12-16 妖精店
本日もよろしくお願いします。
薄い雲のカーテンを抜けると、前方のやや下方に大きな浮遊島が現れた。
「「「おーっ!」」」
真っ先に声を上げたのは船首を守る船員たち。
まだ誰も知らない場所にたどり着くのは彼らにとっても興奮もののようで、大の大人が歓声に似た声を上げている。
「メーコ、見るデス!」
「おーっ! 文明!」
その楽しげな声に惹かれてそちらへ目を向けた命子たちも女子高生ヂカラを発揮し、剣からスマホへ武器チェンジしてウィンシタ映えを狙った。
「自然の力に敗北しそうな超古代文明」
紫蓮が新たな浮遊島の印象を、そう語った。
それはまさにその通りで、石造りの巨大な建物たちには樹木が絡みついており、倒壊まではしていないので敗北とまではいかずとも負けそうな気配。
「ふぉおおお!」
「俺たちのロマンがあそこに!」
パパ勢は金曜夜の映画ショーがブイブイ言わせていた頃の世代なので、大興奮だ。年に1度は見た光景ゆえに!
「父さんが言っていたことは本当だったんだ!」
「爺ちゃんはたぶんそんなこと言わん」
歓喜に震えながらネタをぶち込む紫蓮パパに、娘がツッコんだ。
大興奮の一行を乗せたウラノスと雷神は、浮遊島との高度を調整して一旦停止する。
「あれ、行かないのかな?」
いきなり止まったので、命子は首を傾げた。
「たぶん湖がないから」
「もしかしてウラノスみたいな船型だと入れない浮遊島なのかな?」
紫蓮の指摘に命子が困惑していると、島からなにかが飛んできた。
命子たちはすぐにスマホから剣へと武器チェンジ。忙しい。
「でっかいペンギンでゴザル!」
「……っ! メリス、目の色は!?」
目が良いメリスがビシッと指さすので命子たちの緊張が一瞬緩むが、そこはグッと我慢して警戒を続けた。
「普通の色でゴザルね」
「じゃあ妖精店の店主かな」
魔物は通常の生物と区別がつくように、怒ったような尖った目つきで目全体が赤く光っているのだ。命子たちは警戒を弛めつつ、相手を待った。
「おー、本当に空飛ぶペンギンだ」
細部がわかるほどに近づき、命子たちのワクワクゲージがどんどん上がっていく。
「らっしゃいペーン!」
ペンギンはそんなことを言いながら、命子たちの前に降りてきた。中央付近なので降りやすかったのだろう。
ペンギン妖精の身長は1m強。ツナギ風の衣装を着ており、頭にはゴーグル、腰には工具用ポーチをつけている。技師のような雰囲気だ。
その挨拶から妖精店の店主であることは間違いなさそうなので、すぐさまルルたちがはわはわし始めた。
「にゃー、可愛いデス!」
そう言って伸ばすルルの手を、ペンギンはペンッと叩いた。
「そういうサービスはしてないペン」
だが、妖精店主がそっけないのは織り込み済み。ファーストタッチはすでに貰ったルルはニコニコだ。ささらが「どうでしたの、どうでしたの?」と感触を尋ねる。
一方、お店妖精と会うのがこれで2人目のイヨは、物珍しそうに眺めている。特にペンギンなんて見たことないので、興味はひとしおだ。
ぞろぞろと集まってくる船員たちを命子が手で合図して止め、話しかけた。
「あそこは妖精店ということでいいんですか?」
その質問に、ペンギン妖精は「ペン」と答えた。どっちだかわからない答えだが、命子は肯定としておいた。
「いままでの島では湖に停泊していたんですが、あそこはどうしたらいいんでしょうか?」
「困っているだろうと思って来たペン。その前にこの『天空航路』の妖精店の説明をするペン!」
どうやら、このダンジョンは『天空航路』という名前らしい。
「ちょっとだけ待ってください。あ、きたきた」
丁度やってきた馬場や教授も交えて、話を聞くことに。
それによると、天空航路の10島目は10個あるのだが、その全てがセーフティエリアとなっており、それぞれに妖精店があるという。
セーフティエリアには時間制限があるのだが、10島目は時間制限が共有されるとのことで、安全に長期間滞在することはできない仕様だった。
このダンジョンで長期間滞在するには、他の浮遊島で魔物と戦いながら滞在する必要がありそうだ。
「このダンジョンの妖精店は48時間泊まれるペン」
「2日も泊まれるんですか?」
「ペン。飛空艇の修理が考慮されているペン」
それを聞いた命子は、ふむふむと頷く。
妖精店やアイテム諸々など、ダンジョンは少なからず人間に優位にできているが、飛空艇に配慮されているとなると、さらに優遇されているように感じたのだ。
あるいは、このように知的生物に優遇されるシステムは、人間以外の生物に文明力を与えるためにあるのかもしれない、とそこまで考えて思考をひとまず頭にしまっておいた。
「飛空艇はドックと停泊所のどちらかに泊めるペン。船に問題がないと思うなら停泊所、こっちは48時間で2千ギニーペン。修理したいのならドックに入れるペン。ドックは48時間1万ギニーで設備を使いたい放題ペン。あ、1隻ずつお金を取るペンよ」
「たっかぁ……」
「命子ちゃん、むしろ安いわよ。最悪、船の中で休めるし」
命子的には高かったが、自衛官的には安かった。特にウラノス船団は重要任務についているので、ギニーもある程度持っているのだ。
「たしかにそうかも。じゃあ安い!」
命子はすぐに手のひらを返した。
「時間制限が過ぎたら、飛空艇も生き物も1つ前の島へ放逐するからそのつもりでいるペンよ?」
「上空に放逐じゃないのは助かります」
いきなりそれをやられたら、たぶん空を飛べる鳥でも死ねる。
「ペンのお宿には他のお宿にはない設備もあるペン。楽しんでいくペン」
どうやら一人称は『ペン』らしい。ペンという言葉に仕事をさせ過ぎている。
「へえー! 馬場さん、宿には泊まるんですか?」
「ええ。ギニーはあるし命子ちゃんたちの分も出すわよ」
「ひゅーっ!」
命子たちがキャッキャし始めたので、馬場が入れ替わりでペンギンに対応した。
「それでは2隻ともドックへお願いします」
「毎度ありペン! じゃあペンの後に続くペン!」
「あ、ちょっと待ってください。向こうの船に連絡しますので」
こうしてウラノスと雷神は10島目へと入るのだった。
飛空艇のドックは上部開閉ができる建物だった。
横にも大きな扉はあるが、そちらは樹木に侵食されて見るからに開きそうにない。
「面白い入り方」
命子たちが手すりにつかまって迫ってくるドックを見下ろしていると、紫蓮がそう言った。
「そう? なんかアニメとかだとありそうだけど」
命子が反応すると、命子パパが女子高生の会話に混ざった。
「これだけ大きな乗り物のドックだし、日本ならクレーンやらを使わなければならないだろ? 左右にどかすなりはできるだろうけど、クレーンの強度や配線、照明など上から入るといろいろと不都合が多いのさ」
「ほーん、言われてみればそうかも」
命子は、父親が教授みたいなことを言うのでちょっとビックリした。
命子パパは隣町にある大きな工場に勤務していたので、このドックの不思議な構造に気づけたのだ。ちなみに風見町の隣町は有名企業の工場が多くある工場地帯である。
「でも、上が開けば完成したらすぐ飛べるよ」
「工場内から試運転は始めないんじゃないかな? 飛空艇に不都合があったら大惨事だからね」
「難しい!」
命子がうなーっとしているうちに、ウラノスはドックに収まった。
命子パパが言うように、上から入ったので上部にある機材も可動式になっており、屋根が閉まるのと連動して元の配置に戻っていった。
それを行なっているのはペンギン妖精のようで、スイッチを押している。
「私は指示を出すから、アンタは命子ちゃんたちと先にチェックインしてきて」
「了解。チェックインは私たちだけでいいのか?」
「あと船も。人は各自にやらせるわ」
馬場を船に残し、命子やその家族たちは教授やサーベル老師、数名の自衛官と共に下船した。
ドック内は綺麗に清掃されており、よくわからない操作盤がそこかしこにあった。命子たちの中でそれらが何なのか予想がつくのは命子パパくらいなもので、他の大人は職業柄ほとんどわからない。
「お宿はこっちペン。ついてくるペン」
ペンギン妖精の案内に従って、命子たちはドックの外に出た。
ドックの外は建物が青々とした樹木に侵食された町で、文明の中にいるのに自然の青臭い香りに満ちていた。
まだ夕暮れにはなっていないが日は傾いており、陰影は深く、少し物悲しさを感じる風情だ。
隙間から草が伸びた石畳の道を進む。
ネコのジューベエはお尻をフリフリしながら歩き、その上に精霊たちが騎乗し、ダンジョンにいるのになんとも牧歌的な光景だ。
「なんか初めて来た気がしないデス。懐かしい感じデスね」
「人がいなくなった集落に行くと、たまにそういうふうに感じるな」
ルルの感想に、ルルパパがそう言った。カメラマンをしていただけあって、いろいろなところに行ったことがあるのだ。
「そういうものデス?」
「廃墟の中は全然そんなふうには感じないけど、外を歩いていると道順の不安よりも不思議な懐かしさが勝つね」
ルルパパは動画を撮影しながら、あとで写真を撮りに来ようと思った。
「ペンギンさん、ここらへんの建物は入れるでゴザルか?」
「入ってもいいけど何もないし掃除もしてないペン。ギニーがないなら勝手に使ってもいいペンよ」
「じゃあメリス、あとで探索がてら1、2軒入ってみよう」
「ニャウ。隠れたアイテムがあるかもしれないでゴザルからね」
そう言いつつペンギン妖精の反応を見ておくメリス。
が、ペンギン妖精の顔色の変化は全然わからない。
「お母様やお父様と妖精店に来るのは初めてですわね」
「そうね。泊まりに行くとしたら風見ダンジョンだと思っていましたが、まさかこんな大冒険で訪れるとは思いませんでした」
ささらも親と楽しげにお喋りしている。
しばらく進むと、石造りの大きな建物が見えてきた。
建物よりも少しばかり大きな木に寄り掛かられて端が崩れている以外は綺麗なものだ。
「なかなか趣がありますね」
「中は綺麗ペン」
ペンギン妖精が言うように建物の中は綺麗にされていた。
滑らかな石で作られた建物内には小さな水路があり、その横に可愛らしい花壇が並んでいる。
ペンギン妖精はカウンターの奥に入ると、お店を始めた。
「らっしゃいペン」
「えっと、それじゃあ2日分のお宿とドックを使いたいです」
「部屋はどうするペン?」
「雑魚寝部屋以外の部屋っていっぱいあるんですか?」
「あるペンよ」
「じゃあとりあえず、私たちはパーティ部屋で。モモちゃんたちも一応2人部屋かな。お父さんたちはそれぞれ2人部屋でいい感じ?」
命子が問うと、萌々子とアリア、各両親は夫婦から異論はなかったのでそれで決まった。それにより自衛官たちのテンションが下がった。
ここの払いは国持ちなので、会計の船員がギニーを支払った。
「サバのお部屋……」
命子はキーに書かれた名称を読み上げた。サバのお部屋らしい。他にもアジのお部屋など、魚類ばかりだ。妖精店の部屋の名づけはどこも妖精の好物なのだ。
「そういえば、面白い施設があるっておっしゃっていましたわよね。なにがあるんですの?」
ささらが尋ねた。
「いろいろあるペン。工房や魔法試射場、釣り堀や裏の森もあるペンよ」
それを聞いて、それぞれがこれから2日間の予定を脳内で軽く決定する。
「裏の森はなんデス?」
「裏の森は魔物が出てくるペン。ここまでの浮遊島で探索したと思うけど、そういう感じペン。ただ、裏の森で活動していてもセーフティエリアの時間はカウントされるから気をつけるペン」
「それは暇しなさそうデスね」
「お店は他と違いますか?」
「ペンのお店はレシピが売ってるペン。既製品は他と大して変わらないペン」
「へえ、紫蓮ちゃんレシピだって!」
「むん!」
「じゃああとで見てみますね。冊子を貸してもらえますか?」
「あっちの棚に置いてあるから勝手に持っていっていいペン。外への持ち出しは不可ペンよ」
命子たちの会話が一段落したので、教授が問うた。
「ダンジョン後半の地図はありませんか?」
「あるペン。1枚1000ギニーペン」
「それでは先にそれを2枚購入させてください」
「あ、私も1枚欲しいです」
「まいどありペン!」
書き写せばいいだけなので1枚で十分なのだが、地図そのものに隠れた魔法処理が施されていたら困るので、念のためにウラノスと雷神で1枚ずつ購入。命子も記念に1枚買っておいた。
それから飲料水の補給など飛空艇周りの話を始めたので、命子たちは冊子を数冊借りてお部屋に向かった。
サバのお部屋も建物と同じで石造りとなっており、寝床はベッド。
絨毯などは敷かれておらず、靴を脱ぐ様式でもない。命子たちにはそれが逆に宿として新鮮に思えた。
「なんか砂漠の方の宿だとこんなイメージがある」
「わかるでゴザル」
「でも新鮮で素敵ですわ」
窓を開けてみると、そこからは木々に埋もれた建物が数軒見られる程度で情緒はあるものの、この窓からしか見られない光景というわけではない。
「観光的というより、便利な宿って感じだね」
命子の感想に、一行はたしかにと頷いた。
命子はサーベルを外してポックリを脱ぐと、ベッドにダイブした。
パイーンと跳ね返る。
「こいつは良いベッドだ!」
そんな感想を口にしつつ、貸してもらった冊子を読み始める。
「おっ、職人さんモデルの服がある。なんてったっけ、こういうの」
「スチームパンク」
「紫蓮ちゃん、それ!」
妖精店で買える衣服は、それぞれの店でタイプが違う。
この妖精店では、全体的にスチームパンク系の衣服が多く思えた。
「むっ、結構強力なレシピが置いてあるな。中級かな? ふむふむ……む、むむぅ! 中級の魔導書用の紙の作り方がある!」
命子はベッドの反動を利用して、うつ伏せからビョイーンと跳ねて割座になった。しかし、読みにくいのでそのままうつ伏せに戻った。体の動かし方を極めつつある女子高生の高度な日常スタイルである。
そんな女子高生が注目している中級の魔導書は各地で見つかり始めており、中身の内容は『魔導書作製士』が複製できるのだが、肝心の使用する紙とカバーの製作方法がわからなかった。
このレシピを買えば、他の魔導書も手に入るかもしれない。
命子は心のお買い物かごにレシピを入れた。
「紫蓮ちゃん、なにか面白いのあった?」
「浮遊する武具が売ってない」
「ないかー!」
「でも、ラビットフライヤーのレシピが売ってる」
「もう全世界に公開しちゃってるし、それはあんまり必要ないかな」
「でも、このカタログからじゃ性能差がわからない。そもそも飛空艇がないと来るのが難しい場所だし、1段上の性能かも」
「それはたしかにそうだね」
当たり前だが、カタログではレシピの内容は読めなかった。レシピを店で読んでから購入を決めるのも無理だろう。あとはペンギン妖精が性能の違いを答えてくれるのを期待するしかない。
「あと、空飛びクジラの笛のレシピがある」
「ほう!」
「たぶん、この空夢の笛っていうのがそうだと思う」
探してみると、たしかにその名前のレシピがあった。
「私が言うのもなんだけど、この笛が量産されたら迷惑する人多いと思うよ?」
空飛びクジラの笛は、音色を聞くと強制的に空を飛ぶ夢を見る。楽しい夢なのだが、気分が乗らない夜を過ごしている人には辛いだろう。まあレジストすること自体は簡単なのだが。
なんにせよ、それが世界規模で起こるとなると、割と辛いと命子は思った。
「羊谷命子のは神獣から直接貰った物だし、たぶんこのレシピの物はそこまで広範囲にならないと思う」
「ほう、命子ちゃんのはオリジナルか」
オンリーワンを所持していることに、命子はうむと満足げ。
「レシピはババ殿とアリアと話し合って、キスミアにも買っていってあげたいでゴザルね」
「ニャウ。たぶん、将来的には近辺の国がメインに探索するはずデスから、今のうちにお宝をごっそりいただくデス!」
「泥棒猫ですなー」
「怪盗猫デス」
「違いがわからん」
こうして、命子たちの妖精店の滞在が始まった。
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流秋海
ルルの父親。
髪を後ろで縛ったイケてるパパ。
ルルママより2歳年上。
世の中の嫉妬を浴びる四天王の1人。
ファンタジーが始まる前からファンタジーしてる、と世間では囁かれている。
元々は動画・写真関係の仕事をしており、キスミアと日本で活動していた。風見町に拠点を移した直後に、地球さんがレベルアップする。
現在では、MRSの映像部門で腕を振るっている。
少年時代にやったゲームの影響で、将来は金髪碧眼スレンダー美女と絶対に結婚すると目標を立てていた。
この野望のために、小4からお年玉を貯め、高校時代にはバイトした金と合わせて海外を歩き回っている。また、外国人ウケを狙って日本文化に造詣が深い一面もある。
その生き様に同級生たちはアホだと笑っていたが、ルルパパの成人式の日に当時18歳のルルママがにゃんと登場したことで、周囲に嫉妬と羨望の味を叩き込んだエピソードがある。
つまり、ルルパパは執念でネコミミファンタジーを掴み取った男なのである!
戦闘スタイルはバランスタイプ。
海外を旅していたので護身術を身につけており、元からある程度戦えたが誤差の範疇。
妻が超攻撃特化なので、バランスよく敵を攻めて隙を作り出す戦法を取る。
・ジョブ履歴
現在:『棒騎士』
『修行者』『見習い騎士』『見習い棒使い』
『ダンジョンカメラマン』『冒険者』
※魔法は【水魔法】だけスキル化されている。
・装備
頭 ハチガネ
首 首当て
胴1 旅人の服
胴2 鱗の鎧
足 旅人の服
靴 ブーツ
武器 打撃杖
腕 劣化龍の手甲
常備品 カメラ
※両手持ち武器のため、盾は非装備。
読んでくださり、ありがとうございます。
ブクマ、評価、感想、大変励みになっております。
誤字報告も助かっています、ありがとうございます。




