11-10 茅刈山
本日もよろしくお願いします。
【※注意】
今回出てくる静岡の地名はフィクションです。テストに出ません。
茅刈山は大室山を参考にしていますので、どんな感じか知りたい方はググってみてください。
「本日来ているのは!?」
「「「茶湖市!」」」
命子の言葉に、ささらとルルとメリスとアリアが、拳をあげて元気に答える。
命子はそれに共鳴して、「茶湖市っ!」と萌々子の顔を覗き込んだ。
萌々子はウザ絡みする姉のほっぺに左手を添え、右手でパンッとビンタした。純粋な暴力である。
「ふぇえええ、ももも萌々子さーん!?」
プルプルと震えながら頬を押さえる命子に、すわ、姉妹喧嘩か! とびっくりする一行。特に純粋なささらは大慌て。3秒前まであんなに楽しげだったのに!
そこで、命子と萌々子は手を繋いで「「茶湖市!」」とマジシャンみたいに決めポーズ。そう、萌々子が右手でビンタしたのは頬に添えられた左の手のひらだったのだ。トリックビンタである。
クールぶりたい年頃の萌々子も、旅行でテンションが高かった。
なお、ネタバレされていないので、ささらは紫蓮にやり方を教わるまで本当にビンタしたと思うのだった。
そんなオープニングを終え、さて、本日は茶湖市に来ていた。
茶湖市は静岡の真ん中あたりにある市で、駿河湾が望める観光地だ。
メンバーは命子たちに加え、観光したいというアリアと萌々子、その護衛たち。ほかに馬場と教授、学者数名、SPたち。
そして、イヨだ。今回の旅行は、イヨが来たいと言ったからなのである。
かなりの大人数だが、国が絡む旅行と考えれば別にそうでもないだろう。
服装はダンジョン装備。
最近では多くの人がお出かけする際にダンジョンの和服をチョイスするので、浮くということはない。
「しかし、まさか邪馬台国が静岡にあったとは……」
荒ぶり系英雄女子高生の謎のハイテンションについていけない学者先生が、感慨深げに言う。
そう、イヨが暮らした邪馬台国……ヤマトという国は駿河湾を中心にして栄えていた村落群だったのだとか。
本日、著名な学者先生たちが同行しているのは、その真相を聞くためである。
一行はひとまず旅館にチェックインした。
かなり格式高い旅館だ。これは命子たちというより、アリアのせいである。
命子たちもささらママから安宿には泊まらないように言われている。しかし、さすがに高級クラスの宿に毎回泊まるわけではないのだ。
「それではこれから茅刈山へ出発します」
まとめ役である馬場が言い、一行は茅刈山へ出発した。旅館から近いので歩きだ。
茅刈山は大昔の火山活動によってできた標高610mの山だ。
斜面は子供が砂場で作った山のような綺麗な形をしており、山頂はすり鉢状になっている。
「わー、綺麗なお山だね、アリアちゃん」
「ニャウ。ジオラマみたいで可愛いのれす」
萌々子とアリアが言う通り、山は緑の服を着たような可愛らしい見た目になっていた。低木すら生えておらず、一面が草なのだ。
「全部読めた。さては隠れピラミッドだな?」
命子が先読みしてみる。冒険心に溢れた者は鈍感ではいられない。常に先を読むのだ。
「火山活動でできたってわかってる」
それを紫蓮がバッサリと斬り捨てた。
「地球さんめぇ。紛らわしいお山を作って……」
先読みが一瞬で否定され悔しがる命子に、教授が補足説明してくれた。
「地球さんというより、この山の形を維持しているのは人間の都合によるところが大きい。ここは大昔から年に一度山を焼いていたので、山の形を変えるほどの木々が茂らなかったんだよ」
「山焼きですわね。ワタクシ、昔見に来ましたわ」
教授の説明にささらがニコニコして言った。
「有名なんデス?」
「はい。茶湖市の茅刈山と伊豆の大室山の山焼きはこの辺りでは有名ですわ」
「なんで山を焼くのれす?」
「うーん、きっと灰を畑の肥料にするためですわ」
アリアが尋ねると、ささらは聞きかじった知識でそう言いつつ、教授へ視線を向けて助けを求めた。
「山焼きで作られた灰を肥料にするのはあるが、山によって目的は違うね。この茅刈山はその名が示す通り、茅が関係しているんだ」
「惜しかったですわね」とささらははにかんだ。
「昔の日本では生活の多くに茅という植物を使っていたんだ。キスミアでも猫じゃらしの茎で雪用の靴を作ったりしたと思うが、それと同じだね。で、茅を栽培する場所を各地に作ったわけだが、その一つが茅刈山だと言われている。山を焼くのは茅以外の雑草を燃やしたり、灰を肥料にして次の芽吹きをよくするためだね」
ふむふむとキスミア勢は納得。今でも伝統文化として猫じゃらし製の物は作られているので、わかりやすかったのだろう。
「そんな理由でここら辺の山焼きは数百年の歴史があるのだが、現在だと景観や生態の維持などを目的としているようだよ。なんにせよ、そのおかげでこの山はこういう綺麗な形を保っている」
はー、と命子たちは一つ賢くなった。
「じゃあイヨちゃんの暮らしてた頃とちょっと雰囲気が違う?」
命子が問うと、イヨは首を振った。
「いや、妾の頃からほとんど変わっておらんのじゃ。この山はヤマトの頃から茅を取るために使われておったからの。草木の手入れはされておった。しかし山を焼くのは思いつきもせんかったのじゃ」
イヨの発言に、少し離れた場所に座る学者先生がメモメモ。
ほかにもイヨは、当時は効率的に茅を取ることができず、大変な作業だったなんてことを語る。
「それではイヨ様、茅刈山に登るということでいいですか?」
馬場の問いかけに、イヨはうむと頷いた。
「この山は徒歩での登山が禁止されておりますので、あちらのリフトで行きますが大丈夫ですか?」
「うむ、フォーチューブで予習済みなのじゃ」
というわけでリフト乗り場へ。
3席のリフトだったので、順番に乗っていく。
「「せーの! ニャン!」」
「ああやって乗るんだよ」
キャッキャしながら搭乗する萌々子組やささら組を見本にして、命子がイヨに教えてあげる。
「うむ。フォーチューブで見た通りなのじゃ」
「すっかりフォーチューブっ子やん……」
というわけで、紫蓮、命子、イヨの順番に並んでリフト乗り場に立った。
命子はドキドキしていた。
座るタイミングを間違えたら、きっと恥ずかしいことになる。かつての自分ならやらかしていたかもしれないが、今は違う!
「えい!」
命子はタイミングを見計らってリフトに座った。
生意気にもリフトがガクンとフェイントをかけてきたため、お尻がかなりスレスレのポジショニングとなり、ヒヤッとした。
「おー、ふわふわなのじゃ!」
「これは楽しいね!」
進みだしたリフトの浮遊感に、命子たちはたちまち楽しくなった。
「羊谷命子。次からリフトが足に当たったら座るといい」
「え、そんな高等テクが?」
「妾、フォーチューブで見たのじゃ!」
「フォーチューブはリフトの乗り方まで紹介してるのかよ。ハッ、教授の社会的地位が危ない!」
命子は慌てて振り返った。
そこには馬場に首根っこを掴まれて補助されている教授の姿があった。安心!
「まあリフトに乗り損なう人は凄く多いから、言うほど恥ずかしくはない」
「妾が見た動画でもいたのじゃ」
「イヨちゃん、フォーチューブ見すぎじゃない?」
「うむ。自分が持つ知識を多くの者に分け与えるのは、良いことなのじゃ。命子様や紫蓮殿の動画も多くの者らの助けになっておろう。妾も助かっておるのじゃ」
イヨに褒められて、命子と紫蓮はテレテレした。
「でも、正しいことを言っている人ばかりじゃないから、全部を鵜呑みにしちゃダメだよ」
「うむ。教授殿も同じことを言っていたのじゃ。妾は龍の巫女じゃからの、そこら辺は大丈夫なのじゃ」
ちょっと頼りなく聞こえるが、命子は『自分よりはマシだな』と思ってそれ以上、注意はしなかった。
というわけで、ふわふわな体験を楽しみつつ山頂についた。
山頂はすり鉢状となっており、塞がった火口部分にも草が生い茂り、ちょっとした広場になっていた。
命子たちは火口の縁にある展望台で景色を眺めた。
「わー、とっても素敵!」
茅刈山から望める駿河湾や富士山の景色に、萌々子が情操教育された。
「この山からはかつてヤマトが一望できたのじゃ。建物や地形は変わってしまったが、ヤマトの民たちの子孫は健やかに暮らしておるようでホッとしたのじゃ」
イヨは目を細めて、遠くの海岸で元気に修行する人たちの姿を見つめた。ちょっとおかしなことになっているが、健やかは健やかだろう。
そうして、イヨはこの世界の真実の姿を指さす。
「すでに知っておると思うが、光の橋なのじゃ」
それは三保の松原から龍宮へと繋がる光の橋だった。
命子や紫蓮に限らず、マナ進化した面々はその存在を認識できていた。これは魔眼を持っていないささらでも薄っすらと見えていた。
そして、マナ進化していないアリアもまたキスミアの巫女だからか、光の橋が見えているようだった。
自然が作り出した駿河湾の雄大さと人が作り出した町並み、それらの中に隠れたファンタジーな風景は、奇妙にミスマッチして美しいものだった。
「ジジ様はあの光の橋に乗って、龍宮から帰ってきたのじゃ」
イヨのジジ様はケガを負った際に緑色の獣によって龍宮へ連れていかれ、そこで長い時を越えた人物だ。どうやら帰りは光の橋を使ったようである。
「へぇー、昔からあったんだね」
「うむ。巫女衆にしか見えんかったし、妾たちの時代では使うこともできなかったがの」
「そうなんだ。じゃあやっぱりジジ様があそこから現れたから、ヤマトはこの辺りで栄えたの?」
「ジジ様がきっかけとなったのはその通りじゃが、ジジ様が現れる前からこの辺りには村が多かったそうじゃよ」
イヨの話に、学者先生たちがまた真剣にメモする。
基本的に彼らはこの場では質問しない。きりがないため、それが同行の条件となっている。
「ジジ様がこの地に根ざしたのは、光の橋があるのと、風見町が近いのが大きな理由じゃろう。ジジ様はあそこの龍神池を使って修行し、もう一度龍宮へ行きたかったのではないかと妾は思っておるのじゃ」
浦島太郎のモデルとなった人物は、龍宮へもう一度行きたかった。
おとぎ話と実在の両方の乙姫を知っている命子たちは、ジジ様がなんでもう一度龍宮へ行きたかったのか、なんとなく察しがついた。
乙姫つまりオトヒュミアは、女である命子たちですら見惚れてしまうほどの美女だった。超人といった印象のジジ様だが、オトヒュミアと会ったのは普通の人だった頃の話だし、生涯その心に残ってしまってもおかしくはあるまい。
実際に、天狗のような人型の魔物が世界中で発見されているが、その圧倒的な強さと美貌に魅入られてしまっている人は案外多かった。
しかし、イヨはジジ様の孫なわけで、奥さんはいたはずだ。
ジジ様は良いお爺さんだったようだし、きっとその気持ちは誰にも話さなかったのだろうと推測できた。
だから、命子たちもわざわざその話題についてはそれ以上触れなかった。
「……」
そんなふうに昔のことを語っていたイヨだったが、ふいに寂しそうな顔で黙った。
命子は、ここがトヨちゃんと約束した場所なのかな、と思った。
イヨは顔を撫でる風に目を細め、語った。
「あの日、先代様から妾たち姉妹が跡を継ぐように言われたのじゃ。妾は龍の巫女として、トヨは女王として。そして、妾とトヨはこの山からヤマトを眺め、2人で良い国を作ろうと誓い合ったのじゃ」
そう語ったあと、イヨは目を瞑った。
瞼の裏側にはヤマトの景色が映し出されていた。
命子たちにとっては1800年前だが、イヨにとってはほんの1か月ほど前のことなのだ。だから記憶の彼方から呼び起こすわけではなく、簡単に思い出すことができた。
「変わった……変わったのう……」
その呟きは、この場にいる偉い学者先生ですら押し黙るほどの重みがあった。
「ジジ様もまた数奇な運命を辿った男だったのじゃ。そして、なんの因果か孫の妾がその運命をなぞり始めたのじゃ」
瞼を開けたイヨは命子たちへ顔を向けた。
「木も動物も人も、生まれた時代をたった一つの命で大切に歩むものじゃ。しかし、妾は時を越えて生き返った。妾はこの時代にやってきた意味を知りたいのじゃ」
その言葉を聞いて、命子は妖精店でイヨが語った言葉を思い出す。
「命子様、ささら殿、紫蓮殿、ルル殿、メリス殿。妾も旅の仲間に入れてほしいのじゃ。きっと命子様たちとの旅路の中で、妾の知りたいことがわかると思うのじゃ」
これにビックリしたのは馬場だった。
一方で、命子たちは驚きこそしたものの、ニコリと微笑んだ。
「うん、喜んで。一緒に冒険しよう!」
命子はそう言うと、右手を差し出した。
イヨがその手を握るので、命子はそのまま手のひらを重ねるように組み替えた。
その手にささらたちが手を重ね、最後にイザナミがポテンと乗った。
「こちらこそよろしくお願いしますわ!」
「イヨは射撃手デスな!」
「よろしくね」
「イザナミもよろしくでゴザルよ!」
5人に迎えられ、イヨとイザナミはニコパと笑った。
その周りで、萌々子やアリアがパチパチと拍手する。
そんな光景にあわあわする馬場だったが、教授にお尻を抓られて慌てるのを止めた。
世界的に見ても極めて貴重な存在であるイヨだが、人権が存在しないわけではない。そこには自由な人生があり、誰とともにその道を歩むのかもまたイヨの自由だ。
それを決めた大事な場面で、その意思を否定するような態度を取るのを教授は止めたのである。
まあそんな自由の裏側で陰に日向に警護するのは馬場だし、報告書をあげるのも馬場なので、気持ちはわかるが。
ついに6人パーティが結成されたわけだが、それで茅刈山を下山するには早すぎる。
なので、命子たちはウィンシタ映えしつつ、山の中央にある火口跡のちょっとした広場に降りてみた。
イヨが一緒に冒険したいと言ってくれた喜びから、命子はすっかり忘れていた。
シカ妖精が、『トヨとの約束の地へ行ってみろ』と言っていたことを。
だからこそイヨはここに来たのだ。綺麗な景色を見て、6人パーティを組むことが目的ではないのである。
火口跡に降りてみると、すぐに光子、アイ、イザナミ、アリスの4人の精霊が揃って1か所に飛んでいった。
精霊たちのその行動に、命子はキュピンと目を光らせた。
芳醇な冒険の匂い。
「あはははっ、待て待てぇ!」
そう言って無邪気に駆けだす命子だったが、その足はすぐに空回りした。
ぷらーんとしながら、命子は背後を振り返らずに言った。
「……ダメ?」
「ダメ」
脇の下から命子を抱え上げて、馬場が言った。
馬場もまた選ばれし女。
即座にトラブルの匂いを嗅ぎ分け、命子を捕縛するに至った。
しかし、精霊さんは止まらない。
火口跡の地面でわちゃわちゃしていたかと思うと、そのまま地面の中に入り込んでしまった。
「大変なのれすぅ! みゃーっ、シーシア何するのれすかぁ!」
そう言って走り出すアリアだったが、やはりシーシアに羽交い絞めにされてジタバタした。
そんな中で、教授が精霊たちの消えた場所を調べ始めた。一番生存能力が低そうなのに!
見かけ上は草が生えているだけでなにもない。しかし、【神秘眼】を光らせて見つめると、その地面が【精霊魔法】で作られていることがわかった。
とりあえず喫緊の危険はなさそうなので解放された命子たちと共に、現場に行く。
「この一部分だけ【精霊魔法】で作られた地面になっているね。この下に人工的に作られた地下があるのだろう」
「いやいや、そんなバカな!」
教授の言葉に、学者先生の1人が驚きの声を上げる。
注目を集めた学者先生は一つ咳払いして、続ける。
「茅刈山は典型的なスコリア丘で国の天然記念物だぞ? この手の山だと地中レーダーで調査がされているはずだ。もし山中に何かがあるのなら、とうの昔に発掘されているのではないか?」
学者先生の発言に、命子たちはむむむっとしながら教授へ視線を向けた。
「それはもっともな話ですが、風見町にある無限空間道はレーダーなどにはほとんど反応しませんでした。何かしらの意思が働いた隠し扉は、おそらくその時が来るまで発見が難しいのだと思います」
「む、むぅ。これだからファンタジーは……」
学者先生はガックリきてしまった。
新時代の理を否定するわけではないし自身も楽しんではいるが、旧時代の人の努力だって報われてほしいと思う人なのだ。
そんな学者先生の肩を、光子がポンと叩いて笑った。
ファンタジー筆頭の可愛さに、学者先生は複雑な気持ちになりつつ萌えた。
「あ、あーっ、光子! もう勝手に行っちゃダメでしょ!」
さきほど地下へ消えた光子のさりげない帰還に、萌々子が怒った。
『っっっ!』
光子はすぐに命子の後ろに隠れた。怖いもの見たさで顔を半分だけチラッと出す。そんなのどこで覚えたのか。
そんなやりとりをしていると、イヨが地面を見て言った。
「ジジ様や先代様の技なのじゃ。しかし、この場所にはこんなものなかったはずじゃ。おそらく『クウミ』の仕事か」
「クウミ?」
「うむ。妾は知っての通り龍神池を封じるために人身御供となったが、妾が最後の龍の巫女というわけではないのじゃ。妾は次の龍の巫女にクウミという少女を指名した。龍神池を封じたので、クウミは精霊と龍気を操る最後の龍の巫女になったと思うが……ジジ様や先代様と同じ物を作れるほどにまで修行したようじゃの。見事なのじゃ、クウミよ」
イヨは感慨深げに呟いて、その地面に触れた。
すると、草の隙間から光が放たれ、円環を描く龍の紋章が浮かび上がった。
龍の紋章はガコンと少しだけ回転し、封印を解いた。
馬場やSPたちに緊張が走り、教授や学者先生たちがワクテカする。これが立場の違いである。なお、命子たち子供勢も後者である。
入り口のフタがゆっくりと開き、地下へ続く階段が姿を現した。
そこには土偶が並んでおり、その造りを見て、イヨが言う。
「ああ。ここはトヨの墓所なのじゃ……」
一行は、ワクテカから反転して悲しい気持ちになるのだった。
読んでくださりありがとうございます。




