13-14 魔鼠雪原前
本日もよろしくお願いします。
遅くなって申し訳ありません。
魂魄の泉を視察してから2日間は、職人たちと転移の陣の打ち合わせやダンジョン入りの準備に費やし、3日後。
「はえー……」
「首が痛くなってしまいますわね」
「うん。でけぇ!」
いま、命子たちは霊峰フニャルーの麓に来ていた。
遠くから見るのとは違って、まさに見上げるような角度の山の頂上にフニャルーが鎮座していた。富士山を超える標高の山なわけで、その迫力と首への負担はかなりのものだ。
「今日も一段と白いデス!」
「ニャウ。夏はお日様の光を浴びてキラッキラでゴザルな」
ルルとメリスはうむうむと自慢げだ。
そんな命子たちの服装は、いつものダンジョン装備にプラスして防寒仕様だ。
ダンジョン装備にはそもそもある程度の温度調整機能がついているが、万能というわけではない。極端な気温になると耐性を貫通する。
命子たちが着ているのは、職人が作ったコートやタイツである。
命子とイヨは茶色、ささらとルルとメリスは濃いグレー、紫蓮は黒のコートである。白が素敵に思えるが、これは魔鼠雪原用の装備なので、雪と同化してしまう白はそもそも作られていなかった。
また、手袋や帽子なども魔鼠雪原用だ。
全てを装備した命子たちはモコモコである。
さて、魔鼠雪原は、霊峰フニャルーの麓に開いた洞窟の中にあった。
ニャルムットから車で30分ほどの場所なので、周辺は特に宿場として栄えているわけでもなく、冒険者協会の建物やキスミア軍の管理棟があるくらいだ。
しかし、毎日のように冒険者で賑わっており、キスミア国内の各町から何台ものバスが行き来している。小さな国なので、このダンジョンに来る前に首都ニャルムットに宿泊するようなツアーは成立しにくいのだ。ダンジョンに行くならバス乗り場から直通である。
この場にいるのはキスミア人だけではない。
世界中から抽選で入場枠を勝ち取った人も来ていた。
命子たちの姿を見ると誰もが驚くが、他国からこんな場所まで来ている強者たちなのでプライドもあるのだろう、過度には騒がない。冒険者はアスリート気質も多いのだ。むしろ己との差を確かめるような強者の眼差しを向けてくる。
実力比べで人気なのは、命子、ささら、ルルだ。魔法や剣の達人と、NINJAである。特に命子は第二のマナ進化をしたこともあって、注目度は非常に高い。
フニャルーを見上げて「はえー」としていたモコモコ命子だが、世界中のダンジョンファイター共にそんな視線を向けられたら油断はできぬ。
命子は無形のオーラをふわりとした。いつものように『ぶわり』ではない。
「し、自然体なのに隙がないデス!」
それは自然体なのに凄い的な達人が使うアレであった。そう、自然体だからこそ『ぶわり』ではなく『ふわり』なのだ。命子の中では。
女子高生モードから達人モードに切り替えたため、ルルたちからすれば「何かやってんな」と思わせるには十分。ルルがすかさずちょっかいをかけ始めた。
「にゃくぅ……っ、ならば! シュババ、シュババ!」
ルルは冷や汗をかき、破れかぶれに分身や残像を使って命子の周りでシュバシュバする。
無形のオーラを放出している命子は、達人顔でスッと手を前方にかざした。それだけで事足りるとばかりに。
「バカめ、残像デース!」
ルルが命子の背後でそう言った。
「ち、違いますぅ! 私が手を向けた時はそっちに居ましたぁ!」
達人顔の命子はポンと表情を元に戻して、抗議した。
実際に第二のマナ進化したニュー命子はルルの動きを完全に見切り、手を出した時点ではたしかにそこにルルはいた。
「命子たちは緊張しないね」
命子パパが言った。
これからダンジョンに入るというのに全く緊張した様子ではない娘たち。能天気と言えばそれまでだが、やはりその根底には数々の修羅場を潜り抜けてきた土台がある。
一方の命子パパは元々心配性なところがあり、ダンジョンに潜る際には割と緊張するタイプだった。
「えー? 緊張なんてしないよー。ねー?」
「ねー?」
命子とルルは、ねー、と体を傾けた。
「隙あり!」
次の瞬間、命子は命子クラッシャーをルルに放った。
「果たしてそれは隙なのでしょうかデス!」
「なに!?」
ルルはビャッと稲妻のような速度でそれを回避し、命子は側面から捕縛されていつも通り魚のようにビチビチした。
「まあ冗談はさておき。ダンジョンに入る前の日にはミーティングは済ませているからね。あとは十分に力が発揮できるように自分を信じるだけ」
命子はルルに捕縛されてプラーンとしながら、良いことを言った。
「心配無用デスよ。ワタシがネズミ共をズバズバするデス!」
「る、ルネットさん」
ネコミミスレンダー金髪碧眼サムライ人妻にポンと気安く肩を叩かれ、チキンな命子パパは色々とビビった。英雄少女の親として、変な噂が立つのは不味い。身内だけならもちろん和気藹々とするが、ここでは凄く多くの目があるので。大人は大変なのだ。
ダンジョンが開放される時間となり、事前に配られている整理券の順番に猛者共が入場していく。
海外勢はマナ進化をしている人がほとんど。他国の人が自国内で死ぬというのはキスミアとしても避けたいので、練度が未熟な人は抽選で落としているのである。
一方、入場枠の大部分を占めるキスミア人は、マナ進化しているとは限らない。キスミアはE級ダンジョンがないため、F級で十分に実力をつけた人が魔鼠雪原の最も簡単なルートに挑戦するのだ。
キスミア人枠は、人だけとは限らなかった。キスミア猫を一緒に連れていく人が非常に多い。パーティに1匹も猫がいないパーティの方が珍しいくらいだ。
このキスミア猫を一緒に連れていくことこそが、魔鼠雪原の事故防止に多大な貢献をしていた。魔鼠雪原はフィールドダンジョンなので、動物の五感は非常に頼りになるのだ。
「それじゃあお母さん、命子、萌々子、みっちゃん。行ってくるよ」
「あなた、頑張ってね!」
「お父さん、頑張ってね!」
「気をつけてね!」
ダンジョンに挑戦する親たちが、娘やお見送りの家族に挨拶する。
命子たちも少し緊張気味の命子パパに、力強くエールを送った。
『やっ!』
精霊の光子も家族なので、ご挨拶。
ペンギンさんスタンプをペッタンと命子パパの手の甲に捺してあげた。
命子パパはそれを見て微笑むと、防寒とグリップ性が兼ねられたキスミア特製のグローブを嵌めた。
「命子たちも気をつけて行くんだよ」
「うん!」
命子パパたちは最も簡単なルートに挑戦することになるので、別行動となる。
ダンジョンゲートがある穴の中へと入っていく親たちの背中を見送り、今度は命子たちがお見送りの家族に挨拶した。
「じゃあお母さん、モモちゃん、みっちゃん。私たちも行くね」
「気をつけるのよ」
「お姉ちゃん、変なことに巻き込まれないようにね」
「それはフニャルーとか次元龍の気分次第かな」
とはいえ、命子は何かが起こるような気はしなかった。
というのも、フニャルーとしては優先するべき人や猫たちがこのダンジョンには多くやってくるからだ。ネコミミ進化率バカ高の国民を差し置いて、特別なイベントを何度もしてもらえるとも思わなかった。
ルルやメリス、そしてイヨを起点にしたイベントが始まる可能性はあるだろうけれど。
『やー!』
光子がペンギンさんスタンプをブンブンと振っているので、命子は手袋を外した。
命子の手の甲にペッタン!
「ありがとう、みっちゃん」
『や!』
光子はちゃんと押印できたことに満足そうに頷くと、ささら、紫蓮、と順番に巡って忙しそう。
「モモちゃんもダンジョン頑張ってね」
「うん。まあ私が行くのはG級ダンジョンだからね」
「ほう、生意気を言いおる」
命子はニヤッと笑い、萌々子の頭を撫でた。
「教授、モモちゃんとアリアちゃんをよろしくお願いします」
「ああ、任せたまえ」
転移陣の責任者が誰もいなくなったら困るので、今回の教授はお留守番だ。ただし、すぐに連絡がつくG級ダンジョンには萌々子たちと一緒に入るようである。
「「「いってらっしゃーい!」」」
「「「いってきまーす!」」」
家族たちに見送られ、いざ魔鼠雪原へ。
魔鼠雪原のダンジョンゲートは、先ほども説明した通り、洞窟の中にある。洞窟といっても複雑に枝分かれしたようなものではなく一本道だ。
この洞窟は新時代に入ってからできたもので、雪の中に埋もれていたところを、地球さんプレミアムフィギュアによって発見された経緯がある。
前後をキスミア軍と自衛隊に挟まれながら、命子たちは洞窟の中へ入った。
「雰囲気あるねー」
洞窟内は人工の明かりで照らされているが、すでに冒険感がある。
きっとこの道を通る冒険者たちは、これから始まる冒険にワクワクするのだろう。丁度、今の命子のように。
そんな命子に、前を歩く馬場が言った。
「大学生の頃、礼子や友達数人と鳴沢氷穴っていう観光スポットに行ったのよ」
「……え、もしかして怖い話ですか?」
いきなりの語りに先読み系女子高生は身構えた。
「整備された洞窟でね、ここみたいにオレンジ色の光に照らされた薄暗さの中を奥へ奥へと進むの。途中で青い光にライトアップされた氷があったり、非日常感があって、私と友達はキャッキャしたものだわ。礼子は小難しいことをゴチャゴチャ言ってたけど」
命子たちは歩きながらゴクリとした。
「これは良い旅行だわ、なんて感激していたらね、いきなり……本当に唐突に、背後から誰かが私の背中を叩いて『わっ!』って大声で脅かしてきたのよ。思わず悲鳴を上げて振り返ってみたら、そこにね、知らない子がいたの」
「それ、絶対生きてない人じゃん!」
命子ははわっとしながらオチを先回りした。
馬場は口を一度開きかけ、出かけた嘘を飲みこんだ。
「ううん。普通に生きている子供だったの。お母さんと間違えただけだったわ」
「え、えぇえええ!?」
これには命子も愕然とした。話を聞いていた馬場の前の自衛官もビックリだ。
「ただの世間話のつもりだったのに、命子ちゃんがハードル上げるんだもん!」
馬場は顔を赤らめて語りを終えた。
命子の期待感がなぜか跳ね上がり、途中から子供を幽霊にして話を盛ろうかと思ったくらいだ。それをグッと堪えたのは、馬場が思い出を大切にしているからだろう。
「わっ!」
命子は馬場の肩を叩いて、追撃を入れた。馬場は顔を両手で隠し、悶えた。
馬場をせっせと辱めていると、命子たちは目的地である最奥付近に辿り着いた。前がつっかえているようだ。話では最奥は小さな広場になっているそうなので、入場待ちだろう。
「キスミア部隊入ります」
しばらくすると、前方から報告が入った。
命子たちと同じダンジョンサーバーに入る部隊が入場を始めるのだ。
「行きましょう」
どんどん前に進み、やがて最奥に辿り着いた。
そこは2パーティが待機できる程度の広さの空間で、突き当たりの壁の手前にダンジョンの渦があった。
「じゃあ、命子ちゃんたちからお願いね」
「わかりました。じゃあ向こうではミーティングの通りに」
「ええ。命子ちゃんたちなら大丈夫だろうけど、油断はしないでね」
「はい。馬場さんたちも気をつけて」
馬場から先を促され、命子たちはゲートの前に立った。
「じゃあ、今回も頑張っていこう!」
命子が仲間たちの顔を見て、ニッと笑った。
それに応えるように、仲間たちも口角を上げて瞳に闘志を宿す。
「はいですわ!」
「うむ」
「今宵の猫牙は血に飢えているデス」
「ニャウ! ネズミ退治でゴザル!」
「クウミも見た昔の猫の国……ワクワクするのじゃ!」
命子たちは気合を入れ、魔鼠雪原のダンジョンゲートに足を踏み入れるのだった。
読んでくださりありがとうございます。
なお、馬場さんの話に出てきたクソガキは作者です。どこの洞穴観光だったかは忘れましたが、女子大生っぽいお姉さんに絶叫をあげさせた経験があります。
あのお姉さんたちは元気にやっているだろうか。




