11-3 青空修行道場にて
本日もよろしくお願いします。
翌日、イヨに会いに行った命子たちは、そのままイヨを連れて青空修行道場へ向かった。
メンバーは命子たちのほかに、教授と黒服の自衛官、医師もいる。なかなかに大所帯だ。
車を使えばすぐなわけだが、これも社会勉強として徒歩である。
『おはようございます。とてもいい天気ですね、今日も一日頑張ってください』
などとまた自動販売機に挨拶されて、イヨは「ごくろうじゃの!」とその職務を労ったりする姿があった。
イヨは道具の仕組みはひとまず置いておいて、その道具で与えてくれる恩恵を学ぶように努めていた。先日、命子が教えてくれたからだ。
「あれはなんじゃ? 鳥を取る罠かの?」
とイヨが電線を指させば、命子は。
「あれが家に繋がっていると、テレビとか冷蔵庫が使えるんだよ。イヨちゃんの病室にもテレビとかあったでしょ?」
と滅茶苦茶簡単に説明して、イヨは「なるほどのう」と納得した。
そこに発電所や電気の話は必要なく、理解が深まった段階で教えていけばいい。
そんなふうにイヨの現代社会のお勉強は割と順調に行われていた。
実のところ、今ではスマホで動画を見ることすらできた。ただし、文字は読めない。アイコンで開き、あとは教授が登録してくれたチャンネルを見る形である。
そんなことを話しながら歩いていると、住宅街が開け、イヨの目に河川敷が映りこんだ。
「「「えい! えい! えい! えい!」」」
それと同時に、子供たちの元気な掛け声が聞こえてくる。
そこは青空修行道場。
GWが始まって、いつも以上に賑やかだ。
「ふぉおおお……人がありんこみたいにいっぱいおるのじゃ」
「あそこで命子さんが修行を始めたら、こんなに集まったんですのよ」
ささらが少し誇らしげに言った。
「うむ。命子様のことは聞いておったが……これほど人が集まったのか」
この時代のことを知るには、命子たちの話は切っても切り離せない。だから、イヨも多少は知っていた。
河川敷にかかった橋を渡る。
橋の上にもたくさん人がいて、上から見物している。
そこからの眺めは実に壮観で、マイナスカルマ者が咲かせた土手一面の花々とたくさんの修行者の姿は、世界的に有名な写真にもなっていた。
「へへっ、我ながら頭がおかしい組織のきっかけを作っちまったもんだぜ」
命子は人差し指の腹で鼻の下を擦りながら、照れた。
アクションは古いが、自分が青空修行道場を作ったと言わないあたり、命子は慎みがあった。実際に、青空修行道場を作ったのは町の人なので、図々しくはなれないのだ。
橋を渡り終え、命子たちは河川敷に降りた。
ちょうど各道場も休憩時間に入り、クララたちが命子の下へやってきた。
その頭の上には、各々の精霊さんが乗っかっている。
「命子お姉さまー! 萌々子ちゃんが、萌々子ちゃんが!」
「モモちゃんがどした!?」
「萌々子ちゃんがセレブなんです!」
と、クララがスマホを見せてくれた。
その画面には、バスローブ姿の萌々子が豪華な椅子に足を組んで座り、ワイングラスを揺らしている姿が写っていた。なお、ワイングラスに入っているのはぶどうジュース。
さらにクララがシュッとスクロールすると、同じ装備で夜景を見下ろす萌々子の姿が。ノリノリだった。
昨晩送られてきたのだろう。
その時、ささらがハッとして指さした。
「これ! 命子さんもやってましたわ!」
かつて地球さんプレミアムフィギュアを寄贈する式典の前日に、命子たちは最高級ホテルに泊まった。その際に、命子もほぼ同じ姿で写真を撮ったのだ。
ルルがクララのスマホの横に、自分のスマホを並べた。
そこには、萌々子と同じように夜景を眺める1年前の命子の姿が写っていた。
命子は真っ赤になった顔を隠した。
姉妹でカブッたぁ、と。
「昨晩のモモちゃんは、キスミアからきたお友達とお泊り会をしてたんだよ」
「えーっ!」
萌々子の大親友を自負していたクララは、ぴょーんとジャンプして驚いた。
「ま、まあまあ。モモちゃんは家だと、いつもクララちゃんクララちゃんって言ってるからね。トンカツ食べてもクララちゃん、味噌汁飲んでもクララちゃん。私なんてたまに、ご飯食べてるのかクララちゃん食べてるのかわからなくなるからね」
「ほーん、そうなんだ。ほーん」
クララはほーんとまんざらでもなさそう。
まあ、命子が言うほどそんなことはないのだが。1日に1回出てくる程度の頻度。命子だってささらたちの名前を家で出すのはそんなものだ。
「えー。命子お姉さまー、クララちゃんだけなのー?」
「市子ちゃんたちの名前もいっぱい出るよ。市子ちゃんはー、マコちゃんはーつって。もうわかったから、お姉ちゃんは修行するんだから大人しくしてなさいって言っても、やれ、サナちゃんはーっつって。もうね、凄いんだから」
めんどくせっと思いつつ、命子はペラペラ喋った。
その全てが優しい嘘。お友達が大好きなのは確かだろうが、言うほど萌々子の口から友達の名前は出てこない。それが思春期。
「「「ほーん」」」
女子中学生たちはほーんとまんざらでもなさそう。ちょろい。
そんな様子をイヨはクスクスしながら眺める。
「よし、それじゃあ、今度は私の話を聞いてください。こちら、イヨちゃんです」
命子が紹介すると、イヨはずいっと前に出て胸を張った。
「イヨなのじゃ。童たちよ。よろしくなのじゃ」
「「「なのじゃっ子!?」」」
「ちなみにイヨちゃんは17歳です」
「「「年上!?」」」
びっくりする子供たち。
一方で、イヨも驚いていた。
「精霊と共にある者が多いのじゃ。いまの世は精霊がそれほど多いのかの?」
「昔は少なかったの?」
「うむ。わらわはイザナミのほかに4匹しか知らぬ。のうイザナミ」
『なんっ!』
その少なさに命子たちは驚いた。教授は聞いていたようで、小さく頷いている。
きっと長い年月で増えたのだろうが、そのメカニズムはわからなかった。
そんな紹介を終えて、命子たちはそれぞれ本日の修行を始めた。
最近の命子たちは、それぞれの道場で免許皆伝を貰うに至っていた。
そこでそれぞれが指導する側に立っている。
ささらの場合はサーベル道場で老師の補佐をしていた。
前に出て素振りをして、おかしなところがある子を見つければ指導をする。そんなふうに自分も鍛えつつ、人の指導もする形であった。
ルルとメリスは古武術道場で似たようなことをしており、紫蓮は工作道場で指導している。
そして、命子は魔導書道場を開いていた。
魔導書は【合成強化】していない段階でもそこそこ強いので、原則お外で使ってはいけないのだが、最近法律が変わり、許可が下りた場所でなら修練をしていいことになった。
人と人の間を何m以上離さなければならないとか、幼児が立ち入れないような柵を設けるとか、魔導書は未強化のものを使わなければならないとか、いろいろとルールがある。
イヨは教授たちと一緒に、そんな命子の道場を見学した。
「では、まずは準備運動からしましょう。座って楽にしてください。でも、背筋は曲げないように」
「「「はい、師匠!」」」
その返事に、命子は「んふぅ」とした。
弟子には風見町の人はもちろん、県外から来た大人も混じっている。
各々座る弟子たちは胡坐が多い。座禅もちらほら。命子は座禅だ。
そうして、それぞれが魔導書の上にビー玉より少し大きめの石を乗っけた。
準備が終わったら、魔導書を浮かび上がらせる。
人によって浮かせられる魔導書の数は変わるが、命子の場合は3冊だ。
そう、これは繊細な魔導書捌きを習得するための修行であった。魔導書が視界の中にある間は割と簡単なのだが、視界から外れると途端にバランスが崩れてしまう。バランスを崩せば、当然、乗っけた石が落ちてしまう。
本当はコップに入れた水なんかを置けば修行っぽくて素敵なのだが、本の上でそれをやるのは憚られるので石ころである。
「まずは前方で時計回りに、ゆっくりとぐるぐる回しましょう」
命子の言葉に合わせて、弟子たちが目の前で魔導書を水平状態を維持しながら動かしていく。
「視線は常にまっすぐ、魔導書を追ってはいけません。魔導書の状態を視界の端で見ながら魔導書が水平になっている状態をちゃんとイメージしましょう」
命子の前で3冊全ての魔導書が、時計回りに移動していた。上の石は一切動かない。
すでに何回か通っている弟子たちも2冊同時に使って、上手くやっている。
落としてしまってもペナルティはないので、弟子たちはどんどん挑戦している。
「慣れてきたら円を大きくしてください」
命子は魔導書を徐々に視界の外で動かすように指示していく。
県外から来た人たちは、最初こそ命子から教わっているのを嬉しく思っていたが、次第に修行に全集中力を注ぐようになっていった。
体の横や背後へ移動させる頃には、全身に汗をかくほど集中していた。
「背後に行くと片方の魔導書のどちらかが甘くなっているよ。前後に1冊ずつ配置して慣れてみるといいよ」
そうして練習方法を教えたあとは、【龍眼】を使って個別に魔力パスの状態を見て、そんなふうにアドバイスしていく。
このように、命子は結構ちゃんとした師匠だった。
ちなみに、そんな師匠の腕前は凄い。
風がなければ、背後で3冊同時にピンポン玉をリフティングさせ続けることすらできる。
それから魔導書道場で2時間ほど教え、お昼休憩になった。
「「「ありがとうございました!」」」
「うむぅ!」
命子は大仰にうむぅとした。
「イヨちゃん、地味な絵面だし2時間も暇じゃなかった?」
道場を終えて命子が問うと、見学していたイヨはニコパと笑った。
「楽しかったのじゃ!」
「それは良かったよ」
命子もニコパと笑い返した。
ささらたちの下へ向かう道すがら、イヨはコテンと首を傾げた。
そこら中で、女の子たちが手を繋いでいるのだ。
「なんで童どもは女子同士で手を繋いでおるのじゃ? 小さな子がどこかに行かぬようにするならわかるのじゃが」
問われた教授は、首を傾げて命子に「どうしてだい?」と質問をパスした。
「女子ゆえに。……つーのは半分冗談として、うーん、たぶん仲良し度合いを測るためかな?」
「「ほうほう」」
イヨと教授は納得するように頷いた。
イヨはともかく、教授はそういう青春じゃなかったのかなと命子は思った。馬場さんと教授は手なんて繋がなさそうだしな、と納得。
と、イヨが命子の手を握った。
ニコパと笑顔を向けられて、命子も笑い返した。
そのままレジャーシートを敷いたささらたちの下へ行き腰を下ろすと、すぐに紫蓮が隣に座った。命子は、これがモテ期かと思った。
そばではクララたちもシートを敷いて、大変に賑やかなお昼タイムである。
イヨと教授は中学生たちに人気で、精霊との付き合い方を話してもらっていた。
アイとイザナミは喋るので、精霊使いにとってはまず目指すべき場所なのだ。
ちなみに、精霊をゲットできなかった中学生も、友達と一緒に可愛がる道に進んで楽しんでいる。
そんなふうにみんなで談笑しながらお弁当を食べていると、ふいに橋の上が騒がしくなった。
「あっ、あれはニャムジン2020でゴザル!」
「にゃんと!」
メリスがズビシィと橋の上を指さして言った。
そこには白くて高級そうな車が停まっていた。
「ニャムジンとな?」
首を傾げる命子に、紫蓮が言った。
「ニャムジン2020はキスミアで作られた高級車。世界に10台しかない。日本だとニャムジンにゃおにゃおの愛称で知られている」
なお、この車が作られた理由は、キスミア国内と大国に設けた大使館で使うためであり、一般には販売されていない。
「紫蓮ちゃんはなんでも知ってんな」
「ううん、なんでもじゃない。知ってる知識が出たらでしゃばるだけ」
「お茶の間のクイズ番組を見てる時よくやるやつね」
わからない時は静かにしている。
ニャムジンは橋の横にある道を曲がって土手の向こう側の道へ下っていき、市街地に入った。
ルルとメリスが土手を駆け上がり見に行った。
「たぶん、アリアちゃんが来たんだよ」
命子が教えてあげると、クララははわっとした。
「きっとクララちゃんたちとも仲良しになりたいと思うから、良くしてあげてね?」
命子は萌々子争奪戦を見たくないので、先んじてニコパしておいた。
これによりクララは正気に戻る。
そうしていると、アリアと萌々子、それに馬場とシーシアが土手に姿を現した。
そんなアリアと萌々子は手を繋いでいた。
よく見る光景だが、命子は先ほどイヨに質問されたことでとても目についた。
クララもはわーとしている。
先んじて精霊の光子とアリスが命子たちの下へやってきた。
それを他の精霊が出迎えて、とてもメルヘンな様子だ。
「みんな、来たよー!」
土手の階段を下りながら、萌々子が明るい声で言う。
「も、萌々子ちゃん、その可愛い子は!?」
クララが言うと、アリアが自己紹介した。
「アリア・アイルプなのれす! クララさんの活躍はキスミアにも届いているのれす。お会いできて光栄なのれす!」
アリアはすかさずクララの手を取って挨拶した。
ロリ気味なキスミア美少女に見上げられながら微笑みかけられ、クララはもじもじした。弱い。
アリアは人の名前をよく覚えており、萌々子の友達で動画に出ている子は全員の名前を知っていた。
一人一人の手を取って、名前を呼びながら挨拶していく。
自分がグローバル化していると知って、中学生たちはテレテレした。ちょろい。
「わ、わが軍の精鋭が掌握されている!」
命子はアリアの手腕に慄いた。
そうして、アリアは命子たちの下へ来て、命子たちに目礼で挨拶しつつ、イヨの前に立った。優先順位があるのだろう。
「龍の巫女さま、ご挨拶が遅れて申し訳ありません。海の果てにある猫の神を崇める国より参りました。アリアと申します」
『れす』がない! こいつ、作っているな!? と命子と紫蓮は慄いた。
ささらは気づかずニコニコ。
ここにナナコがいたのなら、メリスの前例を知っているので、これがキスミアのやり口だと思ったことだろう。
挨拶をされたイヨは言った。
「イヨなのじゃ。よろしくなのじゃ。時にお主は巫女じゃな?」
「はい。仰る通りです。おわかりになるのですか?」
「うむ。巫女というのは匂いでわかるのじゃ」
その中二病っぽいセリフに、周りの子供たちは目をキラキラさせた。もちろん、命子と紫蓮も。
イヨがこれを言い当てられたのは、説明がつかなかった。
イヨはささらたちが巫女衆なのかと勘違いしたが、それは魔力が高かったからだ。しかし、アリアはそれほどではない。
神事の仕方も違うため立ち居振る舞いも違うだろうし、推測できる要因がないのだ。
一方、イヨは、今度はちゃんと当たったのじゃ、と内心でホッとしていた。
この時代に来て巫女衆を上回る龍気を持つ者が多すぎて、感覚に自信が持てなくなっていたのだ。
アリアから差し出された手を見たイヨは、それを握るのが挨拶だと今までの流れで学んでいた。だから、それに倣った。
そうして2人が手を握りあった瞬間、それは起こった。
2人を中心にして、周りの地面にいきなり草が生えたのだ。
「「「ふぇえええええ!?」」」
「ふぉおお、なんじゃーっ!?」
「にゃーっ、なんなのれすぅ!?」
命子たちはぴょーんとジャンプしてビックリ仰天。
事態の中心にいるイヨとアリアもその現象にビックリしていた。
一方、教授は冷静にその草を観察する。
「これはメヒシバだな。雑草の代表みたいな植物だ」
神秘性が薄れた瞬間だった。
読んでくださりありがとうございます。
評価、ブクマ、感想、とても励みになっております。
読み返してくださっている方もいて、とても嬉しいです。ありがとうございます。




