11-9 お休み矢の如し
本日もよろしくお願いします。
青空修行道場の土手の階段に腰掛けた命子。
春の風に髪を靡かせたジャージ姿の美少女の顔は、悲しげだった。アンニュイ命子なのである。
「メーコお姉さま、こたつが片付けられた猫みたいな顔をしてどうしたのれす?」
未だ風見町に滞在しているアリアが命子の横に腰掛けた。
アリアは中学生たちと交流して、気づいたら命子の呼び方に『お姉さま』がつくようになっていた。
アリアの周りにはぞろぞろと猫がついてきており、それぞれに精霊が騎乗していた。
さらにその周りでは精霊と猫の飼い主双方が、スマホを向けてデレッデレな顔をしている。
こたつが片付けられる。
アリアの口から出たそのワードを聞いたことで、飼い猫たちが一斉に遠い目をした。
「うん……時の流れは早いなって思って」
どうやら自分もそんな顔をしているらしい。マジかよ。
「ニコニコしながら一つずつ数えて、大切に握りしめていたんだよ? それが気づいたら指の隙間からどんどんどんどん無くなっていたんだ」
命子は上に向けた手のひらをわなわなさせた。
「お菓子の話なのれす?」
「お休みが終わっちゃうんだ……っ! お休み矢の如しなんだよ!」
命子は堪えきれずに手のひらで顔を隠した。
思い出すのは楽しかった日々。
青空修行道場で修行したり、樹海ダンジョンやらD級ダンジョンに行ったり、また修行したり。
そんなことしかしてねえなと思いつつも、楽しかったんだ!
だけど、気づけば弾数はあと1発。今日のみ!
「にゃー」
ポンと命子の足に猫が前足を置いた。
元気出せよ、と言うように。
命子はキュンとした。
「慰めてくれるの?」
「あたしね、昨日、お耳の掃除したよ、って言っているのれす」
「不思議ちゃん猫だった!」
GWも今日で終わってしまう。
毎年、大型連休は持て余し気味だけど、新時代になってからとっても有意義だった。
しかしまあ、学校も楽しいので別にお休みが終わっても、それはそれでいいのだが。みんなへのお土産も買ったし。
では、なぜこんな気持ちになっているのか。
それは簡単な話だ。
幼稚園から高校までに調教されてきた結果、大型連休が終わりそうになると、条件反射で寂しい気持ちになるのである。いわば、心の癖なのだ。
無駄なシリアスモードをポワンと終えて、命子はアリアに問うた。
「アリアちゃんはいつまでいられるの?」
「パパたち次第れすけど、メーコお姉さまたちがまた発見しちゃいましたから、たぶん少し延びると思うのれす」
「あれ、私またなんか以下略。でもまあ私たちが発見したわけじゃないけどね。私たちはあの場にいたモブだよ」
投擲物の干渉力を維持できる手法が見つかったことはこの数日で発表され、世界中で注目を集めていた。
これに関して世界各国から研究員が集められて、半ば強制的に研究チームが結成された。なんとか日本が主導権を握れるようにできたのは、偉い人の努力のおかげだろう。
「明日からモモちゃんたち学校だけど大丈夫?」
「ニャウ。ニッポンの学校を見学するのれす」
これが要人パワーか、と命子は思った。
「それにしても投擲術れすかー。アリアはボールが上手に投げられないタイプなので、あまり関係なさそうれす」
「それは私もだったけど、割とどうにかなったよ」
命子はいつの間にか周りに集まっていた中学生たちに微笑んだ。
「前にサーベル老師が言ってたけど、武術は地続きなんだって。武術を一つやってれば、それで得た技術はほかの武術にも通じる部分が必ずあるんだって。きっとそれはスポーツも同じなんだよ」
「なるほどなのれす。テニスが上手な人がウニャットで活躍するみたいな感じなのれすね?」
「凄くわかりやすく説明したのに、専門用語がわかりづらい……っ!」
「メーコお姉さま、もしかしてテニスを知らないのれす?」
「ウニャットだよ!」
「……え?」
命子の言葉に、アリアは茫然とした。
思わず手に持ったペットボトルを落としてしまうほどだ。
その芸の細かさに、命子や中学生たちはぐふすぅと噴き出した。
アリアは渾身のモノボケがウケて嬉しく思いながら、言った。
「まあマイナーれすからね。ウニャットはキスミアに昔から伝わる人と猫が協力して行なう競技なのれすよ」
「また猫! 猫も杓子も猫! ちょっとやってみてよ」
「うーん、アリアはニャビュルを連れてきてないから、ルルさんにやってもらうのれす」
というわけで、ルルとジューベーが召喚された。
「ワタシはそこまで上手じゃないデス。ママにやってもらうデス」
というわけで、ルルママが召喚された。
階段の下に空けられたスペースに、ルルママとジューベーが立つ。
修行をしにきているルルママは、和風テイストのジャージを着ている。
少し離れて、アリア、ルル、メリス、シーシアが中腰になり、真剣な顔でルルママの一挙手一投足を見つめた。
ピリリとした緊張感に、ゴクリと喉を鳴らすギャラリー。
ルルママは足で直角を描けるくらいまで膝を上げて、言った。
「ウニャット!」
ルルママの掛け声に、「にゃーっ!」とジューベーが応える。
すると、ジューベーはルルママの足を駆け上がり、そのまま肩に乗った。
次の瞬間、ルルママを囲ったキスミア勢が右腕をバッと斜め下へ広げた。
「ミール・ミャクス!」
アリアが宣言する。
「猫の門」
「し、知っているのか、紫蓮ちゃん」
むむむっとしていた命子は、解説役が来てホッとした。
「あの技は多くの技の導入。審判が4人中3人右手を斜めにすると成功。主審のミール・ニャクスの宣言と共に、コンボが始まる」
「こんぼ」
コンボが始まるらしい。
すると、紫蓮の言うとおり、ルルママが膝をついて女豹のポーズを取った。
その上に、ジューベーが乗っかり、背筋をピンと伸ばしてお座り。
1人と1匹は、その体勢のまま微動だにしない。
「猫の架け橋」
紫蓮の呟きとほぼ同時に、キスミア勢が右腕をサッと斜めに広げた。
それからも技が続く。
「雪見猫……からの……猫の巨塔……そこから……黄昏猫じゃらしっ! ルルママ凄い」
命子は紫蓮の顔を見て、どうなってんだコイツの知識、と慄いた。
さまざまな技が披露され、ギャラリーたちは大興奮。
「猫時雨からのぉ……あ、あれはまさか……っ」
香箱座りするルルママの頭の上にジューベーが乗っかる。
そして、肉球お手々でルルママの目を隠した。
「フニャルー・ファ・ウニー!」
ジューベーの前足がゆっくりとずらされ、37歳人妻の元気いっぱいのお目々が露わになる。
バシーン!
『フニャルーの瞳』を意味する大技が決まり、キスミア勢が額に汗してバッと右腕を斜めにする。そうして、そのまま前方に腕が移動し、静かに降ろされた。
緊張から解き放たれたギャラリーが、ワッと歓声をあげた。
すっかり演技が終わり、主審だったアリアが汗を拭いながら命子に言った。
「これがウニャットなのれす!」
「す、凄い!」
全然わからんと言いたい命子だが、己の無知を棚上げしてルルママの活躍を汚すわけにもいかない。
みんなと共に拍手をして、ルルママを称えた。実際に凄かったし。
「猫の人たちは凄いのじゃ。あれはウニャットじゃろ?」
何事か見に来たイヨも大満足の様子。
「え。イヨちゃんも知ってるの?」
「命子さまたちがダンジョンに行っている間に、動画で見たのじゃ」
「マジかよフォーチューブのおすすめ機能」
動画は作るがあまり見ない命子は、己の情弱っぷりを恥じた。
ちなみに、命子たちがD級ダンジョンへ行っている間、イヨはお勉強していた。
「ウニャットか。キスミアに古くから伝わるスポーツだね。私も動画以外で見るのは初めてだけど、凄いものだな」
教授が言う。
みんな知ってる件。
それから中学生たちがウニャットの導入『猫の門』を猫たちに教え始めた。アリアもそれに付き合う。
そんな様子を見つめながら、イヨが命子に言った。
「命子さま。近々、まとまって暇な日はあるかの?」
「うん? どの日か言ってくれればその日は空けるよ」
命子がそう言うと、教授がスマホのカレンダーをイヨに見せた。
「土曜日と日曜日が世間じゃ休みだって教えただろう? 命子君もそんなふうに予定を立てているんだよ。で、今はここ。明日から5日は、命子君は学校だね」
イヨはふんふんと頷いて、命子に日にちを指定した。
「来週の土日か。うん、いいよ。みんなも一緒でいい?」
「うむ、大丈夫なのじゃ」
命子は深夜にお店妖精とお話ししていたイヨを思い出して、それに関わることかな、と思った。
というわけで、来週の予定が決まった。
GWが終わって学校へ行くと、学校中が旅行の話で盛り上がっていた。話のお供は旅行先で買ってきたお土産のお菓子だ。
命子もその一人で、机の上にお店を広げていた。
命子屋さんには、温泉饅頭とパックに入った野沢菜漬けが置かれていた。
「よーっす、命子ちゃん。投擲術の発見ご苦労ご苦労!」
やってきたのはナナコ。
その頭の上には精霊のルナが乗っている。
「らっしゃい。ここは命子屋さんだよ。まずはブツを出しな」
「チッ。ほらよ。受け取りな」
命子の机の上に、袋詰めのお菓子が置かれた。袋には敬礼した可愛いキャラが描かれている。
「わおわーお! 萌え自衛官クッキー! 馬場さんに似せやがって!」
自衛隊に萌えを導入し始めたのは旧時代からのことだが、最近、そのシリーズに馬場に似た萌えキャラが登場した。
命子はそれをスマホで撮影して、プイッターに投稿した。外道である。
「じゃあお返しにこれ。温泉饅頭と野沢菜漬け。末端価格5円の漬物だよ!」
お箸で漬物を摘み、ナナコの手のひらに乗せる。5円分かどうかは知らない。
ナナコは、やっぱりこいつ変わってるな、と思いつつ漬物を食べた。
「かーっ、しょっぱ!」
ナナコは唇をウニウニしながら、慌てて温泉饅頭の包みを開いた。
「それでナナコちゃん、どこ行ってきたんだっけ?」
「前半は1年生と鎌倉ダンジョン。後半は飛騨ダンジョン」
修行部はもともと後輩の面倒をみて、自分の身を守れる魔法少女を増やす部活なので、それは現在も続いている。
中三の時にブイブイ言わせていた子も多く入学してきているため、必ずしも1年生は弱いわけではないが、先輩と冒険したいという1年生は非常に多かった。
「1年生はどうだった?」
温泉饅頭をモグモグしてから、ナナコが答える。
「去年のうちにG級ダンジョンクリアしてた子が多いみたいだし、私たちほどじゃないけど、みんな強いね」
饅頭を食べたナナコは、口の甘さに今度は塩辛さが欲しくなった。
目の前には野沢菜漬けがある。
ナナコは流れるような動きで命子屋さんのパックを開け、野沢菜漬けを食べ始めた。
「へぇ。しかも賢い子がぞろぞろ来てるんだってね」
「それな。これうっま」
「いつナナコちゃんの化けの皮が剝がれるのか、ハラハラするぜ」
「大丈夫。一緒にお風呂入って洗いっこしたから」
「それなら大丈夫だね、私、前例を知ってんだ。ていうか、野沢菜漬けを食いすぎじゃない?」
「みんな、この人、野沢菜漬け持ってます!」
「おのれ!」
ナナコが言うと、お土産交換で甘い物を食べていたクラスメイトがぞろぞろやってきた。
あっという間に野沢菜漬けは売り切れ、代わりに命子屋さんには各地のお土産が山のように積まれた。
命子はやれやれと溜息をつくと、カバンから新しい野沢菜漬けのパックを取り出した。詰め替え用である。
「命子ちゃん、久しぶりに物を投げてどうだった?」
他の子が野沢菜漬けをパクつきながら言う。
「うーん、スキル補正がかかった攻撃を見てないからなんとも。でも、大きな可能性を感じるね」
「命子ちゃんマジ戦闘民族でワロス。そうじゃなくて、普通にキャッチボールだよ」
「あーそういうのね。久しぶりもなにも、元から私の投球技術はゴミクズだったから、むしろ初めてまともにキャッチボールしたから、スパコンってグローブに入って気持ち良かったよ」
その話を聞いていた全員が命子を上から下へ見る。
2年生になりすっかりお姉さんになった命子は、割と投げるのが上手そうな雰囲気を醸し出している。
しかし、出会った頃の命子をなんとか思い出してみると、途端に今の話が納得できてしまう。
「いいなぁ。あたし、ソフト部だったからまたボール投げたいな」
そう言う子もいる。
「競技として成立するのはしばらく無理そうだけど、キャッチボールくらいなら割とすぐにできるようになるんじゃないかな? わからんけど」
「そっかぁ、楽しみだなー。命子ちゃん、投球の方法見つけてくれてありがとね」
「ううん、今回のは私じゃないよ。その場にいただけ。だから、モッチンが喜んでたこと伝えとくよ」
「よろしくぅー」
これを伝えたら喜んでくれるだろうか。
喜んでくれるといいな。
命子はイヨの顔を思い出しながら、お土産にもらった東京バナメロンと野沢菜漬けを交互に食べるのだった。
読んでくださりありがとうございます。
お休み矢の如し。
土日も矢の如し。




