12-12裏 その頃の風見女学園
本日もよろしくお願いします。
風見女学園の命子のクラスでは、数人が大型タブレットを持ってきており、昼休みの間などには動画を流してくれている。
大体は自分たちの動画が適当に流されているのだが、その日の休み時間はたまたま時間がぴたりと合ったので、『イヨのヤマトちゃんねる』の生配信が流れていた。
画面の中では、ウラノスで空の旅をしている命子たちが、甲板の上で運動をしている光景が映し出されていた。
元気そうな仲間たちの姿を見ながら、ご飯をもぐもぐするクラスメイト。このあとにウラノスが事件に巻き込まれるとは知らずに。
「あの子たちもストイックよねぇ」
「でも、私たちもウラノスに乗ったら体がなまっちゃうかもね」
「お布団とスマホが恋人だった頃にはもう戻れないのか」
「優しきハーレムとの決別じゃん」
多くの子が活動的になり、何日もじっとしている生活はもうできそうになかった。
「うわ、ささらちゃんえっぐ」
「あの下に寝っ転がってみたい」
「ふわ、なにそれ4DXやん!」
手足を段差に置いて腕立て伏せをするささらの様子に、多くの子が釘付けになる。
それから何がどうしてそうなったのか、4DX女王選手権になった。
高い位置で腕立て伏せする友達の真下で審査員が仰向けになって寝転がる、という極めて頭の悪い大会だ。男子がいないとこうなる。
「なんかすんごいドキドキする! はわっ、抱かれちゃう……って来ないんかーい! はわ、またぁ……ってやっぱり来ないんかーい! て感じ!」
「脳がバカになる4DX!」
「次アタシ! アタシも審査員やりたい!」
キャッキャキャッキャ!
なお、今日の遊びの風景は動画サイトの規約違反を恐れて撮影されていない。
そして、昼休みも終わり間近、4DXの女王が決まりかけたその時であった。
「きゃあああ! ちょ、ちょっとみんな、見て見て!」
未だに映しっぱなしだった動画で大きな騒ぎが起こった。
ウラノス消失事件が始まったのだ。
青い光の奔流に飲みこまれる命子たち。
「「「め、命子ちゃーん!?」」」
クラスメイトたちが容疑者の名前を叫ぶ中、ウラノスは突如として現れた謎の浮遊島に飲みこまれていくのだった。
それからすぐに、全校生徒と教員たちのスマホや携帯電話が一斉に鳴り始めた。風見女学園修行部の連絡用グループチャットの通知音だ。
内容は。
『羊谷命子さんたちを乗せたウラノスにて大事件発生。現在、羊谷命子さんたちの安否を問い合わせ中です。また本件におけるネット上での不用意な発言には注意してください』
というもの。
これが、命子たちの消失からわずか1分後に送られてきた。
この連絡で特に伝えたいのは、後半の注意喚起。
女子高生のプイッターヂカラを舐めてはならぬ。箸が転がった5秒後には、『お箸テーブルから轟沈!』と投稿されるくらいには早い。
だから、迅速にこのチャットが飛ばされたわけである。
結果、午後の授業が潰れ、体育館にて全校集会となった。
学校側の狙いは、興奮した生徒たちが迂闊な行動を取らないようにするためだ。『羊谷さんたちが事件に巻き込まれて大変なんです!』というものではない。
このように、修行部の情報部隊も学校側も、生徒のことを考えた現実的な対応を取っていた。
放課後になると、生徒たちの活動が始まる。
命子たちが事件に巻き込まれても世界は回るし、女子高生もわちゃわちゃするのだ。
いつも通り、そこら中で修行や研究、撮影、会議などが行なわれているのだが、本日はやはり少し様子が違った。
命子のクラスメイトであるナナコもその1人だ。
ウラノス事件に対して自分に何ができるわけでもないが、居ても立っても居られない気分。
とりあえず青空修行道場に行こうと思っていると、そんなナナコに話しかける1年生が現れた。
「ナナコお姉様! お疲れ様です!」
ナナコの前で3人の1年生たちがビシッとお辞儀をする。
この3人は、以前、ナナコが同行した魔法少女化合宿で仲良くなった1年生であった。
さらに、その中のリーダー格の子は、入学したての頃にナナコが上下関係を叩き込むために曲がっていないリボンを正してあげた少女であった。あだ名をサンちゃんという。【10-2参照】
「ええ、みんなもお疲れ様」
『っ!』
上下関係が正しく叩き込まれていることに良い気持ちになったナナコは、シャランと髪を払った。精霊のルナもそれを真似して、シャランとする。
「あのあの、羊谷先輩たち大変なことになっちゃいましたね」
「そうね。でもまあ、いつものことよ。私があいつらと友達になってから、こういう事態はそろそろ両手の指じゃ足りなくなりそうだから」
「「「しゅっげぇ!」」」
このしゅっげぇは、果たして巻き込まれ体質の命子たちに向けられたものか、そんな友人の帰りを余裕ある態度で待つナナコへ対するものか。
なんにせよ、1年生の尊敬が留まるところを知らない。
「それでなにか用?」
「は、はい。その、もし良かったら生配信のコラボをしてほしくて」
「コラボ? ふむ。いつ?」
「あのあの、急で申し訳ないんですけど、今日です」
「マジで急ね。コラボしてなにするの?」
「えっと、羊谷先輩たちのファンは、今回の件できっと凄く心配していると思うんです。だから、励ましの言葉を送りたいなって。内容自体は短いトークです」
少し興奮気味にそう言うサンちゃん。
ところが、それを聞いたナナコはぶわりと殺気を放った。
優しいお姉様の突然の威圧に青ざめた1年生たちは、ペタリと尻餅をついた。
「普段命子ちゃんたちを商売の道具にするのは良いけど、こういう時はダメよ。2、3年生はそれを暗黙の掟として守っているわ。知ってるわね?」
2、3年生と卒業していった元3年生たちは、事件に巻き込まれている最中の命子たちをネタにして金稼ぎをしようとはしなかった。
全員が清廉潔白な心持ちというわけではないが、元部長の統率力が凄まじく、現在でも暗黙の掟として残っている。ただし、無事に帰ってきたら盛大に稼ぐが。
これは自粛の念からのものではなく、仲間が元気な姿を見せていないのにそれをネタにして金を稼げば、はした金の代わりに名誉や友情、誇りを失う可能性があるからだ。
これが風女っ娘の仁義の通し方であり、自己防衛の考え方であった。
新しく仲間になった1年生にも、その辺りのことは徹底させなければならない。
しかし、サンちゃんは力強い目をした。
「お、掟のことはわかっています。でも、何かしたいんです!」
「私も!」「あたしもです!」
お姉様の殺気に耐えながら、1年生たちは自分の気持ちを口にした。
ほう、いい目をしおるわ。
その目を見たナナコは殺気を引っ込めると、優しく微笑んだ。
「あなたたちの気持ちを疑って悪かったわね。いいわ。それじゃあコラボしましょう」
「ほ、本当ですか?」
「ええ。私だって何かをしたいのは一緒だもの」
「「「ありがとうございます!」」」
ナナコが了承すると、3人は真剣な顔で頷いた。
「それで具体的にいつから? それとどんな内容を話すの?」
「これから教室でやろうと思います」
それから簡単な打ち合わせをして、ナナコは頷いた。
「わかったわ。じゃあちょっと心の準備をするから、20分後にあなたたちの教室に行くわね」
「はい、よろしくお願いします!」
「あと、今回の生配信は収益をオフにしておいてね。私のチャンネルへのリンクも貼る必要はないから」
「わかりました!」
フォーチューブに投稿できる動画は、動画ごとに広告収入やスーパーチャットを得られるようにするか決めることができた。今回はそれをオフにするようだ。
颯爽とその場を去るナナコの後ろ姿を、サンちゃんたちや話を聞いていた他の1年生たちが憧れの眼差しで見つめる。
友のために殺気を放出し、この機会を利用すれば手に入るであろう大金にも目もくれないその姿が、1年生の目には最高にカッコ良く映ったのだ。
一方、ナナコは足をガクつかせながらその場を去っていた。
ナナコは基本的に小市民なので、他人に意見するのはなかなか勇気が必要だったのだ。
ナナコはドッキンドッキンしながら2年生のトイレに入ると、個室に入ってスマホを取り出す。そして、イヤホンを耳につけ、とある動画を再生した。
それは自分用に作成した命子のイキリ動画集。
様々なシーンで良い感じのことを言いまくる命子の姿がセットになった、お得な動画だ。
ナナコはこの動画を見ると勇気が出た。
顔出し上等で中二病をこれだけ全開にできるクレイジーな人間が世の中にはいるのだと。だから下を向かずに堂々と生きようと、そう思えてくるのだ。
フォーチューブデビューした日も、この動画を見て勇気を貰ったものだ。
動画を見つめるナナコは、命子が「修行せい!」と眼光をギラつかせるタイミングで、己もまた目をカッと見開き、秘密の呪文を口にする。
「命子ちゃん……憑依っ!」
その瞬間である。
ギンッとするロリっ子の眼光から、みょんみょんみょんと怪電波がナナコの網膜に流れ込んでくる。すると、ナナコの脳内にちっちゃな命子が出現し、ガシーンとコックピットに搭乗した。
トイレの個室から出てきたナナコはとても堂々としていた。
いまナナコの体に命子が憑依しているのだ。命子はダンジョンで修羅修羅している最中だが、とにかく憑依しているのだ!
準備は万端。
こうしてコラボが始まった。
「「「キーンコーンカーンコーン!」」」
「豚っ子のみなさん、『放課後超鞭クラブ』の時間です!」
3人のセルフチャイムボイスのあとにリーダーのサンちゃんが挨拶して、生配信が始まった。
その番組名とリスナーさんの呼び方に、ナナコは内心でふぇええとした。
サンちゃんたちのチャンネルは最近新規開設したので、ナナコはその番組名を知らなかったのだ。
しかし、よくよく考えると、この3人と魔法少女化合宿に行った際に全員が鞭使いだったことを思い出す。
非常に尖った構成のパーティだったが、スキル【マジックフック】によって空中移動ができる鞭の人気は高く、他の攻撃方法を充実させれば問題ないと思って、そのように指導した。
リスナーさんのコメントがノートパソコンに流れていく。
それは『ぶひぃ!』『ぶひぃ!』と、まるで養豚場のよう。
ナナコはふぇええを深めてドン引きの手前まで来た。
こんなんPTAかお巡りさんがスッ飛んでくるやつじゃん、と内心でひやひやする。
「本日は特別ゲストに来ていただいています。豚っ子のみんなの中にもご存じの方はいるかと思いますが、なんと! 先輩のナナコお姉様です!」
紹介されたナナコは、ハッとした。
「皆さん、こんにちは。ナナコです。こっちは精霊のルナ。今日はよろしくお願いします」
豚っ子のみんなは『うぉおお、ナナコちゃん!?』等、人語でコメントをくれたので、ナナコはホッとした。
「ナナコお姉様と私の出会いは、それはもうマンガのようだったんですよ」
「サンちゃん、それはもう10回は聞いたよ。リボンを直してもらったんでしょ?」
「そうなんです!」
ナナコはあの悪戯が10回も語られていることに怯えた。同時に、唯一の目撃者である命子が帰ってきたら、絶対にネタバレしないようにお願いしなければならないと心に誓う。
「それよりもまずは謝らないと」
「ハッ、そうでした。今日は馬場翔子大先生が考案したガンマン抜きを練習するライブ配信を予定していましたが、内容が変更になりました。すみません」
サンちゃんたちが謝ると、コメントでは『状況が状況だから仕方ない』等、温かいコメントが流れていく。
ちなみに、ガンマン抜きは腰に丸めて下げている鞭を、一瞬で引き抜く馬場が考案した技術である。鞭の抜刀術みたいなものだ。
「すでにご存じの豚っ子さんも多いと思いますが、現在、羊谷先輩たちを乗せたウラノスが謎の浮遊島に飲みこまれて行方不明になっています」
『マジで!?』『ぶひぃ!?』と知らない人もいる様子だ。
「学校も大変な騒ぎでした。ナナコお姉様、いつもこんな感じなんですか?」
サンちゃんがナナコに話を振った。
キタ、とナナコは憑依させた命子に身を委ねた。特に舌。
「そうね。だいたい最初は情報を集めるけど、あの子たちっていつも最先端にいるから、情報なんて集まらないのよね。だから、最終的には信じて待つしかできなくなるんだ」
「たしかにそうですね。先輩たちが巻き込まれる事件って、いつも誰も体験したことのないものばかりですものね」
ほかの1年生の言葉に、ナナコは頷いた。
「命子ちゃんたちが無限鳥居に落ちた時は、ただ単純にみんな不安に思ったんだ。あの頃は地球さんのレベルアップがどんなものかわからなかったし、クラスメイトがいなくなって凄く不安に思う子が多かったな」
ナナコは1年前のことを思い出して語る。
「でも、あの子たちは元気に帰ってきた。それから事件が起きるたびに、私は帰り道に風見山の中腹を眺めるの。無限鳥居がある場所ね。あそこから帰ってきたんだから、今回も大丈夫だって、そう思うんだ」
ナナコのトークに、サンちゃんたちはコクコクと頷く。
先輩とのコラボということもあって、教室には他にも生徒がおり、彼女たちも興味深そうにナナコのトークを聞いていた。
「ナナコお姉様はもう何回も体験していますけど、私たちは初めてだし、やっぱり心配です。どうすればいいですか?」
「私だって心配だよ。でも、心配しすぎてもダメ。心配してもあの子たちは私たちの手が届かない場所にいるし、私たちにできることはないもの」
「そんなぁ」
「命子ちゃんたちと付き合うなら……1年生だと紫蓮ちゃんが付き合いやすいのかな? とにかくあの子たちと付き合うのなら、こういうことが起こるって覚悟して、信じて待たないとダメ。そうしないと心配しすぎてヘトヘトになっちゃうでしょ?」
「……はい」
「待っている間、私たちは自分がやるべきことをしっかりとやるの。社会人なら仕事、学生なら勉強、今だと修行もか。リスナーさんに声を届けたかったら配信もね。それで休憩時間にスマホを見て、帰ってきてないかなって調べるの。その日に帰ってこなかったら、夜寝る前にお祈りしてくれればいいよ。そうして帰ってきたら、盛大にお祝いしてあげれば、それだけで命子ちゃんたちは喜ぶから」
「わっしょいですか?」
「そうだよ」
いずれサンちゃんにやってあげようと思いながら、ナナコは話を続けた。
「命子ちゃんたちを待つ間、笑いたかったら笑ってもいいし、楽しいことがあったら楽しんでいいんだよ」
「自粛とかしなくていいんですか?」
「そんなことしても命子ちゃんたちは喜ばないよ。むしろ、命子ちゃんたちに遠慮しちゃダメ。そうしないと命子ちゃんたちが次に冒険をする時に、私たちが凄く心配しているって思って焦っちゃうでしょ?」
「はい、焦っちゃうかもしれません」
「あの子たちと並び立つには、それじゃあダメだよ」
ナナコは口の中で舌を湿らせ、ラストスパートをかけた。
「あの子たちも私たちも冒険を心の底から楽しんでいるの。でも、みんな無責任にはなりきれない。だから日々修行して、その成果を隠さずに公表し、親はもちろん世間に自分たちの実力を知ってもらっているわ。命子ちゃんたちはそれを真っ先に始めて、みんなを安心させる努力をしてきた。いっぱい努力をしている仲間だから、私たちは絶対帰ってくるって信じてあげられるんだよ」
「凄い信頼関係です! わ、私たちもそんな風女っ娘になれるでしょうか?」
「もちろんだよ。だから、命子ちゃんたちが冒険をしている今も自分のやるべきことを頑張るんだよ」
「「「はい!」」」
ふんすぅとするサンちゃんたち。
ナナコはそんなサンちゃんたちの頭をよしよしと撫でて、上下関係を叩き込んだ。
「リスナーのみんなも、寝る前に命子ちゃんたちの無事をお祈りしてくれたら嬉しいです」
ナナコの呼びかけに、豚っ子さんたちは『そうする!』『日の出までやる!』と好意的。
「ありがとうございます。命子ちゃんたちが帰ってきたら、優しいリスナーさんたちがお祈りをしてくれたことを伝えますね」
こうして、ナナコは話を締めくくり、少しの雑談のあとに、ウラノス事件についてお知らせする短い配信を終えた。
その瞬間、ナナコの中からちっちゃな命子がピュンと抜け出し、舌が重くなった。
サンちゃんたちの動画は、この日に風女生徒が投稿した多くのお知らせ動画の一つに過ぎなかった。けれど、ナナコは命子たちのために少しは何かできたかなと思った。
学校からの帰り道、ナナコは無限鳥居がある風見山の中腹を見つめた。
配信で言ったことは配信用に作ったエピソードなどではなく、ナナコが実際にやっていることだった。
山の景色を見つめると、地球さんTVでの命子たちの活躍を鮮明に思い出し、命子たちなら今回も無事に帰ってくると思えて安心できたのだ。
その日にナナコが寄った場所では、どこもウラノスの話題でもちきりだった。
青空修行道場でも、電車の中でも、当然、家の中でもそう。
夕飯を食べた後、宿題をやった後、筋トレをした後と、その合間合間にナナコは配信で言ったように、スマホでニュース速報を閲覧して命子たちの帰還情報を探す。
お風呂に入れば、メリスと一緒に入った刺激的なお風呂を思い出したりして。
そうしてお風呂から上がったら、またニュース速報を検索するけれど、先ほどと何も変わっておらずスマホをポイッとベッドに放った。
「まるで片思いみたいじゃん、ねっ、ルナ」
『?』
自分と同じパジャマ姿でぬいぐるみを抱くルナは、小首をコテンと傾げた。
ナナコはそんなルナをこちょこちょと指であやして、寝る準備をした。
「ルナ、おいで。一緒にお祈りするよ」
『っ!』
カーテンを開け、お月様に向かってナナコとルナは手を合わせた。
「どうかみんなが無事に帰ってきますように」
『っ!』
その日、日本ではナナコと同じように、寝る前に命子たちの無事をお祈りする人がちょっとだけ増えるのだった。
読んでくださりありがとうございます。
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