11-5 樹海ダンジョン
本日もよろしくお願いします。
この日、命子たちは青木ヶ原樹海にある樹海ダンジョンに向かっていた。
青木ヶ原樹海は国の天然記念物に指定されているが、それはそれ。
必要最低限とはいえ、ダンジョン用のインフラのためにそこそこの範囲に亘って森が切り開かれている。
ただし、駐車場は自衛隊と冒険者協会用の小さなものしかないため、ここに訪れる人は離れた場所にある駐車場や駅、キャンプ場から出ているバスを使うのが一般的だ。
今回の命子たちは国の依頼でこのダンジョンに入るため、自衛隊のマイクロバスに乗っての移動である。
「龍神山があそこだから……ふむふむ、ここはシカのヌシの森か」
イヨが窓縁にちょこんと指をひっかけて、外の風景を見ながら言った。
イヨは富士山のことを龍神山と言っており、基本的には現代に合わせて富士山と呼んでくれるが、ふとした拍子に元の呼び名を口にする。慣れだろう。
「この森にはシカのヌシがいたの?」
命子は窓縁に指をひっかけて外を眺めるイヨを小さな子みたいで可愛く思いつつ、問うた。
「うむ。クマやオオカミなどを蹴散らしてしまうほどのシカのヌシだったのじゃ。昔はそういう獣が結構おったのじゃが、ほれ、龍神様のお力を手に入れた獣たちの国の話はしたじゃろ? あれのせいで各地のヌシは敗れて、山々はどんどん食い荒らされてしまったのじゃ」
「ほえー、マジシシガミさま」
命子の脳内で、過去の樹海の情景が美麗なアニメーションで流れていった。
「それにしても、ちょっと木の様子が変わっておるのー。1800年も経つと木も生まれては消えていくものか」
しみじみとして言うイヨに、命子たちも脳内に美麗なアニメーションを浮かべながら侘び寂び系女子高生の顔をした。
「ここは1200年くらい前の富士山の噴火で一度森が無くなっているんだよ。だからこの森は原生林にしては若い部類に入るね」
侘び寂びが感じられない系科学者の説明によって、命子たちは現実に引き戻された。
ちなみに、昔は別に有名な樹海というわけではなかったそうだ。
開拓や植林で原生林が少なくなったために現代では有名なわけで、そこら中に深い森があった古代では『シカのヌシがいた』という特徴くらいしかなかったのだ。
そんなこんなで現地に到着。
ダンジョン周辺は切り開かれており、見張りの自衛隊の宿舎や冒険者協会の建物、入場待ちする冒険者のために雨除けの屋根が広範囲にあるなど、割と設備はしっかりしている。
全ての建物が築1年以内と新しいのだが、建物の端には木の葉が散らばり、そこかしこに蜘蛛の巣や虫の死骸が見られる。これが山林部に建つ建物の宿命である。
「あ、お店もある!」
「今日は入る必要ないわ」
「しゅん!」
馬場に切り捨てられてしまったが、命子が指さした先には国営の商店があった。
その商店は、こんな場所にあるので初めて訪れる冒険者の入店率は驚異の98%を記録している。買うかどうかは別であるが。
命子たちは女子高生なので本来ならその98%の猛威には抗えないのだが、今日は依頼で来ているので入る必要なし。しゅん!
なお、こういう場所の商店はダンジョン用の物しか売っておらず、忘れ物をした人が利用する。多くの人が期待して入るのだが、面白い物というのは売っていないのだ。
「え、命子ちゃん!」
「ふお、嘘だろ!?」
移動しているとそんな声が聞こえてくるので、命子は体傾け式目元横ピースをぶちかましておいた。命子はサービス精神旺盛なのだ。
さらに、命子の動き出しを見た瞬間にルルとメリスが凄まじい瞬発力で動き始め、命子の両隣で同じポーズをする。これがネコミミを宿した陽キャヂカラである。
アイドルがリアクションをしてくれたら嬉しいように、3人の可愛らしいアクションで冒険者たちはテンションをあげた。
「次はシャーラとシレンとキョージュ殿もやるデスよ?」
「「「え!?」」」
陰キャ気味の3人がルルの無茶振りに怯える中、イヨが命子に言った。
「はえー。命子さまたちのことをみんなが知っておるのじゃな」
「エネーチケーに出たからね」
「な、なんとエネーチケーに!? ふぉおお、聞いたかイザナミ、命子さまはエネーチケーに出たそうじゃぞ」
『なんなんっ!』
「うむ、ピタゴ〇スイッチなのじゃ」
『むーっ!』
古代人と精霊さんもその名を知る謎のエネーチケー人気。アイも教授の研究室で見ている様子だ。
さて、かつて命子たちが鎌倉ダンジョンに通っていた時は冒険者も少なかったのだが、今のF級ダンジョンの入場者はかなり多い。もちろん、GWだからというのもある。
しかし、今日の命子たちは国の依頼で来ているので、入場待ちの列には並ばなくて良かった。国から依頼される冒険者はたまにいるのだが、例外なくこの優遇措置を受けることができる。
というわけで、冒険者たちが並ぶ前を命子たちは自衛隊に挟まれて歩いていく。
「おー、なま命子ちゃんだ!」
「自衛隊と一緒か、国の依頼かなー?」
「あれが噂のイヨちゃんか。カワよ!」
「ささらちゃーん!」
そんな声が聞こえた瞬間、「シャーラ、今デス!」とルルが動き出す。
ささらは慌てて体を傾けながら目元で横ピースをバチコン! その動きは家でこっそり練習している者のキレだ。
ところが、隣で同じポーズをしてくれているはずのルルは、うむっと頷くだけでやっていない。
ささらだけが観衆にハイテンションを見せつけた形である。
「ちょっとルルさん!? もーっ!」
歓声が上がる中、ささらは真っ赤な顔でポカァッとルルを引っぱたいた。
「濃厚なダンジョンの香り。うーん、マンダム」
ダンジョンに入場した命子はうっとりしながら言った。
今回の依頼では、イヨチームとささらチームに分かれる。ほかにも4部隊の自衛隊が『レイドの腕輪』によって万が一に備えて同階層で活動する。
イヨチームには、イヨのほかに、命子、ルル、馬場、教授、女性自衛官の佐久間さんで編成された。
佐久間さんは要人警護のためにジョブを盾職にビルドした、かなりのエリートである。
一方、ささらチームには、ささら、紫蓮、メリスの3人に加え、助っ人でルルの飼い猫であるジューベーを連れてきている。
「ここがダンジョン……」
イヨが、はえーっと周りを見回す。
そんなイヨの装備はダンジョン防具の巫女服だ。
ただ、巫女服の袴は紫色をしている。イヨはあまり巫女服の色にはこだわっていないのだ。
「なかなか楽しそうなダンジョンデスね」
樹海ダンジョンは遺跡に木の根や枝が侵食したような見た目をしており、崩れた天井から差し込む光を光源としている。このため、他のダンジョンよりも暗い部分が多かった。
「さて、それじゃあ進んでいきましょうか。説明した通り、ゲートに向かいつつ、イヨ様に戦闘を体験させる形でね」
馬場の号令で命子たちは行動を開始した。
ちなみに、馬場はイヨを様付けで呼ぶ。日本の歴史に深く関わるため、多くの自衛官がそうらしい。教授は君呼びではあるが。
「むむっ、上級木人だ」
さっそく出てきた魔物に、命子は嬉しそうにむむっとした。
上級木人はかつて紫蓮が一人で戦った木人形の上位種に定義された魔物だ。
見た目は木製のマネキンに葉っぱが生い茂っている姿で、木製のなんらかの武器を持っている。
通路が薄暗く、樹海にあるダンジョンということもあって、若干のホラー味がある。
「あれが魔物……テレビで見たが、実際に見るとホンに面妖なのじゃ」
「まあね。それじゃあイヨちゃん。まずは私が戦うから見ててね」
「わかったのじゃ」
命子は腰に下げたサーベル……ではなく、2本の木刀を手にした。
「立派な剣があるのにそれを使うのかえ?」
「ニャウ。こういうのを舐めプっていうデス」
「なめぷ」
「ルルの言うことは半分冗談として、このダンジョンの敵は私たちにとって弱すぎるから、こうやって武器の攻撃力を下げないと修行にならないんだ」
「ふむふむ。確かにあやつの力では命子さまに太刀打ちできないのじゃ」
「しばらく倒さずに戦うから、相手がどんなふうに戦うか見ててね」
というわけで、命子は上級木人に近づいた。
「命子ちゃんはあまり近接向きの戦士じゃないけど、ああして苦手なことを克服しようとしているんですよ」
「ほう、さすが命子様じゃの」
馬場がイヨに教えてあげる。
その言葉はイヨの頭を飛び越えて、教授に刺さるように言っているふうにも思える。
ある程度近づいた命子は足を止め、相手の出方を窺う。
相手の武器は棍棒だ。
特に構えらしいものは見せず、近づいてくると力強く振り上げてきた。それ自体が攻撃となっている。
命子はひらりと躱し、次の攻撃を予測する。
振り上げから行われる次の行動は振り下ろし。
命子は木刀で受け流しながら、素早く側面に回り込む。
攻撃のチャンスだがそれを見送った命子は、元気いっぱいのお目々をスッと細めた。
予測よりも少しだけ違う軌道で武器が振り下ろされたのだ。
「なるほど……」
命子は戦いながら上級木人を分析していた。
この魔物は体に生えている枝葉により攻撃のモーションが分かりにくい。枝葉が全ての攻撃に天然のフェイントを加えているのだ。枝葉に惑わされず、本物の動きを見切る必要がある。
F級の魔物らしく移動は遅いが、近接攻撃はなかなか鋭く、天然のフェイントも手伝って半端に修行した人では苦戦するだろう。その分、中級者でも楽しい戦闘ができる。
これは多くの冒険者が動画やブログで同じように紹介しており、命子も実際に戦ってみて同じ意見となった。
そんなふうに命子が戦っている裏側では、馬場やルルがイヨに解説している。
「ふんふん、なるほど。つまり魔物との戦いは龍神様が与えた様々な課題の修行なわけじゃな」
「そういう考え方もできるね。ただ、課題を与えているのは龍神ではなく地球さんかもしれないがね」
武術的な解説が全然できない教授が、ここぞとばかりに相槌を打つ。教授は暇を持て余していた。
回避しまくってイヨに戦闘を見せてあげた命子は、反撃に転ずる。
「ふっ!」
上級木人が横薙ぎのモーションに入った瞬間、その手を目掛けて突きを放つ。木製の親指が砕け、棍棒が落ちた。
「上級木人はああして武器を落とすと、一気に全ての力が減少する性質があります」
「変な生き物じゃのう。……いや、そうか、武器を落とさせる技術を得るというのが課題というわけじゃな」
「低級のダンジョンにはこうした変わった弱点を持つ魔物が見られます。上位のダンジョンへ行くにつれて、そういった特殊な弱点が減っていく傾向にありますね。仰る通り、練習させられているのでしょう」
馬場が説明しているうちに、命子は上級木人を倒して戻ってきた。
その手には上級木人が落とした棍棒が握られていた。
「イヨちゃん、こんな感じだよ。できそう?」
「うむ、あれなら妾にも倒せそうなのじゃ」
その自信に、命子たちは、ほう、と驚いた。
命子から木刀を借りたイヨは、新しく現れた上級木人に立ち向かった。今回は初めてなので、馬場と佐久間さん、ルルがサポートに立つ。
イヨはまだ10mほどあるうちに、手のひらを下にかざした。
すると、このダンジョンのあちこちに落ちている石がふわりと浮いて、イヨの手の中に移動する。
首を傾げる一同。
そんな中で、教授がハッとした。
「しまった、投石が効かないことを教えていない!」
教授がそう叫んだ時にはイヨは左足を横に移動させながら、横投げでシュッと石を投げた。
野球選手のような投球ではないものの、その動きは体の動かし方をよく知っている者の動きだ。
そう、イヨは体こそ小さいが、かつての命子のようなへっぽこ少女ではなかったのだ!
鋭く投げられた石は、非常に優れたコントロールで上級木人の武器を持つ指に当たった。
しかし、投擲物の攻撃力が尋常じゃなく落ちている地球さんの理は、古代人のイヨにも適用されていた。
石の速度に反して、上級木人には一切ダメージがない。
「なんじゃー!?」
びっくりするイヨの代わりに、ルルが飛び出した。
風のような速さで上級木人の体を通り過ぎていく。
「ニンニン!」と足を揃えた忍者ポーズをしたルルの背後で、金色の髪が弧を描きながら背中に落ちる。それと同時に、上級木人が胴体から真っ二つになった。
「お、おー……にゃんこの人も凄く強いのじゃ……」
イヨの驚きが、投石が効かなかったことからルルの強さに対するものに変わる。
その呟きを聞いて、にゃんこの人はニャンとした。
「すまん、イヨ君、伝え忘れていたよ。現代ではどういうわけか投擲による威力が物凄く落ちているんだ」
「そうなのかえ? それはまた不思議なことじゃの。しかし、そうなると困るのじゃ……」
教授の言葉に、イヨは首を傾げてから、眉毛をへにょんとさせた。
「困るの?」
「うむ。妾が得意なのは弓と投擲術なのじゃ」
命子の問いかけにイヨはそう告げながら、また手のひらに石を移動させた。
息を吸うように魔法を使うイヨに、命子たちは感心する。
イヨは、曲がり角の壁を侵食する木の幹へ向かって石を何回か投げた。
そのフォームは独特で、オーバースローはもちろん、サイドスロー、アンダースロー、さらには抜刀術のようなフォームでも投球する。
足だって必ずしも野球選手のように踏み込むわけではなく、横に踏み込んだり、背後に引いたりと、多彩だ。
一見すれば無茶な投げ方なのに、全ての投石が最低でも時速100キロを超える速球になっており、狙っている木の幹も全部が同じ位置に当たっている。
「ふぉおお、ルルより忍者っぽい!」
「異議ありデス!」
命子の言うように忍者の手裏剣投げみたいな光景ではあるが、それらの石はやはり木の幹を傷つけずに砕けたり、跳ね返ったりしている。攻撃力はないのだ。
「ふむ、なるほどの……」
イヨは手元の石をじっと見つめ、手のひらの上でポンポンと遊んだ。
とその時、石をガンガン投げていたので、曲がり角の向こうから上級木人がやってきた。
イヨはすかさず手の中の石をシュッと横投げした。
その石は寸分違わず上級木人の頭にヒットした。
本来ならそれはなんの効果も及ぼさないのだが、なんと上級木人をのけぞらせるではないか。
「「「えっ!?」」」
全然倒すには至らないが、確かにダメージを受けている。
命子たちが驚いているうちにイヨはさらに石を投げ、今度は上級木人の手から武器を落としてみせた。
「「「えーっ!」」」
イヨはその結果を見るや、走りだす。
走力は常人に比べると速いが、超人と言えるほどではない。
上級木人はすぐに武器を拾おうとするが、イヨは走りながら石を投げて、それを妨害した。
そうして間合いに入ると、イヨは木刀を振り下ろした。
「やあ! こいつめ! このこの!」
投擲術の華麗さに反して、それは高い身体能力に任せた攻撃といった様子で、武術的ではなかった。
それでも武器を手放すと弱体化する特性もあって、上級木人はすぐに光となって消えていった。
「ふう。こんなものかの!」
イヨはやりきった顔でニコパと笑った。
それを唖然とした顔で見る命子たち。
なぜ投石でダメージを与えられたのか? 一行の驚愕の原因はもちろんそれである。
「メーコ、これがリアル知識チートデス!」
「こ、これが……っ! 私が望んでも手に入らない夢の力……っ!」
ルルと命子は2人であわあわするのだった。
読んでくださりありがとうございます。




