12-37 ウラノスの帰還
本日もよろしくお願いします。
「さようなら、『天空航路』!」
命子は星屑が舞う世界へお別れを告げると、ひとつの冒険のエンディングへと目を向けた。
ウラノスと雷神が金色のゲートへ突入する。
普通のゲートはすぐに目的地にたどり着くが、このゲートに入ると温かな光に包まれた。
「むむっ、空間魔法っぽい気配がある。なにかあるのかな?」
「っ! 全員、元いた浮遊島の海域に戻りたいと念じろ!」
命子がワクワクしていると、教授が唐突に大声で叫んだ。
「ど、どういうこと?」
「念のためだ。翔子、今は言われた通りにしてくれ」
ドギマギする馬場に教授はそう答えた。
教授が叫んでしばらくすると、光の世界は波が引いたように消えていき、ウラノスと雷神の船首が夜の潮風に触れた。
空に現れた黄金のゲートから、ウラノスと雷神がゆっくりと姿を現していく。
空には欠けた月が浮かび、星々が瞬いていた。地球上の潮風がふわりと命子たちの体を撫でる。
それがダンジョンクリアを実感させ、命子たちも自衛官も歓声を上げた。
1kmほど離れた場所には巨大な浮遊島が浮かんでおり、その周りの海上には多くの船舶の姿があった。大型飛空艇の姿も見られる。
向こうでも歓声が上がっており、命子たちは一生懸命手を振った。
馬場が操舵室に向かったので、命子は教授に問うた。
「なんでここに戻るように念じたんですか?」
「君が空間魔法の気配がすると言ったからだよ。ダンジョンクリア後に必ずこの海域に帰還した場合、帰還直後に死ぬ可能性がある。ボスがあれだしね。だから、あそこはダンジョンクリア者が必要とする場所に出られる空間だったのではないかと思ったんだ」
「ハッ! たしかに船底に穴が開いちゃうくらいダメージを食らってたら終わりですもんね」
「だろう? 自力で飛ぶような生き物だったら、それこそ海の藻屑だ。まああくまでも私の推測に過ぎないがね。単純に大きな船舶だから事故がないように出現箇所を調整していただけかもしれない」
「でも、それならキスミアにも行けたんじゃないですか? 考察の証明にもなりますし、そっちのほうが良かったんじゃないですか?」
「いや、行けたとしてもそれはダメだ。我々はこれからすぐに報告して攻略法を教えなければならないからね」
はー、よく気づくなぁと命子は感心した。
ウラノスと雷神は少しずつ高度を下げ、海上自衛隊やシュメリカ海軍の船舶に迎えられた。他にもいくつかの国の国旗を掲げた船があるが、そちらは命子たちと関係がないので近づいてはこない。
命子は迎えてくれた船の甲板をササッと見回した。
カメラマンがいない! きっと政治的なアレでコレなんだ!
命子はがっかりした。せっかくダンジョンをクリアしたのに!
すると、ルルが言った。
「メーコ。許可が下りたからパパが動画撮影を始めるって言ってるデス」
「やれやれ!」
命子は「仕方ないなぁもう」といった感じでウキウキしながら準備を始めた。
龍宮をクリアした際に酷い目にあった教授は、アイを生贄にしてササッと退避した。その代わりに自衛官に指示を出し、照明で甲板を明るくしてあげた。
ルルパパが機材をチェックして、命子たちにマルを出す。
海のさざめきが聞こえる中、画面外からくるくるシュタリとルルが登場した。その一瞬で残像を何個も使ったド派手な演出だ。
「戦猫が通った跡には斬光煌めく無限の爪牙。猫人姫・ナッガーレ・ルル!」
それは、この日のためにささらママにお願いして考えてもらった口上。
ルルは片足だけ伸ばして屈み、忍者刀と小鎌を構える。
続いてシュババッと画面外から登場したのは分身した2人のメリス。中央で一つになったメリスは、ルルと対照的なポーズで小太刀を十字型に構えた。十字の小太刀からは風に乗った冷気が舞う。
「「雪猫の小太刀は歌う。それは敵を屠るレクイエム。猫人・メリス・メモケットでゴザル!」」
それはやはり、ささらママにお願いして考えてもらった口上。
猫たちのささらママの人気は熱い。そのためか、最近のささらママは寝言で「アブソリュート猫」などとよくわからないことを口にする。
「我が盾はこの身を切り裂く嵐の中でも揺るぎはしない。御伽姫・笹笠ささら!」
中央から少しズレ、ささらが剣を構えた。
もうすっかり慣れっこである。力強い声はむしろノリノリ。
「この身に流れし血の名は創造。この魂が渇望するものの名は幻想。創造と炎の魔人、魔眼姫・有鴨紫蓮!」
紫蓮は新しい装備である魔導盾をお披露目しつつ、ぶわりと炎を宿した龍命雷を構えた。
「世界の神秘に導かれ、彼方から此方へ縁と雷を運ぶ。龍神の巫女・イヨなのじゃ!」
初めてのことだが、フォーチューブっ子のイヨに隙は無い。
中央最前列で片膝をついて口上を述べたイヨは、空に向かって弦を弾き、ピンと音を鳴らす。それに合わせてイザナミがフリーッと枝を天に振った。
最後に、命子が仲間たちの空けてくれている中央に姿を現した。
「小龍人の始祖にして天空の覇者を屠りし者。小龍姫・羊谷命子!」
命子は紫蓮が龍命雷に宿した炎を撫でるように片手で受け取り、ピッピッと素早く印を刻んで炎の線を残しながら天に掲げる。覚えたばかりの技術をこれ見よがしに自慢していくスタイル。
しかし、魔力がすっからかんなのでそろそろ倒れそう。気合でカッコつける。それが羊谷命子であった。
『むーっ!』『やーっ!』
『なんなん~!』『にゃーっ!』
精霊たちもそれぞれがビシーッとポーズを取った。
両親や萌々子たちがやらないことを空気で察した命子は、キメの口上を詠みあげた。ルルママはやりたそうにしているが、絵面的に7人目のスペースがないので諦めた様子。
「我ら、守り人とともに空駆ける船を駆り、伝説の怪鳥との激闘の果てに、天空航路を攻略せりっ!」
バシーンと宣言すると、一緒に冒険した自衛官たちが拍手と歓声を上げた。
両親たちはその宣言を聞いて苦笑いを浮かべつつも、無事に帰ってきた実感が湧く。中二病も真っ青な命子のパフォーマンスは、そんな不思議な効果があった。
ルルパパはウラノスの様子を一巡すると、再び命子へとカメラを向けた。
「いっぱい報告がありますけど、まずは国の方でお知らせするかと思います。あと、まだ確認はしていないですが、地球さんTVもあるかもしれません。もしあるなら、楽しんでくれたら嬉しいです」
チラリとささらママを見ると、スマホを確認して頷いている。
どうやら地球さんTVはさっそくアップロードされたようだ。
「最後になりますが、たくさん心配をくれた方も多いと思います。ありがとうございます。一人も欠けることなく、無事にダンジョンから帰ってきました!」
命子はそう言うと、仲間たちと一緒にぺこりと頭を下げて、録画を終えた。
その動画はすぐにネットの海に投下され、世界に命子たちの無事をお知らせするのだった。
「アリア!」
「パパ!」
アリアとアリアパパがヒシッと抱きしめ合う。
パパの方は泣いて喜んでいるが、親の心子知らずか、アリアの方は満面の笑みだ。
「アリア、すっごい冒険してきたのれす! 萌々子ちゃんとお料理のお手伝いしたり、空飛ぶペンギンさんとお話したり! あとあとアリスがお喋りするようになったのれす!」
『にゃーっ!』
無邪気に報告するアリア。
命子たちは国際問題とかにならないかなと心配したが、アリアパパは命子たちと固い握手をしてお礼を言ってくれた。
「風神とキスミアの飛空艇はどうしたんですか?」
アリアパパは海上自衛隊の船に乗っており、近くで飛んでいる飛空艇も風神やキスミアの飛空艇ではなかった。
「あれらの船は、合流した飛空艇と共に救助に向かったんだ」
「えーっ! 大変なのれす!」
アリアパパが教えてくれたことに、アリアがぴょんとジャンプして驚いた。
「いつ出発したんですか?」
「一昨日だね」
「一昨日か……」
命子たちは顔を見合わせた。
「命子さん。それは馬場さんたちが考えることです。心配なのはわかりますが、まずは私たちがやるべきことをしましょう」
ささらママが言う。
それはそうだな、と命子たちは頷いた。
ウラノスと雷神はメンテナンスを行なうため、命子たちは海上自衛隊の船に移動した。
それからすぐに医療班に健康チェックを行なってもらう。
命子たちもガルーダとの戦いで多少の傷を負っていたが、回復薬を飲めば全回復する程度だ。なんやかんやしている内に命子の魔力もずいぶん回復したので、低級回復薬を飲んで、命子たちの中でケガ人はいなくなった。
一方その頃、馬場と教授は本作戦の指揮官たちと情報の交換を行なっていた。
救助隊は大型飛空艇4隻。出発時刻は一昨日の9時。
「一昨日出発したのなら、おそらく、このあとすぐに出発すれば間に合うはずです」
天空航路の完成図を見下ろして、教授が居並ぶ幹部たちへ説明する。
馬場が問う。
「音井主任、どうしてそう考えたのか説明しなさい。我々は2日目には妖精店にいました。一昨日出発したのなら、今は妖精店のはずです。我々は妖精店で2泊しましたが、今回は救助なのだから1泊しかしないと私は思います。そうなると間に合わないのでは?」
偉い人もいるので、友人でも砕けた口調ではない。
「天空航路はそれぞれの島で長期間の滞在が可能です。救助隊もそれに気づくはずだから、全ての島を見て回る方針になるはずです」
「ふむ。まあ……そうですね」
教授は馬場に答えてから、幹部たちへ向けて説明を再開する。
「注目したいのは、前半の地図です」
教授は完成図から前半部分を離した。最初は1個、最後に10個の浮遊島が並ぶ逆ピラミッド型の地図である。
「これだけを見ると10島目がボス戦だと思えてしまいます。実際に我々はその可能性を考慮して行動しました。なので、救助隊は9島目の真ん中の島で一度合流を図るでしょう」
教授は地図を指さしながら言う。
「10島目を抜かした島の数は45個です。地図の端の島を捜索する2チームは、合流するまでにそれぞれ13島分を巡ることになります。これは4隻がバラバラに捜索する場合を想定しているので、魔物の襲撃に対しても相応に魔力を消費するはずです。なので休憩時間も長めになります。つまり、現状で彼らはまだ妖精店にすら辿りついていない可能性が高いと考えられます」
各浮遊島は上から見て終わりというわけにはいかない。
魔力回復のために少しは滞在しなければならないのだ。夜間飛行をしないとすれば、1日に6島分を移動するのが限界だろう。
「音井主任、ではどうするのがベストだと思う?」
本作戦の総司令官が問う。
「このダンジョンは17島目から始まるボス戦がとにかくキツい。最低2隻、理想を言えば5隻で救援部隊を組んでダンジョンに突入し、最短ルートで16島目である5つの島を押さえればいいかと思います。この際に、魔力休憩以外取らずに10島目まで行くべきです。後半の島は魔物の数が非常に増え、さらに強力なナイトが出現するので、時短できるのは前半です」
教授は全体図を指さしながら説明する。
2隻で5つの島を押さえる方法は、人工物を置いておけばいい。ダンジョンに置かれた人工物は24時間消失しないのでカバーはできる。
「16島目で狙い通りに合流できた後の判断はお任せします」
「馬場ダンジョン特務官。ボスに挑んで勝てると思うか?」
「十分に勝てるかと思いますが、他のダンジョンに比べると負ける確率は格段に高いでしょう。各飛空艇にはダンジョン特務官のチームが乗っているようですが、少なくとも我々が戦ったガルーダは6人やそこらの力では勝てません。大型飛空艇そのものの能力も合わせた総力戦になります。30分ほどの動画のはずですから、確認をお願いします」
馬場が説明している間に、教授が大型テレビに地球さんTVの『天空航路』をスタンバイした。早送りをして一気にボス戦まで進める。
「え。君らは現代兵器もなくこれに勝ったのか?」
クソデカの鳥さんを見て、どよめく幹部たち。厳つい顔の総司令官もこれにはドン引きである。
「ほぼ全ての攻撃が全体攻撃になります。必殺技も勘で避けられたにすぎません。ギリギリの勝利でした」
ボス戦を途中まで見た総司令官は眉根を寄せた。
「馬場ダンジョン特務官。無事の帰還に水を差したくないが、これは自衛隊がやるべき任務だぞ。特に君は空中をある程度移動できるのだから」
サーベル老師が空中に飛び出してガルーダに大ダメージを与えたシーンであった。
馬場はビシッとしながらしゅんとした。自分でもこれは今回の探索で最大の反省点に思っていた。
この総司令官は海上自衛隊所属だからこの程度だが、ダンジョン特務室の室長にはたぶんもうちょっと叱られる。同じく、航空自衛官たちも上官に叱られるだろう。
サーベル老師は凄まじく強いが、民間人には変わりないのだから。
いまはそんなことを言っている場合ではないので、教授が話を続けた。
「ただ、いくつか不安な要素もあります。先ほど言った妖精店までの行動はおそらく私の考え通りの行動を取るかと思いますが、妖精店で後半の地図を得たら、2隻を先行させて、19島目にある2つの島を押さえて私たちを迎えようと考えるかもしれません」
「ふむ。たしかにその発想はあり得る話だ」
「この点に関しては、できる限り急ぐしか解決策はありません」
17島目からボスの前哨戦が始まると知らないので、その発想は当然あるだろう。
「もうひとつは最大の懸念事項です。そもそも彼らが1島目をちゃんと探索するかです。最初の島にダンジョンの地図があります。この地図は空からでも容易に発見できると報告がありますが、もしこれを取り逃した場合は話が根底から変わります。彼らは遭難状態に陥っているでしょう」
以上です、と教授が話を終えると、会議室は重苦しい空気が流れた。
シンとする会議室に、大型テレビから空中戦を始める命子と紫蓮の声が響いた。この場面だけ見たら、特撮大好きオジサンたちのオフ会に見えそうな絵面である。
そこから始まった灼岩の龍槍をぶっ放すシーンに、幹部たちはすっげーと思った。
兵は拙速を貴ぶ。
すぐに部隊が編成され、ガルーダ戦だけを視聴してボスの攻略法を得る。
その間に馬場と教授は旅の間に読んでもらうためのレポートを仕上げた。
この際に地味に役立ったのは、ルルパパを筆頭に命子たちがダンジョン内で撮影した記録だ。もちろん自衛隊が記録した映像もある。
それらをコピーして、ダンジョン内で見るようにレポートに添付された。
救援に向かうのは、2隻。
このダンジョンの攻略に耐えられると判断された大型飛空艇が、あと2隻しかなかったのだ。
ウラノスと雷神からもメンバーが出され、彼らはダンジョンにとんぼ返りするという。激務である。
レポートを提出した教授は、命子の下を訪れた。
命子たちは海上自衛隊の船舶の士官室に泊まっていた。ウラノスは緊急メンテナンスで明日まで使用できないのだ。
この士官室は、幹部以上の食事や会議に使われる広い部屋で、テーブルをどかして布団を敷けば、海難救助者を迎えられる大広間にもなっていた。ちなみに、アリアパパが泊まるようなVIPルームも存在するが、部屋数はとても少ない。
「あ、教授!」
命子はテーブルについて、書き物をしていた。
ささらたちはタブレットで、地球さんTVや総理大臣の緊急記者会見を見ているようだった。
「なにをやっていたんだい?」
「これはお父さんたちのマナ進化の研究です」
「ダンジョンから出てきたばかりだっていうのに、君も精力的な子だね」
そんな命子の冒険手帳の端っこに、光子たち精霊が動物スタンプを捺しまくっている。
「自衛隊の方はどうなりました?」
「救助隊の救援部隊を今晩中にダンジョンへ送ることで決定したよ。ウラノスや雷神からも人を出すから、まあどうにかなるだろう」
「えーっ! ダンジョンから帰ったばかりでまた行くんですか?」
「それも任務だよ」
教授は命子たちに自衛隊の方針を簡単に話して聞かせた。
命子はダンジョン地図を開いて、ふむふむと頷く。
「さて、ここからは今後の予定になりますが、ウラノスと雷神に問題がないようなら、このままキスミアへ向かいたいと考えています。ただ、皆さんが一度日本への帰還を望むのでしたら、そのようにいたします。明日、またお話を伺いますのでそれまでに決めていただけたらと思います」
教授がそう言うと、両親たちは頷いた。
一方の命子たちは元気いっぱいなので、このままキスミアへ向かってもなんら問題がない。むしろバッチコイ。
なので、おそらくそのままキスミアへ向かうことになるだろう。
「恒例の馬場さんの記者会見とかはないんですか?」
「それはある。しかし、キスミアあるいは日本についてからになるね。だから2、3日後になるだろう」
「録画しなくちゃ!」
命子の楽しみが一つ増えた。
話が終わると、命子が問うた。
「そう言えば、さっきダンジョンでなんか私に言いかけてましたよね。あれはなんだったんですか?」
「ああそれかい。いや、今日は私も君と一緒の部屋で寝たいと思ったんだ。いいかい?」
「えっ! もちろんです!」
おかしな申し出であったが、命子は特に気にせずに喜んだ。
そんな会話を黙って聞いていた紫蓮は、キュピンと瞳を光らせた。
読んでくださりありがとうございます。
38話がエピローグの予定です。




