10章閑話 コウジとケイタ 後編
【注意】本日2話目です。
コウジの運転するバンは白神山地に到着した。
時刻は朝10時。
途中のパーキングエリアで仮眠を取っての夜間移動である。
白神山地は元々観光地として有名だったが、ダンジョンができたことでそれに拍車がかかった。とはいえ、ここにあるダンジョンはE級なので、活発になったのは最近のことだ。
「思いのほか、ひどい状況になってないですね」
「うーん、これから人が来るのか、日本人のモラルが高くなったか」
ここまでの車の混雑具合を見て、2人はホッとしていた。
精霊ゲットのチャンスだから、ダンジョン最寄りのこの駐車場も凄いことになっていると思ったのだが、そんなことはなかった。
駐車場に車を止め、2人と1匹は外に出た。
「くぅー!」
「お疲れ様です」
大自然の空気を吸いながら伸びをするコウジに、ケイタは労いの言葉を送った。
ギンタは大自然の気配に最初からハイテンション。尻尾がはちきれんばかりにブンブンしている。
「自衛隊が来てるな」
「やっぱりダンジョン周辺に展開してるんですかね?」
「駐屯の自衛隊にしては車が多いし、そうだろうな」
駐車場には、冒険者のものらしき車のほかに、自衛隊の車両も多く止まっていた。
そんなふうに車から推測している2人に、自衛官が1人近づいてきた。
「こんにちは」
「こんにちは。お勤めご苦労様です」
「ありがとうございます。それでですね、現在、ダンジョンへ向かう登山道に入山規制がかけられています。お2人はこれからダンジョンでしょうか?」
「はい。といっても、入場は明日ですが。もしかして、ダンジョンも封鎖されてます?」
「いえ。ダンジョンに入るのは大丈夫です。キャンプを予約の方なら、キャンプ施設も使えます」
「良かった。やっぱり精霊を探しに人が来ちゃうんですか?」
「はい。でも、ここは想定していたよりも平気ですね。京都はかなり来ていたようです」
「はは、そいつぁ大変ですね」
自衛官と談笑するコウジ。
ケイタはコミュ障の気があるので、ギンタとともにステイ。
自衛官が離れていき、2人はホッとした。
「職務質問みたいで緊張したぜ」
「いや、みたいっていうか、今のって職務質問ですよね?」
「言われてみればそうかも」
「でも、京都はヤバいって話でしたね。こっちはこれからなんですかね?」
「どうだろうな、この調子だと案外来ないんじゃないか? 京都のほうは片田舎だけど、こっちはモロに山の中だし。しかも世界遺産の森の近くとあっちゃ京都とは難易度が違いすぎる」
「たしかに」
そんなことを話しながら、2人はトランクを開けて準備を始めた。
「ここらは地球さんイベントを生き抜いた野生動物が出る可能性があるって話だから、頭防具もつけとけよ」
「了解です」
そうして、駐車場と併設されている冒険者ギルド白神山地支部で、受付を済ませ、いざ入山。
さて、白神山地は世界自然遺産を含む山岳大森林である。
世界自然遺産に指定されているのは中心部なのだが、その外側にもシティボーイが腰を抜かすレベルの深い森が広がっている。
世界遺産エリアに許可なく立ち入ることは固く禁じられている一方で、そういった外側の森では自然を観光できる場所が豊富だったりする。
白神ダンジョンは、今説明した外側の森にできた。
町中にできたダンジョンは防御壁に囲まれているのに対して、このダンジョンの周辺は必要最低限の開発しかされていない。
世界遺産の近くの森だから配慮したわけではなく、単純に、人的被害が起こりにくいと予測された場所だったため、開発を後回しにされていたのだ。そうこうするうちに地球さんイベントで魔物がどのように地上に出るか判明して、方針が変わった経緯がある。
「飛騨ダンジョンもヤバかったですけど、ここも相当ですね」
「行くまでが冒険ってやつだな。自衛隊の苦労が偲ばれるぜ」
愚痴にも聞こえるが、新緑に溢れる山道を歩く2人の顔に嫌気はない。ギンタもシッポをブンブンさせて、2人のそばを歩いている。
その道は、車などが入れない登山道である。
日本ではこういうダンジョンが結構あり、例えば命子たちやコウジたちが攻略した飛騨ダンジョンも山中にある。しかし、飛騨ダンジョンはロープウェイで行けるが、こちらにそんなインフラはない。歩け。
「しっかし、やっぱりいいですね、このリュック。疲労が全然違います」
ケイタは背負っている大きなリュックを後ろ手で叩きながら、言った。
ケイタたちが通う修行場の知り合いに【生産魔法】で作ってもらった品であった。
「ああ。ハチさんには世話になったから、なんかいい素材を持っていってやろうぜ」
「ここだと樹木小僧が良いんじゃないですか。ハチさんの孫娘が魔法使いになったみたいだし、杖になる良い素材があれば喜ぶと思いますよ」
「いいなそれ。……いや、でも、あの人、木工できんの? 革製品しか作っているところ見たことないけど」
「できるんじゃないですか。知らないですけど」
「知らんのかーい。じゃあ、『樹木小僧の木材』を出して、微妙な顔されたら『忍び狸の皮』にしとくか」
「それでいきましょう」
さすが冒険者というべきか、お喋りをしながら登山をしても、2人の息は一切乱れていない。
道中を半分ほど過ぎた頃、渓流に降りる道が現れた。
この山道はダンジョンだけのために作られた新しい道なので、渓流に降りる道も意図的に作られたものである。
2人は休憩がてら、川辺に降りていった。
「ギンタ、野生動物にちょっかい出すなよ」
「わん!」
一度振り返ったギンタは『大丈夫!』と吠え、川辺を探索し始めた。
コウジは『見習いテイマー』をマスターしたことで、ギンタとある程度意思疎通ができるようになっているのだ。
ギンタがはしゃぐ光景を見送りながら、ケイタは岩に腰掛けて言った。
「さすがは神秘の森ですね。アニメ映画のモデルになるわけです」
「ケイタ知ってるか? 次元龍の声を聞いた一部の人は、神聖な森のイメージが浮かぶんだとさ」
「はい、そうらしいですね。やっぱり、ここがそのイメージなんですかね?」
「というより、日本は大体が山だからな。遥か昔は平地にも森が広がっていただろうし、それを含めたこの島に対する記憶とか畏怖なんじゃないか?」
「畏怖か。たしかに超常的な気配みたいなのは感じますね」
「俺たちも神獣と接触してみたいもんだよな。そうすれば、この森を見て、比べようがあるんだが」
その後、2人はカメラで写真を何枚か撮った。
こうして撮った写真をブログに上げて、2人は冒険と成長の記録を残していた。
割と見てくれる人もおり、趣味として楽しめている。
「見てください。こことかでかいのがいそうですよ」
「ああ、いいヤマメが釣れそうだな。テントを張ったらここらで狙ってみるかな」
「いいですね」
人が作った堤防などがない渓流だが、自然が作り出した深い場所もあった。
2人のダンジョン入りは明日からなので、今日は自然の中で遊ぶ予定である。
そうして、しばらく休憩して、出発しようということになった。
「ギンター、行くぞー」
コウジは、遠くで何かをしているギンタに、言った。
しかし、ギンタは一度顔を上げたが、また何かに夢中になってしまった。
「何やってんだ、あいつは」
「レベルアップしても犬らしいところありますね」
「つったって、あいつはフォーチューブのお笑い犬動画を勝手に再生するがな」
「ははっ、あれって犬的にも面白いんですかね?」
「案外、ドジっ子なメス犬に萌えてるんじゃない?」
2人はギンタを迎えに近づいた。
2人が先ほどまでいた場所は大きな岩がゴロゴロある渓流だったわけだが、ギンタがいるあたりは谷と山との境界で、岩は少なく、土の地面が見えていた。
ギンタはそこの土を猛烈な勢いで掘っていた。
「へっへっへっへ! わふぅ!」
わしゃしゃしゃしゃしゃしゃ!
「ウチの犬が重機みたいな件」
「家買ったら温泉掘ってもらったらどうですか?」
「レベル50くらいになったらマジでできるかもしれないな」
「ていうか、コウジさん。こういう所って勝手に穴掘っていいんですかね?」
「たしかに! ギンタ、もうやめ――どわっ!?」
「うわっ!?」
コウジが止めの言葉を口にしたその時、それは起こった。
2人のいるあたりの地面が、まるで底が抜けたように崩れたのだ。
咄嗟に跳ぼうとした2人だが、さすがに落下する地面を蹴るなどということはできず、崩落に巻き込まれる。
体に襲い掛かる浮遊感。
その時、2人が背負うリュックから魔導書が飛び出して、魔法待機状態になった。魔法の光が周囲を照らす。
素早い判断で視界を確保した2人は、15mほども落下したにも拘わらず、見事に着地してみせた。
落下地点は足首ほどの水深の水たまり。
バシャンッと2人と1匹の着水音が鳴るが、その水しぶきが落ちる前に3者の行動が激しく水をかき乱す。
「はっ! せや! 風弾!」
「土弾! おらっ!」
「わふっ! グルルルル!」
遅れて頭上に落ちてきた大小の岩を、ケイタは拳と魔法で、コウジは魔法と魔導書アタックで、ギンタは回避と爪で対応する。
死の危機からか集中モードに入り、2人と1匹の体からスキル覚醒の炎が燃え上がる。
30秒ほどで落下してくる岩は完全になくなり、2人はドッと息を吐いた。
「よく生きてたな、俺たち」
「はははっ、旧時代なら死んでましたね」
「ケイタ、本当に悪い。ウチのギンタがやらかした」
「いえ、僕たちの冒険は慎重なほうですからね。たまにはこういう冒険っぽいのも楽しいです」
「すまん。ありがとう」
下手をすれば死んでいた失敗を笑って許してくれたケイタに、コウジは感謝した。
そうして、一拍置いて始まるのは、ギンタへのお仕置きである。
すでにしゅんとした態度のギンタが、コウジの前にトボトボと歩いていく。その姿は完全にお笑い犬動画のそれである。
しかし、それが始まる前に、ケイタが言った。
「こ、コウジさん……これを見てください」
ケイタが操作する魔導書の光が、空洞内の壁面を照らした。
そこには亀裂が入っており、その先に土偶が鎮座している姿が見えた。
「ど、土偶?」
慌てて駆け寄るコウジ。説教タイムが無くなったギンタはシッポをブンブンさせて、その後を追った。
「いえ、土偶だけじゃないです。階段があります」
離れた場所からではわからなかったが、たしかにケイタの言う通り、亀裂の先には階段が伸びていた。むしろ、土偶はおまけみたいなものかもしれない。
「コウジさん、どうしますか?」
「個人的には軽く見物してみたい」
「そうこなくっちゃ! 行きましょう!」
おそらく、この場で大声を出し続ければ、上で展開している自衛隊に気づいてもらえるだろう。自衛隊には動物部隊もいるので、それはまず間違いない。
だが、こんなに楽しそうな発見を逃す手はなかった。
2人は亀裂から階段に出た。
階段は上と下に伸びており、階下へ向かって地下水が薄く流れていた。
「ひとまず上に行って、出口を確認しておこう」
「わかりました。ちょっと待ってください」
ケイタは落ちた空洞をじっと観察し、バインダーに挟んだ紙にマッピングした。
そこは階段や勾配が緩やかな坂道を交えた通路で、30mも歩くと行き止まりに行き当たった。
魔導書の光で照らされた行き止まりの壁と描いたマップを見て、ケイタが言う。
「この壁の先はたぶん川の中です。ほら、僕たちが休憩した場所に、かなり深そうな所がありましたよね?」
「ああ、あったな。いいヤマメが釣れそうとか話した場所だろ?」
「それです。たぶん、この壁の向こうはあそこの水中に出ます」
「水中から行ける隠し階段とかロマンかよ」
「どうやって開けるかはわかりませんけど、開いたらさすがの僕らでも流されると思います」
「じゃあ放っておいて、下に行くか」
「そうしましょう」
というわけで、2人は来た道を戻って、例の空洞よりもさらに下へ向かった。
上の道と同じで、やはり階段と下りの坂道で構成された通路だ。
通路の左右には土偶が並んでいた。
土偶というのは破壊されて出土されることがほとんどだが、この場に並んでいるのは全てが完全な状態だった。
「土偶があるということは縄文や弥生だと思うが、ものすごく建築技術が高いな」
「はい。たぶん、天然洞窟を整備したんだと思います。たまに天然の部分がありますね」
「ああ、さっき俺たちが入った裂け目もそれだろうな」
「あっ、見てください。整備されている部分からは一切水がしみ込んでないですよ」
「やはり【精霊魔法】か」
「ですね」
2人は、昨日の記者会見のことを思い出していた。
それによれば、弥生時代には精霊と交流があったことが判明しているそうだ。
その情報から、この場所が【精霊魔法】で作られた場所と推測するのは容易なことだった。
しばらく降りると、まっすぐ続く道が現れた。
コウジは床に手を置いて、水に隠れた床を摩る。若干の下り勾配になっているようで、この先も水と一緒の冒険になりそうである。
「まさか罠とかないよな?」
「弥生人の善良性と僕たちの超人ぷりに期待しましょう」
「それでいこう。ちなみに、この方角は?」
「たぶん、白神ダンジョンのほうです」
「つまり、この上は山か」
「ですね」
2人と1匹は、パシャパシャと水を踏みしめ歩いていく。
「モンディ・ジョーンズみたいですね」
「俺の小さい頃の夢は考古学者だったよ。モンディ・ジョーンズに憧れてな」
「たぶん、男子の6割は一度くらいその夢を見ますよ」
「違いない。でもな、モンディのやっていることは盗掘みたいなもんだって中学の頃に気づいて、やめちゃったよ」
「遺跡、崩壊させますしね」
「そんな俺が、こうして新発見の遺跡探索をしております。人生わからんもんだ」
「全部命子神のせいですよ」
「「ズモモモモー」」
こんなふうに口数が多いのは、2人が仲良しというのもあるが、ビビっているという理由も大きい。
魔導書の灯りだけで遺跡を探索するのは、腕っ節が強い2人でもさすがに怖いのだ。
しばらく進むと、2人はそれを見つけた。
「マジか。こんなにあっさり見つかるとは……」
「ですね……」
2人はゴクリと喉を鳴らした。
そこにあったのは、闇の中でも煌めく水晶。
すなわち、精霊石だった。
それが目視できる限りで、10個ほど生えていた。
風見町のように水の中に生えているわけではなく、天然洞窟の部分にのみ生えているようだった。
「お互いに1カワだけ契約しよう」
「わ、わかりました」
2人は精霊の情報を思い出しつつ、精霊石に触れてみた。
軽く魔力を通すと、精霊石は発光し、中から精霊が飛び出してくる。
「わわ!」
ケイタが興奮した声を上げて、精霊さんをお出迎えする。
「うーん。俺、結婚できるのか?」
コウジもチラリとそんなことを考えつつ、精霊をお出迎えした。
「か、可愛い……っ!」
自分と同じ形へと変化し始める精霊を見て、ケイタが感激した声で言う。
「それ、お前じゃん」
「いや、そうですけども。それはあとで変えるとして、仕草が最高に可愛いです」
「そうか」
夢中になっているケイタを放置して、コウジも自分の姿を真似る精霊を指先でこちょこちょした。30歳男性の顔をした精霊である。
そんな精霊を、コウジのわき腹から顔を覗かせたギンタがキラキラした黒目で見つめた。
無事に契約を終えた2人は、その先に続く道を見た。
「おそらく、この先には魂魄の泉があるはずだ」
「はい。でも、僕はもうこれで十分です」
「ああ、俺もだ。これ以上、欲張るべきじゃない」
「ですね。戻って、自衛隊に知らせましょう」
2人は来た道を引き返した。
2人は気づかない。
もう少し先まで行ってしまったなら、今の2人と1匹では抜け出すのが困難な次元龍の試練が始まっていたことを。
来た道を戻った2人は、例の空洞に入り、落ちてきた穴へ向かって大声を上げた。
特にギンタの遠吠えがよく響く。
「15、6mってところか。マナ進化できてたらいけたかもな」
「命子ちゃんやルルちゃんならいけそうですよね」
そんなことを話していると、空いた穴の向こう側が騒がしくなってきた。
「大丈夫ですかー!?」
「はい、ケガはないです!」
「すぐに救助します!」
「あーっと、ちょっと待ってください。おそらくですが、ここは自衛隊の探してた場所です」
コウジがそう言うと、外がさらに騒がしくなった。
コウジたちは知らなかったが、魂魄の泉へ続く5つの隠し扉の内、4つはすでに見つかっていた。しかし、この白神ダンジョンだけは、タカギ柱こそ見つかったが、隠し扉はどれだけ探しても見つからなかったのだ。
すぐに何人かの自衛官が降りてきて、コウジは、ケイタが描いたマップを見せつつ、経緯を説明した。
「川の中……それは見つかりませんね」
ドッと息を吐く自衛官たち。
何を隠そう、自衛隊は、命子たちがイザナミの救出から戻ってきた一昨日から、ずっとこの隠し扉を探していたのだ。
「それでですね。途中まで探索しちゃったんですが、その過程で、精霊石を手に入れました」
コウジはそのことも包み隠さず話した。
「なるほど、ここは阿蘇と同じタイプですか。その件については、すぐに担当官を手配しますので、そちらでご説明ください」
風見町の精霊石は魂魄の泉の中に全てあったが、阿蘇では魂魄の泉だけでなく、地下通路でも精霊石が発見されていた。これは、キスミアも似たタイプと言える。
「取り上げられるとかありそうですか?」
「いやぁ、我々にはなんとも。こういう場所を見つけたら探索したくなるのが冒険者ですし。ただ、ひとつだけ私でもわかることがあります」
「え、というと?」
「お2人は、今回のダンジョンはまともに探索できませんね。精霊使いになる以上は、一刻も早く『見習い精霊使い』になり、精霊に最低限のことを教える必要がありますから」
それはそうだとコウジとケイタは頷いた。
その日、2人は自衛隊に連れられて白神ダンジョンの1階層で『見習い精霊使い』を手に入れると、すぐに帰還させられた。
さらに、2人のGWは精霊使いとしての講習のために費やされることになる。
読んでくださりありがとうございます。




