11-13 フォーチューブデビュー
お待たせしました。
本日もよろしくお願いします。
前話からちょっと時間が遡ります。
話はトヨの墓参りを済ませた少しあとに遡る。
病院から出たイヨは、風見町の自衛隊駐屯地に建てられたプレハブハウスを仮住まいにしていた。
プレハブハウスといっても、新時代になり世界中の秘境ダンジョンの整備需要を満たすために作られた最新モデルで、多くの人は一生これでいいと思うようなレベルの家となっている。
床は木張りで、寝具はベッドではなくお布団派。畳やベッドではなく、このスタイルがいいらしい。
勉強机の上には文字の練習帳や絵本が置いてあり、日本語の勉強をしていることが窺える。
イヨは日が昇るよりほんの少しだけ早く目覚めると、お風呂場でシャワーを浴びる。冷水による滝行である。素人は決して真似をしてはいけない。
そうして身を清めると、外へ出て朝日の中で祈祷を始める。
そこら辺でぶっこ抜いてきた草に清めた水をつけ、イザナミと一緒になって、小さな焚火に向かってふりふりする。
「なのじゃ~、なのじゃ~」
『なん~、なん~』
2人の祈祷が重なり合う。
祈祷に言葉はいらぬ。
だって、龍神様は心の内さえお見通しだもの。
それが古代龍神教の考えであった。
言葉が必要なのは他に人がいる時である。
イヨがなにを祈っているのかは神ならぬ者にはわからないのだから。
イヨの朝のお祈りは、この国で暮らす人々の今日一日の無事である。それは今も昔も変わっていなかった。
しかし、残念ながらそれは大それた願いで、たとえ龍神様でも叶えられないとわかっているが、不思議な力を使うばかりが祈祷ではないとイヨは考えていた。
祈祷が終わると、SPと一緒に命子たちの朝練へ参加する。
「ささら殿、おはようなのじゃ!」
「イヨさん、おはようございますわ。イザナミさんは今日も元気いっぱいですわね」
『なん!』
河川敷の土手を走れば、すでに多くの人が修行を始めている。実に健康的な光景だ。
朝の空気の中を走っていると、クララたち中学生と合流。
イヨは挨拶をしながらチラチラソワソワとし始めた。
その視線の先にはクララたちの背後を飛ぶ1機のドローン。
クララのバグッた財力により購入された最新機器、自動追尾型撮影用ドローンである。発信器を持った対象を常に追尾してくれる。
「イヨちゃん、ドローンが気になるの?」
命子が尋ねた。
「うむ」
「面妖な鳥めってこと?」
「違うのじゃ。あやつが元気に飛ぶのはそういうものじゃとわかってるのじゃ。そうではなくて、クララ殿の番組に妾が出演しちゃってるのじゃ」
「あー、なるほど」
「あっ、すみません。嫌なら切ります」
「いや、クララ殿。別に構わんのじゃ」
クララはそう言うが、イヨは撮影を許可した。
それからもイヨはドローンをチラチラ見て、たまにニコパと笑う。
そんなイヨの姿を、ルルが目をキュピンと光らせて見つめていた。
命子たちが学校へ行くと、イヨもお勉強の時間となる。
専属の家庭教師が雇われて、主に日本語の読み書きを中心に勉強していた。
すでに小学校2年生程度の漢字まではマスターしており、イヨの記憶力はけっこう優れていた。
そんなイヨの隣では、小さな机に向かってミニノートにカキカキしているイザナミの姿もある。『め』がマイブームなようで、ひたすら『め』を書きまくっていた。
『なん!』
イザナミはそう鳴いて、家庭教師にノートを見せる。
これには家庭教師もデレデレだ。
家庭教師は律儀に虫眼鏡でそれを見て、若干『め』がゲシュタルト崩壊しつつも、褒めた。むむむっ、『ぬ』が紛れてる!
「はーい。とても上手ですね」
『なん!』
家庭教師に褒められて満足したのか、イザナミはまた『め』を書くお勉強に戻った。
この仕事、超楽しい!
女性の家庭教師はこの仕事が舞い込んだ幸運に感謝した。
お昼ご飯を食べて午後になると、イヨは教授や研究員、そして、暇をしているアリアたちを連れて地域を巡り始める。
アリアがいるため、一行の後ろには傘下に置かれた猫たちがぞろぞろとついてきていた。
「おーい、ヨシゾウ爺。畑の様子はどうじゃー」
畑仕事をしているお爺さんに声をかける。
「おー、イヨちゃん、おかげでいい土になったよぉ」
「うむ。まだ少し早いが良く実ると良いの」
「ありがとうよぉ。そん時は一番ええのを食べてくれろ」
風見町はアイドル少女たちが多い。
そんな中でイヨの存在が台頭し始めていた。
「イヨ君。今日はあそこら辺をお願いできるかい?」
「うむ」
地図を持った教授に言われた畑の周りには、畑の持ち主やその家族が正装して待っていた。彼らは頭を下げてイヨを迎えた。
これからイヨが畑に向かって豊作祈願をするのだ。
イヨは畑のあぜ道に立った。
そこら辺でぶっこ抜いてきた草の葉を清めた水に浸し、イザナミと並んでシャンシャンと振り始める。
「良い土になるのじゃ~、よく実るのじゃ~」
『なん~、なん~、なんなん~』
パッと見ればおままごとだが、不思議な現象が起きる。
その辺りの畑が淡い光に包まれたのだ。
それを見たお年寄りたちが手を合わせて、拝み始めた。
「ふんふん、勉強になるのれす」
同じ巫女であるアリアも、そこら辺の猫じゃらしを手にしてふりふりする。それに伴って、足元で猫たちが首を左右に振りまくる。
「やはり、前回と同様に農地のマナ濃度が上がっていますね」
魔眼を光らせた研究員が教授に言う。
教授もまた魔眼を光らせて頷いた。
「豊作祈願は『ファーマー』のスキルに近そうだね」
イヨほど強い効果は出せないが、ジョブ『ファーマー』にも農地に活力を与えるスキルがあった。去年からの検証で、『ファーマー』が育てた野菜は大変な美味になることもわかっている。
「巫女衆の役割の一つは、人々の仕事への祈祷だったという。今で言うバッファーだったのかもしれないね」
「そう言うと俗っぽいですね。しかし、バフの類は魂の繋がりが必要……あぁ、それも龍の巫女の特性ということですか」
「うん。古代の巫女は日本の土地やそこに住む者への干渉力が強いのかもしれない」
研究員に畑の記録を頼み、教授は農家の人たちへ挨拶した。
「それでは事前に申し上げた通り、今年いっぱい、この畑で収穫された物は国が全て買い取らせていただきます」
どんな塩梅になるか不明なので、イヨの祈祷で収穫された物の今年分は国の買取りになる。実験農場みたいなものだ。
「ええ、ええ、わかっとります。しかし、これは良いキュウリになりますよ」
「わかるんですか?」
「『ファーマー』をマスターして、畑の状態に今まで以上に鋭くなりましてね」
各職業の一般ジョブをマスターした人たちは、その道の超人になりつつあった。
そんな超人からお墨付きをもらって祈祷を終えたイヨは、チラチラと撮影班のカメラを気にした。
畑を後にして、イヨは教授に問う。
「あれはエネーチケーなのかえ? それともフォーチューブかの?」
「え? いや、カメラを使うのはその2つだけとは限らないよ。あれはただの資料用の撮影だね」
「資料用」
「そうさ。世の中には農業について熱心に研究している人は大勢いるが、この場に全員で来るわけにもいかないだろう? だから、ああやって撮影しておけば、多くの人と情報を共有できる。この場にいる人だって、あとで見返すこともできるしね」
「フォーチューブと同じなのじゃ」
「国預かりの動画だから動画を手に入れるまでの手軽さは違うが、まあ見たい人に動画を提供するという点では似たようなものだね」
「今の世の人がみんな賢くなるわけじゃなー」
イヨはネット社会に感心しつつ、カメラをチラッと見た。
ちょっとだけ手を振ってみる。なんだか、むずむずした。
それからも風見町にある風見神社や龍神池にお参りに行ったりして忙しく過ごし、命子たちが学校から帰ってくると、午後の修行に入るのだった。
教授と馬場は用事があるというので、イヨはSPを連れて河川敷に行った。
すると、そこには女子高生がわらわら来ていた。それ自体はいつものことだが、今日はちょっとだけ様子が違った。
おっきなカメラがある!
「これはエネーチケーかの?」
イヨはカメラの周りをうろちょろした。
エネーチケー信仰が凄い。
そんなイヨにルルが言った。
「イヨ。フォーチューブの配信者さんになるデス!」
イヨは目を丸くした。
「配信者さん。妾が?」
「ニャウ」
「しかし、配信者さんは崇高な職なのではないのかえ?」
ドッ!
ルルは笑った。
「そんなことないデス。メーコだってやってるデスよ?」
「命子クラッシャーッ!」
さりげなくディスられた命子は、すかさず命子クラッシャーを発動した。錐もみ回転をする突進技である。
命子の細い指がルルのわき腹に突き刺さる!
否!
「愚かなり、残像デス!」
「うみゃーん!?」
ルルの残像を貫いた命子は、その射線上にいたささらのわき腹をグリグリした。
ささらは身悶えしつつも即座に命子を抱え、命子はビチビチした。
命子たちのキャッキャは高度だった。
「こんなふうに、俗物でもできるんだよ」
そう言ったのはナナコだった。
「そう言うが、命子様の魔導書の講座は凄いのじゃ。『良きかな』が世界一なのじゃ」
命子はささらに抱えられながら、ドヤァとした。
ナナコはそんな命子の頭を引っ叩きたくなった。
「紫蓮殿の工作教室もワクワクするし、クララ殿たちは頑張っている姿を休まずみんなに届けておる。ナナコ殿たち女子高生も精霊の成長を記録したり、お喋りが上手かったり、お料理の発表をしていて楽しいのじゃ。ルル殿は猫が可愛いのじゃ」
「ルルのは猫動画じゃんよ!?」
命子が鋭くツッコンだ。
それに対して、ルルはパチンと指を鳴らす。
すると、近くにいた猫たちが集まり、一斉にコロンと仰向けに転がった。ルルはその中心で両腕を翼のように左右へ広げて、悠然とした。
「「「す、すげぇ!」」」
キスミア人の謎の猫技は何度も見ているのに、毎回ギャラリーは度肝を抜かれた。
とりあえず入れ食い状態なので猫たちの腹をなでなで。
「妾、こういう技はないのじゃ」
「みんな得手不得手があるから、ルルの真似じゃなくてもいいんだよ。イヨちゃんがみんなに教えてあげたいことを配信してもいいし、ただお喋りするだけでもいいの」
命子がそう言うと、イヨは少し考えた。
「妾の教えたいこと……妾、皆にヤマトのことを教えてあげたいのじゃ」
「ニャウ。いいことデスな! それじゃあそれでいくデス!」
というわけで、イヨの番組が作られた。
国から借りているスマホで。
教授と馬場がいない間に……っ!
SPたちはいいのかなぁ、と思いつつもこれをスルー。
それからイヨは女子高生たちからフォーチューブ講座を受けた。
なお、この女子高生たちは、命子たちがイヨの撮影のために招集した撮影班である。
「一番怖いのは炎上です」
「うむ、炎上はヤバいのじゃ!」
フォーチューブっ子のイヨは、炎上がヤバいと知っていた。
「昨今はカルマのおかげで四方八方から謂れのない罵詈雑言を受けることはありませんが、やはり言っていいことと悪いことはあります。思いやりを持った配信をしましょう」
「うむ、パルムーチョ先生も言ってたのじゃ」
「ほう、イヨちゃんはパルムーチョ先生の動画を見ているんですね。いいことです」
パルムーチョ先生は動画配信をしたい人向けの講座をしている配信者である。この青空修行道場でも、女子高生やクララたちが配信を始める前にお世話になった配信者であった。
そういう特殊な需要を満たしている人なわけで、検索しなければ行きつくのは難しい。つまりイヨは元から興味津々だった。
なお、イヨの検索ワードは『どうがはいしんするにはどうすればいいのじゃ』である。フォーチューブの検索機能は優秀だった。
「妾は昔の人だからの、現代では言っちゃいけないことも言っちゃうかもしれんのじゃ。だから、まずは動画を撮影して編集したらいいと思うのじゃ」
「ビックリするほど現代慣れしてる!」
講師役の女子高生は仰け反った。
「羊谷命子よりしっかりしてる」
「はははっ、紫蓮ちゃん。どっちが上とか下とかじゃないんだよ。みんな自分を信じてオンリーワン。だから私が一番しっかりしてるの。私の中ではな」
「最後のは普通、他の人が煽りと共に投げつけるセリフ」
そんなことを言っていると、撮影班長の女子高生が命子たちに言った。
「あ、そうそう、命子ちゃんたちはあっち行っててね」
「にゃんでさ!」
んっ! と命子は威嚇した。
「命子ちゃんたちがカットインしてる動画はランキングに入らないでしょ」
「はーん、これが有名税ね。ザ・孤高。天元突破した力は人を孤独にするのです」
「ごちゃごちゃうるさっ。どうなってんの、その口」
命子やささらたちが登場する動画は、第三者が運営しているランキングサイトでランクインしない。サイト運営者の裁量によるのだが、基本的には多くの場所で暗黙の掟となっていた。
フォーチューブでも『殿堂』という項目を作り、オススメ動画に表示されない処置をするくらいだった。新規配信者の投稿を完全に殺してしまうためである。
殿堂入りした人の動画を見たい場合は殿堂モードにすれば、殿堂内のオススメが出る仕組みになっている。
というわけでハブられた命子たちは、猫をなでなでしてから、木の棒をえいえいするのだった。
一方、イヨのほうは女子高生たちにおまかせ。
撮影前の打ち合わせが終わり、いよいよ撮影となった。
イヨの頭の上でイザナミに木の枝をフリフリさせ、あざとさをトッピング。
「まずは挨拶の言葉からね」
「うむ、もう考えてきたのじゃ!」
女子高生たちは、これ、やりたくて仕方なかったやつだ、と思った。
「オッケー。じゃあ気分が乗ったら、挨拶からそのまま続けていいからね」
「うむ、わかったのじゃ」
「それじゃあ行くよ!」
撮影班長が3、2、1と指を振ると、イヨはもじもじした。
「み、皆の衆~! イヨなのじゃ!」
に、にこーっ!
撮影班長がその笑顔を職人の目で見つめる。
照れがある。が、それがいい。
しかし、そんな照れもすぐに収まり、イヨは淀みなく言葉を続けていく。
「知っている者もおるかと思うが、妾は遥かなる時を越えてこの時代で眠りから覚めた古代人なのじゃ。名をイヨという。古代では龍の巫女という役職をしていたのじゃ。この頭の上にいるのは精霊のイザナミなのじゃ。ほれ、イザナミよ、お主も挨拶するのじゃ」
『ん~、なんっ!』
イザナミは枝をふりーっと頭上に掲げて、ご挨拶した。
カワよっ!
撮影班長は慄いた。
そして、キレッキレな動きで棒をえいえいしている命子を見つめた。
これならば、誰も届かぬと言われたやつの牙城を崩せるかもしれぬ。
それは多くの配信者たちの夢であった。
「妾の配信では、主に、かつてこの地で栄えたヤマトや古代の暮らしについて語ろうと思っておるのじゃ。しかし、妾は現代のことをあまり知らぬゆえ、皆が古代の何を知りたいのかもわからぬのじゃ。だから、聞きたいことなどがあったら質問をしてくれると嬉しいのじゃ」
女子高生たちは、むむむとした。
これ、練習してきたのかなと。
だが、それは勘違いだ。
イヨはかつて政治の中枢の指導者的な立場にいた。
17歳で人身御供となったため任期はそれほど長くはなかったものの、その経験がすらすらと口を動かしているのだ。
「妾はまだ勉強中じゃからの、変なことや不快になることを言ってしまうかもしれんが、その際には注意してくれるとありがたい。そうして、この時代の人として皆と一緒に過ごしていきたいと思っておるのじゃ。どうか、よろしく頼むのじゃ」
女子高生たちは、はえーとした。
たまに身振りを加えて話すさまは、まるで政治家のよう。
全員が思わず聞き入ってしまった。
「短くなってしまったが、これで初回の挨拶とさせていただくのじゃ。では皆の衆、見てくれてありがとうなのじゃ。今後ともよろしく頼むぞ。さらばなのじゃ!」
カメラに向かって微笑んで手を振るイヨ。
その絵をたっぷり撮ると、撮影班長が終了の合図を送った。
撮影が終わり、女子高生たちはドッと息を吐いた。声が入らないように静かにしていたのだ。
「凄く良かったです!」
「初めてとは思えないよ!」
「そうかの? んふふ。そうかの?」
女子高生たちに褒められて、イヨはテレテレした。
「終わった?」
と、命子がやってきた。
「終わったのじゃ」
「おー、おつかれ。ねえねえ、撮影したのはもう見られる?」
「なんと! フォーチューブに投稿する前から見られるのかえ?」
「そりゃね。編集するから見られないと困るでしょ」
「確かにそうなのじゃ。のうのう、もう見られるのかえ?」
撮影班長は、ねえねえ、のうのうと詰め寄られた。
というわけで、ノートパソコンで撮影した動画を見ることになった。
川のせせらぎと修行者の掛け声をBGMにして、しっかりと動画が撮れていた。
「イザナミ、見るのじゃ。妾とイザナミが配信者さんになっちゃったのじゃ!」
『なん!』
「こいつぁ、世界が取れるぜ。イヨちゃん!」
「魔石の盾を貰えるのじゃ!?」
「めっちゃ詳しいな!?」
フォーチューブでは登録者数がとんでもないことになると、魔石が埋まったプレートを記念に貰える。旧時代はまた別の鉱石が使われていたが、新時代になって最高ランクは魔石になったのだ。
「それで投稿はいつにしますか?」
女子高生が尋ねた。
「早い方がいいよ。馬場さんに見つかったら、上に報告とかで余計な時間かかっちゃうかも」
「既成事実を作っちゃいましょう」
女子高生たちはそう言って悪だくみした。
そんな中、命子と数人の女子高生はサッと屈んで猫を撫で始めた。
命子はわしゃわしゃと手を動かしながら、ナナコにアイコンタクトを送った。
ナナコはコクリと頷いた。
「私に見つかったらなぁに?」
そのセリフに、やはり数名の女子が慌てて猫を撫で始めた。
残された女子たちは、振り返ってはわっとした。
用事が終わった馬場が立っていたのだ。
「命子ちゃん、私に見つかったら不味いことしてたの?」
「ち、違うんです。ナナコちゃんは何も悪くないんです! ナナコちゃんがやりたいって……あっ、間違えた。私がやろうって!」
「ちょ、ちょっと待てや、クソガキ」
「え、台本にない罵声なんだけど」
「馬場さんは私たちの憧れなんだから、心証を悪くしようとしないでよ」
ナナコから出たその言葉に、馬場はほぉーんと口元をにやけさせた。
これぞ命子とナナコがアイコンタクトして仕掛けた罠。
命子がおどけて、ナナコからその言葉を自然に引き出させる。台本にない罵声はあったが、概ね作戦通りに事は運んだ。
そして、馬場の機嫌を敏感に察知した女子高生たちが、撫でていた猫を抱っこしながらこれに合わせた。
「そうだよ。馬場さんはみんなの憧れなんだから!」
「みんな馬場さんとお喋りしたいって思ってるんだから!」
「馬場さんは素敵なんだから! ねーっ?」
「ニャー」
「今日だって馬場さんがいなくて寂しいって思っている子がたくさんいたんです! ねーっ?」
「ニャー」
女子高生たちは巧みに猫を使った。
「えー、うふふっ、もう、みんななに言ってんのよ。あははっ、やぁねぇ!」
Q、???
A、馬場さんは女子高生の憧れ。
馬場は、答えの響きが良すぎて、問いのほうがなんだったか忘れた。
尊敬する大人の女性は誰か、だったかしら?
「ほう、これはなかなか見事な動画じゃないか。少し後ろの音が気になるが、編集でどうにでもなろう。イヨ君はフォーチューバーになるのかい?」
ところが、やはり用事が終わってやってきていた教授が、ノートパソコンを見てそう言った。
女子高生たちははわっとした。
不健康そうな人を忘れてた。
馬場はハッとした。
「動画? え、イヨ様の動画を撮ってたの?」
馬場が狼狽えながらSPへ視線を向けると、SPたちは気まずそうにコクンと頷いた。
そのままその視線が命子へ向けられ、命子は胸の前にサッと指遊びをスタンバイした。
しかし、教授は肯定的だった。
「私は良いと思うよ。イヨ君の話を多くの人が知りたがっているが、講演を開くとなるとイヨ君の負担が非常に大きい。こうして動画を作ってくれるのなら喜ぶ人は多いだろう」
「本当かえ? みんな喜んでくれるのじゃ?」
「うん、間違いなくね。こういう動画だと若手の研究者もしがらみを気にせず見られるから、特に喜ばれるだろうさ」
講演だと、運良く席が手に入った若手は気まずい思いをするかもしれないと、教授は考えていた。
「というわけだ、翔子。上への報告を頼むぞ」
教授はポンと馬場の肩を叩いた。
その背後では、女子高生たちが憧れのお姉様をキラキラした目で見つめていた。
馬場に退路はなかった。
「アンタもイヨ様の動画の有用性を報告すんのよ」
なので、教授を道連れにした。
こうして、フォーチューブにイヨの番組が作られた。
その番組は初回の挨拶から大量の登録者を抱え、その中には著名な学者も多くいたという。
読んでくださりありがとうございます。




