2-21 VSボス戦 前編
本日は2話更新です。
よろしくお願いします。
2つ目の山の頂からは、真っすぐに雲海へと降りる階段があった。
やはり鳥居が連なるように立っており、山頂から鳥居のトンネルを覗き込むと不思議な世界に導かれそうな気分になる。尤も、ダンジョン自体が不思議な世界ではあるのだが。
命子とささらとルルは、ゆっくりと階段を下りていく。
いったい今までの登山がなんだったのかと思うほど、一切敵は出てこない。
しかし、それがゴールに近づいているのだと3人に実感させた。
長い長い階段を降りきると、今度は幅3メートルくらいの石畳の道が雲海の上を走っている。
真っすぐ伸びた石畳の道の先には、連なる鳥居の形に切り取られたゴールと思しき場所の風景が見えていた。
とりあえず、ウィンシタ映えである。
こういうところで余裕を持たなければならないのだ。
雲海を泳ぐ肉食魚が大群で押し寄せる、などというイベントもなく、真っすぐ広場へと向かって歩いていく。
雲海の上に敷かれた石畳の道と、訪れた者を誘うように連なる鳥居。
そんなところを粛々と歩いていると、山を登っていた時以上に神秘性を感じた。
ささらとルルは、一歩進むごとに、重苦しい感情が自分の中に入り込んでいくように思えた。
最後の最後で数段ばかりの階段を一度降りる。
そして命子たちの前には、今降りたのと同じ段差の上り階段があった。
ここを上れば、山頂から見えた広い敷地だ。近くで見るとその広さがよく分かる。
広場の奥には、注連縄がされた8つの巨石が並んでいる。
そんな広場の入り口に立つとりわけ大きな鳥居を前にして、3人は顔を見合わせた。
「いよいよだね!」
「ニャ、ニャウッ!」
「は、はいですわっ!」
無限鳥居の神秘性に当てられて、2人は空回りともいうべき緊張と興奮を宿していた。
そんな2人に、命子は笑顔を向ける。
「ささら、ルル。2人は知らないと思うから、良いことを教えてあげるよ」
これから死闘が始まるかもしれないというのに、まるで学校の帰り道の何気ない会話をするように話し始めた命子。
命子は、2人の手を取った。
少し冷たくなった2人の手が、まるで温かさを求めるように反射的に命子の手を強く握る。
「覚えておいて」
命子はその手を優しく握り返して、言った。
「私たちはね、世界最強の3人組なんだよ」
命子の言葉に、2人はぽかんとした。
しかし、その言葉が耳に沁み込むと同時に、2人の身体がぶるりと震えた。
「そんな3人が死力を尽くせば、ははっ、倒せない敵なんているわけないんだよ」
2人の手から力が抜け、しかし、再び握り返されたその手からは、強い意思の力が伝わってきた。
「命子さんっ。はい……はい……その通りですわ。ワタクシたちは、世界最強の3人ですわ!」
「ニャウ! 最強の3人で、どんな敵が来てもぶっ飛ばしてやるデス!」
ほどよく肩から力が抜けた2人に、命子は不敵に笑った。
優しく握っていた命子の手が、2人の言葉に力強く応える。
「行こう!」
「はいですわ!」
「ニャウ!」
大きな鳥居を潜り、8つの岩が怪し気に佇む敷地に足を踏み入れる。
その瞬間、空の色が灰色に変わり始めた。
ハッとして背後を振り向けば、巨大な鳥居は消え、来た道には曇天の雲海が広がっていた。
「ささら、ルル、どうやら引き返させてはくれないみたい。頑張ろう!」
「望むところですわ!」
「ニャウ! 絶対に勝ちまショー!」
リュックを端に置き、何が起こってもいいように3人は腰を落としてそれぞれの武装を構えた。
命子は魔導書たちを魔法待機状態にしておく。
敷地の中にあった8つの岩。
その内の7つが、ふわりと消えていく。
あれらは夜用か、と命子は瞬時に判断する。
そして、残った一つが黒い瘴気を放出しだした。
しばらくすると注連縄が千切れ、瘴気の放出が加速する。
そして、ついに岩が砕け、岩の断面から瘴気が大量に噴き出した。
やがて瘴気は空中で一つに纏まり、エリアの中央で一体の魔物の形になった。
『グラァアアアアアアアア!』
咆哮を上げたその魔物は、象を一回り大きくしたほどもあり、長い首と尻尾を持っていた。いうなれば小型のブラキオサウルスみたいな形状だった。
ただ、全身に鱗を持ち、足の先は蹄ではなくかぎづめとなっており、顔は東洋の龍である。
でかい。
命子は焦った。
首を伸ばしている姿など、体高5メートルはある。
ダンジョン自体が初級に毛が生えたようなものだし、今までの敵も命子より小さかったから、精々が馬や熊程度の大きさのボスかと思っていた。
そこに来てボスがこれって!
考えが甘かったか……っ!?
けれど、すでに賽は投げられてしまった。
命子はグッと身体の芯に熱を込める。
そうさ。
あの日、あの時。
初めてバネ風船を倒したのと、結局は同じだ。
やってみなければ、分からないのだ。
そして、やらなければ、死、しかないのだ。
1から5まで敵の勝ちだって言うのなら、サイコロをむんずと掴んで6の目を盤上に叩き置いてやる!
「撃て……っ!」
弱気の虫を殺すように命子は指示を声に出し、それに連動して魔導書から水弾と火弾が飛んでいく。
高速で飛んでいく魔法を見ながら、命子は首長龍へ向けて全力で走り出す。
それと同時に、水弾と火弾は龍の両前足に一発ずつ当たった。
己の下へ敵が駆け寄ってきて、さらに足にダメージが入ったものだから、龍から突進する意思がそがれる。
命子が先陣を切るのは予め決めておいた。
命子には『1層突破者・ソロ』の効果が未だに残っているため、命子が囮になる布陣だ。
やはり2人は凄く嫌がったが、1回だけ無敵という強みを初見殺しが大いにあり得るボス戦で使わなくて、いつ使うって話なのだ。
命子は装填が終わったそばから魔法を前足に向かって放ちまくった。
とにかく、あの巨体に突進させてはならない。
だからこそ、命子はいの一番で龍へ向けて走り、全ての魔法を足へと集中させた。
龍がみるみると自分に怒りを向けていくのが、命子には分かった。
怖い。
けれど、ここで恐怖に呑まれれば、恐怖の先にあるものが現実になってしまう。
死にたくなければ全力を尽くすしかない。
命子は自分と仲間を信じて、魔法を放ちまくった。
ささらは、想定よりも大きかった敵の姿に足がすくんだ。
あの龍頭に生えた牙の、あるいは凶悪な四肢の一撃は、たやすく自分たちの命を奪うのではないか。
サーベルを持つ手がカタカタと震えた。
「撃て……っ!」
そんなささらの前で、自分よりもずっと小さな命子が駆けだした。
事前に話し合った通り、自分が囮になる戦法を変えず、背後にいる仲間たちを信頼して、敵へ向かって全力で駆けていく。
ささらの脳裏に、あの日、独りぼっちだった自分を修行に誘ってくれた、小さな女の子の笑顔が過った。
昔から友達を作るのが下手だった自分をスッと受け入れ、修行という遊びに誘ってくれた。結局、その修行は遊びでもなんでもなかったけれど、それでも、自分がどれほど嬉しくて、楽しかったことか。
『2人は知らないと思うから、良いことを教えてあげるよ』
あぁ、そうですわ。
ささらは、サーベルを斜めに振りかぶった。
その鳶色の瞳の奥に、強い意志の炎がメラリと燃え上がる。
『私たちはね、世界最強の3人組なんだよ』
「命子さん……っ!」
ささらは、サーベルを払って恐怖を切り裂く!
ルルは、首長龍の咆哮に呑まれていた。
憧れだったニンジャヒーローになり、どんな敵が来たってみんなで倒してやるんだと思っていた。
けれど、現れたその敵の威容に、その意気は心の底に隠れてしまった。
あんな敵に近づきたくない。
瞬速を持つ足から力が抜けていった。
「撃て……っ!」
そんなルルの前で、自分よりもずっと小さな命子が駆けだした。
事前に話し合った通り、自分が囮になる戦法を変えず、背後にいる仲間たちを信頼して、敵の側面へ全力で駆けていく。
ルルの脳裏に、あの日、これからクラスメイトになるみんなが戸惑ったような顔をする中、掛け値なしの笑顔で自分を迎えてくれた小さな英雄の拍手の音が響いた。
キスミアの友達と離れたのが悲しくて、新しい地で迎え入れてもらえるか不安で。
日本に来てから、ルルは必死で笑顔を作って、震えを抑えていた。
あの拍手の音に、自分がどれほど勇気をもらったことか。
『2人は知らないと思うから、良いことを教えてあげるよ』
そうデス……っ。
ルルは大きく腰を沈めた。
その青い瞳の奥に、強い意志の炎がメラリと燃え上がる。
『私たちはね、世界最強の3人組なんだよ』
「メーコ……ッ!」
ルルは、恐怖を置き去りにして走り出す!
この後、10分ほどしたらもう1話投稿します。