」
後半の見張り役は紫蓮とルルだったので、2人は外で焚火に当たっていた。
「この様子だとささらはまだだった?」
「うん。まだだった」
命子が質問したのは第2のマナ進化の件だ。
命子しか第2のマナ進化をしていないので正確には不明だが、第2のマナ進化は寝ている時に起こる可能性が高い。
ささらは昨晩に心眼が外れたので、もしかしたら寝ている間にマナ進化するかもと思ったのだ。
「じゃあ帰ってからかな。もしくはもう1か月くらいかかるか」
命子はちょっと残念に思いつつも、落ち着いた場所でマナ進化した方がいいかと思い直した。
「ぬおー。出られんのじゃー」
『なんな~ん!』
雪洞の中からイヨの声が聞こえてきた。
ルルはオモチャを見つけたネコみたいな顔でぴょこんとネコミミを立て、イヨのいる雪洞へ入っていった。
「じゃあ、ささらとメリスも起こすか。おっと、紫蓮ちゃんはここにいて! いいから!」
「別に行くとは言っていないが」
奴らは1つの寝袋でギューギューになって眠るプランを取っている。ならば、高1にはまだ早い絵面の可能性がある。高2はセーフ。
両手でウェイトウェイトとした命子は一人、ドキドキしながら雪洞に入った。
ボスと戦うのはささらが新しく得た刹那眼の調子を確かめてからだ。
というわけで、ご飯を食べて少し休憩した命子たちは、さっそくささらと模擬戦をすることにした。
切れ長の目をギラリと光らせたささらに対面するのは、メリス。
「乙女の柔肌の恨み!」
メリスがプンプンしながら雪をまき散らしながら走る。
ささらは顔を真っ赤にしながら、盾を構える。
メリスの高速連撃を、ささらは瞳を金色に光らせながら弾いていく。
だが、結構際どい戦い。刹那眼に慣れていないようである。
「命子ちゃん、何かあったの?」
馬場がこしょこしょと尋ねた。その顔はニヤニヤが止まらない。
「寝ぼけて首に吸い付いてたんです。キスマークが首にくっきりついてました」
「ふぇええへへへ?」
それを聞いて馬場はだらしない顔をした。
命子はうわぁと思った。
なお、回復薬ですでにメリスは完全回復している。
それはともかくとして。
刹那眼は凄まじい性能だった。
「ウニャニャニャニャニャ!」
しばらくすると、メリスの攻撃が全て防がれるようになったのだ。
いま、ささらの瞳には多くの情報が映し出されていた。
今時のアクションゲームは、敵の攻撃の際に攻撃エリアを示す補助線が表示される表現方法がままある。ささらの刹那眼が映し出す光景は、それによく似ていた。
斬撃を繰り出したメリスが、体を捻って背を向ける。
ささらの目には、メリスの体から伸びた大きなラインが見えていた。メリスの体が回転するに従ってそのラインがどんどん細くなり、肩と太ももに収束した。
ささらは身を屈めて盾を構えると、今までささらの肩があった場所に木の小太刀が通過し、それと同時に盾がもう一本の小太刀を防いだ。
しかし、それで終わりではない。
下段から現れていたラインが収束を終え、次の瞬間にはメリスのケリがささらの顔面に迫った。
まったく容赦のない攻撃だが、それも信頼あってのこと。その信頼に応えるように、ささらは紙一重で回避する。
シュタタタッとルルが背後から迫る。
不意打ちをするつもりなわけだが、命子たちが戦う場所は1対1だけではない。刹那眼がどういう魔眼なのか知るためにも、戦闘にもバリエーションを加えているのだ。
ルルと戦い始めたささらを眺めて、馬場が言う。
「あれってもしかして未来視をしているのかしら?」
「いえ、それはないと思います。地球さんですら未来視はできないってタンポポ神獣さんは言ってましたし、人の身では無理でしょう」
地球さんができるのは、人で喩えるなら『自分に突っ込んでくる車』のような現象が見えるだけだ。長大な年齢の地球さんの場合、これを非常に長いスパンで感知する。これは危機回避の本能であり、未来視ではないのだ。
「たぶん、殺気か攻撃性の魔力が自分の体のどこを狙っているのか見えているんだと思います」
「そう言われると、そんな感じの動きしてるわね」
「はー、あんな速い動きをよく見えるのう」
命子と馬場の話を横で聞くイヨが感心した。
「これでもダンジョン特務官ですからね」
そんなこんなで、ささらは、メリス、ルル、紫蓮と順番に戦っていった。
「にゃー、全然当たんないでゴザル」
「我のフェイントにも対応している」
「攻撃が当たったのはメリスと戦い始めた最初の頃だけだったデスね」
ルルが言うように、攻撃を与えられたのは「全然当たんない」と言っているメリスだけだった。それもささらが魔眼に慣れていない最初だけで、少しすると当たらなくなった。
「ひゅーひゅっひゅっひゅー」
そんなふうに刹那眼の考察をする3人の耳に、変な音が飛び込んだ。
唇を窄めた命子の下手クソな口笛であった。
「ひゅーひゅーひゅー」
命子はめげずに唇からバラード調の息を吹き続け、紫蓮の肩を叩いてゆらりと前に出た。
真打ち登場の風格に、ささらに緊張が走る。
一方、オタクな紫蓮は眠たげな眼を見開いて呟いた。
「こ、これはロシアンより愛を込めて……っ!」
「知っているデスかシレデン」
「うむ。アニメの中で、大泥棒が心を読むラスボスをああやって口笛を吹きながら一撃で倒した」
「にゃんと」
「それ、紫蓮ちゃんが生まれるよりもずっと前の作品よね? たぶん、私が生まれるより前なんだけど」
「我の父がDVD持ってた」
馬場が生まれるよりも前の作品のようである。
そんな会話を聞いた命子はネタバラシされて冷や汗をかいた。
命子は口息を吹きながら、木の棒を雪に引きずってゆらりゆらりとささらに近づく。
ささらはジリッとカカトで雪を引きずって後退する。
慌てず騒がず間合いを詰め、見学者たちはゴクリと喉を鳴らした。
攻撃範囲に入ると、命子は木の棒で大きく円を描く。
今の命子は無心であった。
攻撃の意思はなく、当てる欲もなく、ただ雪原の中で口息を吹くだけの羊谷命子ちゃんであった。
「ひゅーひゅーひゅー」
口息が奏でるメロディがサビを終えた瞬間。
ザンッ!
パコン!
普通に盾で防がれた。
盾で防がれた瞬間、命子の脳内ハムスターがトロッコのレバーをガッコンと切り替えた。
『あっさりと一撃を与える命子ちゃんルート』が潰されたことで、命子はすぐさま『検証ができて偉い命子ちゃんルート』に予定を変更したのだ。人から命子ちゃんは凄いと思われるために、プランをいくつも用意しているのである。
命子は目を閉じた。
横薙ぎ、魔導書アタック、切り上げ、魔導書アタック。
いつもやっている我流の型を繰り出すと、チラッと目を開ける。
ささらの位置を確認し、再び目を閉じて別の型を繰り出した。
それらは全て盾で防がれたり、空気を切ったり。
それを何回か繰り返し。
「当たらぬ!」
全部当たらなかった。
というわけで模擬戦を終え、ささらを交えて反省会を行なった。
命子たちだけでなく、自衛官やキスミア軍人も新しい魔眼の詳細を興味深そうに聞いている。
「刹那眼は攻撃性魔力の着弾ルートを読んでいるのだと思いますわ」
ささらが出した予想はそういうものだった。
ささらは木の棒を構えて、非常にゆっくりとルルに向かって横薙ぎしながら説明する。
「こう、最初は範囲が広いんですの。みなさんも相手を攻撃する際には、直前までどこを狙うか朧気にしか決めていないかと思いますが、わたくしが見ている最初の範囲がそれになりますわ。みなさんはわたくしの行動を見て一瞬で狙いを絞りますが、そうすると範囲状だったものが細い一本の線になりますの」
刹那眼が見ているのはそういった世界だった。
「となると、フェイントに対して滅茶苦茶強い感じ?」
命子が問うと、ささらはうーんと下唇に人差し指を添えて考えた。
「わたくしたちくらいになると、フェイントをそのまま本物の攻撃に変化させることもありますわよね? ですから、無意味ではありませんでしたわ。ですが、きっぱりとフェイントと決めて行なったフェイントは意味がありませんでしたわね」
「あー、我がやってたかも」
紫蓮は決めつけのフェイントをやっていた自覚があるようだった。
「私の攻撃はどうだった? 何も考えずにただ型を使っただけなんだけど」
目を瞑って戦った命子の意図がわかっていたささらは、深く頷いた。
そう、命子は全部の攻撃をただガードされたわけではないのである。
「命子さんの攻撃にもラインは見えていましたわ。ですが、他の3人のように最初の大きなラインがなく、最初から細い線としてですわ。わたくしは最初、刹那眼は殺気を感知しているのかと思いましたが、目を瞑って型のみを使っていた命子さんとの戦いで、そうではなく、攻撃性魔力が辿る道筋を見ているのだと考察しましたわ」
使用者の貴重な意見を聞いた命子は、うむうむとしながら冒険手帳に丸文字でメモメモ。
真剣に考察する命子たちの姿を見て、大人たちは女子高生すげぇと思った。その評価の一部をしっかりと頂戴した命子。しめしめである。
「それで、実戦に使えそう?」
馬場が問うた。
「はい。問題はないかと思いますわ。まだ無理そうなら魔眼を解除すればいいだけですし」
「じゃあまあ、30分くらいそこらへんを散歩してこようか」
命子の提案で、6人はボス戦の前に敵と戦って準備運動をするのだった。
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