13-13 駆け引き
本日もよろしくお願いします。
命子たちは視察に訪れた魂魄の泉から出て、とある観光スポットに来ていた。
「羊さん、がんばえーっ!」
首都ニャルムットから少しばかり移動すれば、そこは去年も命子たちが見学した羊牧場だ。もうそろそろ夕方なので、羊さんたちは牧羊猫たちに追いかけられて厩舎に連行されている。
猫たちのお仕事を見て、なぜか追われる羊さんを応援する命子。羊帝国のスパイである。
さて、そんなことはどうでも良い。
羊牧場からすぐの場所にその観光スポットはあった。
「あれがペロニャの遺した石タイルなのれす。夏至の日にはフニャルーの瞳から燃えるような夕陽が差し込んで、あそこに黄金の光が差し込むのれす」
それはかなり大きな石のタイルで、謎の文様が描かれていた。
「こんな感じデース!」
現代っ子なルルが、スマホで画像を見せてくれた。
「パパが昔撮ったデス」
ルルパパが撮った写真らしい。
キスミアは周りが高い山に囲まれているため、夕日がフニャルーの目の部分に重なる時間には盆地内はすっかり影が落ちている。
『フニャルーの瞳』と呼ばれるその現象は別に夏至だけに見られるわけではないのだが、夏至の際に光が落ちる場所こそが、いま命子たちがいる場所なのだ。
「どうしてこんなふうになるんだろう?」
命子は太陽の範囲攻撃を考えると、たとえ穴を通してであってもここだけが明るくなるのは不思議に思えた。この疑問に紫蓮が答えた。
「フニャルーの目の周りにある万年雪や氷が原因だと考えられている。それらに夕日が反射して、ここに集まるんだって」
「へー!」
「厳密にはわからない。フニャルーは霊峰だから、昔からキスミア政府が調査を禁じている」
どこの国でも、立ち入りを禁じている自然区はあるものだ。キスミアの場合は、フニャルーの足下から上への登頂を禁じていた。そのため、紫蓮が言ったことも憶測の域を出ない。
アリアが頷きつつ、続けた。
「この石タイルは、ちゃんと起動すれば昔のニャルムットを覆えるほどの結界が張られるはずだったのれす」
この秘密は昨年のキスミア事件の最中に萌々子へ語っており、それは地球さんTVにも映っていたので命子たちも知っていた。
結界装置として作られたこのオブジェクトだが、力を宿すことはなく今日に至る。
しかしながら、教授が龍宮から魔法陣の知識を持ち帰ったことで、他の国でもこの石タイルの文様は研究され始めている。
「掘り返された物がどうなったとか記録にはないの?」
命子が問うた。
「キスミアで文字ができるのはペロニャの死後なのれす。口伝はあったのかもしれないれすが、現代まで残ってないのれす」
「そっかー」
そう相槌を打つ命子だが、その掘り出された物とはキスミアの宝剣である『精霊石の剣』だったのではないかと考えていた。
『精霊石を剣の形にして埋めておいたら力が宿った』というよりも、古代世界の秘術を学んだクウミが作ったという方が納得のいく話だからだ。実際に、クウミは精霊石を用いて、録画映像のような技術を遺しているわけだし。
しかし、キスミア人は、精霊石の剣はペロニャが遺してくれたものだと思って滅茶苦茶大切にしてしまっているので、それを指摘するのは憚られた。
「イヨ様、ごめんなさいなのれす」
アリアはしゅんとしながら謝った。
イヨは口角を上げて首を横に振った。
「良い良い。ここに埋まっていた物が猫の国の人々の役に立ったのなら、クウミも本望じゃろう。お主らは妾に良くしてくれておるからの」
「イヨ様……」
しょんぼりするアリアの頭を撫でて、イヨは笑った。
話がまとまって命子たちがうんうんと頷く中、教授が顎を摩りながら言った。
「ひとつ思い当たることがある」
それを聞いた命子は、はわっとした。
精霊石の剣を暴露しちゃうのかもと。
教授もそれは考えていたが、教授が思いついたことは別のことだった。
「過去のキスミアならば、ここに埋められた物が存在するかもしれない」
「それは過去のキスミアならあるでしょうけど……どゆことですか?」
命子が首を傾げる横で、紫蓮がハッとした。
命子はすかさず紫蓮のわき腹に刺突を入れて、閃きのキャンセルを試みる。
「んーっ!」
ぶっ叩かれた。
紫蓮は顔を赤くしながら呟いた。
「魔鼠雪原」
その呟きに、教授は大きく頷いた。
そこまで言われて、命子もハッとした。刺突は入らない。
魔鼠雪原。
それはキスミアにある難易度変化級ダンジョンだ。
このダンジョンはキスミア盆地をそのまま切り取った構造をしており、ルートによって難易度が変化する。
ダンジョンの中には人が住んでいない村もいくつかあり、その家屋の作りから、ペロニャが現れる以前のキスミア盆地を舞台にしているのではないかと考えられていた。
キスミアにはE級ダンジョンが存在しないため、軍人から一般人までこの魔鼠雪原に挑む人は多く、難易度変化級ダンジョンの中でもかなり研究されているダンジョンの一つだった。
命子は難しい顔をした。
魔鼠雪原か、厄介なことになっちゃったなぁ、みたいな顔である。
しかして、付き合いも長くなった馬場は、そんな命子を半眼で見つめる。
命子は必死でその視線に気づかないふりを続けた。
「じゃあ……魔鼠雪原に……ふぅー、行っちゃいますか?」
仕方ないな、といった感情を滲ませながらの発言。
「行きたいって素直に言うデス」
「芝居が臭いでゴザル」
誰も騙されなかった。
「私が言っておいてなんだが。命子君、我々の予定を忘れてはいけないよ。我々は龍神の剣を設置しに来たのだから」
教授が言う。
「い、イヨちゃん、龍神の剣の設置はどんな感じなの?」
「ある程度の量の石が必要なのじゃ。普通の石で良い。それに文様を刻むのじゃ。その中心に龍神様の剣を差せば良い。それが道標となって、風見町と猫の国が繋がるのじゃ」
「石ならすでに用意してあるよ。事前に方法は教えられているからね。普通の石じゃなく、ダンジョンの石だ」
イヨの説明を教授が補足する。
「わおわお、豪勢ですね。それで、イヨちゃんが彫るの?」
「妾でも良いが……猫の国の巫女あるいは職人が作るのが一番なのじゃ。教授殿、どうなっておるじゃろう?」
「すでに手配はしてあるよ。キスミアの有名な水車職人たちだ」
「じゃあまあ、そこまで時間がかかることでもない感じかな?」
「うーん、どうじゃろ。昔だと、精霊に頼まなければ石を彫るのは大変だったのじゃ。でも、今だと簡単にできるかもしれないのじゃ。ちょっとそこらへんは妾にはわからぬのじゃ」
「魔法の工作道具セットに入っているノミを使えば簡単に彫れる」
新時代の道具を知らないイヨに、紫蓮が教えてあげた。
「ならば、まあ7日もあればできるかの? わからんけど」
「なるほど」
命子はふむふむと頷いた。
可能ならば、その7日間で魔鼠雪原を攻めたかった。
しかし、その作業にイヨがついていなければならないのなら、終わった後になるだろう。
あまりグイグイ行くと叱られるので、命子は話のバランスを見て、探り探りの話術を展開した。
「え、えっと、じゃあ、いつになるかはわからないけど、このキスミア滞在中に魔鼠雪原を攻めちゃう方向でよろしくて?」
「なぜお嬢様口調か」
ツッコンできた紫蓮をぽかぁと引っ叩き、みんなにお伺いを立てる。特に馬場や親たち。
すると、命子パパが少し気まずそうな顔で言った。
「実は、そのことで話があったんだ」
「聞きましてよ」
命子はお嬢様口調を継続しつつ、キリリと視線を向けた。
「ルネットさんが魔鼠雪原に入りたいそうなんだ。まあ俺たちも乗り気なわけだけど」
「えーっ!」
「ニャウ。マナ進化したデスからね。魔鼠雪原のネズミ共をぶっ飛ばしてくれるデス!」
と、一児の母が気合を入れた。
面子は命子パパ、ルルママ、ルルパパ、紫蓮パパ、ささらパパのマナ進化勢5人。さらに、頼りになる猫ジューベーを加えたパーティだ。
命子ママたちはお留守番である。
「親御さんのパーティは、レイドの腕輪を使ってキスミア軍と自衛官チームと共に入る。中では別々に行動するだろうが、魔鼠雪原は雪のダンジョンだから、なるべくサーバー内にはパーティが多い方がいいんだ」
教授がそう補足した。
命子はスッと足元を見た。そこはくるぶしほどの高さの草が茂った地面。ここならいける。
いざ! 恥と外聞をパージ!
命子が膝を曲げた瞬間、紫蓮がそんな命子の二の腕を掴んで、寝転がってジタバタを初動で抑え込んだ。
決死の覚悟で繰り出そうとした奥の手を出端で封じられた命子だが、親がダンジョンに入ると聞いて、おねだりのハードルは格段に下がった。
「その作業にはイヨちゃんもついていなければならないの?」
「いや、もう術の文様の写しは渡してあるから、妾は必要ないのじゃ。むしろ、妾よりも猫神様を尊敬する心を持った者たちが行なう方が良い。しかし、最後に龍神様の剣を奉納する際には、妾とそれからアリア殿かアリエス殿がおらねばならんのじゃ」
それを聞いた命子は、ふぅーっと深呼吸して、キリリとみんなに向き直った。
「私、魔鼠雪原に入りたいです!」
威風堂々。ピシッと手を挙げて、ドストレートな宣言。
命子は2回目のマナ進化をして、早く実力を試したかった。
魔鼠雪原はまさにうってつけの場所なのだ。
他国のダンジョンには簡単に入れないので、キスミア側と馬場の許可が必要だ。なので、その懇願の視線が向かう先は馬場である。
馬場は若干の呆れを滲ませつつ、命子たちの両親に視線を向けた。
両親たちも苦笑いを見せつつ、頷いた。事前に娘たちの予定について話し合われていたのだ。
「この旅で魔鼠雪原を攻めたいって言うんじゃないかと思っていたわ。天空航路に入ったから満足したかと思ったけど、甘かったわね」
「修行が好きです。でも、ダンジョンの方がもっと好きです!」
「引越し屋か。まあ、そう言われると思って、プランは練ってあるから大丈夫よ。いいわ、入りましょう」
「マジでございますか!?」
命子はパァッと表情を明るくした。
「みんなはどうする?」
「もちろん行きますわ」
「ニャウ。ネズミ共との宿命の戦いが始まるでゴザル」
「ネチュマスめぇ!」
「我も行く」
「クウミの遺した物を探しに行くのじゃろう? ならば妾も行くのじゃ」
命子一人で勝手に盛り上がったが、みんなも行く気満々の様子。
これにつまらなさそうにしたのは萌々子である。精霊使いであり、中学1年生としてはかなりの実力を持つ萌々子だが、さすがに難易度変化級ダンジョンを攻めるとなれば足手まといになる。
「モモコちゃんはアリアと一緒にG級ダンジョンに行くのれす! 去年の続きをするのれすよ」
「おーっ、いいね!」
と、アリアがフォローしてくれた。
そんなふうにわいわいと騒ぐキッズたちに馬場が言った。
「ただし、命子ちゃんたちもレイドの腕輪をつけて、他のパーティと一緒に入ってもらうわよ。魔鼠雪原は雪が厄介なダンジョンなの。神奈川育ちの命子ちゃんたちには、正直、そこまで簡単なダンジョンじゃないのよ」
「わかりました! よろしくお願いします!」
魔鼠雪原の難易度はルートで変わるが、最も簡単なコースでE級ダンジョン相当の魔物が出てくる。しかし、雪のせいで普通のE級ダンジョンよりも難しいと言われている。
だが、それも最初の頃の話で、現在では多くの冒険者が活動しているため道に迷うということはあまりなかった。
遭難しそうになったら、大声を出せば冒険者たちが連れているキスミア猫が救助に来てくれるのだ。
というわけで、命子たちのキスミアでの予定が決まった。
読んでくださりありがとうございます。
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