2-19 第5層と3日目の夜
本日は2話投稿します。
よろしくお願いします。
そうして、12時を過ぎた頃、第5層に突入した。
そう判断したのは、敵に4体編成が現れたからだ。
「敵4体!」
「ニンニン!」
「ですわ!」
4層から5層までのスパンが短い、と焦る気持ちを抑えつけ、命子はすぐさま戦闘態勢に入る。
市松人形A、B、杵ウサギ、タヌキの布陣だ。
すぐにタヌキがバフをかけ始めた。
ルルの水芸で市松人形Aを驚かせ、ささらがスラッシュソードでノックバックさせてそのまま市松Aの相手を始める。
命子は火弾を発射して杵ウサギの手から杵を弾き飛ばし、その瞬間にルルが高速移動で杵ウサギと開戦する。
小鎌の刃を杵ウサギの顎に引っかけて空中に浮かせたルルは、その一瞬の間に水芸で市松Bに水を浴びせて驚かせる。
一方、火弾を放ち終えた命子はすぐさま水弾を敵最後方にいるタヌキに放って牽制し、自身は走り出して市松Bに接敵する。
命子と市松Bが接敵しようとした時、杵ウサギを空中に浮かせたルルと目が合う。
ルルは、忍者刀を持った手をニンッ! とやる。その瞬間、命子と接敵しようとしていた、市松Bが石畳から噴出した水で硬直した。
その隙を見逃さず、命子は市松Bをサーベルで斬りつける。ノックバックを取り、魔導書と合わせて連撃。命子の戦闘開始を確認しないまま、ルルはグルンと身体を戻して石畳にバウンドした杵ウサギに連撃を始めた。
「散弾来るよ!」
市松Bの背後で命子の視界に入っていたタヌキが、その注意喚起の直後に光の散弾を発射する。
命子とささらはそれを横っ飛びで回避し、ルルは杵ウサギへのフィニッシュを決めた瞬間だったために反応が遅れた。
肩の後ろと脇腹にヒットして、ルルは大きくバランスを崩す。
その衝撃にルルは逆らわずに、石畳の上で敢えて転倒して、そのままグルンと立ち上がる。
回転する視界の中で、市松Bが自分に標的を向けたことを捉えていたルルは、すぐさまその場を離脱した。
ルルの背中を斬りつけようとしていたカタナが空を斬る形となった市松Bの頭を、魔導書アタックでぶっ叩いた。
石畳に叩きつけられてバウンドする市松Bの胴体に、いつの間にか市松Aを倒していたささらのサーベルが突き刺さり、光に還った。
それと同時に、命子は水弾を放ち、新たな魔法を放とうとしていたタヌキの顔面にヒットさせる。
連携に連携を重ねた3人が、光に変わりつつある血のりを払いながら、残ったタヌキに接近する。
今回、杵ウサギを最初に倒したが、カチカチ山は発動しなかった。
それはルルが上手く倒したからだ。
カチカチ山の発動は、普通にキャンセルできるのである。
また、タヌキにも他の特性があることを命子たちは発見していた。
火弾を浴びせると、強制的にカチカチ山が始まるのだ。
カチカチ山の強化率は高く、スピードが普通の犬ほどまでに上がるので、それに気づいた戦闘では、水弾が再装填されてなかったら危ない場面であった。
ちなみに、カチカチ山はタヌキの命を恐ろしい速さで消耗させる仕様でもあった。
仲間がいなければ強くないタヌキを、3人で倒す。
ここに至るまで、タヌキの放つ光弾により命子もささらもルルも、何回も攻撃を受けていたので、慈悲はない。まあ、杵ウサギを散々倒しているので、タヌキを見逃す理由はないのだが。
「ルル、大丈夫だった?」
「ニャウ。後ろからバスケットボールを当てられたくらいデス」
人によって痛みのレベルが違うのは、防御力の違いからだ。
光弾を当てられた時、命子とルルは大体似たようなもので、ささらは肩がぶつかったくらいの衝撃らしい。
「低級回復薬は必要?」
「ノーア、必要ないデス」
低級回復薬は2セット買ってある。一つ4粒入りなので8粒だ。今朝やった殴り合いですでに3粒使っており、残りは5粒だ。
骨に達するほどの裂傷や内臓への軽微なダメージまで回復する低級回復薬なので、ルルはこの程度では必要ないと思ったようだった。
「無理はしないでね」
「ニャウ。無理したら迷惑が掛かっちゃいマスからね」
「うん、そうだね。その通りだ」
日本人は辛いことを我慢してしまう性質の者が多いけれど、それが必ずしも美徳とは限らない。
海外で暮らしていたルルは、我慢する非効率について、この中の誰よりも理解していた。
4体編成が始まったということは、この辺りにセーフティゾーンがある。
今までの2つのセーフティゾーンも、やはり難易度が変わる場所の近くにあったため、3人は付近を探索した。
すると、少し戻った場所にある洞窟を越えた先に、セーフティゾーンを発見した。
今回も日本家屋風の休憩所で、内部も数パーティが休めそうなほど広々としている。
セーフティゾーンの仕様も一緒だ。
ただ、庭にある木柵の先が崖になっており、下はうっそうと茂る森となっていた。
結構怖い立地なので、そちらのほうには近づかないようにする。
セーフティゾーンの仕様を念のために確認した3人は、少し休憩すると再び探索に向かった。
来た道を探索し直すのも考えたが、今回は5層目を予行探索することにした。
というのも、自分たちよりも敵の数が上回る4体編成が、思いのほかきつかったからだ。
修行も兼ねての、探索だ。
4体編成は、敵からの攻撃を完全に躱すのは難しくなり、何度となく攻撃を受けるようになった。
しかし、思っていたよりも防御力という数値は高性能だったようで、命子たちはたとえ市松人形に腹を斬りつけられても、大きなダメージは負わなかった。
とはいえ、命子やルルが顔面を斬りつけられたらその限りではなさそうなので、顔と首だけは絶対に斬られないように気を付けた。
「はぁはぁ……敵が多い……っ!」
「ふぅ……ホントデス。倒せなくはないデスが、疲れちゃいマスね」
「タヌキが意地悪ですわ」
「それな!」「ほんとデス!」
市松人形2体とタヌキ2体の編成を倒して、命子たちは肩で息をした。
ささらも袖で汗を拭い、お店で買った『武器簡易お手入れ紙』でサーベルをケアする。これも消耗品だが、ケチって切れ味を落とすのは馬鹿らしいので、適宜使っている。
話にも出たように、タヌキが厄介だった。
コイツは3体までならそうでもなかったが、相手の数が上回る4体編成になると非常に厄介な敵に変わった。
味方のバフや光の散弾を敵後方から撃ち、命子たちの連携をかき乱してくる。
特に光の散弾が厄介で、ダメージこそ少ないが、当たった場所から体が弾かれてバランスを崩された。敵と戦っていると、その隙に攻撃を受けたりもするのだ。
タヌキが振りまくバフは、どうやら素早さと耐久力を上げる効果があるようで、攻撃力に大きな変化が無さそうなのが幸いしている。
移動速度が倍ほども速くなるバフなので、これで攻撃力も上がっていたら、相当にヤバかっただろう。
こんなタヌキなので真っ先に倒したいところだが、それは無限鳥居ダンジョンの通路の仕様によって手が出しづらくなっていた。
魔物が3体配置された幅3メートルしかない通路を越えてタヌキの下へ行くのは、難しかったのだ。ルルの高速移動なら可能だろうけれど、孤立したルルがターゲットにされたらかなり危険だ。それにルルの水芸を起点にするコンボが全てできなくなってしまう。
故に、前衛を間引きつつ、タヌキを相手にしなくてはならなかった。
5層は、敵とのエンカウント率自体は1層や2層と比べると若干落ちるが、戦闘密度が高すぎる。
あまり心配しなくて良くなっていた残り魔力量も、また懸念事項に挙がった。
この先に第6層があり、敵が5体になったりしないだろうか。
命子はそれが非常に心配だった。
さらに、もう一つ心配していることがあった。
それはみんなの服についてだ。
市松人形の斬撃やタヌキの光弾を何回か受けてしまっている。
それなのに、服は斬れたりしていないのである。
光弾なら分かるが、市松人形の斬撃を受けて何も変化が起こらないのはおかしい。
実際に、ささらのジャージは市松人形にボロボロにされたのだから。
無制限にこの状態が続くのなら良いが、耐久力みたいなのが一撃毎に減っていたら……
しかし、この探索でそれについて検証することはできない。
命子は防具の小さな変化を見逃さないように、2人に注意を促すしかできなかった。
洞窟内もやはりレベルアップしており、3体編成が出てくるようになっていた。
とはいえ、3人にとって3体編成はそこまで大変な戦闘ではなかったので、さっきまでとは打って変わって洞窟内のほうがホッとする空間になってしまった。
命子たちはある程度地図を埋め、セーフティゾーン付近に戻った。
時刻はまだ16時程度と余裕があったが、4体編成の敵と戦い続けてちょっと疲れてしまったのだ。
セーフティゾーンの入り口前で、各々が修練する。
ささらとルルは、近くに落ちていた木の棒でチャンバラしたり仮想敵と戦ったり、命子も魔力を残しつつ【合成強化】する。
敵も移動してくるため、たびたび戦闘は起こるものの、エンカウント率は移動しないほうが若干少ない。
セーフティゾーンを見つけてからの再探索で、市松が2本目の短刀をドロップした。
さらに、タヌキからはタヌキミミがドロップした。どうやらこれがタヌキのレアドロップらしい。
短刀はささらのサブウェポンに。
タヌキミミは命子がつけた。魔力が1ポイント減ったが、効果は未知。恐らく魔力に関わる何かが変わったと思われる。
さらにウサシッポがもう一つ手に入った。
これはささらが装備だ。
そうして陽が落ちそうになると、命子たちはセーフティゾーンの中に入っていった。
すぐに各々が作業を始める。
命子は魔力が尽きるまで【合成強化】をし、ささらとルルは囲炉裏を囲んでお料理だ。
料理と言っても、ウサギ肉を焼くだけなのだが。
ちなみに、タヌキとツチノコも肉を落としたが、止めておいた。
タヌキはともかくツチノコは毒アイテムかもしれないし、ウサギ肉が有り余っているのでわざわざ危険を冒したくなかったのだ。
鑑定玉を使えばそれもわかるのだが、あまり使いたくない。
合成を終えた頃に肉も焼き終わり、3人は買っておいたおにぎりを主食にして夕ご飯にする。
それが終わると、宿泊所内にある水瓶でタオルを濡らして、身体を拭いた。他の人の。
「バンザイしてクダサイ!」
「わ、脇の下はダメッ!」
「ダメデス! ワタシが拭くんデス!」
「謎のやる気! だけど、脇の下と前は自分で拭くの!」
「むぅ……どうしてもダメデス?」
「恥ずかしいからダメ!」
昨日の洗いっこが楽しかったのか、ルルが身体拭き奉行を始めたのだ。
せっせと命子の身体を拭き、世話を焼く。
命子は背面から拭いてもらい、前面は断固として拒否した。
恥ずかしすぎるからだ。
とはいえ、誰かに背中や首回りを拭いてもらうのは気持ち良かった。羊谷命子15歳、初めての体験だった。
ささらの番になると、命子は窓際でお月様を見つめた。
昨日に洗いっこをしたからか、ささらはフルコースだ。
まるでどこぞの姫みたいにツンと顔を上げてお澄まし。しかし、その顔は真っ赤に染まっていた。
そうして、最後はささらがルルにお返しをした。
ルルはそれすらも楽しいのか、ニコニコである。
お月見をする風流人な命子。
しかし、その脳裏には、微百合アニメの元気になるオープニングテーマが流れていた。
地上ならまだまだ宵の口だけど、3人は用が片付いたらすぐに床についた。
タヌキの毛皮を丸めた物をリュックに詰め、即席の枕にする。
身体の下は床張りだけれど、贅沢は言えない。
ルルを中央にして、川の字になって眠り。
昨晩と同じように、少しすると命子は起き上がり【合成強化】を始めた。
魔力はオーバー回復しないので、回復しきったら使わないと勿体ない。こと現状では、夜間に行える【合成強化】4セットを無駄にするのは、死に繋がりかねないのだ。
事実、昨晩の頑張りのおかげで、今日は何度も助かったと命子は実感していた。
昨晩頑張っていなければ、光弾を当たった時点で、戦闘に支障が出るダメージを受けていただろう。もしかしたら、猫蝙蝠の全体攻撃でみんなやられていたかもしれない。
「命子さん、ありがとうございますわ」
2セット目の合成をしている最中、ささらが静かな声でお礼を言った。
「ごめん、起こしちゃった?」
なにせ、自分たちが現在着ている着物やら袴への合成だ。
合成の際には少しばかり光が出るし、静かにやっていたけれど敏感なら起きてしまうだろう。
「いいえ、目を瞑ればまたすぐに眠れますわ。命子さんも無理はしないでくださいね」
「うん。合成強化はあまり時間が掛かることでもないしね。パパっとやって、寝るよ」
実際に【合成強化】は悩みさえしなければ、非常に早く終わる作業であった。
命子はすでに布の強化素材、金属の強化素材、といった風に分けているので、あとは順番に振り分けていくだけだった。
「命子さん」
「なぁに」
「……ありがとうございますわ」
それは夢と現の狭間でブランコを漕ぐような会話だったのか、ささらはそれっきりクテンと眠りに落ちた。
明け方から夕暮れまで山登りと戦闘を繰り広げていたので、無理はなかろう。
命子は、その二回目のお礼が、夜なべしていることに対してではなく何か違うことのような気がした。
合成が終わり、再び目を閉じると、命子は何故だか河川敷でささらと出会った時のことを思い出しながら、意識が落ちていった。
一緒に走ろうと誘った時の、ささらの嬉しそうな笑顔を。
読んでくださりありがとうございます。
この後、10分ほどしたらもう1話投稿します。