10-18 精霊事件 謎の少女
本日もよろしくお願いします。
長くなっちゃったテヘペロス。
全ての精霊使いが精霊石を手に入れて戻ってこられた。
今は自衛隊のテントで各々が説明を聞いており、命子たちはちょっと暇だった。
そんな命子たちに、馬場が言った。
「さて。それじゃあ行きましょうか」
「え、どこにですか?」
命子がこてんと首を傾げる。
「魂魄の泉よ」
「っ、えーっ!? ここでまさかのサプライズ!」
絶対に行けないと思っていたら、まさか連れていってくれるという。
命子の嬉しそうな声に、馬場は人差し指を唇の前に立てて、ウィンクをバチコン。キツ……くはない!
「ふふ。上から許可を取るのに苦労したのよ」
「……ありがとうございます。馬場さん」
簡単に言う馬場だが、本当に苦労したであろうことは命子でも容易に想像できるため、命子は真剣な顔になってお礼を言った。
「いいのよ。みんな、よくお手伝いしてくれたからね?」
「ドキン!」
見透かされていたことに気づいた命子は、ぴょんと跳ねた。
2人とも考えていることは一緒だった。
すなわち、精霊をゲットできなかった子が可哀そうすぎると。
くじ引きで負けて魔導書を手に入れられなかった、なんて話はいくらでも転がっているが、ここまでパーティ内でのリザルトに差が生まれる冒険も珍しかった。
それもまた人生だが、中学生の時分にそんな人生の苦みを味わわなくてもいいと2人は思った。
そこで馬場は、精霊を発見したという功績をパーティ全体のものであるとして、せめて魂魄の泉の光景を見せてあげようと上に掛け合ったのだ。
崩落の危険がかなり低いというのはもちろんだが、キスミアと違って精霊石が魂魄の泉の中にあるため精霊と契約することが難しいのが、許可が下りた大きな理由だろう。
「でも、精霊との契約はできないわよ」
「いえ、魂魄の泉は見るだけでも綺麗ですし、きっといい経験になります」
たかが見学というなかれ。
新世界において、マナ進化を目撃したり神獣の魂魄に接触したりといった、マナの世界に触れることは魂の成長に繋がる可能性が高い。
風見町防衛戦で三頭龍と戦った者たちのマナ進化が人よりも若干早かったのは、これが大きいのではないかと現在では考えられていた。
というわけで、中学生たちは命子たちとともにエレベーターで地下へ降りた。
そうして、トンネルを歩きながら命子が中学生たちへ言った。
「楽しみだねー?」
「はい! 命子お姉さま、ありがとうございます」
「私はなにもしてないよ。お礼は馬場さんに言ってあげて」
「そんなことないです。お姉さまたちだって精霊さんが欲しかったはずなのに、しゅんとしてる私たちをいっぱい元気づけてくれました」
女の子は命子の左手をギュッと握って、微笑んだ。
「だから、私たちはもう平気です。道に迷ったりしませんから、安心してください」
強い光が宿った目でそう言う女の子の頭を、命子はナデナデして微笑んだ。
中学生たちは本トンネルに入るのも初めてで、みんな遠足気分でキャッキャしている。
どうやら、本当に精霊さんの件は整理がついているようだった。
そんな命子たちの前で案内をする馬場は、青春の光を背中に浴びて、肌が艶々してきた。
プリンプリンの若き光を浴びる、これがお肌と心にキクのだ。これぞ、馬場が命子たちと付き合うようになって編み出した若返りの秘訣である。
そうこうするうちに本トンネルの行き止まりに到着した。
そこには自衛官に護衛された教授と萌々子が立っていた。
「モモちゃん! 大活躍だったらしいね!」
「うん。まあぼちぼちね」
命子が褒めると萌々子はツンとした。
そんなことをされるから、命子は妹を猫可愛がりしてしまうのである。
「中に変わりはない?」
一方、馬場は教授に問うた。
「特に変化は見られないね。見学する子はそれで全員かい?」
「ええ。何人で入るかは指示してちょうだい」
「了解した。君たち、中の撮影は可能だが、ネット上に公開できるのは国が公表の調整をしてからになる。撮影する子はデータの管理に十分に気を付けるようにね」
「「「はい!」」」
というわけで、数人ずつ中に入ることになった。
内部に自衛官や研究員もおり、その邪魔にならないように見学だ。
それぞれの組にはささらや紫蓮たちお姉さまが同行して、思い出を深くしてあげる。
また、教授と馬場と萌々子は全ての組で同行した。
「わぁー!」
「超きれー!」
ささら組、ルル組と交代で地底湖の見学をしていき、トンネルの奥から歓声が聞こえてくる。神秘的な地底湖を見た少女たちは冒険の楽しさを知ったようだ。
「羊谷命子は一番じゃなくて良かったの?」
順番を待つ紫蓮が、命子に問うた。
「うん。最後でいいんだ」
本当は一番に見たかったけれど、先ほどの中学生から贈られた言葉が、命子をどっしりと腕組みさせていた。大人の余裕を見せたかったのだ。
とはいえ、そわそわしてしまうのは冒険好きなので仕方がなかろう。
メリス組と紫蓮組も見学を終え、本トンネルに興奮した笑顔が増える中、いよいよ命子の組が地底湖へ足を踏み入れた。
「「「ふっわぁ……!」」」
「綺麗……」
「しゅっごー……」
ビシバシと情操教育されていく少女たち。スマホを握る手からは感動のあまり力が抜け、心にこそ、この光景を焼きつけていく。
一方、命子は【龍眼】を使って地底湖の姿を見つめた。命子はキスミアの地底湖で似た光景を見たが、その時はまだマナ進化していなかったので、こういう場所の真実の姿を見てみたかった。
「で、命子君。なにか見えるかい?」
そんな命子に教授が尋ねた。
「ここの光景は次元龍の魂を見た時に似ています」
そう説明する命子の額からは汗が流れ落ちていた。
【龍眼】で見るこの場には神の気配を感じた。
それはきっと本物の神ではなく次元龍の気配なのだろうが、命子からすれば、どちらも雲に隠れて山頂が見えない山のようなもの。
「やはりか。さきほどの調査でマナ視してもらったが、全員が魅了状態に入ってしまったね。やはり君クラスでないとまだ無理か」
そう言いながら、教授は手帳に命子へ支払うギャラの申請をメモしておいた。
世界一の魔眼持ちなので、しっかりと報酬は支払われるのだ。支払い元が国なので、あまり高くはないが。
「私も喋ってないとダメそうです。黙ったらお願いします」
「了解した。それで、他にはなにかありそうかい?」
「う、うーん、神々しい光景ではありますがそれ以外は……ん?」
ぐるりと全体を見回した命子は、まだ見ていない背後を振り返った。つまり、穴を開けた方向である。その壁の一角にそれはあった。
てこてこと歩いた命子は、壁にあるものをじっと見た。
「きょ、教授。ここに文字があります。マナで書かれた文字ですね」
「ほっほう?」
目をキラキラさせ始めた教授の頭に、馬場が軽くチョップを入れた。
「ストップストップ。子供がいるのにヤバいのを起動させるわけにはいかないわ」
「いや、どういうものなのか聞くだけなら問題なかろう。これからの研究で我々が発動してしまわないためにも。現に我々はその文字とやらがある壁に穴を開けて、ここにやってきたんだよ?」
教授は頭を押さえながら反論した。
最初からこの場にいた研究員たちも命子の話を聞いており、教授の意見に同意するようにうんうんと頷いた。
それはたしかにその通りなので、馬場はぐっと言葉を飲み込んだ。
「それよりも翔子。君だって【龍眼】を持っているんだから、ついでに手伝いたまえよ」
「私は子供の護衛があるから無理よ。もしもの時に魅了されてたら動けないわ」
と、そんなことを話す二人の周りで、やはり目をキラキラさせた少女たちが成り行きを見守っていた。ワクワクイベントが始まるかもと。
「それで命子君。どういうものなんだい?」
命子は【龍眼】をオンオフして確認すると、その結果を報告した。
「なんらかの方法を使ってマナで書かれていると思います。魔眼の類を通さなければ、あることにすら気づけませんね。かなり薄くなっているんで、効果が切れかかっちゃってるのかも」
マナ進化した者は空中に魔力で文字を書けるようになる。この場にあるのは、それと同じようなものだと命子は考えた。
「ふむ。内容は読めるかい? 呪文のようなものだったら口にしなくていい」
「文字自体はまったく見たことないものですけど、読めます。龍宮と同じような読み手の認識に直接作用するものだと思いますね。えっと『我 龍の巫女 この身をもって 龍神池を封印す』と書かれていると思います」
「「「龍の巫女?」」」
教授以外の全員が命子の特徴的な部分に視線を向けた。
龍の角と巫女風ダンジョン装備が合わさって、まさに龍の巫女だった。
注目された命子は【龍眼】を終えて、横ピースを目の前にスゥーッと移動させて、緩から急へ!
一方で、教授は顎を撫でて考える。
「龍神池とはこの魂魄の泉だろう。龍の巫女とは誰だ? 命子君のはずがないし」
「もしかして命子お姉さまのご先祖さまかも!」
中学生の1人が、シュバッと手を上げて言った。
「ま、まさか私の先祖が……この血の宿命が動き出してしまうっていうの?」
「お、お姉ちゃん……!」
女子中学生の言葉に、命子と萌々子が手を見つめてわなわなした。ついでに光子も真似してわなわな。
「いや、命子君の血筋は1700年代以降ならほぼはっきりしている。理解の範疇を越えた生涯を送った者は、少なくともその範囲には確認されていない。それ以前の調査は難航しているようだがね」
「私より私んちのことに詳しい世界」
そんなこったろうと思った羊谷姉妹は、わなわなモードを終えた。
「アイルプ家のこともあるし、君たちの先祖の調査は君が思うよりも重要なことなのさ」
そういえば、先祖の調査をする許可を取るために大学教授の人が来たな、と命子は半年ほど前のことを思い出した。命子の先祖で一番命子に近いのは両親なので、2人に話を聞きに来たというのもある。
そんなふうに命子の先祖について教授が説明していた時である。
『なん!』
中学生女子がふと変な声を聞いた。
「ごめん。なんか言った?」
「え? ううん?」
「空耳かな?」
空耳だったようなので、女の子はとりあえず友人の脇腹をコチョーッとしておいた。
もじっとする友人だが、そんな彼女の耳にも『なん!』と聞こえた。
「わわっ、聞こえた!」
「でしょ!?」
「「……」」
そして、2人は声の出所を捉えていた。
2人はソロッとそちらへ顔を向けた。
『なん!』
「「っ!」」
すると、そこにはなんと、髪の長い少女の形をした1体の精霊がいるではないか。
精霊は真っ白な巫女といった風情の白装束を纏い、葉がついた枝をフリフリして、『なん~、なん~、なんっ!』などと鳴いた。
「「しゃ、しゃべったーっ!」」
そう、精霊が声を発したのだ。
その愛らしさに、少女たちが声を揃えて目をキラつかせる。
何事かと全員がそちらへ顔を向けると、やはり多くの者が驚いた。
「これはもしや進化した精霊なのか? しかし、いったい誰の?」
教授がそう呟く中、謎の精霊の周りに光子とアイが集まった。
謎の精霊が枝を左右にふりふりし、その周りで光子は両腕をズンズンと上下に振り、アイは白衣のポケットに手を突っ込んで少し体を揺らしながら裾をパタパタとさせた。
これは萌々子が自分の部屋だけで秘密裏に行なっているズンズンダンスと、教授が電子レンジの前で待機している時によくやっている白衣パタパタである。
「も、もう、光子ったら、またお姉ちゃんの真似をして」
そんなことを言って萌々子は顔を真っ赤にしてあわあわするが、ほかの子たちからすれば、これが萌々子の真似であることになど気づきもしなかった。こんな精霊の集いを見せられてはたまったものじゃないのだ。
「可愛いかよ……っ!」
先ほど命子に、もう迷ったりしません、と言った少女がスパーンッと己の太ももを叩いた。再発である。
謎の精霊はもう一丁『なん!』と鳴くと、ぴゅんと飛んで命子の頭にガシンッとくっついた。
「ふわわっ、ついに私にも精霊さんが!?」
命子は目をキラーッとさせるが、謎の精霊はすぐにまた飛び立ってしまった。
「ま、魔力だけ抜かれた……」
しかも魔力だけ食べられてしまった。
命子から魔力を頂戴した謎の精霊は、今度は魂魄の泉の方へ飛んでいった。するとそこにはいつからあったのか、非常に大きな精霊石が浮かんでいた。
謎の精霊はその精霊石の上で、また枝をフリフリしていた。
「うそっ! まさかあれって全部精霊石?」
「かもしれんが、精霊石の密度は2.5なのになぜ浮かぶ? 塚本君、水質の検査に間違いは」
研究員の1人に尋ねる教授の言葉を遮って、命子が叫んだ。
「教授! そんなことより見て! あの精霊石、中に人が入ってるよ!」
「「「っ!?」」」
命子が言うように、煌めきの中をよく見ると、巨大な精霊石の中に一人の人物が入っていた。まるで精霊石の棺のようである。
「え、ホント!?」
「見えない見えない! どんな、ねえどんな!?」
その姿を一目見ようと子供たちがぴょんぴょんした。精霊石と水面が光って見にくいのだ。
研究員たちも大興奮であった。この場にはまだ考古学の専門家は来ていなかったが、精霊石の棺に封じられた人物など、世紀の大発見である。専攻は違えど、知的好奇心が疼かないわけがない。
そんな子供たちの見たいという願いが通じたのか、あるいは研究員たちをどん底に突き落とそうとしたのか。
巨大な精霊石の上にいる謎の精霊が、枝を天に掲げて『なんっ!』と鳴いた。
その瞬間、水面に浮かぶ精霊石の棺が砕け散った。
びっくりして精霊が飛び出し、魂魄の泉に沈んでいく精霊石を追う中、封じ込められていた人物は水に浮かび続けた。
「「「ぎゃーっ!?」」」
これには研究員たちも真っ青になって絶叫した。
中学生たちは、大人って楽しそうだな、と思った。
「ぐぅ……っ!」
精霊石に閉じ込められた状態のいいミイラ、あるいは死蝋が水にさらされたとあっては、考古学的損失はいかほどなのか。
そんなことが脳裏をかすめる教授だが、考えを切り替えて馬場へ指示を出した。
「翔子、沈む恐れがある。鞭を使って引き寄せてくれ。慎重に頼むよ」
「っ! 了解!」
死んでいる可能性が極めて高いが、自衛官として生きていることを前提に救助に当たらなければならない。
馬場が腰に吊り下げられた鞭を抜いた次の瞬間には、水面を切裂いて謎の人物の腰に鞭が巻きついていた。中学生たちの目では追えないほどの早業だ。
「し、慎重にやりたまえよ。ミイラや死蝋化していたら簡単に真っ二つになるぞ」
「無茶言うんじゃないわよ。こっちは生きていることを前提に動いてるんだから、その時は諦めてちょうだい」
「そん……っ」
ここは考え方の違いだろう。
教授も馬場の考えが理解できるので、出かけた言葉を飲み込んだ。
その代わりに、教授は命子に言う。
「命子君。君は子供を連れて帰還だ。過去の病原菌が一緒に封じられていた可能性がある」
石が煌めいてよく見えないので角度を変えるためにぴょんぴょんする子供たちは、その指示に愕然とした。
全員が指示を出された命子お姉さまをバッと見ると、命子お姉さまも愕然としていた。
しかし、命子はギューッと目を瞑ると、気持ちを抑えてそれを了承した。
「みんな、見学を終えよう」
「「「はぁーい……」」」
リーダーである命子がそう言うので、中学生たちも大人しくこれに従った。
子供たちを率いて本トンネルへ戻る命子は、一度振り返って、謎の人物を遠目から【龍眼】で観察した。
その結果を教授に教えてあげる。
「教授、その人、レベル15くらいの魔力を持ってます」
「……な、なんだって? わかった。命子君、ありがとう」
「あとで教えてくださいね?」
「もちろんだとも。そうだ、命子君。本トンネルに柏木という白髪のおじいさん教授が来ている。精霊石の棺から活動年代不明の人間を発見したと伝えてくれ、それだけで通じる」
「わかりました」
命子が本トンネルに戻ると、教授はアイに命じた。
「アイ、ここを土壁で封鎖してくれ」
「っっっ!」
教授のイメージを受け取ったアイは、厚さ10cmほどの土壁を出現させて、地底湖への道を封鎖した。
命子がハッと振り返ると、魂魄の泉への道が閉ざされていた。
「きょ、教授、馬場さん……」
「お姉ちゃん、みんな大丈夫かな?」
「……うん! 大丈夫だよ、なんたって馬場さんと教授だもん!」
「そうかも!」
中の人たちを心配する萌々子に、命子は心配する気持ちを振り払って力強くそう言った。
本トンネルに戻ると、先に戻っていた中学生から話を聞いて、みんな大騒ぎになっていた。ちゃっかり動画を撮っていた子もおり、体を団子にして視聴していた。
「命子さん、精霊石に人が入っていたんですの?」
「うん、そうなんだよ。でも、話はあとにしよう。みんな。私たちは邪魔になっちゃうからすぐに撤収するよ」
命子の言葉に頷いたささらたちは、子供たちを誘導しながらトンネルを引き返した。
最後に残った命子は、教授に頼まれたお使いをすることにした。
柏木という人物は、近くの研究員に尋ねるとすぐに見つかった。
少し離れた所で白衣を着た人物が2人で熱心に話しており、片方が柏木だった。命子はその2人に近づいて話しかけた。
「すみません、柏木さんですか?」
「おや、羊谷命子君だね。はじめまして、私が柏木だ」
「よろしくお願いします」
「なにやら騒がしかったようだが、なにかあったのかね?」
「はい、実は地底湖で精霊石の棺に納まった人間が発見されたんです。あっ、活動年代は不明だそうです」
「「な、なんだってぇ!?」」
2人は、間にあるパソコンがガッチャンと踊るほどの勢いで立ち上がった。ジッチャンのおっきな声に、命子はぴょんと小さく跳ねた。
「そ、それでその精霊石の棺がいきなり割れちゃって、教授が病気も一緒に封印されていたかもだから、柏木さんに伝えてくれって言われました」
「教授? あー、音井君か。まあ君との関係から広義でいえば教授とも言えんことはないか。いや、それよりもだ。委細承知した、あとのことは任せておきたまえ」
「はい。よろしくお願いします。あと、精霊石の中にいた人はレベル15くらいの魔力を持っていました」
「「な、な、なんだってぇ!?」」
驚愕するジイチャン2人に、命子もまた、大人って楽しそうだな、と思った。
実際に、この瞬間に柏木たちの楽しいゲージがギューンと上がっている。
「魔力を持つということは生きている人間ではないのかね!?」
魔力があると命子が告げて、教授と柏木たちが驚く理由はそれだった。
命子はその瞬間を見たことがなかったが、死んだ人間は体から魔力が抜け落ちるのだ。
石やプラスチックなどの無生物にも魔力が多少は宿るため、遺体から全ての魔力が抜け落ちるわけではないが、レベル15相当の魔力は残らなかった。
2人はもう命子に目もくれず、付近の自衛官や研究員たちに猛烈な勢いで指示を出し始めた。それを受けて、トンネルをダッシュで引き返す者もいる。
「そ、それじゃあ私はこれで」
「むっ、ああ、これはすまんね。伝言ありがとう」
「いえ。あの、教授を助けてあげてください」
「え? あー、病原菌のことかね? そんなのは万が一の用心だよ。なにも心配することはない」
「そ、そうなんですね。良かった!」
命子はそう聞いて、ニコパと笑うのだった。
命子がたったいま撤退し、すぐに封鎖された地底湖内。
謎の人物は、鞭で岸辺に引き寄せられた。
それはとても小柄な女の子だった。120cmほどしかないだろう。
顔も幼く、年のころは12歳くらいに見える。
小さな鼻の可愛らしい顔立ちで、特徴的なのはその髪だ。まるで生まれてから一度も髪を切ったことがないのではないかと思えるほど長い黒髪をしており、そのことから普通の少女には見えなかった。
服装は、袴の色が白ではあるが、巫女装束によく似ていた。先ほどの謎の精霊が着ているものと同じだ。
その胸元には精霊石で作られた勾玉が3つ吊り下がった首飾りをつけており、その中の1つは輝いていて、謎の精霊が入っていた。
馬場は魂魄の泉に腕を入れ、謎の少女を抱き上げた。
着物と長い髪から大量の水が流れ出て、馬場の服はあっという間にびしょ濡れだ。
「翔子。水を口に入れるなよ。今後のマナ進化が龍人系統に強制化するおそれがある」
「わかってるわ」
馬場はそう答えつつ、自衛官が用意した敷物の上に謎の少女を寝かせた。
「この子、生きてるわ」
「だろうな。命子君がレベル15相当の魔力を持っていると言っていたよ」
教授はアイに命じて、謎の少女に付着した水分を集めさせた。
着物や髪、体についた水が流れ出て、ひとまとまりになって空中に浮かぶ。その水を研究員の用意したバケツに移すと、次の魔法を使わせる。
「アイ、今度はポカポカの魔法だ」
「っっっ!」
ネーミングはあれだが、水で体温を失っていた少女の体がすぐにポカポカになる。これは教授の『火のマナ因子』を使った【精霊魔法】である。
そんなアイの様子を、精霊石の勾玉から顔を出した謎の精霊がジッと見つめた。
「塚本君、どうだい?」
教授に問われた研究員の塚本は触診しているのだが、5秒ほどの間を空けてから答えた。
「脈拍も呼吸も驚くほど正常です。このあとすぐに目覚めても不思議ではありません」
それを聞いて先ほどまで魔法を使っていたアイが、今度はミニメモ帳にカキカキして大忙し。研究の過程をメモする、これは教授とアイが日ごろから見せている光景であった。
この場でできる検査などたかが知れているので、調査団はひとまず外からの応援を待つことにした。
「この子が龍の巫女なのかしら?」
誰ともなしに問うた馬場の質問を、教授が拾った。
「状況から考えてそうだろう。この精霊の成長ぶりからして、確実にこの子のものだろうし、特別な存在というのは疑いようもない」
「龍の巫女なんてアンタ知ってる?」
「知らん。だが、龍を奉る神社は多いし、過去にそう名乗る者がいても不思議ではないだろう」
「でもレベル15相当の魔力よ? ダンジョンジョブに就かなくても、旧時代ならオリンピックの全種目を二度と抜かせない記録で制覇できる才能だわ。それに精霊。そんな子がいたら文献に残ってるでしょ」
「日本に現存する最古の書は西暦712年のものだ。それ以前だったら? この服を見たまえ」
教授はそう言って、少女の服を指で擦った。
「ちょっと雑な造りね。それなに、麻?」
「うん、これは麻だ。一般的に神道の正装は絹を使うことが多かったようだが、麻には魔除けの力があるとされていたので、麻を使ってもおかしくはないだろう。そうではなく、翔子が言ったように、この雑さ……というか技術の未熟さだ」
教授の言葉に、研究員たちは、はっはーんみたいな顔をした。
一方、馬場と自衛官はわからない。馬場のイラつきゲージがむくむくしてきた。
教授と馬場が一目見て気づいたように、少女が着る服は丈夫そうではあるが、布地から裁縫まで全体的に作りが粗かった。
「レベル15相当の魔力が正しく力に変換できていたのなら、その才能は大げさでなく天下を取れるレベルだ。それなのにこの程度の衣服を着ているちぐはぐさだ。これはこの者が粗雑に扱われていたわけではなく、これがこの子たちにとっての最上級の衣服だったのではないかと考えられないだろうか」
「つまり、技術が未熟だった超昔の人ってこと?」
「端的に言えば」
「勾玉もしているし、弥生時代かしら?」
「別に勾玉は弥生時代だけではないが……むっ、来たか」
そう話しているうちに、アイが土壁の外に誰か来たことを教授に教えてあげた。
教授がアイに命じて土壁を取り除くと、ワクワクした顔の研究員たちが狭いトンネルに列を作っていた。
「おおっ、音井君! それで件の人物というのは!?」
「柏木先生、あちらに」
「うん、すぐに容態を見よう」
こうして、日本では地球さんがレベルアップして以降に、またもや世紀の大発見がされるのだった。
読んでくださりありがとうございます!




