13-15 魔鼠雪原始まりの森
本日もよろしくお願いします。
ダンジョンゲートに入ると、そこは大きなカマクラの中だった。
命子は剣の柄に手を添えながら、周りを見回して頷いた。
「情報の通りだね」
何度もクリアされているダンジョンなので情報は多い。最初にどういう場所に出るのかは割と重要なのでしっかりと情報も出ていた。
「周りの地形も大丈夫」
紫蓮がカマクラの外を眺めてそう報告した。
「わたくし、カマクラに入るのは初めてですわ」
「私もー。風見町のあたりは雪があまり降らないからね」
「話には聞いていましたが、本当に暖かいものなんですわね」
壁を撫でて、ささらがそんな感想を言う。
「キスミアっ子は、みんな一度は作るデスよ」
「ニャウ。それで今晩はここに泊まるって言って、親にぶっ飛ばされるまでがセットでゴザル」
ルルとメリスはしみじみと言った。
「キスミアの寒さだとカマクラなんかじゃ死んじゃうでしょ」
「死ぬデスねー。だから親の言うことを聞かずに泊まろうとするやんちゃな子はキスミア猫の大群に発見されるデス」
「キスミアの風物詩でゴザルな」
「あははっ、田舎の子供の遊びは都会っ子の私じゃ想像もつかないや」
「風見町は都会じゃないって何度も言ってるデス! この前、牛が道路を横切っているの見たデスよ!」
「あれは4WDだもん!」
「1牛力」
「まあ紫蓮さん、本当ですわね!」
キャッキャキャッキャ!
「さて、ルルの冗談に付き合うのはこのくらいにして」
ルルがシュバとわき腹を擽ろうとしてきたので、命子はパンッとその手を引っ叩いた。冗談は終わり!
「とにかく、まずは外に出よう」
というわけで、命子たちはぞろぞろと外に出た。
「ギュムギュムしとる!」
先頭で雪を踏んだ命子は小学生並みの感想をクワッと叫んだ。
「本当ですわ! ギュムギュムしますわね!」
「おー、こんなに積もった雪を見るのは久しぶりなのじゃ。のう、イザナミ」
『なん!』
「我も久しぶり」
「これは12月くらいでゴザルな」
「ニャウ。本番は1月からデス」
日本勢は雪でテンションを上げた。それを見るルルとメリスの猫コンビは豪雪マウント。
カマクラは周りが少し開けた広場になっており、その周辺は森となっていた。
いつもと違う環境なため、命子たちは10分ほど雪上での動きを確認することに。
「すぅー……ふぅー……はっ!」
命子が2mほどの距離を一足で移動し、2本指を立てた右手を振り払う。移動した雪の上で、粉雪がいま移動したことに気づいたとばかりに遅れて渦を巻く。
ギュムッと軸足を鳴らしながら、体を回転させて、再び右手を大きく払った。無手の先に煌めくサーベルの剣閃が見えそうな見事な連撃だ。
「ちょっと心配だったけど、ちゃんと動けそうかな」
命子は自分の足跡を見て分析した。
通常の地面とは違い、踏み込めば5~10cmほど雪に足が沈む。新雪だと腰まで埋まるなどと言うが、それではダンジョン攻略どころではないので、この程度なのだろう。
いつもとかなり勝手が違うものの、少しだけ戦力がダウンするくらいだと命子は考えた。
「そうですわね。問題なさそうですわ」
「我も大丈夫」
命子とささら、紫蓮はギュムギュムと足踏みをしながら、そんな感想を言い合った。魅惑の感触に足が動き続ける。
ちなみに、今回の命子たちはモコモコなわけだが、靴も普段のぽっくりやブーツではなく雪原専用のモコモコブーツだ。非常に良い物で、冷たそうな雪を踏みつけても全然寒くないし、水が入ってくる気配もない。
「イヨちゃんはどう?」
イヨは雷弓を持ち、ステップしたり側転したりしながら弦を引いている。
「ちょっと足を余計に上げなくてはならんが、まあこのくらいなら直に慣れるのじゃ」
古の達人だけあって、頼もしい返答。
その足元ではイザナミが雪を掘って遊んでいる。
そんなふうに調子を確かめていると、腕組みをしたルルがクワッとした。
「みんな雪を舐めているデス!」
命子たちはむむむっとした。
「雪には魔物が棲んでいるデス。不慣れな者はタチタチ筋肉痛になるデス」
「たちまち」
豪雪玄人面。
ツッコミを入れた紫蓮には、んっと威嚇。紫蓮は首を引っ込めた。
「ダンジョンの中で筋肉痛になったら回復薬飲むから大丈夫だよ」
命子がそう言うと、ルルは「にゃー」と体のサイドでペンギンみたいに腕をパタパタ振った。豪雪マウントが一蹴されて悔しいらしい。
「ルルさんとメリスさんは雪国で暮らしていましたから、とっても頼りになりますわね!」
とフォローしたささらをルルはダキューと抱きしめて「ほらなー?」みたいな顔を命子に向けた。
「それよりもそろそろ出発するでゴザルよ。ババ殿たちを待たせちゃうでゴザル」
「おっとそうだね。行こう!」
メリスの言葉に、命子たちは頷いた。
魔鼠雪原はペロニャが現れる以前のキスミア盆地を舞台にしていると考えられている。
現在は開発されて町や道路、猫じゃらし畑などで彩られているキスミア盆地だが、多くの文明圏がそうであるように、昔は平原や森が多かった。
スタート地点であるここも現代ではもう存在しない森であり、調査によるとキスミア盆地の真ん中に位置していた。
このダンジョンに入った者はパーティごとに森のどこかにあるカマクラに飛ばされ、自分の実力に合ったルートを辿って、雪原地帯へ出ることになる。
道はカマクラの入り口正面方向に1本、真裏方向に1本あった。これは全てのスタート地点で同じ構造をしている。
正面の道は良好な天気であり、そちらへ進むとまずはF級相当の魔物が出てくる。
そちらの方向に進むといくつかのルートで森から出ることができ、そこからが魔鼠雪原の本番だ。森から出たルートによってF級、E級、D級相当のコースが発見されている。
反対にカマクラの裏にある道は雪がしんしんと降っている曇り空だ。そちらへ進むと、まずはC級相当の強力な魔物が出てくる。
現在のキスミアの最強の軍人チームならばC級相当を探索でき、ボスは倒していないまでもかなりの範囲が攻略できている。その中にはB級やA級と思われるコースもあった。
このダンジョンのルートは一方通行ではなく、無理そうなら別のルートへ行けるため、そんな攻略情報が多くの危険を背景に得られていた。
命子たちが向かうのは首都ニャルムット近郊が含まれるD級コース。正面ルートの中では一番難しいコースである。
「じゃあ出発!」
命子たちは正面のルートへ出発した。
「いいねー、こういうダンジョンも。異世界に来ちゃった感がある」
「むふぅ、わかる」
難易度変化級ダンジョンは野外のことが多い。
やはり人間も動物ということか、閉塞感のある通路型のダンジョンよりもこういった野外ダンジョンの人気の方が高かった。
「さっそくお出ましだ!」
少し進むと、クソデカネズミとエンカウントした。
二足立ちした体高が5、60cmはあり、シャープな印象。噛まれたら指くらいなら持っていきそうな前歯とキレキレな赤い目をしたネズミだ。
命子が『誰がやる!? もしかして私!?』みたいな顔をし始めた瞬間、そんな命子の前にルルがスッと手を出した。でしゃばるなと。
そして、ルルの前にはメリスがスッと手を出した。でしゃばるなと。
「ちょ、ちょっとメリス。ここはワタシがやるデス!」
「ノーア。ここは拙者がやるでゴザル」
「この宿命にはワタシが決着をつけるデス!」
「拙者が一番槍でゴザルよ!」
「「うにゃーっ!」」
よほどネズミを倒したいのか、ルルとメリスは仲間割れを始めた。
「はいはいはい、喧嘩しないで! じゃあこうしよう! どちらがやっても喧嘩になっちゃうから、折衷案で私がやります!」
「だまらっしゃいデス!」
「キスミアっ娘としてそんな恥知らずなことできないでゴザル!」
「ネズミのなにがそうさせるのか!」
「みなさん、来ましたわよ!」
ぼやぼやしている間に、ネズミが雪の上を走り出した。
「んーっ!」
命子は走り出したい衝動をグッと抑えて体をくねくねさせた。
ダンジョンに入るといつも命子が一番に戦っているので、たまには譲るのが筋というもの。
「「ウニャガシ、シュモミャッ、シュモミャッ、シュモミャッ!」」
ルルとメリスは謎の儀式をし始めた。おそらくじゃんけんみたいなものだろう。
どういうルールか命子たちにはさっぱりわからなかったが、勝敗は一目瞭然だった。にゃーっと頭を抱えるメリスを置き去りにして、ルルが粉雪をまき散らして走り出したのだ。
忍者刀を振るうルルと、デカネズミが交差する。
静寂の中、粉雪がふわりと舞う。
「ヂュー……」
倒れたのはデカネズミだった。
一閃。
ネズ・即・斬のキスミア人だが、ネズミをいたぶるようなことはしないらしい。
「ネズ公とは思えぬ天晴な突進だったデス」
ルルは光になって消えるデカネズミを称えながら、忍者刀をクルンと回して鞘に納めた。
「まあF級相当みたいだし、そんなものか」
命子はそんな感想を言いながらドロップを拾い上げた。ネズミのシッポと魔石である。
「「むっ!」」
すると、ルルとメリスが同時にネコミミをピンとさせた。
「猫の遠吠えが聞こえるデス」
「ニャウ。この声はニャッチでゴザル。ババ殿のチームにいる猫でゴザルな」
「早く来いって言ってる感じ?」
「位置情報を送ってきただけでゴザル。1kmも離れていないでゴザルよ」
「羊谷命子。無線」
「ハッ!」
魔鼠雪原に入るにあたり、命子たちはトランシーバーを貸してもらっていた。
通常のダンジョンだと壁がありすぎてほとんど役に立たないトランシーバーだが、野外ダンジョンだと非常に便利なアイテムになる。
命子はいそいそと腰についたトランシーバーを手に取った。
文明の利器を使い始める命子に、紫蓮とイヨが興味を示して近づいた。
「うんとうんと」
みんなに見られているのでコイツはヘマできないと思いながら、命子は教わった通りに電源をポチッと押した。
「こちら羊谷旅団。どうぞ」
命子はそう言うと、両手持ちするトランシーバーをじーっと見つめた。
「羊谷命子、送信ボタンから指を離さないとダメ」
「あっ! 指を離します、どうぞ」
『どんな軍勢でダンジョンに入ってるのよ。まあいいわ。こちら馬場。そっちは問題ない? どうぞ』
「はい、問題はないです。でも、まだスタート地点の特定ができてませんね。……あ、どうぞ!」
命子は一回指を離してからもう一度送信ボタンを押し、「どうぞ」を告げた。
無線の向こうの馬場は苦笑いしつつ、そのうち慣れるだろうと温かい目で見守った。
『こちらのスタート地点は12番よ。ニャッチ隊員に遠吠えをお願いしているから、聞こえるようならそれを目安に現在地を特定してちょうだい。どうぞ』
「わかりました。ニャッチの声は聞こえたみたいですから、すぐに特定できると思います。特定したらまた連絡します。どうぞ」
『了解。無線は電源を入れたまま腰に下げておいてね。それでは通信終わり』
「わかりました。通信終わり! どうぞ!」
命子はいそいそとトランシーバーを腰に戻し、むふぅと満足気。
「どうだった紫蓮ちゃん」
「素人っぽかった」
「にゃんだと!」
生意気を言った紫蓮に、命子はわしゃわしゃと足元の雪をかけた。
「命子様、次は妾がやりたいのじゃ!」
「いいよー」
イヨはトランシーバーを使いたいらしく、ねだってきた。
スマホといい、現代の道具に興味津々だ。
「馬場さんたちは12番で、ニャッチさんの声が西から聞こえたわけですから、わたくしたちはこの辺りのどれかということになると思いますわ」
そう言ったささらが持つのは、始まりの森専用の地図だ。
命子たちは地図を見ながら進み、森の道のカーブの形状や分かれ道を照らし合わせながら、自分たちの位置を特定した。
「10番で間違いなさそうですわね」
「じゃあそれで馬場さんに連絡するね」
ささらはダンジョンで割と地図役をやる子だった。元々が大人しい性格だったため裏方を進んでやるのがクセになっているのだろう。
そんな地図役経験から、現在地の特定が非常に得意になっていた。
ちなみに、命子や紫蓮も地図役をよくやる。逆にルルやメリスはあまりやらない。イヨはメンバーになってからまだダンジョンにあまり入っていないので、まだ分類不可。
「じゃあイヨちゃん、はい。やり方はわかる?」
「見てたからたぶん大丈夫なのじゃ」
約束通りイヨにトランシーバーを渡してあげる。
「馬場殿、イヨなのじゃ! 聞こえおるかえ? どうぞなのじゃ!」
『なんなん!』
イヨがトランシーバーに向かって元気に言う。その手にはイザナミが乗っており、一緒になんなん。
それを聞いた馬場はグッと笑いをかみ殺すが、送信ボタンを押していないので気配すらもイヨたちには届かない。
イヨとイザナミがジーッとトランシーバーを見つめていると、返答があった。
『聞こえています。イヨ様、報告をお願いします。どうぞ』
トランシーバーの向こうでは何やら「チューッ!」と聞こえてくる。どうやら戦闘中らしい。しかし、馬場のチームも5人と1匹のちゃんと強いメンバーなので、イヨは遠慮せずに続けた。
「妾たちは10番から出てきたみたいなのじゃ。どうぞなのじゃ」
『なん~、なん!』
馬場はすーはーと気持ちを整えて応答した。
『じゅ、10番ですね。了解しました。ではD級ルートの出口で落ち合うことにしましょう。地図で言うと、Eの2です。どうぞ』
「ささら殿、イーの2なのじゃ」
「わかりましたわ」
イヨがこしょこしょとささらに言う。
しっかりと送信ボタンを押しているので、こしょこしょ報告も馬場に聞こえていた。
報告を受けたささらは、地図のマス目E行2列の地点にマル印をつけた。その辺りにD級ルートへ進む森の出口があるのだ。
「通信終わりなのじゃ! どうぞなのじゃ!」
『なんなん、な~ん!』
イヨとイザナミはそう言って、初めてのコラボ通信を終えた。
通信が終わったのにどうぞと言ってしまったのは誰のせいか。
「ちゃんとできたかの?」
「うん上手だったよ」
「んふー!」
トランシーバーにハマった気配。
離れた場所に念話を送れるイヨだが、誰とでも自由にお喋りできる現在の通信技術がとても好きらしかった。
命子たちは森を進んだ。
この森の簡単なルートに出てくるのはF級相当のネズミ型の魔物だけで、ウォーミングアップがてらに問題なくさくさく進んでいく。
「こっちの道は赤ちゃん猫と子猫か」
「こっちは若い猫なのじゃ」
この森は内部にスタート地点が点在しているため、道がとても複雑に分岐していた。
しかし、わかりやすい道標がちゃんとあった。分かれ道には必ず台座に乗った猫の置物が道標として設置されているのだ。
猫の向く方向が森の出口に繋がっており、猫の背中の方へ進むとどこかのスタート地点に行ってしまう。そして、猫の歳が森から出たあとの魔物の強さを表していた。
この法則さえ理解していれば、地図を見なくても1、2時間で森の外には出られた。
30分ほど進むと、高さ5mくらいの斜面の下を歩く道に出た。
「あっ、馬場さんだ!」
その斜面の上にも道があり、馬場のチームが待っていた。ちなみに、ここは先ほど指定されたEの2地点ではない。
馬場が手を振り、声をかけてきた。
「問題なさそう?」
「はい、大丈夫です。馬場さんたちも順調ですか?」
「ええ、こっちも問題なしよ」
途中経過の確認だったらしい。
まあ相手は女子高生なわけで、過保護にもなる。
この斜面は別に降りても良い。しかし、ぞろぞろと歩いても命子たちにはうっとうしいだろうし、2チームは再び別れて予定地点へと向かった。
そんな馬場たちと別れた命子はふーむと唸った。
「羊谷命子?」
なになにとばかりに紫蓮が釣れた。紫蓮は命子が糸を垂らせばすぐに釣れるのだ。
「さっき洞窟で馬場さんがしてた話、どこかで聞いたことがあるんだよね」
「我は聞いたことない」
「どんな話デス?」
「ルルは聞いてなかったの?」
「洞窟はシャーラをからかうのに忙しかったデス」
それを聞いた命子は、ハッとした。
「あっ、無限鳥居の洞窟の中でルルから聞いた話だ!」
そう言った命子に、ルルはキリリとしながらニャンのポーズで迎え撃つ。
「馬場さんが大学生の頃、何とか氷穴で知らないキッズに後ろから驚かされたんだって」
「まあ! ルルさんも知らないお姉さんを驚かせたって言っていましたわよね!」
ささらも驚きに目を見開いてポンと手袋をした手を打った。
「ルルが知らないお姉さんを驚かしたのは何歳の頃なの?」
「えーっと、あれは初めてニッポンに行ってメリスが大泣きした年デスから……7歳デスね。たぶん10年前デス」
「異議あり。拙者そんなことでは泣かないでゴザル」
「となると、馬場さんはイケイケな大学生か。完全に一致」
「ねえ、泣いてないでゴザルよ?」
「凄いですわ! その頃からルルさんは馬場さんと縁があったんですのね!」
「拙者泣いてないでゴザルって!」
命子は必死に否定するメリスへ生暖かい目を向けて、そうかそうかとあしらった。
「んにゃーっ!」
顔を真っ赤にしたメリスは、遭遇したデカネズミに向かって走り出し、二刀小太刀でぶった切った。八つ当たりである。
そんなメリスの活躍を見て、ルルが言う。
「まあ、メリスはワタシがニッポンに行く時はいつも泣いてたデスけどね。メーニャが生まれてからは不貞腐れるだけになったデスけど」
「妹を持つと忙しくなるからね」
お姉ちゃんはうむうむと頷いた。
「じゃあ、後で馬場さんを脅かしたクソガキはルルだったって教えてあげよう」
「それは違うデス。良い思い出を作ってあげたデス。実際にメーコにお話するくらいに印象深い思い出になったデス。つまり幼女だったワタシは幸せの子猫だったデス」
ルルはうむと話をまとめた。
そんなふうに戦闘とお喋りを繰り返しながら、命子たちは森の出口へとたどり着くのだった。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、評価、感想、大変励みになっています。
誤字報告も助かっています、ありがとうございます。




