10-17 精霊事件 日本産精霊石
ちょっと早いですが、本日もよろしくお願いします。
命子たちを地上に残し、精霊使い組は再びエレベーターで地下へ行き、トンネルを歩いていた。
「ところで教授さん。精霊石を自衛隊の方に採取してきてもらうんじゃダメだったんですか?」
クララが教授に問うた。
「君たちまで教授って……まあいいが。精霊はね、マイホームにこだわるんだよ。自分で引っ越す分にはかなりあっさり決めるが、人から与えられると極端に嫌がる傾向がある。精霊石からなんらかのエネルギーを得ていると思われるので、おそらくは嫌がるというよりもなにかが合わないのだろうね」
「なるほどー。枕が変わっちゃうと眠れない子みたいですね」
「はははっ、案外そうかもしれないね。私は革製の長いソファが一番だ。肘置きが木のやつはダメだがね」
「わぁ、カッコイイ!」
きっとお仕事をバリバリしているのだろうと、クララの教授への好感度が上がった。
トンネルでは自衛官や研究者が忙しそうに働いており、機材も先ほど来た時よりもたくさんあって、子供たちの移動にはかなり気を使う様相だった。
そんな中には防護服を脱ぐ研究者の姿もあった。
「教授さん、私たちもあれ着るんですか?」
今度は別の女の子が質問した。教授は大人気だった。
「いや、あれは最初だけだ。特に有害な環境というわけではなかったから、マスクだけ持っていくよ」
「そっかー」
どうやら防護服を着てみたかったらしい。
トンネルの終わりに到着すると、教授が中学生たちに言った。
「それでは、精霊石の採取を始めよう。そう広い場所ではないからね、5人ずつ行こう」
というわけで、さっそく採取が始まった。
最初に行くのはクララたち中学生4人と石音元部長、そして、同伴者として萌々子もついていく。
「萌々子ちゃん、ワクワクするね」
クララが萌々子に言った。
「そうだね。ほら、ラーナちゃんにもそれを伝えてあげなくちゃ」
「はっ、そうだった! ラーナのお家を取りに行くよ。楽しみだね?」
「っ? ……っ!」
クララの言葉を聞いたラーナは、少し考える素振りを見せるが、すぐに喜んだ。
こうやって、精霊にはたくさん喋りかけてあげるのが良い。精霊にはイメージでも伝えられるため、かなり早く言葉を覚えてくれるのだ。
こういったことも『猫と精霊の狭間』で学んだ精霊の飼い方、育て方である。
さて、そうこうするうちに地底湖へ到着した。
入り口で待機していた自衛官に安全帯をつけてもらう一行だが、その視線は目の前の光景にくぎ付けだった。
湿り気のある広い空洞の中に、翡翠色に光り輝く湖があるのだ。
「「「ふわぁ……」」」
その神秘的な光景に中学生たちはため息を漏らし、部長も身震いするほど感動した。
輝く湖面からは翡翠色の光の球がふわふわと浮かび上がり、天井の岩に吸い込まれて消えていく。その湖面の輝きにより、灯りはまったく必要ないほど明るかった。
この湖の底はおわん型になっている。
これはタカギ柱の近くに開けた小さな穴から、カメラや超音波測定によって事前にわかっていることだった。
ただ、その事前調査では映像が悪かったりして、不明なことも多かった。
その中の一つが、命子が推理したような精霊石の有無である。
そう、空洞内はとても綺麗だが、精霊石に思える鉱石は見当たらないのである。
しかし、教授たちはたしかに精霊石を発見して戻ってきた。
では、どこにあるのか。
「でも教授さん、精霊石はどこにあるんですか?」
クララが周りを見回して、首を傾げた。
「こっちだ。あの柵の向こう側には絶対に行ってはいけないよ」
教授に促されて、一行は湖の近くまで赴いた。
湖のほとりにはすでに簡単な柵が設けられており、腰に付けた安全帯もあるので安全性は確保されている。
近寄って改めて湖を見るが、水面が翡翠色の光で煌めきすぎて、水中がかなり見えにくい。
そんな湖を指差して、教授が言った。
「ここの精霊石は全て水中にある」
「水の中にあるんだ。うーん、どこにあるのかな……」
「クララちゃん、ほらほら、あれは? あっ、違ったかも」
「市子ちゃん、あんまり身を乗り出したら危ないよ」
「君たち、水面が光ってあまり見えんだろう。これを見たまえ」
精霊石を探す中学生たちに、教授がポケットから瓶に入った精霊石のサンプルを取り出して、見せた。
「これがここで採れる精霊石だ。精霊は入っていないがね」
それは暗い緑色の水晶だった。
「わぁ、凄く綺麗! もしかしてエメラルドですか!?」
「成分の詳細はまだわからないが、少なくともエメラルドではない。自然石は時として様々な色合いのものを作るが、精霊が入れるのであれば精霊石ということになるだろう。キスミアのものは透き通ったブルーだし、戻ったら差別化する名前を付ける必要があるだろうね」
「素敵な名前が欲しいですね!」
「そうだね。とまあ、こういう色合いをしているから、マナの光に紛れて上から肉眼で発見するのは難しい」
「でも、この色なら見えそうにも……うーん、見えないのかな?」
「まあそれは採ってからのお楽しみだ」
水中のことなのでわからない中学生に、教授は悪戯っぽく笑った。
「それで教授さん、どうやって採りに行くんですか?」
クララが水中を見て、言った。
「湖に我々が入るにはリスクがある。そこで精霊に採ってきてもらうことになる」
「そ、それだと帰ってこないなんてことにならないでしょうか?」
「そのリスクは当然あるね。が、現状ではその時はその時として諦めるしかないだろう。申し訳ないが、これは絶対だ」
「そ、そうですか……」
「一応、アイを同行させるので任務を忘れてしまうことはないと思うがね」
「わかりました」
クララたちはかなり不安に思ったが、大人の世界には飲まなければならない条件というのはあるのだと、中学生ながらによく理解していた。
「それでは誰からやろうか」
「それじゃあ、私がいきます」
名乗りを上げたのは部長である。
年長者として実験台になるのだ。
「ツクヨ、自分のお家を取っておいで。わかるかな。こういうツクヨのお家だよ」
部長は、教授の持つ精霊石を指差しながら、念じつつ頑張って言葉をかけるが、ツクヨはこてんと首を傾げてしまった。
そんなツクヨに光子とアイが近寄り、わたわたしたり、ミニメモ帳を見せたりした。
「「っっっ!」」
「? ……っ!」
すると、ツクヨは理解を示すようにエーックス!
その横で、光子もエーックスをぶちかます。一日の長か、やはり光子のほうが手足のシュババッにキレがある。
「ほう、これは興味深いな。精霊の意思疎通か」
近くに住んでいるのでアイと光子がじゃれ合うということは確認されていたが、情報を交換したような行動は初めてのことであった。順調に成長している証拠だろう。
アイはそのままツクヨを連れて、魂魄の泉の中に入っていく。
「だ、大丈夫かな……」
いつも自信に溢れた部長だが、この時ばかりは不安な顔だ。
「まあ信じて待つしかないだろう」
「アイちゃんは大丈夫なんですか?」
「アイは私の魔力を感知できるからね。少なくとも駿河湾沖で別れても戻ってこられる頼もしさはある。私が逆の立場になったら死んじゃうだろうね。はっはっはっ!」
「そ、そうですか」
教授式ジョークが場を冷ます中、しばらくすると水面で水が跳ねた。
その水の中から、緑色の大きな精霊石を持ったツクヨと小さな精霊石を持ったアイが姿を現した。
「や、やった! おかえりぃ、ツクヨ!」
「っっっ!」
満面の笑みで迎える部長にツクヨとアイが精霊石を渡した。
どうやら2つともツクヨのお家らしい。
そして、すぐにツクヨは大きい精霊石の中に入った。
するとどうだろうか。
精霊石は光を放つ精霊を内部に宿したことにより暗めだった緑色が輝き、外部からではわからなかった緑系統の濃淡が一斉に花開いたではないか。
「う、うわ……超綺麗……」
宝石とか別に興味がなかった部長だが、そのあまりの美しい輝きに魅了されそうになった。
それと同時に、これを本当に貰っていいのかという疑問も浮かんでくる。
部長は学生時代にとんでもない金額を稼ぐ学生組織を作り上げた超人だが、別に自分の金というわけではなかったので、金銭感覚は常識の範囲内でズレている程度だった。
それは中学生たちも同じで、それを察した萌々子がみんなへ向けて言った。
「みんな。精霊石の輝きはとても綺麗だけど、精霊に目を向けてあげたほうがいいよ」
それを聞いた教授は、萌々子が本質を理解していることに感心しながら、続きの言葉を引き継いだ。
「萌々子君の言う通りだ。精霊は生き物なのかは未だに判然としないが、知識を学び、感情を持つ者だ。だからこそ、国は発見者である君たちから引き離すような判断はしなかったんだよ。だから、これは精霊のためにも君たちが貰っていい物だ」
2人の言葉を聞いて、一行はハッとした。
今回、自分が得たものはパートナーであり、精霊石は付属にすぎないのだと。
部長は大切なことを教えてくれた萌々子と教授に頷き返し、税金はちゃんと払おうと心に決めながら、精霊石をありがたく頂戴した。
そうして、部長は精霊石からぴょこんと半身を出したツクヨに語りかけた。
「ツクヨ、これからよろしくね。一緒に世界一の魔法使いを目指しましょう!」
「っっっ!」
こうして、日本産の精霊をパートナーにした初めての精霊使いが誕生するのだった。
太陽が傾き、少し早めに灯されたライトが周辺を煌々と照らし始めた。
その頃になり、ついにエレベーターが上がってきた。
そうして、大地に空いた穴の縁から少女たちの花が咲いたような笑顔が現れた。
「おかえりー! どうだった!?」
「おかえりなさいませ! どうでしたのー!?」
命子やささらたちが元気いっぱいにお迎えした。
それに釣られて、お留守番をしていた少女たちも元気に友人をお迎えしてあげた。
「ちょー綺麗でした!」
「「「おーっ!」」」
明るい声は物欲の邪気を払い、羨ましいけど、とりあえず楽しもうという気分に変えていく。
「それでそれでー、精霊石は?」
「ここに入ってますけど、すぐには見せちゃダメって言われました。ごめんなさい」
「ううん、いいんだよ。自衛隊の人に言われたんでしょ?」
「はい」
「まあテレビ来ちゃってるしね」
少女たちが得た精霊石はリュックにしまって運ばれており、その輝きを迎えた人たちがすぐに見ることはなかった。
誰にだって魔が差す瞬間というものはあり、そのスイッチをいたずらに刺激することは避けるべきだからだ。
さて、精霊石を手に入れた少女たちは、親御さんとともに個別で説明を受けることになった。
ここはナナコのお家が説明を受けるテント。
対応するのは眼鏡をかけた、エリートな雰囲気をまとった女性だった。
「このたびは精霊使いへのジョブチェンジ、まことにおめでとうございます」
「はわっ、ま、まことにありがとうございます!」
ナナコは背筋をピンとして緊張気味。
その横では両親と弟も緊張気味だ。
というのも、女性の雰囲気が町役場の公務員とは全く違うのである。
なお、弟は綺麗なお姉さんを目の当たりにして、緊張とともにお胸ばかり見ている。
女性はそんな弟の視線に気づきつつも、挨拶を続けた。
「つきまして、私、西村が本日からナナコさんの担当官をいたします。どうぞよろしくお願い致します」
「「「よ、よろしくお願いします!」」」
ナナコの一家が同時に頭を下げた。
「こちらが私の連絡先でございます。いつでもご連絡ください」
西村から名刺が渡された。
それを見た瞬間、ナナコの心臓がドキンと跳ね上がり、次いで激しいビートを刻み始めた。
「こ、これはご丁寧にありがとうござましゅ。んんっ! お、お返しといってはなんですが、これ! これをお受け取りくださいませです」
名刺を受け取ったナナコは、緊張にプルプルと震えながら自分の名刺を渡した。
風見女学園の校章と魔導書が描かれたカッコイイ名刺である。
そう、最近の女子高生は名刺を持っているのである!
風見女学園では昨年に命子たちが名刺を作ってからというもの大ブームになっており、今では専属の業者さんから、風女生の証である校章が入ったものを作ってもらえるまでになっていた。
しかし、使いどころがやってくる子もいればやってこない子もいる。
ナナコの場合は、今回が初体験であった。
「これはご丁寧にありがとうございます。お話が終わりましたら、すぐに登録させていただきます」
西村からそう言われ、ナナコは嬉しくてほわーっとした。
とまあ、こんなふうに、精霊使いになった子たちには、それぞれ国から相談役をつけられることになった。
馬場ほど頻繁に会いに来る間柄にはならないが、連絡をくれればすぐに対応してくれるような担当の人である。
「それではさっそくですが、精霊石をお見せいただけますか?」
西村に言われ、ナナコはリュックから精霊石を取り出した。
布にくるまった精霊石を解放すると、緑色の輝きが室内を照らした。
「「「っ!?」」」
精霊石の中にはナナコの精霊であるルナが入っており、精霊石は多様な緑色の光を放っており、その輝きにナナコの家族たちは息を呑む。
そんな精霊石から、ぴょこんとルナが半身を出した。
「きゅん」
すると、西村の口から変な声が出た。
え、とナナコは顔を上げるが、視線の先の西村はポーカーフェイスである。
あれぇと首を傾げるナナコ。
西村はくいっと眼鏡を上げ、説明を開始した。
その説明は以下のものになる。
>>>>>>>>>>>>>>>>>
・精霊および精霊石は譲渡・売買することができない。
・精霊は精霊愛護の庇護と権利を受ける。
・精霊使いが死亡した場合、精霊および精霊石は精霊が選んだ者に継承される。継承の判定は『遺言に記載された人物』『家族』『特定条件を満たしているパーティメンバー』の順番に優先される。誰も選ばれなかった際には精霊洞窟に返される。
・
・
・
>>>>>>>>>>>>>>>>>
などなど、精霊と精霊石についての内容がほかにもたくさん連なっていた。
「つまり精霊や精霊石は相続・分与できる財産になり得ないということですね?」
パパが問うた。
「はい。精霊は人格がありますので、精霊使いはあくまで精霊のパートナーという扱いなのです。そして、精霊石は精霊がみなさんに預けているだけという考え方をしています。なので、例えば精霊とほとんど会ったことがない親戚などには継承権はありません」
「なるほど、よくわかりました」
「これらは現行の法ですので、精霊の発見や生態の解明状況などによっては変化する可能性もあります。その際には必ずご連絡いたしますので、ご安心ください」
ちなみに、これはキスミアの法律をベースにされている。
「さて、それでは精霊石の加工についてご説明します」
ナナコはぴょんと椅子からお尻を浮かせた。
萌々子が持っているペンダントは凄く綺麗だし、それを知っているナナコの本気はここからであった。
「精霊石は拠点用とお出かけ用に分けます。拠点用の精霊石の土台には万が一のために発信機が取り付けられます。ナナコさんが持ち帰ったものですと、この大きな石が良いでしょう。拠点の石は基本的にご自宅から動かさない精霊のベッドみたいなものですね」
ナナコはふむふむと頷く。
「お出かけ用の石は文字通り外出する際に持っていくものです。石を加工し、ペンダントにします」
「ふむふむ。ペンダント以外はダメなんですか?」
「精霊が宿るにはある程度の大きさが必要ですので、指輪の石のような大きさではダメなのです。また、精霊が入ると光を放ちますので、煌めきすぎて日常的に持つ装飾品としてあまりいいものではないのです」
ナナコはぽわぽわーんと想像してみた。
学校にも持っていくのを考えると、たしかにピカピカ光る指輪は辛く思えた。
「実際に石を加工するのは精霊との絆を高めてからになるようです。目安としては2週間後くらいでしょうか」
出会っていきなりマイホームを加工されたら、精霊によっては嫌がることもあった。絆を深め、こんな感じでカッコ良くなると教えると、精霊石を加工させてくれるようになるらしい。
西村もこの辺りのことは素人で、キスミアで研究された資料を見ながらの説明になっている。
「それまでの間は、お出かけで連れていく際は、こちらの袋に入れて首から下げてお持ちください。ダンジョン製のもので作られたかなり丈夫な袋ですね」
「わっ、ありがとうございます。これで一緒にお出かけできるよ、ルナ」
「っっっ!」
ナナコが微笑むと、ルナはニャンのポーズを取った。さっそく誰かを見て覚えたらしい。
それを見て、西村の口からきゅんと出た。
と、こんなふうに。
精霊使いになった少女たちは説明を受けるのだった。
読んでくださりありがとうございます。
命子があまり出ないので、今回は早めの投稿にしましたとさ。




