11-4 封印の真実
本日もよろしくお願いします。
日本とキスミアの巫女が出会ったら、魔法反応が起こった。
が、現れたのは一度きりでそのあとは握手をしてもなにも起こらなかった。
「これはどういう現象だろう?」
マナ進化して備わったばかりの【神秘眼】を光らせながら、教授は顎を撫でる。
できそうな雰囲気のお姉さんが目を光らせているので、見学者の中にはカッコイイと思う中学生が続出した。
「草自体に含まれているマナは強いですが、驚くほどってわけでもないですね」
魔眼の熟練度が高い命子が言って、2人で首を傾げる。
そんな2人にイヨが言った。
「難しい話じゃなく、異国の巫女が龍神様に受け入れられただけだと思うのじゃ」
「そうなのかい?」
「いや、ただの勘なのじゃ」
きっぱりと適当なことを言ったと白状するイヨに、命子たちはほぇっとした。
「だって妾、龍の巫女以外に知らんもの」
それはたしかに、と命子たちは納得した。
「でも、巫女の勘なら無視できないんじゃないですか?」
「もちろん軽んじることはないが、科学者は理屈を知りたい人種だからね。とりあえず、ここら辺を数日立ち入り禁止にしてもらいたいのだが、いいかい?」
「あー大丈夫ですよ。階段とかの整備で立ち入り禁止場所はちょいちょいできますし」
教授の要請に、中学生たちがすぐにお仕事をした。
土手の反対側にある倉庫から三角コーンと縄を持ってきて、雑草が生えたエリアをあっという間に立ち入り禁止エリアにしてしまう。
ちなみに、土手の反対側に倉庫があるのは、大雨が降ると河川敷が沈むからである。
「なんか凄い草だといいですね」
「そうだね」
教授は多忙なのでこのメヒシバの研究には関わらなかったが、のちに他の学者がDNA調査を行なった結果、面白い発見をする。
メヒシバはメヒシバで間違いなかったのだが、親株が見つからなかったのである。
このことから、生命の起源は環境が作り出した化学反応からの偶然ではなく、地球さんや神獣などの手による神の御業だったのではないのか、という説が生まれることになる。
まあその説によって命子たちの暮らしがどうなるわけでもなく、今日もシュバシュバキリリと修行をして、モグモグニコパとお菓子を食べるのである。
翌日のことである。
今日はアリアとイヨの魂魄の泉の見学の日だった。
午前中、2人は青空修行道場に参加した。
昨日の午後からも参加しており、アリアは日本の修行場を体験し、イヨはリハビリと修行を開始した形だ。
午前中に魔導書道場を開いた命子は、午後からこの2人の魂魄の泉の見学に付き合うことになった。
「とっても楽しかったのれす!」
アリアはお友達ができたからか青空修行道場を気に入ってくれたようで、ニコニコだ。
「アリアちゃんの猫芸にみんなびっくりしてたね」
アリアは戯れに披露した猫芸により、ヒーローになっていた。
なにも教えていない猫たちを二足立ちさせて前足で拝ませたり、横一列に並ばせて横から順番に跳ねさせたり、極めつきは鳴き声で歌わせることもでき、その腕前は魔法のようだった。
「あれくらいなら今のキスミア人ならみんなできるのれすよ。ルルさんとメリスさんはいつも手加減してるのれす」
アリアがそう言うと、ルルは「ニャウ」と頷きながら、肩掛けのカバンを地面に置いた。
「ズシンッ!」
その光景に命子は胸の前で両手をわなわなさせた。
「ま、まさか、いつもこんな重い物を持って猫とにゃーにゃーしてたの?」
「ニャウ。それひとつで猫3匹分デス」
「想定より軽め!」
キャッキャキャッキャ!
唐突にぶち込まれたわかりにくいネタにも対応してみせる命子である。
ちなみに、修行中のルルは、大抵、肩掛けカバンを置いている。
「モモコちゃんのお姉さんは楽しいれすね」
「違うよ、ルルさんたちが面白いんだよ。お姉ちゃんは単品じゃ、ただちょろちょろしてるだけだよ」
萌々子の言いように、ちょろちょろしている命子を思い浮かべて、紫蓮やささらがクスクスした。
そんな会話を混ぜながら魂魄の泉に繋がる縦穴へやってきた。
「やっぱりニッポンさんは凄いのれすね。こんなのを1年以内に作っちゃうなんて」
「ニャウ。キスミア人が建設したら、まだ猫をもみもみしてる段階でゴザル」
ドッ!
メリスのキスミアンジョークに、ルル、アリア、シーシアが笑った。
命子たちはほえーっとした。
「全然わからぬのじゃ」
イヨがこしょこしょと命子に耳打ちした。
「安心して、私もわからないから。でも笑いは伝染するからね。楽しく笑うのはいいことだよ」
「なるほどの。こんなものを作れるようになっても、それは昔と変わらぬのじゃな」
イヨはコンクリートで固められた大きな縦穴を見つめて、感慨深げに言った。
「昔はどんなことで笑ったの?」
自衛官に案内されながら、命子は聞いてみた。
「そうじゃのう。綺麗な花や白い雲の形、童の仕草や来客の元気な姿、山菜や猪の肉を食べた時に……。生活や自然から生まれる笑いが多かったんじゃなかろうかの」
イヨは懐かしそうに言った。
「命子君のようなおどけた子はいなかったのかい?」
「えっ!?」
教授にさらりと言われて、命子は自分の評価に驚愕した。
「いまもおどけてる」
紫蓮に指摘されて、命子は無意識に震わせていた両手をシュバッと背中に隠した。
そんな命子と紫蓮はスルーされ、イヨたちはエレベーターに乗っていく。2人も慌ててそのあとを追った。
「あくまで巫女衆の話なのじゃ。巫女衆は普通の子とは生活がちょっと違ったからの。普通の子の中には上手い言葉で笑わせる者もいたのかもしれぬが……おおっ!?」
イヨが話していると、エレベーターが動き出した。
「病院にもある扉の先が変わる部屋は、壁がなくなるとこんな感じになっているんだよ」
気を取り直した命子が教えてあげる。
「はえー。そうか、だから乗るたびに場所が変わるのじゃな」
そんなことを学びつつ地下へ降りていくと、マナが濃くなっていった。
常人にはまだ見えないものだが、イヨには見えているようで、アリアは何かを感じ取っている様子だ。
エレベーターが降りきり、今度は横穴に入っていく。
すると、イヨやアリア、シーシアがほえーっとしながらトンネルの様子を眺めた。
「これは精霊で作ったのかえ?」
「いいや、これは人の手によるものだね。昔は精霊を使って穴を掘ったのかい?」
「うむ。まあ妾はやってないがの。みんなが妾を助けてくれるために入った穴は、ジジ様と先代様が精霊と共に作ったのじゃ。ああいうのがあと4か所あって、全てが龍神の剣によって繋がっておる」
「「龍神の剣!」」
命子と紫蓮がぴょんとおどけた。
「ほかの4か所は確認したよ。あの装置……術式というのかな? あれも君のジジ様が作ったのかい?」
「うむ、ジジ様は偉大じゃからの。空を飛んだり、豊穣の術を使ったり様々なことができたのじゃ」
命子はふーむと考えた。
話を聞くと、ジジ様のマナ進化は1段階目ではなかったように思える。
なにせ、いまの命子ではそこまでのことはできそうにないし、このまま成長してもできる気がしない。
「いや、待てよ……」
1段階目のマナ進化は魔力を自在に操れるようになった。
ならば、これ以降のどこかのマナ進化でマナを操れるようになるのではなかろうか?
しかし、マナ進化は前提として魔法の経験を積まなければならないわけで、マナを操れるようになるマナ進化はマナを操る経験を積まなければならないのではないだろうか。
それとも単純に、マナが使えるようになるマナ進化のルート『も』ある、と考えた方が自然かもしれない。
巫女術というのを教えてもらえないかな、と命子は思った。
そうこうするうちに、魂魄の泉に到着した。
「シペールル。ニッポンさんの魂魄の泉も綺麗なのれす」
アリアがうっとりとして言う。
「アリアちゃんちみたいに、壁に精霊石はないけどね」
萌々子が言う。
ちょっと自慢気なのは自分が発見に関わっているからだろう。
それからアリアと萌々子、ルルたちキスミア勢は研究員に話を聞きにいき、命子たちはイヨのそばについていてあげた。
「ふぉおお、これがいまの龍神池か……凄く綺麗なのじゃ」
「昔はこんなじゃなかったの?」
「うむ。妾が封印した時は夜の闇の中に小さな星が瞬いているような感じだったのじゃ。それに、たぶん水ももっと多かったように思うのじゃ。こんな岸辺なんてなかったのじゃ」
「ふむ。水の量はたぶん、雨の関係だと思うよ。ここは今でも雨が降ると水かさが岸辺を超えるとわかっている」
教授が教えてあげると、イヨは小さく頷いた。
「なるほど、そういうものか。封印のためにここへ身を投じた時、水は荒くれており妾は流された。妾はさすがに怖くなってしもうての、壁に掴まったのじゃ。あー、そこなのじゃ」
イヨは入口の横の壁を指でなぞって、ブルリと体を震わせた。
命子とささらがすぐにイヨの手を握ってあげた。
すると、イヨは2人にニコリと笑った。
「オモイカネは長き時を越えても残っているものなのじゃな。いや、龍神池だからこそか」
そこには『我 龍の巫女 この身をもって 龍神池を封印す』とマナによる文字で書かれていた。
「死ぬのが怖くなって、ここに妾がいた証を残しておいたのじゃ」
その恐ろしさはどれほどのものか。
始まりのダンジョンで人知れず死ぬかもしれない経験をしたことがある紫蓮でも、それは想像できずに、命子たちの後ろでしゅんとした。
「みんなのために頑張ったんだね」
「ふふっ、そうじゃの。でもこうして命子様やささら殿、紫蓮殿と会えた。これも龍神様のご慈悲かのう」
イヨはしみじみとして言う。
「どうして封印することになったの?」
「そうじゃのう……龍神様のお力は、我らには早かったのじゃろうな」
イヨはそう言いながら命子たちから離れて、地面に手をかざす。
すると小石がふわりと浮いてその手に収まった。
命子たちはビックリするが、イヨ的には特に意味はなかったようで、手の中でコロコロと遊んだ。
「龍神池の周りから湧き出る水は生き物に力を与える。これを悪しき者が飲むと三日三晩寝込むほど苦しむのだが、正しき者……というか普通の生き方をしている者が飲むとその者の才能を引き上げたのじゃ。この力は凄まじいものでの、自分を律せる者、つまり巫女衆のような修行を積んだ者だけに与えられてきた」
それはおそらく、現代で言うレベルアップとほとんど同じ現象だと、命子たちはすぐに推測できた。
「だが、ある時を境に、獣たちが龍神池の恩恵を受けてしまうことが多くなっての。龍神様の恩恵は人だけのものではないから、獣もまた恩恵を受けるのは別に良かったのだが、その数が悪かった。ここよりもう少し西と北の果てにある龍神池一帯が押さえられてしもうたのじゃ。狗奴国という名は伝わっておらんか?」
「え、ええ? 狗奴国は知っているが、もしかしてあれは人の作った国ではないのかい?」
魏志倭人伝には、邪馬台国と狗奴国が争っているといった記述が見られる。当然、それは人の組織だと考えられていた。しかし、違ったようだ。
「うむ、龍神池を押さえた獣たちが蔓延る地域を妾たちはそう呼んでいたのじゃ。やつらは別に人と争っていたとかそういうわけではないのだが、山を禿げさせるほど木々を食べてしまうような奴らだったのじゃ」
「そんなことが……」
「我らも龍神池の水を戦える民に与えることにしたのだが、人は獣ほど早く強くはなれんかったのじゃ」
それは現代でも同じ現象が報告されていた。
野生動物は常時サバイバルで常時修行みたいな生活をしているため、レベルアップしてから強くなるまでのスパンが短いのだ。
イヨの話から獣たちはスキルのようなものを使っていなさそうに思えるが、単純な身体能力だけでも脅威となったことだろう。
「放っておけばどんどん増えてしまうからの。我らは仕方なく、龍神様のお力を抑えてもらうことにしたのじゃ。妾の身を願いの証として立てての。その後、どうなったか妾は知らぬ。あの獣たちの在り方を龍神様がお認めになられたのならそれまでであったが、この世を見る限りだと、どうやら我らの願いは聞き届けられたようじゃのう」
イヨの語る物語を聞き、命子たちはほーっと息を吐いた。
一方、教授や一緒に聞く研究者は難しい顔をした。
おそらく、その獣の騒動はイヨの犠牲で、時間こそかかったかもしれないが終結に向かい始めたのだろう。
しかし、その後の4世紀は、日本の歴史において空白の100年とか150年と言われる時代に入り、各地で豪族が台頭する古墳時代が始まる。
龍神池の水は自分を律せる巫女衆にのみ与えられた、とイヨは言った。
それは傲慢にも聞こえるが、戦える者に水を与えてしまった結果として古墳時代の豪族を作ったのではなかろうか。
イヨの話は昨日のメヒシバのように学者をウハウハさせ、3世紀と空白の4世紀を考えるうえで重要な証言となる。
しかし、学者はワクテカだが、一般人は『ほえー、そっかぁ』である。
イヨのもたらす歴史ロマンというのは精霊などを抜きにすると、一般人からすれば、結局のところはそういう認識なのだ。
でも、命子たちはイヨが知り合いなので、しっかりとその時代を知ろうと思うのだった。
読んでくださりありがとうございます。
最近、命子たちの武闘派っぷりが書けなくてもしょもしょしておるのじゃ。




