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10-10 イメチェン

本日もよろしくお願いします。


 それは、暖かな春の陽気をお休みして、冬に戻ったような肌寒い日のことだった。

 外はゴロゴロと雷が鳴り、今にも雨が降りそうな曇り空。


 努力が高効率で定着するため、昼休みともなれば校庭で元気に運動する子がいる昨今の女子高事情だが、さすがに雨の日はそれもオフで、みんな校舎内でキャッキャに興じている。


 メリスの場合、こういう日はマンガを読んだりお喋りしたりして過ごした。

 日本語には随分慣れたが、まだわからないこともあるので、その穴を埋めるためにマンガやお喋りは良い教材になるのだ。特にマンガはわからない言葉が出てきた時に自分のペースで調べられるので、好んで読んでいた。

 この日もささらと一緒に図書館からマンガを借りてきて、すぐに話に引き込まれていった。


 ささらも、本日はマンガでボキャブラリーを補完している。

 なお、ささらの借りたのは学校図書のマンガコーナーのレギュラー『火〇鳥』。マンガ史に残る名作だが、現代の女子高生のボキャブラリーが養われるかは謎である。


 一方、命子とルルはクラスメイトに囲まれてキャッキャしていた。

 本日の遊びは、名づけて心眼ゲーム。そのプレイの様子が『風女ちゃんねる』でライブ中継されていた。


 用意するものは2つ。竹串と5円玉。

 やり方は至って簡単。落下する5円玉の穴へ、手に持つ竹串を通すのだ。

 男子中学生が好みそうな遊びである。


 5円玉を弾いたルルは、まるで決闘するガンマンみたいに腰を深くして構えた。

 その視線の先に、たったいま指で弾いた5円玉が自由落下してくる。


 女子たちがゴクリと息を呑む。

 女子のキャッキャとは騒がしいだけに非ず。みんなで集まってむむむっとした静寂を演奏するのもまたキャッキャなり。


 横、縦、斜めと高速で回転する5円玉を、美しく光るルルの『猫眼』がじっと見つめる。

 次の瞬間。


「にゃしゅ!」


 凄まじい速度で手を突き出したルルは、竹串を5円玉の穴へ見事に通していた。この遊びで初めての成功者だった。


「キスミア猫に捕らえられぬ猫じゃらしは存在しないデス」


 5円玉を突き刺したポーズのまま、ルルがキメゼリフを口にした。竹串に貫かれ、5円玉の稲穂柄がゆらゆら揺れる。ついでにネコミミも得意げにピコピコ。


「「「す、すっげぇ!」」」『『『す、すっげぇ!』』』


 女子高生とライブ中継を見ているリスナーさんのコメントが重なった。

 静寂のちに爆発。緩急つけたこれもキャッキャの一つの型である。


「ふっ、さすがルル。やりおるわ」


 命子が拳をムニムニして不敵に笑った。


 次はそんな命子の番。

 命子は右手に竹串をちんまりと握り、左手をそれらしい形にして5円玉をちょこんとセッティング。


 リスナーさんたちがゴクリと唾を飲んで視聴する中、命子はギンッと瞳を光らせて5円玉を弾いた。


 ペイン、と5円玉はみっともない放物線を描いて、教室の床に転がった。

 神速のフラグ回収である。


「待って待って待って!」


「はい、罰ゲーム!」


「控え控え控えおろーい! いまのは違うから! 素振りだったの!」


「みんなも飲んだんだからダメー。罰ゲームでーす」


「やだやだやだやだ! う、うわー!」


 このゲームは罰ゲーム制だった。

 内容は激苦の青汁である。


 と、そんなふうに命子が全世界へ醜態をお届けする最中のことであった。


 マンガの世界に引き込まれていたメリスの目に、こんなセリフが飛び込んできた。


『キャラが被ったキャラは自然消滅するんだピョン』


『そ、そんなことないぴょん!』


『そう思っていられるのも今のうちピョン。運命からは逃れられないピョン』


『私は負けない……負けないぴょん!』


 別にそんなことはないだろう。

 実際にこのマンガでは、言われた方の被りキャラは特に消えることもなく、キャラ被りを弄られるポジションだ。このセリフ自体も夢の中で弄られている最中のものだった。


 だが、このやり取りを見たメリスは衝撃を受けていた。

 このキャラが、まるで自分のことのように思えたのだ。


 ピシャゴーン!


 その心情を具現化したように、外でおっきな雷が鳴った。




「わ、私が青汁を飲まされてたあの日にそんなことが……」


 メリスの話を聞く命子は、わなわなとした。


 あまりの事実に、命子のお箸が自然と目の前にあるカラコロニワトリの鳥刺しを摘み、ワサビ醤油にチョンチョンと。そのままお口へジャックイン。

 鶏肉の濃厚な甘みがワサビ醤油と絡まって、命子は思わずニコパとした。


「メーコ! ちゃんと聞いてるデスワよ!?」


 メリスに注意されて、命子は慌ててわなわなモードに切り替えた。


 そんなふうに怒ったメリスを、ナナコが肘で軽く突いた。

 メリスはハッとしてリテイク。


「メーコ! ちゃんと聞いてるでゴザルか!?」


「二度怒られる仕様!」


 怯える命子に、すかさず紫蓮が小皿に取り分けたチャーハンを手渡した。


「羊谷命子。はい」


「せんきゅー!」


 命子は真剣な顔をしながら、紫蓮と並んでチャーハンをもぐもぐした。


 さて、そんなことを話す命子たちは、ダンジョン区にある居酒屋に来ていた。

 引率お疲れ会を予定していたのだ。中学生は帰してしまったが、萌々子だけはお姉ちゃんと一緒に帰るので参加している。


 居酒屋は料理が豊富でお酒を飲めなくても楽しいものだ。

 この居酒屋の場合は、ダンジョン料理を出してくれる人気店で、それだけでお酒を飲めなくても来る価値があるというもの。


 というわけで、この居酒屋で命子たちはイメチェンしたメリスの話を聞いていた。


 メリスは「まったくメーコは」と零しながら、自分も鳥刺しをワサビ醤油で食べ、ネコミミとネコシッポをシュピピとした。ワサビが効くらしい。


 そんなメリスに、ささらとルルがフォローを入れる。


「キャラ被りがワタクシにはどんなものかわかりませんが、メリスさんはとても素敵ですわ」


「ニャウ。メリスはメリスデス。たった一人のキスミア猫デス」


「シャーラ、ルル、メルシシルー。でも、これは拙者が乗り越えなければならなかった問題でゴザル」


「メリスさん……」


 ジーンとするささら。

 ルルは、よく言ったデス、みたいな顔で大仰に頷いた。


「話が壮大」


「ささらの情操教育が捗ってるな」


 紫蓮と命子は、大げさな3人のやり取りを面白がった。


 メリスの話は続いた。




 命子が青汁を飲まされた日以降、メリスは思い悩んでいた。

 調べれば調べるほど、キャラ被りの恐ろしさがメリスの目に飛び込んでくる。


 しかし、メリスはルルやささらたちには相談できなかった。

 彼女たちとは並び立つ存在でありたい。メリスにだってプライドがあるのだ。もちろん、これは命子や紫蓮だって同じである。


「パパさん。教えて欲しいことがあるデスワよ」


「おっ、なんだい、メリスちゃん」


 なので、一緒に暮らすルルパパに相談してみた。

 ルルパパは娘に、「うん」ではなく「ニャウ!」がいいよ、と教え込んだ変t……萌えを知る者なので、キャラ被りという概念もよく知っていると思ったのだ。


「キャラ被りは負け猫デスワよ?」


「え、キャラ被りかい? たしかにアニメとかだと、似たキャラは自然と出番が少なくなっちゃうね。負け猫かどうかは……うーん、微妙なところかな」


「で、出番が……? みゃー」


「もしかして好きなキャラがキャラ被りしてたのかい?」


 ルルパパはまさか現実の話をされているとは知らず、哀れみに満ちた目をメリスに向けた。そのキャラはたぶん近いうちにフェードアウトするよ、と言わんばかりの目だ。


 ルルパパは、キャラ被りといえば物語の中の話だと思っていた。

 しかし、現実でもこれは起こり得る。


 身近なところでは服装で、自慢のコーデが被るとテンションが下がる人はいる。

 見えないところだと、性格や口調、立ち位置などを知らずうちに調整して、グループ内でバランスを取る人もいる。

 みんなと同じはホッとするけれど、量産品にはなりたくないのが人の性なのだろう。


 現実なので『出番が少なくなる』ということは少ないだろうが、それでもいいことではない、とメリスは思った。


「主殿ー。準備できたデス!」


 2人が話しているリビングに、練習用の道着を着たルルママが入ってきた。その足元では、愛猫のジューベーが追従している。

 時刻は夜のことだが、2人と1匹は今からお庭で修行するのだ。


 それよりも注目すべきは、ルルママの夫への呼称である。

 この男、妻から主殿と呼ばれているのだ。

 というか、ルルママはアニメやマンガに影響を受けて、夫への呼称がちょくちょく変わる人だった。アナタ、ダーリン、お前殿、アキにゃん——などなど、定期的にルルパパは脳が活性化する日常を送っていた。ちなみに、ルルパパの名前はアキウミである。


「……パパさんにとって、ルネットママはヒロインデスワよ?」


「え!?」


「にゃ、にゃんと!」


 メリスの呟きに、ルルママは期待した瞳をシュバッと主殿へ向けた。

 え、なにこの羞恥プレイ、という内心を完璧に隠し、ルルパパは言った。


「そうだね。ルネットママは俺の人生のたった一人のヒロインだね」


 照れくさそうにしつつも、しっかりと言葉にするあたり、さすがに海外の女性を射止めただけある。


「みゃー!」


 ルルママが喉の奥から猫っ気を出して、主殿のお腹に突撃した。

 メリスは、ルルパパにとってルルママは唯一性を持っているのだな、と目の前で繰り広げられているイチャコラをスルーして、大真面目に頷いた。哲学者メリスである。


「お風呂頂きましたわ、んぇええ!?」


「お風呂から上がったら両親が親友の前でイチャコラしている日常についてデス! メリスはどうしてそんなクールな目で見てるデス!? どういう現象デスか!?」


 と、ささらとルルがお風呂から出てきて、怯えた。

 メリスも先ほどまで一緒に入っていたのだが、さきほどの質問を2人に内緒でするために先に上がったのだ。


 そんな賑やかな流家での一幕。

 命子パパと同じように、ここにもまた勝ち組が存在した。




「ニャーコ。折りウィって話があるデスワよ」


「ほう、聞こうか。ちなみに折り入ってね」


「おりいって」


 その翌日、メリスは学校に来るなり、ナナコを捕まえた。

 メリスにとって『ナナコ』は言いにくいようで、『ニャーコ』と呼んでいる。

 別に猫っぽくないナナコだが、この呼び方を大層気に入っていた。


 場所を教室から自動販売機の前へ移動。


 自動販売機に100円玉を入れたメリスは、クイッと親指を自販機に向けた。

 ナナコはバナナオレを押し、チューとした。

 無言のやりとり。こういうのがカッコイイと思うお年頃だった。


「それで、話ってなに?」


「正直に答えてほしいデスワよ」


「え、うん。いいよ」


 前置きしたメリスは少し逡巡を見せたあと、顔をほんのり赤らめて口を開いた。


「せ、拙者はキャラ被りしてるデスワよ?」


「ゴフッ!」


 ナナコの鼻からバナナオレが出た。

 女子高生にあるまじき失態に、ナナコはすぐにハンカチで鼻を拭い、今のはなかったことにした。


「いやいや、そんなに可愛くてキャラ被りって」


 ファンタジーの恩恵を受けて自分に大きな自信を持てるようになったナナコだが、そんなナナコから見ても、メリスはまったく敵わない美少女だった。

 これでキャラ被りとは贅沢というものだ。


 だが、メリスが言いたいこともわかる。わかってしまう。

 つまり、ナナコも若干、メリスはルルとキャラが被ってるなと思っていた。


「ふむ」


 ナナコは片腕組みをしつつ、バナナオレをチューとして考える。


 その際に片足に少しばかり体重をかけるのがポイント。

 修行によりスラリとした美脚がスカートからにょっきりするさまは、暴力的なまでに女子高生してる。最近のナナコは、このモデル立ちがお気に入りだった。

 鼻からバナナオレを出したのは本当になかったことになっているようだ。


「よろしい。それじゃあメリス。やつらに内緒で特訓するわよ!」


「ホントデスワよ!? ニャウ、やるデスワよ!」




 メリスとナナコの秘密の特訓が決行されることになったのだが、その日は中学生たちとダンジョンに潜る日と被ってしまった。最初にナナコと約束してしまったので、メリスは不参加になった。


 そして、特訓当日。


 ナナコは地元である隣町の駅の改札付近でメリスを待っていた。


 隣町は、風見ダンジョンのおかげで全体的にかなり栄えていた。

 宿泊施設が物凄く増えたし、都会でしか見たことがない飲食店の看板も増えた。

 それに伴って税収が増え、インフラや補助金の充実など、一般世帯の暮らしにまで影響を及ぼし始めている。


 そういうわけで、この駅では冒険者が多く乗降車していた。

 4月である現在は状況的に中高生も多く混じっている。


 さて、普通の女の子だったナナコだが、一年間のファンタジー修行によって、今ではキラキラ粒子を纏う美少女に成長を遂げていた。

 しかも、冒険で手に入れたお金によってお洋服も充実しており、片足に体重をかけたお得意のモデル立ちをするその姿は、自信に満ち溢れた様子である。


 そんな娘が駅に立っているわけで、ナナコをチラチラと見る男子はかなり多い。

 ナナコはゾクゾクした。


 そんな状況なので、若干震える手でシャランと髪を払って気取ってみたり。

 手が震えてしまうのはご愛敬だ。


 遠くから電車が来た音がする。

 予定通り、降車した客に混じってメリスがやってきた。


「えぇえええ?」


 その姿を見たナナコは気取ったポーズを止め、手を中途半端に上げてあわあわした。


 本日のメリスは、ショートパンツにロングカーディガンという姿。それらは全て『G級ボス補助級防具』という贅沢仕様だ。


 そんなメリスだが、今日はさらにマスクとサングラスをつけていた。

 ナナコの前まで来たメリスは、サングラスの縁を摘まむと、少しだけズラして悪戯っぽく笑った。


「にゃっふっふっ。ニャーコ、拙者デスワよ」


「な、な、なんも隠せてないよー!?」


 ナナコは思わずツッコンだ。


「バカなデスワよ!」


 そのツッコミにメリスは小さくぴょんと跳ねた。


 マスクとサングラスはすれども、銀髪ボブカットにはネコミミがぴょこん、長い足をチラチラさせるロングカーディガンに入ったベント(背後のスリット部分)からはネコシッポがこんにちは。

 ナナコの言うとおり、なんにも隠せてなかった。


「と、とりあえず行こう」


「ニャウ!」


 目立ち過ぎたので、ナナコはメリスの手を引いてその場から脱出した。


「ハッ!? まるでアイドルとの逃避行!」


 ナナコはハワッとした。

 それはナナコの人生で一度はやってみたいリストに載る『町中でアイドルと一緒に逃げる』シチュエーションと似ていた。ただ、別に追っかけとかはいないが。


「もうニャーコのお家に行くデスワよ?」


「う、うーん。喫茶店にでも行こうかと思ったけど……そうだね、あたしんち行こうか」


 面倒な事態になったら嫌だし、ナナコは予定を繰り上げて、今日のお泊まり会場に行くことにした。


 そういうわけで、ところ変わってナナコのお部屋。


 全体的に明るい色調の壁紙や家具が揃った部屋で、少女漫画やゲームが本棚に綺麗に並んでいる。現代っ子の御用達家具である武器庫もあり、女の子らしい綺麗な部屋の中でかなり浮いていた。


「ネコミミ美少女があたしのお部屋に生息してる……なんだこのアニメ」


 ふかふかのクッションに割座で座るメリスを見下ろして、ナナコは慄いた。

 どうしちまったんだ、あたしの人生は、と。


 ショートパンツから伸びた細い太ももは割座したことでもちっとし、少し見る角度を変えるとお尻から生えたネコシッポがピョコピョコ動いている。


 ナナコはドキドキしてきた。


 そんなふうに、まるで彼女が部屋に来た男子のような狼狽え方をするナナコを見上げて、メリスは小首を傾げながら言った。


「それで、ニャーコ。特訓はなにをするデスワよ?」


「ハワッ! トリップしてた」


 正気を取り戻したナナコは、テーブルを挟んで座椅子に座って、咳ばらいを一つ。


「えっと。まず、メリスちゃんに聞きたいんだけど。その語尾はもう癖になっちゃってる感じ?」


「ノーア。普通に喋れる」


「えぇええええええええええ!?」


 いま明かされる驚愕の事実!

 イントネーションは少しおかしいものの、語尾は普通だった。


「いやいやいや、そんなことってある!?」


「これもシノビィの生存戦略デスワよ」


 あわあわするナナコをしり目に、メリスは一人で納得したようにうむうむとした。


「じゃ、じゃあ、まずはそれを止めたらいいと思うよ」


「デスワよはダメデスワよ?」


「ささらちゃんがいるからね。やつは天然物のですわお嬢さまだもん。やつには勝てっこないよ」


「ニャウ。シャーラは強いデスワよ。じゃあ、拙者はなんて言えばいいデスワよ?」


「本日はそれを考えていきましょう」


「わかったニャン!」


「うっわ、なにそれカワイっ!」


 もうこれでいいんじゃないかなとナナコは思ったが、それではお泊まり会をする意味がないので一日付き合うことにした。


 それから2人は、ゲームをしたり、お喋りをしたり、お部屋でできる修行をしたりして、語尾を開発していった。


 時間はあっという間に過ぎ、夕方。


「そういえば、ニャーコのパパとママはどうしたメル? ご挨拶したいメル」


「あ……え、えへへ。今日はあたし以外みんなで旅行に行ってるの」


 特に中学2年の弟が邪魔だったので、ナナコがみんなに旅行券をプレゼントしたのだ。

 まさか彼氏!? と親に疑われたが、事情を話して理解を得た。思春期の弟が本当に邪魔なのだ……っ!


 2人っきりだね、みたいな雰囲気を出すナナコに対して、メリスはふーんと頷いた。

 ささらの家に泊まりに行く時も、MRSの関係でよく両親が不在なので、特に驚かなかった。


「そうだ、ご飯はピザを取ろうと思うけど、どう?」


「いいメルね!」


「よし、決まりね! あと『メル』はダメかも」


「拙者もそう思ってたところメル」


 メルはダメだった。




「んー、美味しい!」


「パンの端っこがもっちもちナノ!」


 注文してすぐやってきたピザを2人で食べる。


「昔だったらこんなに食べたら、体重計に乗って絶望するところだったけどねー」


 ナナコはそう言いながら、チーズたっぷりのピザをニコニコして食べる。今はたくさん運動しているし、ジョブ効果もあるのか、意識したダイエットをする必要は全くなかった。


「キスミア人は太りにくいから、わからない悩みナノ!」


「語尾と合わさって引っ叩きてぇ……っ!『ナノ』はなしっ!」


「ナノはダメナノ!」


 ナノもダメだった。


 ちなみに、キスミア人は体質的に太りにくい。

 寒い地域なので、体の表面積を小さくすることで熱を逃がさないようにしていると考えられているが、最近になって魂の領域が存在することが判明してしまったため、正確なことはわからなくなった。


 さて、晩御飯も食べ終わり、しばらくするとお風呂が沸いたメロディが鳴った。

 その瞬間、メリスはネコミミをピンとした。


「ニャーコの家もこの曲ナノジャ! にゃんにゃんにゃんにゃん、にゃにゃにゃにゃにゃん♪」


 メリスは体を揺らしてメロディを口ずさみ——


「お風呂が沸きましたよ。温度に気をつけてくださいね、ナノジャ!」

『お風呂が沸きましたよ。温度に気をつけてくださいね』


 ——湯沸かしパネルとキメゼリフをハモッた。


「可愛いかよ……っ!」


 ナナコは今度誰かの家でこのあざといネタを使おうと思いつつ、これがネコネコ進化かと慄いた。


「ルルちゃんの家もこの曲なの?」


「ニャウ。ルルの家だけじゃないナノジャ。シャーラの家も、メーコの家も、シレンの家も同じナノジャ」


「へぇ、英雄たち御用達のお風呂メーカーかよ。やんねぇ。あと『ナノジャ』はメリスちゃんに合ってないね」


「ナノジャもダメナノジャ!」


 ナノジャもダメであった。


「それじゃあメリスちゃん、先にお風呂に入っていいよ」


 ゲストなので一番風呂を譲ったナナコだったが、次の瞬間、予想外の言葉が返ってきた。


「えっ、ニャーコは一緒に入らないでゴザルか?」


「えっ。にゃ、ニャーコも一緒に入るでごじゃるか? ごじゃるのか!?」


 コテンと首を傾げるメリスに、思わずオウム返しをするナナコ。


 そういえば、風の噂で聞いたことがあった。

 なんでもルル、ささら、メリスはいつも一緒にお風呂に入っているそうな。


 ナナコは日本人なのでささら目線になってしまうが、美少女外国人2人と一緒にお風呂に入るささらはすげぇやつだと思っていた。前世でどんな善行を積めば、そんな人生になるのかとも。


 いったい、そこでなにが行なわれているのかは、某ロリ顔の友人は口を割らなかった。

 ならば、これは自分がこの目で確かめるしかないのではないか。


「そ、そ、そうでごじゃるね。時間も勿体ないし、一緒に入るでごじゃるよ!」


「ニャウ。一緒の方が楽しいでゴザル!」


 その夜、ナナコはほけぇーっとして眠れなかった。

 笹笠ささら、恐るべし。

 あんなことを毎日しているとか、そりゃツヤピカするわ、と。


 あと、メリスの語尾がゴザルに決まった。




 途中からなにがあったのか命子たちは聞けなかったが、とにかくお泊まり会をして、メリスの語尾を決めたらしい。


 メリスは、放課後に一緒にいるのが命子たちに偏りがちだったので、こうして交流関係を広められたのは、命子にはとても良いことに思えた。


「ところでメーコ。中学生たちと10階層まで行くでゴザルよね?」


 メリスがさらりと語尾を操って言った。


「うん。妖精店まで行けば盤石だし、あの子たちと妖精店でお泊まりしたいしね」


「じゃあ次からは拙者も行けるでゴザルから、組み込みをお願いするでゴザルよ」


 メリスは風見ダンジョンには入ったことがなかったが、マナ進化者の特権である『G級、F級の階層フリーパス』が使えるので途中からでも参加できた。


「オッケー。もしかして中学生パーティには組み込めないかもしれないけど、妖精店に来てくれればそのまま遊べるから、そんな感じで考えといて」


「わかったでゴザル」


 と、命子とメリスの話を聞いていたナナコが、シュバッと手を挙げた。


「あたしも行きたい! 一緒にお風呂に入りたいじゃなかった間違えた。一緒に冒険したい!」


 欲望がモロに口から出たナナコに、命子は思わず、バッとメリスへ驚愕の視線を向けた。

 いきなり見られたメリスは、むむむっとした顔でニャンのポーズ。


 アクションがまったく嚙み合っていない2人だが、こいつやりやがった! と命子はビビるのだった。


読んでくださりありがとうございます!


お風呂が沸いた有名な曲は音の商標になっているそうなので、セリフなどを変えております。

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― 新着の感想 ―
5円玉ゲームのくだり、かわいすぎる
[良い点] まぁ、確かにメリスはルルとささらとキャラが被ってたからね…… [気になる点] それにしても一体お風呂でナニが……((((;゜Д゜)))))))
[一言] ナナコチャン最近出番が増えてますね、なかなか良いキャラですよね。 私もキャラかぶってるなと思ってました。
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