13-19 ダンジョンの中でも修行
本日もよろしくお願いします。
遅くなってしまって申し訳ありません。
「ふぁ! ダンジョン!」
竪穴式住居の中で目覚めた命子の脳内で、セーブデータが高速で読みこまれる。ダンジョン内において命子の寝起きの読み込み速度は、地上のそれとは光回線と伝書鳩くらい差がある。もちろん、『NOW LOADING』なんて文字が入り込む余地など一切ないのである。
パチッと目が覚めた命子は、ダンジョンの素晴らしい空気で肺を満たした。
「はー、今日も絶好調絶好調。やい、命子ちゃん、そんなに絶好調でどうすんだい! てやんでい、命子ちゃんはいつだって絶好調なんでい! なんだって、そいつぁてぇへんだ!」
クソ高テンションに身を委ねてゴチャゴチャと言いながら、寝袋から抜け出す命子。
んーっと伸びをすると、そこで初めて時計を確認。6時5分前。見当違いの時間に起きていたら迷惑以外の何物でもなかったが、命子のダンジョン時計は正確だった。
命子はせっせと寝袋を畳んで座布団にした。
「ふー」
その上に座り、命子は先ほどまでのテンションを引っ込めて冷静になった。起きてすぐに目の端にそれを発見してしまったのだ。
ふーむとする命子の視線の先には、一人用の寝袋の中に納まっているささらとルルの姿が。
「数学的に不可能ではない」
賢い命子が数学的にこの現象について考えている間にも、ルルは「あちゅいデス……肉まんがあちゅいデス……」とうなされている。文学的な視点で考える必要があるかもしれない。
とりあえず、紫蓮とイヨの情操教育に悪いので、寝袋のファスナーを開けてルルを引っ張り出した。
「みゃー。メーコ、助かったデス。サウナの中でアツアツの肉まんを食べさせられる夢を見たデス」
そう言うルルは室内でもそこそこ寒いダンジョンにいるというのに、汗びっしょりだった。一方のささらはファスナーが開いて寒いのか、もぞもぞしながら寝袋を被った。
「もーっ! コイツめ! コイツめ!」
ルルはペスンペスンとささらのお尻があるだろう場所を寝袋の上から引っ叩く。
「ついでにみんなも起こしておいて。私、外の空気吸ってくるから」
「ニャウ。遠くまで行くとメーコは遭難するから近くにいるデスよ」
「失敬な! 迷子になるのは全部東京が悪い!」
命子は日本の首都に全ての罪を着せる捨て台詞を吐くと、ビニールバケツを持って外に出た。
外はまだ薄明るくすらなっていないが、休憩所内の真ん中で燃えている焚火のおかげで周りの状況はよくわかる。自衛官やキスミア軍はすでに起きており、朝食の準備を始めていた。
命子は竪穴式住居の横で、水の魔導書からビニールバケツに水を入れた。これは本来なら釣り用のバケツとして売られている物だが、ビニール製でコンパクトになるため重宝していた。ダンジョンの活動において、小さく畳めるかは非常に重要なのだ。
そのお水で顔を洗っていると、命子は背後の気配にキュピンとした。
「おはようございます、馬場さん」
「ほう、やるわね」
「私の背後に立つなってやつです」
馬場は斜め後ろに立っているのだが、それはそれとして。
洗った顔をタオルで拭き拭きして、すっきり。
「若いわねぇ。私なんて極力冷たい水で顔を洗いたくないわ」
「それは私もそうですけど、ダンジョンの中くらいはって感じです」
「やっぱそうよねー。そうそう、もうみんな起きてる?」
「はい。いま起き始めたところです」
「オッケー。じゃあ準備ができたら、朝食を取りに来てね」
「いやー、なんか至れり尽くせりですみません」
「組織的なダンジョン攻略だとこんなもんよ。あ、紫蓮ちゃんおはよう」
「おはようございます」
紫蓮が住居から出てきて、馬場にペコッと挨拶した。
きりが良いので馬場はそこで立ち去り、命子はビニールバケツのお水を紫蓮のために入れ替えてあげた。
「めっちゃ眠そうな顔してんね」
「そんなことはない。我、しゃっきりしてる」
紫蓮はバケツの前で膝をつくと、命子が置きっぱなしにしていた洗顔料を指さした。
「これ使っていーい?」
「いいよ」
命子は代わりに紫蓮が持ってきていた洗顔料を手に取った。スクラブ入りのスースーするヤツだった。
「紫蓮ちゃんハードなの使ってんね。ていうか、これ男用じゃん」
紫蓮は顔を洗いながら答えた。
「父のヤツと間違えて持ってきた。我は最近、泥洗顔使ってる」
「泥なー。正直よくわかんないよねー、こういうの」
「うん、わかんない」
「まあ、『ヴァルキュリア』使っておけば間違いない! うん!」
戦う女のヘアソープ・ヴァルキュリアは洗顔料にもシリーズ展開している。CMをガンガンやっているので、情弱な命子はそのCMを信じて購入を続けていた。もちろん、今回持ってきた洗顔料もヴァルキュリアである。
命子たちが可愛い話をしていると、イヨが出てきた。
挨拶もそこそこに、話が聞こえていたのかイヨが参戦した。
「妾はこれなのじゃ!」
自慢げに見せてきたのは『お米巫女』という洗顔料だった。おそらく煌びやかなパッケージを避けているのだろうが、安っぽさはない。
「なんだこれ、全然知らない」
「龍神様の上で作られたお米で作られているのじゃ。これを使っていれば、きっと大層な美人巫女になるのじゃ」
イヨとイザナミは揃ってうむうむと頷いた。
特に神秘的な直感とかではなく、商品名でそう思ったらしい。
イヨが顔を洗い始めたので、命子は中に声をかけた。
「ルル、ささらとメリスは起きた?」
「拙者は起きたでゴザルよ」
「シャーラはいつもよりも手ごわいデス!」
「目隠しされていたから、余計に疲れていたのかもね」
「にゃー。そういうことデス?」
「失敗したな。寝る前に回復薬を飲んでもらうべきだったね」
「じゃあ起きたら飲んでもらうデス」
「オッケー。私たち、ちょっと朝ごはん貰いに行ってくるからね」
「わかったデス」
そんなこんなでささらを起こし、貰ってきた朝ごはんを並べた。
猫じゃらしパンのサンドイッチだ。ダンジョンでサンドイッチを作る場合の具材は大抵が魔物食材になるのだが、今回もそうで、照り焼き味のネズミ肉が挟まっていた。
「シャーラ、ご飯を食べる前に回復薬を飲んでおくでゴザル」
「え、どうしてですの?」
メリスに勧められるが、ささらは首を傾げてしまった。
たぶん、自覚はないのだろう。
「シャーラは視覚を封じられた慣れない状態だから、自分でも気づかないうちに疲れているデス。だから飲んでおくデス」
ルルが補足し、命子たちは全員がうむと頷いた。全員が頷けばじゃあ飲むかという気持ちになるものだが、今のささらは見えないので無言の頷きは意味をなさなかった。
とはいえ、ささらは素直なので了承した。
「そうかもしれません。それでは低級の回復薬をいただきますわ」
「じゃあ、はい、あーん」
ルルがささらの口に回復薬を入れた。
その際、唇にがっつりルルの指が触れているところを紫蓮は見逃さなかった。ささらは寝相こそ悪いが上品なので大口は開けないのだ。
「どんくらい魔力減った?」
「15点ですわ。たしかに少し疲れていたのかもしれませんわ。ありがとうございます」
動物でもステータスのウインドウは直感的に理解できていると現在の研究でわかっているのだが、同じように目が見えなくてもウインドウは理解できる。
目が見えない人の場合、これが点字であったり、イメージであったり、人によってまちまちなのだとか。
現在のささらの場合、文字を肉眼でさんざん見ているので、普通に文字として見えていた。
「たぶん、今日も私たちよりも疲れると思うから遠慮せずに飲むんだよ」
「はい。ありがとうございます、みなさん」
「それじゃあみんな、気をつけるのよ。何かあればすぐに呼んでね」
「はい。それじゃあお先に」
朝の支度をして出発前の準備運動を済ますと、一行はチーム毎に順次休憩所を出発した。
天気はピカピカの晴れ。午前中に雪は降らなさそうだ。
「えーっと私たちはこっちのルートだね」
チーム毎にキスミア平原に広く散り、進む。
ここからしばらくはかなり平らなエリアだ。除雪した際に道路脇にできるような雪の壁がそこかしこにあるが、そういう壁の切れ間からは、たまに他のチームの姿も遠目に見られた。
「むむむっ、さっそく5匹! 面白くなってきた!」
まだ新しいタイプの敵こそ出てこないが、敵の数だけは増えていた。
命子がわーいと駆けだす中、ささらはその場でエアサーベルを構えた。
「やれやれ。メーコは元気でゴザルな」
「ダンジョンが大好きですからね」
護衛のメリスの呆れの言葉に返答しながら、ささらは敵の位置を探りながらエアサーベルの切っ先をそちらに向ける。
ささらが心眼に魔力を込めると、視界に神秘の世界が広がった。
それは淡く光る世界の中で、線描のみで描かれたシルエットが素早く動く光景だった。それは大気に漂うマナであり、その中で戦う命子たちとネズミ原人の姿だ。
シルエットたちは時折、体の一部分を強く輝かせたりするが、そういったことを察知するのが重要なのだろうとささらは考えていた。
「魔法」
ささらはネズミ原人が放った魔法をエアサーベルで斬るイメージをする。
「払い。突き。体当たり」
次に、剣闘士タイプのネズミ原人と戦う紫蓮に憑依するイメージで、敵の攻撃をいなすようにエアサーベルと盾を動かす。
「2対1」
今度は2体のネズミ原人と嬉しそうに戦う命子に憑依するイメージで、前と後ろから攻撃してくる敵の攻撃をいなし、切り裂く。
命子は魔導書を器用に操りながら2対1で戦うが、ささらの場合は剣と盾で立ち回る。そのため、命子への憑依は上手くいかなかった。命子のトリッキーな戦い方のせいで、ネズミ原人はイメージとかけ離れた動きをしてしまうのだ。
「メーコとの戦いで練習してるでゴザルか?」
「はい。ですが、上手くいきませんわ」
「メーコの戦い方は謎でゴザルからね。シャーラ、逆に考えるでゴザルよ。自分をネズミ原人の方に置き換えて、メーコたちと戦うでゴザル」
「ハッ! メリスさん、その通りですわね」
ささらは人とあまり試合をしないので、その発想はなかった。
それ以降、ささらはネズミ原人に自分を置き換えて、謎の戦い方をする命子や変幻自在の薙刀を使う紫蓮、超スピードで戦うルルやメリスの攻撃をいなすことにした。イヨとの戦いはイメージが利かないのでパス。
命子たちもそんなささらに協力し、極力ささらがわかりやすいような位置取りで戦ってあげた。
「……っ!」
雪原の凸凹に足を引っかけて転ぶささらだが、そのまま受け身を取って盾を構え、エアサーベルで刺突の構え。
この頃になると、ささらは地形がわからずに転ぶことに恐れなくなってきた。崖から落ちるわけでなし、受け身を取ってリカバリーすればいいと悟ったのだ。
今回の護衛役の命子はそんな友人の努力する姿を見て、うむうむと静かに頷いた。
仲間たちが戦闘を終えると、命子は目をギンッと見開いた。
殺気が放たれた瞬間、ささらは半身をズラして、命子の方向に盾を構え、サーベルの柄に手を掛ける。
命子はニヤリと笑いながら、本気でサーベルが抜かれたら困っちゃうので、ふわりと背後に飛んだ。
「やりおるわ」
「もう、命子さん!」
「ごめんごめん。だけど、良い感じになってきたね」
「はい。ですが、まだネズミ原人クラスだと攻撃を受けそうですわ」
「まあ、言うてD級だし強いからね」
それからもささらの修行は続き、ささらと護衛役が抜けている分だけ、仲間たちが戦う敵の数も増加中。
「うーん、修羅修羅してるわねー」
馬場が双眼鏡でそんな命子たちの姿を見て、苦笑いした。
戦闘の熱気を肌で感じられない場所から見ているので、ささらがどんなイメージで訓練をしているのか馬場にはわからなかったが、かなり高度なことをしているのだけは見て取れた。
「と、こっちも来たか」
馬場は双眼鏡を仕舞うと、風弾と共に一瞬で抜き放たれた鞭に身を任せて、弾丸のようにネズミ原人の頭上を取る。魔法と鞭技『マジックフック』という馬場が考案した超絶スタイリッシュな戦法だ。
頭上から風弾を射出してネズミ原人に攻撃し、そのまま鞭で切り裂き1体を仕留める。
「負けてられないわね」
馬場はそう言って口角を上げると、軽やかに雪原に着地した。
昼が過ぎて3時くらいに、命子たちの目に人工物が見えてきた。
「大昔のニャルムットでゴザル」
そこはちょっとした村だった。
当然人はいないわけだが廃村というわけではなく、ある日、忽然とそこから生き物が消えたような光景だった。
メリスが言うように、そここそが大昔のニャルムットだ。現在の首都としてのニャルムットからは想像もつかないほど素朴な村である。
「ひとまずの目的地だね」
「では、この近くにクウミが隠した物があるかもしれんのじゃな?」
「そういうことになるね」
「楽しみなのじゃ!」
すでに他のパーティも半数ほど来ており、村の境界の外で休憩に入っていた。
実はこの村が妖精店でもあった。
このダンジョンには各ルートに妖精店があり、それぞれが相当に距離を離している。
「ルルさんルルさん、スマホで撮影してほしいですわ」
「わかったデス!」
ここでもささらのために遠景から撮影しつつ、歩を進めた。
「お疲れ様です!」
「みなさん、お疲れ様です!」
ニャルムット村の外で待機している自衛官に命子が胸を反らして敬礼すると、自衛官も返礼してくれた。
「まずはチェックインしちゃって良いんですよね?」
「はい。部屋に不要な物を置いてきたら、一度この場に集合してください」
「今日中に掘りに行く感じになりそうですか?」
「攻略は予定通りの時間ですので、このあとに何事もなければ行くことになるかと思います」
「わかりました。イヨちゃん、今日中に掘れるかもって」
「むふー、何があるのかのう!?」
というわけで、命子たちは古のニャルムット村の中に入っていった。
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