10-22 無限空間道
遅くなりました、すみません!
本日もよろしくお願いします。
念のため、ルルとメリスに地下へ風を送り込んでもらってから、命子たちは謎の地下階段へ降りていった。
灯りの種類は3つ。
紫蓮と隠密さんが持っていた懐中電灯と、隠密さんと教授が持っていた魔導書、それに精霊のアイが発する光だ。
命子は教授が持っていた魔導書を借りて、魔法待機モードにして辺りを照らした。
これだけの灯りがあるので、遺跡の中はかなり明るく照らされた。
並び順は、先頭にまず隠密さん。
隠密さんは5メートルほど先行して、罠の有無や空気の異常などを調べてくれている。
その次に教授。教授が2番目なのは、何かあった際に教授が後ろのほうだと子供たちが逃げそびれるかもしれないからだ。
そこから順に、命子たちが続く。
教授曰く、この遺跡は元々あった洞窟を、【精霊魔法】で整えたものだろうとのことだ。その言葉の通り、整地された壁や階段の中にゴツゴツした洞窟の名残が見られた。
階段の幅は2人並んで歩くのは無理といった狭さで、その両側の壁には窪みが彫られており、そこに土偶が並んでいた。
「全部違う形してるデス」
「きっとしばらくしたら動き出すでゴザル。ルル、こいつらはケージョーキョークゴーキンでゴザルよ」
「ケージョーキョークゴーキン」
ルルとメリスが土偶を見て、全て見破った顔をした。
それは青いロボのアニメ映画から得た知識なわけだが、2人は日本人勢よりも繰り返し見たアニメ映画が案外多かった。キスミアではアニメを輸入する形になるため、1本を何度も繰り返してみる子供が多いのだ。
「土偶は弥生時代の中期くらいには作られなくなったとされているが……ふーむ」
教授も土偶について考えている様子。いやでも目につくので、当然と言えば当然だろう。
教授が言うように、土偶は弥生時代中期頃に製作されなくなり、その代わりに埴輪が登場するようになった、というのが一般的な説だ。この遺跡には埴輪は見られなかった。
教授の呟きを拾って、紫蓮が言った。
「魂魄の泉の封印と関係しているのかも」
「紫蓮君、それはあるかもしれないね。なんにせよ、これほど完璧な状態の土偶が並んでいるだけでも大発見だ。我々の命が最優先だが、極力触らないようにしてほしい」
教授の言葉を聞いて、命子とルルとメリスがシュバと手を引っ込めた。
少し進むと、紫蓮が再び口を開いた。
「虫とかいそう」
この階段は閉塞感が強いためか、昨日降りた縦穴やトンネルほどの信頼感はない。
工事技術者のオッチャンは【精霊魔法】による工事に敗北感を覚えたようだが、命子たちは長時間滞在するならオッチャンたちが作ったトンネルを選ぶと思った。
そんな場所なので、紫蓮の口を軽くしているのだろう。
「隠し通路の先に虫はまずいよ、紫蓮ちゃん。フォーチュンクッキーの上を歩いているみたいになっちゃう」
「我、あのシーンのせいでモンディ・ジョーンズが最近テレビでやらないんだと思ってる」
などと命子と紫蓮が戯れていると、教授が言った。
「ふむ、言われてみれば虫がいた痕跡がないね。土偶に埃がかかっているし、空気穴がどこかにあると思うが……」
「地球さんのレベルアップで、虫さんがハブられている感があるのと関係があるんですかね?」
「私は、昆虫系は専門外だからね。そこら辺の情報はちょっとわからないな。君らこそ、昆虫を魔眼で研究したことはないのかい?」
「私はほとんどないです。マジマジ見るのはちょっとアレなんで」
「我もないです」
「そういえば君らは、寒くなり始めてからマナ進化したか」
「たしかに、マナ進化してからおっきい虫を見る機会が少なかったですね」
「まあ私もそろそろマナ進化できると思うし、その時にでも調べてみるよ」
命子は、冬場に見つけた虫を【龍眼】で見たこともあるのだが、虫の魔力回路は非常に単調で面白みがなく、それ以来興味がなくなってしまっていた。
隠密さんを先頭にしての探索だが、その後も罠はなく、階段を下っていく。
たまに曲がり角やカーブがあり、意識しなければ方角を見失いそうな作りだった。
「さて、ここらへんで約40mだ」
教授が命子たちにそう教えてくれた。
入ってすぐにメジャーで数段測定して、それから段数を数えて計算しているのだ。
と、その時だ。
隠密さんがふいに大きくバックステップを取った。階段を先行していたため、バックステップで教授の近くまで上った形になる。
「なにかありましたか?」
身構える一行の中で、教授が代表して尋ねた。
「土偶が少し動きました」
隠密さんの答えに、ルルとメリスが、やっぱり、といった顔でネコ目をキュピンとした。
一方、命子と紫蓮は魔眼を使って周囲の状況を観察する。
「特に危険な予兆はないですね」
命子は危険の有無を調べた後に、今度は隠密さんが指で示した土偶や、自分たちの周りの土偶を観察した。
「下のほうに魔力回路がある土偶がいます。なんだろう、どこかで見たことがある魔力回路だけど……紫蓮ちゃんわかる?」
「たぶん、武器フェスで見た雨水さんの魔導人形のことだと思う」
「それだ!」
「あと、我らの武具にも少し似てる」
非生物に対する鑑定は紫蓮のほうが上なので、命子よりも詳細に答えた。
「なんでしょう。大切にした物に魂が宿るということでしょうか?」
ささらが首を傾げて言った。
「そこはなんとも。魂魄の泉がずっと昔からある程度の力を放出していたなら、ここの土偶は長年マナ濃度の高い場所に置かれていたことになるから、そういうのも関係しているかも」
「付喪神みたいですわね」
それから少し待っても何も起こらず、さらに隠密さんが再び近づいても、やはり何も起こらなかった。
そんな土偶をアイがペシペシと叩き、ふむぅとした。
宿っている力自体はまったく大したことはないので、一行は先に進むことにした。
カタカタ。
「ひゃん!」
不意打ち気味に土偶が動き、ささらが小さな悲鳴を上げた。
そうして、前を歩くルルの服の裾をちんまりと握る。
「シャーラ、もしかして怖いデス?」
ルルが口をにんまりして言うが、これにささらが憤慨した。
「べ、別にそんなことありませんわ」
本当かなー、とニヤニヤとした疑いの目を向けたルルだったが、ささらの背後を見て、ちょっと同情した。真っ暗なのである。最後尾が一番怖い原理だ。
だが、最後尾には自分がなると言ったのは、他ならぬささらである。背後からの不意打ちから仲間を守るのだと意気込んだら、こうなったわけだ。
そんなことがありつつ階段を下っていくと、教授が言った。
「約60mだ。そろそろ何かがあるはずだろう」
「魂魄の泉が約70mですからね」
しかし、その後、20mを降りたが終点にはつかない。
命子たちは一旦そこで止まり、作戦会議をした。
「そろそろ撤退を考えなければならないだろう」
「えーっ! ここまで来たのにですか?」
「さすがに潜りすぎだよ。古代の空気穴に頼るのはここら辺が限界だ。ここから先は装備を整えなければいけないよ。酸素スプレーも4本しかないし」
職業柄、教授と隠密さんは、【アイテムボックス】の中に、酸素スプレーを2本ずつ持っていた。それを緊急用に命子たちへ2本渡している。しかし、あくまで医療用なので作戦に組み込めるアイテムではなかった。
「それに翔子が追い付いてこない。翔子のスピードなら、とっくに追い付いているはずだ」
「……それは確かに。地上でなにかあったんでしょうか」
「いや、翔子の最優先任務は君らの担当官だ。地上でシークレットイベントが始まったとしても、ここに降りてくるだろう」
教授の落ち着いた声が途切れて、土偶が動く音が耳につく。
教授は沈黙を嫌い、続けた。
「とにかく一度帰って、装備を整えよう。1時間もあれば再突入できるはずだ」
「……わかりました」
教授はどちらかというと命子たちの行動の自由を尊重する。
そんな教授が帰るべきだと言ったため、命子たちは素直に言うことを聞いた。
今度はささらを先頭にして階段を上っていく。
ささらも最近になって『見習い魔導書士』をマスターしており、魔導書を魔法待機状態にして灯り替わりにすることができた。
普通の人なら先頭も結構怖いポジションだと思うが、ささらはさっきと違って平気な顔で階段を上っていく。
その後ろにいるルルは、さらに下にいるメリスからシッポに猫パンチを入れられている。
「……羊谷命子。ちょっとおかしいかも」
土偶がカタカタと鳴る中、紫蓮が言った。
「紫蓮ちゃんもそう思う?」
「うん。さすがにもう土偶が動き出した地点を過ぎたはず」
「まあ、もう少し様子をみよう」
「うん」
しかし、その後もずっと動く土偶がいる。
いや、というより、引き返すのを決断した80m地点では動かない個体もいたのに、今ではすべての土偶が動いていた。
「こわぁ……」
最後尾からボソッと聞こえた。
隠密さんの声だった。最後尾が一番怖い原理が発動しているようだ。命子と教授は、聞こえないふりをしてあげた。
なんにせよ、外に出てしまえば終わるので、命子たちは土偶を無視して上り続けた。
しかし、明らかに100mを上っても、地上の光は見えない。
「ささら君、一旦止まろう!」
教授がささらに言い、全員がその場に止まった。
命子たちは階段に腰掛け、立っている教授の話に耳を傾けた。
「150m上ったが地上に出なかった。おそらく、なにかしらの魔法にかけられているのだろう」
「土偶を片っ端から破壊するデス?」
ルルが即座にそう言うと、土偶が気持ち静かになった。
「でもルル、こいつらはケージョーキョークゴーキンでゴザル」
「ぬぅ、おのれ!」
ルルとメリスのキャッキャした会話に、場の空気が少し和んだ。同時に、土偶の動きが再び活性化した。
「確かに土偶も怪しいが、最後にしておこう。命子君、紫蓮君。魔法の痕跡は?」
「特に感じなかったです」
「我も」
「ですけど、魂魄の泉は次元龍が関わっているはずです。もしかしたら、空間が歪んでいるのかもしれません」
「ふむ、なるほど。命子君の意見は正しいかもしれない」
「適当に言いましたが、なにか根拠がありますか?」
「床を摩ってみるといい。空気が流れている以上は土埃が入ってもおかしくないが、この場には一切積もっていない」
「そういえば、紫蓮ちゃんが虫の話をした時には埃が積もってましたね」
「引き返す決断をしたのも、埃の厚さを見てのことだったんだが……どこかで不思議空間に入り込んだのだろう」
「永遠に出られないってことはないですよね?」
「それはない」
命子の言葉に、教授はきっぱりと否定した。
それは何の根拠もなかったが、不安になっては本来出せる力も出せないので、嘘を吐いた。
命子との話を一旦終え、教授はアイに問うた。
「アイ、なにかわかるかい?」
「っっっ!」
アイは教授の手のひらからピューンと飛び立った。
しかし、その途中でビクッと体を揺らして、すぐに教授の胸ポケットに収まった。
「次元龍の気配があるんでしょうね」
「そういうことになりそうだね」
命子の言葉に、教授はアイの顎を人差し指でこちょこちょしながら、頷いた。
「となると、問題は上り続けるか、降り続けるかですね」
命子が話を本題に戻すと、教授が答える。
「これからの方針として、ひたすら下りつつ、魔法を解除する方法を探す。命子君は、イヨにテレパシーを送る努力をしてみる。これでどうだろうか?」
「私は賛成です。みんなは?」
命子が問うと、仲間たちは全員が賛成した。
命子たちは、再び階段を降り始めた。
魔眼が使えるメンバーは常に魔眼を発動し、注意深く観察する。とくに怪しいのは土偶だが、それにこだわらず満遍なく。
イヨにテレパシーを送ってみる命子だが、さすがの命子にもそんな能力は備わっていないらしく、むむむ損であった。
そうして、どれほど時間が経ったか。
「ここで300mだ」
「もうそんなですか。でも、特に怪しい所は見つからないですね」
「うーむ……」
「やっぱり土偶を破壊するデス?」
「いや、ルル君。私はその線は薄いと思っているんだ。解決方法として簡単すぎる」
「むぅ、たしかにそうかもデス」
「次元龍が作り出している空間ならば何かしらの試練だろうし、古代人が作った仕掛けならば盗掘を恐れたゆえだろう。地上で出土する土偶はたしかに破壊された物が多数を占めるが、誰もが取りうる行動で術が解けるようにはしていないと私は思うんだよ」
「……んみゃー!」
「ひゃーん! 何するんですの!?」
言いくるめられたルルは、テンションを上げるためにささらのおっぱいを揉んでおいた。ひっぱたかれた。
それからさらに進むが、やはりなにも見つからず、再び休憩に入った。
「ジュース飲む人ー」
「「「はーい」」」
全員が飲みたいらしいので、命子は自慢の粉末ジュースセットを取り出すべく【アイテムボックス】を掛けたカバンに手を入れた。
その瞬間、命子の龍角がぺかーと光った。
ハッとした命子はそちらに顔を向けるが、光はさっと逃げてしまう。頭についているゆえに。
「あ、私のツノか。でもなんで光ったんだろう?」
いつもなら【アイテムボックス】程度では龍角は光らないので、命子は不思議に思った。
首を傾げつつ、とりあえずジュースの粉末を取るためにカバンに手を入れると、奇妙な感覚を覚えた。
手を一度引き抜き、もう一度入れてみる。
「羊谷命子、どうしたの?」
「うん? うーん、なんだろう。もにょもにょする」
「ツノが光ってるのと関係してる?」
「そうかも。もしかして【アイテムボックス】がスキル覚醒したのかな?」
「このタイミングで?」
所持者が現れてから1年経つ現在までで、【アイテムボックス】が覚醒した人は誰もおらず、覚醒しない、あるいはとてもしにくいスキルなのではないかと考えられていた。
なので、このタイミングというのは、紫蓮的に何かしらの因果関係があるように思えた。
「うーむ。教授、ちょっと【龍脈強化】使って、本気を出していいですか?」
「暴れる類でなければ」
「それは大丈夫です。風が出るかもしれないので、階段から落ちないでくださいね」
命子はそう言うと、精神を集中して【覚醒:龍脈強化】を使った。
神秘的な緑色の光を放ち始めた命子は、閉じた目を薄く開けた。
命子はカッコつけなので、【覚醒:龍脈強化】で明鏡止水っぽい感じを演出するのが癖になっていた。ピンチならば、即座にブワッとなって戦闘を開始するので、これは間違いない。
そうして、素敵演出を挟み込んだ命子は、魔法を行使するわけでもなく、カバンに手を突っ込んだ。
「……さっきよりももにょもにょする」
「全然わからん」
「ワタクシもですわ」
全員が自分の【アイテムボックス】に手を突っ込んで確かめているが、命子が言う『もにょもにょ』する感覚は理解できなかった。
「ささら君とルル君の【アイテムボックス】の時間的な熟練度は命子君とほぼ変わらないはずだから、『小龍姫』の特性なのかもしれないね」
「ルルさんとメリスさんは氷属性の取得が早いですものね」
「シャーラはバフが早いデス」
そんな話を聞き流しつつ、命子はせっかく素敵演出で開いたお目々をまた閉じて、感覚を研ぎ澄ませながらカバンの中をもにょもにょする。
命子たちの周りで、土偶がカタカタとざわめき始めた。
今までは精々3体同時にカタカタする程度だったのに、全ての土偶が動いていた。
「ふしゃー! やろうってのかデス!」
「ひぅううう、ルルルルルルさん、ダメですわよ!」
「シャーラずるいでゴザル! んーっ、シレーン!」
「ぴゃ、ぴゃわー!」
いきりたつルルにくっつくささらを見て、メリスは紫蓮を抱っこした。
「これは【龍脈強化】に反応しているのか? ふーむ」
一方、教授は隠密さんに白衣の裾をちんまり握られ、頭にアイを装備中。
土偶や仲間たちの騒ぎも、集中する命子の心を揺さぶらなかった。
もにょもにょする感覚を体と魂に刻み込んでいく。
その感覚は次第に手から腕に広がり、命子はちょっと怖くなった。
「命子よ、受け入れるのじゃ」
命子はそう呟いて怖さを払いのけ、もにょもにょする感覚を広げていった。
「むっ、これは……」
命子はまた呟いた。
仲間たちは傍観するしかないので、何が起こっているのかさっぱりわからない。
感覚を広げていった命子は、カバンの中が現在どうなっているのか、なんとなく理解できるようになっていた。
アイテムボックス化した収納用品は、1㎥程度の容量に拡張される。
命子たちが持つ学校カバンもそうで、いま着ているコートのような非常用セットや女子高生グッズ、お菓子、教科書などが入っていた。
その配置を命子は習慣的に把握しているが、はっきりとビジョンとして脳裏に現れたのだ。
さらに、手からはパスが1本伸びており、ジュースの粉末と紙コップが入っているケースにくっついているのが理解できた。
「むむむむっ!」
命子の龍角がピカーッと強く光る。
しかし、命子は頑張ってみるが、そのパスをどうすることもできなかった。
ふぅ、と息を吐いた命子は【龍脈強化】を解除して、一息ついた。
それと同時に、土偶たちも平常運転に戻っていった。
「なにがわかったんだい?」
教授が目をキラキラさせて聞いた。
「カバンの中の配置が鮮明にわかりました。あと、手からパスが1本伸びていたんですが、それをどうすればいいのかわかりませんでした」
命子はそう報告して、普通にジュースセットのケースを取り出して、魔法の水でミルクティを作った。
「ふむ。それを取りたいと考えていたから、パスが伸びたんじゃないのかい?」
「たぶんそうだと思います。あ、みんなも飲んで」
命子の勧めでジュースを飲みつつ、紫蓮が言った。
「羊谷命子。ジョブは生えてない?」
「天才かよ。ちょっと確認してみる」
命子はすぐにジョブを確認した。
すると、そこには『見習い空間魔法使い』が生えていた。
「ふわわ! 『見習い空間魔法使い』が出てる!」
「ぴゃわー。でも、次元魔法使いじゃない?」
「次元魔法使いはないね。レジェンドジョブみたいなのじゃない? 知らんけど」
「そうかも」
紫蓮はそう言って納得した。
「教授、『見習い空間魔法使い』になっていいですか?」
「そうだね。それがカギになっていそうだ」
というわけで、命子は『見習い空間魔法使い』にジョブチェンジした。
その瞬間、命子の体にピシャゴーンがきた。
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『見習い空間魔法使い』
・ジョブスキル
【空間魔法:物体空間跳躍】
※触れている物を瞬間移動できる。
【空間魔法:空間操作】
※空間を操作できる。
【魔防アップ 小】
【魔法操作 極小】
【空間属性強化 小】
【魔力回復速度アップ 極小】
【魔法使いの心得】
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久しぶりにほけーとした命子だったが、正気を取り戻すと同時に、クワッと目を見開いた。
「物をテレポートできるようになりました!」
「ふぉおおお!」
「ついにかい!?」
命子の発言に、紫蓮と教授が目をキラキラとさせた。
それから詳細を求められて、命子はわかる限り説明した。スキルは説明が不親切なので研究が必要なのだ。
「スキルは6個ですね。【空間魔法】もほかの魔法と同じで使える魔法が2つあります。物体の空間跳躍と空間操作です。あとはほかの見習い魔法使い系ジョブとあまり変わらないです」
「ふむ、物体の空間移動と、空間操作か。それはどっちがメインなんだい?」
「うーん、どっちでしょう? わからないです」
『水魔法使い』は【水魔法】で水弾と水生成を覚えるが、大体の人は水弾をメインと判断する。水生成はとても便利ではあるのだが。
「いまは【空間操作】が重要に思えるので、ちょっとそっちをやってみます」
「命子君、ちょっと待ってくれ。難しい注文ですまんが、魔力を派手に使わないほうが良いかもしれない。我々の目的はイザナミを助けることだ。どういう状況かわからないが、君の魔力提供が必要になるかもしれない。もちろん、私や隠密君の魔力で済むのなら、それにこしたことはないが」
「確かにそうですね。ちょっと注意しながらやってみます」
「最優先は我々の脱出だから、無理そうなら全力でもかまわないよ」
「はい」
命子はカフェの帰り道に魔力を吸収されたので、すでに減った状態だ。【龍脈回復】の魔力回復速度上昇効果が優秀なので、かなり回復しているが、万全ではない。
教授のアドバイスを受けて、命子はまず空間がおかしいことになっているのが確定している学校カバンに向けて、【空間魔法:空間操作】を発動した。
「おーっ、これは……」
「羊谷命子。なになに」
「ふむふむ……ほう、これはこれは……」
「ねえねえ、羊谷命子。なにが起こってる?」
研究中の命子に、紫蓮がぐいぐい来る。
「【アイテムボックス】を拡張できそう。相応に魔力が持っていかれそうな気配があるね」
「ぴゃわー」
「今は魔力が惜しいからそれはできないけど、なんとなく【空間操作】のやり方がわかったよ。でも、だから何って感じではある」
「命子君、土偶は先ほどと変わらずに見えるかい?」
「なるほど、ちょっと見てみます」
教授のアドバイスを受けて、命子は土偶を見てみた。
すると、前方少し先にいる1体が空間を歪めているのがわかった。
「お、おー……【龍眼】をレジストしてたのかよ。そんなこともあるのか」
命子は【龍眼】にかなり自信を持っていたので、少し驚いた。
命子たちは、さっそくその土偶のもとへ移動した。
「こいつが悪さしてますね」
その土偶は他と同じで、普通にカタカタしているだけの土偶に見えるが、命子にはそこから例のもにょもにょを感じた。
「破壊すればいいのかい?」
「いえ。たぶん、干渉できそうです。ちょっとやってみます」
命子はそう言って、再び【覚醒:龍脈強化】を展開すると、【空間操作】を使用した。
すると、その土偶を中心にして、まるでそこに階段の風景を描いたガラスでもあったかのように、空間に亀裂が入った。
「「「ふぉおおおお!」」」
周りから歓声が聞こえてくるが、今の命子は明鏡止水。お口はにんまりしているが、集中しているのだ。
空間の亀裂はどんどん広がり、命子たちを包み込む。
「ぴゃわわ、ひ、羊谷命子。これ大丈夫!?」
アニメで見るような、キャラの前方だけに亀裂が入って不思議空間をぶっ壊す感じではなかった。
命子たちはその不思議空間にいるわけで、目に見えている全体に亀裂が入っているのだ。中には肌の一ミリ先で亀裂が入っている場所もある。
命子もちょっと想像していた展開と違って怖くなるが、『見習い空間魔法使い』としての補助効果が、これが正しいと告げてくる。
「大丈夫。いくよ」
命子はそう言って、さらに【空間操作】をかける。
すると、命子たちを包み込んでいた空間がパリンと砕けた。
その先にあったのは似たような階段だが、空気が違うのがわかった。
「やっ」
歓声を上げようと口を開いたその瞬間、ふいに命子の耳に声が聞こえた。
『よくぞ破った』
忘れもしない。
それは風見町防衛線でも聞いた、次元龍の声。
『たー』と続けようとした命子の口が、即座にはわわとした。
そんな命子にかまわず、次元龍は続けた。
『しかし、まだ視界に収まる世界しか動かせぬ雛龍よ。次元を超える道は遥かに遠いぞ』
命子は、そこまで次元を超えたいわけではないのだが、怖いので口には出さない。
『そこは無限空間道。次元の力を求める者の修練場なり』
そう告げると、次元龍の気配は去っていった。
命子の全身からぶわりと汗が吹き出し、背後を振り返った。
今の声が聞こえたか質問しようとしたのだが、聞くまでもなかった。全員から脱出できた喜びは消え去っており、ガクブルしている。次元龍は空気が読めないのである。
そんなテンションだだ下がりの一行のもとに、テンションばか高な声がかかった。
「ささらちゃーん!」
馬場である。
階段の上から来たので、命子は見えなくてぴょんぴょんした。
「みんな無事!? けがはない!?」
「はい、大丈夫ですわ」
馬場はそんなふうに心配してから、すぐに感情を爆発させた。
「うぁああああ、ちょー怖かったよぅ! なにここー!」
そんなことを言って、馬場はささらに抱き着いて体をゴシゴシこすりつけた。
ささらは目を白黒させて、言った。
「もしかして、お一人で階段を彷徨っていたんですの!?」
「そうなのよ! みんなを追って入ったのに、いつまでも追い付かないし、いつの間にか土偶がカタカタするし! 挙句の果てに空間が割れたみたいになるし! ふぁあああん、ルルちゃん、にゃーにゃー!」
「ババ殿、にゃーにゃー!」
「ルルちゃん、にゃーにゃー!」
命子たちはぱわぽわーんとその状況を思い浮かべ、超怖そう、と思った。
任務中は割としっかりしたお姉さんの馬場がこうなっているので、実際に凄く怖かったのだろう。
そんな馬場の醜態をじっと見つめる隠密さんに、教授が言った。
「君も割と怯えていただろう? ここは見逃してくれないかい?」
「別に怯えていませんが、わかりました」
隠密さんは心のメモ帳から、今の出来事を消してくれた様子。
馬場の公務員生命が守られた。
友人の死亡フラグをへし折った教授は、命子に向き直った。
「命子君。見事だった。そして、ありがとう」
「いえいえ。それよりも教授」
「ああ」
2人は階段の下を見た。
そこは長かった階段の終点、行き止まりの壁があった。
その壁には空気穴が開いており、そこから水の流れる音とマナの翡翠色の輝きが零れていた。
そんなシリアスな2人のBGMは、馬場とルルのにゃーにゃーであった。
やっぱり公務員生命は終わるかもしれない。
読んでくださりありがとうございます。