12-19裏 蒼穹の風女 後編
本日もよろしくお願いします。
命子たちが行方不明になっても世界は回り続ける。
風見女学園もそれは同じで、鎌倉市に協力をお願いしていた蒼穹1号の試運転の日取りが、丁度そんな事件の最中であった。
その日、鎌倉ダンジョンがある七里ヶ浜近辺には、たくさんのギャラリーが集まっていた。
観光と海遊びに加えて、浜辺型修行場とダンジョンまでできちゃった鎌倉の人気は飛ぶ鳥を落とす勢いで、風見女学園がなにかするとあれば人が集まるのは当然と言えた。
そんな賑やかな会場では、修行部の情報部門がカメラを回し、せっせと働く生産部連合の姿を世界にお届けしたり、本日のイベントの説明をしたりしている。
「——と、このように、風見女学園の工作部で作られた小型飛空艇ラビットフライヤーの試運転が行なわれます。飛行ルートはこの七里ヶ浜から小田原のお幸の浜までのおよそ35kmとなります。また、海上を飛びますので、安全対策として2年生の海崎モコさんのお父様にご協力いただいています」
「こ、こんにちは、モコの父です。いつもモコの応援をありがとうございます。今日はモコが所属する工作部が凄いことをするというので、船を出して協力させていただきます。工作部、がんばれーっ!」
カメラ慣れしていないお父さんがグッと拳を握ってエールを送る。
モコのお父さんは小田原で漁師をやっており、その関係で救助隊のボランティアとして船を出してくれるのだ。ちなみに親御さんではないがほかに3隻が協力してくれている。
また別のところでは『風女ちゃんねる』とは別に、取材に来ている人たちの姿も。テレビ局の人や地方新聞の人たちだ。
そんなふうにお祭りが盛り上がる中、最終チェックを進める工作部の下へ、卒業した元風女のOGたちがやってきた。
その中には石音元部長の姿もあるが、ソラにとってはそっちよりもチビッ子部長のほうが親しかった。
「ソラちゃん、来たよー」
「部長! 来てくれたんですね!」
「元部長だけどな!」
にこぱと笑うチビッ子部長は、今では石音元部長の下で仲間たちを支える職人リーダーとして全国的に名前を轟かせていた。
チビッ子部長は、まずウォーミングアップでソラの姿にツッコンだ。
「ちょっとその格好エッチくない?」
「そ、そうですか? オシャレ部がこの日のために作ってくれたんです」
「見たところ装甲部にボス素材を使っているし、防御力は高そうだな」
ソラの格好は、SFアニメにでも出てきそうなボディラインがくっきりと出るスーツだった。見た目はあれだが、保温性と通気性、なにより防御力が高かった。
ソラの場合、腰に工具用ポーチをつけている。工作部としてこれをつけなくては落ち着かないのだ。さらに首には飛行用ゴーグルをぶら下げている。
総合的に、ソラはアニメチックなボディスーツを完璧に着こなしていた。
風女のクレイジーっぷりは自分たちのせいでもあるので、チビッ子部長はそれ以上触れずに本題へと視線を向けた。
「これがソラちゃんたちの作ったラビットフライヤーか。カッコイイな!」
3mほどの流線型の船体だ。
ブルーメタリックな輝きを放ち、その出来栄えは工作部の腕の良さが窺えるカッコ良さだった。
「名前は?」
「蒼穹1号です」
「蒼穹か、良い名前だな!」
「はい!」
「魔眼で見てもいいか?」
「はい、ぜひ」
「その自信だと紫蓮ちゃんに見てもらったか」
「はい」
紫蓮は自分の店を持っているので工作部には入らなかったが、修行部には入っているのでアドバイザーとして生産部連合に頼りにされていた。
すでにマナ進化をしているチビッ子部長は、キュピンと目を赤く光らせて船体を見た。
「ふぉー、いい出来だ。船体の大魔導回路も魔法塗料の魔導回路も凄く綺麗に張り巡らせている」
「そうでしょう。みんなが凄く頑張ってくれました」
「うん。みんな腕を上げたな」
「はい。あっ、浮遊石は中です。見えますか?」
「あたしの実力だと心臓部まではギリギリ見えないな。でも、浮遊石はソラが魔法陣を刻んだんだろ?」
「はい」
「そっか。きっとソラが加工した浮遊石は綺麗な魔法陣だったんだろうな」
「今までで一番の作品が作れたと思います」
そう答えたソラに、魔眼視を終えたチビッ子部長はニコパと笑った。
「ソラちゃん、いい顔で笑うようになったなぁ」
「え? そ、そうですか?」
「うん。工作部に来た頃は、いつも別のことを考えているような感じだった。でも、今は前を向いて凄く楽しそうだ」
そう言われたソラは、手で口元を隠した。
思い当たる節はある。
父が亡くなり、心の傷が癒える前に高校生として新生活が始まってしまったことで、いつも現実と思い出の狭間でふわふわとしていた。
でも、今はどうだろう。
父との思い出を懐かしむことはあるけれど、みんなと一緒に目標に向かって全力で現実を走っている。
あの日に止まってしまった時間を動かしたかった。だから空飛びクジラを求めた。
でも、ソラの時間はとっくに動き出していて、その心はもうまどろみの中にはいなかったのだ。
そんな自分をよく見て、その変化に気づいてくれる人がいることに、ソラは感謝した。
「今日は頑張れよ。応援してるからな!」
「はい!」
ソラの元気なお返事に、チビッ子部長はニコパと笑った。
そして、仲間たちの下へ戻っていくチビッ子部長の背中に、ソラは深々と頭を下げるのだった。
『各中継ポイント班準備完了。海上救助班準備完了。お幸の浜待機班準備完了。後方支援部隊オールグリーン』
無線機から魔法陣研究部の部長の声がする。
ソラは頷き、一緒に空を飛ぶ仲間に声をかけた。
「えーちゃん、モコちゃん、準備は?」
「英子、準備オッケー!」
「モコ、準備オッケーです!」
「了解。ソラ準備オッケー! 蒼穹1号、準備完了!」
搭乗席についた3人が点呼を取る。
ソラは無線機に全ての準備が整ったことを告げた。
『了解。それじゃあそちらのタイミングでスタートして。良い冒険を』
「ありがとう」
お礼を言ったソラは、大きく深呼吸をした。
生徒たちの雰囲気が変わったことに会場は静かになり、浜辺に押し寄せる波の音がクリアに聞こえてくる。
ソラは目の前に広がる海から、大空へと視線を向けた。
「命子ちゃん、ありがとう」
ソラはこの場に導いてくれた命子に感謝した。
いったいどんな冒険をしているのかわからないけれど、必ず帰ってくる。そうしたら、お互いの冒険を語り合おう。
「……パパ、見ててね」
そうして、ソラは視線を前へと戻すと、そのキラキラと輝いた瞳にゴーグルを装着した。
「蒼穹1号、発進!」
その声と共に、蒼穹1号がふわりと浮き上がった。
それと同時に静まり返っていた観客から大きな歓声が上がる。
蒼穹1号は低空から海上へ出ると、ゆっくりと高度を上げ始める。
飛空艇が飛ぶのはすでに何度もテレビで見ている光景だったが、それを女子高生が作り上げたということに、観客は大きな感動を覚えた。
「高度10! 11、12、13、14、15!」
「高度15を維持!」
えーちゃんからのナビにソラが呼応する。
一般人の飛行高度は40mまでと決まっているが、事前に段階的に上げていくことで決まっていた。
「軽く旋回するよ! 2人とも手を振ってあげて!」
「案外高いね!?」
「学校の屋上くらいありそうですぅ! あっ、パパの船!」
蒼穹1号は海上で軽く慣らし運転をして、その間にえーちゃんとモコがギャラリーに手を振ってサービスした。
しかし、思いのほか高く感じ、それでもにこやかなサービスする姿はプロ意識の高さを表していた。
「これより、お幸の浜を目指します!」
しばらく慣らし運転をして操縦に慣れると、ソラは進路を西へと向けた。
そう、ソラにとってこれは初フライトなのだ。
一応、浮上する実験と極々低空での飛行訓練くらいはしたが、飛行可能エリアが風見町にはなかったため、本格的なフライトはできなかったのである。
とはいえ、ラビットフライヤーの操縦はかなり簡単で、建造物がなく、ほかに飛行する存在もない場所では事故の心配がなかった。
蒼穹1号は、まず江の島を右手に見ながら回り込む。
「ふぉおおお、これは気持ちいいね!」
「先輩、たくさん見に来てくれてますよ!」
そこには学生が作った飛空艇の姿を一目見ようと、多くの人が応援に来てくれていた。
「ホントだね! モコちゃん、撮影できてる?」
「はい、大丈夫です! みんな、見えてますか? 江の島です! こんな角度から見たの、私、初めてですぅ!」
えーちゃんとモコが2番、3番シートでそんなやり取りをする。ちなみにモコはフォーチューブで生放送中だ。
蒼穹1号は江の島を過ぎ、海岸沿いを飛行し始める。
「こちら蒼穹1号。特にトラブルはなし」
『了解。進路上に障害物の情報なし』
「了解。それじゃあ予定通りに高度を上げていくよ」
ソラは無線機で中継班と連絡を取り、海岸で手を振ってくれている仲間たちに手を振り返した。
ここからはほとんど直線のため、蒼穹1号は高度を35mまで上げるとそれを維持した。
たったそれだけの高さでも随分と高く感じ、スリルと解放感が3人を包み込んだ。
「ソラ、富士山が綺麗だね!」
えーちゃんが呼びかける。
ソラはその言葉を受けて、ゴーグル越しに富士山を見た。
初夏の青空の中、富士山は白い帽子を被って雄大に聳えていた。
「本当だ……」
ああ、あれほど綺麗なのに、言われるまで操縦に集中していて気づかなかった。
ソラはそんなふうに思いながら、上空から見る景色に懐かしさを覚えた。
かつて父と乗ったセスナ機で見たのは、このあたりの景色ではなかった。
けれど、町があり、山があり、海があり、そして富士山があり——日本の至る所で見られる景色が小学生の頃のソラの記憶を呼び起こす。
そうだ。
あの日は、日の上がらないうちに家を出たんだ。
楽しそうに笑う母が半分寝ているソラと弟を着替えさせ、みんなでお出かけできるというワクワク感とは裏腹に、ソラは車に乗ると同時に眠さに負けて二度寝してしまった。
現地に着き、これから空を飛ぶということを知り、いきなりのことでソラは怖がった。
てっきり映画館とか遊園地で遊ぶのだと思っていたのだ。小学校低学年のことだったから、家族とのお出かけとなればそういったイベントを想像してしまうのも無理なかろう。
父はそんなソラを抱っこして、一緒にセスナに乗ってくれた。
空を飛ぶ不安は父の温もりで消え、小さくなっていく町の景色と大きくなっていく世界の景色に、ソラはとても楽しんだのだった。
「ソラ、飛ぶのって楽しいね!」
背後から聞こえる友の楽しげな声を聞いて、ソラの心にプロペラとエンジンの音を背景にした父の言葉がぶわりと蘇った。
『ソラ。空を飛ぶのは楽しいだろう?』
一緒に窓の外を眺める父が、同じことをソラの耳元で言ったのだ。
『僕が一番綺麗だと思ったものをソラの名前にしたんだよ』
父はそう続けて、優しくソラに微笑みかけた。
ああ、なんでこんな大切なことを思い出の中に埋もれさせていたのだろう。
「パパ……っ!」
ソラはゴーグルを上げ、乱暴に涙を拭った。
父はその名前に込められた思いを語らなかった。
けれど、暗い顔をして生きてほしいと願ったわけがない。きっと青い空のように素敵な女の子に育てとこの名前をくれたはずだ。
『ソラちゃん、いい顔で笑うようになったなぁ』
ソラはチビッ子部長の言葉を思い出す。
部長、当たり前ですよ。
空が大好きだったパパの子供なんだから、仲間と空を目指して、いい顔で笑わないわけがないんです!
ソラは泣き笑いながらグイッと涙を拭うと、ゴーグルを被りなおした。
「パパ、空を飛ぶのは最高に楽しいよ……っ!」
そう言って瞳を輝かせるソラの頭を、気持ちのいい風が優しく撫でていくのだった。
「見えた!」
ソラの叫びに応えるように、お幸の浜で待っていてくれた仲間たちが大きく旗を振ってくれる。
ソラは一度ゴールを通り過ぎ、ゆっくりと高度を下げながら海上を旋回する。
「姉ちゃーん!」
「ソラー!」
ソラの耳に弟と母親の声が聞こえた。
地球さんがレベルアップしたとはいえ、家族を失った心の傷は深かった。
けれど、大声で声援を送ってくれる2人の姿は、以前のような明るさを宿していて、ソラはそれがたまらなく嬉しかった。
手を振る余裕のないソラは、笑顔でその声援に応えた。
旋回した蒼穹1号は、大歓声の中、仲間たちが準備してくれていたポイントに着陸する。
うずうずしてお出迎えしようとする1年生たちを3年生がまとめ上げ、まずは安全装置のワイヤーを船体につけた。安全装置をつけるまでが試運転なので!
それが終わると、部員たちのテンションがはちきれた。
「「「おかえりー!」」」
「「「部長、先輩、おかえりなさい!」」」
「ただいま、みんな!」
3人は蒼穹1号に取り付けられたタラップを降り、それぞれが大興奮の仲間たちにもみくちゃにされた。
腰に抱き着く1年生の頭を撫でるソラは空を見上げ——
パパ、見ててくれた?
みんなで無事にやり遂げたよ。
——空の彼方の父へそう報告した。
と、その時であった。
ソラの体がドクンと脈動したのだ。
「部長!?」
唐突に膝をつき大量の汗を額に浮かべるソラの姿に慌てる仲間たちだったが、次の瞬間、ソラを中心に吹き荒れた突風によってコロンと砂浜に転がった。
「こ、これってマナ進化じゃない!?」
「「「マジですか!?」」」
そんな仲間たちの言葉を遠くのことのように聞きながら、ソラは意識を手放した。
マナの風が吹き荒れ、翡翠色の帯がソラの体を包み込む。
風に耐えながらその様子を見つめるえーちゃんは、ポロポロと涙をこぼした。
「ソラ、乗り越えたんだ……っ!」
えーちゃんは、1年生の頃からの付き合いでソラの事情をなんとなく理解していた。
亡くなった父親が空に関わる仕事をしていたようで、だからいつも空を見ていること。
ふとすれば学校を辞めてしまいそうな危なっかしさを見せるソラを現実に引き留めるために、えーちゃんはいろいろなちょっかいを掛けてきた。
そんな親友の成長を喜ぶえーちゃんの手を、モコがギュッと握った。
「ソラ部長、どんなふうになるんでしょう」
「きっと世界を股に掛けるグローバルな女に進化するよ」
「……わ、私だってすぐにマナ進化します!」
謎の対抗心を燃やすモコに、えーちゃんは首を傾げつつ、マナ進化の行く末を見守った。
卵型になって落ち着いたマナの繭の中で、ソラは天上の旋律に包まれていた。
その旋律の中で、とてつもなく大きな存在たちがソラの人生を祝福してくれていると感じる。
翡翠色の繭の中でソラが見る夢は、素敵な両親のもとに生まれ、仲間たちと空を目指したことを、とてつもなく大きな存在たちに夢中で話す夢だった。
そして、その夢の中では、とてもとても温かな小さな光が優しくソラを見守り続けるのだった。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、評価、感想、大変励みになっております。
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