12-29 風雲急を告げる
本日もよろしくお願いします。
翌日からは予定通りにウラノスの旅が再開された。
命子たちは定位置である船内への出入り口付近を持ち場にして、戦闘をしたり雑談をしたり。
「ミツメ殿と戦った自衛隊の人の動きがキレキレデスね」
「全力で戦っても歯が立たない相手ってそうそう出会わないからね」
模擬戦なので死闘とは言えなかっただろうけど、飛んでくる殺気は本物だったし、気を抜いて攻撃が当たればかなり痛い目にあったはずだ。そんな濃厚な戦闘をしたことで、自衛官たちの能力を一段階上げていた。
「いいなぁ。俺も戦ってみたかったなー」
そう羨ましがるのは紫蓮パパだ。
紫蓮パパは、ミツメとの戦闘の動画を見た昨晩からそればっかりだった。
「父は真の強者との戦いを甘くみている」
「なにをっ。娘よ、俺クラスになると中学に上がる頃には、傷だらけになりながら世界を救う覚悟はできていた」
「そんなのは全国の中学生男子の大半ができている」
「娘よ、そんな紛い物と一緒にするな。絶対に俺のほうが準備できてたし」
果てしなく不毛な会話を繰り広げる有鴨父娘の姿に、そっくりだな、と周りの人は思った。
「むむっ、魔物みたいでゴザルよ」
「こいつはまた団体さんだね」
メリスの注意喚起に、一行はまったりモードから戦闘モードに一瞬で切り替わる。戦闘の時間だ。
空の旅と島探索を交互に繰り返しながら、1つ、2つと浮遊島を越えていく。
「順調ね」
風に髪をたなびかせて馬場が言う。
ひとつ浮遊島を越えるたびに戦闘難易度は高くなっていくが、それでも馬場が言うように大きな問題もなく進んでいく。
「こいつぁ嵐の前の静けさですね!」
馬場の隣に立って一緒に風で髪をサラサラさせながら、命子が深刻そうじゃない声で言う。
「純粋に私たちが強くなっているって考えなさいよ」
「でも、油断は禁物ですよ。ここは空飛びクジラが浮上させたダンジョンですから、きっとギリギリを攻めてきます」
「ふぅー……それはそうなのよね。まあ嬉しそうに言うことじゃないけど」
馬場は、ワクワク顔で腕組みをし、空の彼方を見つめる命子に半眼を向けた。
そして、命子の予言は翌日に現実のものとなった。
その日は15島目からの出発となった。
毎朝行なわれていることだが、本日も食堂に集まった命子たちに、馬場と教授から説明がされた。
「本日はこのルートを通り、19島目まで駒を進めます」
ホワイトボードに描かれた簡略図を交えて、馬場が言う。
ダンジョンはいよいよ終盤を迎え、地図上で余す浮遊島は残り15個。もちろんその全てを巡るわけではなく、15個の中から4つだけ選んで進むことになる。
「本日は16、17、18、19と4つ進み、19島目で魔力を完全回復し、翌日に20島目を攻略します」
このダンジョンの浮遊島の並びは菱形をしている。最初に1つ、最後に1つ。ならば最後の1つにボスがいると怪しむのは当然だ。だから、19島目で一夜を過ごし、万全の態勢で挑むというのが自衛隊の考えだった。
命子たちも親もこの予定に異論はなく、朝のミーティングは終了した。
「しゅっぱーつ!」
船縁に手を置いて、命子は元気いっぱいに出発を宣言する。
命子は水しぶきを上げて飛空艇が飛び立つ瞬間が好きだった。朝の出発ならワクワクも加味されて、アニメのオープニングにでも出てきそうな爽やかな笑顔になる。
飛び立ったウラノスと雷神は浮遊島の空域から離れ、雲海へと飛び立つ。
「むむっ、さっそくお出ましだ!」
するとすぐに雲の中から羽根の生えたヘビが大量に飛んできた。
これは昨日のうちに新しく加わった魔物で、『羽根蛇』と名付けられた。
「本日は晴れ時々ヘビですわね」
「いいね、ささら、それ!」
体長2m半ほどもある大きな蛇が槍のように降ってくる。
飛行能力はあまり高くないようで、船に乗っかったらラッキーと言うような滑空だ。多くの羽根蛇はウラノスに着陸できずに下の雲海へと消えていくが、数が多いため手を打たなければ必ず何十匹も甲板に落ちてくることになる。
命子は自分たちの守備範囲に降ってきそうな羽根蛇に魔法を放って数を減らし、魔法を抜けてきた相手に向かってサーベルを抜く。
今の命子たちが相手をするような獣系の魔物は、回避するタイミングが重要だ。恐怖に負けて早くに回避をすれば、高い動体視力と柔軟性で動きに合わせて攻撃の軌道を変えてくる。この羽根蛇もしかり。
半身で構えた命子は【龍眼】を光らせ、ジッと我慢する。
目と鼻の先にまで接近した瞬間、羽根蛇がグワッと大口を開ける。
いま!
命子のサーベルが羽根蛇の喉を貫く。
羽根蛇のスピードと体重によりサーベルがグンッと重くなるが、命子はサーベルの背に左手を添えて耐える。サーベルは刃を立てて添えるだけ。無理に斬り払う必要はない。
羽根蛇は自分のスピードと重さによって、不格好な形で2枚に下ろされた。
命子はその成果を誇示することもなく、自分の背後に魔導書アタックを放った。手ごたえを感じながらギュルンと回転し、サーベルを振るう。
魔導書で頭を打ち付けられた別の羽根蛇の頭と胴体が、2つに分かれる。
回転した瞬間に戦況を確認していた命子は、また上空を見上げて構える。
まだ少し降ってくる羽根蛇に2匹同時に矢が刺さった。イヨの矢だ。
「ふひゅー、やるね」
命子はド下手な口笛を吹きながら、消化試合を始めた。
「今回は他の魔物が出てこなくて楽だったのじゃ」
戦闘が終わり、ドロップ品の『羽根蛇の皮』や『羽根蛇の牙』を集めながらイヨが言う。
「おっ、イヨちゃんも魔物のことがわかってきたね」
「これだけ戦えばさすがにの」
「まあそうだね。それにしても、頭上と足元の両極端だから羽根蛇は戦うのがなかなか難しいね」
パワー系のマンティコアやナイト、遠隔魔法のペガサス、集団突撃や連射魔法の軍隊ガラス。ここに羽根蛇が加わることでダンジョンの難易度が一段と上がったように思えた。
ちなみに、浮遊島にも別の魔物がいるが、そちらは地上ということもあってそこまで苦労はしない。
「空からの魔物は妾とイザナミがいっぱい撃ち落とすのじゃ!」
『なんなん!』
「うん、頼りにしてるよ」
イヨがニコパとして言うので、命子も負けじとニコパで返した。
16島目を過ぎ、一行は17島目へと向かう。
命子たちは休憩時間になったので、船室でつい先ほど探索した16島目の戦利品を愛でていた。
「これがあれば風見女学園に飛空艇団ができるでゴザルね」
16島目で手に入ったのは、念願の浮遊石だった。それも8つも。
売れば大金が手に入るが、お金は他にも稼ぐ手段があるため、これは自分たちで楽しむために使うつもりだった。
「でも、風見女学園だと周りに海がないから飛べないデス。シャーラ、どうするデス?」
「え、わたくしに言われても困りますが……。私立の学校だと、離れた場所に施設を作るなどしますし、本当に飛空艇部を作るならそういうふうにするか、飛空艇を飛行可能エリアまで毎回運ぶしかないと思いますわ」
「じゃあ理事長にプライベートビーチを買ってもらおうぜ!」
「「おーっ!」」
アニメの見過ぎで理事長のパワーを見誤る命子の発言に、ルルとメリスが目を輝かせる。そんな3人を紫蓮がクールにぶった切った。
「いま世界中の海岸沿いの土地が高騰してる。特に東海道の海のあたりはエグイ。だから無理かも」
「にゃんでさ!」
「風見町と龍宮が近いし、初めて空飛びクジラが観測された場所だから。あと次元龍のせいでとにかく日本の土地をキープしておきたいっていう外国人も多い」
「ぬぅ。風が吹けば桶屋が儲かる原理……っ! ままならぬものよ」
「いや、この件は風が吹いたから服屋が儲かったようなものだが」
そんな話をしながら、浮遊石をダンボール箱にいれていく。
ウラノスがダンジョンに入ったのはイレギュラーだったため、戦利品を入れておく箱が全く足りず、捨てるはずだったダンボールを再利用しているのだ。ここまでの探索で、命子たちの部屋はそんなダンボールが結構な量あった。
「風見龍神キャベツ!」
命子がダンボールの側面をペシッと叩いて、ルルたちを爆笑させた。ダンボールにそう書かれているのだ。特に面白くもないが、命子たちは箸が転んでもおかしい年頃。
ダンボールには一つ一つに目印が書かれており、今回はルルが猫の絵を描いた。さらに、精霊の光子がペンギンさんスタンプを捺しまくり、男性自衛官の戦利品入れとは主張できないクオリティに仕上がる。
そうやって女子高生らしい休憩時間を過ごしている時だった。
もう何度も聞いた船内連絡が流れた。
『左舷方向に新しい浮遊島を発見しました。乗員乗客は戦闘に備えてください』
「新しい島だ!」
命子たちは、わーいと船室の窓にへばりついた。
新しい浮遊島からはさっそく魔物たちが飛び立って雷神とウラノスに襲い掛かってきているが、それはいつものことである。当番の自衛官やパパ勢に任せて、休憩する人はどっしりと構えていればいい。
それよりも新しい島である。
「なんかおっきな石があるでゴザルね」
今回の浮遊島も湖と森部分があるオーソドックスなものだったが、一点だけ他とは違って、とても目立つ細長い巨石があった。
「ねえねえ、お姉ちゃん。もしかしてあれって全部浮遊石じゃない?」
萌々子が無邪気に問う。
他の島には小山や廃城があったので、そこまで気にしていないようだ。
しかし、命子はその岩が妙に気になっていた。他にささらとルルもそわそわした様子だ。
「うーん、どうだろう……」
「メーコお姉様どうしたのれす? いつもならちょっとした泉があるだけで大騒ぎするのに、熱でもあるのれすか?」
「えぇ?」
命子はアリアからの自分の評価にビビりつつも、巨石を見つめる。
「なんだろう。ちょっとなんか……なんだろう?」
自分でもよくわからないが、命子はなんだかあの巨石を見るとドキドキするのだ。
すると、イヨが命子の袖をクイクイと引っ張った。
「あの岩からとてつもない気配がするのじゃ」
「マジで?」
「うむ。このダンジョンに入る時に会ったクジラ様に似た気配なのじゃ」
それは龍の巫女であるイヨだから感じたことかもしれない。それを聞いた命子とささらとルルはハッとした。
「無限鳥居のボスエリアの大岩ですわ!」
「それだ! なんか既視感があったんだよね」
「じゃあここがボスエリアってことデス?」
命子たちは無限鳥居のボスエリアで、8つの大岩を見た。だからか、見た目は全然違う岩なのに妙な既視感を覚えていたのだ。
「間違えて島を飛ばしてなければ17島目のはずだし、たしかに中途半端だね」
「裏ボスってことでゴザルかね?」
「ふむ。簡単なほうのルートにだって弱めの裏ボスがいても不思議じゃないか」
「とにかく馬場さんに言った方が良いと思う」
紫蓮の提案で、命子たちは慌てて操舵室へと向かった。
「失礼します!」
操舵室に入ると、すでにウラノスの船体が島の上にあるのが大窓から見えた。まだ敵と戦っているが、湖に着水してしまったほうが戦いやすいので、どんどん高度が下がっている。
「教授!」
「おや、みんなでどうしたんだい?」
「あの大岩——」
わたわたしながら命子が口を開くが、ウラノスは湖に着水してしまった。
命子の表情から何か気になることがあるのだと読み取った教授は、真剣な顔をした。
「何かあるのかい?」
「えっとですね、あの大岩はたぶんボスに関わるものだと思うんです」
「それはどういう……あっ、無限鳥居の大岩か!」
「はい、そうです」
『文殊姫』という種族にマナ進化した教授は、一瞬にして命子たちが持ってきた情報を推理した。
「雷神に伝達! こちらの指示があるまで偵察用の小型飛空艇は出さないように! また上陸もせずに、警戒態勢を強めてください!」
「了解!」
教授の指示を受けて、オペレーターが雷神へ伝達する。
それが終わると、教授は改めて命子に問うた。
「それで、どうしてそう思ったんだい?」
「私とささらとルルは既視感を覚えた程度だったんですが、イヨちゃんがあの岩は空飛びクジラに似た強い力を感じるって言ったんです。だから、無限鳥居の大岩を思い出しました」
「そういうことか。まだ17島目のはずだが……裏ボスか……それとも……」
教授が地図を見て、ぶつぶつ言い始めた。
「裏ボス以外の可能性なんてあるんですか? あー、普通に採取ポイントかもしれませんね」
「いや、採集ポイントの可能性は十分にあるが、それは危険なので除外だ。そうではなく、このダンジョンはルート選択式という点が引っかかる」
教授はそう言いながら、地図上の17個目の島を順番に指さした。17個目に該当する島は4つ。
「一つの可能性として、このダンジョンは、この4つの島のどれを選んだかによって、ボスが変わるのではないかと思ったんだ」
「はっ、そう言われるとそれっぽく思えてきた!」
「まあ証明するには別の島の様子を見なければならないから推測の域を出ないが」
「偵察はどうします?」
「裏ボスの可能性があるからできないよ。この島は一切探索せず休憩だけにしよう。まあこの辺りは翔子が決めることだが、あいつは慎重派だからそうなるだろうね」
教授の予想通り、その後に外から戻ってきた馬場は『休憩だけ』という提案を採用した。
それから1時間の休憩を挟んだが、特に巨石からボスが出てくることもなく静かなものだ。
出発することになり、休憩を終えた命子たちは甲板に出て巨石を眺める。
「もしかして、ただの採集ポイントだったのかな?」
「でも、刺激を与えるわけにもいかないですし、正しい選択だと思いますわ」
「まあそうだね」
雷神とウラノスが順番に浮上し、高度を上げていく。
いつものように雷神が先行してそのあとをウラノスが追い始めるのだが、すぐに命子たちは異変に気付いた。
背後で離れていく浮遊島の巨石に青い光が宿ったのだ。
「凄い力を感じるのじゃ!」
「マジでボスだった!」
「どうなるでゴザルか!?」
「無限鳥居だとパーンって割れてドーンって現れましたわ!」
「ウラノスにドーンってきたらぶっ壊れるでゴザルよ!」
わたわたする命子たちの耳に、船内放送が届いた。
『緊急連絡。直ちにこの空域から離脱します。戦闘以外の不要な魔力活動は極力行なわないでください』
自衛隊の判断は早く、ウラノスが加速し始める。
ウラノスの本気の速度を体感するよりも、命子たちは離れていく浮遊島に意識を集中していた。
青い光が宿った巨石に光の球体が生じた。
それは徐々に形を変えて、1体の魔物を生み出す。
「あれは……鳥!?」
「超おっきいデスよ!?」
「ガルーダ……」
それは極彩色の羽根を持つ怪鳥だった。
紫蓮はその姿を見て、ガルーダと呟く。
「「「っ!」」」
もはや目の大きさなんてわからないほど遠く離れていたが、命子たちはたしかに『見られた』と感じた。
体を隠すように閉じられていた翼が開くが、その巨体が飛び立つ瞬間に、流れてきた雲によってその姿が見えなくなる。
命子の脳裏に、教授が言っていた予想がフラッシュバックする。
『選択したルートによってボスが変わる』という推測は当たったように思える。
じゃあ、すでにやる気満々に見えたあの姿は?
これから18、19、20と島を巡るわけだが——
「命子さん、まさかこのダンジョンのボス戦って……」
ささらの言葉に、命子は頷いた。
「たぶん、もう始まってる。このダンジョンのボス戦はカーチェイスなんだ」
飛空艇だが。
そうツッコンでくれる人は誰もいない。
謎の怪鳥の出現で、命子たちの空の冒険はいよいよ佳境を迎えようとしていた。
すっかり忘れていましたが、連載開始から4年が経ちました。
長らく応援してくださり、ありがとうございます。
これからも精進しますので、楽しんでいただければ幸いです。




