10章閑話 コウジとケイタ 前編
本日もよろしくお願いします。
今日はこのあとすぐにもう一話を投稿します。
GWに入る2日前、夜。
イザナミが封印を解いた翌日のことだ。
東北自動車道を白いバンが北上していく。
旅路のBGMは風見女学園の生徒によるカラオケ配信動画。3人の少女たちがアニソンを順番に歌うだけの動画である。
陽気な歌を聞き流しつつ、助手席の青年がこれから始まる冒険を想像して笑った。
「あー、楽しみだなぁ」
「はははっ。ケイタ、何回目だよ」
「だって、コウジさん。初めて入るダンジョンはやっぱり楽しみじゃないですか」
「まあ、そりゃそうだけどな」
「でしょ!? ギンタもそう思うよな」
「わんわん!」
搭乗者は男2人にシベリアンハスキーが一匹。
運転手のコウジは30歳の会社員で、助手席に乗るケイタは21歳の大学生。シベリアンハスキーのギンタはコウジの愛犬だ。
2人は歳こそ離れているが、レベル教育で同じチームになった際に意気投合して、以来、連絡を取り合って、今ではギンタを含めてトリオパーティを組んでいた。
深層は2人と1匹だと入場審査が通りにくいので、毎回11層以降から野良パーティを募集している形をとっている。
ちなみに、そういう方法ですでにE級ダンジョンを1つクリアしているので、冒険者としてはかなり優秀だった。
「それよりも良かったのか? ダンジョン合コンに誘われてたんだろ?」
「あ、あー。僕、合コンなんてしたことないし、沖縄でダンジョン合コンなんてしたら、たぶん相当キモくなっちゃうんで」
「合コンは慣れだよ慣れ。まあ、いきなり沖縄はハードルが高いかもしれないけどな。水着になる子もいるだろうし」
「ですよね」
「でも、誰しも初めてってのはある。女の子も同じで、案外、勇気を出して、初めて合コンに参加する子ってのはいるもんだよ。ケイタくらいの歳ならなおさらな」
「そんなもんですかね」
「そんなもんさ。それに、社会人になるとマジで出会いがない職種もあるからな。今のうちにちょっと参加してみるのもいいかもしれないよ」
「でも、今の時代だと修行場があるじゃないですか」
「それは確かに。命子ちゃん様々だな」
「あの子はそろそろ神社に祀られるかもしれないですね」
「冒険と修行と魔法とマナ進化と縁結びを司るロリ神」
「ズモモモモー」
「わんわん! わふぅ!」
そんな他愛もない話をしながら走るバンは、途中のパーキングエリアに入った。
「混んでますねー」
「俺みたいにGWがズレてるやつらだろうな。有名なパーキングエリアはきっとどこも酷いぜ」
「そういえば、鎌倉ダンジョンのボスを倒した時もやばかったですよね」
「あの時は正月休みだったからな」
「冒険の時代ですねぇ」
2人はパーキングエリアでトイレと買い物を済ませて、車に戻った。
周りでは、そんな人がかなり多い。
それもそのはず、今日はこれから記者会見が始まるのだ。
TVつきカーナビやタブレットなどで、それを視聴するのだろう。
「精霊事件かー。なにが起こったんでしょうね?」
「さてね。はっきりしてるのは、風見町と命子ちゃんはやべえってことだ」
「それは間違いないですね」
「むっ、この魔物焼き美味いな」
「匂いからして美味かったですからね。んっ、本当だ!」
「ガツガツ、わふぅ!」
魔物焼きは、魔物の肉を使った串焼きの総称だ。
この店は、付近の地方のダンジョンで採れる魔物肉を数種類置いてある店だった。
冒険者は旅行者でもある場合が多いため、相応に値が張ってもこういう食べ物に金を使う人が非常に多く、大体が飛ぶように売れた。
口内で甘い肉汁が暴れまわり、車内には肉と香辛料の香りが充満する。
2人はあっという間に1本目を平らげてしまった。なお、ギンタは専用に作ってもらった香辛料と串なしの魔物焼きだ。
「とっ、始まるぞ」
カーナビに内蔵されたテレビに、記者会見の様子が映し出された。
「あ、教授さんだ。コウジさん、この人、好みでしょ」
「え、嫌いなやつとかいるの? むっ、というか、教授さんがマナ進化してる! ふぁあああ、めっちゃカッコいい!」
そこに映ったのは、自衛隊の幹部3名と、音井礼子、つまり教授だった。
マナ進化した教授は、若干気だるげな雰囲気を纏った美人さんだ。龍角がついて、オタク男子もニッコリ仕様。
教授の前の机にはアイもおり、小さな机セットにお座りしている。ミニメモ帳にカキカキして、カメラに向かって大公開。
ふぁあああと叫んだのは2人だけではない。パーキングエリアの中や駐車場に停まった車のあちこちで、同じように歓声が上がっている。原因は教授とアイの半々くらいか。
おかげでギンタが共鳴して遠吠えを上げた。
礼から始まった記者会見は、『精霊事件』と名付けられた風見町で精霊が大量に発見された事件の説明であった。
この時点で一般人が知っているのは、魂魄の泉の存在とそこに精霊石があること、そして、魂魄の泉で謎の少女を保護したことくらいだった。
今回の記者会見は、その続報という形になる。
「ご、5か所もあるのか?」
説明によれば、魂魄の泉は日本列島に最低でも5か所あるらしい。
「しかも、コウジさん。これから行く白神ダンジョン付近にもあるみたいですよ」
「ああ。こりゃ、今のうちに移動しておいて良かったな」
「そうですね。GWに入ったら絶対混みますよ」
2人は、白神山地で1日キャンプをして、それから同所にある白神ダンジョンに入る予定だった。
記者会見は続き、謎の少女についての話になった。
「「い、壱与!」」
少女の名前を聞いた2人は、揃って驚愕の声を上げた。
2人が意気投合した理由は、世界のミステリーが好きという共通点があった。
日本でも最大級の謎である邪馬台国と壱与の名前が出て、興奮しないわけがなかった。
邪馬台国は、古代チュゴーの書物、魏志倭人伝にほんの少しだけ記述が載っているだけである。
それによれば、子供がいなかった卑弥呼の後継者として、壱与あるいは台与という女性が邪馬台国の女王になったとされている。
卑弥呼ほどではないが、台与も割と有名なのだが、それなのに具体的にどういった人物なのかはさっぱりわかっていなかった。
しかし、遥か未来の21世紀になって、邪馬台国の謎が一気に紐解かれようとしている。
その第一報として、壱与と台与は双子であるということが告げられた。
さらに、邪馬台国では極少数ながら精霊との交流があったことも。
発見された精霊の名前は『イザナミ』。
日本神話を知らなくても聞いたことくらいはある有名な神の名前だ。
それが精霊の名前としてつけられた意味について、いろいろな想像が広がっていく。
2人は夢中で話を聞いた。
せっかく買ってきた魔物焼きはすっかり冷めて、後部座席から体を乗り出しているギンタが、食わないなら頂戴とばかりに、くぅーん、と鳴いた。
が、ここでまさかの。
「以上がここまで判明した事柄です」
お預け……っ!
壱与はまだ本調子ではないようで、あまり多くのことは聞けていないらしい。
「おいおい、これだからお国は……っ!」
悔しがる2人だが、当事者でないから言えることだろう。
実際には、壱与の体力や心情を考慮してあげなければならない。
なにせ3世紀から世界は変わりすぎた。変わりすぎて変わりすぎて、一周回って地球さんがレベルアップしてしまった。
壱与は双子の姉妹と永遠に別れているし、世界は変わっているし、これで考古学的謎解きを最優先にするのは、壱与との今後の付き合いに支障が出る恐れがある。
このあたりの感覚は、視聴者と関係者でかなり違った。
そこからは、マナ進化した教授のインタビューになった。
2人は機嫌を直して、魔物焼きを食べながら、そのインタビューを夢中で視聴した。
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【教授インタビュー】
※多くの記者がマナ進化したことへの祝辞を述べるが、省略する。
※1人あたりの質問時間が決まっている。
※【】は大きめのアクションの説明。
★
記者A:マナ進化した種族名はなんというのでしょうか?
教授:も、文殊姫です。【教授もじもじ】
記者A:文殊というと、知恵を司る文殊菩薩が想像できますが、音井さんの信仰と関わりがあるのでしょうか?
教授:いえ、ありません。このネーミングについては、自動でつけられたものです。大それた名称で、諸先輩方に申し訳なく思うところです。
記者A:いえ、ご活躍にふさわしいお名前かと。では、知恵が向上したなどはありますか?
教授:今のところはありません。ただ、種族スキルとして、『並列思考』というものを得ました。これは同時に別のことを考えられるスキルです。
記者A:それは訓練をすればできそうに思えますが……。
教授:私もある程度似たことはできましたが、まったく別次元です。思考だけの分身といいますか、完全に別のことを思考できます。
記者A:なるほど。音井さんとしては満足のいくマナ進化ということでしょうか?
教授:はい、大変に。種族スキルは、いつも通り、政府のマナ進化報告に詳細が挙げられる予定ですので、そちらをご覧になってください。
記者A:ありがとうございました。
★
記者B:音井さんのダンジョン探索履歴を拝見しましたが、まだマナ進化していない自衛官に比べると、少しマナ進化が早いように感じました。原因はなんなのでしょうか?
教授:残念ながらはっきりしたことはわかりません。ただ、私はいくつかのイベントに参加し、神獣と接触しています。早まった原因はこれが疑わしく考えています。
記者B:神獣との接触。具体的に何体……失礼、何柱でしょうか?『※注 一部、神獣を神と考える人がいるため、この記者は神の数え方である柱と言い直している』
教授:次元龍、フニャルー、空飛びクジラですね。
記者B:なるほど。その中でも次元龍様の因子が強く現れたようですが、やはり日本人だからでしょうか?
教授:在日の海外の方が小龍人にマナ進化した例もあります。なので、日本人の血統でなければ不可能ということはないのでしょう。一方で、日本に来たことがない海外の人が、小龍人になった例は現在一件もありません。小龍人は世界的に人気があるにも拘わらずこの結果となっているので、土地柄というファクターは十分に考えられます。
記者B:なるほど。それでは最後になりますが、マナ進化に向けて頑張る方々にアドバイスはございますか?
教授:マナ進化を目指している方は、自分の可能性とこれまでの努力を信じて頑張ってください。そうしてマナ進化したあかつきには、周りの方は、どうぞ、その人の成長を祝福してあげてください。あと、マナ進化の後の精密検査は、現在だと無料で受けられますので、どうぞご利用ください。
記者B:ご回答ありがとうございました。
★
記者C:音井さんは精霊研究の第一人者ですが、そんな音井さんの目から見て、日本にいる精霊はどのような存在なのでしょうか?
教授:それを公表するには、日本の精霊についての研究が足りません。まだ発見されて数日ですし。少ないデータの中で見た限りだと、キスミアの精霊と同様に好奇心があるように思えましたが、好奇心旺盛な子が先んじて接触してきた可能性も否定できません。
記者C:では、少なくとも出会った個体は全て好奇心旺盛ということですね?
教授:はい、とても楽しく学んでいるようです。
アイ:むーっ!
記者全員:しゃ、喋ったーっ!
アイ:むーっ!【ミニメモ帳、バッ!】
司会:お静かにお願いします。大江戸テレビさん、続きはございませんか。
記者C:し、失礼しました。……えっと、精霊は喋るようになるのでしょうか?
教授:はい。これは最近判明したことですが、そのようです。
記者C:むーっ、と鳴いたようですが、ほかに鳴き声はありますか?
教授:この子以外にもう1人の精霊が鳴きますが、その子は『なん!』と鳴きます。日本では、現状でそれ以外に鳴く個体は発見されていません。『※注 精霊の数え方は定まっておらず、時と場所による』
記者C:精霊使いは今後、日本でも増えていくのでしょうか?
教授:それは政府の方針によるので、私からはなんとも。
記者C:もし、有識者として会議に招かれたら、どのような意見を出しますか?
教授:研究者の意見はその時々の研究状況で変わるので、現時点での私の意見という前置きをしますが。私は、ある程度の数の精霊を人間と共に暮らさせるのがいいかと思います。
記者C:キスミアと同じ方針ということですね?
教授:はい。しかし、キスミアとでは人口も国土面積も違いますので、管理や選考方法の討議は特に慎重に行うべきかと思います。
記者C:貴重なご意見ありがとうございました。以上になります。
教授:あー、もう一つ言わせてください。【教授、手を挙げる】
教授:今回の事件で、私は精霊と人間の友情を見ました。精霊が、人のために消滅してしまう寸前まで魔法を唱えたのです。この子たちは、人から学ぶことを楽しみ、人を愛してくれる種族です。これから精霊がどのような扱いになるかはわかりませんが、どうか、大切にしてあげてください。
アイ:むーっ!
教授&アイ:【頭を下げる】
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「女神かよ」
コウジが言った。
「たしかに凄く優しそうな人ですね。アイちゃんも可愛いし」
年上好きというわけではないケイタも、精霊たちのために頭を下げる教授の姿に好感度が上がるのだった。
読んでくださりありがとうございます。