11-13裏 イヨのヤマトちゃんねる
本日もよろしくお願いします。
古の巫女イヨの存在は、世界中の歴史学者たちを驚愕させていた。
自分たちが追い求めていた時代の生き証人なので、無理はない。
会いたいな。
でも、国に止められちゃってるし。
でもでも、会いたいな。
あいつはトヨ様の古墳の発見に居合わせたらしい。
いいないいな。
あいつはトヨ様のお墓参りの抽選に当たったらしい。
ちくしょうちくしょう。
自分の気持ちを慰めるためにイヨの姿を収めた投擲術の動画を眺めては、また会いたさが募る。その姿は片思いする乙女の如し。
そんな人たちの想いに応えるように、それは世の中に現れた。
『イヨのヤマトちゃんねる』
フォーチューブの番組である。
投擲術の動画は国によるものだったが、こちらは正真正銘イヨの番組だった。
邪馬台国すらよく知らないライト層から50年間追い求めたコアな人たちまで、一夜のうちにそれはもう凄まじい登録者数となった。
古代からの眠りより目覚めた人が何を語るのか、みんな知りたいのである。
配信スタイルは、あらかじめ撮影された動画を投稿するタイプ。
これはイヨの倫理観が現代社会に通用するのかわからないからだ。この方式なら動画を編集できるため、ミスは起こりにくい。
最初の1回目はご挨拶程度で、その後の投稿ではヤマトの人々の暮らしを紹介したり、現在のイヨがどんな生活をしているのかを取り上げる番組となっていた。
これには世の中の研究者たちもにっこりである。
猫教大学の助教・只野博士。
34歳、独身。
眼鏡をかけたクール系のイケメンで、壁に押し付けられて冷めた目で顎クイされたい、と女子大生から密かに人気の男だ。
只野の専攻は古墳時代(※3世紀後期~7世紀頃)の暮らしの研究だ。特に、空白の150年と呼ばれる古代日本の謎を中心に研究していた。
そんな彼もまた、ヤマトちゃんねるの熱心な視聴者だった。
空白の150年を解明するには、その前後の時代もまた重要だからだ。
『皆の衆~! イヨなのじゃ!』
最近、この声をイヤホン越しに聞かない日はない。
朝の修行で、大学への通勤中、食事時、研究中、果てはベッドの中で。
過剰摂取である。
それを証拠にオープニングの際の挨拶を聞くと、只野の口角はにっこり上がる。
危険な兆候である。
いや、違う。
これはあくまで研究なのだ。
そんなイヨの語る古代の歴史は、これまでの考古学や歴史学を根底から覆してしまうようなものだった。
今までの歴史は『魔法』というものが考慮されていなかった。それを歴史に落とし込むのはオカルトだったのだ。
しかし、イヨは、少なくとも古代の日本には超常的な力を操る存在がいたのだと語る。
「龍神池の水を飲んだ英雄たちと西の獣たちの闘争か。つまり、西日本に古墳が多いのはその英雄たちのものか……古代最後の魔法使いたち……本当に古墳を作ったのは数千人規模だったのか? いや、龍神池の効果が何代先まで有効なのかが問題だな」
ブツブツ言いながら、今日もクールな顔で電車に揺られる。
その様子はイケメンなのにどこか危なげ。
昨今はイケメンのバーゲンセール状態なので、電車での出会いは絶望的だ。
『それじゃあ今日はここまでなのじゃ。皆の衆、またなのじゃー!』
エンディングの和風な曲が始まり、只野は慌ててポケットからスマホを取り出して、別の動画をポチッとした。
『皆の衆~! イヨなのじゃ!』
にっこり!
完全に依存症である。
そんな只野が籍を置く研究室では、ヤマトのことで連日もちきりだった。
研究室では大抵、誰か1人くらいはイヨの動画を視聴していた。
「こんな伝説の武器みたいなのが弥生時代にはたくさんあったのかな?」
「女王の願いで作られたそうだからな、雷弓はハイエンドだろうさ。しかし、なんらかの能力を持つ武器は製作されていたのではないかな」
学生たちがそんな議論をしている。
「その根拠はなに?」
「大昔からある神社には、神器と言われる武器が奉納されていることがあるだろう? それらが本物かはわからないけど、なんらかのモデルがあったとしても不思議ではない」
「そんな根拠じゃ都市伝説と変わらないよ」
「それこそ仕方ないだろ。神社の人は本物だって答えるはずだし、俺たちじゃ調査なんて許可されないだろう?」
「イヨ様が調べてくれれば一発なんだけどねぇ」
「しかし、イヨ様が眠りについたあとに作成された可能性もある」
「ここは初心に返ったらどうかな。当時の技術力の予想を立てて、僕たちで実際に作って検証する感じ」
「それも手段のひとつだけど、古代の巫女衆の魔法生産力がどの程度かは、やっぱりイヨ様に聞くしかないだろう。この匙加減は魔法世界人になったばかりの俺たちには難しい課題だぜ?」
学生たちが話すように、イヨのおかげで解かれた謎は多いが、増えた謎もまた多かった。というよりも、定説が崩されて混乱していると言ったほうがいいかもしれない。
「みんな楽しそうですね?」
そう言って只野の机にコーヒーを置いたのは、学生の小泉。
少し緊張しながらも笑顔を見せるその表情は、恋する乙女のそれだった。
ありがとう、と礼を言った只野は、コーヒーを口にしてから言った。
「学問への興味が深まるのはいいことだ」
「はい。ふふふっ」
先生とお話しできちゃった、そんな可愛らしい笑い。
しかし、只野はまったく気づかない。
その時、バンッと研究室のドアが開いた。
ドアの先には焦った顔の学生がいた。
「なんだ、慌ただしいな。ドアは静かに開けなさい」
只野は眼鏡をクイッと上げて、注意した。その眼差しは冷ややかで、関係ない小泉の心をかき乱す。
「た、只野先生、それどころじゃないですよ!」
「どうした?」
「イヨ様が、イヨ様が!」
その単語に、只野はドクンと心臓が高鳴った。
え、まさか病気にでも……? それとも事故に……?
イヨにとって新時代は慣れない環境なわけで、様々な憶測が脳裏をかすめる。
「イヨ様が生配信をするんです!」
ガターッ!
只野が勢いよく立ち上がった。
近くで立っていた小泉がお盆を胸に抱えながらビクンとした。
「いつだ」
「3日後です!」
只野の心臓が再び高鳴った。
最高級のヘッドフォンを買わないと!
イヨの生配信に向けて勇んだ只野だったが、そもそも動画の生配信というものを見たことがなかった。
初めての人からすれば、生配信への入り方すらどうすればいいのかわからない。予約制だったら目も当てられない。
なので、この3日間、噂に名高い『風女ちゃんねる』を見て予行練習をしていた。
「やはり『超魔道お料理部』は面白いな」
今日まで真面目に勉強を続けてきた只野は、アイドル耐性が×だった。
そんなクソザコ耐性で『風女ちゃんねる』に挑めば、あっという間にファンにされてしまう。それがやつらのやり口だ。
かつて頭が良さそうだったフォーチューブのお気に入り登録欄は、今では女子高生の軍勢によって埋め尽くされていた。アイコンのキラキラ度合いが違う。
まあ、只野が登録しているのは新世界の研究をしている女子高生の番組ばかりなので、決してアイドル味が強いだけではないのだが。
さて、そんな魔境でひとつの文化を目にする。
旧時代では社会問題にもなっていたので、思い出したと言った方が正確か。
「小泉君、スーパーチャットというのはどうやって贈るんだい?」
スーパーチャット、またの名を投げ銭という。
動画配信者の活動を応援したり、日々楽しませてくれるお礼としてお金を贈る文化だ。
「す、スーパーチャットですか?」
「ああ。調べたんだが、少しわかりにくくてね。おそらくやり方は合っていると思うのだが、お金が関わることだからね。君が知っているなら念のために教えてほしい」
只野はそう言うと、トンとスマホを置いた。
そうして画面を点けると、四角の枠の中でロリっ娘系古代巫女の笑顔がなのじゃした。
小泉ははわっとした。
誰にスーパーチャットを贈るのかは隠しようがないほど明白であった。
しかし、自身のスマホの待ち受け画像も、アニメキャラのクール系眼鏡イケメン。白手袋をはめた指で上げる眼鏡の向こう側で、氷点下の眼差しを向けてきているM仕様。
現代社会においてこういうのは自由であるべきだと、小泉は考えている。小泉の理解は〇であった。
というわけで、スーパーチャットのやり方を教わった只野。
準備は万端。あとは家に帰って、お風呂で体を清めるだけだ。
ところが小泉が一つの選択肢を投じてきた。
「あ、あの、只野先生は研究室で視聴なされるんですか?」
「え?」
只野の中でそんな選択肢はなかった。
しかし、よく考えれば、助教として学生たちと共に生配信を視聴し、終わったら議論を交わすのも研究や教育の一つだろう。
でも、うーん。
しかし、うーん……っ!
できれば1人で見たい。
「ちなみに、島田教授は?」
只野は教授の予定を聞いた。
「島田教授は午後の講義は休講にして、お昼で帰っちゃいました」
え、であった。
只野は知らない。
島田教授のスマホの待ち受け画像は、謎の鉱石で封印されている状態の伝説の武具であることを。何も知らない人なら、この待ち受けを見ればゲーマーかと思うだろう。
「あと、中島先生は、体調が優れないようで今日お休みしています」
准教授は休んだようだ。
只野は知らない。
中島准教授は、動画のコメント欄に毎回熱心に書き込みをしていることを。
只野は愕然とした。
休む。その手があったか。それなら社会人にありがちな急用で、生配信を見逃す確率はそぎ落とせる。
「私、只野先生と一緒に見たいです。いえ、あ、あの、違くてですね? えっと、見た後に意見交換ができればなーって」
あたふたとしながら言う小泉。
只野は感心した。
それと同時に猛省した。
まさか、学生にこれほどの意欲があろうとは。
自分は助教なのだ。
一人で集中して話を聞いて研究を進めたくもあるが、学生を教育するのもまた務め。
学生たちの見識を深めるための活動に、なぜ嫌と言えようか。
「わかった。研究室でみんなと一緒に見よう」
結果、小泉以外に研究室で一緒に見る学生は誰も来なかった。
学術的にとても重要な番組だが、語り手は古代なのじゃロリ。1人でニコニコしながら見て研究するのがベターだと、みんな本能的に知っていたのだ。
『皆の衆~! イヨなのじゃ!』
『なん~っ!』
ペカーッ!
日本時間20時。
元気いっぱいのご挨拶がお茶の間を賑わせた。
いや、賑わせたのは頭が良さそうな書斎や立派な研究室、あるいは胃に不調をきたす人が続出している国の中枢も含まれているかもしれない。そんなふうに、通常の配信番組ではあまり見ない場所も賑わせているだろう。
只野もまた、研究室のパソコンで無事に視聴を始めていた。小泉と二人で。
さて、フォーチューブには、チャットという機能がある。
文字によって配信者へ質問したり応援したりと、演者と視聴者の双方に便利な機能だ。
その欄に、『なのじゃ』という単語が乱舞する。
高名な学者も視聴しているのに、完全にアイドル番組のそれである。
しかし、それも無理はない。チャットヂカラは学者よりもライトユーザーのほうが高かったのだ。
『今日はついに生配信に挑戦しておるのじゃ。ドキドキなのじゃ。あっ、ちゃんと声は届いておるかの?』
そんな質問に、やはりチャット欄で返事が飛ぶ。
只野もさっそくチャットを打ち込んだが、コメントの濁流の中に飲み込まれていった。
「あ。只野先生、この番組はスーパーチャットが贈れませんね」
「なんだって? それはまたどうして」
「配信者じゃないんで私もよく知りませんが、スーパーチャットは受け付ける設定ができるみたいなんです。権利物を取り上げた配信だと、それで勝手にお金を儲けると不味い場合がありますから」
「そういうことか……」
只野はしゅんとした。
せっかく3万円用意したのに。
宙ぶらりんになった3万円。
それなら今度『超魔道お料理部』に贈ろっと。
これが3万円を捧げる覚悟を決めた男のマインドである。
「ヤマトのことで必要以上にお金を儲けるつもりはないのかもしれないですね」
「ああ、そうかもしれないね」
イヨは神職についている者なので、金欲について慎ましやかな気質があるのかもしれない。多くの学者と同様に、只野はそんな推測をした。
『今日は生配信の第一回目なわけじゃが、「さぷらいずげすと」を招待しておるのじゃ』
イヨがそう言うと、カメラが少し引き、画面に眠たげな眼をした少女が出てきた。
『ぴゃっ! ん、んん! 有鴨紫蓮ですけど』
紫蓮だった。
紫蓮はカメラの横へチラッと不安そうな視線を向ける。
そこでは命子やささらたちが見学しているのだが、視聴者が知ることはない。
『さて、事前に告知した通り、今日は皆からもらった質問で多かった「勾玉の作り方」について生放送でお送りするのじゃ。一緒に作りたい者は材料を用意したかの?』
そう、本日は勾玉作成ライブである。
イヨはエネーチケー教育が好きだった。
とまあ、そんなふうに物作りの生配信なので紫蓮が相方として抜擢されたのだ。
画面の中には、作業台が用意されており、そこには材料とイザナミが載っていた。材料の中には、砂などのいかにもな物もあれば、なぜかコーラグミもある。いったい、何に使うのか。
もちろん、只野も材料を揃えていた。
研究室に作業台を設け、その上に翡翠をメインにして、材料が置かれていた。
材料の中には予想外の物も多く、こんな物がなぜ必要なのか文系の只野にはわからなかった。特にコーラグミをどう使うのかさっぱりわからない。もちろん、古代にはなかったので代用品ではあるのだが、それにしたってコーラグミって。
しかし、事前告知で用意する材料の一覧を見た技術者の中には、数日前にはその用途を見極め、古代の知恵にいたく感心する者が続出していた。彼らは、コーラグミの秘密を見切っているのだ。
『まずは勾玉の説明から入ろうか。勾玉はヤマトが始まりというわけではないのじゃ。これは妾よりも学者先生方のほうが詳しいと思うが、ヤマトができるよりもずーっと前から存在したのじゃ』
『1万年前からあるとも言われてる』
イヨの語りに対して、紫蓮は覚えてきた台本を読んだ。
『うむ。さて、そんな勾玉じゃが、妾たちは別の呼び方をしておった。勾玉ではなく「マナ玉」とな。なぜ妾のご先祖様たちがこの石の装飾に『マナ』という名をつけたのかは、妾にもわからんのじゃ。まあ今日は勾玉と呼ぼうと思うのじゃ』
『勾玉にはどんな意味があったの?』
『それについては勾玉作りが終わった後半で話すのじゃ。では紫蓮殿、さっそく勾玉作りを始めるのじゃ!』
『う、うむぅ!』
2人はコーラグミを1粒口に放り込んだ。
勾玉作成ライブが始まった。
『で、コーラグミをこうした物をこうすると石が丸みを帯びるのじゃ』
『ぴゃわー。凄い』
『なんなん!』
『次に先ほど作ったグルグルを使って、穴を開けるのじゃ』
『うん』
『なん~、なん!』
『うむ。紐を引っ張ってグルグルするのじゃ。不安な者は、いらない板か何かで試しに穴を開けてみるといいのじゃ』
『できた』
『紫蓮殿凄いのじゃ! というか滅茶苦茶上手なのじゃ!』
『なん!』
『ぴゃ』
そんな2人とイザナミのやり取りが続くこと1時間。
それは今まで推測されていた勾玉作りとは違う、斜め上のものだった。
「ほ、本当にできました!」
小泉が勾玉を完成させた。
翡翠という硬質な石がわずか1時間で勾玉に変わってしまったのだ。
「小泉君、コーラグミのところができないんだが」
一方、只野はあまり器用ではなかった。
「ここはですねー、あっ!」
小泉はコーラグミをああした物を翡翠に近づけた。
その時、小泉の手が只野の手に触れた。
ドキン!
1つの作業台でやっていたので、先ほどから幾度となく触れていたが、触れるたびにドキンとする。小泉的に最高に楽しかった。
しばらくして勾玉作りが落ち着き、イヨが解説を始めた。
『勾玉はヤマトの村人も作っておったが、妾たち巫女衆もまた作っていたのじゃ。巫女衆の場合は龍気や精霊を使って作ったため、生産力が高かったのじゃ。今回のは村人が作る方法じゃの』
『ふむふむ。精霊を使う方法も見てみたい』
『うむ、それじゃあ見せようかの。イザナミよ、勾玉を作るぞ』
『なん~、な~ん!』
『ぴゃわー』
一瞬でできた。
『このように、精霊は土の気を操る者が多いのじゃ。世界にはどうやって作られたのかわからない古代遺物があると言うが、そういう物は精霊の介入を疑ってみるとよい』
『でも、人力もあると思う』
『うむ。全てに精霊が関わったというわけではないだろうが、少なくともヤマトに来た海向こうからの使者は、精霊や仙人という存在の話をしておった』
『なかなか重大な情報』
『まあそれは別の機会に語るとして。現代で出土されるヤマトや縄文時代の遺物には、意味を持つ物が多いのじゃ』
『土偶の説明は前回の動画でやってた』
『うむ。気になる者はそちらも見てくれたら嬉しいのじゃ。でじゃよ、冒頭でも少し話したが、勾玉も意味を持つのじゃ。巫女衆が作る勾玉は、使う石の種類によって人の能力を少しばかり上げたのじゃよ』
『『『えーっ!』』』
配信画面外から驚愕の声が上がる。
放送事故である。
しかし、只野たちも叫んだので、きっと誰も気にしない。
紫蓮は眠たげな眼でジロリと見つめてから、フォローした。
『画面外がうるさくてすみません』
紫蓮はちょっと生配信に慣れ始めていた。
『イヨさん。それで勾玉はどれくらい能力を上げたの?』
『大した効果ではなかったのじゃ。うーむ、例えば、この作業台をギリギリ持ち上げられない者が、ギリギリ持ち上げられるようになる程度かの。それはあくまで腕力の話じゃが、ほかの能力上昇も同じようなものなのじゃ』
『1%から5%アップ程度かな?』
『ちょっと「ぱーせんと」はまだわからんのじゃ。とにかく、「無いよりマシじゃが、効果に気づかないほどでもない」と言ったくらいじゃの』
『うーむ、【生産魔法】で勾玉を作れば同じ効果が宿るのかな?』
『いや、たぶん無理じゃろう。巫女衆が作る勾玉は、最終的に大地に埋められ、龍神様のお力を借りるのじゃ。【生産魔法】と龍神様、この2つが必要だと思うのじゃ』
『勾玉は古代のお墓から出土するって聞く。それも勾玉に力を宿すため?』
『いや、それは違うのじゃ。墓に入れる勾玉は、龍神様の下へ旅立つ者が苦労せんようにするために一緒に埋められるのじゃ。そんなふうに村人が作る勾玉にも意味があっての。ほかには、お守りとしたり、好いた相手と勾玉を交換したりしたのじゃ』
そんな話を聞いて、只野は喜々としてメモした。
小泉は余ったコーラグミをもむもむしながら、夢中な只野の背中をニコニコして見つめた。
夢中になる男性は素敵の原理、が働いていた。
小泉はチラリと時計を見る。
22時。
終電まであと2時間30分。この大学から駅まで30分はかかるので、あと2時間。
このまま配信が続けば、終電、逃しちゃうかも……っ!
どうしましょう!?
『おっと、もう10時を回っちゃったのじゃ。ちょっと長く話しすぎちゃったの。それじゃあ、今日の配信はあと30分くらいで終わろうかの』
これは余裕で乗れる。
祭りが終わった帰り道。
暗い夜道の中、駅へ向かう2人の話題は、専ら本日の配信についての意見交換だった。
「今回の生配信で、私は改めて古墳時代の魅力を再確認したよ」
「弥生時代ではなく、古墳時代ですか?」
「ああ。イヨ様やトヨ様の時代は魔法があった最後の時代だ。そして、古墳時代は魔法が消失して間もない時代となる。子や孫は、両親や祖父母から古の魔法使いたちの伝承を聞いて育ったことだろう。子や孫は魔法が無くなった時代を過ごすことになったわけだ」
「たしかにそうですね。もしかしたら両親や祖父母が龍神池の恩恵を受けた最後の魔法使いだったかもしれません」
「ああ。文字を持たなかった当時の人間にとって、それは神話を育む強い土台になったのではないかと私は思った。この勾玉もそうだ」
只野は自分で作った勾玉を指でつまみ、店の灯りに透かした。
初めて作ったにしては上出来だが、クオリティが高いとは言い難い。
「古墳時代は縄文や弥生以上にたくさんの勾玉を作る時代だった。古墳時代の豪族たちは、魔法使いに近づきたかったのではないかな」
「イヨ様が言っていた能力アップですね?」
「そうだ。しかし、コーラグミをああするような製法がどこで失われたのか。戦乱の世の宿命か、口伝の限界だったのか」
「仏教の伝来も関わっているかもしれません」
「なるほど、それは面白い着眼点だ」
只野に褒められて、小泉は唇をむにむにした。
「巫女衆が使う魔法の代替えはどうしたのか。親への羨望や劣等感はあったのだろうか。土偶から様式を変えた埴輪とはなんなのか。……失ってなお立ち上がろうとする人々の時代。小泉君、古墳時代は魅力的だろう?」
そう言って眼鏡をクイッと上げて微笑む只野に、小泉は「はい……素敵です……」と顔を赤くした。
ずっとこの時間が続けばいいのに、と小泉は思うけれど、駅の光が見えてくる。
階段を上り、改札を通る。
「君はどっちだったかな?」
「私はこっちです」
「じゃあここでお別れだ。気を付けて帰りなさい」
楽しい時間が終わって、また日常に戻ってしまう。
その考えが小泉を動かした。
「あの、先生。今日、一緒に動画を見られて楽しかったです」
「私も楽しかったよ。君が教えてくれなければ、今日中に勾玉は作れなかっただろう。誘ってくれてありがとう」
「あ、あの、その、それでですね。これを貰っていただけませんか?」
小泉は手のひらに乗った勾玉を見せた。
只野はそれを摘んで、首を傾げた。
「私の目から見ても良い出来だと思うが、いいのかい?」
「はい」
「それじゃあ、代わりに私のを君にあげよう。下手だがね」
只野はそう言って、自分が作った勾玉を小泉に手渡した。
ぱぁっと顔を明るくした小泉だったが、その時、只野が乗る電車が来てしまった。
「それじゃあ、小泉君。気をつけてな」
「は、はい! おやすみなさい!」
小泉は貰った勾玉を握りながら、去っていく只野の後ろ姿をほえーっと見つめるのだった。
一方、ホームへ向かう只野は首を傾げていた。
「小泉君はなぜ勾玉をくれたのだろうか? 若い子の趣味ではなかったのかな?」
そうすると、自分が作った下手な勾玉を渡したのは悪いことをしたかもしれない。
只野はそんなふうに考えながら、電車の席に腰を下ろして、熟練の手つきでイヤホンを耳に装着した。
視聴するのは、先ほど見た生放送だった。重症である。
『皆の衆~! イヨなのじゃ!』
そんな挨拶から始まった今日の動画。
この動画の中で勾玉を異性に贈る意味が説明されていたことに只野が気づくまで、そう時間はかからなかった。
読んでくださりありがとうございます。
【お知らせ】
来週の週末から、地球さんとは別に新作を投稿したいと思っております。
タイトルは来週のあとがきにでも書かせていただきます。
地球さんの方も変わらず投稿しますので、その点はご安心ください。




