12-14 宝探し
本日もよろしくお願いします。
「むっ、マンティコアがまた来た!」
「ペガサスを倒しきれてないんだが!」
紫蓮の注意喚起に、命子が楽しそうな悲鳴をあげてペガサスに魔法を放つ。
【龍眼】を光らせた命子は全方位をパッと見回し、一瞬で戦況を理解する。うん、この場にいると不味い!
「とうっ!」
横っ飛びで回避し、今までいた場所にマンティコアが降ってきた。
即座に、そのマンティコアにサーベル老師が斬りかかる。
命子もその攻撃に合わせてサーベルを振るい、雲から新しく出てきたペガサスに向かって牽制の魔法を魔導書から放っておく。ペガサスは他の人に任せて大丈夫だろう。
「老師、良い感じになってきましたね!」
「ふははっ、命子嬢ちゃん、そういうことは大きな声で言うもんじゃないぞ!」
「楽しんでるくせに!」
弟子が弟子なら師匠も師匠か。
風見町防衛戦で戦ったウッドゴーレム以来の共闘に、命子もサーベル老師も楽しんでいた。
2人がそんなやり取りをしている間にも、マンティコアが誰もいない場所に何度も食らいつく。
それはサーベル老師が旧時代に編み出した『幻歩法』の効果だ。己の全てを使って相手を惑わす究極のフェイントと世の中で言われている奥義である。
2人はその隙を見逃さずにダメージを与えていき、ついにはサーベル老師がマンティコアの首を落とした。
近くの戦闘がひとまず小康状態になったので、命子は老師に問うた。
「老師、魔力は使ってますか?」
「マナ進化してごっそり減ったからのう、少ししか使っておらん。それがどうしたんじゃ?」
地球さんが起こしたファンタジーな奇跡たちは、魔力が非常に大切だ。
サーベル老師はマナ進化したことで肉体的に若返ったが、それも同じ。10カ月ほど成長させていた魔力がごっそり無くなる代わりに、肉体を若返らせたのだ。
マナ進化してから約4カ月経っているので、またそれなりに増えたものの、サーベル老師の魔力量はウラノスに乗る人間の中で一番低かった。
「どれくらい減ってるか教えてください。そこから船体へのダメージもわかるかなって思って」
「なるほどの。ぬっ、90点も減っておるな。攻撃に30点ほど使ったから60点くらいか」
「飛行にも魔力を使ってますから何とも言えませんが、地味にダメージが入ってそうですね」
「うむ。こうなると、ワシはこれ以上魔力を使えんな」
ウラノスに与えられるダメージは乗船者の魔力で肩代わりされているが『この人は免除で』ということができないのだ。
「マイナスになったら医務室行きですから、気をつけてください」
「うむ」と頷くサーベル老師は、そのまま「むむっ!」と嬉しそうに視線を一方向へ飛ばした。そちらに敵が来そうな気配!
「ちょっとワシ、あっち行ってくるからの!」
「めっちゃ楽しんでるじゃん」
「秘密じゃぞ」
サーベル老師は白い髭の中でニッと笑ったかと思うと、その口を引き締めて甲板を走っていった。
命子は苦笑いしながら、指を雲の方へ向ける。
それを合図にしたように、命子の周りに浮かぶ3つの魔導書から魔法が飛び出した。
「まあそれも仕方ない」
だって、楽しいもの。
魔導書から放たれた魔法が、他の人から放たれた魔法たちと合流して新たに現れたペガサスたちへ殺到する。
そのペガサスからも魔法が飛んできてウラノスに当たったり船員が防いだり、また他の場所ではマンティコアを協力してしばいたり。
このどんちゃん騒ぎがたまらない。
命子は久しく忘れていた感覚を思い出す。
空白のダンジョンへ深く誘われ、落ちていく感覚だ。
やっぱり冒険はこうでなくては。
命子は頭上を見上げ、強襲を仕掛けてくる様子の軍隊ガラスを見つけてニヤリと笑った。
傍から見ればニコパと笑っているが、本人的には不敵な笑み。
「上から軍隊ガラス! 数は……20くらい!」
声を張り上げ、命子はわぁーいと駆けていった。
魔物の巣を抜け、ウラノスと雷神は新たな浮遊島にたどり着いた。
「本日はまだ2つ目の島ですが、今回は4時間の休憩を設けます」
馬場の説明を聞いて、一同はそれもやむなしと納得。
魔物の巣を抜けるために、全体的にかなりの魔力を消費したためだ。
「今回の島は精霊たちが見つけた秘密の地図に描かれていた島だと思われます」
馬場の言葉に、萌々子はぴょんとお尻を浮かせて目をキラキラさせた。
萌々子の瞳から発射されるキラキラ光線に撃ち抜かれた馬場はウッとしながら、命子パパに視線を向ける。命子パパは苦笑いを浮かべて言った。
「もし良かったら、連れていってあげていただけませんか。もちろん私も同行します」
「ひゃっふーい! お父さんだーい好き!」
お父さん大好き入りまーす。
そんなセリフを昨今言われたことがない他のパパたちは、命子パパに羨望の眼差しを送った。
というわけで、命子たちはウラノスから降りて湖の岸辺に整列した。
教授が言う。
「今回の島の探索は、マンティコアの出現の可能性があります。この面子なので大丈夫だとは思いますが、あれはなかなか強い魔物なので十分に気をつけていただきたい」
今回の探索は隠し宝箱の回収なので、命子たちは班を分けずに行動する。
メンバーは、命子たち6人に加え、馬場、教授、命子パパ、萌々子、アリア、ルルママという大所帯。さらに、少し離れた上空には小型飛空艇を一隻つけ、盤石の態勢だ。
「あっ、南条さんだ!」
小型飛空艇のパイロットを見て、命子が手を振った。
この旅ですっかり仲良しである。
飛び立つ南条さんを見送りつつ、いざ出発。
森に入ると、命子は教授に問うた。
「教授教授。南条さんってもしかして左遷されちゃった?」
「え? 全然そんなことはないが。どうしてそう思ったんだい?」
「いやだって、長期間日本から離れる雷神に乗ってるし」
「逆だよ、命子君。雷神に乗っているのは空自の連中なんだが、彼らはその中でもエリート中のエリートだよ」
教授が言うように、南条さんは出世街道を歩んでいた。
航空自衛隊所属だったので元からエリートだったが、数か月前には世界で初めて作られたラビットフライヤーの搭乗者に選ばれ、今回は航空自衛隊専用船である雷神の乗組員に大抜擢されている。
ちなみに、ウラノスにも自衛官が派遣されて乗っているが、こちらは最終的に航空会社の人員と入れ替わるため、雷神の乗組員のほうが若干だがエリートと言えた。
「そうなんですか? でも、雷神に乗るとダンジョンに入れませんよ? いやまあ、こうしてダンジョンに入っちゃってますけど、これはイレギュラーなわけだし」
命子の意見を聞いて、教授はひどく納得した。
「それは実に君らしい意見だ。しかし、彼らにとって空を飛ぶというのは重要なことなんだよ。飛空艇なんていう新技術の乗組員に選ばれるのは、大変な名誉なんだ。もちろん、訓練でダンジョンに入ることもあるし、君が懸念するようなことはない」
「それならいいんですけど。もしかして私たちと龍宮で冒険したことで怒られちゃったのかもって思って」
「そんなことはないよ」
教授は地球さんTVに映るのを恐れて言わないが、むしろ自衛隊内では『命子ちゃんと一緒に冒険した自衛官は大体が出世する』という都市伝説が囁かれていた。
しばらく歩くと、馬場の無線に全体連絡が何回か入った。
「ふむ。やっぱりマンティコアが出現してるみたいね」
「顔はおっかないけど、まあ問題ないですね」
「頼もしい限りね。まあこれだけ猛者がいることだし、大丈夫でしょう」
そんな情報が入ったものの、命子たちは特に魔物とエンカウントせずに目的地に着いてしまった。
そこは森が開けた10m四方ほどの広場になっており、短い下草の中に苔むした石が立っていた。石の高さは命子の胸ほどの高さだ。
「秘密の地図によると、おそらく、ここが目的地だ」
教授が宝の地図を広げて、言う。
「ふぉおおお!」
『っっっ!』
「モモコちゃん、落ち着くのれす。みっちゃんが真似しちゃってるのれすよ」
アリアが萌々子をドウドウとする傍らで、教授が言った。
「とりあえず、調査してみようか。命子君、紫蓮君、魔眼で見てほしい」
そう言った教授本人も【神秘眼】で周りを見る。
「うーん、特に変わったことはないですね。紫蓮ちゃんは?」
命子は【龍眼】で観察したが、特に変わったところは発見できなかった。
「我は石に生えている苔を採取したい。魔力を宿してる」
「え、そういう感じの感想で良いの? それなら私も気づいてたしぃ」
「こういう細かいところで点数を稼ぐのが陰キャの世渡りのポイント。しっかりやってるように見える」
そんな紫蓮の教えを、ささらがひっそりと心にメモしておいた。
命子たちが魔眼で調査していると、下草の中で遊んでいた精霊の光子とアリスが何かを持って帰ってきた。
「光子、なにそれ?」
『っ?』『っ?』
光子とアリスは、自分たちで持ってきたのに首を傾げあった。
萌々子は2人からそれを受け取って検める。
それはビー玉のようなつるつるとした石だった。
「むむむっ、隠し財宝の匂い!」
「人工的な感じなのれす!」
「光子、どこでこれを手に入れたの?」
『っ!』
光子に案内されて、萌々子は下草の中を調べた。
土から少し出た角ばった石を発見!
「これは!」
萌々子は急いで草をブチブチと引き抜き、さらにその下にある土を【精霊魔法】でどかす。
すると、地面に固定された長方形のレリーフが現れた。
レリーフには9個の穴が3列開いており、そこに光子が持ってきたのと同じ玉がいくつかハマっていた。
「本当に宝探しみたいね」
馬場が周辺を警戒しつつ、そう感想を述べる。
「ねえねえ、この石にも玉がハマってるよ」
苔むした石から苔を採取していた命子と紫蓮も、その苔の下の石に玉がハマっていることを発見した。
「でも、こっちは取れない」
紫蓮が工具で玉を取ろうとするが、固定されてしまっている様子。
ひとまず命子と紫蓮が苔を全部取り除いて、水で洗い流してみると、苔むした石は石柱であることがわかった。萌々子を呼んで見せてあげる。
「ふむふむ」
「なにかわかるの、モモちゃん?」
「いや、全然。アリアちゃんは?」
「わからないのれす!」
「教授さん、わかりません!」
萌々子が早々にギブアップすると、「どれ」と教授は石柱を観察した。
石柱にも9個の穴が3列開いており、そこに左から順番に4つ、9つ、6つの玉がハマっている。
「ふむ、なるほど。みんな、この石の周りの地面を調べてほしい。たぶん、全部で9個のレリーフが埋まっていると思う」
「マジかよ教授!?」
「すっげぇ!」
羊谷姉妹が一瞬で謎を解いた教授に驚愕した。
褒められている友人に、馬場の嫉妬が止まらない。
捜索してみると、石柱の周りを囲むように、本当にレリーフが合計9枚見つかった。
全てに同じように穴が開いており、レリーフ自体の大きさが異なった。
「教授、なんでわかったんですか?」
「これは数学を少し齧った人ならすぐにピンとくる問題だ。石柱にある玉が表している数は496。この数は完全数というものなんだよ」
「完全数?」
「自分の真の約数を全て足すと、自分自身の数に戻るものを完全数というんだ。宇宙の真理を表す数、なんて言われているが、地球さん的にも面白い数なのかもしれないね」
「ふむふむ」
「496の約数は9つある。だからレリーフも9つあるのではないかと推理したわけだ」
「はー、なるほど」
「じゃあ謎を解いていこうか」
「玉をレリーフにハメていくんですね? 私がやります!」
「じゃあ萌々子君に任せようか。一番小さなレリーフには、右上に1つだけ玉を入れてほしい」
「1というわけですね。あれ、でももうたくさん玉が入っちゃってます」
「たぶん、問題を解きにくくしているのだろう。1つを残して全て取ってしまおうか。その玉は後で使うかもしれないから、捨てないようにね」
教授の指示に従って、玉を1つ以外全部取り除く。アリアや精霊たちはその玉を受け取ってお手伝い。まるでレクリエーション大会である。
「次に大きなレリーフには2つ玉を入れる」
それからレリーフの小さい順番に、4、8、16、31、62、124とセットした。
「最後は左から順番に、2つ、4つ、8つだ」
「248、248」
それらの数字を暗算した命子は、たしかに496になったので密かに感心した。
「これで、よし! お? おーっ!」
玉をセットし終わると、全てのレリーフと石柱にハマった玉が光り始めた。
「「「ふぉおおおお!」」」
興奮する一行の前で、石柱がゆっくりとスライドする。
石柱の下には穴が開いており、そこに宝箱が1つ入っていた。
「ひゃっふーい!」
「かくれんぼ宝箱さーん、みーっけ!」
これには萌々子も命子もにっこりである。
他のメンバーもテンションは上がっているものの、それ以上に「姉妹だなぁ」といった感想が強い。
さっそく宝箱を穴から出す。
両側から持ち上げたのだが、その仕事は萌々子とアリアが行なった。
「満足!」
「楽しかったのれす!」
ふいーっと、萌々子とアリアは良い笑顔をした。
萌々子は宝探しが好きであり、宝箱を開けるのは別に興味がなかった。このあたりの感性が姉によく似ていた。
その姉は、未だに開いていない宝箱を見てはぁはぁとしている。
「さて、それじゃあ誰が開けましょうか」
と、馬場が癖で命子を見つめるが、命子はお姉ちゃんなのでグッと我慢して、萌々子にその役目を譲ってあげた。
「も、モモちゃんとアリアちゃんで開けていいよ」
「え、でも私もう満足しちゃったしなぁ」
「そうなの? じゃあ、モモちゃんがそんなに言うなら、わた——」
「あ、でも、元はと言えば光子たちが頑張ってくれたから宝の地図が見つかったし、また光子たちに開けさせてあげたいかな」
「わ、わーおっ、名案……っ!」
命子はお姉ちゃんなので我慢した。
そんな命子の肩を同じく妹を持つメリスがポンと叩いた。
というわけで、光子、アリス、アイ、イザナミに宝箱を開けさせてあげることになった。
4人は宝箱の前でどうするのか会議する。
「みんな覚えてる? ここをこうして開けるんだよ」
萌々子が精霊たちに教えてあげる。その光景はまるで幼稚園のよう。
その説明で精霊たちは思い出したようで、みんなで協力して宝箱の蓋を押し上げた。
すると、宝箱の中から光が飛び出し、精霊たちの体に入っていった。
「わ、罠なのれす!?」
「みみみ光子!?」
「嘘でしょ!?」
アリアと萌々子を筆頭に慌てふためく一行。
しかし、当の精霊たちはケロッとしており、集まってなにやら首を傾げて会議を始めた。
『むー?』
『なん!』
『やー?』
『にゃん!』
「「「え!?」」」
その光景を見て、一行は目を見開いた。
「み、光子が喋った!」
「アリスも喋ってるのれすぅ!」
「「みっちゃんが喋ってる!」」
萌々子とアリアが手をわたわたと振って、驚愕する。光子と一緒に暮らす命子や命子パパも他人事じゃなく、テンション高く手をブンブンした。
「やーって言ってますわ! か、可愛い!」
「こっちはにゃーって鳴いているデス!」
その可愛らしさにささらたちも女子の本能を爆発してキャッキャする。
「ふーむ、興味深いね」
「アンタ、もう少し素直に喜べないの?」
遠目から光子たちを観察する教授に、馬場が半眼で言う。
「同じ精霊使い仲間だからね、もちろん喜んでるさ。そうではなく、私が興味を持ったのはあの宝箱の効果だ」
「パワーアップの宝箱だったかもしれないってこと? あー、たしかにそんな宝箱聞いたことないわね。あ、でも魔力玉があるか」
ダンジョンを初回クリアすると、最大魔力値を少しだけ上げる魔力玉が人数分貰える。
「地球さんはパワーアップについて努力を基本としているが、このレベルのダンジョンで宝探しをしたのだから、そこそこのダンジョンを初回クリアした程度の努力として認められたとも考えられる。例えば、魔力30点程度の強化をしてもらえたとかね」
「それを精霊が貰って言葉を話せるレベルに達したってことか」
「光子君とアリス君はいつ話せるようになってもおかしくなかったし、軽い強化でも到達できたのだろう」
光子とアリスは、世界で初めて人と契約した精霊だ。
萌々子たちが年齢的にダンジョンで活動できなかったのでアイよりも成長が遅いが、その経験値はかなり多いはずである。
「まあこの宝箱1回だけでは何とも言えないが。次回の発見者に期待ってところだね」
一行が各々でそんなやりとりをしていると、宝箱を隠していたギミックが光に包まれた。
「むっ、今度はなんだ!?」
楽しんでいた命子だが、すぐに表情を引き締めて萌々子を背後に隠した。
ささらたちも警戒を強める。
光は球体となり、次の瞬間、ヒュンと空へ向かって飛んでいく。
光はそのままどこかへ飛んでいってしまった。
命子たちがいる場所からはギミックが無くなり、ただ少し開けた広場だけが残っていた。
「ど、どういうことデス?」
狼狽えるルルの言葉に、命子が考察を口にする。
「もしかして、また新しいギミックとしてどこかの島へ行くのかな?」
「何度でも楽しめる仕様!」
それを聞いた萌々子は、夢みたいといったような驚きの顔をするのだった。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、評価、感想、大変励みになっています。
誤字報告も助かっています。ありがとうございます。




