12-28 練習方法の検証
本日もよろしくお願いします。
ミツメと別れた命子たちはウラノスに帰還する。
特に問題も起こらずにウラノスにたどり着き、帰りを待っていた多くの人に迎えられた。
自衛隊の態度は、いつもなら「おっ、帰ってきた」程度なのだが、今日は違った。「お前ら早く話を聞かせろよ」みたいなギラギラした視線を探索帰りの自衛官たちへ向けている。
一方、命子たちの家族は子供たちの無事の姿を見て、ホッとしていた。
「お姉ちゃーん!」
『やーっ!』
「お姉さまー!」
『にゃー!』
そんな中、萌々子とアリアが、精霊の光子とアリスを連れて駆けてくる。
近くまで来ると、萌々子は姉たちが肩に担ぐ物を見て、ほえっとした。
「え、その絨毯どうしたの?」
戦利品を自衛隊に持たせるのは申し訳ないので、命子たちは絨毯やレンガなどを自分たちで持ち帰ったのだ。
「わかったのれす! お話できる魔物さんにもらった魔法の絨毯なのれすね?」
「ううん、廃城から貰ってきた普通の絨毯だよ」
「随分綺麗な絨毯があったんだね。全然想像がつかないや」
「お話聞きたいのれす!」
2人は廃城がどんな場所だったのかわからないので、命子たちの勇者プレイについては特に何も言わなかった。
廃城探索の様子は撮影もされていたので、食堂のディスプレイを使ってさっそく上映会を行なうことに。廃城の探索自体は2時間もしていないので、丁度いい尺だ。
上映会が始まると、萌々子とアリアに向けて命子の解説が始まった。
命子は世話焼きなので、地球さんTVや動画を撮ってくると、視聴する萌々子にちょいちょい解説をしてくるのだ。これがなんと、上手くない。
「ここはサーベル老師がねぇ、おっと!」
さらにネタバレはダメとばかりに口を塞ぐが、もうその態度がネタバレである。
迫力があるシーンも、「ここはすげぇんだ!」みたいな顔でチラチラと反応を見てくるので、非常にうるさい。
しかも、これと同じ属性をイヨも持っていた。
イヨは動画という文明の利器に出会い、みんなの反応が気になっちゃうタイプになりつつあった。物語の視聴者との距離感に慣れていないのだ。
「お姉ちゃん、ちょっとうるさい」
萌々子がきっぱり言う。いつものことである。
これには一緒に視聴するアリアや大人たちもホッとした。
「ほら、お姉ちゃん。みんなと遊んできな」
黙らせても視線がうるさいので、命子は妹に食堂から追い出された。
仲間たちはとばっちりである。
「モモちゃんはツンデレなんだよなぁ」
廊下に出ると、命子はやれやれとして言う。
「メーコ、あれはウザいデス」
「なんですと!?」
「なのじゃ!?」
ルルに言われて、命子はバッと中腰になって構えた。心当たりがあるイヨもビックリしてぴょんと跳ねる。2人の謎のスピード感にささらはくすくすと笑う。
しかし、今回の命子は笑いを取りに来たわけではない。真剣である。
「例えばデス。メーコが映画を見ている時、メーコパパから反応をチラチラ見られたらどうデス? イヨもそうデス。初めてのアニメを見ている時に、チラチラと誰かに見られたらどうデス?」
ぽわぽわーんとその光景を想像した命子は、ハッとした。凄くウザい!
「わ、私はお父さんと同じことをしていたのか……」
「メーコパパは喩えデス」
ガクリとしながら言う命子。酷い風評被害である。
「ぬぅ、妾はあまりピンとこんのじゃが、ダメなことなのじゃな?」
一方のイヨはあまりピンときていない様子。
それに紫蓮が答えた。
「うむ。その物語の内容をすでに知っている人は、まだ知らない人に配慮してあげないとダメ。最高の物語は、最高の環境で見てこそ思い出に深く残る。気が散る要素は少なければ少ないほどいい」
「はー、なるほどのう。イザナミ、お主もわかったかの?」
『なん!』
これからはもうちょっとソフトに解説しようと心に決め、命子は甲板に出た。
暇になったので、これからミツメから教わった魔法の修行を試してみるのだ。
女子6人で輪になって甲板に座りこむ。
「さすがに魔法の投げっこまではやらなかったからなぁ」
「まだ頭のネジが飛びきってなかった」
命子たちは魔法から攻撃力を抜く方法を編み出していたが、友達にぶつけてみるということはしなかった。ちょっと待機中の魔法に触るくらいだ。紫蓮の言うように、案外、命子たちの頭のネジは締まっているのである。
「私が見た感じ、私、紫蓮ちゃん、ささらとイヨちゃん、メリス、ルルって順番で扱いが上手かったように思えたね。あと魔法をあまり使わない人は苦手な傾向にあったと思う」
「ワタシはなんでミツメ殿が火属性だけを使っていたのか気になったデス」
「ニャウ。氷属性だったら拙者たちのドクダンジョーだったでゴザルな。惜しいことをしたでゴザル」
「わたくしはそんなに上手にできていたんですの? 夢中で気づかなかったですわ」
「妾もイザナミにペシペシ叩かれて、他を見てなかったのじゃ」
『なんなん!』
あれこれと意見を出し合って、命子はそれらを冒険手帳に書き込んだ。
「ルルの着眼点は重要だと思う。なんで火魔法だったんだろう」
「たぶん、はっきり可視化されて魔法が終われば後に残らないからだと思う。水や土はダメージがなくとも汚れるし、風は見えにくい」
「なるほど、それっぽい」
「まあ、違うかもしれないから、一応頭に入れておいた方が良い」
さっそく話が広がっていく。
「問題はどうやって練習をするかだね。魔法から攻撃性能を抜くのは私と紫蓮ちゃんしかできないし、攻撃性能を抜いてもこの場で火弾をぶっ放したら迷惑になると思う」
「シレンに炎を纏ってもらうデス。それでみんなでわちゃわちゃするデス」
「ぴゃわっ!?」
ルルの提案に紫蓮がビクンとお尻を浮かせる。
わちゃわちゃとはいったい何なのか。
しかし、命子がその意見に待ったをかけた。
「それだと私たちが紫蓮ちゃんから魔法の制御を奪った瞬間、事故が起こるかもしれないよ。私たちは未熟だし、まだ止めたほうがいいと思う」
「たしかにその通りデス!」
命子の反論に、ルルはあぶねぇといった表情で納得した。
メリスが代替案を出した。
「じゃあ普通に『火種』の魔法でやるといいと思うでゴザル」
火属性の最下級魔法は、小さな火を作る魔法である。
最下級にもかかわらず、日本人が決めたカッコいい技ランキングで41位に入る人気の魔法だ。
使い方は簡単。指先に火を灯してフッと息を吹きかけて消すだけだ。それ以外にも派生技はたくさんあり、多くの有名人の決めポーズに採用されている俗物御用達の魔法であった。
なお、キャンプに使っても便利である。
「わたくしならダメージを負わないので、まずはわたくしからでどうでしょうか」
「わかった」
魂の絆で結ばれた者同士は同士討ちのダメージを軽減するが、ささらは『御伽姫』の種族スキルによりこのダメージをさらに軽減できるのだ。
紫蓮は指先に火を灯す。
集中する紫蓮の右目が赤く光り、黒髪の先端から赤い光の粒子があふれ出した。その姿はとても神秘的だが、本性を知る命子の目には中二病キャラにしか見えなかった。
なにやら命子たちがやっているので、数人の自衛官が背後に立って、見学していいか視線で問うた。その対応をしたルルは、にゃんのポーズをした。どっちだ。
紫蓮は火をささらに差し出した。
紫蓮の指先に灯り続ける火に手を添えたささらの髪もキラキラと輝きだす。
【龍眼】でその現象を見つめていた命子はすぐに気づいた。
「もう魔法の制御がささらに移ってるね」
「にゃんと。シャーラが魔法の達人みたいになっちゃったでゴザル」
「ささら、私にその火をくれる?」
「わ、わかりましたわ」
ささらは額に汗をかきながら、命子に火を近づけた。
命子は【龍眼】でこの火に攻撃性能が再び宿っていることを見抜いており、慎重に取り扱った。
手のひらに熱を感じるが我慢できないほどではない。
命子が少し弄ってみると、ささらから伸びた魔力パスが自分の指に引っかかる。
「むむむっ、魔力パスに干渉できるな」
「メーコとシャーラの魂が繋がっているからデスかね?」
ルルがそう言うと、ささらは嬉しくて唇をむにむにした。
ささらは紫蓮から受け取る際に、魔力パスに触れた瞬間に魔法の制御を獲得していた。しかし、命子が受け取った場合はそれができずに、ささらの魔力パスに触れることができた。
指をあてると魔力パスが糸のようにたわむ。触れた指にじわりと魔力パスが浸透していき、完全に浸透すると火は命子の制御下に置かれた。
「ふむふむ」
それから命子を起点にして、イヨ、イザナミ、ルル、メリスに火を渡していく。いちいち命子に返すのは、命子が火から攻撃性能を抜けるからである。全員が、そこまで苦労せずに命子から火の制御を取得することができた。
「簡単でゴザルね」
「命子さんと紫蓮さんの魔法操作が上手なんですわ」
「絆パワーデス!」
そんなことを言う3人を見て、イヨはニコニコした。自分も仲間になれた気がしたのだ。
それから全員で火の渡し合いをしてみると、ちゃんと受け渡しはできるものの、ルルから火を貰う時だけは時間がかかることが判明した。
「き、絆パワーはどうしたデス!?」
「だ、大丈夫ですわ! きっと火魔法だから相性が悪かったんですわ!」
「でもメリスは上手デスよ!?」
「そ、それはぁー……それっ! それはそれですわ!」
ささらは雑に慰めた。
一方、命子はこの成績を冒険手帳に表にした。
その表を見て、命子と紫蓮は一緒に難しい顔をする。
「うーん、もしかしたらだけど、これは相手から魔法の制御を奪うのとは違う技法なんじゃないかな?」
「我もそう思う」
そう言う2人に、ささらたちやギャラリーが注目した。
「みんな、魔法を渡す時に『制御を渡す』って考えなかった?」
命子が問うと、全員が頷いた。
そこまで聞いて、メリスが言う。
「拙者たちがやったのは、魔法をプレゼントする技法ってことでゴザルか?」
「うん、たぶんそうだと思う。ちょっとすみませんが、橋田さんと中本さん、手伝ってもらえますか」
「「喜んで!」」
命子はギャラリーの自衛官に検証に付き合ってもらった。橋田さんは魔法使い系の自衛官で、中本さんは近接系の自衛官。2人ともマナ進化は済んでいる。なお、2人とも探索隊には入っておらず、ミツメとも会っていない。
2人は、女子高生や古代巫女の6人と火を交換しあった。その体験はプライスレス。
結果、2人ともルルからだけは火を受け取ることができなかった。
「違うデスよ。ハシダ殿とナカモト殿が嫌いなわけじゃないデスよ? 火属性が全部悪いデス。そうだ、氷食べるデスか?」
気まずさを覚えたルルが、2人に弁明した。
ルルは2人に氷の欠片をプレゼント。金髪碧眼スレンダーネコミミ系くのいち女子高生に構われて、むしろ収支はプラスである。
そんな騒ぎの中、命子が自分の考察を述べた。
「こう言うと失礼ですが、私たちとお二人はそこまで深い仲ではありません」
上げてから落とすプレイ。やはり収支はプラスである。
「ま、まあ、はい。そうですね」
命子たちは基本的にお客様なわけで、このわずかな期間で深い仲になったら逆に問題だが、女子高生にはっきり言われて軽く傷つく橋田さん。
しかし、そう言った命子だが、龍宮で一緒に冒険した南条さんがそうであるように、この冒険に関わった人を忘れないだろう。橋田さんと中本さんの名前をしっかりと覚えているのがその証拠だ。
「そんな条件でも私たち5人からは譲渡が成立したのは、この5人が魔力を何かに与えるスキルを持っているからと、橋田さんたちの『仲間』という属性が関係しているからだと思います」
命子の考察を聞いて、ささらが言う。
「わたくしは【ガードフォース】で、命子さんは【合成強化】、紫蓮さんは【付与術】や【生産魔法】、メリスさんは『見習いテイマー』、イヨさんは【精霊魔法】や巫女のお仕事ということですわね?」
「にゃっ! ワタシ、そういうの持ってないデス!」
ルルはシュバッと橋田さんたちを見て、なっ、といった顔をした。
「一応、『修行者』の【覚醒イメトレ】で他の人と視界がリンクさせられるけど、そこまで影響力はないのかもね」
命子はパラパラと冒険手帳をめくって、ルルの習得スキル一覧を確認した。命子の冒険手帳はそんな個人情報も書かれている秘密ノートなのである。
「要するに、魔力を人や物に与えた経験が多い人ほど、この技術は簡単に習得できるんじゃないかな?」
命子は脳内ハムスターをフル回転させて、考察をまとめた。命子は魔法のことになるとやればできる子なのである。
命子たちからお礼を言われて、2人は御役御免。
軽く心にダメージを受けつつも、非常に興味深い検証なので2人は熱心に続きを見学した。そんな2人の手は、ルルから貰った氷が溶けだしてびっしょびしょである。
「ぴゃっ、そうか。これは『魔法団』系のジョブがやっている技法なのかも」
「紫蓮ちゃん、それ、私が思いついたことにしようぜ」
「強欲」
絆が深い者が集団戦を行なうと、合体魔法が使える『魔法団』というジョブが手に入る。みんなが1人に魔法を集め、強力な魔法を使うことができるのだ。
その特徴と結びつけて、紫蓮はそんな考察をした。
「じゃあこの練習方法を風見女学園に持って帰れば、みんなもっと強くなるかもしれませんわね!」
ささらが嬉しそうに言う。
いったいどこまで強くするつもりなのか。
「じゃあ、羊谷命子。我、制御を渡さないつもりでやるから、奪ってみて」
「よしきた」
となれば、次の検証はこれである。
制御を渡さない紫蓮と、制御を奪おうとする命子の綱引きだ。これこそがミツメがやっていたことだろうと考えて。
火に触れて、命子はむむっと思う。
「ちょっとだけ熱い。たぶん、制御を奪わせない意思が攻撃性能になっているんだと思う」
「むむっ、そうなるとちょっと難しいんだが」
「まあ、同士討ち軽減の法則が働いているから、我慢できないほどじゃないよ。このままやろう」
しばらく続けるが、紫蓮から魔法の制御を奪うことはできなかった。
この結果を受けて、命子たちはまた考察会を開く。
「奪わせない意思が混じると抵抗が半端ないね。それにこれは絆がない人だと普通にダメージを受けるんじゃないかと思う」
「ボッチに厳しい」
しかし、ボッチにだって特有のマナ進化はいくらでもあるのだろう。そのボッチが虚勢や諦念もなく、本当に孤独を望んでいるかは重要となりそうだが。
「制御を奪う技法のほうには、魔力を与えるスキルはあまり関係なさそうだね」
「決めつけるのは軽率。でも、一旦別の視点で考えたほうがいいかも」
命子は、冒険手帳に課題を書いて、丸で囲った。
「皆さんは凄いですね。完全に研究者だ」
ある程度の結論が出たと見てとったのか、橋田さんが感心したように言う。
褒められた命子は照れ隠しに紫蓮のわき腹に刺突を入れ、キャッキャした。
「私たちはミツメさんから教わった練習方法をみんなに教えてあげたいんで、危険がないか検証してるだけですよ。スキルの研究は楽しいですしね」
別に命子たちは第一発見者になりたいわけではない。
……いやまあ、命子は褒められるのが好きなので、第一発見者になれるものならなりたいが、世界には賢い人が大勢いると知っているので、そこまで固執していなかった。
命子たちが今しがた見つけた『魔法の譲渡』と『魔法の制御を奪う際の魔法抵抗』についてだって、すでに発見されている可能性もある。
なにせ、命子たち自身が『魔法から攻撃性能を抜く方法』を公開しているため、世界中のトップクラスの魔法使いたちはこれを体得しているのだ。ならば、この技術を使ってできる実験は誰かしらが行なっていても不思議ではない。
それならそれでいいのだ。
命子たちは新しい練習方法を広め、そこから新しい技術を誰かが発見したら、自分たちもその技術を取り入れる。命子たちが新しい技術を広める理由は、そんなふうに自分も楽しみたいからであった。
ミツメは、天狗に挑もうとするサーベル老師に『多くの技術の情報を集めよ』とアドバイスしたが、命子たちはすでにその輪を作る試みをしていたのである。
「魔法の制御を奪うのも興味があるけど、とりあえず、できるようになった魔法の譲渡を練習してみない?」
「うむ。人の魔法にたくさん触れて勉強していけば、魔法制御を奪うヒントになるかもしれない」
命子たちはそういう方針を立てて、新しい修行を始めるのだった。
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