10-9 中学生と冒険 3 中学生とキャンプ
本日もよろしくお願いします。
ダンジョンの各階層の終点である、通称エンドなどと呼ばれたり呼ばれなかったりするその辺りは、冒険者たちのキャンプ場になっている。
このキャンプこそが冒険の醍醐味という冒険者も多く、昨今ではそんな彼らをサポートするキャンプツールもかなり充実していた。
こういったツールは購入する以外にも、いくつかの手段で借りることができた。お試しの冒険をする人やパーティを組まない人もいるため、安価で一式揃うのは割と需要があるわけだ。ちなみに、冒険者協会は利権の問題か人手の問題か、こういうことには手を出していない。
さて、本日の主役は中学生なので、基本的にキャンプのメインツールは彼女たちに揃えさせている。パーティ内でお金を出し合って、キャンプ道具一式を借りてきたのである。
引率者のお姉さんたちに監督されつつ、わちゃわちゃと働く中学生たち。
「ほう。『冒険☆やろう!』のテント」
「はい。ダンジョン区のレンタル屋さんで借りました」
「うむ。最初はそれがいい」
ツールが好きな紫蓮が、中学生たちが持ってきたテントを一目見て言い当てる。
『冒険☆やろう!』は日本で一番有名なキャンプメーカーで、MRSの各サイトでもよく広告が貼られている。
会社の前身は毛筆調のロゴが渋い『冒険×野郎』という、男性をターゲットにしたブランドだったのだが、女性のアウトドアブームをいち早く察知して、ブランドイメージを変更。現在では、ダンジョンブームに乗っかって、かなりの利益を上げていた。
レンタル屋さんも展開しており、日程と1回の見張りの人数を告げれば、ベストのレンタルプランを見積もってくれた。1回の見張りの人数が必要なのは、その分のテントやエアマットの個数が増減するからだ。
ちなみに、レンタルこそ使ったことないが、命子たちもかなりお世話になっているメーカーである。
「これをこうしてっと、できた!」
「おーっ、簡単!」
テントは袋から取り出して、ものの1分で完成するワンタッチ仕様だ。
自分たちの仮住まいが完成してテンションが上がるのは男子だけのことではない。女子だって本日泊まる小さなお家にワクワクだ。
「入り口はあっち向きの方がいい。向きを変えよう」
「はっ、そうでした!」
「こっちだと丸見えだ!」
「うむ」
紫蓮が指導し、テント作り班の子はテントを持って入り口の向きを壁側へ変える。
戦闘や探索とは違い、女子中学生たちはキャンプに盲点が多かった。
地上で練習があまりできないのは探索と同じだが、キャンプは冒険の華やかな部分から少し外れているため、細かなところまでは予習できなかったのだろう。
しかし、それは引率者も最初はそうで、2、3回キャンプをして手際を良くしていくものだ。
「それじゃあ、みんな。見本を見せるからね。部長、いきますよ?」
「オッケー」
命子と石音元部長は魔法が得意なので、お水準備班だ。
キャンプスペースが水浸しになると問題なので、少し離れた場所で実習している。
水は用途がたくさんあるため、キャンプの時はタンクタイプがベスト。
ダンジョンに持ち込むタンクは蛇腹状になった折り畳み式のもので、やはり荷物にならない造りになっている。
さらに魔法で生み出される水はバケツをひっくり返したような出現方法のため、『冒険☆やろう!』のタンクは注水口が巨大な漏斗に変形する工夫が凝らされていた。
部長にビニール製の漏斗を広げてもらい、命子は自身も漏斗を支えつつ、魔導書から水を生成した。漏斗はその水を上手くキャッチして、タンクに吸い込まれていった。
それを3回行なうと、タンクは水で満たされてパンパンになった。
「それじゃあやってみましょう!」
「「「はい!」」」
元気にお返事した女子中学生たちは、ゴミ袋に穴を空けて作られた簡易エプロンを装着している。水で衣服が濡れると面倒だからだ。
その格好にファンタジー感はゼロだが、実習感は100点である。
「ザバーってなるからね。気をつけてね」
「はい。じゃあいきます。水よ」
「ふわわっ、あわ、あぶな! お、おー、貯まってる!」
ビニールタンクに、女の子たちが魔法で生み出した水が流れ込んでいく。
魔法制御が上手い命子とは違い、漏斗を支える手や腕にびちゃびちゃと水が飛び跳ねているのはご愛敬だろう。
「水ができたら料理班に持っていってあげてね。3つもあればいいかな。あとは手洗いと飲料用ね」
「わかりました!」
1パーティなら調理用に1つで十分だが、今回は合同なので多めに振り分けている。
代わりばんこに魔法を使う女の子たちは、自分で水を発生させてとても楽しそうだ。
世界がファンタジーになりました! となったけれど、こうして魔法を使っていいフィールドにやっと足を踏み込めた。彼女たちにとって、これからが始まりなのである。
と、その時であった。
「おい、山野。お前、ちゃんとできんのかよ?」
男子中学生が1人、からかいに来た。
男子は少し離れた場所でキャンプを開いているのだ。
「なによ。男子はあっち行きなさいよ。葛西だってやることあるんでしょ」
「もう俺の仕事は終わったし。それよりも早く使ってみろよ」
「言われなくても使うし。アンタも暇なら漏斗押さえてよね」
少し離れた場所から、命子と部長はむむむっとした顔で、葛西くんと山野さんの会話を聞いた。
山野さんはツンケンしてるのに、結局手伝わせる。葛西君も文句を言いつつ手伝い始めた。これ如何に。
そんな命子の視線が、2人の延長線上にいるエアマット膨らませ班のクララと交錯した。
クララはシュババとハンドサインし、命子もシュババとハンドサインを返した。
「大体予想はつくけど、なんだって?」
部長が問うた。
「想像のままです。どうやら葛西君と山野さんは両想いだけど素直になれなくて、用もないのにすぐにお互いの近くに来て、喧嘩するらしいです」
「口の中にレモンの砂糖漬けの味が広がったわ」
どこの学校でも毎年一件は転がっている事例である。
「うぉい、水が撥ねたぞ。下手くそ!」
「あははっ、アンタがちゃんと押さえてないからでしょ!? バーカ!」
「お前が下手だからだろ!」
キャッキャキャッキャ!
「私はなにを見せられているんだ……っ」
「女子高に通わなかった私たちのIFの物語よ」
「あ、あれが……?」
「まあ、女子高でもあったけどね。ほらっ、ミナと藤田。あいつら、最近一緒に暮らし始めたの」
「え、ミナ先輩と藤田先輩が!? ライバル同士だったんじゃないですか!?」
「ああいうイチャイチャだったのよ」
命子は卒業した先輩たちの意外な暮らしぶりを聞いて、ほへぇとなった。
部長は、引っ越し祝いでアパートに行ったらシングルベッドが一つだけしかなかった、という情報をグッと堪えた。中学生も聞いてるし。
「あいつらはいつもあんな感じなんです」
「ねー。見てるこっちが恥ずかしい。とっとと付き合えばいいのに」
一方の中学生たちはクールである。
そんなプチイベントを視聴しつつお仕事を終えると、暇な子たちは自然と料理班のお手伝いに集まりだした。葛西君はさすがに帰った。
料理班はささらを指導員にして、中学生たちがせっせと調理を進めていた。
ここには日ごろから料理をしている子が集まっているので、とても手際が良かった。
萌々子もこの班で、光子を頭に乗っけてテキパキと料理している。
通常、初めの冒険は手の込んだ料理はできない。調理器具の持ち込みに苦労するからだ。
この点だけは命子たちが【アイテムボックス】に入れて持ち込んでいた。せっかくの冒険者デビューなので、楽しいキャンプをしてほしかったからだ。
というわけで、いつものようにバーベキューである。
中学生が下処理した食材が各班に振り分けられて、いくつも設置された網の上で焼かれていく。
「ルルお姉さま、どうぞ!」
「ありがとデス。おーっとっとっと、そのくらいで」
中学生たちが先輩たちのお皿に『冒険のタレ・甘口』を注いでくれる。まるでお酌。
食品メーカーも冒険者をターゲットにした商品を展開しており、レトルトとソース系は特に種類が多い。
中でも、オバラ食品が出している『冒険のタレシリーズ』は大ヒット商品になっていた。
「ほふ、うまっ、うまぁ!」
「あちゅ、美味しい!」
女子中学生が蕩けた顔で熱々のお肉を頬張る。
彼女が食しているのは、カエルのお肉である。
ほかにもヘビ肉がスタンバイ。
風見ダンジョンには鶏肉をドロップするカラコロニワトリという魔物が出てくるが、これは5階層からしか出てこない。現在は4階層目なので、お肉はカエルかヘビの2択なのである。
日本人にはあまり馴染みがない食材だったが、それも今は昔。
昨今の女子はカエルもヘビもウサちゃんも食べる。もちろん、生理的に受けつけるのならという注釈はつくが。
「久しぶりにカエル肉食べたけど、育ち盛りの体に染み渡る味だな」
命子はカエルの太もも肉をもむもむしながら、変な感想を言った。唇をテカテカさせるさまはリップいらずなのである。果たして、育ち盛りなのかは不明だが。
「クララちゃん。楽しんでる?」
網の上でお肉が焼ける姿をワクワクした顔で見つめるクララに、命子が尋ねた。
「はい、凄く楽しいです!」
「モモちゃんは?」
「私も楽しいよ。ね、光子?」
「っっっ!!」
「それなら良かった。私も凄く楽しいからね」
命子の言葉に、クララは満面の笑みを深めて喜んだ。
中学1年生と高校生は、大人からするとなんて事のない年の差だが、この年頃の子供たちにとっては物凄く大きな差だ。
だから、こうして一緒に冒険して……ぶっちゃけ遊んでもらって、お姉さまたちは迷惑しないかなと中学生たちは心配だった。
しかも、今回引率してくれた人は、部長チーム含めて世界的に注目される有名人ばかりなのだし。
けれど、命子だけでなくお姉さま全員が一緒に楽しんでくれて、クララはそれが嬉しかった。
この感情は、命子の妹である萌々子には薄いものだった。クララや市子たちのような他人だからこそ芽生える不安なのだ。
バーベキューが終わった後も、お姉さまたちに教えてもらいながら見張りを体験していく。
基本的に大人に憧れる年頃なので、中学生たちへなにかを語れば、目をキラキラさせて聞いてくれる。それが先輩的にはとても可愛く、凄く楽しかった。
「はーあ。もう帰るのかぁ」
翌日のこと。
7階層の終点に近づき、クララがしゅんとして言った。
「わかるわぁ」
命子は心の底から出したような声で同意した。
ダンジョンから帰る時は、チャイムが鳴った夕暮れの公園に似ている。あるいは祭りの終わりとか。喩えはなんでもいいが、なんにせよ、もう終わりかぁ、としょんぼりしちゃうのだ。
「でも、クララ。帰るのが遅れたら、次回の許可が下りなくなっちゃうよ」
新奈が言った。
「まあねぇ」
冒険者協会は帰還の時間にそこまでうるさくないが、あまり遅いと親が良い顔をしない。中学生が普通に宿泊しても心配なのだし、それは仕方がなかろう。
未成年者はダンジョンへ入るのに保護者の承認がいるので、この辺りはクララたち中学生だけでなく、女子高生もかなり気をつけていることだった。
「市子の親戚のお兄ちゃん、中学2年生なんだけどね。毎回帰りが遅かったから、両親とダンジョンに入るようになっちゃったよ」
「マジか。たまにはいいけど、ずっとはねー」
市子の親戚エピソードに、命子はうーむと思った。
親は好きだが、そうじゃない感が凄かった。もちろん、たまにならいいのだが。
「そういえば、この前、紫蓮ちゃんも家族で風見ダンジョンのお宿に行ってきたんだよね?」
「うん。母とモグラ妖精の会話が凄かった」
「想像できてしまう」
はわーとモグーの戦いである。
とはいえ、紫蓮は母親が大好きな子なのでとても楽しめたのだが。
最近では、有鴨家のようにG級ダンジョンの宿を1泊2日の小旅行に使う人が増え始めた。10階層に辿り着いている冒険者であるという条件が必要だが、それさえ満たしていれば割と手軽に行ける旅行なので人気があるのだ。
一方、キャンプの場合は見張りが必要なので、家族でやる人はあまりいない。
名残惜しそうにダンジョンの様子を見つめるクララ。
隣では命子も同じ顔で通路の先を見つめる。敵の強さが物足りないとか、命子にはあまり関係ないのだ。
赤いゲートに足を踏み入れ、中学生たちの初めての冒険は終わった。
「ふぉおおお、1万円!」
「なに買うなに買うー!?」
ダンジョンから出た命子たちは、冒険のリザルトを処理した。もちろん、手続きは中学生に経験させて。
その際の売却見込み値は約6万円。見込み値なのは、売った素材はセリにかけられて数日後に振り込まれるからだ。
それぞれのパーティは6人編成なので、等分で1万円ずつ。
多少なりともリスクがある仕事で1万円というのはあまりに安いが、冒険者になりたてはそういうものだ。
【合成強化】や妖精店への売却、生産者へのお土産など素材の使い方は多く、特に最初はほとんど儲けが出ない。
さらに、クララたちはレンタル屋さんでテントなどを借りたので、それを考えると儲けはもっと少なくなる。
世知辛いが、それもひっくるめて冒険である。探索領域、儲け、武具の充実、生産者への依頼などなど、プランを立てるのも冒険者の楽しみの一つだった。
とはいえ、100円を落としたら涙目になる中学生にとって、紙幣の段階でありがてぇ。それが自分の労働で得たものならなおさらだ。
さて、ここでいつもなら打ち上げと行きたいところだが、1泊2日の冒険をした中学生をさらに連れまわすのはさすがにいかんということで、解散する流れになっている。
「またねぇ!」
「お姉さま、楽しかったです!」
「うん、お疲れさま! お父さんとお母さんにいっぱいお話ししてあげてね」
中学生たちは迎えに来た親御さんと帰っていった。それは修学旅行の解散風景に似ているかもしれない。
そんな中学生たちと入れ替わりでやってきたのは、メリスだった。一緒にクラスメイトのナナコもいる。
「おっ、メリスとナナコちゃんだ」
「メリスー!」
ルルがぶんぶんと手を振るが、手を振り返したのはナナコの方。メリスはキリリと緊張した顔でやってきた。
今回の探索では、メリスがお休みだった。
なにやらのっぴきならない事情があるとのことで別行動を取っていたのだが――
そうして近づいてきたメリスは、ナナコの後ろに隠れてもじもじチラチラと命子たちを見る。
なにやら様子がおかしい。
すぐに気づいた命子たちはメリスに注目した。
もじもじを加速させるメリスの背中を、ナナコがポンと押して前に出す。
盾がなくなったメリスは一瞬、ずぶ濡れの子猫みたいな顔をしたかと思うと、別になにもありませんよ? みたいな平然とした様子を取り繕って、帰ってきた仲間たちに言った。
「みんな、おかえりでゴザル!」
「「「ご、ござるー!?」」」
メリスがイメチェンして戻ってきた。
読んでくださりありがとうございます。
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