12-1 天翔ける翼
本日もよろしくお願いします。
首都高を観光バスが走る。
窓は黒いシートで覆われているので、中の様子はわからない。
もし窓の中が見えたなら、隣を走行する車は事故ったかもしれない。
そこには窓縁にちょこんと指をひっかけて、キッと東京の高い建物を睨みつける少女が1人。
「また来たぞ、闘狂め!」
己の来訪を宣言した命子は、『んっ!』とでっかい建物を強く睨んだ。ビルディングはその眼差しを受け取ったように、キラリと日差しを反射する。
命子はその様を見て満足すると、難しい顔で椅子に座りなおした。その表情は、不出来な焼き物を自分で破壊する陶芸家のよう。
「メーコお姉さまは東京に恨みがあるのれす?」
「お姉ちゃんは東京に来ると迷子になるから、ああやって威嚇してるんだよ」
「魔除けなのれすね」
一緒に乗るアリアに萌々子が教えてあげた。
「ふぉおおお、凄いのじゃー」
一方、イヨも風見町というド田舎では見られない巨大建造物の姿に大はしゃぎだ。
命子はポンと顔を戻した。
「でしょ?」
その表情は東京さんの姿にビックリしてもらえて嬉しい顔。
憎いのか好きなのか、どっちなのか。
「よくこんなものを作ろうと思ったものじゃの」
「ねー。何を食べればそんなこと考えるようになるんだろうね?」
「米かの?」
「主食に原因が!」
そんなふうにいつもの調子で入った東京だったが、しかして今回は通り過ぎ、千葉へと入る。
命子が迷う要素はない。東京さんの威嚇され損である。
一行を乗せたバスは、成田空港へ向かった。
そう、本日から命子たちは海外遠征なのである!
メンバーは、今回の主役であるイヨを筆頭に命子たち6人、アリア、萌々子、命子たちの家族だ。国からは馬場や教授も参加する。
「あれ? 馬場さん、バス降り場はあっちって書いてあったよ?」
「今回は正面から入らないのよ。人が凄いからね」
「なんてこった。サングラスが無駄になっちゃった」
「命子ちゃんがサングラスつけてもなにも隠せてないから」
バスは要人用の入り口から空港内に入る。
現在は飛行機が飛べないので、利用客はほとんどいないはずである。
ならば、要人用を利用せずに普通に手続きができそうなものだが、そうはいかなかった。
本日は、日本の航空史に残るようなイベントの日で、利用者はいないが見物客がとんでもなく来場しているのだ。
そういうわけで、バスは地下へと入り、自衛官が警備している入り口の前で止まった。
そこは、要人専用の通路。ここから高級なラウンジへ向かう。ただの大金持ちでは通れない特別な通路である。
滅多に人の目に触れることのない通路なので飾り気はないものの、壁は触れるのが憚られるほど磨き上げられ、靴の裏の土汚れが気になるほど綺麗なカーペットが続いていた。
馬場に先導されながら、命子は腰の後ろで手を組んで偉そうに歩く。
「紫蓮君、例のアレはアレしてアレかね?」
「はい。東京湾に沈めておきました」
「うむ、想定より物騒だったが、ご苦労。これは報酬だ。これで美味しいものでも食べるといい」
命子は秘書にコーラグミを一粒あげた。
「お2人の権力者像がおかしいのれす」
「マンガの読みすぎだからね」
キャッキャキャッキャ!
「ウチの娘たちは物怖じしないなぁ」
「はは、なかなか恐ろしい光景だね」
命子パパとルルパパが娘たちの後ろ姿を見て話していると、ルルが振り返って言った。
「パパ、ダンジョンに比べたら緊張感なんてないデスよ?」
「いや、たしかに通路だけど、ダンジョンと比べられても」
そんなこんなで通路を出ると、一般客も使う高級ラウンジに出た。
少なからずこのラウンジを使ったことがあるささらパパは、出入りができないこの扉は要人用の通路に続いていたのかと納得。
ラウンジにはすでに人がおり、命子の顔を見るなり、お腹をそっと摩る人が続出した。本日のイベントに出席する偉い人たちである。
ささらがそんなラウンジに、1人の人物を発見した。
「老師ですわ!」
「ホントだ。先に来てたんだ」
そんな命子たちの顔を見て、老師は少しホッとした様子。
諸国を旅した人物だけあって、性質が世捨て人に近いのだろう。
政治家の中で待っていたのが、居心地が悪かったのだ。
「お主らの旅に同行させてもらってすまんの」
「ううん。老師がいれば心強いですからね」
飛行機が飛べなくなったことで、老師はエギリスへ行けなくなった。
そこで命子が馬場に口添えしたのだ。
政治家のお願いで記念写真などを撮っていると、いよいよ時間となった。
普通ならば搭乗口へ行くところだが、命子たちが向かったのは滑走路だ。
そこには新しい航空史の主役となる飛空艇が大小数多く並んでいた。
その中でもとりわけ巨大な飛空艇が、命子たちの乗るものである。
「ふぉおおお、でっけー!」
「め、命子さま、妾は今からあれに乗るのかの?」
「そうだよ!」
「ふぉおおおお! イザナミ、あれに乗るのじゃぞ」
『なん!』
「見てください、命子さん。あそこにウサギさんのシルエットが描かれていますわよ!」
「ホントだ! やりおるな、まめ吉め!」
そんなふうに騒いでいるのは命子たちだけではない。
式典に来た政治家や見物客も、美しいその船体に引き込まれていた。
ラビットフライヤー・ウラノス。
帆船の姿をしたその巨大な船体は、塗料やねじ一本に至るまで、その全てがダンジョン素材で作られている。
そして、その船体には斜め上を向いたウサギのシルエットマークが描かれていた。飛空艇のレシピを手に入れた伝説のウサギの姿である。
台座に鎮座するその姿にはすでに多くのファンがついており、バズーカ砲のようなレンズのカメラで激写する人の姿がそこかしこで見られた。
観衆が見物する中、式典が開始される。
命子たちは初の乗船客だが、式典にはあまり関係ないので、見物客から見えない入り口付近でキャッキャしていた。
式典が進み、テープカットが行なわれる。
テープカットには上座下座の概念があるが、その中央に立ったのはなんと教授だった。
珍しく白衣姿ではなく、お化粧をしてめかしこんでいる。クマはうまく隠して美人さんだ。
しかし、主役はそんな教授ではなく、その手に抱いたウサギのまめ吉だった。
教授は、まめ吉をテープのそばに出し、もう片手でテープを切った。
「見ろ、まめ吉。みんなが褒めてくれてるぞ」
歓声に包まれる中、教授がそう言って優しくゆすってあげると、まめ吉は鼻をひくひくさせた。そんなまめ吉にアイが特製ニンジンを食べさせてあげる姿が、お茶の間にお届けされた。
テープカットが終わると、命子たちの出番だ。
カメラを通して世界中で見られる中、命子たちは滑走路を歩いてウラノスに近づいていく。
搭乗用タラップの前に移動した教授が、命子に言う。
「やあ、命子君。いい朝だね」
「はい、晴れて良かったです。まめ吉も元気だったか?」
教授の足元にいるまめ吉へ挨拶すると、まめ吉は二足立ちして前足をカキカキした。
「それじゃあ行こうか」
「まずはまめ吉からどうぞ」
「ははっ、それはいいね」
命子の提案を受けて、教授はまめ吉を抱っこしてタラップを上っていった。
教授は最後の一段を上りきらず、代わりにまめ吉を一番に船体に乗せてあげる。そんなまめ吉に、アイや光子がすかさずライドオン。記念っぽくはならなかった。
一行が乗り終えると、いよいよこのイベントの本番となった。
「それではみなさん、手を振ってあげてください」
馬場に言われて、命子たちは甲板の端に寄る。
壮大なファンファーレが奏でられ、ついにその時を迎えた。
コォオオオオオンと重低音とも高音ともつかない不思議な音と共に、台座から船体がゆっくりと浮かび上がった。
振動は少なく、わずかな浮遊感だ。
その浮遊感もワクワクに飲み込まれて、瞬く間に霧散した。
「ふぉおお、まるで飛空艇を手に入れた時みたい!」
「ぴゃわーっ!」
「にゃー、初めての船旅デス!」
「みんなー、行ってくるでゴザルよーっ!」
「メリスさん、身を乗り出しすぎですわよ!」
「おぉおおおお、飛んだのじゃーっ! イザナミ、飛んでるのじゃー!」
「モモコちゃん、浮いてるのれすよ!」
「いざキスミアに、発進!」
「モモコちゃんが船長さんなのれす!」
大騒ぎである。
しかし、それを咎める人は不在だった。
「「「ふぉおおおお!」」」
なにせ、注意する役目のパパ勢も大興奮だから。
「う、うぅううう……!」
そんな中で、紫蓮パパが泣き始めた。
「ど、どうした。有鴨君。もしかして高所恐怖症か?」
友人の姿に、命子パパが思わず正気に返った。
紫蓮パパは甲板の手すりを掴み、広がっていく世界を見つめて言った。
「これが天翔ける翼……っ! 羊谷君、俺はついに手に入れたんだよ!」
「ヤバい、有鴨君の封印が解けた!」
「有鴨君、しっかりしろ。少なくとも手に入れてはいない!」
パパ勢はゲームで飛空艇を手に入れてきた世代であり、特に紫蓮パパは傾倒していた。幼馴染の紫蓮ママを横に座らせて、何時間もゲームをするほどに。
一方、ママ勢は撮影係である。
MRSの動画に載せるので、忙しい。
「みなさん、手を振ってあげてください!」
観客に向かってまともに手を振っていたのはメリスくらいなものだった。
馬場に言われて、命子たちは慌てて手を振った。
「あ、あれ?」
この式典に見学に来ていた中年男性の葉山氏は、浮かび上がる船体を生で見て、なぜだか目からポロポロと涙がこぼれた。
少年時代に夢中でやったゲームにたびたび登場した飛空艇。
ドットの船が最初の翼だった。
ゲーム機の発展と共にそれは3Dに変わった。
時には自分が操作するキャラクターが乗り込み、時にはムービー画面でその幻想的な光景を見上げたものだ。
そんな大いなる翼を手に入れるたびに、広がった世界にワクワクが心を満たした。
あの頃は、なにも遮るもののない大空を船で旅する自分の姿を、何度夢に見たことだろう。
でも、飛空艇は夢だった。
巨大な船はプロペラでは飛ばないし、風の中で甲板に出ることもできない。
それが現実だった。
しかし、いま目の前で起こっている光景はどうだ。
少年の頃に見た夢の光景が、現実で起こっているのだ。
「「ぐずぅ!」」
鼻をすする音が重なった。
ハッとして音の方を見れば、同じくらいの年齢の涙ぐんだオッサンと目が合った。
お互いに照れ笑いすると、オッサンたちは大空を飛ぶ飛空艇を見上げた。
大変なこともあるけれど、これだからファンタジーになった世界はやめられない。
チケットが売り出されたら、必ず買おう。
葉山氏は、心にそう誓った。
この日、成田空港では、少年時代の冒険心を思い出して涙ぐむオッサンたちが続出した。
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