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10-12 中学生と冒険 5 事件発生

本日もよろしくお願いします。


 翌朝。


 とある部屋で、唐突にヴィヴァルディの名曲『春』が鳴りだした。


「にぇ、にぇしゅわ!」


 その音色に、ささらリスペクトが強い女の子・ヒマワリの意識がビクンと覚醒する。

 どうやら起きる時間のようだ。


 ヒマワリはいつもの癖で、慌ててアラームを消した。

 とても良い曲だが、朝っぱらから大音量で聞かされるのは脳にクル。


「ふぅー」


 ホッと一息。

 アラームは消したものの、1回では起きられない時の保険で、5分後に別の曲が流れる予定だ。

 ヒマワリは大抵この1回目で目を覚まし、ここからの5分間で睡眠の余韻を楽しむのが好きだった。


 しかし、今日はいつもと少し違う。


 ふかふかのベッドとは違う畳へ敷いたお布団の感触に、ヒマワリの脳が冒険の書を再起動させた。

 それに連動して、楽しい時間が再開されたのだと、まるでさっきまで流れていたクラシックの名曲のように心が盛り上がった。


 アラームをかけていたのはヒマワリだけではない。

 ほかの仲間たちのアラームも鳴り、各々が布団の中でもぞもぞと動いてアラームを消していく。


 二度寝しているような気配もあり、ヒマワリはみんなを起こしてあげようと布団から上半身を起こした。


「みなさん、朝ですわよー」


 控えめな声でそう言うと、頭を向かい合わせて敷かれている布団の中からしょぼしょぼとした顔が現れて、にへらと笑った。


「おはようにゃん、ヒマワリちゃん」


「はい。おはようございますわ!」


 変な語尾の友達だが、最近では全国的にこういう子が増えていた。


 羊谷命子の活躍により、新時代は威風堂々中二病の世の中だ。

 モロにそういうお年頃の子たちは、若さに身を任せて『にゃん』などと口走るのである。

 将来的にゴロゴロとのたうち回ることになるか、それともマナ進化してそういう語尾が似合う存在になるか、チキンレースは始まっていた。


 とまあ、そんなふうに友達を起こしたヒマワリは、お姉さまを起こすことにした。


「あら?」


 ヒマワリは敬愛するささらの布団を見て、首を傾げた。

 もぬけの殻なのだ。


「さすがはささらお姉さま」


 とヒマワリはささらへの尊敬を深めた。

 きっと誰よりも早く起きて身支度を整えているのだろう、と。あるいは朝風呂とかに入っているのかもしれない。優雅!


 それに比べてルルお姉さまは、お布団から足を出して寝てしまっている。

 そういうヤンチャなところも、ネコネコなお姉さまの可愛らしさだとヒマワリは思うが、まあそれは置いておいて。


「ルルお姉さま、朝ですわよー」


 ヒマワリがルルの眠るお布団をめくった。


 そこに現れたのは、ルルを羽交い絞めにして眠るささらの姿だった。浴衣を着て寝ていた都合、帯は緩み、絡みあう2人の姿に肌色はかなり多め。

 その瞬間、ヒマワリのスマホからドヴォルザークの『新世界より』が鳴り響いた。




 ささらたちの部屋で、ダーダンダーダン! と新たな世界へのオーケストラが響き渡った頃、他の部屋でも目覚ましが鳴り始めていた。


「目覚めの時!」


 命子はそう宣言して目を覚ました。


 朝修行を始めた命子は朝の目覚めが良くなったが、楽しいダンジョン内だとそれはさらに良くなった。


 いそいそと起き上がり、ひとまずお布団の上で割座。

 みんな起きてる!? といった顔で全員の様子を窺い、起きてないようなので顔を洗いに行くことに。


 1年前までは洗顔、歯磨き、寝ぐせ直しが鏡の前のお仕事だったが、マナ進化してからは寝ている時に外している龍角の装着もそこに加わった。

 角の上にちょいちょいと髪の毛をかけてヘアコーデをすると、鏡の前でサッとポーズを取った。右手で顔を隠し、その指の隙間から瞳を覗かせる基本の型だ。

 そうして、角と瞳を光らせれば、あらカッコイイ。


 そんな命子のカッコイイ姿を映す鏡に、やはりカッコイイポーズを取る乱入者が。

 瞳を赤く光らせた紫蓮である。


 命子と紫蓮は無言でハイタッチして、洗面台を交代した。


 お部屋に入る直前、命子は振り向きざまにカッコイイポーズをバチコンとお見舞いしたが、紫蓮はすでに頭を下げて顔を洗っている最中だった。

 紫蓮の頭越しに、カッコイイポーズを取った己の姿が虚しく鏡に映りこむ。命子は即座になかったことにした。


「羊谷命子」


 顔を洗う手を止めて、紫蓮が言った。


「ん、なーに?」


「なかったことにはならんが」


「おのれ、見えていただと!」


 命子はカッと顔を赤らめて、自分を辱めてきた紫蓮のわき腹をこちょこちょして、洗顔の邪魔をした。


「ぴゃ、ひちゅじ、ぴゃぁっ! やめぇ!」


「撤退!」


 はぐらかせたことを確信した命子は、鉄拳が飛んでくる前にお部屋へ撤退した。


「みんな、朝だよー! 起きて起きてぇ!」


 そのテンション、暴風の如し。

 平時ならば、朝から聞くには実に辛い。

 しかし、幸いにしてここはダンジョン。非日常である。こういったテンションが喜ばれる世界なのだ。


「うみゅ……」


 萌々子がうめき声をあげて寝返りを打った。


 その萌え声を聞いた命子は、「モモちゃんはまだ子供だな」とやれやれした。

 しかし、萌々子自身は萌え声を出したくないらしいので、口に出したりはしない。萌え声が意図せず口から出てしまう辛さは、命子も過去に身に覚えがあったから。


 萌々子たち中学生は、しばしぽけーっとお部屋を眺めて記憶の糸を手繰り寄せると、次第にテンションのギアを上げていった。


「おはようございます。命子お姉さま」


「おはよう、クララちゃん」


 前日に30kmくらいは歩いているので、普通ならこの朝もヘトヘトだっただろうが、修行を積んだクララたちの疲れは大したものではなかった。


 紫蓮と入れ替わりで中学生たちが顔を洗いに行く中で、その事件は始まった。


 萌々子がなにやら慌てた様子で布団を翻す。


「モモちゃん、どうしたの?」


「お、お姉ちゃん、光子がいない!」


「え、精霊石の中じゃないの?」


「ううん、いないの! ちょっとそこら辺探して!」


「わ、わかった!」


 萌々子の要請を受けて、命子と紫蓮は部屋の中を探し回った。


「こういうことは割とある?」


 押入れを探す紫蓮の質問に、命子が答えた。


「うーん、みっちゃんがウチに来て1週間くらいは毎日夜中も1人で遊んでたね。ちゃんと教えたら落ち着いたけど」


「なるほど」


 精霊は教えると割と簡単に学んでくれるため、生態についてはそこそこ研究が進んでいた。


 それによれば、精霊は退屈をすると精霊石の中で眠る。反対に、退屈ではない場合、精霊は睡眠を一切必要としない。つまり、精霊の活動は刺激が全てなのだ。


 このため、光子が羊谷家に来てしばらくは、夜中に叩き起こされたり、家の中のもので勝手に遊んでいるということがよくあった。

 人は寝る、夜は静かにする、などを学んでから、そういうことは少なくなった。いまでは萌々子が寝ている間は光子も精霊石の中で寝るようになっている。


 そう大きな部屋ではないし、早々に探す所もなくなってしまった。


「ダメだ。部屋にはいないみたいだね」


 命子は、部屋に転がっていた『ぴょんぴょんダンボールさん』を手の中で転がして言った。

 それは前回の探索で手に入れた光子のお気に入りの乗り物で、昨晩もこれに乗ってぴょんぴょんと遊んでいたのだ。


「きっと、ダンジョンに来てテンションが上がっちゃったんだ。……お姉ちゃん、私、ちょっと探してくる」


「モモちゃん、まずは顔を洗ってきなさい」


「それどころ……あー。うん、そうだね」


 萌々子は冷静になろうと姉の言葉に従った。


「さて、ちょっとまずいね」


「うん。あと2時間しかない」


 命子と紫蓮の危惧する通り、宿を使用できる制限時間が迫ってきている。これを過ぎると宿から叩きだされてしまうのだ。


 宿から叩きだされると、荷物ともども宿のすぐそばにワープさせられると判明しているのだが、問題は精霊がどういう扱いになるかは不明な点だ。

 精霊使いが多いキスミアでは検証しているかもしれないが、さすがの命子もこれは知らなかった。


 ちなみに、本来ならこの2時間があれば、朝の諸々の支度などから時間が引かれても、今回の探索の終わりにお買い物をするだけの時間が残る計算だった。ちょっとこの計算が狂うかもしれない。


「装備を整えたら、紫蓮ちゃんはクララちゃんたちと他の部屋に行って、事情を説明して。私とモモちゃんはモグラ妖精の所に行ってくる」


「わかった」


「「「わかりました!」」」


「それじゃあ、ごめんだけどお願いね」


 全員がすぐに行動を開始した。




 着替え終わった命子と萌々子は、モグラ妖精のいるカウンターに到着した。


「モグラさん、おはようございます」


「おはようモグ」


 命子が挨拶すると、モグラ妖精は長い爪が生えた手を上げて挨拶を返してくれた。


「朝っぱらからすみません。ちょっとお尋ねしたいんですが、ウチの精霊がいなくなっちゃって。どこにいるかわかりませんか?」


「わかるモグよ」


「「えー!」」


 ダメ元で聞いてみると、モグラ妖精はあっさりとそう言った。

 その返答に童顔姉妹が揃って目を大きく広げて驚くさまは、そっくりである。


「そ、それでどこにいるんでしょうか?」


「女湯モグ」


「え、女湯にいるんですか?」


「モグ」


 命子と萌々子は顔を見合わせた。


「みっちゃん、おっきなお風呂が気に入ったのかな?」


「でも、光子はいつも風呂桶に入ってるし、お風呂の大きさなんて関係なさそうだけど。まあとにかく、行ってみよう、お姉ちゃん」


「そうだね。それじゃあモグラさん。ありがとうございました!」


「モグー」


 ヒラヒラと手を振るモグラ妖精と別れて、命子たちはひとまずみんなの下へ戻った。


 命子たちが泊まっている一角では、紫蓮たちがほかのパーティに伝えてくれたようで、開いたドアの向こうで捜索をしてくれている音がする。

 丁度、紫蓮が部屋から出てきたので、命子は呼び止めた。


「紫蓮ちゃーん!」


「どうだった?」


 大騒ぎさせてしまったので、まずは紫蓮に伝言だ。


「なんか女湯にいるみたい。ちょっとこれから行ってくるから、みんなに見つかったって伝えてほしいんだ」


「女湯? 石音先輩のパーティが朝風呂に入ってるって。メリスさんとクララが伝言に向かってる」


「部長たちが? ほーん?」


 命子は首を傾げつつ、光子がお風呂に行ったストーリーを脳内で組み立てた。


 部長たちが廊下で光子を見つけたなら、命子たちに一声かけるはずだ。

 つまり、光子は部長のあとを追ったか、部長たちとは関係なくお風呂に行ったのだろう。


「まったくもう。ダンジョンではふらふらしないように教えないと」


 所在が知れて安心したからか、萌々子はプンプンと怒り始めた。


「まあまあ。ダンジョンが楽しいのは精霊さんも一緒だってことでしょ。だからあんまり怒らないであげてね」


 命子がフォローすると、萌々子も思い当たる気持ちがあるのか、膨らませたホッペからプシュンと空気を抜いた。


 途中まで行くと、逆走したメリスと鉢合わせた。


「メーコ! ミッチャンがいたでゴザルよ」


「うん。モグラ妖精さんに聞いたよ。ありがとうメリス」


「ニャウ。でも、拙者たちの言うことは全然聞かないでゴザル」


「えぇ?」


 命子と萌々子は、また顔を見合わせた。


 光子は、萌々子以外でも割と素直に人の言うことを聞く。

 これは普通の精霊ではできないことで、萌々子がいろいろなことを教えたから人の言うことを理解できるようになったのだ。


 だから、言うことを聞かずに困らせるというのは少し変だった。


「お風呂になにかあるのかな?」


「まあモモちゃんが行けばなにかわかるでしょ」


 脱衣所に到着すると、クララが1人でいた。浴場の方からは楽し気な声が聞こえてきている。


「どうしたの?」


「えっと、中だと1人だけ服を着ているのが気まずくて」


「たしかに」


「それよりも萌々子ちゃん。みっちゃんが中にいるみたいだよ」


「うん、聞いた聞いた。ありがとうクララちゃん」


「ううん、いいよ」


 萌々子のお礼に、クララはにこりと微笑んだ。


 命子たちは靴下だけ脱いで、浴場へ入っていった。


「きゃー。命子ちゃんってばお風呂に服を着て入ってきて、なにさ!」


 全裸の部長がからかってきた。


「クララちゃんの言うとおり、見てるこっちの方が恥ずかしくなってきますね」


「見られてるこっちのほうが恥ずかしいし」


 自分は服を着ているのに周りの人は裸というのは、凄く居心地が悪い。


「あーっ、光子!」


 命子と部長が話している間に、萌々子はお目当ての光子を探し当てた。


 光子は、大きな浴槽の一角で風呂桶に乗って浮かんでいた。

 それはいつも光子がお風呂に入る時と同じ光景で、風呂桶から身を乗り出してお風呂のお湯を触ろうとするのも見慣れた遊びだった。


「っっっ!」


 萌々子に気づいた光子はにこぱぁと笑い、風呂桶の中でエーックスした。


 なお、光子はお風呂でも服を着た姿をしている。

 精霊は不定形な存在のため、姿形を自在に変えられる。いつもは飼い主である萌々子の姿をしているわけだが、学校などで無暗に裸になられては困るので、常に衣服を着たバージョンでいるように教え込んだのだ。


 そんな光子だが、エーックスのポーズを取ったことで風呂桶のバランスが崩れ、ポチャンとお風呂の中に落ちた。

 これがただの小人だったりしたら一大事だが、精霊は風呂に落ちたくらいではどうってことない。


「もう」


 萌々子は手を腰に置いて、呆れた。


 ところが、しばらく待っても光子はお湯から顔を出さない。

 精霊は呼吸が必要ないので溺死することはないが、萌々子は少し不安になってきた。


「光子、出てらっしゃい。怒らないから」


 萌々子はお風呂に手を入れてお湯をチャプチャプと揺らして、言う。

 けれど、光子は出てこない。


 その時である。

【龍眼】でお風呂を見た命子が叫んだ。


「ちょ、ちょっと待った! モモちゃん、光子がいない!」


「え……?」


 姉の言葉に、萌々子はぽかんとした。

 次いで、猛烈な勢いで脳裏を駆け巡ったのは、かつて高木柱で光子が消えてしまった時のこと。


 慌てた命子と萌々子は服を着たままお風呂に入ろうとするが、それを部長が止めた。


「2人とも、私が見てあげる」


 その姿は、さすがに命子たちに申し訳ないと思ったのか、バスタオルを巻いたものだ。


 部長は、光子が落ちた場所を手探りで探すが、すぐに顔を風呂に沈めて、なにかを確認した。

 再び顔を出した部長の顔からは、いつもの陽気さはない。


「ここに変な魔法陣があるよ!」


「ふぇう?」


 途端、萌々子は涙目になって姉を見た。

 対する命子はハッとした顔をした。


「それ、排水用の魔法陣だって教授が言ってた……」


 命子の口から告げられた言葉に、萌々子の涙目が加速した。


読んでくださりありがとうございます。


ブクマ、評価、感想、大変励みになっております。

誤字報告も助かっています。ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
ささらの寝相のせいで 事案発生 に見えたよ。
[気になる点] https://withnews.jp/article/f0180327001qq000000000000000W05h10801qq000016980A 言葉の使われ方は時代によって…
[一言] まったり回からイベント回に話が動き出しましたね、今回は精霊の話ですな。
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