10-15 精霊事件 掘削作業
本日もよろしくお願いします。
地底湖へ通じる地下道の入り口は、タカギ柱から少しばかり離れている。
どういう仕組みで光の柱が出現するのかわかっていないため、用心のために離れた場所から掘られているのだ。
入り口は重機や資材を入れるために大きな縦穴となっており、その規模からかなりの予算が投じられたプロジェクトなのだと窺える。まあ、各国から注目されているとあっては、それも無理なかろう。
最終的にはこの穴も蓋がされて見栄えのいい入り口になるのだろうが、今はまだその面影はない。
現在、その縦穴の周りに多くの人が集まっていた。
自衛官や研究者はもちろん、女子中学生やその親たちもいる。
「シークレットイベントが始まったら、市子のことはパパが守るからな! はっはっはっ、パパの双覇連撃殺が火を噴いちゃうぜぇー?」
「……っ」
「はー、精霊さん可愛いなー。ナナコと同じ顔でパパはもうずっと確変大当たり中だよ。はーっよちよち、おっ、そっかそっか! 今日から俺がルナちゃんのパパだからねー。よちよち、よーちよち! そっかそっか!」
「……っ」
「なぁに、ヒマワリ、心配する必要なんてないさ! 兄ちゃんはテイマーだけど、うちのパーティじゃあ一番強いんだぞ。なあ、ウルフファング?」
「きゃんきゃん!(お前じゃなくて私が強いんだがな)」
「……っ」
家族が精霊をゲットしたことと、シークレットイベントが始まっちゃうかも、とあって父兄たち大はしゃぎ。
家族のそんな姿を見て、女子たちの目からはハイライトが消え、ちょっと大きめなはしゃぐ言葉を聞くたびに体をビクンとさせた。
「新奈、頭防具を取っちゃダメよ?」
「ママ、大丈夫だって」
「自衛隊の人が逃げろって言ったら、ちゃんと逃げるの。いーい?」
「わか、わかってるよー、お母さん」
「精霊さんと一緒にいたいなら、全力を尽くしなさい! 生涯の相棒になるとはそういうものです!」
「は、はい、お母にゃん! 頑張りますにゃん!」
一方、ママの方ははしゃぐよりも娘の心配や鼓舞をしている。
男子と女子の差だろうか。
このように親たちが現状をある程度受け入れているのは、ナナコとクラスメイトの家族以外の全員が風見町に暮らす人たちだからだろう。
そもそもの話だが、地下道の開通については結構前から風見町の住民へ説明されていた。新世界でも特に怪しい場所なのだし、それは当然だろう。
そんなふうに警戒されているシークレットイベントだが、現在では世界各地で行なわれており、いくつかの特徴が判明していた。
まず、シークレットイベントは誰かが引き金を引かなければ発動しない。
だが、引き金に『この先シークレットイベントあり』などと書いてあるわけではないので、知らず知らずのうちに起動してしまうこともある。
そして、一番重要な難易度だが、どうやらこの引き金を動かすのが難解なものほど難しいシークレットイベントが隠されているようで、現状の地球人が起こせるイベントはそこまで難しいものにはならなかった。
基本的に、地底湖への道ができてもイベントの引き金は極力引かないスタンスであったが、今回の件で、もしかしたら発動してしまうかもしれないという知らせが風見町住人に回った。
命子が吸い込まれるように地底湖に関わったからである。
そんなわけで、現在の風見町は、コゥンコゥンコゥンとなんとも深みがある音を立てながら青空に多くの飛空艇が飛翔し、地上では自衛官が交通整理をして一部の地域への侵入を禁止していた。
住民たちも一時的に武具の装着が解禁され、万が一に備えており、顔にはあまり出さないもののワクワクしている人は多かった。
ぶっつけ本番だと危険なので、事前に少しばかり【精霊魔法】の練習をして。
魔力が回復してから、いよいよ集合の時間になった。
「それでは、これよりトンネルに入ります。万が一、トンネル内に設置されている警報機、もしくはみんなの腰についている警報機が鳴ったら、直ちにマスクをつけて指示に従って退避してください」
事故は起こりにくいと考えられているが、連れていくのが中学生ということもあり、できる限りのことをしていた。
装備も中学生たちが着ていた『G級ボス補助級防具』ではなく、本物のダンジョン防具を自衛隊から貸してもらっている。
「先ほど練習した通りにやれば、そう難しい作業ではないのでリラックスして取り掛かってください」
「「「はい!」」」
「「「っっっ!」」」
馬場が言うと、整列した女子中学生たちは元気にお返事した。
その傍らでは、精霊たちが自衛官を見て覚えたのか、ビシィッと敬礼している。手が左手だったり、足が開いていたりしているのはご愛敬だろう。
「私からも1つ」
教授が手を上げて前に出た。
「これから地下道に入るわけだが、精霊はなるべく土の中に入れないように。土中はシンボルがないため、精霊が迷子になる可能性がある。君らの魔力を覚えていれば帰ってこられるが、まだ覚えていないかもしれないからだ。しかし、もし入ってしまったら私や萌々子君に言いたまえ。わかったね?」
「「「はい!」」」
精霊の研究は進んでおり、その中で一つの発見があった。
精霊は好きな魔力がある方向を察知できる能力を持っているのだ。
これは極めて正確かつ広範囲で、駿河湾沖にいたアイが風見町の命子の下まで迷わず移動できるほどである。
しかし、これはあくまで人と暮らして学んだ精霊であり、今日出会った精霊ではそこまでのことはできないだろうと教授は考えた。
「それでは、まず第1班から行きましょう」
「「「はい!」」」
というわけで、いざ突入。
組分けは、中学生の中に年長者を振り分けた形だ。
自衛隊が護衛についてくれているが、お姉さまがいるだけで中学生の安心感もまた違うというもの。
また、1班の中には、命子、紫蓮、教授が同行する。
一行は、縦穴に設置された建築用エレベーターに乗車した。横長で大人数が乗れるものだ。
エレベーターは動き出しこそ少しばかり揺れたが、動けば滑らかに下っていった。
「わー、すげぇ!」
「ぴゃわー」
好奇心旺盛な命子はいつも通りだが、紫蓮も眠たげな目をキラキラ中である。
工作が好きな紫蓮は大型の機械も好きだ。だから、初めて乗る剥き出しのエレベーターに興奮中なのである。
「モモちゃん、ワクワクするね!」
「うん、クララちゃん!」
クララと萌々子も、冒険とはちょっと違う体験に興奮気味。
「はっ、そうだ。羊谷命子、お仕事」
「おっとそうだね」
紫蓮に言われ、2人はそれぞれの魔眼を発動した。
精霊を持っていない命子と紫蓮が同行しているのは、子供たちやその親を安心させるためと、世界最高峰の目を持っているからだ。
命子は神秘の世界を満遍なく見通す【龍眼】、紫蓮は物質に宿ったマナや魔力を特によく見通す【魔眼】である。
「わー、綺麗だなぁ」
「うん」
縦穴の奥底は綺麗な翡翠色の光に満たされていた。その光からは、地上へ向けて光の球がいくつも浮かび上がってきており、工事現場の景色と合わさってどこかスチームパンクを思わせる幻想的な光景になっていた。
「きっと、モグラ妖精が言ってた魂魄の泉の水を広範囲に流すシステムの影響」
「なるほど。マナは物質を透過するから、水はコンクリートを抜けられなくても、マナは透過しちゃうわけか」
分厚いコンクリートでも漏水現象を起こすが、マナはそういうレベルではない。速度は速くないが、物体をガンガン通り抜けていく。
本来ならマナは土を通って地上へとくるのだろうが、縦穴を開けたことでダイレクトに地上へ浮かび上がってきている光景が見えているわけである。
「命子ちゃん、私たちも見たいから補助してくれる?」
「うん、いいですよ」
石音元部長がそう言うので、命子は快諾した。
部長は、自分の目の未熟さを実感しているのだ。
「ふわぁ、これは綺麗ね……」
【魔導眼】を発動した部長が、うっとりして言う。
【魔導眼】は放出された魔法の解析に特化しているため、命子たちの見る光景よりも薄くしかマナを見ることができなかったが、逆にそれが美しく見えた。
こうやって部長が魔眼を使うのは研究というよりも修行である。これはとてもいい機会なのだ。
そんな部長に気を配りつつ、命子と紫蓮は教授からお願いされたチェックシートにマナの様子を記載していく。お仕事熱心な少女たちである。
「いいなぁ、お姉さまたち。ラーナやみっちゃんもそんな世界が見えてるのかな?」
「っっっ!」
クララは『ラーナ』と名づけた精霊を指でこちょこちょしながら言った。
ラーナはその指を捕まえて、嬉しそうに笑う。その際に魔力が5点ほど吸われてしまったのは、クララが『見習い精霊使い』として未熟だからだろう。
ほどなくして、縦穴の下に到着した。
すでに自衛官や研究者が工事の準備を始めており、トンネルの入り口があるこの場所も賑やかだ。
問題がないことを報告に来た自衛官とともに、タカギ柱の方角へ向かってトンネルへ入っていく。
「おー、これはこれで冒険感あるね」
「ダンジョンとはちょっと違いますね!」
「ライトがあって、陰影が深いからかもしれないね」
命子とクララが楽しげに言う。
そんな命子たちを見て、教授が笑った。
「はははっ、君らはいつでも楽しそうだね」
「楽しむのだけが取り柄ですからね」
「君たちの取り柄はそれだけではないと思うが、それも素敵な才能だ。世界の新旧を問わず、なにをしても楽しいというのはかけがえのないことだからね」
「フゥーッ!」
「きゃーん!」
素敵と言われた命子は、フゥーッとクララの横腹をこちょこちょとした。お姉さまにちょっかいをかけられ、クララは体を捩って命子に抱き着いた。
そこまで長いトンネルではないので、歩き慣れている一行はすぐに現場に到着した。怯えて足が止まるとかは一切ない冒険少女っぷりである。
行き止まりには重機が停止して置いてあり、工事途中なのが一目でわかった。
前入りしていた自衛官もおり、すでに全ての準備を整えてトンネルの壁際で待機の姿勢を取っていた。
「まずはみんなお疲れさま」
教授が説明を始めた。
その背景には屈強な自衛官が並んでおり、悪の女科学者みたいな見た目になっている。
「これから君たちに【精霊魔法】で掘削工事の続きをしてもらうわけだが、工事の概要はすでに説明した通りだ。まずは私から作業するから休みつつ見学してくれたまえ。特に命子君と紫蓮君は、マナに大きな変化があったら知らせてほしい」
「「はい」」
この場には休日なのに呼び出された工事技術者のオジサンも来ており、工事の段取りを整えてくれていた。
教授は工事技術者と少し話し合って、作業を開始した。
まず、このまま掘るにはトンネルが広すぎるので、掘削面積を変えなければならない。
実のところ、地底湖への入り口を極力小さくするために、これは精霊事件とは関係なく元から決められていたことだった。
具体的にはあと5mほど掘られたら、残りの約5メートルをそのように作る予定だったのだ。なので、これから行なわれる工事は、それが早まっただけとも言える。
しかし、いきなりそんなことすれば崩れる恐れがあるので、今見えている行き止まりの壁を強化する必要がある。
「それじゃあ、アイ。この面をとても頑丈にしてほしい。できるかい?」
「っっっ!」
教授から魔力を貰ったアイはふむぅと頷くと、行き止まりの土壁に手を置いた。
すると、行き止まりの壁が全体的に10cmほど消失した。
消失した跡には、土色だがとても綺麗な面を見せる土壁が出来上がっていた。
「「「おーっ!」」」
「っ!」
教授と自衛官以外の全員が興奮した声を上げる。
その声を聞いて、アイはキリリとした目つきでしゃらんと髪の毛を払って気取った。
さて、消失してしまった土壁だが、実際にはなくなったわけではない。その後に現れた綺麗な土壁こそ、消失した分の土を圧縮したものだった。しかも、ただ圧縮しただけでなく、魔法の力も宿っている。
「こ、これは凄い強度です!」
リバウンドハンマーというコンクリートの簡易測定器で調べた結果を見て、工事技術者が驚愕した。その驚きが示す通り、アイが作ったこの土壁は恐ろしいほど頑丈だった。
しかし、最初こそ興奮していた工事技術者だったが、次第に恐ろしくなっていった。
「こんな簡単に……」
工事技術者は、震えた手で自分たちが作ったトンネルのコンクリート壁を撫でる。
明らかに精霊の仕事の方が高い強度を持っている。
これがわずか10秒足らずで行なわれた結果となれば、自分が大学を卒業してから20年間携わってきた職の未来が心配になるレベルだった。
もちろん、自分たちのほうが秀でたところがいくらでもあるが、そのアドバンテージはいつまで持つのか。
哀愁漂う工事技術者の後ろ姿を見てその心情を察した紫蓮が、ボソッと言った。
「……我ならセメントにいろいろな魔法陣を刻んだ魔石の粉末やダンジョン素材を混ぜて、新しい建築材料を作る」
「え?」
オジサンから視線を向けられて、ぴゃっとなった紫蓮は岩礁のカニのごとく命子の後ろに隠れた。
命子は苦笑いして、紫蓮の代弁をした。
「おっちゃん、私たちが入った龍宮も、ちゃんとした建築技術を使ってましたよ。魔法が現れても建築技術は廃れないです。むしろ魔法と合体してさらに発展するんじゃないかな。だから紫蓮ちゃんは、手始めにダンジョン素材や魔法陣を魔石に刻んで、それを粉末にした物をコンクリートに混ぜて実験してみるといいよ、って言ってます」
「それな。だけど、コンクリートじゃなくてセメント」
いい感じの喩えを添えて代弁してくれた命子の脇腹を、嬉しくてこちょこちょする紫蓮。
キャッキャする2人の目の前で、オジサン工事技術者はピシャゴーンと雷に打たれた気分になった。
世界は広いのですでに似た研究はされているが、このオジサンこそ、のちに建築業界の第一次魔導三大革命の一つ『姫百合セメント』を発明することになる。
なお、命子はコンクリートとセメントの区別がついていない。
まあそれは置いておいて。
終点となる土壁は尋常じゃない強度になったので、今度はそこに人が入れる穴を掘っていくことになる。
雷に打たれてわなわな震える手を見つめる工事技術者を正気に戻し、穴の大きさの指示を出してもらう。
すでに設計はできているようで、土壁の掘る部分に白線を引いてもらった。
「アイ。今度はこの白い部分の内側を掘っていくよ。今度は上と横を強くするんだ」
「っっっ!」
再び教授からの指示を受けたアイは、白線とまったく同じ形に穴を開けた。高さ2m、幅1.5m、深さは50cmほどだ。
その穴をほかの精霊たちが覗き込み、穴を掘ってみせたアイはまたしゃらんと髪の毛を払った。先輩という自負があるのかもしれない。
「教授、魔力はどうですか?」
「ここまでで丁度100点だね」
「やっぱり【精霊魔法】はめっちゃコスパいいですねー」
「まあね。とりあえず、ここからはバトンタッチだ」
教授の魔力はまだまだたくさんあるが、万が一を考えて残しておく予定になっている。
これから作るトンネルが崩れて生き埋めになった際に、アイならば一瞬でその子の周りにドーム状の強固な空間を作って守れるからだ。
「さて、この形をそのまま伸ばしていく。次は石音君だ。私とアイが見ているから、とりあえずやってみよう」
「わかりました」
「頑張ってくださいね、部長!」
「お姉さま頑張ってください!」
「任せておいて! よーし!」
指ぬき手袋をキュッとして気合を入れた部長は、教授の横に並んで精霊に指示を出す。
「ツクヨ。ここにね、これと同じ大きさの穴を開けてほしいの。さっきみたいにできるかな?」
精霊を得た子たちは地上で練習してきたので、部長はその時のことを言った。
なお、部長の精霊さんの名前は『ツクヨ』である。
「っ?」
しかし、ツクヨはほえーとして、理解できていない様子。
「石音君。最初のうちは思念で会話するんだ。発する言葉は自分の思念を補助するために、大切に使うといい」
「そ、そうでした。やってみます」
事前の練習でも習ったことだが、すぐに慣れるかといえば、そんなことはない。
教授のアドバイスを受けながら、部長は実地で学んでいった。
人間の形を取る子が多いので勘違いされがちだが、人と出会いたての精霊は言葉をまったく理解しない。
なので、精霊を飼うことになった者は、必ずジョブを『見習い精霊使い』にして、やってほしいことを思念で伝える必要がある。教育をする時も、感情を伝える時も同じだ。
今度はやってほしいことをよくイメージして、部長は口を開いた。
「ツクヨ。ここに穴を開けてくれるかな?」
さっきよりも簡潔な言葉なのに、ツクヨはエーックスした。了承の意である。
精霊たちの間で変なブームが起こっていた。
ツクヨは部長が考えた通りに、教授が開けた穴を大きさはそのままに深さだけを30cmほど延長した。
「ふむ、形は見事だね。アイ、どうだい?」
「っっっ!」
教授が確認を頼むと、アイは天井の一か所を指差した。どうやら弱い箇所があるらしい。
「あれっ、ダメでしたか」
「まあ最初はそんなものさ。むしろよくできている方だよ。それじゃあアイ、そこを同じくらい強くしてくれるかい?」
「っっっ!」
教授から魔力を貰ったアイは、穴を補強した。
「ありがとうございます。それにしても、音井さんは精霊を使いこなしていますね」
教授はまだマナ進化していないが、できることは下手なマナ進化者を超えている。それが部長は凄いと思った。
「まあね。コツは、可愛いだけと侮らず、いろいろなことを教えてあげることだよ。精霊はよく人間を見ているからね、やっていることの意味を教えてあげれば、どんどん学んでいくよ。見てごらん。あれも私の行動を真似している」
教授が、最後の言葉だけ唇の前に人差し指を立てて声を小さくして、言った。
その視線の先には、補強してもらった箇所をペタペタと触っていたツクヨに、ミニメモ帳を広げて見せているアイの姿がある。
教授が人に資料を見せてあげたりしているのを、アイはよく見ているのだ。
ツクヨのほうはほえーっとしているので意味が通じているかは不明だが、アイのほうは教えてあげたいという気持ちがあるのだ。
「なるほど。勉強になります。ていうかめっちゃ可愛いですね」
「私の姿だからあまり言いたくないが、まあ可愛いね」
こうして、精霊を使った世界初の工事が始まるのだった。
読んでくださりありがとうございます!
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誤字報告も助かっています。ありがとうございます。