12-31 最後の島へ
本日もよろしくお願いします。
18個目の島に到着したウラノスと雷神は、浮遊島の湖に着水する。
今回は船外活動がないため、甲板で警戒態勢を維持している。
しばらくすると、船内出入り口にママ勢が姿を現した。
「紫蓮ちゃーん。おにぎりー」
「むっ」
見れば、番重におにぎりと干し肉を乗せて持ってきてくれたようだ。飲み物は、甲板にいるレベルの使い手なら誰しもが【アイテムボックス】に忍ばせているものなので、無し。
ちなみに、番重とは食べ物関係の店や施設でよく使われている食品を入れておく四角いコンテナだ。給食でパンが入っているやつがそれである。
「ありがとうございます。あとはこちらでお配りします」
自衛官が番重を受け取り、ママ勢のお仕事は終わった。ルルママ以外は戦闘能力が低いので、あまり甲板にはいてほしくないのだ。
「紫蓮ちゃん大丈夫ー?」
「うむ。たいしたボスじゃない」
「はわー。強気」
「ささら、無理をしていませんか?」
「お母様、わたくしなら大丈夫ですわ」
「無理そうならすぐに引くんですよ。あなたたちは十分に活躍しているんですから」
「はい」
命子たちはおにぎりと干し肉をモグモグし、出入り口前でしばし母親たちとお喋りした。親を安心させるのも女子高生冒険者の責務なのだ。
「命子も無理してなーい?」
「この目をルック! やる気イズ満々!」
「……。私、命子が誰に似たのかさっぱりわからないのよねぇ」
「モグモグモグ!」
呆れる母親に、命子は眉毛をキリリとしながらモグモグして見せた。
腹ごしらえをしていると、甲板に馬場や教授、船長、小隊長が集まった。
「作戦会議ですか?」
「ええ。中でやると対応が間に合わなくなるからね」
特に小隊長クラスは主戦力なので、中に引っ込められない。
なお、雷神のメンバーとは無線でのやりとりだ。
馬場が言う。
「まず、できればここで決着をつけたいと考えています。理由としては船からの転落の心配がないからです」
一番怖いのは船からの転落である。
転落してもいいように小型飛空艇はいつでも出られる準備をしているが、空中での救助は失敗の可能性もあるので極力したくない。
「しかし、相手が乗ってくれなければどうにもなりません。ですので、しばらくはここで待機して魔力回復を狙います。また、浮遊島という地形が鳥にとって優位に働く場合は、やはり空での戦いを考えなければなりません」
そんな方針が伝えられた。
それからいくつかの打ち合わせがされていき、馬場が問う。
「何か気づいたことはありますか? 私のほうは指示に集中していたので、あまり確認できていません」
その質問に対して、命子はシュバッと手を上げた。
大人の会議に突っ込める系女子高生である。それは自信ゆえか、それとも何も考えていないからか。
「みんなで気づいたことを書きました!」
命子は教授に該当ページを開いた状態で冒険手帳を渡した。
「ふむ、なるほど。興味深い意見だ。ちなみに、このガルーダというのはヤツを命名したものだね?」
「はい、まあ」
冒険手帳の見出しには、『ガルーダ』と大きく書かれ、それを丸でグルグルと囲んでいる様子からは強い意思が感じられる。
「ガルーダは半人半鳥の姿で描かれやすいが、まあ凄まじい鳥というところを切り取るならその通りだろう。しかし、政治的に問題になる可能性があるから、仮としておこう」
「えーっ!」
命子はぴょんとした。命名がすんなり通らないパターンは初めてだった。
命子が知らないだけで、世の中にはそのパターンは非常に多い。特にゲーム内で気軽に神の名前がブンブン出てくる環境で育つ日本人は、これをしてしまうことがかなり多かった。
「我、別にガルーダじゃなくてもいいかも」
一方の命名者である紫蓮は日和った。
「ガルーダを国章にしている国もあるからね。地球さんにボスとして認められるほどの存在へのネーミングと考えれば、悪いことではないと思うが……いや、まあそれはいいんだ。とりあえず命子君たちの考察を共有しよう」
教授は命子たちの意見を読み上げる。
「概ね自分も同じ意見です。しかし、白兵戦への防御力が低いというのは、証明するのにかなり高いリスクが必要です」
「無理に狙いにはいかず、その瞬間が訪れた時がチャンスと思う程度で良いのではないでしょうか?」
「しかし、魔法耐性が高い印象がありました。どこかのタイミングで物理攻撃の効きやすさを見ておいた方が良いのではないですか?」
などなど、命子たちが観察したことは小隊長たちも同意見の様子だ。
ある程度意見が出揃い、馬場がまとめる。
「敵は人類が初めて戦うタイプの魔物です。このダンジョンでの集大成というべき対応が求められます。私の指示が間に合わないこともあるでしょうから、各員は臨機応変に行動してください」
と、告げたその時だった。
『緊急連絡。上空2時の方角に巨大な反応あり!』
その声にわずかに遅れて、薄い雲間から巨大鳥が姿を現した。
巨大鳥はこちらの出方を窺うように旋回した。
「母、早く中に入って!」
「し、紫蓮ちゃんも気をつけてねー! 絶対だよー!」
紫蓮が母親をグイグイと船内へ入れ、命子とささらもそれに続いて母親を船内に退避させた。
巨大鳥はやがて高度を下げていき、ウラノスと雷神がいる湖から離れた森林部に降り立った。
その巨体が降り立ったことで、木々に潜んでいた魔物たちが一斉に飛び立つ。
「全員、迎撃態勢! 巨大鳥の動きに警戒して! 船長は発進準備をして待機! 雷神はウラノスの盾になるように移動!」
馬場が指示を出し、船長や小隊長たちは速やかに行動を開始する。
雷神はウラノスと進行してくる魔物の間に移動し、盾となった。両船ともに、魔物を側面から迎撃するように船首を横に向ける。
「チッ、まさか魔物を操るとはね」
「いや、これまでの航路でそんな素振りはなかった。しかし、魔物がいるルートに誘導することはあったから、操るのではなく利用しているのだろう」
忌々しそうに言う馬場に、教授が自分の推測を口にする。
そうこうしている内に、魔物たちがやってくる。
飛べる魔物が多いだけあって、その接敵速度は速い。
前方の雷神が多くの魔物を引き付けるが、すぐにウラノスの方へも流れてきた。
「みんな、行くよ!」
「「「おう!」」」
命子たちは武器を構え、魔物たちを迎え撃つ。
甲板はあっという間に戦場になり、魔力の回復どころではなくなった。
魔物たちを刺激し終えた巨大鳥はその場から飛び立った。
その巨大なかぎ爪には、なんとなぎ倒したであろう木を掴んでいるではないか。
「教授、ガルーダが木を掴んでいますよ!」
「鳥類の悪夢じゃないか! 翔子、落下物を侮るな。撃ち落とさないとダメだ!」
「あんなもん見て侮るか!」
教授が言う『鳥類の悪夢』とは、学者たちが唱えている新世界における懸念の一つである。
マナ進化を重ねた鳥類が空から岩などを落として、人間を狩り始めるという懸念だ。イヨによって投擲が可能であることが発見されたので、これは現実的に将来の課題となっている。そして、実際にそれを行なおうとしている敵が現れた。
「命子! 前は俺たちがするから迎撃の準備を!」
「お父さん、お願い!」
「イヨさん、準備を! お父様はそちらをお願いしますわ!」
「わかったのじゃ!」
「任せてくれ!」
前衛をささらたち近接組が受け持ってザコ敵を受け持ち、それに守られる命子たち遠距離組が巨大鳥からの攻撃に備えるために準備する。
「腕が鳴るぜ!」
「父、はしゃぐと死ぬ!」
魔法使いの紫蓮パパも命子たちに混じってギラギラと中二病している。
ザコ魔物が襲い掛かってくる中、いよいよ巨大鳥が落下物による攻撃を決行した。
巨大鳥自身が急降下し、魔法の射程外から2本の木が放たれた。
「こっちか!」
ウラノスと雷神のどちらが狙われるかわからなかったが、巨大鳥からの攻撃のルートはウラノスのほうだった。
2本の採れたての木が樹冠に生やした葉をまき散らしながら、凄まじい速度で落下してくる。1本は明確に直撃ルートから離れている。
「直撃するほうだけ狙え! 撃てぇ!」
「あ……っ!」
馬場の号令と共に、ウラノスから一斉に魔法が放たれる。
その指示を聞いた教授だけが顔をしかめた。
樹冠をこちらに向けているので、一番破壊力がある幹の部分がどこなのかわかりづらい。しかし、何発も魔法を撃ち込まれたことで、ウラノスに着弾する前に木の破壊に成功した。
「揺れに気をつけろ!」
木片や木の葉がバラバラと降り注ぐ中、教授が叫ぶ。
直撃しなかったほうの木が湖に勢いよく落下し、大きな波を作り、ウラノスを揺すった。
全員が激しい揺れにバランスを崩しつつも、目の前の敵に対応してみせる。
未来予測が可能な命子は、教授の服を掴む。乱戦の中で教授がよろけるのは二次被害が起こるからだ。そう、注意喚起した本人だけが一番危ないのだ!
「す、すまん、命子君!」
「大丈夫です!」
「しかし、これは不味いぞ! 翔子!」
「ええ!」
巨大鳥が再び森の奥に着陸しようとしているのだ。
やろうとしているのは、魔物のスタンピードと木による爆撃のおかわりだろう。
「両船に通達! 浮遊島から離脱して次の島へ向かいます!」
馬場が無線で指示を出すと、ウラノスはすぐに浮上し始めた。
追ってくる魔物を置き去りにして、ウラノスと雷神は浮遊島の空域から離脱する。
巨大鳥はそれを見届けると、再び雲の中へと消えていった。
戦闘空域から離脱し、ドッと息を吐く命子は難しい顔をする教授に尋ねた。
「ひどい目に遭いましたね。教授は何か懸念でもあるんですか?」
「いや、翔子の判断に異論はない。一方的に攻撃される以上は、あの場にいるのは不味かった」
「でも、なんか難しい顔をしています」
「単純に、このままだと魔力回復ができないと思っただけさ。どこかで決着をつけなければならないと思うが、このままでは魔力不足のまま戦うことになる」
「なにかいい手はないでしょうか?」
「私もあんたの意見を聞きたいわね。なにかない?」
命子と馬場が教授に問う。
「もし私の意見を信じてくれるのならば、このまま19島目か20島目へ向かってほしい」
「19島目は元々目的地だけど、20島目はボスエリアじゃないの?」
「これは賭けになるが……。19島目か20島目のどちらかが、おそらく最後のセーフティエリアだ。もしくは19島目と20島目の間の空域もその候補になる」
「その根拠は?」
「まず、全ての難易度変化級ダンジョンで、ボス戦の前には敵が出てこない休憩エリアがある。無限鳥居も然りだ」
無限鳥居は2つの山で構成されているが、2つ目の山の裏側とそこから伸びる雲海に浮かぶ道には敵が出てこなかった。夜までは滞在できないので一晩を越えることはできないが、休憩するには十分なエリアになっている。
これは全ての難易度変化級ダンジョンに共通して存在するプチ休憩エリアだった。無限鳥居と同様に、何らかの理由で長時間いることができないのも共通している。
「私はダンジョンに見られる共通の法則は、未踏のダンジョンでも信じていいと考えている。なぜなら、各ダンジョンはテーマこそあれ、マナ進化を促すことを目的としている以上、これらの法則を崩す意味があまりないからだ」
「スパルタをテーマにしている可能性もあるわよ。実際にこのダンジョンはセーフティエリアが1か所だけしかないし、休憩は交代してとれるだけの人数が参加できるわけだし」
「その可能性もあるが、魔力消費が止められない現状では分のいい賭けだと思うよ」
「ふーむ。でも、それだけだと20島目が休憩エリアになる根拠にはならないわ」
「このダンジョンのメインテーマは空を飛び、空に適応することだ。巨大鳥の出現でそれは顕著になった。ならば、最後に空から地上に降りてボス戦をするのは考えにくい」
「それはまあそうだけど」
「19島目、間の空域、20島目のどこかに休憩エリアはあるだろう。要はしらみつぶしだ。途中で休憩エリアが見つかったのなら、20島目はボスと考えていいだろう。20島目が休憩エリアになっているのなら、ボス戦は20島目の先の空域だ」
「うーん……どちらにしても、このまま行くとジリ貧か。わかったわ。あんたの意見を採用しましょう。でも、20島目までノンストップは魔力的にギリギリよ」
「これまで通り、道中のザコ敵は無視しよう。巨大鳥からの強襲には反撃の意思を見せつつ、魔力消費を抑えればなんとかなるだろう」
「雷神と距離を取って移動していたこと自体が失策だったかもしれないわね。連携を取れば消費も抑えられるかもしれないわ」
「それはあるかもしれないな。お互いの急旋回に対応できるギリギリの距離で移動した方が良いだろう」
「私の火炎龍はかなり牽制になっていたと思います!」
「ならば、命子君にも頼ることになるだろう。しかし、よほどのチャンスでない限り、実際に放つ必要はない。あくまで牽制だ」
「でも、命子ちゃんも適度に休憩を入れるわよ。交代要員もギラギラして待ってるんだからね。席を譲ってあげなさい」
「はい!」
教授の意見を採用し、ウラノスと雷神は19島目へ急いだ。
今までは1kmや500mほど距離を離して航行していたウラノスと雷神だが、作戦を変えてすぐにお互いをカバーリングできる距離で航行した。
ウラノスと雷神は細かく位置取りを変えて、巨大鳥を牽制する。
片方が襲われたのなら、もう片方がその隙をついて反撃を狙う。
その連携に巨大鳥は攻めあぐねている気配があるものの、それと同時に戦い方を考えているようにも見える不気味さがあった。
19個目の浮遊島を越え、命子たちは船内に引っ込んで休憩に入っていた。
いつでも援護に出られるように、出入り口付近にあるベンチでの休憩だ。周りには交代要員の自衛官もおり、強者密度がむんむんした空間だ。
19島目は休憩エリアではなく、19島目と20島目の間の空域も敵が出るエリアだった。
こうなると、教授の推測が正しければ20島目が休憩エリアになるはずだが、それも確実ではないので交代の待機組もピリピリした緊張した空気が漂っていた。
しかし、命子は優雅にミルクティをゴキュゴキュして、どっしり構える。
「ふぁっ!?」
船が激しく揺れ、命子はびっくりした。どっしりは中断だ。
「こえー。戦ってた方がマシだな」
「は、はい。ちょっとびっくりしますわね」
外にいたほうが状況が分かりやすくて精神的に安心できた。一方で、船内はいきなり揺れがくるのでハラハラしやすい。
命子はこの場にいる小隊長にチラリと視線を向けて、外にいた方が安心できると目でアピールするが、小隊長はサッと視線を外した。そういうのは指揮官の馬場に言ってほしい。
そうやって待機していると、船室に行っていた紫蓮と紫蓮パパが帰ってきた。
「2本だけ作れた。これ以上は魔力が足りなくなるから無理かも」
「おーっ。紫蓮殿ありがとうなのじゃ!」
有鴨父娘が作ってきたのは、2本の魔黒石の矢。
「見せて見せて! むむむっ、なんか木の部分が強くなってる! この白いのなに?」
1本貸してもらった命子は、すぐに今までとは違うことに気づいた。
「俺が説明しよう!」
「父はステイ。我が説明する」
グイグイくる紫蓮パパをステイさせて、紫蓮が説明した。
「木の部分は矢柄という。矢柄には螺旋状に薄く溝を刻んで、そこに『羽根蛇の牙』の粉末を埋め込んでみた」
羽根蛇の粉末は矢の重心が均一になるように埋め込まれている様子。【龍眼】で見れば、その粉末に沿って強い魔力回路が形成されている。
「はえー。そういうのってレシピとかあるの?」
「木材系の武器でよく使われる技法。矢だから螺旋状にしてみたけど、【合成強化】の限界値を見た感じだと作成は成功しているはず」
「ふむふむ。じゃあ【合成強化】をかけておこう」
「魔力は大丈夫?」
「うん。相性的に『羽根蛇の羽根』が良いかな?」
「羊谷さん。ここにあるのを自由に使ってください」
「あっ、ありがとうございます」
話を聞いていた自衛官が、端っこに置いてあるドロップ入れのコンテナを指さして言ってくれた。
命子が【合成強化】を数回かける。
高ランクの素材と相性の良さから、魔黒石の矢は合成強化度がマックスまで上がる。
「ふぉおおお、これは凄い力があるのじゃ!」
矢を掲げてイヨが目を輝かせる。
「これにさらに雷属性が宿るのか。主力の一撃になるかもしれないね」
「うむ。このダンジョンで我が作れる集大成になった」
「親子の共同制作だな!」
有鴨父娘が満足そうに頷く。
「でも2本しかない。今まで通りに通常の魔黒石の矢を使ってもらいつつ、ここぞというタイミングで使ってほしい」
「うむ、決して外さないのじゃ!」
イヨが力強く宣言する。
『キェエエエエエエエエエエエ!』
その時、ふいに船外で謎の咆哮が轟いた。
初めて聞いた声だったが、それは間違いなく巨大鳥のものだろう。
命子たちはハッとして出入り口の方を見ると、ドア型に切り取られた風景の中に巨大鳥の姿が見えた。
「なんだろう!?」
命子は数段の階段を駆け上がり、出入り口から外を覗く。
命子が見たのは、雲の中に消えていく巨大鳥の姿と、湖だけが存在する浮遊島の姿だった。
ウラノスと雷神は長い空の旅の果てに、ついに20島目へと辿りついたのであった。
読んでくださりありがとうございます。
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