10-16 精霊事件 掘削終了
本日もよろしくおねがいします。
「おっ、ささらたちだ」
トンネルの入り口方面からやってきた第2班に向けて、命子は手を振った。すると、第2班のみんなも手を振り返してくれた。
冒険者をやっているからか、このあたりはみんなとても大人で、走ったり大声を出したりせずに、手を振る程度に留めている。
現場に到着して、ささらが言った。
「命子さん、どんな塩梅ですか?」
「うん、順調に進んでるよ。ほら、ああやって順番に穴に入って、掘ってるの」
そう説明している間にも、中学生が交代して穴に入っていった。
「萌々子さんも入るんですの?」
「そうだよ。教授に教わりながらみんなで掘って、モモちゃんとみっちゃんが補強してる感じ」
「まぁっ、萌々子さんは凄いですわね」
「んふぅ!」
ささらに妹が褒められて、命子は自慢げに胸を張った。
部長の精霊ツクヨが開けた穴の弱い部分をアイが補強したように、現在ではその役割を光子が担っていた。
陽気な光子だが、成長度合いはかなり高い。
ダンジョンへ入れなかった期間が長かったため攻撃魔法はあまり練習しておらず、逆に土でキューブを作ったり、柱を作ったりといった細かな技術にかなり長けていた。
これは、お庭の土やホームセンターで買ってきたブロックなどを使って、ひたすら練習して得た技術である。
ちなみに、萌々子も万が一の際に精霊を使った救助はできるのだが、助からなかった場合に萌々子に十字架を背負わすことになるので、あくまで緊急時用の魔力を残すのは教授だった。
「お姉さま、見ててくれましたかー!」
そう言って、いまお仕事をしてきた女の子が命子たちの下へやってきた。
「見てたよ。上手だったね」
「凄かったですわ。ボコォッて!」
「んふーっ!」
初めてのお仕事を命子やささらに褒められて、女の子はニッコニコである。
作業が終わった子は異常がないか簡単な健康診断もあるので、縦穴の下で魔力回復も兼ねて待機することになっている。ニコニコな女の子も自分の精霊さんとそっちへ向かった。
「あっ、次はクララちゃんがやるよ」
「まあ!」
命子たちの視線の先で、クララと相棒のラーナが新トンネルに入っていく。
その姿を見送って、第2班で一緒に来たルルやメリスが聞いた。
「いま3mくらいデス?」
「うん。中学生は1人30cmくらい掘ってるんだ。部長たちは魔力がたくさんあるから、倍くらい掘ってるね」
「順調でゴザルな!」
外で命子たちがそんな話をする一方で、新トンネルの中ではクララが萌々子や教授に応援されていた。
「クララちゃん。頑張ってね」
「う、うん!」
「イメージだよ、イメージ」
「オケッ!」
背後からの萌々子のアドバイスにクララは、指で丸を作りつつ少し上擦った声で返す。
「リラックスだよ、クララちゃん」
萌々子はそう言って、緊張するクララの肩をもみもみした。ここに来た子みんなにやってあげているマッサージサービスである。
クララは萌々子よりも頭1つ分くらい背が高いので、萌々子の手首は蟷螂拳の手つきみたいになっていた。
幸い、クララにはその姿は見えておらず、親友の気遣いだけが心と肩へバックアタック。
クララは気持ちを切り替えて、ふんすとした。
「ラーナ、この穴を深くして」
クララはラーナに魔力を与えて、よくイメージして命じた。
「っっっ!」
ラーナはビシッと敬礼して応えた。
ちゃんと伝わったことにクララは目をキラキラさせて、ラーナの行動を見守った。
ラーナは行き止まりの土壁に手をついた。
その先は前の子たちがやっていたので見慣れた結果だったが、自分の精霊が活躍する姿はまた感慨深い。
「ふぉおおお!」
「やったね、クララちゃん!」
感動するクララと萌々子の真似をして、ラーナと光子もブンブンと手を振った。
大興奮の2人と2カワを放置して、教授はすぐに有毒ガスが出ていないか測定器でチェックする。作業を学んだアイも教授から命じられる前に、穴の強度のチェックをした。
テキパキとしたコンビである。
「っっっ!」
「むっ、そこが弱いのかい?」
「っ!」
「そうか。萌々子君、そこが弱いようだ」
「はい、わかりました!」
教授はアイが報告してくれた結果を萌々子に伝言し、光子がトンネルの天井を補強する。
先ほどから繰り返されている光景で、教授と萌々子の連携がどんどん上手くなっている。
「それじゃあ、クララ君は魔力回復だ。ご苦労だったね」
「はい! ラーナ、行こう!」
「っっっ!」
一緒にお仕事をして、クララとラーナの絆が深まった様子。
「クララちゃん、お疲れ。上手だったよ」
「はい、上手にできました! ねっ、ラーナ?」
「っっっ!」
命子に褒められて笑うクララの顔を見て、ラーナもニコパと笑った。
かつてアリアが「ドッペルゲンガーなのれす!」と言ったように、精霊は飼い主を見て、笑顔も真似をするのだ。
人員を交代しつつ、工事は順調に進んだ。
そして、残り2mというところまできて、一旦工事を中断して全員で地上に戻った。
時刻は昼を過ぎ、14時。
「んーっ、地上の空気うっまぁ!」
「メーコ、それはワタシの空気デス! 取っちゃダメデス!」
「にゃにぃー、こっからここまでは私んだよ!」
「関係ないデス!」
「あーっ!」
命子とルルが美味しい空気を巡って、ひゅおーもぐもぐとじゃれ合った。
そんな二人のじゃれ合いを、立ち入り禁止ゾーンの外で犇めいている国内外のマスコミが激写する。空気の取り合いごっこなので、2人のほっぺがくっついて、そこはかとなく危ない雰囲気。
2人がそんなことをしているように、地上の空気は涼やかさを纏ってとても美味しく感じられた。トンネル内は空調も動いているのだが、風が運んだ空気とは比べられないのだろう。
「2人とも整列ですわよー」
「「はーい」」
ささらに呼ばれて、2人はみんなと合流した。
親も同伴で進捗状況とこれからのことを、馬場から説明してもらう。
「みなさんお疲れさまでした。みなさんのご協力で、わずか3時間という短時間で立派な通路が出来上がりました。お手元の資料にある写真がその内容です」
親たちの手元には、子供たちが作ったトンネルの様子が映された画像資料が配られていた。
トンネルの画像には大きさの比較対象として教授が写っている。土色の通路と顔色の悪い女を強めのフラッシュで撮影した記念写真だ。
「お気づきになられただろうか?」
命子はこしょこしょと紫蓮に言って、写真に写る教授の肩を指差した。
そこにはなんと、被写体とまったく同じ小さな顔が……っ。
紫蓮は唇をムニムニして、邪魔をしてきた命子を肘で突いた。
なお、その正体は言うまでもなくアイである。
冗談はさておき、教授がカッコいいので命子はその写真を部屋に飾ることにした。
「残りは約2mと少しといったところです。地底湖側の触れてはいけない物にぶつかる可能性もあるので、ここからは我々が作業を行ないます」
これはすでに事前に説明されており、最終確認のようなものだ。
「穴の開通後は我々が先に調査し、安全を確認してから子供たちの入場になります」
というわけで、中学生たちはこれから地上で待機である。
「教授、気をつけてくださいね」
説明が終わり、再び地下へ向かう教授に命子が言った。
「もちろんだとも。それじゃあ行ってくるよ」
命子の頭を撫でて、教授はエレベーターに乗った。
みんなで手を振ってお見送りして、さて、これから待機になるわけだが、暇ではなかった。
この時間を利用して精霊のお勉強会をするのだ。
お勉強会の会場はすぐ近くの自治会館だ。最近ブイブイ言わせている風見町なので、公共の建物は新しくなったものが多く、この自治会館もその一つであった。
「馬場さん、手伝います」
命子は精霊をゲットできなかった勢を集めて、わらわらと馬場の周りに集まった。
こうして馬場の機嫌を取ることで、地底湖にあまり関係がない自分たちも潜り込もうという算段である。
その面子を見て、馬場は内心でひぅとした。
「それじゃあ、ここにあるのを運んでくれる?」
車の前に並んでいる物を指差して、言った。それと同時に、すでにお手伝いに来ている自衛官にアイコンタクトを送る。
「者共かかれぇーい!」
命子たちはわーっと荷物に群がった。
命子自身も率先してダンボールに襲い掛かった。
「むっ、重い! この気配は本と見た!」
命子はダンボールの中身を気配で嗅ぎ分ける女なのだ。
その勘は正しく、ぎっしりと本が詰まっていた。以前の命子なら5cmと上がらなかっただろう。今は重いと言いつつもひょいと持ててしまう。
「『猫と精霊の狭間で』っていう本よ」
「あっ、それアリアちゃんが書いた本だ!」
「そうよ。知ってるの?」
「はい。アリアちゃんからモモちゃんへ送られてきたんです。しかも翻訳版と普通版の2冊」
「へー。じゃあ、もしかして、これって萌々子ちゃんのために書かれた翻訳本なのかしらね。あの子、まだ12歳なのに凄いわね」
キスミアの巫女家アイルプは星々の語らい『概念流れ』を夢で頻繁に見る一族なのだが、それを芸術や文芸に転用していた。巫女業だけでは生活が苦しいからである。
それも世界がファンタジー化したことで状況はかなり変わっているのだが、芸術の一族としての歴史が消えたわけではなく、そういう教育を受けてきたアリアはかなり多才であった。
「礼子の指示でかき集めたんだけどね。命子ちゃんは読んだ?」
「読みましたよ。猫さんと精霊さんの狭間で揺れ動くアリアちゃんの葛藤とともに、精霊の飼い方が説明されてます。最終的に全部可愛くていいじゃない、って感じで終わります」
「ふわっふわじゃん」
「まあ、語尾が『なのれす』のアリアちゃんが書いた本だし」
馬場は、それもそうだな、と納得した。
「みんなへの教材としてはどう?」
「それは凄く良いと思いますよ。普通にわかりやすかったですし」
「じゃあ平気か。学者が薦める本だから、心配してたのよね」
というわけで、馬場と一緒にダンボールを運ぶ命子。
ささらたちも自分でお仕事を見つけて、せっせとお勉強会の準備を手伝った。
「それじゃあ、運んだら配ってあげてくれる? あっ、ついでにこれも一緒に」
と、追加されたダンボールをささらが軽々と持った。
「むむっ、これは紙が入ってると見ましたわ!」
ささらも命子を真似して、ダンボールの中身を当ててみせた。
「正解でゴザルな」
見事正解で、中身はホチキスで3枚に綴じられた冊子が詰まっていた。
ささらはメリスからよしよしと頭を撫でられて、ニコニコと目を細めた。
「こっちはなんデス?」
「さっき礼子に特急で書かせた精霊の飼い方の注意点」
「容赦ない仕事量」
「でも、アリアちゃんの本がそんなにわかりやすいなら、いらなかったかしらね」
「なんて理不尽!」
「それが社会人」
「こわー」「こわこわデース」
紫蓮の呟きに、命子とルルは声を揃えて自衛隊の過酷さに怯えた。
そうして、開かれた勉強会は、アリアの本を教材にしつつ、世界初の精霊使いでもある萌々子の体験談を交えて、非常に有意義なものになるのだった。
3時間ほどして、教授たちが帰ってきた。
明るい顔をしている人が多いので、どうやら良い報告がありそうだ。
「教授教授ぅ、おかえりぃ! どうでした!?」
「開通には成功したよ。シークレットイベントらしきものは発見できなかったが、代わりに精霊石は確認が取れた。なかなか見事なものだったよ」
「「「やったーっ!」」」
教授の報告を聞いて、中学生たちが隣の子と手を取り合って喜んだ。
「それで安全性は?」
「翔子、今日見つけたばかりの地底湖だよ? 地上よりリスクは当然ある。まあ自衛官の指示に従えばさほどでもないがね」
「いちいち言い方が回りくどい」
「もう15年は聞いているんだから、いい加減慣れたまえよ」
そんな2人の会話を聞くささらは、15年来の友人の素敵さに目をキラキラさせた。自分が30歳になる頃には、命子たちとそうなっちゃうのだ。素敵!
それから調査された地底湖の様子を、映像を交えながら説明された。
要約をすれば、地底湖に落ちなければ危険はないようである。
というわけで、一行はさっそく精霊石の採集に向かうことになった。
「ふむふむ。やはりそういうことか……ふむふむ」
冒険手帳になにやら書き書きしながら、しれっとエレベーターに乗り込もうとする命子。
そんな命子の肩が優しく抱かれ、ごく自然な感じで進行方向がエレベーターから遠ざかる。
命子は肩を抱いてニコリと微笑む馬場の顔をむむむっと見上げた。
「……ダメ?」
「ダメ」
「と、見せかけて実はぁ……?」
「ダメ」
「が、ここで馬場さんからサプライズ演出が! ドルルルルルルル……ドゥン!」
「ダメよ」
「くぅーっ!」
お手伝いポイントは意味をなさなかった模様。
命子はねじりこむように、馬場にだきゅーっとした。
その攻撃が一番効いた馬場は理性がぐらりとするが、逆転演出はない。
なお、「やはりそういうことか」などと思わせぶりなことを言いながら冒険手帳に記載していたのは、ブタさんのイラストである。
というわけで、命子は仲間たちとともに、採掘に行く精霊使い組に手を振った。
「行ってらっしゃーい。気をつけてねぇ!」
「「「行ってきまーす!」」」
問題児なので1人だけ馬場とお手々を繋いでのお見送りである。
すっかりお見送りをすると。
「みんな。こんなふうに時には我慢をしなければならない時もあるのです。それが大人という生き物なのです」
と、精霊をゲットできなかった組の少女たちへ、一番往生際の悪かったやつからありがたいお言葉が送られた。
「じゃあ、みんなが帰ってくるまで、魔導書の練習方法を教えてあげる。あっちへ行こう」
「「「はーい」」」
精霊をゲットできなかった子たちが可哀そうなので、命子たちは特別授業をしてあげるのだった。
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