2-17 4層突入
本日もよろしくお願いします。
防御力の検証をしていると靄も晴れ、命子たちはいよいよ橋へと向かった。
命子は橋で中ボスが出てくる可能性を2人に説いておいた。
向こう岸まで100メートルもある上に2つの山の中間だし、ゲームなら絶好の中ボスロケーションだ。
大きな鳥居を潜り、橋を渡り始める。
ささらの履くブーツが木造の橋に小気味良い音を鳴らす。
しかし、3人には敵をおびき寄せるメロディに聞こえて、怖かった。
橋の下の雲海から巨大な魚がザッパーッと出てくる姿を妄想して、命子はふるふると頭を振るう。
ところが、橋はこれと言って何事もなく通り過ぎることができた。
セーフティゾーンがすぐ近くにあるし、まさか橋がセーフティゾーンということはないだろう。
1つ目の山の頂にある桜の広場にしても、このダンジョンには奇妙な場所が多かった。
ゲームなら何かないかとグルグル回るような場所だ。
やはり、昨晩手に入れたあの称号がヒントだろうと、命子は思った。
真なる姿を見せたこのダンジョンで、こういった場所では何かが起こるのだろう。
あるいは、単純に夜に来ると何かが起こるか。
3人は一度橋を振り返ってから、2つ目の山を登り始めた。
用心しつつ踏み入った4層で、早速敵が現れた。
なんと、3体編成だ。
内訳は、杵ウサギ、市松人形、そしてタヌキだった。
「か、可愛いデース!」
「わ、分からんでもないけど、奴は敵だよ!」
タヌキは2足歩行で、体長70センチ程度。デフォルメされたずんぐりとした身体で、キレた眼つき以外はとても可愛らしかった。むしろ、キレているのが微妙にコワ可愛い。杵ウサギと同じ系統だ。しかし、市松、お前はダメだ。
なお、酒を持った狸みたいに大切な袋は搭載されていない。
タヌキが早速行動を起こす。
お腹をポンポコ叩き始めたのだ。
すると、市松人形と杵ウサギが光り始めたではないか。
「た、たぶんバッファーだ! 2人とも、敵が強化されたかも!」
命子の注意喚起が飛ぶが早いか、それを証明するように身体が光った2体は移動速度が少し増した。
今までは、早歩き程度の速度だったのに、小走りするくらいの速度になっている。
死を恐れぬ魔物の接近速度が上がるのは、脅威であった。
命子は、迫りくる市松人形に対応を始める。
いつもよりも速い市松に、しかしてルルがしっかりと水芸を当てた。
硬直した市松に、命子はすかさず火弾を射出する。
いつものコンボがこれで始まるはずだったのだが、市松はギリギリで火弾を回避した。
その瞬間、命子の横からささらが飛び出し、斬撃を浴びせる。
ささらのフォローには反応できず、市松は斬撃を受けてノックバックした。
こちらはささらに任せ、命子は杵ウサギの対応を始めた。
杵ウサギはもう2秒もすれば、杵による攻撃射程内に入る距離だ。
すぐさま水弾を放ち、杵ウサギの手から杵を弾き飛ばした。
ルルがすかさず肉薄し、忍者刀と小鎌による2連撃を浴びせる。
こちらもルルに任せ、命子はタヌキと対峙した。
お腹をポコポコと陽気に叩くタヌキに、軽くイラっと来た命子は、水弾を射出する。
タヌキはうわぁみたいな口をしながら、腹部に水弾をヒットさせた。
ふっ飛ばされたタヌキは石畳の上でくるんと転がると、すかさずポンポコと始めた。
しかし、今度は背中の後ろで尻尾をフリフリさせている。
尻尾の先からピンポン玉サイズの光の弾が3発現れた。
それが命子に向かって射出される。
命子の目で追える速度だったので、大きく横っ飛びで回避する。
厳密には、時速150キロ程度。初めて魔本から放たれた水弾よりも少しだけ速いにもかかわらず、今の命子にはしっかりと目で追えていた。
しかし、3発の球を避けるのは難しく、1発が脇腹に当たった。
それは中学最後の球技大会で出場したソフトボールで、ソフト部だった女子の投げた速球が脇腹に当たった時と同じくらいの痛さだった。球技大会でちょっと調子に乗っちゃったソフト部エースのガチデッドボールである。
あの一撃の後に、命子はサードでアウトになった。しゅん。
なんにしても、戦闘に支障をきたすほどの一撃ではなかった。
そうしてくれたのは、やはり桜の狩衣のおかげだろう。
とはいえ、滞空時に脇腹に当たったため、バランスを崩した命子は無様な受け身を取ることになる。
コロコロと転がって敵のいる方向が一瞬分からなくなるも、お腹を叩く音を頼りにすぐさま駆け出す。
タヌキは、バッファー兼遠距離魔法タイプ。
離れて戦うよりも、接近したほうが良いと判断したのだ。
命子の接近に、タヌキはまたも光弾を生成させる素振りを見せる。
そうはさせるかと、命子はすでに再装填された水弾をタヌキにヒットさせる。
さきほどと同じように、ふっ飛ばされてすぐさま立ち上がったタヌキだが、光弾はキャンセルされていた。
命子がいよいよ接近すると、タヌキはバフを止めた。
バフと接近戦が両立できないのだろう。
タヌキが、ギシャーと鳴いて荒ぶる熊のポーズをとった。
動物の威嚇に少なからずビビる命子だったが、ふなぁあああ! と叫んで、恐怖の眼力を発動した。男の子に向ければ、しゅんとしてしまうかゾクゾクする、恐ろしい眼力だ。
命子は、2冊の魔導書とサーベルを巧みに使って戦った。
ささらたちのように、『術理系』のスキルがない命子は、己の修練で磨いた剣技だけで戦うことになる。
中距離をメインにし、火の魔導書アタックで殴る。
近づいてきたら、すぐさま切裂けるように構え、容易に近づけさせない。
されどタヌキが離れたら、装填しておいた水弾ですかさず撃つ。
修行中に構想を練った新武術が、今、開花しようとしていた。
尤も、頑強な敵だったら突進されて終わりだから、あくまで命子と同じくらいの強さの敵にしか通用しない武術だろう。
けれど、タヌキには十分な効果を発揮した。
タヌキは接近戦がそんなに強くなかったのも理由に挙がるだろう。
不意に、命子の背後からカチカチという音が鳴った。
その瞬間、何故かタヌキの背中で炎が燃え広がる。
すると、今まで近接戦闘がそれほど強くなかったタヌキが、命子でも分かるプレッシャーを放ち始めた。
これはヤバいと思った命子は、すぐさま水弾を射出する。
水弾を斜め上から喰らったタヌキは石畳の上で大きくバウンドした。
弾けた水により火が消え、背中の炎と共にプレッシャーが鎮火する。
石畳に転がったタヌキが、次の瞬間、右から斬られた。
血しぶきを上げるタヌキの顔面に、今度は左から無慈悲に刺突が入る。
ハッとして見れば、そこにはゴミムシを見るような絶対零度の眼差しで、消えゆくタヌキを見つめるささらとルルの姿があった。
命子に顔を向けた瞬間に、その眼差しはへにゃりと心配そうなものに変わる。
「メーコメーコ、大丈夫デスか!?」
「お腹は痛くありませんこと!?」
「う、うん。大丈夫だよ。助けてくれてありがとう。ルル、ささら」
「ニャウ……遅れちゃってごめんなさいデス」
「謝る必要なんてないんだよ。一緒に冒険しているんだもの。むしろ接近戦が上手じゃない私のほうこそ、ルルとささらに負担ばっかり掛けて、ごめんね」
「そんなことないですわ! 命子さんが引きつけてくれなかったら、きっと負けちゃってましたわ」
「そーデス! メーコなしじゃ無理デース!」
「そっか。ふふっ、じゃあお相子だね。ふふふっ」
昔からスポーツであまり頼りにされたことが無い命子は、戦闘で頼りにされていることが嬉しかった。
「それにしても、最後のアレはなんだったんだろう?」
「最後のアレ、ですの?」
「うん、いきなりタヌキの背中から火が出て、パワーアップしたっぽいんだよ」
「確かに駆け付ける前に一瞬だけそんな姿を見ましたわね。斬った時には鎮火してましたけれど」
「うん、水弾で消えたみたいなんだよ」
「ワタシも杵ウサギが消える間際に変なことしてたの見マシタ」
「え、今更になって杵ウサギが新しいことを始めたの?」
「ニャウ。どこからか石を取り出して、カチカチやってマシタ」
「「えっ!?」」
ルルの発言に、命子とささらは顔を見合わせた。
ウサギがカチカチして、タヌキの背中が燃え上がる。
「カチカチ山ですわ!」
「カチ……それぇ!」
ささらの反応速度に負けた命子は、外に出てしまった勢いを口から指に移動させて、ビッとささらを指した。ハモれなかった。
「カチカチヤマ、デス?」
日本のおとぎ話を知らないルルに、ささらがかいつまんで内容を教える。
おじいさんの復讐を肩代わりしたウサギが、タヌキをバイオレンスに葬り去る物語だ。
「火が出て、ヤバい薬を塗られて、泥船に乗せられて溺死?」
「すでにウサギは死んでいますし、火が出るだけではありませんこと? ウサギが死ぬ間際にタヌキをパワーアップさせる感じではないかしら」
「あり得そうだね。とりあえず、水弾で消えるみたいだけど、この点は注意しよう」
命子の言葉に、2人は神妙に頷いた。
一先ず、2人にドロップの回収を頼み、命子はステータスをチェックした。
先ほど、光弾が一発入った。
あれは、果たして桜の狩衣のおかげだったのか。
称号の欄を開き、【1階層踏破者・ソロ】の効果を見る。
依然として、灰色になったりしていない。
やはり、タヌキはバッファーとしての側面が強いのかもしれない。
それか、桜の狩衣がかなり強いか。
ちなみに、称号の特典が使われると、表記が灰色になると分かっている。
教授の話では、D級ダンジョンに入った人たちは、全員が命子と同じソロ踏破の称号を持っていた人だったそうだ。そういうチームを作ったわけである。
彼らは、この特典を失って、ボロボロになって帰ってきたわけだが、全員の効果の説明が灰色になっていたそうだ。
だから、まだ命子の特典は生きている。
使うのならば、つまらないミスで使いたくはないのでホッとした。
続いて命子は、なぜカチカチ山みたいな魔物が現れたのか、考えた。
もしかして、ダンジョンは人の創作物を見本にして魔物を作り上げている?
命子は他のダンジョンの魔物の情報を知らなかった。
地上ではすでに有名な話になっているのだが……。
命子は、この新たな推測を手帳にメモした。命子君これは大発見かもしれないぞ、なんて教授に褒められるのを想像して。
「ニャー! ぬ、ぬすんちゅデース!」
唐突にルルが声を上げた。
新しいキスミア語かな、などと思いながら命子はルルのほうを見る。
そのままルルの指さす先へ視線を向けてみれば、そこには一匹の太ったヘビが、ついさっきルルが倒した杵ウサギの魔石を飲み込もうとしていた。
「メーコ、シャーラ! キングコブラのぬすんちゅデース!」
「い、いいえ、ルルさん、あれはツチノコですわ!」
「ツティノコ。じゃあツティノコのぬすんちゅデス!」
身体がやたらとずんぐりとした蛇、そう、それはまさしくツチノコだった。
ぬすんちゅぬすんちゅ言っているルルに、はてと命子は思いつつも、戦闘準備は進める。
そうして、いざ魔法を放つ段になり。
「ブフッ!」
人の倒した杵ウサギの魔石を奪うその泥棒のような行動と、ルルの言葉が交差する。
ぬすんちゅ……っ。
これはキスミア語じゃない!
しかも、キングコブラって。
しかし、命子はダンジョンのプロだ。
引き攣る頬に活を入れ、ぬすん……ツチノコに水弾を発射する。
ミス!
魔法の精度にかなりの自信があった命子は、仲間の精神攻撃によりデバフが掛かっていた。
その一撃で驚いたツチノコは、ビヨーンと跳ねてから一目散に逃げていった。
とりあえず、危機は去った。
「ぬすんちゅめ!」
怒れるルルの肩を命子は叩いた。
「ルル。泥棒はぬすんちゅじゃないよ」
「え。だけど、海の人はうみんちゅデス……?」
うっ、分からぬ!
命子は混乱した。沖縄の人は盗人をぬすんちゅと言うかもしれない。
ちなみに、沖縄の方言で盗人はヌスラーである。
「うみんちゅ……ぬすんちゅ……人はんちゅ……デス?」
「くはっ!」
「くふすッ!」
ルルの混乱に、命子のみならずささらも噴き出す。
とりあえず、この話はダメだと命子は思った。
これはツボる。いや、すでにツボり始めている。
ダンジョンから帰ったら、漢字とかも教えてあげよう。
ルルは、かなり知っているっぽいけれど、こういう変な覚え方をしている部分もあるようだった。
命子はそう誓いながら、一先ず戦闘が終わったことに安堵したのだった。
タヌキが落としたのは、タヌキの毛皮だった。杵ウサギのものよりも少し大きめの毛皮だ。
毛並みは見事だしレアドロップかもしれないので、一先ずリュックに収納する。
市松はカタナの破片で、杵ウサギは毛皮だ。杵ウサギの魔石だけはぬすんちゅされた。
魔石は昨日買った魔石ケースに収納する。
すでに昨日の後半の狩りで使用していたが、これが非常に便利だった。
キャップを開けて魔石を口に近づけると、しゅるんと入っていく。どれくらい入っているのかは、サイドのメモリで分かる仕組みだ。
入れる時はこれだけだが、この道具は取り出す時に魔力を5使用する。それで内部の魔石を好きなだけ取り出せる仕様だ。
ジャラつかず、重さもケース本来の重さしか感じないのが実に良い。まさに魔法のアイテムだった。
こうして、命子たちは4層の探索を始めた。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、評価、感想、大変励みになっています。
誤字報告も大変に助かっています。
凄く多く訂正して頂き、申し訳ない限りです!