2-18 洞窟ステージ
本日はちょっと早めの投稿です。
よろしくお願いします。
4層に入っても基本的に、やることは変わらない。
警戒メイン、マッピング、撮影、の3つの役割をそれぞれが受け持ち、マッピングと撮影の人も多少警戒しながら進む。
そうして敵が出てきたら直ちにリュックを下ろして、戦闘態勢に入る。
そうやって、数回の戦闘を終えた命子たちの前に、それは現れた。
洞窟である。
天然の洞窟に人の手が加えられたような洞窟だ。
外から見る限りでは、内部には石畳が敷かれ、灯篭も立っている。
幅は、今まで歩いてきた鳥居の道と同じくらいの3メートル程度。
高さもそれくらいあり、戦闘するのに、あまり不自由はなさそうだ。
しかし、洞窟なので広さは必ずしも一定ではない様子。
「こ、ここに入るんですの?」
ささらが若干ビビりながら言う。
ルルと命子も引け腰だ。
しかし、残念ながら、橋から15分ほど歩いたここまでは一本道であった。
鳥居の外の森エリアを探索できればいくらでも探索ゾーンを広げられるけれど、鳥居の外は入った途端に悪寒がするので、その勘には逆らいたくなかった。
「は、入るしかないんじゃないかな。でもほら、灯篭は灯ってるし」
洞窟に立っている灯篭はすでに灯っており、そこそこ明るい。
「わ、分かりましたわ。それなら、みなさん、ワタクシのあとについておいでなさい!」
逸らした胸に手を置いてそう申し出るささらだが、その足はプルプル震えていた。
ささらには、自分は見習い騎士であり、みんなを守るのだという自負が芽生えつつあった。
盾職、なんて言葉を知らないささらがそういう思考になったのは、淑女たらんとするその精神からだろう。
この少女は、ただですわですわ言ってるだけではないのだ。
それ故に先頭で入ると宣言したのだが、ちょっと泣きそうだった。
命子とルルはそれに逆らわず、ささらの後ろについていく。
「もしかしたら、ここは例外的に夜の敵が出てくるかもしれないから、もし強そうな敵が出たら一目散に逃げるよ」
陽光が届かない洞窟だけに、命子はそんな想定をする。
洞窟内部に入り、10メートルも進むと次第に道が湾曲しだして、外の光が見えなくなった。
布陣は、ささらを先頭に後ろで2人が並ぶトライアングルフォーメーション。またの名を、一番後ろは一番怖いから嫌、だ。
ささらがメインに警戒し、ルルが背後と撮影、命子がマッピングを担当する。
そうしてしばらくすると、敵とエンカウントした。
それは、一つ目の猫の顔を持つ蝙蝠だった。
幸い、一体だ。
「戦ってみよう」
強そうな見た目ではないので、命子は提案した。
すぐさま戦闘態勢に入り、命子が魔導書に魔法をセットする。
しかし、そうしている間に先手を取られた。
『ビャァアア』
天井で逆さにぶら下がった猫蝙蝠が、不気味な鳴き声を上げる。
次の瞬間、3人が背後にふっ飛ばされた。
幸い、後ろに壁などはなかったが、全員が転倒する。
ささらとルルが、受け身を取りながらクルンと立ち上がり、転倒した命子は息を詰まらせながらも装填された火弾を放つ。
火弾は洞窟内を赤く照らしながら飛んでいき、猫蝙蝠にヒットした。
『ギャアアアアア!』
火だるまになった猫蝙蝠は悲鳴を上げながら落下すると、少しジタバタしてそのまま光になって消えていった。
「2人とも、大丈夫?」
「ニャウ!」
「大丈夫ですわ。命子さんこそ大丈夫ですの?」
「私も大丈夫。それにしても、何なんだこの敵」
防御力は紙だ。
火弾一撃で倒せる敵は、このダンジョンで初めてだった。
しかし、攻撃が厄介だった。
断末魔の悲鳴には宿っていなかったが、通常の鳴き声には全体攻撃らしきものが宿っていた。
それにより全員が1メートルほど吹き飛んで転倒させられた。
命子が受けたその一撃は倒立を失敗してマットに背中を叩きつけたくらいのダメージだ。息が一瞬詰まるが、行動自体にはそこまで支障がないレベル。
ささらたちは受け身を取ってすぐに立ち上がれたが、やはり少し痛かったようだ。
命子は、装備を強化してなかったら相当に痛い攻撃だったのではないかと推察した。
「出てきたらすぐに倒すしかないね」
「でも、攻撃の出が早かったですわよ?」
「メーコの本は、魔法をずっとセットできないデスか?」
「できるよ。ただ、発射しないのを押し込めておくのは結構大変な感じ」
命子の魔導書は、今言ったようにずっと魔法待機状態にできた。
しかし、パチンコのゴムを引っ張って維持するように、飛んでいきたいのを抑え込む制御が必要だった。
だから今までの探索でやらなかったけれど、洞窟探索では必要かもしれない。
命子はそう説明してから、提案した。
「洞窟内では私が先頭を歩くよ。魔法維持をミスって暴発させたら、前を歩いている人に当たっちゃうかもしれないから」
その提案でポジションが入れ替わった。
命子は早速2発の魔法を魔導書にセットして、歩き出す。
ここで一つの副次効果があった。
魔導書に火弾をセットしておくと、松明の代わりになったのだ。
元々灯篭の灯でそこそこ明るいが、影になる部分はどうしても生まれていたので、これにより3人の安心感が少しばかり増すことになった。
外での探索は割とお喋りしながら行っているのに、洞窟内ではみな口数が少なかった。
足音や衣擦れの音ばかりの静寂に我慢できなくなったルルが、口を開く。
「昔、ママとパパと鍾乳洞に行ったことがありマス」
「へぇ、楽しかった?」
「途中でママをワッて驚かせたデス。目の前にお尻があったので、抱き着いたんデス」
「ふふふっ、お母さんは驚いたんですの?」
「ノーア、ワタシが驚きマシタ。だって、いつの間にか知らない女の人の後ろについていってたんデス」
「え、ホラーな話?」
「この状況で止めてくださる?」
「あっ」
気が緩んだ命子は、魔法を撃ってしまった。
魔法待機モードは、最初のうちはそこまで抵抗はない。まるで魔法自身がすぐに発射されるのを知っているかのように。
しかし、待機状態が長引くと、ずっと意識を集中する必要があった。今の誤射は、当然、ルルに気を逸らされたからだ。
「ごめん、誤射」
慌てて戦闘態勢に入った2人に、命子は謝った。
「大変なんですのね」
「まあこれも修行だよ。たぶん、慣れれば良い武器になると思う」
再び魔法をセットして、ルルの話に耳を傾ける。
「ホラーじゃないデスよ。どこかで間違えちゃっただけデス。でも、女の人はワタシが驚かせたから、驚きすぎて泣いちゃいマシタ。友達とツアーで来ていたお姉さんだったのに、可哀想なことをしてしまいマシタ」
「いや、たぶん良い思い出になったんじゃないかな?」
「そうですわね。でも、ワタクシにはやらないでくださいね、ルルさん」
鍾乳洞ツアーに行って、全く知らない子供に不意打ちで驚かされるなんて、相当にレアな体験だ。
同時に、友達には一生言われ続けるだろうが。アンタ洞窟で子供に泣かされたよねぇ、と。
そうして進んでいくと、命子はまたすぐに火弾を発射することになった。
しかし、今度は誤射ではなく猫蝙蝠が天井にいたのだ。
火弾は狙い違わず猫蝙蝠を撃ち落とす。
今回は先手を取られずに済んだ。
しばらく進むと、進行方向に横穴が見えた。
「ワタシが偵察しマース」
ルルが素早く移動し、壁に張り付くと、横穴をこそっと覗いた。
「っっっ!」
ルルは慌ててバックステップして、そのまま命子たちのほうへ戻ってきた。
「く、暗いところに人形がいて、めっちゃ怖かったデース」
プルプルして報告するルルの姿に、命子とささらは顔を見合わせた。
とりあえず、すぐに戦闘になるのだけ覚悟して、3人は横穴付近まで行く。
そして、戦端を開こうと横穴前に躍り出たのだが。
「「ひぇっ!?」」
横穴は3メートルほどの深さだった。
そこに市松人形が1体佇んでいた。
灯篭の灯が穴の入り口の壁で陰り、顔の半分を不気味に照らしている。
あまりの恐怖映像に、命子の魔法が2発同時に飛んでいく。
火弾は当たらず、水弾はヒットした。
ノックバックしながら後ろの壁に激しくぶつかった市松は、地面に転がると同時に移動を始める。
叩きつけられたダメージが大きかったのか、市松の胴は大きく損傷し、顔面も亀裂だらけになっている。瞳ばかりがランランと赤く光り、それがまた怖い。
ささらがすぐに刺突を入れて、光に還した。
「こ、こわぁ……」
命子はドキドキする心臓からガス抜きするように、感想を言う。
こういうのは、言葉にしておいたほうが良いのだ。
「ツティノコデス!」
注意喚起と同時に、ルルが忍者刀を振るう。
横穴に気を取られていた命子を灯篭の陰から出てきたツチノコが今まさに襲おうとしていたのだ。
命子の膝裏に噛みつこうと口を開けたツチノコの首が両断される。
「ご、ごめん、助かった!」
「ニャウ!」
「性質の悪い洞窟ですわね……」
ささらの言葉に、2人は同意するように頷いた。
横穴で市松人形が全力でホラーし、ワーキャーしている間に背後の陰からツチノコが襲い掛かってくる。非常に悪質だった。
「それにしても、ツチノコは泥棒だけじゃなく、こういう攻撃もしてくるのか……」
「きたねえぬすんちゅだ」と心の中で呟いた命子は、噴き出しそうになった。
この洞窟は一本道で、しばらく進むと外に出ることができた。
洞窟内で出てきたのは、猫蝙蝠と市松人形、ツチノコだ。3体編成はなく、2体まで。
猫蝙蝠は見つけ次第命子が撃ち落とし、市松人形はささらが相手をし、ツチノコはルルがよく発見した。
猫蝙蝠からは、飛膜と猫の牙がドロップした。
飛膜はブーツと指貫手袋に大変相性が良く、手に入れたらすぐに合成した。
猫の牙は小さいものの、金属武器とそこそこ相性が良かった。
ツチノコからは、立派なヘビの皮が手に入った。
こちらもブーツと指貫手袋に相性が良かった。
洞窟ステージを総評して、市松人形が怖い。灯篭の灯に照らされた顔がただただ怖い。
2つ目の山は、この洞窟を皮切りにして、山道と洞窟を交互に進む作りになっていた。
どちらにもたまに分岐があり、地図を描いていなければ確実に迷子になっていただろう。
洞窟内はおどろおどろしいが、山道は相変わらず美しい景観をしていた。
春の日差しに自然の息吹が眩しいほどの煌めき、時折立っている桜はチロチロと花びらを舞わせている。
命子たちは、洞窟から出て光に満ちた光景を見ると、とてもホッとした。
綺麗な場所で、命子たちは立ち止まり、みんなでウィンシタ映えしたりした。
命子たちは軍人ではなく15歳の女の子だ。長いダンジョン探索で、こういう楽しみが無ければ潰れてしまうとみんな感じていたのだ。
実際に、綺麗な風景の中で撮影することで、3人はダンジョン探索3日目だというのに、高いモチベーションを維持し続けていた。
赤い鳥居は未だに続いており、その下で命子たちは魔物たちと死闘を繰り広げる。
敵が3匹編成になったことで戦闘の密度が高くなり、それに伴い、3人の戦闘技術と連携がどんどん高くなっていった。
ささらとルルの魔力量が多くなってきたことで、ささらはスラッシュソードを、ルルは高速移動を戦術に組み込めるようになった。
そんな中で、ついに市松人形がレアドロップした。
市松人形のレアドロップは、短刀だった。市松が持っている30センチのミニチュアカタナではなく、ちゃんと人間用の短刀だ。
長さ自体は刃渡り30センチ程度とあまり変わらなかったが、刀身の厚みと作りに大きな違いがあった。
これはルルに持たせた。
NINJAなのだから、複数武器を持っていて然りだから。
ルルはいそいそと腰の後ろに装着し、忍者刀と短刀がバッテンになる。
抜きにくくないのかな、と命子は思うけれど、ルルは腰を巧みに捻って、1、2の呼吸で抜刀してみせる。
めっちゃカッコいい。命子は本格的に見習いNINJAになりたくなってきた。
宝箱も一つ見つけ、これには毒回復薬が入っていた。
猫の店で買っておいたのでダブったが、多いに越したことはない。
「ツティノコが毒デス?」
こんな物が宝箱から出てきたし、ルルの言うようにそうかもしれない。
幸い、今のところツチノコの噛みつきは食らっていないのだが、その可能性は視野に入れたほうがいいとみんなで認識した。
読んでくださりありがとうございます。
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