12-17 廃墟探検
本日もよろしくお願いします。
妖精店に滞在を始めた命子たち。
到着が遅い時間だったので、今日のところは狩りをせずに過ごすことにした。
一行はひとまず馬場と合流して、今後の予定を確認した。
「48時間の滞在が可能ということでしたが、明日はまる1日休み、出発は明後日の午後1番に決定しました。その後、1島もしくは2島を攻略して再出発の日は終わりにします」
妖精店に到着したのが遅い時間だったため、48時間の休憩のあとに探索を再開するとすぐに夜になってしまう。なので、午後から出発し、折り返し地点であるここからどのような敵が出るのか調査しつつ、1、2島で再出発の日は終わりということだった。
一行は納得できる話なのでふむふむと理解を示す。
誰も夜に空戦をしたいとは思わない。
「出発日の午前中は過度な魔力消費を抑えていただきますが、それ以外の日は特に制限はありません」
「裏の森に探索に行きたいんですが、いいですか?」
命子が質問すると、馬場は頷いた。
「行く際にはトランシーバーを貸します。あと、これから調査を始めますが、魔物の分布によっては護衛をつけてもらいます」
それもやむなしと命子は頷いた。
命子目線では護衛はいらんけど、馬場にとっては社会的な評価がかかっていることだし、それを理解してあげなければならない。
「我々に協力できることはありますか?」
ささらママが発言した。
馬場は待ってましたと頷いた。
「ございます。覚えている方で構いませんので、【武具お手入れ】と【合成強化】をウラノスと雷神にかけていただきたく存じます。かけるタイミングはお任せいたします」
【武具お手入れ】は様々なジョブで手に入るスキルだ。命子だと『冒険者』で手に入れた。
この効果は、魔石と魔力を消費して武具の耐久力を回復できる。著しく損傷しているとしっかり直さなければならないが、定期的にかけておけば安心できるといったものだった。
「両船に目立った損傷はありませんが、何度も攻撃を受けているのでこれを機会に完全に修復しておきたく考えています」
「【合成強化】も必要なんですか?」
命子の質問に、教授が答えた。
「ウラノスと雷神は飛空艇という魔法技術の中に様々な機械技術を搭載している。これは本来分離された技術なのだが、時間が経つと一つの物として統合されるようなんだ。するとどういうわけか、統合される前に上げた強化値が落ちる」
「飛空艇の魂が完成に近づいているんですかね?」
「あるいはそうかもしれない。地上ではこれが緩やかに行なわれていたのだが、このダンジョンに入ってからかなり急激に行なわれている」
「そういえば、機械を組み込んだダンジョン武具の強化値はおかしな変動を見せるという論文を読んだことがあります」
紫蓮パパが顎を撫でながら考察すると、教授も頷いた。
「はい。おそらくそれと同じことが飛空艇ではより大規模に起こっているのだと考えられます。なんにせよ、そういうことですので、【合成強化】も掛けていただきたく存じます」
一行は納得し、自身の予定の中に自衛隊への協力を組み込んだ。
あとは細々とスケジュールを確認して、解散となった。
命子たちはまず、廃墟の探索に出かけた。
メンバーは命子たち6人に加えて、萌々子とアリア、教授、猫のジューベエと兎のまめ吉だ。
少し宿から離れて、命子が言った。
「あんまり遠くで入って困ったことになったらヤバいし、ここら辺で入ろうか」
というわけで、近場の廃屋に近寄った。
建物にはツタが巻き付き、朽ちたドアはまだ付いているものの半開きになっている。ガラスがハマっていない窓の中は薄暗く、なかなかに雰囲気が出ている。
「お邪魔します!」
しかし、ダンジョンを1人で彷徨える系女子高生のメンタルは崩せない。
命子は元気にご挨拶して、朽ちたドアを開いた。
すると、役目を終えたかのようにドアは枠から外れて、倒れると同時にバラバラになってしまった。
「やっべ、これ妖精さんに怒られないかな?」
命子は幽霊よりもペンギン妖精の請求にビビった。
「勝手に入っていいって言ってたし、大丈夫デスよ」
「だな! もしもの時はみっちゃんに土のドアでも作ってもらおう」
『やー?』
自分の名前が出たので、光子がなんだなんだと命子の頭に乗っかった。
命子は光子をあやしつつ、みんなに質問した。
「そういえば、この中で廃墟探索したことある人いる?」
すると、1人を除いて全員が首を横に振った。
唯一やったことがあるのは、教授だった。
「私は大学生の頃にあるよ。翔子と一緒にね」
「意外! 教授も陽キャみたいなことしてたんですね」
「君は私を何だと思っているんだ。まあ引きこもり体質なのは否定しないが」
命子の中で、教授は大学でも研究室みたいなところで引きこもっていたのだろうと思っていた。それなのに、案外陽キャな遊びをしていたのだ。
「廃墟に行ったと言っても、金持ちの友人の家がやっていたホテルだったんだ」
「ホテルが廃墟になっちゃったってことデス?」
「ああ。取り壊す前に少し入らせてもらったのさ」
「幽霊とかは見ました?」
「見てないね。しかし、不思議なことは起こった」
「ほう。聞きましょうか」
教授はスマホを弄りながら、語り始める。
「私たちは4人でそのホテルに行ったんだ。私と翔子、金持ちの友人、それからもう1人。そこで撮った写真がこれだ」
教授から差し出されたスマホを受け取り、命子たちは額をくっつけて見てみた。
その写真には教授と馬場が写っていた。
大学生の頃なので2人とも若々しく、馬場は「あ、こいつ陽キャだ」と思わせる若者な一方、教授は当時から目の下にクマを作った化粧っ気のない娘だった。総評して、マナ進化した今のほうが美人に見える。
背景はホテルのロビーと思しき場所で、廃墟らしいが若干荒れている程度。落書きなどはないが、写真からでも不気味さが窺えるロケーションだ。
だが、注目すべきは教授たちの若さや場所ではなかった。
「ひぇ……」「みゃー」
萌々子とアリアが手で顔を隠した。でも、すぐに指の隙間からチラッと見る。
幽霊が写っているわけではない。
そこには、誰かの肩を右手で抱いているような姿勢の馬場と、誰かの腰に左手を回しているような姿勢の教授が写っていたのだ。
奇妙な距離感で奇妙な姿勢を取る2人の間には、まるで見えない誰かがいるようであった。
「変な写真デス。どういうものデスか?」
ルルが尋ねる。
「先ほども言ったが、私たちはたしかに4人でこの場所に来た。この写真を撮ったのは金持ちの子なんだが……信じられない話だが、私たちはもう1人が誰なのか全く覚えていないんだ」
「つ、つまり、この写真の馬場さんと教授の間に誰かもう1人いたってことですか?」
「ひぇ!」「みゃー!」
命子の言葉に、萌々子とアリアは開けていた指をシュッと閉じた。
そんなアリアにメリスが言った。
「アイルプ家にある古いお家も幽霊が出そうでゴザルけど」
「メリスお姉様やめるのれす! お家に帰れなくなっちゃうのれす!」
アリアはポカポカーッとメリスを叩いた。
そんなアリアを放っておいて、教授が言う。
「命子君の推測通り、その写真の私と翔子の間に誰かが写っていたんじゃないかと私は思っているんだが……これがまったく思い出せない。大学の名簿やアドレス帳などいろいろと調べたが誰かがいなくなったようなこともないし、実に奇妙な体験だった」
「ちょっと教授、ガチなのはやめてくれます?」
「ぴゃわー、存在が消されている?」
「ひぇええ……し、紫蓮さん、そんな寂しいことが?」
紫蓮とささらも怯えてしまっている。
イヨは文化的に慣れていないのか、ほえーっとしている。
「何枚か写真を撮っているからスワイプしてみるといい。やはり誰かがいたと思える写真がいくつかあるよ」
「え、ええ?」
こんなんスワイプすんの、と思いながら命子はシュッシュとスマホを指でなぞった。
命子的に、呪いの写真をスワイプしたら、こっちまで呪われちゃうんじゃないかと心配だった。
その隣で萌々子が怖いもの見たさで指をそっと開く。
どんどん写真を見ていくと金持ちの子も登場するが、たしかに誰かもう1人がいなければ奇妙に思える写真が何枚か混じっていた。
3人が楽しげに撮影をしているのが逆に不気味に思える。馬場など陽キャっぷりをいかんなく発揮してウェイウェイしたピースで笑っているのに。
「こわたにえん……」と呟きながら、命子はシュッシュと指を動かし続ける。
そして、その写真が現れた。
それは、廊下で誰もいない場所に向かって手を繋ぐような体勢を取る馬場の後ろ姿だったのだが、逆側の腕に長い黒髪の女が膝をついて縋りついているのである。
「こわたにえん!」
そんなものを見せられた命子と萌々子は吃驚仰天。
命子は思わずスマホを放ってしまい、萌々子はシュッと指を閉じた。
「「あっ!」」
命子と教授の声が重なる中で宙を飛ぶスマホを、ジューベエが空中でキャッチ!
シュタリと着地したジューベエは、器用に二足立ちして教授にスマホを渡した。
「あ、ありがとう。助かったよ」
「にゃー」
「す、すみません、教授」
「いや、いいよ。とまあ、こんな出来事があったのさ」
「教授、それマジなんですか?」
「ああ、ふふっ。ジョークだよ」
教授からのあっさりとしたネタばらしに、命子たちは一斉に仰け反った。
「冗談なんですの?」
「うん。当時、ひょんなことで金持ちの子が怪談を披露することになってね。そのネタのために私たちが協力して撮影したのさ。そこには4人どころじゃなく7人で行っているし、誰も消えていない」
「たかが怪談に気合を入れすぎじゃないですか!?」
「その子は少し見栄っ張りだったからね。ネットから拾ったような話では嫌だったのさ。だから、私がシナリオを考えて誰かが消えてしまった体験をスマホの画像付きで語らせたわけだよ」
「それで最後に馬場さんに縋りつく黒髪の女ですか。やり方が汚いっ!」
びっくりさせられた命子は悔しがった。
ところが教授は怪訝な顔をする。
「え、翔子に縋りつく黒髪の女? そんな写真はなかったはずだが……」
教授はそう言いながらスマホの画面を検めて、命子たちを不安にさせた。
「それも冗談でしょ?」
「ふふっ、まあそうだね。ネタばらしのあとに変な遊びをして呼び寄せてしまった体の二段構えだ。画像付きだったし、割とこの話は好評だったようだよ」
「でも面白い。心霊写真と違って、写ってないことで怖さを表現してる」
「たしかに!」
紫蓮がそう言うと、思い出を語った教授は嬉しそうにした。
そんな教授の怪談話を終え、気分を盛り上げていざ廃墟へ。
「とりあえず私から入ろうか」
中に入ろうとする命子を手で制して、教授が先に廃屋へと踏み入った。
さすがに命子たちを最初に入れるのは大人として不味いと、ふと思ったのだ。最初からそう思わないあたりに社会不適合者の素質を窺える。
教授が転んじゃうようなイベントは特に起こらず、命子たちも廃屋に入る。
内装は命子たちが泊まるサバのお部屋と似ており、全面が石造りとなっていた。
しかし整備はされておらず、室内は植物に侵食されており、床の亀裂からは草が生え、壁はツタが絡み、天井からは木の根が突き出している。
「これは住めないデスね」
「整備してもセーフティエリアの時間制限があるのが痛いでゴザルね」
「ニャウ。時間制限がなければ住む人もいそうデスけどね」
「もしかしたら、ここに住む権利を貰える裏イベントがあるかも」
ルルとメリスの会話を聞いて、紫蓮がそんな発想を出した。
「紫蓮君、それはなかなか面白い発想だね。自衛隊の誰かに家屋の清掃でもやらせてみようか」
「ぴゃ。責任は持てないです」
「責任なんて追及しないさ。むしろ本当にそういう裏イベントがあった際には、重要な情報を得たと君らや日本の自衛隊が評価される。そのためなら有意義な活動と言えるよ」
そういうものかと思いつつも、紫蓮は変な意見を言っちゃったなとビクビクした。
「紫蓮ちゃん、マジで気にする必要なんてないよ。私なんて教授に思いついたことガンガン言って、自衛隊の人にいろいろやってもらってるから。100回空振りでも、1回ホームラン打てばいいんだよ」
「命子君の言う通りだ。手探りの世の中なのだから、失敗を恐れて君らの柔軟な発想に蓋をしてはいけない」
「む、むん!」
命子と教授の励ましを受けて、紫蓮は元気に頷いた。
「それじゃあ、探検してみるデス」
間取りは玄関から入った1室だけではなく、そこからドアが続いている。
現在いる部屋から推測して、他の部屋もあまり広くなさそうなので、命子たちは分かれて探索することにした。
命子は紫蓮とイヨと探索する。
「地下への階段発見!」
廊下に出て命子が適当にドアを開けると、そこは地下への階段だった。
「うむ、崩れる心配はなさそう」
職人の目で観察した紫蓮が言うので、命子たちはさっそく地下へ降りていった。
地下は折り返し階段を1階分と浅いものだった。ここは深く掘りすぎると空に落っこちてしまう浮遊島だからだろう。
地下にはちょろちょろと水が流れこんでおり、細い草と木の根と苔が生えていた。
「本当に何も残……むぐぅ!?」
命子が入り口で地下室の様子を確認しながら呟くと、その口をイヨが塞いだ。イヨの手のひらの中で、命子のちっちゃな唇がもちゅもちゅ動く。
イヨは命子たちに合図して、1階へと引き返した。
「イヨちゃん、どうかしたの?」
「龍神苔があったのじゃ!」
「聞くからに激レア! なんなのそれ」
「現代には別の名前で伝わっておるのかの? それともなくなってしまったか。巫女衆は龍神苔でよく薬を作ったのじゃ。その薬を使えば、大体の病が治せるのじゃ」
「ほっほう。それでどうして口を塞いだの?」
「あー、すまんのじゃ」
「ううん、怒ってはいないよ。興味があるだけ」
「龍神苔は人や獣のツバに弱いのじゃ。龍神苔は獣が好んで舐めていたのだが、一か所舐めれば繋がっている苔が全部枯れてしまうのじゃ。人のツバも同じ。お喋りして飛んだツバだけで枯れてしまうのじゃ」
「龍神苔の天敵は羊谷命子」
「無口っ娘関東代表の私に向かってよくそんなこと言えるね、紫蓮ちゃん」
「無口っ娘はそんなこと言わん」
「それよりも、教授殿を呼んでくるのじゃ!」
「ハッ、そうだ! 教授教授ーっ!」
萌々子たちと一緒に見て回っていた教授を呼び寄せる。
その騒ぎを聞いて、2階部分を見ていたささらたちもやってきた。
「何かありましたの? こっちは何もありませんでしたわ」
「こっちは凄い苔があったよ。……ん? あれ、ささら、なんだか1人足りなくない?」
命子が先ほどの教授のネタを引用してからかってくるので、ささらは一緒にいたルルとメリスとジューベエを慌てて見た。その視線を2人と1匹がにゃんのポーズで迎え撃つ。
「いるじゃないですの! もう、命子さん、めっ!」
「完全にお喋りなんだが」
叱られる命子の様子を見て、紫蓮がツッコンだ。
本題に入り、イヨが教授に龍神苔について教えた。
話を聞いた教授は目を輝かせた。
「ほう、それは面白いね。採取はできるかい?」
「昔だと精霊を使ったが、現代ならばいくらでも方法はあると思うのじゃ。そこら辺は教授殿のほうが詳しかろう?」
「要はツバを嫌うわけだね。なんとかなるだろう」
なにはともあれ、一度、実物を見ることにした。
イザナミを筆頭に精霊たちに採取を任せる。
「モモちゃん、精霊たちがいろいろ経験してるね」
「うん。ダンジョンに入ってからいろいろ覚えてる」
そんなことを話していると、精霊たちが苔を持って戻ってきた。
イザナミがかつて採取のお手伝いをしたことがあるようで、間違いない様子。
教授がカバンから取り出したシャーレに、その苔を入れてふたを閉める。
「うむ、龍神苔で間違いないのじゃ」
「超綺麗じゃん」
それは鮮やかな青色の綺麗な苔で、苔の中に金色の玉がいくつか絡まっていた。
「教授、見たことありますか? 我はないです」
紫蓮の問いかけに、教授は首を振った。
「私もないね。といっても、私が知っている苔なんて、学会で何かしら注目されているようなものだけだからね」
「我も話題になった苔くらいです」
「苔の種類は世界中で2万種ほど確認されているからね。そんなものさ」
教授は、とりあえずアイに薄い土壁を作らせて、空気穴を残して地下室への階段を塞いでおいた。
「教授殿、たぶんじゃが、妾の経験上その苔は枯れるのじゃ。ちょっとこの辺りで喋りすぎたのじゃ」
「かなりデリケートだね。まあこれは枯れてもいいんだ。改めて準備をして採取しに来るよ」
「それがいいのじゃ」
「いや、貴重な発見だった」
「役に立てたのなら何よりなのじゃ」
イヨが順調に馴染んでいて、命子はうむうむと頷いた。
「でも、そうなると、ペンギン妖精が言うほど廃墟に何もないわけじゃなさそうだね」
「まあボチボチやるしかあるまい。今回、私たちがやらずとも後続の人らが何かしら発見するだろうさ」
「まあそうですね。欲張って根こそぎ発見するのもダメですね。政治的に」
政治的なことを言った命子を、全員が苦笑いするのだった。
読んでくださりありがとうございます。
ルルパパの名前が既出のものと12-16のもので違うという指摘がありました。
アキウミのほうで統一させていただきます。ご指摘ありがとうございます。
ブクマ、評価、感想、大変励みになっております。
誤字報告も助かっています、ありがとうございます。




