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10-13 精霊事件

本日もよろしくお願いします。

「おね、お姉ちゃっ。ふぁ、ふぁああ……」


 光子がお風呂の中から消えてしまい、萌々子の涙腺が決壊し始めた。


「大丈夫だから! 精霊は無敵の存在だし、無事だよ!」


「ふぇ、ふぇええ……」


「ほら、手握って」


 萌々子を慰めつつ、命子はメリスとクララにモグラ妖精へ助けを求めるようにお願いした。命子は萌々子を慰めるために動けないからだ。

 2人は了承し、すぐにモグラ妖精の下へ走った。


「だけど、精霊石から離れたら……」


 萌々子が胸元のペンダントを服の上から握って、言った。


 精霊は無敵。

 これは半分正解で、精霊は多くのことに無敵性がある。

 斬撃、打撃、真空、超低温、電流、マグマなどなど、精霊は普通の生物なら即死してもおかしくないことをされても消滅しない。

 ちなみに、マグマや放電現象を初めて見た精霊は大抵自分から突っ込んでいき、精霊使いを絶叫させることになる。


 しかし、萌々子が心配するように、精霊は精霊石がないと消滅してしまうという弱点があった。精霊石からなにを得ているかはわかっていないが、精霊石の中に入って少し休めば2日は問題なく活動することができる。


 今回の件にはもう一つ問題があった。

 精霊が魔法陣に吸い込まれるというのは、初めてのことなのだ。

 もしかしたら、精霊石うんぬん以前に、こういった魔法陣に入ると分解されてしまうような致命的な弱点があるかもしれない。


 大丈夫だと慰める命子にもなんの確証もなく、心配でたまらなかった。


「メーコ、ミッチャンはいたデスか?」


 メリスたちと入れ替わりで、事情を知らないルルたちが中学生を連れてやってきた。


「いや、居たには居たんだけど、ちょっと事件が起きちゃって」


 そう返答する命子が萌々子の背中を撫でる姿を見て、ルルたちはただ事じゃないと理解した。

 萌々子を心配した命子は、目で石音元部長にお願いする。


「説明するから脱衣所へ行こ」


 そのお願いを部長は正確に理解し、服を着るついでにみんなへ説明することにした。

 浴場に2人残された命子は、萌々子の肩を抱いてあやす。


「お姉ちゃっ。み、光子、大丈夫だよね?」


「大丈夫! お姉ちゃんだっていろんな修羅場を潜っても、このとおりピンピンしてるんだもん。みっちゃんだってもちろん大丈夫だよ」


「……うん」


「モモちゃんはみっちゃんのお姉ちゃんなんだから、頑張ろ?」


「……うん!」


 そうだ、自分は光子のお姉ちゃんなのだと、萌々子は溢れていた涙をぐしぐしと拭ってしゃきりとした。




 しばらくして、モグラ妖精を連れてメリスたちが戻ってきた。

 命子は、お店妖精がカウンター以外にいるのを見るのは初めてだったが、今はそれよりも光子である。


 命子は代わりに説明しようかと萌々子を見ると、萌々子はしっかりとした目をモグラ妖精に向けて、自分の口で説明した。


「モグラさん、来てくれてありがとうございます。それで、私が連れた精霊が湯船の魔法陣に吸い込まれちゃったみたいなんです。光子……精霊は無事なんでしょうか?」


 萌々子は命子と手を繋いで、天に祈る気持ちでモグラ妖精に尋ねた。


「無事モグよ」


 その言葉に、命子と萌々子、仲間たちはパァーッと顔を明るくした。


「「本当ですか!?」」


「近いモグ近いモグ」


 揃って詰め寄ってきた姉妹の圧に押されて、モグラ妖精は後ずさった。

 やはり2人揃ってハタとして、姉妹は冷静になった。


「いま助けるから、ちょっと待つモグ」


「わっ、助けてくれるんですか!?」


「精霊が吸い込まれちゃったのはモグも迂闊だったからモグ。あとで魔法陣を少し変えとくから次からは安心するモグ」


「わかりました。ありがとうございます!」


「モグ。お前ら、これからお湯が変化していくから触っちゃダメモグよ」


 モグラ妖精は湯船の縁に手を置いた。


「これでそのうち出てくるはずモグ」


「え、そ、それだけで?」


 特になにかした様子でもないので、萌々子は不安がった。


「大丈夫だから見てるモグ」


「は、はい」


 そこで萌々子は気が抜けたのか、お尻が濡れるのも構わず、その場に尻もちをついた。


「萌々子ちゃん、良かったね!」


 そんな萌々子の下に、クララや友達が集まった。


「うん。クララちゃん、みんなもいろいろありがとう」


「ううん、いいんだよ。みっちゃんは私たちにとってもお友達だもん」


 そんなふうに中学生たちが萌々子を慰めてくれている一方、引率のマナ進化勢はモグラ妖精と湯船の水の動向に注目した。


 命子や紫蓮のほかにも、同じくマナ進化を済ませている部長やその仲間の数人はマナをよく見通す瞳を得ており、魔法世界の解明に貪欲だった。


「おー、これは……」


「水のマナがかなり濃くなった」


 命子と紫蓮が言うように、モグラ妖精がなにかすると、お湯のマナの濃さが一気に変化していった。

 マナだけでなく温度も下がったようで、先ほどまで上げていた湯気がいつの間にか消えていた。


 次第に、魔眼を持っていない中学生でもマナの光が見えるほどに濃くなっていき、翡翠色の粒が水から湧き出て空中に浮かび始めた。


「わぁ、綺麗……」


 中学生がうっとりとしながら言った。中学生にとっては、とても美しい神秘的な光景に見えるのだ。

 しかし、マナ進化組にはそれだけではなかった。


「ちょっと待った。ささら、ルル。かよちん先輩と木島先輩の目を塞いで。魅入られてる。紫蓮ちゃんもほどほどにね」


「え? あっ、わかりましたわ」


「わかったデス!」


「了解」


 命子はささらとルルにそうお願いして、自身は部長の目を塞いだ。

 紫蓮は大人しいので魅了されているか判別がつきにくいが、返事をしているので大丈夫なようだ。


 強いマナは耐性のない者の心を強く魅了してしまう。

 現在見えている光景は中学生と魔眼持ちではまったく異なり、その差が部長たちに顕著に表れていた。


 なお、魅了状態になると、外部から衝撃を受けない限り、気を失うまでマナの世界を見続けてしまうと現在ではわかっている。

 このため、国はマナ進化者にこういったことを教える説明会を開いている。


 部長は命子のすべすべな手で目元をホカホカにされて、ハッとした。


「……ひゅっ!?」


 浅く息をしていた部長は、思い出したように大きく息を吸いこんだ。


「ご、ごめん、命子ちゃん。ありがとう。完全に油断したわ」


「いいえ。ウェルカム・トゥー・ニュー・ワールドってなもんです」


「ドキドキしちゃう」


 おどけて返す部長だが、実際にワクワクしていた。


 唐突に魅了され、命子たちがそれを見破り、助けられた。

 日常にあっては、こんなこと起こり得ない。

 やはり冒険は楽しく、それでいて自分たちの未熟さもまた面白い。


「モグラさん、この水は?」


 どんどん変化する水の様子を不思議がって、紫蓮が尋ねた。


「水を逆流させているモグ」


「ふむ」


 モグラ妖精の仕事は終わったのか、マナを放出する水を見ながら解説してくれた。


「ダンジョンがマナを生み出すものだというのは、お前らも知っての通りモグ。で、地上へマナを送るルートはたくさんあるモグ。ダンジョンを出入りするお前ら人間も優秀な運び屋だし、ゲートからも普通にちょっとずつ出ていくモグ」


「ふむふむ」


 横で話を聞く命子は、すすぅと服の袖に手を通し、冒険手帳を取り出した。メモメモ。


 一方、部長や中学生たちは経験がないので、まだ特別な情報を聞いているという事実に気づかない。

 けれど、モグラ妖精の説明を聞くうちに、凄い情報を聞いているのだと理解していった。


「ダンジョンで使われる水も効率がいいルートモグ。お前らの文明レベルなら『水循環』という概念を知っていると思うけど、この循環の輪の中にはダンジョンも含まれるモグ。外の水をダンジョンに取り込み、マナを宿らせてからダンジョンの外へ返すモグ」


 水循環とは、地球上の水が姿形を変えて循環し続けることだ。

 旧時代でも非常に重要な概念だったので、小学生の教科書にも大抵の場合は大きなイラスト付きで説明されているが、どうやら、将来的にはそのイラストにダンジョンの絵が加わることが確定したようだった。


「ふむ……? それだと変かも?」


 紫蓮は眠たげな目をしながら首を傾げた。


 モグラ妖精の説明だと、逆流させた水が中学生にも見えるほど濃厚なマナを帯びているのはおかしい。なぜなら、ダンジョンが水にマナを帯びさせるための役割を担っているのに、帰ってきた水のマナの方が強くなってしまっているのだから。


「お前の疑問ももっともモグ。この水は魂魄の泉を作って……モグ?」


 説明を続けたモグラ妖精だが、その言葉が途中で止まった。

 湯船から、光子が飛び出してきたからだ。


「光子!」「みっちゃん!」


 萌々子と命子の喜ぶ声が重なった。


「っっっ!」


 光子は空中でエーックスとしてから、すぐに萌々子に飛びついた。


「もう、心配かけて!」


「っっっ!」


 心配していた萌々子は涙を見せる一方で、光子は無邪気に笑って萌々子のほっぺをもちもちした。これも一種の親の心子知らずというものか。


 しかし、話はこれで終わらなかった。


 湯船の中から、マナの光とは違う光の球がぴょこんと現れたのだ。

 マナの光は緩やかに天井に向かって昇っていくのに対して、その光の球はふわふわと不規則に飛んだ。


「わわっ、な、なに!? ひぅううう!?」


 その光の球はクララの顔にぺたんとくっつき、ピピピッと光を強めた。


 それだけではない。

 それを皮切りに、湯船から同じような光の球が次々と飛び出し、その場にいる女の子たちにくっついていく。


「「「きゃぁあああ!?」」」


「ふぇええええ! め、命子ちゃーん、たっけてー!」


 女の子たちが悲鳴を上げ、ナナコが命子に助けを求める。

 しかし、命子は目を見開き、助けを求めるナナコをスルー。それどころではなかった。


「こ、こここ、これは精霊!? モグラさん、これ全部、精霊ですよね!?」


「まさか連れてきたモグー!?」


「光子は精霊を連れてきちゃう達人なのかな!?」


 光子は教授の相棒であるアイを連れてきた実績もあり、これで2回目だ。

 そんなことを思い出す命子だが、仲間たちの行動は違った。迅速に精霊の勧誘を始めたのだ。


「精霊さん、ワタクシの魔力は美味しいですわよー。ふわふわー、ふわふわーですわ!」


「ワタシと一緒にニンニンする子集まるデース。ふわふわーデス!」


「ふわふわー。我と契約する精霊募集中。将来的には暗黒精霊になれるかも。ふわふわー!」


「拙者は毎日3食おやつ2回を約束するでゴザル! ふわふわーでゴザル!」


「し、しまった、出遅れた! 羊谷命子16歳です! ふわふわー!」


 仲間たちの精霊さん勧誘キャンペーンを聞き、命子も慌てて精霊さんに語りかけた。


「めめめ、命子お姉さま! これってまさか精霊ですか!?」


「クララちゃん、いま忙しいから5分待って! ふわふわー! そ、そうだ、グミがあるよ! へへっ、なななななんとっ、私と契約するとコーラグミがついてくるのです! ふわふわー!」


「精霊ってふわふわーなんですか!?」


 手のひらに光の球を載せるクララの言葉を聞き流し、命子は懐からグミを出してふわふわと連呼する。必死である。




「なんでさ!」

「暗黒精霊の夢が……!」

「しゅん」

「むぅー……!」

「ゴザル……!」


 命子たち5人は、床に崩れ落ちていた。

 大量に出現した精霊を1カワもゲットできなかったのだ。(※カワはマニア界隈での精霊の単位)

 この悔しさを発散するために、命子は仲間たちのお口にコーラグミをぶち込んで、みんなでモキュモキュした。美味い!


 そんな命子たちの周りでは、精霊さんをゲットできた女の子たちが大興奮してキャッキャしていた。


「命子ちゃん! 見て見て、精霊さん!」


 ナナコが自慢してきた。


「ナナコちゃんも!? おのれぇ……!」


「ふぇえええ、こっわー! ルナ、怖いね? うふふ」


「ふぁ!? もう名前つけてる! 羨ましい羨ましい! も、モグラえもーん!」


 すでにサービスタイムは終了し、湯船はいつもの様子に戻っていた。

 命子は、その傍らで頭を抱えるモグラ妖精に泣きついた。


「モグラえもん。もう一回いまのやって。お願い!」


「やるわけないって見ればわかるモグ」


「ですよねー! でもでも、ナナコちゃんがー!」


 命子が指さすと、メリスに自慢し始めていたナナコがわざわざ振り返って、ドヤァとした。

 そんなナナコだが、凄まじい勢いで魔力を吸収されていることに気づいていない。


 モグラ妖精はため息を吐き、大騒ぎする中学生たちに向けて言った。


「お前ら、大切な話があるからちょっと聞くモグ」


 その言葉を聞いた中学生やナナコたちは、一斉に精霊を背後に隠した。


「誰も取らないモグ。そうじゃなくて、その精霊は問題があるモグ」


 モグラ妖精の言葉に、萌々子がハッとした。


「そういえば、この子たち精霊石を持ってない!」


 びっくりして言う萌々子の頭の上では、先ほどちょっと叱られた光子が、萌々子の前髪をちょいちょいと弄ってご機嫌を取っている。


「その通りモグ。弱い精霊は定期的に精霊石の中で休まなければ消滅するモグ」


「「「えーっ!?」」」


 驚愕する一同だが、さきほども説明したように、この事実を萌々子は知っていた。

 これは『見習い精霊使い』のジョブスキル【精霊の飼い方】で早期に学べるのである。だから、精霊使いは誰だって精霊石を常に持っているし、スペアも複数保管していた。


「消滅までの猶予はどのくらいあるんですか?」


 ちゃっかり精霊をゲットした部長が質問した。


「精霊の位階や、滞在する場所のマナの濃さ、与えた魔力の量で変わるモグ。見たところ、最長で4日、最短で2日モグ。さらに、地上に出た場合は猶予が半日くらい早まると考えるモグ」


 モグラ妖精は、部長たちマナ進化勢に爪を向けて4日、そのままレベルが低い中学生たちへ爪先を移動させて2日と評価した。その中間の実力であるナナコたちは言及されていないが、3日程度といったところか。


「そ、そんな! め、命子ちゃんどうしよう……」


 ナナコが悲痛な声をあげて、命子に涙目を向けた。

 命子は先ほどまでの取り乱した様子からがらりと変わり、しゃんとした顔になった。


「モグラさん、ここの水はどこから来てるんですか? いや、どこから逆流してきたのかって言った方がいいのかな?」


「残念ながら場所は教えられないモグ」


 その場に行けば精霊石があると思った命子だが、モグラ妖精は首を振った。


 会話できる魔物やお店妖精はたまにヒントをくれるが、地表に隠されているものを教えてくれることはなかった。

 資源やシークレットイベントは、自分たちで探さなければならないということだろう。


 ならばと、命子は質問を変えた。


「それじゃあさっきの話の続きをしてください。ここの水はなんちゃらの泉ってやつ」


「それならいいモグ」


 さきほど言いかけたことなのでいけると思ったが、案の定、説明してくれた。

 精霊を手に入れた中学生たちも居住まいを正して、話に耳を傾けた。


「すでにお前らは花の神獣から学んでいるはずだけど、力ある魂は、魂から力の片鱗を含んだ水を生み出すことがあるモグ。それを『魂魄水』というモグ」


 それは砂漠で死にかけていたキャルメの母親を完全回復させた奇跡の水である。のちに、娘であるキャルメは、花の神獣の力の片鱗を受け継ぎ、終わりの子へと変わる運命にあった。


「魂魄水は、大体が決められた場所から湧き出るモグ。まあたまに変な所から出ることもあるけど、それは本当にたまにだから考えなくていいモグ。で、その決められた場所に湧き出た魂魄水へダンジョンの水を流し込んで、魂魄水を薄めるモグ。そうして出来上がるのが、『魂魄の泉』と呼ばれるものモグ。この魂魄の泉から神獣の力を広範囲に広げるモグ」


 命子たちはふむふむとした。


「全てのダンジョンの水がそういうふうに使われるとは限らないけど、少なくとも、このダンジョンと無限鳥居の水は魂魄の泉を作るために使われているモグね」


「なるほど。だから、このお風呂に逆流してきたお水の方が、最初よりもマナが多いわけですね」


「その通りモグ」


 話を聞き終えて、中学生たちが話し合う。


「じゃあ、魂魄の泉を見つければいいんだね」


「でも、どこにあるんだろう?」


「山の中にひっそりとあるのかも」


「でも、あんなに綺麗に光ってたら夜になればすぐにわかるよ」


「じゃあ洞窟とかかな?」


 いろいろな意見が出る中、ルルがモグラ妖精に問うた。


「お風呂の魔法陣から精霊をまた吸い込ませたらどうデス? そうすれば元の場所に戻らないデスか?」


「それも一つの手モグね。これから魔法陣を精霊が吸い込まれないように作り替えるけど、いまならまだ可能モグ。ただし、元の場所に戻った精霊はお前らのことをすぐに忘れるモグ。そっちの精霊使いと違って、お前らは繋がりが薄すぎるモグ」


 萌々子と光子の繋がりは強く、それ以外は弱いとモグラ妖精は言う。


 それは萌々子も身に覚えがあった。

 キスミアで、光子は2日間離れただけで萌々子の顔を忘れてしまったのだ。


「それはできれば避けたいな」


 ナナコが呟くと中学生たちは同意するように頷いた。

 でも、精霊が消えてしまうなら、それが一番いい方法かもしれないとも思う。


 クララが眉毛をへにょんとさせながら、命子に尋ねた。


「お姉さま、魂魄の泉がどこにあるのかわかりますか?」


「うん。わかったよ。たぶん、間違いない」


「ホントですか!?」


「命子ちゃん、凄い! どこ、どこにあるの!?」


 キリリと宣言する命子に、しゅんとしていたナナコや中学生たちが色めき立つとともに、命子への尊敬度がギュンと上がった。


「タカギ柱の地下71mに巨大な地底湖があるんだ。そこがたぶん魂魄の泉、そして、この子たちの精霊石があるはずだよ」


 ピシャゴーンと中学生たちは目を見開いた。


 タカギ柱とは、風見町の休耕地に現れた緑色の光の柱である。

 この場所には凄まじい力があり、条件さえ整えばキスミアまで瞬間移動できると考えられている。


「そういえば、そんな話があったわね」


 部長が言った。


 タカギ柱の下に地底湖があるのは別に国家機密などではなく、テレビで公表もされている。しかし、公表されてすぐに地球さんイベントが全世界的に始まったため、その話題は陰に隠れてしまった。


「でも命子ちゃん、地下71mなんて1日や2日じゃいけないよ……」


 ナナコがしゅんとして言った。

 すでにナナコが連れた精霊・ルナは人の真似をし始めており、ナナコを小さくしたような形を取っていた。

 ナナコはかなり愛着が湧いているようで、しょんぼり具合が凄い。


 しかし、命子は良い情報を持っていた。


「大丈夫。地底湖に下りるための道がもう出来上がるから」


「本当!?」


「うん。たしか4月の幾日かに開通予定って教授が言ってた。近々のはずだけどいつだったかな?」


 命子は冒険手帳のカレンダーを確認してみた。

 開通しても命子が入れるわけではないが、ネタとして面白そうなのでメモしておいたのだ。

 果たして、カレンダーには4月25日に『地下道開通予定』と丸文字で書かれていた。


「……?」


 一瞬の間が空き、命子が叫んだ。


「今日じゃん!」


「えーっ!」


 ナナコがパタパタと手を振ると、ルナも同じように手を振ってキャッキャした。


「命子お姉さま! 今回の冒険はここまでにして、すぐに向かいましょう!」


 市子が言うと、多くの子が頷く。


 クララも同意見のようだが、責任感が強いためか、自分たちの都合で予定を変更してしまうのを申し訳なさそうにしている。

 女子中学生の中には精霊をゲットできていない子もいるし、女湯で起きた事件なので男子組に至っては誰も手に入れていないため、探索を中断されると彼らには少なからず迷惑をかけてしまうのだ。

 けれど、精霊を死なせてしまうのはもっとダメだし。


 そんなふうに考えるクララの頭をよしよしと撫でてから、命子はみんなに指示を出した。


「女子チームの探索はこれにて終了とします。パーティ内で困ったことが起こったなら、パーティ全員で協力して迅速に帰還するのが鉄則だからです」


 キスミアで萌々子が行方不明になった時も、みんなが命子のために道を開いてダンジョンから帰還させてくれた。

 パーティで探索するというのは、そういうものだ。


「みんなは直ちに帰還の準備をしてください。萌々子は精霊使いの先輩として、みんなの監督をしなさい」


「「「はい!」」」


 中学生と萌々子が揃ってお返事した。


「部長は浴衣から装備を整えたら、私と一緒に男子組に事情を説明しに行ってください」


「了解。男子はそのまま探索続行?」


「はい。もともと今日は10階層で狩りをしてギニー集めを予定してましたし、私たちがいなくても影響はないでしょうから」


「了解。それじゃあ15分で支度するわ」


「お願いします。ほかのみんなは精霊がいて勝手が違うだろうし、ゆっくりでいいよ。ただ、あと1時間ちょっとで制限時間が来るから、それまでにね。それでは行動開始」


「「「はい!」」」


 お風呂場に中学生の声が響き、わちゃわちゃと行動を開始した。


 こうして、中学生たちの2回目の冒険は、精霊が関わる事件に発展するのだった。



読んでくださりありがとうございます!


ブクマ、評価、感想、大変励みになっております。

誤字報告も助かっています。ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
本当に精霊の事(消滅させないという点)を考えているならここは魔法陣から送り返す一択だと思うんですが、どうして地底湖に行く判断をしたのかもう少し記述が欲しいです。 地底湖への道開通の確認も取ってないし、…
コーラグミで釣ろうとするんじゃないの!
[一言] おーどんどん話の規模が大きくなってますね、せっぱつまってきてわちゃわちゃしてきました。 残念ながら五人は十分属性過多だからな~
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