12-19 森の探索
本日もよろしくお願いします。
翌日、命子たちは朝も早くから森の入り口に集まっていた。
すでに昨晩に教授から森の説明を受けていたが、改めて馬場から説明を聞く。
注目すべき点はひとつ。
それは木に擬態した魔物が新しく発見されたこと。
この魔物は『天空トレント』と名付けられた。
実は世界中に『トレント』と名付けられた魔物がおり、今では『特徴』+『トレント』が正式名称にされるルールがある。
「昨日の2回の探索で魔物のリスポーンが確認されています。ですので、すでに通った道だからこのあたりは安全、みたいなことはないから気をつけてください」
「「「はい!」」」
命子たちの元気なお返事を聞いて、馬場は女子高の先生になった気分になった。
というわけで、いざ探索開始。
命子たちは、今回もパーティを分けて探索をすることになった。
命子のパーティは、ささら、メリス、馬場。
ルルのパーティは、紫蓮、イヨ、教授、サーベル老師。
両パーティには、それぞれマナ進化済みの盾職と剣士自衛官が付き添う。
なお、一部の親たちも森に入るが、今回は別行動だ。
森に入った命子はさっそく【龍眼】を光らせた。
木に擬態した魔物は魔眼で見破ることができるのだ。
「異常なし!」
「過酷猫ですわ!」
「正解! ご安全に!」
命子がビシッとポーズを取ると、ささらがクワッとした。
過酷猫は、過酷な労働環境で働く人々をマスコットの猫に置き換えてコミカルに描いたもので、一部界隈でブームになっていた。
なお、地球さんがレベルアップしたことで過酷な労働環境が改善されたため、最近はあまり姿を見ない。
そんなネットミームをささらが知っていたことに、命子はささらの成長を嬉しく思った。果たして、本当に成長なのかは議論の余地はあるが。
「過酷猫か……」
馬場はそう呟き、付き添いの自衛隊2人と共に遠い目をした。
社会人のなにかを刺激してしまった模様。
たぶん、今はそうでもないが、昔のことを思い出しているのだろう。
命子はサッと視線をそらした。
と、視線をそらしたその先で、ピクンとネコミミを動かすメリスの姿が。
「むむっ! 軍隊ガラスが来るでゴザル!」
その注意喚起に、遠い目をしていた3人が現実に引き戻されて武器を構える。
「水弾!」「風弾!」
森の奥から突撃してくる軍隊ガラスに、命子と馬場が先制の魔法を放つ。
結果を見るよりも早くささらと盾職自衛官の盾2枚が前衛に立ち、ほかの4人のメンバーが戦いやすい位置取りに散らばる。
軍隊ガラスのファーストアタックは、羽飛ばしか突撃の2パターンしかないため、戦術が組みやすかった。
「無駄! ですわ!」「ふんぬ! ぬん!」
先制の魔法を潜り抜けた4体の軍隊ガラスが、ささらたちに突撃する。
ささらは1体目を回避と同時に切り伏せ、その後方から飛んできたもう1体を丸盾で殴りつける。
盾職自衛官の攻撃性能は控えめのようで、代わりにとにかく硬い。2体ともにラージシールドで攻撃を防いで見せた。
先陣の後方で、3体の軍隊ガラスが羽根を広げてふわりと減速した。
羽飛ばしの前動作だ。
しかし、すでに何度も見た動作なので簡単には発動させない。
馬場の鞭が1体に巻き付き、馬場がいる木の裏側へ一気に引き寄せられる。
さらに1体には命子の土弾が刺さり、最後の1体は肉薄した剣士自衛官に切り倒された。
そしてメリスは、軍隊ガラスが連れてきた魔盾と戦い始めていた。
小太刀の2連撃をあえて防がせ、メリスは隙を見せる。
その隙を狙って水平になった魔盾が刺突攻撃を繰り出した。
ギラリと【猫目】を輝かせたメリスは、深く深く腰を落とした。
弱点である裏面を下方に向けた魔盾が、メリスの頭上を通過する。
メリスは体をひねって溜めていた力を解放し、地面すれすれでギュルンと体を横回転させて小太刀を振るった。
そんな無茶をすれば地面に転がってしまうところだが、メリスは落下する猫が必ず足から着地するかのように、しっかりと次の動作が取れる体勢で攻撃を終える。
ぶわりと落ち葉が舞う中、残心するメリスの傍らで魔盾が光になって消えていった。
メリスは疲れを感じさせない動きでスッと構えを解くと、くるんと小太刀を手の中で回して腰の裏に差してある鞘に納めた。
「そういうギュルンシュバってやるのめっちゃカッコイイよね?」
「そうでゴザルでしょ? メーコも猫になるでゴザル」
「角のほかにネコミミも生やせと」
「最終的には6枚羽根と尻尾も生やして、背中に謎の輪っかも搭載するでゴザル」
「それアブソリュートにゃんこ命子ちゃん一億式じゃん。謎の輪っかは魔導書の最終形態な。無限本のレーザーが出るの」
「一億式と無限本のレーザーがめっちゃバカっぽいでゴザル」
「やろうってのか、無限本やぞ!」
「そんなの猫がにゃーって鳴けば全部霧散するでゴザル」
「残念でしたー。命子ちゃん一億式は猫因子も入ってるから無効を貫通しますぅ!」
命子は実演とばかりに指をわちゃわちゃ動かして無限本を表現しながら、メリスに襲い掛かった。
メリスはにゃーと鳴くが、霧散しない!
命子とメリスがアホなことをしていると、ささらがやってきた。
「お二人とも、ドロップはどうでしたの?」
「「ハッ!?」」
命子とメリスは、魔盾のドロップを検めた。
すると、そこには金属片が落ちていた。盾の欠片だろう。
「ハズレでゴザル」
「まあ簡単には出ませんわね」
「しゃーないね」
命子は盾の破片をリュックにしまった。
それからも何度か魔盾と魔剣と戦うが、レアドロップは出ず。
しかし、命子たちに焦りはない。
出ないものは出ないのだ。今回の旅で手に入らずとも、いずれは誰かがレシピを発見するだろうから、それで作ればいい。
だけどまあ、できれば欲しい。
「2時の方向からネバネバ魔法!」
そんな折に、定期的に【龍眼】を光らせていた命子がいち早く奇襲に気づいた。
すぐに命子たちの体に光が宿る。盾職自衛官からの『かばう』の援護だ。
それと同時に、全員がその場から飛ぶように回避する。
その魔法は真っ白な球体で、今までささらや馬場がいた場所を通過し、射線上にあった木の幹に当たった。
真っ白な球体は幹に当たると薄い膜状になって一気に広がる。それは見るからに粘度が高く、実際に昨日の調査では、ネバネバ魔法を盾で防いだ自衛官が捕縛される事態に陥ったと、命子たちは聞いている。
命子は木の陰に隠れながら、ネバネバ魔法を観察した。
この魔法は魔物と魔力パスで繋がっており、獲物を捕縛できなかったためか、その魔力パスが切断された。すると、粘度が一気に無くなり、ドロドロした液体になって木や地面を汚すだけの物に変わってしまった。
「粘度を維持するには魔力供給が必要なのか。獲物を捕まえて森の養分にするのかな?」
魔物の生態を想像しながら、ネバネバ魔法を放った魔物に意識を向ける。
天空トレントだ。
姿形は、周りに生えている木と同じ種類に見える広葉樹。
だが、命子の目には、スキルで強化された生物特有の魔力が木の中に通っているのが見えていた。
「皆の衆、マンティコアも来てるでゴザル!」
メリスが叫ぶ。
「命子ちゃんたちと私でトレントを、金沢君と皆原さんでマンティコア!」
「「「了解!」」」
馬場の指示で、全員が一斉に動き出す。
ちなみに、金沢と皆原は付き添いの自衛官である。
「メーコ、どれだかわかんなくなったでゴザル!」
木を隠すなら森の中ではないが、魔法の出所は見ていたメリスだが、視線を切ったためどれがトレントかわからなくなってしまった。
命子は「あいつ!」と言いながら土弾でトレントを攻撃する。
それを見たメリスは、分身して囮を開始した。
接近してくるメリスに、トレントがネバネバ魔法を飛ばす。
メリスは囮なので、ネバネバ魔法を回避しつつトレントを回り込むようにして陽動する。
トレントはネバネバ魔法では当たらないと理解したのか、連射性がある土弾を放ち始めた。しかし、時には地を走り、時には木を蹴って変則的な動きをするメリスに土弾は当たらない。
その間に命子たちも森を駆けて、トレントに近づく。
「強化風弾!」
命子は地面すれすれに風の魔導書を配置して、強化風弾を放った。
一回り大きな風弾がトレントの樹皮を大きく抉り取るとともに、そこまでの道のりにある下草や落ち葉を吹き飛ばし、地面に隠れていたものを暴いた。
ツタだ。
トレントはネバネバ魔法、土弾、そして、接近された場合はツタで攻撃してくるのである。
本体に大きなダメージが与えられたことで、トレントの周りで放射線状に広がっていたツタが鎌首をもたげるヘビのように一斉に動き出す。
「ささら!」
「はいですわ!」
ささらは強化風弾で綺麗になった道を駆けた。
「スラッシュソード!」
正面から襲い来る複数本のツタをスラッシュソードで両断する。
「風弾! よっと!」
鞭を使って空中移動した馬場が、落下しながら風弾を放つ。風弾はトレントのネバネバ魔法を構築途中で破壊した。
馬場はそのまま剣を引き抜くと、落下と同時にツタを切り裂き、剣技でささらの援護を開始した。
「充電完了、強化風弾!」
命子はもう一発強化風弾を放ち、トレントにぶち当てる。
大きくトレントが揺れた瞬間、全ての攻撃が止まり、その隙にささらがトレントの根元に肉薄した。
「ルミナス・ブレイド!」
ささらが下段から上にむけてサーベルを振るう。
本来なら光の柱が立つ技なのだが、命子が放った強化風弾の魔力の残滓に反応してか、風の力を宿した技に変化した。
上空に向かって吹き上げた風は斬撃性能を秘めているようで、トレントをズタズタに切り裂いて光に還した。
トレントを撃退したささらに、命子がニコパと手のひらを向けた。
ささらもバトルモードから優しい微笑みに戻し、その手に自分の手を重ねて、命子の指の隙間に自分の指を絡めて握りこんだ。
「シャーラ、それハイタッチでゴザルよ」
「ふえっ!」
囮を終えて戻ってきたメリスのツッコミにささらは顔を真っ赤にした。
命子は、天然かよ、と思いながら笑うのだった。
マンティコアを相手した自衛官も問題なく討伐できたようで、一行はひとまず小休止した。
トレントのドロップは命子の身長ほどはありそうな丸太で、とりあえず目印をつけて、帰りに持って帰ることにした。
「それにしても、天空トレント強かったですね」
「私もザコ敵でここまで強い魔物は初めてだわ」
命子の感想に、馬場も同意した。
「魔法で集中砲火すればそこまで苦戦しないですけど、強化魔法を2発も耐えていたし、魔法耐性がありそう。かと言って近接職も結構きつい印象です」
「ええ、足元にツタを張り巡らせているのが嫌らしいわね。動き出していない状態であんなのを武器で対応してたら腰を痛めるわ」
「拙者の感想だと隙がなかったでゴザル。後ろに回り込んでもシャーラたちと拙者を同時に攻撃してきたでゴザルよ」
「ふむふむ。でも私は攻撃されなかったな。全方位に視覚を持つけど、2人までしか対処できないのかな?」
「私はささらちゃんと一緒にツタで攻撃されたわよ。その間にメリスちゃんにも魔法が行っていたなら、魔法とツタでそれぞれ対処できる人数が変わるんじゃないかしら?」
「なるほど、それっぽいですね。ということは1人で倒すとなると、魔法とツタでガンガン攻撃されるのかな」
メリスや馬場の意見を聞いて、命子は天空トレントの考察を進めた。
「とりあえず、ひとつの考察として共有しておくわ」
「鵜呑みにはさせないでくださいね」
「それは大丈夫よ。情報を集めて楽に倒す方法を模索しなくちゃならないし、他の隊にも考えてもらわないとね」
そういうもんか、と命子は納得した。
今回の探索では、お昼ご飯を森の中にある泉で食べることになっていた。
他の班ともそこで待ち合わせをしており、トランシーバーで連絡を取ったところ、ほとんど同じタイミングで到着の見通しだ。
しばらくして泉に到着すると、すでにルルたちが到着していた。
そんなルルたちの装備を見て、命子たちはわーっとダッシュした。
「魔導盾じゃん!」
「しかも2つも出たでゴザルか!?」
そう紫蓮たちは魔導盾をゲットしていたのだ。
「にゃっふっふっ、日頃の行ないがこの結果を生んだデスね」
「ほらー、メリス。適度に悪いことしないとダメなんだよ」
「ニャウ。冬の間にコタツで寝なかったのがダメだったでゴザルね」
「違うデス! 良い子だから出たデス!」
「それなら良い子選手権予選落ちの私にドロップしないのはおかしいと思います!」
「それみたことか! 予選落ちなら残当デス!」
命子と猫たちの戯れを見て、ささらがクスクスと笑う。
「羊谷命子、魔導盾は誰が使う?」
紫蓮が問う。
「えっと、私たちが貰っちゃって良いやつなの?」
命子がまず所有権の有無を確認すると、ルル班にいた教授が頷いた。
「君たちのもので構わないよ。サンプルは他のチームが確保してくれるだろうからね」
それを聞いて、命子は目をキラキラさせた。
「とりあえず、イヨちゃんにはひとつ持たせてあげたいなって思うの。弓は両手武器だし、魔導盾があるとかなり安心でしょ」
「うむ、我もそう思う」
「異議なしデス」
「妾が貰っちゃっていいのかの?」
不安そうにするイヨだが、命子たちは快く譲ってあげた。
「ありがとうなのじゃ。頑張って練習するのじゃ」
「まあ遊びで借りることはあると思うから、その時はよろしくね」
「うむ、もちろんなのじゃ」
というわけで1つは、イヨに決定した。
「もう1つはどうするでゴザルか?」
「私は後衛メインだし辞退しようと思う。4人で決めて」
命子がすんなり辞退すると、ルルたちは顔を見合わせた。
「ロマン防具デスよ? いいんデスか?」
「ロマンよりもパーティ全体の強化が大切だからね。いい感じの防具だったら、レシピが手に入ったら作ってもらうよ」
「じゃあ拙者もいいでゴザル」
「ワタシもまだいいデス」
命子に続いて、メリスとルルも辞退した。
残るささらと紫蓮が顔を見合わせる。
陰キャ気味な2人の攻防が始まろうとしていた。
「紫蓮さんも両手武器ですし、紫蓮さんが使うのが良いと思いますわ」
「ぴゃ。わ、我……でも、魔導盾は防御系スキルの効果が乗るみたいなんだけど。ささらさんが持つと強力だと思うんだけど」
これが陰キャの攻防である。
「たしかに、魔導盾は【ノックバック耐性】の影響が強く出るのがわかっているね」
教授がそんな補足をした。
【ノックバック耐性】は攻撃を受けても吹き飛ばされにくくなるスキルだが、これが魔導盾にも作用するのだ。ほかにも【防具性能アップ】の効果も乗るため、盾職と魔導盾は相性が抜群だった。
空気が読めない教授の理屈を聞いて、紫蓮の心がチクンとする。
本当は欲しいのである。
「うーん、ワタクシは魔導書の扱いが上手くありませんし、やはり紫蓮さんが良いと思いますわ」
命子たちは、ささらと紫蓮の顔を交互に見て、ささらが本当にそこまで欲しがっておらず、紫蓮が本当は欲しいことを理解する。
「じゃあ、ここは紫蓮ちゃんにしよう。この冒険中にささらに魔導盾を慣れさせるのは酷かもしれないし」
「ニャウ。紫蓮なら上手いこと使うと思うデス」
「はい、それが良いと思いますわ」
可決!
「そ、そーお? じゃあ我が使うけど。ありがとうなんだけど」
紫蓮は唇をムニムニさせながら、魔導盾をゲットした。
さっそく盾をふわふわと浮かせる紫蓮を、命子たちはニコニコして見つめる。
その視線に気づいた紫蓮は、ポンと顔を赤くして、魔導盾でサッと隠した。魔導盾で初めてガードしたのは、命子たちの生暖かい視線であった。
「まあ午後もあるからね。まだ盾も剣もゲットするチャンスはあるよ」
「ニャウ。魔導剣は誰が使っても強そうでゴザルからね。いっぱい手に入れたいでゴザル」
「ワタクシたちもドロップさせましょう!」
命子たちはふんすぅとして、午後の探索に向けて気合を入れるのだった。
読んでくださりありがとうございます。
評価、ブクマ、感想、大変励みになっております。
誤字報告も助かっています、ありがとうございます。




