12-38 エピローグ
本日もよろしくお願いします。
作戦開始時刻になり、救助部隊に合流する2隻の大型飛空艇がダンジョンへ向かう。
「頑張ってくださーい!」
「風の流れを見るデース!」
命子たちはその雄姿を見送った。
これまでは飛空艇の性能検証が主な任務だった彼らからすると、大型飛空艇に乗り始めてから初めての大きな任務。そこに悲壮感はなく、むしろやる気が漲っている様子。
それはウラノスや雷神から出向するメンバーも同じだ。
天空航路の進み方は自分たちが一番よくわかっているのだから、使命感に燃えていた。
無事に帰ってきた命子たちの御利益にあやかるように、お見送りされた戦士たちはビシッと返礼をしてダンジョンへ入っていった。
結果を言えば、彼らの作戦は成功することになる。
教授の予想は当たり、全ての島を見て回っていたのだ。最も恐れていた地図を取り逃すことはなかったようだ。
妖精店を越えた12島目で通信が繋がり、1隻と合流する。
16島目を押さえたことで、残りの3隻と合流を果たす。
合流を受けた救助部隊はのちに、「やっぱり自力でクリアしたか」という想いだったと語った。まあそれはあくまで感想なので、自衛隊という組織としては救助に向かわないという選択肢はなかったので仕方ない。
彼らはその後、11島目まで戻り、妖精店を短時間ずつ活用しながら1カ月間のダンジョンブートキャンプでガルーダを確実に討伐できるまで強化を図ることになる。
途中で任務は変更されたが、彼らは天空航路で多くの発見をし、世界を盛り上げることになるのだった。
なお、クリアゲートの実験もその際に行なわれたが、教授の予想は半分当たっていた。天空航路のゲートは、アラビア海の海岸線に限るが、希望した場所に帰還できることが判明した。
それはそれとして。
天空航路から帰還した深夜。
救援部隊を見送った命子たちは士官室で雑魚寝をすることになった。
「はー楽しかった!」
命子はお布団の中にコロンとする。
隣にはアリアと一緒に寝る萌々子、反対側には紫蓮。
室内灯が薄暗くされ、命子はすぐに夢の中へと旅立った。
ダンジョンから帰還した命子は、はたしてどんな夢を見るのか。
それが気になっている女が一人。
教授である。
30分ほどすると、教授はむくりと起き上がった。
ソファに座り、スマホを弄って世間の情報を眺めて時間を潰す。
パソコンを使いたいところだが、キーボードを打ち込めば少なからず音が出るし、ディスプレイからの光も強い。一緒に寝させてもらっている手前、使用を控えた。
精霊石から顔を出したアイが、サイドテーブルでミニメモ帳にカキカキする。
天空航路の地球さんTVは、4時間という長尺だった。
ウラノスが帰還したのは20時くらいだったので、視聴を終えた人たちがSNSに興奮の書き込みをしていた。
そんな緩やかな時間の中で、時折、教授は【神秘眼】を光らせて子供たちを眺める。
「先走り過ぎたか?」
教授は口の中で呟いた。
命子が1回目のマナ進化をしたのは、約10カ月前。
それから命子は、数個のダンジョンをクリアし、修行に明け暮れてきた。さらに4体の神獣と言葉を交わし、特別な試練を乗り越えてきた。
クリアしたダンジョンの数は自衛隊には及ばないが、強大な魂たちに触れ、その試練をクリアしてきた命子は、この世界で最も第2のマナ進化に近い存在なのではないかと教授は考えているのだ。
「っ!」
教授がソファに座り始めて1時間ほど経った頃にそれは起こった。
命子の体がキラキラと輝き始めたのだ。
「きたか……っ!」
教授はすぐにスマホを録画モードに切り替え、命子の姿を撮影し始める。
その声を聞いて、紫蓮と命子パパが起き上がった。
「羊谷さん、落ち着いてください」
教授が先んじてそう言うと、命子パパは出かけた言葉を飲みこんだ様子。
2人は布団から起き上がり、教授のそばまでやってきた。
「む、娘にいったいなにが?」
命子の周りではこの部屋にいる4人の精霊たちが飛び回り、キャッキャとはしゃいでいた。
「第2のマナ進化」
「紫蓮君の言う通りです。事前に言わずに申し訳ありません」
【神秘眼】で命子の状態を観察する教授は、断言した。
事前に言わなかった理由は、マナ進化は心的影響を受けるからである。キャルメはそれでマナ進化ができなかった。そもそも本当にマナ進化する確信も教授は持っていなかったのだ。
教授の返答に命子パパは驚愕して、紫蓮は【魔眼】を使って冷静に命子を見つめた。
命子パパはグッと拳を握ると、手に入れたばかりの【龍眼】で命子の状態を観察した。
「紫蓮君、私は翔子に電話する。君は羊谷さんがマナに引きずり込まれないように注意してくれ」
「わかりました」
教授はそう言うと、馬場に連絡する。
その騒ぎを聞いて、他のみんなも起き始めた。
一連のやりとりは静かな声だったが、ダンジョンクリアの興奮で眠りが浅かったのだ。
教授は電話、命子パパは慣れない【龍眼】を使用中。
コミュ障紫蓮の対応力がいま試される。
「ふぇ、お、お姉ちゃん!?」
「みゃー……なんれすかぁ? え? ふにぇーっ!?」
「ぴゃ、ぴゃわー。し、静かに」
萌々子とアリアのキッズコンビのせいで、紫蓮はあわあわした。
しかし、隣で寝ている命子は起きない。柔らかな光を纏いながら、くぅくぅ寝ている。
他にぐっすり眠っているのは、ささらくらいのものである。捕縛したルルをにゃーと鳴かせ、真っ赤な顔をしたささらママに起こされた。
馬場が医療チームの代表とともにやってくると、教授は命子の状態を説明しつつ、一同に言った。
「命子君の活躍は皆さんもご存じの通りですが、第1のマナ進化から約10カ月が過ぎたいま、私はそろそろなのではないかと考えていました。データのないことなのであくまでも勘に頼ったものでしたが」
「それで、娘は大丈夫なんですね?」
命子パパが、ママの手を握って問う。
「この目で見た限り、私は大丈夫だと思います」
「私もその意見には同意です。それにこういった状況なので、迂闊に触らない方が良いかと」
教授に続いて、医師もそう言った。
そんな中、紫蓮が自分の父親の目を塞ぎながら口を開いた。紫蓮パパは命子の周りで起こっている神秘の世界を見て、動けなくなったのだ。
「我は危険な状態のマナ進化を見たことがある。それに比べて、いまの羊谷命子はとても安定してる。だから大丈夫」
「キャルメ君か」
「はい」
紫蓮の言葉は、同じくキャルメのマナ進化を見ていた命子パパにとって、とても説得力があった。
「妾も大丈夫だと思うのじゃ。親御殿たちがマナ進化した時に聞いた祝福の歌が聞こえるのじゃ。イザナミたちはそれを聞いて喜んでおる」
「ほう」
イヨが言うことに、続く『興味深い』という言葉を教授は飲みこんだ。
さすがに親御さんの前でそれを言わない分別はあった。
「話はわかったわ。命子ちゃんに兆しはあったの?」
「いや、なかったね。あくまでもただの勘だよ。親御さんがマナ進化したタイミングから考えて、あの時点で命子君にも大量の経験値が入っていたはずだ。しかし、その時点でいつものようなマナ進化の神秘現象が起こらなかった。ならば、もしかしたら、最初とは違う様子で進化するのではないかと疑っただけだよ。なにもなければお泊まりするだけだったがね」
「なるほど。なんにしても医療チームが近くにいる状況で起こったのは良かったと思いましょうか」
この医療チームは、ウラノスが帰ってきた際のために乗り込んでいた人たちだ。
「ここは私たちが見ていますから、皆さんは少しでも休んでください」
馬場はそう言うが、命子はピカピカである。
寝られるかと。
命子はふわりと目を開いた。
まるで生まれてからこれまでの疲れ成分をお布団に全て吸い込まれてしまったかのような、爽快な目覚めであった。
自分のせいで布団さんが死亡していないか心配になるほどに、体が軽い。
「お姉ちゃん!」
「ごめんなさい!」
最近はめっきり少なくなったが、目覚めて早々に萌々子の声を聞いた時は大抵が寝坊した時であった。なので、命子は条件反射で間髪入れずに謝った。
見れば、自分以外の全員がすでに起きており、命子の周りに集まったり、離れて注目したり。
起き抜けにそんな状態なので、命子は混乱した。
「もしかしてめっちゃ寝てた?」
「うん。15時間寝てた」
「私、赤ちゃん説!」
などと冗談を言いつつ、ガルーダ戦ではしゃぎすぎたかなと思った。
「体はなんともないか?」
「わっ、テライケメン!」
そう尋ねてきた命子パパにジョークを飛ばすと、命子パパはテレテレした。頭を掻こうと伸ばした手の小指が龍角にガッと引っかかるあたり、命子パパはまだマナ進化に慣れていない様子。
「いや、そうじゃない。命子、体は大丈夫なんだな?」
命子パパは小指を押さえながら、改めて問うた。
「絶好調だけど?」
命子はキョトンとしながら、周りを見回す。
そこには家族のほかに、教授やお医者さんのような人もいる。命子は知らないが、馬場は忙しいので仕事に向かってしまっていた。
教授が言う。
「命子君。君は昨晩、第2のマナ進化と思しき状態を終えたんだ」
「え!」
命子は慌ててステータスを表示した。
すると、種族名の場所が変わっているではないか。
「ほ、ほんまや!」
似非関西弁を叫びながら吃驚仰天する命子。こうしちゃいられねえ、そんな気分が満ちてくる。
「深夜1時頃から始まり、明け方にはマナ進化は終わったのだと思う。それから今までずっと寝ていたんだ」
教授はそう経過を教えてくれたが、命子はステータスに夢中で頭に入らなかった。
「メーコ、なんて種族になったでゴザル?」
「んふふぅ、『龍姫』!」
「小さいが取れてるデス! ちょっと立つデス!」
「ちょ、ま、心の準備が……引っ張ら……や、やろうってのか!?」
「命子君、ゆっくり起き上がりなさい」
わきゃわきゃする命子たちを、教授が窘める。
マナ進化は無くなった腕すらも生やすのであまり心配はしていないが、前例のない状態なので念のために。
立ち上がった命子は己の目線の高さに驚愕した。
10cmくらいアップしている!
「メーコ、寝ぼけてるデス? お布団から降りるデス」
「ハッ!」
命子は愕然とした。
お布団から降りて床に立ってみると、いつもと変わらぬ風景。
「おのれぇ!」
「命子さんはそのままでも十分すぎるほど素敵ですわよ」
「そうなのじゃ。命子様まで背が高くなったら、妾は首が痛くなっちゃうのじゃ」
ささらが微笑み、イヨがフォローなのかわからないことを言う。紫蓮はささらの言葉にうんうんと激しく同意する。
命子は、それもそうだな! と機嫌を直して、フォローになっていないイヨを捕獲してわちゃわちゃした。
「マナ進化の研究でこんな学説がある」
教授が言う。
「仲が良い家族の中からマナ進化した者が現れると、家族の証となる特徴が残りやすいというものだ」
チーム羊谷家女子。
命子は母や妹と仲が良いので、一人だけ例外にならないように『背はこのままでいい』と心の深いところで望んでいるのではないか、と教授は指摘した。
「それが真にコンプレックスとなっているのならその限りではないのだろうが、君は身長が低いことに関して、もう向き合えているのではないかな?」
「ぬぅ!」
さらに図星を言い当てられる。命子は魔法や剣術に夢中になったことで、前ほどスレンダー系お姉さんになりたいと思わなくなっていた。いくつもの試練も乗り越え自己の肯定ができてしまっているのだ。
「そうよ命子。命子はそのままのほうが安心するわ」
「そうだよお姉ちゃん」
命子ママと萌々子に微笑まれ、教授がいう学説は合っているような気がする命子だった。
命子は念のために医務室に連れていかれた。
通路は狭いので、同行者は医師のほかに教授だけだ。
「目覚めはどんな感じだったんだい?」
マナ進化した人の多くは、一回目の呼吸で自分の人生を噛みしめる。では、2回目のマナ進化は?
「人生でため込んだ疲れが全部お布団に吸収されたみたいな清々しさがありました」
「なんだか布団が真っ黒になりそうな喩えだね」
「1回目のような、うっとりとした感動はなかったですね」
「ふむ。1回目は生まれ変わりのようなものなのかもね。となれば2回目は脱皮くらいか」
「お財布に入れておかないと!」
「君も古いことを知っているね。それは私の10個くらい上で途絶えた迷信だ」
「教授、最近は次元龍のせいでまたヘビの抜け殻がプチブームなんですよ。友達が登校中にヘビの抜け殻を手に入れてテンション爆上げでした」
「相変わらず愉快な子たちだね」
検査の結果、命子自身が言うように何も異常はなかった。
身長は何かへの抵抗か1cmだけ伸び、心なしか胸が大きくなった気がしないでもない。
「教授、お外で魔法を放っていいですか?」
「そう言うと思って許可は取ってある。みんなを誘って行こうか」
命子は寝まくったので時はすでに16時になっているが、太陽さんは未だに健在。
命子たちが甲板に出ると、船上作業員たちがワクテカした瞳で注目してきた。命子やルルがビシッと敬礼してご挨拶すると、彼らもビシッと返礼する。コミュ力の化身である。
命子はまず【龍眼】を使ってみた。
「むむむっ!」
「なにが見える?」
紫蓮が問う。
検査から帰ってきて、紫蓮はカルガモの子供のように命子のあとについてきていた。
「今までよりも少しだけ鮮明にマナの動きが見える。天空航路からたくさんのマナが生み出されて凄く綺麗」
「羨ましいですわ。わたくしも次はもっとはっきりマナが見える目が欲しいですわ」
魔眼を持っていないささらはそう言って羨ましがる。
そんなささらでも最近では薄っすらと見えてはいるので、魔眼の習得は叶うだろう。
「それで何をするの? というか今回のマナ進化で種族スキルはなにを得たの?」
紫蓮の問いかけに、命子は自分が得た種族スキルを口にした。
「今回のマナ進化は凄いよ。まずは【セカンドジョブ】!」
「「「せ、セカンドジョブ!」」」
「名称通り、ジョブに2つ就けるみたい」
「夢みたい」
命子が教えてくれた種族スキルに、全員が驚愕した。
世の中の人は就きたいジョブがたくさんあって、とても悩む。悩まずに決める人のほうが珍しいくらいだ。その悩みを解消してくれるまさに夢みたいな種族スキルだ。
「【龍姫】だから覚えるのか……いや、それよりも魂が2つのジョブから流れ込むマナ因子の量に耐えられる段階になったから覚えたと考えた方が自然か。そうでなければ【龍人】系で世界は埋め尽くされそうだ」
教授がそう考察した。
「はい。私もそう思います。たぶん、2回目のマナ進化で全員が覚えるんじゃないかなって思います」
「お姉ちゃん、【セカンドジョブ】のルールはないの?」
「ほう、さすがモモちゃん、鋭いね。だけどわからぬ。スキルの説明は雑だからね」
ジョブの場合はピシャゴーンが起こってある程度わかるが、種族スキルはステータスの説明を読むしかない。その説明も大体簡素で、深く知るには研究が必要だ。
「まあちょっとこれは要検証として、次にいかせて」
ふんふんと皆が納得し、次へ。
「次は【龍角】と【龍眼】が名前はそのままで、より強化されたみたい」
「それはシンプルに強いでゴザルね」
「でも、たぶん上限値が上がったみたいな感じなんじゃないかなって思うね。今のところ、そこまで強くなった感じはないから、修行してれば強くなっていくと思うな」
「マナ進化してもすぐには強くなりませんものね」
ささらが言うように、マナ進化してもすぐには強くならない。ただし、3次職や種族と同じ名称のジョブに就けるので、それによって短期的に強化される。
今回、命子は【セカンドジョブ】を得たので、これはさらに顕著に表れるだろう。
「そして最後はこれ!【龍姫覚醒】!」
「名前からしてカッコいい!」
「キャルメさんも種族にそんな感じのスキルがありましたわよね」
「メーコ、使うデス!」
仲間たちが興奮する姿に、命子はむふぅとした。
この反応を見たくて、命子は小出しにしたのだ。
ルルがスマホを構えるので、命子はさっそく【龍姫覚醒】を試すことにした。
少しスペースを空け、その中心に命子が立つ。
なにやら始める気配に、仲間たちだけでなく船上作業員も作業を中断して遠目に注目し始めた。
精神を集中するにつれ、【龍角】がキラキラと輝きだす。体が翡翠色のオーラを纏うのは、【覚醒・龍脈強化】が発動しているからだ。
集中力が高まり、命子は呟く。
「【龍姫覚醒】」
その瞬間、命子の足元でぶわりと風が巻き、塵が吹き飛んでいく。
しかし、それも一瞬のこと、吹き飛んだ塵の代わりに翡翠色の渦が生じ始める。
「ぴゃ、ぴゃわー……っ!」
「むはーっ、なんたる龍気なのじゃ!」
「ふぉおおお、お姉ちゃんカッコイイ!」
「みゃー、命子お姉様凄いのれすぅー!」
仲間たちがブンブンと手を振って大興奮。
その声を聞いて、命子はいい気持ちになった。
それに伴い、集中力が低下してマナの輝きも失われていく。
これはいかんと命子は雑念を捨てて集中した。
「髪が伸びてますわ!」
「お姉さんみたいになってるでゴザル!」
「メーコ、いいデスよー、撮れ高デース!」
続く黄色い声に、命子はポンと顔を元に戻して、サッと背後を振り返った。
しかし、そこにはなにもないので、慌てて逆側へササッと振り返った。
「どうしたでゴザル?」
「羊谷命子、続けて続けて」
「いや、ささらが髪の毛が伸びたって……」
「お姉ちゃん、【龍姫覚醒】を終えたら消えちゃったよ」
「はーん、妖怪殺しの槍システムね。ルル、ちょっと動画見せて」
「ちょっと待つデス」
ルルが撮影していた動画を見せると、命子はパァーッと顔を明るくした。
「すんごくお姉さんっぽい!」
「メーコお姉様はいつもお姉さんなのれす!」
「はーっ、アリアちゃんはいい子だね! グミをあげよう」
高画質なスマホ画面の中には、翡翠色の渦の中で肩甲骨くらいまで髪が伸びた自分の姿があった。延長した髪は【龍角】と共に、水属性に反応して青色に輝いている。
この神秘性に至っては、もうロリっ子などとは言わせない。完全無欠のお姉さんである。
「じゃあテイクツーデス!」
「わかった!」
コーラグミをお口にぶち込んだ命子は、俄然やる気になって【龍姫覚醒】の続きを始めた。
さっきの使用で、このスキルがとんでもなく集中力が必要なことがわかった。
集中、集中。
半眼に開いた瞳は目の前を見ているようで見ておらず、心はそんな明鏡止水った自分のカッコイイ姿に想いを馳せる。見た目は神秘系お姉さん、心は俗物。なにが明鏡止水か。
先ほどと同じように【覚醒・龍脈強化】の光が包みこむ。何度も使っているので、これはもはやお手のもの。宴会芸に使えるレベルで使用できる。
「【龍姫覚醒】」
しかし、先ほど起こった続く現象は起こらない。
「メーコ、できてないでゴザルよ!」
「メーコお姉様フレフレなのれす!」
「お主の力はそんなものじゃないデス!」
「メーコ、出し惜しみする必要ないデスよ!」
ルルママも混じったネコミミ3人とネコミミ予備軍のアリアが騒ぎ立てる。
「ちょっと、にゃーにゃーうっさいよ……っ!」
「「「にゃーにゃーっ!」」」
命子はふしゅーと息吹を吐いて、集中した。
雑・念・退・散!
ルルたちがにゃーにゃー言ったおかげか雑念交じりの集中は取り払われ、命子は真に明鏡止水った。
「【龍姫覚醒】……っ!」
その言葉と共に【龍姫覚醒】が発動し、命子の髪が先ほどと同じように伸びた。
足を肩幅に開き、体の前に出した両手で三角を作りながら脱力。
半眼になり、薄く開いた口から深く長く呼吸を続ける。
「いいねいいねー、カッコイイデスよー」
「る、ルルさん、しぃーですわ!」
そんな声が遠くに聞こえる。
命子は集中しながら、自分の体に流れる力を少しずつ探っていった。探求心に釣られて油断すれば安定感を乱すので、少しずつ少しずつ。
頭のてっぺんから足の先まで、力が漲って思える。
命子は集中の糸が切れないようにゆっくりと体を動かしながら、懐から水の魔導書を取り出した。あらかじめ魔導書を出しておけば良かった、と考えた瞬間には力が乱れ、すぐに集中の糸を繋いだ。
それを見て、教授が場所を塞いでいるささらたちに手で合図して、海への射線を確保した。
命子は開けた先にある海と自分の間に魔導書を浮かべた。
そうして、無心で魔導書に水弾を灯す。
ここに至ってはルルですら口を噤んで、命子を見守った。
水弾が射出される。
しかし、それは紛れもなく普通の水弾だった。
「ふぅ……」
水弾が海に落ちたのを見届けた命子は、大きく息を吐きながら【龍姫覚醒】を解いた。
幻の髪と渦巻いていたマナが、潮風の中に溶けて消えていく。
「命子さん、お疲れ様です。凄い汗ですわ」
「ありがとう、ささら」
ささらがそう言って、額の汗を拭いてくれた。
「ダメだね。扱いきれなかった」
「でもでも、凄い力だったのじゃ」
「そうなのれす。アリアにもマナが見えたくらいなのれすよ」
イヨやアリアが励ましてくれた。
そう、命子の周りで渦巻いていたマナは、まだマナ進化していないアリアや萌々子にも見ることができた。魂魄の泉と同じくらいに濃厚なマナ現象だったのだろう。
「うん。自分でも色々なことができそうに感じた。でも、集中力を乱しそうで動けなかったね。これを扱うには修行が必要そうだよ」
その発言に、ささらたちは顔を見合わせて呆れた。
それは命子の日常なのだから。
「それよりもルル。動画動画!」
「超いい感じだったデスよ!」
船上で神秘を振りまいていた命子は、ポンと女子高生の顔に戻り、己の雄姿を視聴する。
こうして、天空航路をクリアした命子は、また一歩、世界の神秘の中を進むのだった。
読んでくださりありがとうございます。
ここで12章は終わりとなります。
ステータスを要望が多かったので、数日後に投稿します。




