13-10 笑顔の魔法
本日もよろしくお願いします。
遅くなって申し訳ありません。
翌日。
命子たちは首相官邸にいた。
これから表彰式が始まるのである。
命子たちが世界に与えた影響は大きく、割と色々な国から表彰したいというオファーがきている。それをひとまとめにしたのが昨年貰った緑光星宝勲章なわけだが、どこの国でも政治家というのはヒーローを表彰したい生き物である。
しかし、それも仕方なかろう。政治家だって人間なわけで、スポーツ観戦が好きな人もいれば、自国の時代劇が好きな人もいる。マジモンの英雄の表彰ができる機会は、普通に考えて公務よりも楽しいのは想像に易い。それで国民も喜び、英雄と握手する自分の写真をメディアが掲載するのだから、こんなに美味しいイベントはない。
その点で言えば、キスミアの首相はかなり明確に命子たちを表彰する理由があった。
昨年にはペロニャの秘宝を発見し、今年はダンジョンに入ってしまうアクシデントに見舞われながらも巫女であるアリアを送り届け、さらには日本との直通ルートを開通させられるかもしれない。表彰しないでか。
「フニムニャン・ササラ・ササガサ」
「はい」
そう呼ばれたのはささらである。
王侯貴族の階級制度がなかったキスミアは、他の国に比べると敬称が驚くほど少ない。フニムニャンは、そんなキスミア語で『偉大なる』といったニュアンスの言葉だ。
日本人の感覚では可愛らしく聞こえるその言葉を、命子は背筋をピンとさせながら聞いていた。
ささらは最初の一歩で同じ方の手足を同時に出すミスこそしたが、立派に賞状と額に納まった水晶製のメダルを貰って戻ってきた。
命子やルルは、このくらいできますわ、みたいな顔でツンとお澄まししたささらのわき腹をくすぐりたい衝動に駆られるが、真面目な席なので背筋ピンを維持した。
しかし、それも紫蓮が終わってイヨの番になった時に崩れかかった。
「フニムニャン・イヨ」
「はいなのじゃ!」
元気いっぱいのお返事を聞き、命子たちは全員が肩をピョンと跳ねさせて、ギュッと唇を噛んだ。完全に不意打ちだった。
しかし、それ以外は立派なもので、堂々と首相の前まで赴き、表彰状とメダルを貰って戻ってきた。
そうして、椅子に座る命子たちを見て、むふぅとした。
「ピカピカしたの貰ったのじゃ」
イヨがコソコソッと教えてくれた。
こいつ笑わせにきてる、と思いながら命子はコクンと頷いた。
そんな命子の心の隙を突くように、命子の番になった。
「フニムニャン・メーコ・ヒツジヤ」
「はいな……っ!」
イヨの返事が心に残っていた命子の口から、反射的に変な返事が飛び出した。「はいなのじゃ」と出かけたのを慌てて止めた形だ。
数々の修羅場を潜り抜けてきた羊谷命子、初めての不覚である。
そんな命子の不覚は遠い日本でさっそく駆け巡り、SNSでは『はいな!』が乱れ飛んだ。控室に置いてきた命子のスマホには、友人たちから『はいな!』という煽りのメールがガンガン届いている。
そんな事態になっているとは知らない命子は顔をほんのり赤らめながら首相の前まで行くと、お礼の言葉を貰った。
さすがに昔から日本と深く付き合っているキスミアの首相だけあって、日本語が流暢だ。
「あなたにはいつも勇気を貰っています。心からの尊敬と感謝を込めて、ここに『フニャルー・ファ・ウニー』を贈らせていただきます」
フニャルー・ファ・ウニーは、日本語にするとフニャルーの瞳。霊峰フニャルーの目の部分に開いた穴に夕日が重なった時に見える黄金の瞳のことで、キスミアでは大変に縁起のいいものだ。
キスミアが活躍した人にメダルを贈るようになったのは開国した近代以降のことである。
最高級のメダルはキスミアで産出される水晶が使われ、表面にはフニャルーの姿が彫られていた。そして、その瞳には純金がはめられ、輝きを放っている。
なお、この水晶は精霊石ではなく、所謂スノーホワイトと呼ばれる純白の水晶だ。
「ありがとうございます」
命子はきちんとお礼を言って、賞状とメダルを恭しく受け取った。
日本勢が終わると、ルルやメリスの番になった。
会場にはメリスの家族も来ており、両親や祖父母は娘や孫がちゃんとできるかハラハラした様子。その中にはおめかししたメーニャの姿もあり、お姉ちゃんの晴れの舞台に目をキラキラさせていた。
メリスが賞状を受け取ると、盛大な拍手に混じって可愛らしい拍手が一生懸命といった様子で鳴った。
メリスは、祝福してくれる家族と、そしてメーニャに向けてニッコリと笑って見せた。
命子たちは顔を真っ赤にして大興奮するメーニャを見て、年の離れた妹もいいなぁと思うのだった。
最後に萌々子の番になり、命子はハラハラした。自分の時はクソ度胸なのに、妹の時は心配するのがお姉ちゃんなのである。
萌々子は「んっ」と口を引き結び、首相の前に立つ。
「あなたと猫神の巫女アリアが見つけた精霊たちは、今やキスミアの新しい家族となり、多くの国民に愛されています。良き出会いを運んでくれたあなたに、国民を代表して敬愛と感謝を込めて『フニャルー・ファ・ウニー』を贈らせていただきます」
「あ、ありがとうございます!」
ついこの前に卒業式をしただけあり、左手、右手、ペコリと表彰状の受け取り三連コンボが見事に決まる。そんな萌々子の横では光子が「やーっ!」とエーックスをぶちかましたので、都合四連コンボが首相を襲う。
席に戻ってくる時も緊張した様子で「んっ」と口を結び、着席。
命子は妹の晴れ姿に大満足であった。
賞状とメダルは命子たちの両親にも、夫婦に1セットずつ贈られた。
本当は各人に贈りたいキスミアだが、親たちが遠慮したので、折衷案で1セットだけ贈ることになった次第。
どの親も少しの申し訳なさを抱きつつも、天空航路の思い出として喜んだ。家に大切に飾られることだろう。
表彰式が終わると、少しの休憩を挟んでパレードだ。
首相官邸から出発したパレードだが、今年は凄い。
まず町の上空をウラノスがゆっくりと飛んでいる。
それだけでも一大イベントだが、主役は陸路だ。
先頭をキスミアで作られたラビットフライヤーが5艘飛行し、その下ではネコミミをつけた楽団や、首にリボンを巻いておめかししたたくさんの猫が行進した。
そんな先導のあとには、主役たちの乗るオープンカーがゆっくりと進む。
沿道には国中から人が集まったかのように人垣ができ、命子たちを歓声で迎えてくれた。
「ありがとーっ! メルシシルー!」
陽キャな命子はニコニコしながら手を振って応えた。
ちなみに、メルシシルーはキスミア語で『ありがとう』だ。
「メルシシルーですわー!」
緊張屋のささらも今日はご機嫌だった。
「ついに慣れた?」
命子が尋ねると、ささらは視線を前へ向けた。
「猫さんたちのぷりぷりなお尻を見て、無心になっていますの! メルシシルーですわー!」
「はーん、なるほど」
たしかに先導してくれているキスミア猫たちは、足を動かすたびにお尻をふりふりしていた。観客をかぼちゃと思えじゃないが、猫のぷりぷりなお尻がささらを無心にさせているらしい。
「ほら、紫蓮ちゃんもささらみたいに笑って!」
「わ、笑ってるし」
「眠そうにしてるじゃん!」
「ぱっちりしてるが。んんっ、メルシシルー!」
やけっぱちな紫蓮も沿道の人たちに手を振った。しかし、笑顔ではない。命子の言うように眠たげな眼をしている。
「メルシシルー! ありがとうございます!」
命子たちの車両には、命子の他にもう1人真なる陽キャが乗っていた。馬場である。歓声が上がるたびに、どこに手を振ればいいのか瞬時に見切り、満面の笑みで手を振った。パレード戦闘力はSランクだ。
そんな陽キャによって盛り上げられる1号車の後ろでは、ルルとメリスとルルママが手を振っていた。親で参加しているのはルルママだけで、他は辞退した。
ルルたちはキスミアに知り合いが多いので、見つけるたびに大きく手を振った。
「にゃんと! エルミーがマナ進化してるデス!」
マナ進化している友達を発見し、ルルがにゃんのポーズ。すると友達もドヤ顔つきのにゃんのポーズで迎え撃った。
そんな2号車だが、メリスのお膝の上にメーニャが乗っていた。
表彰式が終わったあとの小休憩の最中、控室にメリスの家族と共にやってきたので、一緒に乗せてあげることにしたのである。
パレードがどんなものか理解せずに姉についてきたのだろう。メーニャはカチカチに緊張して、メリスに操られて手を振っている。
3号車は萌々子とアリア、そしてイヨと教授。チーム精霊使いである。
「め、メルシシルー! メルシシルー! ほら、光子たちも手を振って!」
『やーっ!』
この車に乗る唯一の小市民である萌々子は、わたわたと忙しそうだ。
『ただいま帰りましたー! ありがとう! ありがとうございます!』
キスミアの巫女であるアリアは、キスミア語でご挨拶し続けている。
やはり自国の巫女だけあって、アリアの人気は非常に高い。
教授は口角を上げた作り笑いを浮かべて、静かに手を振っていた。おそらく、全ての車両で一番こういうことに向いていない女である。
同じ姿をしたアイの方がよほど社交的だ。他の精霊たちと一緒に、楽しそうに手を振っていた。
教授はイヨのお目付け役を兼任だ。
現代社会の常識に疎いイヨは、こういう場面でどう振舞えばいいのかわからない。
実際に、このパレードが出発した直後は普通にスマホで撮影をし始めていた。ギャルである。いや、違う。スマホの立ち位置がよくわかっていないので、主賓がスマホで撮影しちゃうのが失礼という認識がないのだ。
こういうのは萌々子やアリアから注意しにくいので、教授が乗っているわけである。
そんなイヨだが、手を振りながらニコニコして言った。
「良い気が集まっておるのじゃ」
「良い気なのれすか?」
「うむ、人が楽しく笑えば良い気が集まるのじゃ。見よ、精霊たちがとても楽しそうにしておる。妾の経験上、精霊は良い気を好く。悪い気の場所にはあまり近づかん」
イヨが言う精霊とは、イザナミや光子だけのことではない。
キスミアの新しい家族となって、沿道の人たちの中に混じっている精霊たちも含まれていた。どの精霊も楽しそうにわたわたしている。
「それは本当かい?」
教授がパレードそっちのけで興味を示した。お目付け役とは。
しかし、教授的には割と重要なことだった。
地球さんがレベルアップするまで、世界中で精霊がまったく人の前に姿を現さなくなった原因は、精霊たちが悪い気から逃げたのではないかと思ったのだ。
「うむ、精霊は良い気を好むのじゃ。猫の国の精霊も陽気じゃろう? 日本の精霊も古い者も新しい者もみんな陽気じゃった」
「ふむ、それはたしかに。多くの子が好奇心旺盛で陽気だ」
「ふふふっ。どれ、ひとつ龍の巫女の技を見せて進ぜようなのじゃ。イザナミ」
『なん!』
イヨが懐からスマホを取り出した。
ギャルに変身するためではない。スマホカバーについているストラップが目当てなのだ。
イヨはスマホを両手で持つと、フリフリとストラップを振るった。
その瞬間、命子のツッコミセンサーがキュピンと何かを察知し、慌てて振り返った。
2号車を挟んだ3号車を見た命子は、言った。
「龍神信仰の儀式は雑なんだよな!」
しかし、やり方は雑だがイヨの力は本物である。むしろ弘法筆を選ばずとばかりに、こんな雑さでも効果を発揮させる。
ストラップをフリフリするのに合わせて、イザナミも枝をフリフリした。
すると、キラキラとした光の粒が辺り一面に雪のように優しく降り注いだ。
その幻想的な光を見上げて、沿道に集まる人たちは大きな歓声を上げた。
『ふわぁ!』
2号車に乗るメーニャも、緊張の糸が解けたように光の雪を手のひらに乗せて笑顔を咲かせた。
『メーニャ、綺麗だねーっ!』
『うん! キラキラしてる!』
メリスはその様子にホッとしつつ、妹と笑い合った。
「す、凄いのれすーっ!」
その奇跡を起こしたイヨを間近で見るアリアは、手をブンブンした。
「これは良い気が集まっている場所で使える技なのじゃ。お祭りの日によく使うのじゃ」
「祭りの日に……それは伝説にもなるな」
イヨの説明を聞いて、教授は納得したように言った。
イヨが使えるのなら、当然、先代である卑弥呼も使えたことだろう。良い気が集まっている状態、つまり人々が楽しんでいる場所で使われる魔法なわけで、人心の掌握に抜群の効果を発揮する魔法だったことだろう。それは伝説にもなる。
「よし、ではアリア殿、今から修行なのじゃ。一緒にやるぞ」
「にゃっ!? や、やるのれす! アリス、こっちに来るのれすよ」
「アリアちゃん、頑張って!」
「ニャウ!」
萌々子の応援を受けながら、アリアは懐から猫じゃらしを取り出した。
「妾の呼吸に合わせるのじゃ。心を落ち着かせよ。左、右、左、右」
「左、右、左、右……」
「楽しんでいる民を想うのじゃ。この地に生きる人々を想うのじゃ。この地の場合は猫も民であろうな」
イヨの言葉を聞きながら、アリアとアリスが猫じゃらしを左右にフリフリし続けた。
「人々の笑い声が龍気……マナと交じり合う様子を想像するのじゃ。この技はお主だけで使うのではない。人々の笑顔と共に作り出す魔法なのじゃ」
そう教えを説くイヨはしばらく一緒にスマホを振っていたが、やがてその動きを静かに止めた。
けれど、雪のような光の粉は辺りに降り続ける。
優しく猫じゃらしを振るアリアとアリスを見て、イヨは笑顔で大きく頷いた。
そうして、再びアリアと共にスマホをフリフリし始める。
古の巫女と新米巫女が凱旋のパレードに花を飾り、キスミアの人々に笑顔を咲かせるのだった。
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