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13-24 開眼

本日もよろしくお願いします。


 魔鼠雪原の後半に入って一夜を越え、4日目のこと。

 いよいよ命子たちはボスエリアの近くまで辿り着いた。辿り着いてしまった。


 本来なら喜ばしいことだが、素直に喜べない理由が命子たちにはあった。

 ささらの心眼がまだ取れないのである。


 世界に名を轟かすささらなので、D級ルートのボスならば問題なく倒すことができる。だからこそ自衛隊も探索の許可を出したのだ。しかし、目を塞がれているとなると話は別。危険すぎる。

 これは命子たちも同意見だった。


「ささらちゃんが開眼するまで、ダンジョンで野営を行ないます」


 馬場の決断に、命子たちも頷いた。

 ささらは『ボスエリアの端っこで回避に徹することもできますわ』という提案をしようかと思ったが、みんなの立場からすればそんなことしてほしくないというのは明白なので、素直に従った。


「みなさん、申し訳ありません」


 しょんぼりするささらの肩を叩き、命子はニコパと笑った。


「ダンジョンにはアクシデントが付き物だよ。それにもうしばらくダンジョンにいられるんだから楽しもうぜ!」


 ささらは心眼の下で口角を上げて笑った。

 命子のこういった陽気さはとても心地が良かった。


「さて、そうと決まれば設営を始めます!」


 急遽、拠点作りが始まった。


 キスミアの軍人はこのダンジョンで休憩所を用いずに野営することもあった。夜間に魔物が強くならない点が、そんなことを可能にするのだ。

 そんな時に行なわれるのが、テント泊や雪洞泊である。雪が多いキスミアの軍人は雪洞造りの達人だった。


 どんどん雪洞が作られていく。


 馬場たち日本の自衛官も負けていない。

 命子たちもよくわからないままお手伝い。


 ビニール袋に雪を入れ、それをたくさん用意して一か所に集める。

 その上に、雪をどんどん被せていった。


「紫蓮ちゃん、これなにやってんの? 修行?」


「最後に中に詰めた雪の袋とかを出せば、そこに空間ができて、カマクラができる」


「……ほんまや! 私が考案したことにしようぜ!」


「図々しさの化身」


 プロのカマクラ造りに命子は驚愕した。


 レベルアップで鍛えられた自衛官や軍人だ。

 あっという間にいくつもの雪洞が完成してしまった。


「みんな、説明するから来てちょうだい」


 馬場に言われて、命子たちは雪洞の前に集まった。

 命子たちも手伝ったこの雪洞は、紫蓮が説明した通り、内部に物を詰めてその周りに雪を被せて作る。最終的に内部に詰めた物を出せば、ドーム型の雪洞ができるという寸法だ。


 命子たちの前には四つん這いで入れる程度の穴が開いていた。


「そんなに大きな雪洞じゃないから、3人でひとつを使ってちょうだい。振り分けは任せるわ」


 命子たちはふんふんと頷く。


「まず寝る時は入り口のシートを閉める。雪洞の中は0度だから、外気が入らなければこれ以上寒くなることはあまりないわ」


「ふんふん」


「中は狭いから、これで説明するわね」


 馬場はそう言うと、足元の雪でパパッと間取りを作った。

 雪で作られた小さな寝台がコの字型に3つある。


「この寝台に、みんながそれぞれ持っているアルミシートとエアマットを敷いて、その上に寝袋を敷いてちょうだい。寝袋でも、可能な限り雪に接しない方がいいわ」


「わかりました」


「その防寒コートを着て寝袋で寝れば凍死や凍傷の心配はないわ。一番怖いのは酸欠よ。一応、私たちが1時間置きくらいに空気の入れ替えに来るから、ガサゴソしても気にしないでね」


「私たちも普通のダンジョンだと見張りをしながら野営しますし、交代で起きますよ?」


 馬場は顎を摩って考えると、頷いた。


「それもそうね。それじゃあお願いしようかしら」


「ババ殿。ひとつの寝袋に2人で寝ても大丈夫デス?」


「へ?」


 ルルの質問に、馬場は一瞬で口がだらしなくなった。

 雪山でよく聞く裸で温め合うヤツかと。


 しかし、命子たちからすればそれは重要な質問だった。


 なにを隠そう、ささらの寝相は非常に悪い。

 気づいたら寝袋から抜け出して、雪の上で寝ていたら困る。それなら最初から誰かが生贄になって一緒に寝た方がいい。ルルはそう考えたのだ。


「まあ、温かい分には大丈夫だと思うけど。暑すぎて寝袋から出るようなことはないようにね?」


「わかったデス」


「戦闘はどうしますか? 集団でいますし、敵も多く出ると思いますけど」


「そこらへんは私たちが対応するから大丈夫。このレベルの敵なら良い訓練になるわ」


 その返答に、命子は良いなぁと思った。

 それからいくつか注意点を聞いて、命子たちは夜を待つことにした。


 部屋割は命子、紫蓮、イヨ。もう片方にささら、ルル、メリス。

 それぞれが寝台の上に寝袋の準備をして、寝るには早すぎるのでしばらくは外へ。


 そうしていると、馬場がピッと敬礼をして1組のチームをボス戦へ送り出した。


「どうしたんですか?」


「外への連絡係よ。今日中に帰還する予定だったからね。何日か延長することを報告するの」


「あー、なるほど」


 命子たちはせっかくなので、ボス戦を見学することにした。

 近くで見ることはできないが、遠くで戦う姿は見えるのだ。


 このルートのボスは、かつて萌々子たちが地上に具現化させてしまった笛吹きネチュマスである。

 ただし、外で戦ったネチュマスよりも遥かに強い。

 笛吹きネチュマスは笛を吹くことで子分を召喚する特技を持っているが、地上ではF級やG級のネズミしか出さなかった。しかし、ダンジョンだと多種多様なネズミ原人をガンガン召喚する。


 遠くのボスフィールドで戦いが始まった。


 最初からボスと共に現れたネズミ原人の数は12体。それが6人編成の自衛隊パーティとぶつかり合っている間に、ネチュマスが笛を吹いて増援を呼ぶ。

 ボスフィールドの中にいくつもの魔法陣が現れ、ネズミ原人が現れる。


「おー、つよー!」


 しかし、さすが時代を先行する自衛隊。

 ネズミ原人たちの群れに突っ込み、増援を物ともせずにバッタバッタと切り伏せていく。


 増援よりも討伐のスピードの方が明らかに早く、ついにはネチュマスに攻撃が入り始めた。


 激昂モードに入ったネチュマスは笛を強く鳴らす。

 すると、ネチュマスの周りに上級のネズミ原人が6体出現する。


「ここからね」


 ネチュマスが笛をへし折ると、召喚能力を失った代わりに残っているネズミ原人たちが強化された。赤い光を纏ったネズミ原人たちと、6人の自衛官が最後の激戦を繰り広げた。


 それを見つめるギャラリーは、腕を組んだり顎を摩ったり、まるでライバルの敵情視察に来たスポーツマンのよう。

 そんな雰囲気ではあるが、みんな真剣そのものだ。


 魔法が飛びかい、技の応酬が激化する。

 しかし、自衛官チームの方があらゆる面で強い。技の応酬と言ったが、自衛官が技を返した時には高確率で紫の血が飛んだ。


 道が切り開かれると、ネチュマスはあっという間に撃破された。ネチュマスは召喚タイプのためか、本体はそこまで強くなかった。


「羊谷命子、勝てそう?」


「ささらが目を塞がれた状態でってこと?」


 ささらが万全だったら、紫蓮だって勝てるのはわかっている。


「うん」


「まあ、いけるんじゃない? ルルとメリスと紫蓮ちゃんが前衛でバシュバシュやって、イヨちゃんが私とささらの護衛。ささらはガードフォースでみんなを援護。あとは私が最初から全力で魔法を構築して、ネチュマスに大魔法で攻撃。私に2分の余裕があれば、たぶん、それで勝てるかな。一撃は無理でもあとはトドメ待ちだと思うよ」


 ネチュマスは巨体で突っ込んでくるタイプのボスではないので、そういう勝ち方ができてしまった。

 逆に命子が今まで戦ってきたボスのように、大魔法の構築を許さないボスでは、特撮ヒーローよろしく、弱らせてから必殺技を入れなければならない。


「正直に言うと、私も野営とボスのどちらがいいか迷ってはいるのよね」


 馬場が言った。

 ちゃんと指導はするが、野営は事故がありえる。

 しかし、戦う場合は、戦うのが命子たちという不安材料があった。これまでの経験上、命子たちだけちょっと強いボスに変わる可能性が十分に考えられるのだ。

 ゆえに、やはり野営の方が安全だった。


 ボス戦も無事に終わって解散すると、ささらが言った。


「みなさん、今日も訓練をお願いしますわ」


「じゃあ私が!」


 命子が即座に名乗りを上げて、いそいそと準備を始めた。

 暴れたくて仕方ない系女子なのである。


 ささらが目を塞がれている状態で普通に歩けるようになったので、昨日から命子たちは木の棒で打ち合いを行なっていた。

 林の枝で紫蓮が作ってくれた木刀を引っ張り出し、さっそく稽古を開始する。


 カン、カン、カンとゆっくりと木の棒で打ち合う。


 すでにささらの中から暗闇に対する恐れは無くなっていた。

 神経を研ぎ澄まし、命子の攻めを受け流していく。

 命子の攻撃の呼吸に合わせて心眼をオンオフし、ささらは達人の世界と神秘の世界を行き来する。


 ここまでの旅で、ささらたちはひとつの結論を得た。

 心眼は使わないと外れない。

 ここに至っては当たり前の話に思えるが、ささらは腕が立ちすぎているせいで、暗闇での行動に慣れて心眼を使わずとも行動できてしまったのだ。


 暗闇の中に浮かび上がるのは木の棒に魔力を纏わせた女の子と、その周りに浮かぶ魔導書たち。

 ささらの剣が命子の剣を受け止め、同時に繰り出された魔導書を盾で弾く。


 ささらが素早く反撃の突きを放つ。


 命子は半身を逸らし、ささらの足の向きから次の攻撃を予測して上体を深く屈めた。

 今まで顔があった場所に突きから変化した横薙ぎが容赦なく通過する中、命子は3つの魔導書を操作してささらを襲う。


 ささらはひとつの魔導書を盾で弾きながら、そちらへ飛んで受け身を取る。

 片膝立ちで木の棒を構えるささらに、命子は粉雪を巻き上げながら一足飛びで切りかかった。


「よくもまあ、この短期間であれだけのことができるわね」


 ささらの動きを見て、馬場が呆れたように言った。

 新時代の剣士同士の戦いとしては大したスピードの剣戟ではないが、片方の目が見えていないとなれば驚くべきことだ。


 命子とささらの剣戟の速さはどんどん増していく。

 これを見てうずうずするのは命子の仲間たち。いや、自衛官やキスミア軍人もうずうずしているか。


「次は我がやる」


「え!?」


「退いて」


 命子はもっと戦いたかったが、仕方なく紫蓮に譲った。

 やはり長い木の棒を持った紫蓮は、棒術で戦う。


 薙刀という変幻自在の武器を使う紫蓮が、一息の内にいくつもの技を繰り出す。


 暗闇の中で形や魔力の大きさを変えた相手。

 魔力を纏った棒が意志ある機械のように高速で襲い掛かってくる。


 突きから横打ち、切り上げ、足払い。

 ささらはそれを全て受け流し、反撃する。


「紫蓮ちゃん。手加減しすぎだよ」


「うむ」


 命子老師からの厳しい言葉に、紫蓮はさらにスピードを上げる。

 当然、命子にしても紫蓮にしても本気ではなかった。本気でも少しは防がれるかもしれないが、今のささらの状態なら防御を崩すことは可能だった。


「次は拙者でゴザル」


 そう言ったメリスが横から乱入し、代わりに紫蓮が飛びのいた。


 小太刀を模した木の棒を両手に持ち、連撃の嵐を浴びせる。

 二刀流相手に受けに徹すればたちまち防御は崩される。ささらは即座に戦い方を変えて、攻めの守りを始めた。


 メリスの体が4つに分かれる。

 2つは残像、1つは分身、1つは本体。

 ささらは迷うことなく残像をすり抜け、分身に対してスラッシュソードを発動する。

 分身は弾き飛ばされ、本体のメリスと激しく切り結ぶ。


 心眼は魔力を消費するので、ずっと使い続けることはできない。

 しかし、戦いの呼吸を読みながら頻繁に切り替えることで、ささらは何時間も使い続けることができた。


「にゃしゅ!」


「はっ!」


 薄暗くなったダンジョンの中にルルの猫目が尾を引いて輝く。

 神秘の世界はルルの魔眼に宿る魔力も見通す。暗闇の中に揺らめくその光を美しく思いながら、ささらは踊るように剣を振った。


 月と焚火の明かりに髪を輝かせながら剣を振るささら。

 その姿を見た自衛官やキスミア軍人たちは、世界最強の女子高生が運良く出来上がったわけではないと改めて実感させられた。

 日々訓練をするストイックさ。そして、逆境を跳ねのけるタフネス。自分たちが厳しい訓練の中で身に着けた精神力を、年若いささらはすでに身に着けているのだ。


「……いくデス!」


「はい」


 間合いを空けたルルがそう宣言し、加速する。

 冷気を纏ったルルの体と景色が揺らめくほどの闘気を宿したささらの体が交差する。


 雪交じりの風がサァッと吹き抜け、ルルが雪の中にトサリと倒れた。

 それと同時に、ささらの心眼がハラリと落ちる。


 渾身のギャグをぶち込んだルル。

 しかし、仲間たちの注目は当然ささらに向かっていた。


「さ、ささら!」


 命子たちがわーっと駆け寄ると、ささらは久しぶりに見せた綺麗な瞳を細めてニコリと笑った。

 爆笑を予定していたルルはピョコンとネコミミを立てながら上半身を起こし、ささらを見ると、慌てて立ち上がってわーっと駆け寄った。


「みなさん、ありがとうございました。おかげさまで外れましたわ」


 ささらは心眼を綺麗に畳んで柔らかく持つと、両手をお腹の前に揃えてお辞儀した。剣鬼じみた姿はなりを潜め、育ちの良いところが出ていた。


「おめでとう! それでそれで、魔眼は?」


「もう、得ているのでしょうか? ちょっと待ってください。えっと、【刹那眼】というものを得ましたわ」


「かかかかっけぇ!」


「っっっ!」


 ささらが得た魔眼の名前を聞いて、命子と紫蓮はわたわたした。中二病にとって、刹那は特効ワードなのである。


「ささらさん、使って使って!」


 紫蓮にせがまれて、ささらは一回目を瞑り、スッと見開いた。

 切れ長の瞳が金色に光り輝く。


 その迫力は男子ならヒュンとしそうだが、命子たちはわきゃわきゃ。


「魔力やマナを見ることができますが、おそらく戦いの中でしか真価が発揮されない魔眼だと思いますわね」


「わかるの?」


「はい。みなさんとの戦いの途中から不思議なものが見えるようになったんですの。攻撃の軌道が可視化されたような不思議な光景ですわ」


「「「おーっ!」」」


 命子たちは手をブンブンして、ささらの開眼をお祝いした。


「ささらちゃん、おめでとう」


「馬場さん、ありがとうございます。お世話をおかけしました」


「ううん、いいのよ。良いものを見せてもらったし」


 刹那眼は命子たちも自衛隊もデータにない魔眼だった。

 おそらく、目を塞いで気配を読み取る達人の世界と魔力を見つめる神秘の世界を交互に行き来するような修行をしなくては得られない魔眼なのではないかと思われた。


「明日の午前中を使って魔眼の調子を確かめましょう。それからボスを倒して帰還。どうかしら?」


 命子たちはその提案に頷いた。

 何時間もぶっ通しで訓練したささらは、魔力が心許ない。

 魔力が無くても強いささらだが、命子たちの時だけ強力なボスが出てくる可能性はあるので、万全で挑みたい。


「ふっふっふっ、ワタシたちは氷の武器を手に入れて、シャーラは開眼したデス。もはやネチュマス恐れるに足らずデス!」


「最初からルルたちは恐れちゃいないでしょ。ぶっ飛ばすってギラギラしてたじゃん」


「うふふふふっ」


 生意気を言った命子に、んーっと手を振り上げるルル。

 そんな仲間たちの久しぶりの姿を見て、ささらは心の底から笑うのだった。


読んでくださりありがとうございます。


ブクマ、評価、感想大変励みになっています。

誤字報告も助かっています、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] ささらちゃん、心眼覚醒おめでとう!なのです。
[良い点] 新しい魔眼格好いい! そして遂にボス戦か~ [一言] 更新ありがとうございます!
[良い点] 刹那眼…命子達にとっていい響きになったようですね(笑) 魔眼の色はルルとお揃いの金色なんですね。 ささらなら ピンク(桜)色だと思ってました… 刹那眼デビュー戦 楽しみです♪
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