12-8 溺れる宝箱さん
本日もよろしくお願いします。
初戦を終えたウラノスは、第一の浮遊島に到着した。
そこには小規模な湖と森が島の片側ずつに分かれてあった。
ウラノスと雷神は未調査の湖には着水せず、その上空10m程度の場所で空中停止した。
浮遊島の上とそれ以外では、戦闘におけるリスクが大きく変わる。
仮に、空の移動中に撃墜されたら雲海に落ちて終わりだが、浮遊島の上ならば生き残る目が出てくる。
このため、初戦を終えてのディスカッションはこの場所で行なわれることになったわけだ。
雷神と無線で繋ぎ、ディスカッションが始まった。
場所は相変わらず甲板上で、主に森を警戒した位置取りで各々が話を聞く。
『カラスの群れは、森から飛び立ったのが確認されています。船外カメラの映像で調査した結果130羽と戦闘になり、ウラノスには66羽が向かった模様です。また、スキル覚醒と思しき強化個体は30羽確認されています。この個体がそれぞれ2から4羽を率いていた様子です』
雷神から、そう報告があった。
『被弾を受けた者は戦闘不能にならないまでも、ノックバック性が高く、一時的に戦闘ができない様子でした。なによりもこの攻撃による船外落下の方が恐ろしいので、フォローを密にしてください』
それを聞いた命子は、ふむふむと頷いて冒険手帳に丸文字でメモしていく。
そんな作業をしながらも森が見やすい位置取りにいるあたり、命子はダンジョンプロだった。
教授が言った。
「あれだけの大きさの鳥の突進なら、弾き飛ばされてもおかしくはないか。まとめると、直線の高速移動を得意とし、ノックバック性能が高い。その代わりに防御力はかなり低いと言ったところだろうか」
『はい。あと、白兵戦でマストに当たって墜落した個体がいたのですが、その個体は通常のカラスのようなかぎ爪と嘴による頭部への攻撃にシフトしました。この攻撃の裂傷性はそこそこ高く、低級回復薬を一つ消費しました』
「マストへの被害は?」
『ありません』
「ふむ。頼んでおいた観測者の魔力ダメージはどうでしたか?」
飛空艇の船体強度は元々かなり高いが、そこからさらに搭乗員の魔力を使うことで高められる。非常に頼もしい一方で、船体に攻撃されると搭乗者全員の魔力へ均等割で強制ダメージが入る欠点もある。
この時の魔力ダメージは、準備しなければ算出できない。
教授はあらかじめ、戦闘が始まったらそれぞれの船でステータス画面とにらめっこする人員を決めさせ、飛行のための魔力消費とは明らかに違う魔力の減少を観測させていたのだ。
非常にアナログだが、魔力を観測して記録する計器が未だ開発されていないので、こういった手段を取るしかない。
『申し訳ありません。微々たるもので観測できずです。おそらく1点以下でしょう』
しかし、残念ながら、今回のマストへのダメージでは観測できなかったようだ。
「なるほど、わかりました」
飛空艇の運航にはさまざまなところで魔力が消費されるので、ダメージが軽微だとどの由来で魔力が消費されたかわからないのだ。
「しかし、今回の敵は攻撃力が高い種類ではなかったと思われます。以降の戦闘でもこの人員は用意してください」
教授の言葉に、両船長が了承した。
「小数点以下でも注意が必要ですわね」
ささらが命子の隣で冒険手帳を覗き込みながら言う。
「だね。0.1でも10発食らえば1だしね。ガンガンやられたら一気に減っちゃう」
命子はそう答えながら、『軍隊ガラス』とカラスを命名して冒険手帳を仕上げた。
「軍隊ガラスですの?」
「そうだよ。隙あらば命名していくんだ。命子ちゃんだけに」
「まあ!」
新世界は、命名した者勝ちだ。
命名した物は鑑定結果や妖精店の店主たちがその名前で呼ぶようになる。
だから、魔導書は魔法本ではなく魔導書なのだ。命子がそう呼び始めたから。
「誰かほかに気づいた点はないかな?」
教授が問うので、命子が手を挙げた。
みんなが注目するので、命子はキリリとした。
「地球さんTVでいろいろな難易度変化級ダンジョンを見てきた限り、最初の敵の数は少ないです。このダンジョンでもその法則が適用されるかもしれないので、注意した方がいいかと思います」
「なるほど。つまりあのカラスの群れが他のダンジョンでいうところの1体から3体くらいのパーティに相当する感じだということだね?」
「はい。まあ全ての種類が大軍で来るとは限らないので、軍隊ガラスだけに当てはまるかもしれませんが」
命子は『軍隊ガラス』を浸透させようと、さらりと話に混ぜ込んだ。
「うん、尤もな意見だね。聞いての通り、この件も留意しつつ警戒してほしい」
ディスカッションは終わり、次は第一浮遊島の探索を始めた。
なんといっても湖が使えるかどうかが重要である。
この湖に生息する魔物次第で、休憩に対するリスクが変わってくる。
探索のための小型飛空艇が飛び立っていく。
ある程度の安全が確保されたので、命子たちも船縁に立って、それを見送った。
「綺麗ですわー。底まで見えますわよ」
そんな位置なので湖の様子も見え、ささらが感嘆の声を漏らす。
「あ、魚。魔物かな?」
隣で一緒に覗き込む命子が、魚を発見する。
「まあ! 釣りをして食べるためでしょうか?」
「ひゅー、ささらの思考も野性的になったね」
「ハッ、本当ですわ! お魚さん可愛いですわー!」
「やり直しちゃダメ!」
命子はやり直したささらのお腹をこちょこちょした。
「ドローン隊、飛ばしてください」
小型飛空艇が飛び終わったので、馬場の号令で今度はドローンが飛び立った。
「ドローンだって!」
「ルルさんのお父様が操縦しますわよ」
「いこ!」
その内の一機をルルパパが操縦しているので、命子たちはその周りをうろちょろし始めた。
「パパ、上手デス!」
「そりゃこういう仕事をしてたからね」
「パパ殿パパ殿、あっち行ってみるでゴザル!」
「アイアイサー」
ルルパパはMRSに転職する前に、カメラマンをしていた過去がある。
市や企業のPR動画を作成する際には空撮が確実に喜ばれ、その関係で非常に操作が上手かった。
そのスキルで娘たちにちやほやされて、ルルパパは良い気持ちになった。そして、さらなるちやほやを求めて、アクロバット飛行を披露する。
それが発見を生んだ。
「あっ、ルルパパ! 今のところ! ちょっと戻って!」
メリスの背中にもたれかかってモニターを見ていた命子が、慌てて叫んだ。
耳元で騒がれたメリスは、うるさそうに片目を瞑って顔を離す。
「え、今のところってどこ?」
「くるんと回ったところ! 湖の中に宝箱さんがいたの!」
「マジかよ命子ちゃん。よく見えるな」
「メーコは宝箱狂いデスからね」
「へへっ、まあね!」
「それでいいんだ」
アクロバット飛行をしたのでカメラワークは高速になるため、その映像から宝箱を見つけるのは至難の業だ。それができたのは本当に【龍眼】の力のおかげなのか。
というわけで、付近の湖面をゆっくり探索してみると、たしかに湖の中に宝箱がぼやけて見えた。
「馬場さん馬場さん! 宝箱宝箱! 宝箱さん!」
命子が呼ぶと、馬場がやってきた。
「ほーん、どこにあるの?」
「湖の中! ここ、ここ!」
命子はモニターを指さして教えてあげた。
「流さん、これはどこですか?」
命子の説明では全然わからないので、馬場はルルパパに尋ねた。
ルルパパは指さして自機の場所を教えた。
すると、馬場はトランシーバーで喋りだした。
「礼子、湖の深度は? 送れ」
教授は現在、操舵室で湖の中の様子を調べていた。
飛空艇は水上に降りる機会が多いので、そういった機器も搭載されているのだ。飛空艇が飛べる都合、船底からケーブルを伸ばして機器を水中へ落とせる造りになっている。
『最大で10mほど、浅い場所だと5mといったところだね。30cmほどの魚が泳いでいるが、水中カメラや小型飛空艇の調査員を襲わないところをみると、これはおそらくは魔物ではないだろう。送れ』
「命子ちゃんが湖の中で宝箱を発見したわ。引き上げる方法を考えてちょうだい。送れ」
『了解。場所を教えてくれ。ウラノスをその上まで移動させる。送れ』
そんな会話を聞いて、イヨが紫蓮に尋ねた。
「なんで送れって言ってるのじゃ?」
「あの道具はスマホみたいに同時に会話できない。話す場合はボタンを押して、聞く方はボタンを離す。同時にボタンを押したらダメ。だから話したいことを終えたら『送れ』とか『どうぞ』って言って、相手からの反応を待つ」
「はー、なるほど」
「でも同時に会話できるやつもある。さっきのディスカッションで使ってたのはそれ。使う機会があったら誰かが教えてくれるから大丈夫」
紫蓮の知識にイヨは感心しつつ、わからないことは誰に聞けばいいのか学習していく。
ウラノスがルルパパのドローンがいる場所まで移動すると、しばらくして教授が甲板に上がってきた。
「教授教授! 宝箱さんが溺れてる!」
「水中カメラで確認したよ。深度は5mといったところだ」
「早く助けないと!」
「しかし、我々が湖中に入るのはもうしばらく避けたい」
「そんな!」
「そこで、あれを使う」
教授はそう言うと、先端にフックがついたワイヤーロープを指さした。
命子はワイヤーロープを持って湖を泳ぐ自分をぽわぽわーんと想像した。うん、いける!
「いけない」
「紫蓮ちゃん、私の心を読まないで!」
「ぽわぽわーん、キリッてしたデス」
「してましたわね」
「覚悟した目でゴザル」
紫蓮だけじゃなく全員が命子の心を読んでいた。
「じゃあどうするんですか? そういうメカがあるんですか?」
「さすがに作業アームは搭載されてないよ。あれを伸ばして、精霊に作業してもらうんだよ」
「て、天才現る!」
教授が出した答えに、命子はぴょんと跳ねた。
精霊は基本的に無敵なので、こういう場合に役に立った。
「まずは予行練習だ。イヨ君、イザナミを借りてもいいかい?」
「うむ。イザナミ、出番なのじゃ」
『なん!』
『むーっ!』
イザナミとアイがやる気を示した。
「みっちゃんとアリスも呼んできましょうか?」
「ふむ、そう……だね。これからのことを考えると、今のうちに経験を積ませた方がいいだろう」
というわけで、命子はダッシュして船室にいる萌々子とアリアを連れてきた。
「本当に大丈夫?」
萌々子が不安そうに言う。
光子がダンジョンの風呂で流された経験があるので、湖に入れるのが不安なのだ。
「見た限り、変な魔法陣などは発見されなかった。これからの探索で光子君が船の下などで活躍することは多くなるかもしれない。比較的安全そうな序盤で経験を積ませてみてはどうかな?」
「そういうことなら……わかりました」
萌々子は納得して頷いた。
教授は宝箱に見立てた箱を用意して、ワイヤーフックをどのように固定するのか教えた。
ワイヤーロープの先端には四つに分かれた拡張ロープがつけられ、その先端につく4つのフックを宝箱に引っかけるだけなので、そこまで難しい作業ではない。
「君たちの安全が最優先だ。もしも魔物が襲ってきたらすぐに逃げてくるんだよ」
『なんなん』『むー』『『っっっ!』』
教授の言葉に、4人はビシッと敬礼して見せた。
いざ実践。
湖中に潜った精霊たちは、すでに伸ばして湖中にあるワイヤーを手に取った。
『っ!』
光子が宝箱の方を指さしてみんなに教えてあげると、全員でそちらへ移動した。
精霊は水の中での活動もお手の物なのですいすい移動できる。ただ、持っているワイヤーは実体なので、いつもよりも苦労しているようではあるが。
『なん~?』
『むーっ!』
4人は宝箱の周りをうろうろしたり、上に乗ったりして観察する。
そうして引っかける場所を発見した4人は、それぞれが持つフックを引っかけた。
『むー?』
『なん!』『『っっっ!』』
アイの質問に、それぞれがオッケーと返事した様子。
すると、イザナミが宝箱の上に乗って、『なん~なん~』と枝をふりふりした。
一方、船の上では瞑想するイヨの姿が。
「教授殿、どうやら準備ができたようなのじゃ」
イザナミから送られてきた念話を受けて、イヨが言う。
「ほう、早いね。それじゃあ引き上げよう」
イヨからの報告を受けた教授がレバーを操作して、ワイヤーを巻いていく。
ほどなくして、湖面から宝箱が引き上げられた。
その上には精霊たちが乗っており、それぞれがエーックスをしながら現れた。
「おーっ、撮れ高デス」
「か、可愛いですわー!」
その様子をルルがスマホで激写し、ささらがきゅんきゅんする。
湖面から引き上げられると、近くに待機していた小型飛空艇が補助をして途中落下を防いだ。
任務を終えた精霊たちはそれぞれの飼い主の下へ飛んでいき、どこか誇らしげだ。
「光子、頑張ったね!」
「アリス、偉いのれすよー!」
萌々子とアリアが褒め、精霊たちはキャッキャと喜んだ。
こんな成長を見せられては、さすがの命子も病気を発症できぬ。
「この宝箱は精霊たちのものだね。みっちゃんたちが開けるといいよ」
そう言いつつも、命子は未練がましくチラチラと宝箱を見つめる。
誰かが「いいよいいよ、命子ちゃんが開けな」と言ってくれるのを心のどこかで期待していると、萌々子が問答無用でその期待を裏切った。妹なので、そのあたりの遠慮は一切ないのだ。
「光子、開けていいって。お友達と一緒に開けな」
『っ!』
そう言われた光子は、精霊たちを集めて宝箱の蓋の前でふよふよする。
萌々子が開け方を教えてあげると、精霊たちは小さな手でうんしょと蓋を上げた。
蓋が全開になると、そこには丸まった一枚の紙が入っていた。
それを手に入れた精霊たちは、協力して萌々子の下まで運んだ。
萌々子は自分が受け取っていいのか逡巡するも、ひとまず受け取っておいた。
「なになに? なんだったなんだった?」
命子が尋ねると、萌々子はその紙を広げてみた。
それはどこかの島の地図のようだった。
木々や湖、山の絵が描かれており、そんな中にバツ印が一つ記されていた。
「た、宝の地図やん!」
そう叫んだのは、宝箱狂いの命子ではなく萌々子だった。
その煌めく瞳は、宝箱を見つけた姉にそっくりで、ふぉおおおとしている。
キスミア事件でトレジャーハンターの真似事をした萌々子は、こういうのが大好きになっていたのだ。
宝の地図ならばそこには宝箱があるわけで、もちろん命子もまだ見ぬ宝箱さんに想いを馳せて目をキラキラさせて、姉妹揃って宝の地図を見つめた。
仲間たちもリアル宝の地図を一目見ようと集まり、わちゃわちゃ。
そんな折に、馬場のトランシーバーに連絡が入った。
『森林部1時の方角にて宝箱を発見。指示をお願いします。送れ』
「運べる大きさなら運んでください。無理そうなら開封を許可します。送れ」
『運べそうなので帰投します。送れ』
「了解しました。ウラノスへお願いします。終わり」
通信を終えた馬場の前では、命子が顔を見上げてきていた。
「宝箱と聞いて!」
「え、ええ。宝箱がまた見つかったそうよ」
「入れ食いやん! はっ、まさかここは宝箱さんのエルドラド?」
命子がそわそわして待っていると、一隻の小型飛空艇が帰ってきた。
「あっ、南条さんだ!」
その小型飛空艇に乗っていたのは、龍宮で一緒に冒険した航空自衛隊所属の南条さんだった。走ると転んじゃう教授をおんぶしてくれていた人だ。
龍宮での一件以来注目を集め、護衛艦・雷神の小型飛空艇部隊の一員に大抜擢されていた。
別に隊長ではないが、新技術である飛空艇の最初期の護衛パイロットに選ばれたわけで、これはかなり凄いことと言えた。
南条さんは命子に手で挨拶をして、馬場へ任務の報告をした。
デジタルカメラで浮遊島の写真を何枚か撮っており、それを交えてどのあたりで発見したなど、かなりテキパキしている。
そんな報告の間に別の隊員が宝箱を下ろしたので、命子はその周りをうろうろし始めた。
命子がうざいので、馬場は一先ず宝箱を開けることにした。
「命子ちゃん、開けていいわよ」
「え、でも悪いですよ」
命子はそう言いながら宝箱に吸い寄せられた。
「でも、遠慮するのも失礼ですし、開けますね?」
「誘惑に負けるのが早いわね」
命子は待ったがかかるのを恐れて、宝箱を開けた。
すると、中からはまた一枚の丸まった紙が現れた。
「また宝の地図!」
さっそくそれを広げてみると。
「「こ、これは!」」
命子は、一緒に覗き込む馬場と声を揃えて驚いた。
発見者の南条さんがめっちゃ詳細を知りたそうな顔をする。
「ダンジョンの空路図だわ……」
そう、それはこのダンジョンの地図だった。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、評価、感想大変励みになっております。
誤字報告もありがとうございます。




