10-11 中学生と冒険 4 妖精のお宿
本日もよろしくお願いします。
前回の冒険に引き続き、命子たちは中学生と冒険に来ていた。
朝からダンジョンに入り、特に問題も起こらず、18時頃に妖精のお宿が見えてきた。
「命子お姉さま、見えてきました!」
「やっと着いたー!」
ダンジョンに忽然と現れた幟旗とドアを見て、クララたちが疲れも忘れて歓声を上げた。
ダンジョンの宿というのは、文明国の人が忘れていた感情を思い出させるという人もいる。
それは、危険と隣り合わせの冒険の旅路で出会う、安全な宿のありがたみ。
そこには、ホテルの玄関前で乗り物から降りるのでは決して味わえない感動があるのだ。
観光目的の宿と冒険の宿は、宿泊するという共通項こそあれ、性質がまったく違うものであった。
「いらっしゃいモグー」
「「「モグラさん!」」」
しかも、店に入ってすぐに迎えてくれるのはファンタジーな生物である。
これには心の成長なんてとっくに止まったなどと自虐するオッサン冒険者ですら、心に新風が吹き込むというもの。
感受性豊かな中学生ならなおさらだ。
修行、計画、探索、戦闘、目的達成、と中学生たちは得難い経験をしていた。さらに、これから素材を売却してギニーを得るので、成長を促すプロセスはてんこ盛りである。
冒険を楽しむ中学生たちの姿を見て、命子はまるで自分の手柄のようにドヤッとした。
ダンジョンさんは凄いのだ、と。
「お前らはご新規さんモグね。説明は必要モグ?」
中学生に向けてモグラ妖精が問うた。
妖精のお宿の使い方は周知のことだったが、説明をキャンセルするのはなかなか難しい。
なにせ、おっきなモグラが鼻をヒクヒクさせながら説明してくれるのだし、せっかくなので聞いてみたいのが人の性である。
「「「お願いします!」」」
目をキラキラさせて言う中学生たち。
モグラ妖精の口から、このお店では素材の売却ができて、それで得たギニーを使って、お買い物や宿泊ができることが説明される。
そして、中学生たちはギニーを収納できる便利なカード『妖精カード』を作った。
「いでよ、妖精カード! ふぉおおお、命子お姉さま! 出ました!」
「あたしもあたしも、見て見て!」
「しゅごーっ!」
妖精カードは手からにょきっと出現するので大変に楽しい。体を改造されてしまった女子中学生たちであるが、これはもう、休み明けに学校へ行ったら話題の中心待ったなしだ。
「あれ、お姉ちゃんのとちょっと違うな」
手首に光子を引っつけた萌々子が、カードの裏面を見て言った。
それを聞いたクララたちがせがむので見せてあげると、たしかに命子と紫蓮のカードは裏面にスタンプが捺されていた。
「マナ進化するとスタンプを捺してもらえるんだよ。マナ進化1回で、G級とF級はどのダンジョンでも好きな階層から始められるの」
「わぁ、これが階層フリーパスってやつですね!」
「しゅごー!」
「あたしたちも早くもらえるように頑張ろうね!」
「うん!」
中学生たちに褒められた命子と紫蓮は、ドヤァッとした。
そんなこんなで素材を売却すると、7600ギニーになった。そこから4人分の妖精カードの代金で400ギニー減って、7200ギニー。
さらに、今回はパーティ部屋に泊まるので6人で3000ギニーを支払った。
残った4200ギニーは中学生4人で等分し、1人あたり1050ギニーを手に入れた。
「本当に私たちが貰っちゃっていいんですか?」
「いいんだよ。私たちは今すぐ必要なわけじゃないし、それよりもクララちゃんたちの経験の方が優先だからね」
「でも、それじゃあお姉さまたちはなにも得られません」
しょんぼりするクララ。
そんなクララの頭を、命子はにこりと微笑んで撫でた。
「そんなことないよ。一緒に冒険できて楽しいもの。その楽しさはプライスレスだよ」
「め、命子お姉さま……! はい……ありがとうございます!」
紫蓮も同じ考えなので、うむと同調しつつ、クララの頭を撫でる命子がつま先立ちだったのを見なかったことにしてあげた。
クララは長身というわけではないが、すでに命子よりも少しだけ背が高いのだ。
ギニーは中学生に渡す、というのは命子たちの班だけでなく、ほかの班でも同じようにすることにあらかじめ決めていた。
ただし、宿代だけは今回手に入れたギニーから出してもらうことにしている。
命子たちは正直ほとんどなにもしてないのでむしろ悪いと思っているのだが、世間的に見れば、2人分の宿泊費1000ギニーで、初めての冒険に絶大な保険をつけられたと思えば安いものだろう。
このような引率者の取り分については、いろいろな意見がある。
子供の引率は少なからずリスクが生じる。自分が死ぬリスクではなく、子供を死亡させてしまうリスクだ。
そのリスクを負っているのだし、取得したギニーは全部引率者のものな、と言う人がいても、それはそれでありだと命子は思っていた。
まあなんにせよ、こういったことは事前に取り決めておくべきだろう。
「にゃ、メーコ!」
そんなことをしていると、ルルたちがやってきた。
人数が18人と多く、どうやら途中で合流したらしい。
「団体さんだね」
「ニャウ。ちょっと前に合流したデスよ」
ほかのパーティの中学生たちもモグラ妖精から説明を受け、素材の売却をしていく。
素材の数に差はあったが、どの子も800ギニー以上は手に入ったようだ。
「それじゃあ、お部屋に行こうか」
まだ来ていないパーティは多いが、それを待っていたらいつになるかわからない。なので、今いるパーティだけ先にチェックインして、お部屋に向かった。
「凄いね!」
「うん!」
宿の中を歩く中学生たちが、小さめな声で言う。
おっきな声を出さないのは、ぱっと見て、子供の領域と認識できないからだろう。修学旅行で行ったホテルで、最初のうちは借りてきた猫みたいになるのと同じ心理だ。
一方の命子たちは慣れたものだ。
ずんずんと前を進むその背中は、中学生からするととても頼もしく見えた。命子たちは、ホテルに泊まれる系女子高生なのである。
「ワタクシたちのお部屋はここですわね」
「はい、ささらお姉さま。オケラのお部屋ですわ」
「ふふふっ。どんなお部屋か見てみましょう」
「はい!」
最初に現れたのは、ささらたちが泊まるオケラのお部屋。
お店妖精はネーミングセンスがバグっていることが多いが、部屋自体はしっかりしている。
ささらリスペクトが激しい女の子がカギを開け、パーティメンバーの中学生たちがなだれ込んでいく。
「「「おーっ!」」」
「きれーい!」
畳のお部屋を見た女の子たちは、目をキラキラさせて歓声をあげた。
その背後で、ささらとルルはにっこりと笑った。
「命子お姉さま! 私たちも早く行きましょう!」
「ははっ、そうだね」
宿の雰囲気に慣れてきたのか、中学生たちはキャッキャして自分のお部屋の確認をしていく。緊張感あふれるダンジョン探索から解放され、ノリは修学旅行でお風呂に入ったあとくらいのテンションに変わっている。
命子たちが泊まるのは、カブトムシの幼虫のお部屋。
完全にネーミングセンスが死んでいるが、お部屋はとても綺麗だった。
「すっごーい!」
「わぁ、こんないいお部屋に子供だけで!」
みんなしっかりした中学生だが、今まで小学生をしていた子である。
だから、自分たちの力だけで宿に泊まるというのは、衝撃的なイベントとなっていた。
「お姉さま、早く早く! 入りましょう!」
そんなふうにどこのお部屋でも、引率のお姉さまの手を引っ張って、お部屋に入っていった。
1時間ほどすると、今回のイベントに参加している全てのパーティがチェックインできた。
というわけで、ご飯を食べる前にみんなでお風呂に入ることに。
「お姉さまたちとお風呂に入るのが夢だったんです!」
お部屋で着替えてきた浴衣の帯を解きながら、クララがはにかんだ笑顔で言った。
「うむ」
言われた命子も浴衣の帯を解きながら、若干ぎこちなく頷いた。
命子は脱衣所に来ると口数が減る子だった。物凄く好意的なセリフへのお返しとしては、少し素っ気ない態度だが、この時ばかりは仕方ない。
まあこれは命子だけのことではなく、この時間はもじもじする子が多かった。
その隣で浴衣を脱ぐ萌々子も、このタイプ。
その相棒の光子は、みんなの微妙な空気を感じ取ってキョロキョロしている。
「わぁ、広ーい!」
「凄い、貸し切りだよ!」
脱衣所から浴場に移動した中学生たちが、歓声をあげた。
その後ろからついていった命子は、まるで自分が褒められたかのようにドヤッとした顔を決める。やはりダンジョンさんは凄いのだと、脱衣所のローテンションから復帰していく。
「みんな、まずは体を洗うんだよー」
石音元部長の言葉に、中学生たちがはーいと元気にお返事した。
するとどうだろうか。
「命子お姉さま、こっちです!」
「紫蓮お姉ちゃん、背中流します!」
「ささらお姉さま、お背中をお流ししますわ!」
「ルルちゃんはあたしが洗うにゃん!」
と、中学生たちがお世話になったお姉さまたちをぐいぐいと引っ張って、洗い場に連れていった。どうやら、背中を流してくれるらしい。
もちろん、部長たちのパーティでも同じことが起こっている。
ドックンと命子と紫蓮の脳裏に、友人たちが行なっている儀式の風景が過った。
え、あれを中学生にやられるの? と。
しかし、命子と紫蓮は例のアレが特殊な洗いっこだということを忘れており、中学生たちは普通に背中だけ洗ってくれた。
さて、そんな中で、メリスが率いるパーティは特別だった。
このパーティは飛び入り参加だったため、中学生を組み込んでおらず、その代わりにクラスメイトを誘って連れてきている。
つまり、洗ってくれる後輩がいないのである。寂しい。
これを好機と見たのはナナコだった。
メリスちゃんの背中を洗ってあげる後輩が誰もいないのは可哀そう、という大義名分のもとに、自分がそのポジションに納まった。なお、自分も洗ってくれる後輩がいない可哀そうな子であることには気づいていない。
「にゃ。メルシシルーでゴザル。じゃあ次はニャーコの番でゴザルよ」
「え、本当? ありがとう!」
洗い終わったメリスが、お返ししてくれるそうだ。計算通り。しめしめである。
最初は背中をごしごしと洗ってくれるメリス。
しかし、ナナコは知っている。
ここからがすげぇんだと。
「え……!?」
隣でメリスとナナコのやりとりをチラチラと見ていた2人のクラスメイトの女子は、初めこそ「仲いいなぁ」と思っていたが、次第に驚愕することになった。
なんでメリスはナナコの背中だけでなく、前面も洗っているのかと。
「ちょ、アンタたちそれはさすがにおかしく……んん? ええぇ……っ!?」
常識的なツッコミを入れるクラスメイトだが、そのセリフは最後まで口にできなかった。
背中を流してくれた中学生たちにお返しをしてあげるささらとルルが、当たり前のようにメリスたちと同じことをし始めたのだ。
真っ赤な顔で洗われるささらリスペクトのですわっ娘と、くすぐったさに体を捩ってキャッキャするルルリスペクトの元気っ娘。
クラスメイトの女子は、「あれ、もしかしてこれが本来の洗いっこ?」と自分の常識に疑いを覚えた。
中学生たちも同じだ。「高校生の洗いっこやべぇ!」とドッキドキである。
この頃になると、お姉さまたちからお礼に背中を流してもらっている中学生が増えていたが、その視線が洗い場の鏡に反射して、各お姉さまたちへ突き刺さる。
ささらとルルから洗ってもらっている同級生の特別感が半端じゃない。丁寧に丁寧に洗ってもらって、まるで実の姉妹のような絆が構築されているではないか。
もしかして、私もあんなふうに洗われちゃう?
修行中も探索中もいっぱい仲良くしてきたし、妹契約されちゃう!?
もちろん、そこまでを求めていない子もいる。
そういう子は照れて首を振るので、わかりやすい。
そんな中で、命子もまた2つの視線を受けていた。
命子はクララと萌々子の2人の背中を流していた。
どこも引率者2人と中学生4人というパーティなので、みんなこんな感じだ。
現在、命子が洗っているのはクララ。隣では萌々子が光子を泡々にして洗っている。
そんなクララから、『も、もしかして、私もやってもらえちゃったりするんですか!?』みたいな期待に満ちた視線が、鏡に反射して命子にビシバシと飛んできていた。
命子は己が蒔いた種が芽吹き、ついに世界へ広がり始めた気配を実感するとともに、いよいよ逃げられない局面にきてしまったことを悟った。
「是非に及ばず」
命子は口の中で呟いた。
ここは、なぜか『ささらルル式洗いっこ』が仲良しのバロメーターになっている特殊フィールド。石音元部長もその仲間たちも続々と陥落している極めて強力なフィールド効果だ。
「じゃ、じゃあ……次は前」
「「ひゃ、ひゃい!」」
「ぴゃ、ぴゃわー……ま、まずは頭から」
たったいま、隣で紫蓮も陥落した。
ちなみに、紫蓮は市子と新奈を相手している。
この状況下にあって、どうしてクララの期待を裏切れようか。
いつも凄く頑張っているのに、『命子お姉さまはそんなに私のこと好きじゃなかったんだ』などとしょんぼりしてしまったら、とても可哀そう。
「是非に及ばず」
もういっちょ是非に及ばず。つい最近覚えた言葉で、命子のプチブームだった。
なんにせよ、こうなったらやるっきゃない。
命子はボディソープを過剰に出し、クララと萌々子をアワアワにして洗いまくった。やけっぱちだった。
こうして、ほぇーっとする中学生たちができあがった。
湯船にほえーっとして浸かり、脱衣所でほぇーっと浴衣に着替え、さらに脱衣所ではお姉さまに髪を梳かしてもらってほぇーっとする。
そうして、中学生たちは怒涛の新体験に心をふわふわさせながらお部屋に向かう。
これがダンジョン探索……生死を懸けた大冒険……しゅごー……。
と、廊下を歩いている時である。
「う……ぁ……」
中学生男子の葛西君と遭遇した。
恋している山野さんの湯上り姿を見たくて、狙っていたのが容易に想像できるプレイである。
しかし、男子中学生には湯上りの同級生やお姉さまたちが大変に輝いて見えたようで、たじろいだ。すんごい良い香りもするし。
「な、なんだよ、山野。ふ、風呂入ってきたのかよ。は、はんっ!」
ドギマギするあまり、キレのないイチャモンをつける葛西君は思春期。それでも口を開けるだけ大したものであろう。
同級生たち曰く、いつもならここで山野さんがキャンキャンと言い返してラブコメに発展するそうだが、今日は違った。
「ん? ああ、葛西。アンタもお風呂入ったほうがいいわよ。じゃあね」
山野さんがクールに言って、あしらった。
葛西君の下で足を止めることもなく、対応に費やしたその時間は5秒ジャスト。
「お姉さまー、夕ご飯はどんなお料理でしょうね。あたし、楽しみです!」
「ねーっ、楽しみだね?」
「はい!」
楽しげな声でそう言って、石音元部長の仲間のお姉さまに腕を絡める山野さん。
そう、山野さんはお姉さまにピカピカに洗ってもらい、子供には興味がなくなってしまったのだ!
「あ、そうだ。あとで一緒に防具を選んでほしいです。ダメですか?」
「うふふ、いいわよ。でも明日も早いからちょっとだけね?」
「はい!」
たーのしーい!
そんな山野さんの後ろ姿を、呆然として見つめる葛西君。
「すまん、葛西君……っ! すまん……っ!」
かつて自分が口にしたお茶目な冗談が、時を超えて葛西君にネトラレを体験させてしまったことに、命子はビビった。
まあ一時の気の迷いだろうから、どうか頑張ってほしい、と命子は心の中で葛西君にエールを送った。
読んでくださりありがとうございます。
作者はTwitterをやっているんですが、そこの本日のダイジェストがパワーアップ?しました。
良かったら見てください٩( ‘ω’ )و