12-24 ミツメ
本日もよろしくお願いします。
「しゅばっ!」
メリスがシュバッと移動しながら、ドアのラッチを斬る。
素早く動きながら、小太刀の先端でドアのわずかな隙間にあるラッチを正確に斬るその技術力の高さよ。
ストッパーが無くなったドアがゆっくりと開く。
ドアの前には盾を構えた命子パパ。
「っ!」
部屋の中には刺突の構えを取るナイトの姿があり、遮蔽物が無くなると同時に素早く踏み込んできた。
ナイトからの刺突が盾に衝撃を加えた瞬間に、命子パパは盾をクンと操作して威力を受け流した。
一瞬の攻防。
しかし、二合目が息を吐く間もなく始まろうとしている。
ナイトはわずかにバランスを崩しつつも、命子パパが盾を持っていることは百も承知で繰り出した突進技。踏み込んだ足の向きは最初から次の一手を考えてのもので、スムーズに連撃の動作に入った。
命子パパはナイトの動きから次の剣筋を見切り、迎撃するために短槍を握る手に力を入れる。
「にゃふしゅ!」
その瞬間、ナイトの背後でルルママの剣閃が煌めく。
残念ながら1対1での戦いではない。
命子パパは防御の中に『攻撃の意思』というフェイントを織り交ぜて、ルルママから注意を逸らしたのだ。
抜刀サムライであるルルママの一撃はナイトの胴体を両断し、命子パパは突き出した短槍でナイトが握る魔剣の腹を砕いた。
「ヒチュジヤさん、お見事デス!」
「いえ、流さんもさすがです」
ドキドキしながら戦闘を終えた命子パパは、ルルママと勝利を喜ぶ。ドキドキは攻防に対するものであって、浮気心ではない。
そんな親の戦いぶりを見て、命子たちはうむと頷いた。
「ルルママの攻撃に気づいた動きをしたね。対応はできてなかったけど」
「ニャウ。もしかしたら同じ見た目でもレベルか技術力に差があるのかもしれないデスね」
親の戦いだけでなく、相手の分析も怠らない。
ダンジョン活動中の命子たちは修羅系女子高生なので。
こんなふうに順番に戦いながら、命子たちは廃城探索を続けていた。
エントランスホールの調査はすでに終わっており、現在は廊下に並んだ部屋の調査中だ。
人数が多いので、部屋を2つ制圧したらそれらの部屋の調査を開始するといった行程。
班分けは適当だが、採取物の判断をする紫蓮と教授だけは毎回別々の班になった。あと4人いる護衛の自衛官は常にバランスよく動いてくれている。
やはり素人のテンションが上がるような物はなく、紫蓮と教授だけがふむふむとしていた。
「宝箱さんはいねえかぁー」
「妖怪宝箱探しが出たデス!」
ルルにズビシとネタブリされたので、妖怪宝箱探しはガニマタになってピョンピョン跳んだ。ルルは指を差してケタケタ笑った。
そんな2人のそばで大真面目に謎の植物を採取している紫蓮は、実習のグループ分けで、陽キャ揃いの班に真面目な子が混じっちゃったような感じである。
とはいえ、命子とルルだってずっとふざけているわけではない。
命子は地図を描いて役に立っているし、ルルは常にネコミミを動かして警戒をしている。
1時間くらい探索すると、先ほど教授が言っていた目的の区画にたどり着いた。
外から見た感じでは、その辺りに破損が少ない部屋があったので、期待できるかもしれない。
「森山さん。この辺りはドアを破損させずに探索したい。可能ですか?」
教授がサーベル老師に問う。
「問題ないよ。先ほどまでのは嬢ちゃんたちに戦闘における思考力を教えていただけじゃし」
老師はそう言うと、ドアノブを普通にカチャリと回し、そのまま手首と指のスナップを利かせてドア板を弾き、一気に開いた。
ドアを押し開ける時は自分も半歩前に出たり前傾姿勢になったりするものだ。しかし、老師は簡単なテクニックだけでそういった隙を減らし、すでに臨戦態勢を取っていた。
命子たちは老師の一挙手一投足を見て、ふむふむとお勉強。命子たちは女子高生という上品な存在なので、とってもタメになる。はたして今後の人生で屋敷の制圧戦をするかは不明だが。
とまあそんな授業を交えつつ、2つ分の部屋を制圧した。
老師が戦闘をしている際にチラッと部屋を見た命子が、馬場や教授に質問する。
「家具や絨毯があるけど、どこまで持っていっていいものでしょうか。勇者紫蓮ちゃんは放っておくと絨毯とか持ってくタイプです!」
「なんでもアリのゲームならやる。今は『いいのかな』って迷ってる」
「勇者紫蓮ちゃんはまともだったか」
「我いい子だし」
命子たちはダンジョンに落ちている宝箱の所有権が誰にあるのか迷った経験がある。今では妖怪宝箱探しへとその身を堕としてしまったが、それはあくまで宝箱だけだ。
『うち捨てられた』とは言い難い状態の部屋の物品となると、本当に持って帰っていいのかわからないのである。
一方、命子の指摘を受けて、教授はふむと下唇を摩って考えた。普通に持っていこうと考えていた折に命子から出た指摘であり、やっぱり外聞が悪いのかなと思ったのだ。
そんな教授の代わりに、馬場が言う。
「自衛隊は公務員なので倫理的に議論の必要がある行為は許可できません」
「しかし、翔子。それぞれの部屋に敵が配置されている以上は、宝箱と同じ扱いでいいんじゃないか? 布製品ひとつとっても技術の解明に役立つ可能性がある。価値は計り知れないぞ」
「無限鳥居のセーフティゾーンから物を盗る人はいないわ。それは日本人が誇っていい倫理観よ。我々の第一目標はダンジョンからの脱出なのだから、ついでの探索で欲を出す必要はないわ」
「うーむ……まあ遅かれ早かれ持って帰る者が現れるか。しかし、資料の類があれば持ち帰りたい。探索できるようにしているのだから、そのくらいの戦利品はいいだろう?」
「……まあそのくらいはいいでしょう」
地球さんTVのこともあるし、自衛隊は盗賊プレイをしない方針のようだ。
というのも、今回の冒険で発見された物は、日本やキスミアが独占できる可能性は低い。外では国際連合が首を突っ込んでいるはずなので、自衛隊が発見した物は人類の共有財産になるだろう。もちろん主導権は得られるだろうが、独占とはいくまい。
「自衛隊はそういう方針だが、命子君たちはどうするんだい?」
しかし、一般人の命子たちが持って帰った物は扱いが変わる。
良い物を持って帰れば、それだけ金になる。
つまり、命子たちがそこまで利益はいらないと思えば、別に持って帰る必要はなかった。
教授から問われて、命子は仲間と顔を見合わせた。
是非とも手柄が欲しいという顔の子はいない。
みんなと話し合ってから、命子は言う。
「じゃあ私たちも状態が良い部屋から持ち出すのは資料だけにしときます。状態が悪い部屋ならもう捨てちゃってると思って回収します」
「了解。よっぽどレアな物が見つかったら、その時はまた相談しましょう」
そんな取り決めをして、いざ調査開始。
命子とささらは紫蓮の方についた。
埃こそ積もっているが部屋の状態はよく、家具や布製品が腐らずに残っている。
「本当に状態が良さそうですわね」
「生産魔法で作られた物は我らが想定するよりも丈夫なのかも。風雨に晒されなければ、朽ちることなく長期間残るくらいに」
「お掃除すればこのまま住めるかもね」
ダンジョン狂いの命子の発言に、ささらと紫蓮は苦笑いした。
逆に言えばそのくらい綺麗なので、命子は先ほどの質問をしたのだ。
さっそくタンスや机の引き出しを調べる命子や紫蓮。その行動経路はRPGの勇者そのもの。しかし、何も見つからなかった。
一方、RPGをやらないささらの着眼点は違った。
「命子さん、紫蓮さん、見てください!」
2人が振り返ると、そこにはお尻を突き出してベッドの下を覗き込むささらの姿があった。
「あれはエロ本を探すお嬢様の構え」
「ヨガの最新ポーズ」
命子と紫蓮もそんな格好をして、ベッドの下を覗き込んでみた。
するとそこには本らしきものが落ちていた。
「ほ、ホントにあった!」
「はい、本が落ちてますの! きっと詩集ですわ」
「そ、それな! 馬場さんがプイッターでやってるやつ!」
というわけで本を取ることに。
本はベッドと壁の隙間に落ちているので、なんとなくそんな場所にあるバックストーリーも想像ができるというもの。
命子はチンパンジーよりも賢いので、サーベルの鞘を帯から取り外そうとした。そんな命子の行動に気づかず、紫蓮とささらはベッドの片側を持ち上げて少しずらす。
命子は、「ちょっと帯が緩んじゃった」などと取り繕いながら、サーベルの鞘を装着し直した。
ささらは、ずれてできた隙間から手を入れて、本をゲットした。
「読めませんわね」
タイトルを見て、ささらが言う。
「ささらさん、一応、慎重にページをめくった方が良い」
「そうですわね。そーっと」
ささらは表紙をちょっとだけめくって中身を見た。
「やっぱり読めませんわ。お2人はどうです?」
「読めないね」
「我も」
魔眼を光らせる命子と紫蓮に問うが、2人も読むことができなかった。魔力で文字を書くオモイカネ的な技法で書かれているわけではなさそうだ。オモイカネなら魔眼を通せば読めるのだ。
「何が書かれてるんだろう?」
「解読ができたらこのダンジョンに隠された宝物が取れるとか」
「わっ、そうかもしれませんわ!」
「くぅ、超難問系の宝箱さんか!」
紫蓮の推理にささらが感心し、命子は悔しがった。
「まあ、普通に歴史書とか技術書の可能性もあるし、公開しちゃえばいいと思う」
「だな。じゃあ、馬場さんたちに報告し……っ!」
「「「っ!?」」」
そんな会話をしていた命子たちだったが、次の瞬間、一斉にその場から退避して、同じ方向へ構えた。
いま命子たちが見ている先には、さっきまで机と椅子があるだけだった。
それが今では、その椅子に見知らぬ人物が座っているのだ。
その人物は薄青い肌を持ち、白銀色の髪をオールバックにした美人だった。
ゆったりとした若草色の法衣のような服を着ており、体形が隠れているせいで男か女か判然としない。
特徴的なのは、広い額の真ん中に傷のような線があることか。
命子たちはこのダンジョンの先行者である。
それならば、この場にいるのは高確率で地球さんサイドの存在だろう。
それも、今の命子たちがここまで接近されても気づけないほどの強さを持った存在だ。
謎の人物が言う。
「そう警戒しなくて大丈夫ですよ」
そう言われて、命子は素直に警戒を一段階下げた。
天狗のような存在ならば、不意打ちはしないだろうと考えてのことだ。ただ全力で警戒を解くわけにもいかないので、ほどほどに力を抜いた。
外で護衛の自衛官が慌ただしく動く気配があるが、部屋の中には入れないようだった。なんらかの魔法が入り口にかかっているのだろう。
命子は謎の人物に話しかける。
「あなたは誰なんでしょうか?」
「私はクジャム人の幻影。そうですね、ミツメとでも名乗りましょうか」
ミツメと名乗った人物は瞼を閉じ、その代わりに傷だと思った額の線が開き、そこに目が現れた。第三の目である。
「「ふ、ふぉおおお……」」
「ふふふっ、好奇心が強い子たちですね。さすがは始まりの子というべきでしょうか」
「あ、あの、もしかして本を持ち帰るのはダメだったのでしょうか?」
一方でささらは、本を手に入れたタイミングで登場したので、それを不安がった。
しかし、ミツメは首を振った。
「いいえ、お嬢さん。妖精店の物を除いて、このダンジョンで持ち帰ってはならない物はありません。尤も、欲の重さは船を沈ませるのでほどほどが一番でしょうが」
「そうですか……」
ささらはホッとした。
本を発見したのが自分なので、ちょっとビビっていたのだ。
「ではどのような用なのでしょうか?」
「始まりの子を見に来たんですよ」
「私と紫蓮ちゃんを?」
「はい。始まりの子は星がレベルアップした際にしか現れませんから。私のオリジナルが生きた世界では伝説のような存在なのです」
かつて龍宮でオトヒュミアは、『始まりの子は地球さんや神獣の興味を引く』と教えてくれた。それは誇張などではなく、本当に呼び寄せるらしい。
「始まりの子は神獣に注目されるって聞きました。ミツメさんも神獣なんですか?」
もう一段階警戒を解いた命子は、首を傾げた。
「神獣とたくさん出会ったあなたなら違うとわかるでしょう?」
「まあ、はい、わかります。でも、なんか神獣・プチみたいな存在もいるのかなって」
「なるほど。しかし、私は幻影ですね。神獣に幻影はいません。神獣とは星の成長にその身を捧げた高位生命体たちであり、全てがオリジナルです」
「じゃあじゃあ、幻影ってなんなんですか?」
「星は優秀な個体の記憶を残します。その記憶は他の星々にも共有され、時にはその記憶を元にして幻影を作ります。そうして、幻影はマナ進化の見本となったり、教導者となったり、いろいろな役割を担うわけですね」
「ふむふむ。えっとあの、じゃあ人型の幻影は倒しちゃってもいいんですか? 私たちは人を斬るのが精神的にきついんですけど」
「好きにしたらいいかと思います。同族の姿をした魔物を殺めたくないと思う気持ちも戦って研鑽を積むのも、どちらもマナ進化の一つの可能性になるので。ちなみにですが、幻影は倒しても復活しますので戦うのなら遠慮する必要はありません」
「はー、復活するんですか。そっかー」
「はい」
そんな会話をする命子だったが、内心でミツメの目的を測りかねていた。なにせ普通にお話ししているだけなのだから。
「えっと、このまま質問しまくっちゃっていいんですか?」
「はっはっはっ、ダメですね。星がレベルアップした世界において、解けない謎はほぼなくなります。それこそ魂の神秘からブラックホールの中身まで、時間をかければ大体の謎が解けます。謎の探求もまたマナ進化の一つの道です。それなのに、私が情報提供してしまえばマナ進化の可能性を狭めてしまうのですよ」
「紫蓮ちゃん、ブラックホールの中身も解明できるって!」
「ぴゃわー。でも、我、宇宙萌えじゃない」
「あー、そういう感じ?」
「うむ。宇宙は寂しいから怖い」
「海が怖かったり、紫蓮ちゃんってそういうところあるよね」
博識な紫蓮だが、宇宙萌えではなかった模様。
「ミツメさんが言う『時間をかければ』というのは、10年や20年の話ではないと思う」
「それはもちろん。あなた方の代で解ける謎なんて一握りでしょう」
「ぬぅ!」
「羊谷命子、学問なんてそんなもの。ある分野を100年分進めたと言われたら大天才」
そっかぁと納得する命子は切り替えた。
「じゃあ、このあとはどうするんですか? 解散ですか?」
「それもつまらないですね。そうですね……それでは一勝負しますか?」
「ば、バトルですか? でも、お強いんでしょう?」
命子たちはジョカ人、つまり天狗にボッコボコにされた過去がある。
さすがに危険な勝負はできない。
「まあ、私はこのダンジョンの難しいルートにいる存在ですから、あなた方よりかは強いですね。しかし、私から会いに来たのですし手加減はします」
「じゃあ……」と言いつつ、命子は紫蓮とささらを見た。
意外にも2人はふんすとやる気。
今の自分たちがこの手の存在とどこまでやり合えるのか、興味があるのだ。それは命子も同じだった。
「やります!」
だから、命子もふんすとした。
「では、中庭に行きましょう」
命子とささらはコクンと頷き、そんな命子の袖を紫蓮がクイクイとした。
「なに? ふんすってしたばかりなんだけど」
「絨毯持って帰りたい」
「勇者紫蓮、抜け目がない!」
命子たちは出発前に絨毯をコロコロと丸めた。
読んでくださりありがとうございます。
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