10-3 運動能力テスト 後編
本日もよろしくお願いします。
紫蓮たち1年A組は体育館でできる測定を終え、今度は校庭に出た。
校庭での測定は少し遅れてしまっているようで、待っている子たちには若干の纏まりのなさが見られる。
もちろん、纏まりがないのは2年生だ。1年生は入学したばかりなので、みんなで纏まって怖い先輩の脅威から身を守っていた。
怖い先輩。
それは冗談にしても、先輩たちはヤバかった。
「はぁああ!」
近場では文系っぽい雰囲気を醸し出した先輩が、立ち幅跳びで3mを超える記録を出し。
「うにゅぉー!」
校庭全体を使う1500mでは、運動のテストとかマジダリィとか言いそうなギャルっぽい子が、スタートから全力疾走してゴールを決め。
「ネコイズパワー、ネコイズパワー!」
反復横跳びのエリアでは、謎の呪文を唱える小柄な女子がシュババと凄まじい速度で左右に移動し。
「我が秘剣を受けてみよ! デッドリーファントム!」
「「「ふっふーい、致死の亡霊!」」」
そして、新種目の一つ『剣速』では、木の棒を持った少女が、即興で考えた必殺技の名前を高らかに叫び、周りの子を盛り上げている。
みんな、一年の成果がどれほどになったのか知りたくて、キャッキャはしているが真剣そのもの。気合も高らかに、お祭り騒ぎである。
ちなみに、ネコイズパワーの子は『テイマー』だ。中庭にあるテイム動物園から応援用に連れてきた猫たちが、彼女に向かって二足立ちになって前足をカキカキしてくれている。これがネコイズパワーらしい。
そんな猫の一匹がバランスを崩してコテンと後ろに転がった愛らしい姿のせいで、カウントしている子の気が散って、もう一度テストすることになった。無念。
「うわっ、あの先輩凄く跳んだ! ねえねえ見た!?」
「っっっ、み、見ました!」
そんな先輩たちの様子は、探り探りな少女たちの関係をグッと縮めるとても大きな助けになっていた。
「むっ、ささらさんが剣速のテストをやる」
紫蓮が眠たげな目で呟く。
声は小さいが、周りの子に教えてあげているつもりだ。
紫蓮の言うとおり、少し離れたところのエリアで、ささらが木刀を持って立っていた。紫蓮のクラスメイトがにわかにざわつきだす。
新テスト種目『剣速』。
運動能力テストとは、学校や日常生活で使用する身体能力をテストし、ケガの予防や能力向上を促進させるためのものだ。
それを踏まえたうえで、昨今では、武器を上手く使うというのが、多くの人の課題となった。
つまり『日常的に使う身体能力をテストする』という目的で、この剣速の項目が追加されたわけである。
テストの分類としては、ソフトボール投げと同じと考えればいいだろう。
ソフトボール投げは、飛距離から体の総合的な使い方を見ている。
これが致命的に下手だとパワーはあっても記録は伸びず、上手いとそこまで力はなくとも良い記録を出すことができる。
同様に、『剣速』も総合的な体の使い方を測定する意図があるわけだが、当然、ソフトボール投げとは全く違う部分の筋肉や体の使い方になる。
ささらは、鍔の部分に速度計がついている木刀を持って、測定用のサークルに入った。
このテストでは、縦振り、横振りを5回ずつ行なう。振り方は自分のやり易い方法でいい。
今まで測定した多くの子も同じだったのだが、ささらも同様に上段に木刀を構えた。あとは振り下ろすだけだ。
「ほわぁ……」
「お姉さま……」
「いい匂いしそう……」
その立ち姿を見つめる1年生たちから、溜息が零れる。
スタイル抜群の美少女が腕を振り上げて構える姿は、あまりに美しかった。
しかし、それも遠くからだからそう言える。
近くで見ているクラスメイトは、ささらちゃんマジおっぱい剣鬼、とビビった。
剣を振り上げられているのに、視線には重力魔法をかけられる仕様。対峙し、重力魔法に抗えなかった者はたちまち斬られる恐ろしき構え。
「ですわ!」
そんなことを考えられているとは露知らず。
ささらは、手元の速度計から流れたピコンッという合図とともに、左足を下げて木刀を振るった。
その一連の動きはあまりに速く、1年生には木刀が振り下ろされたという結果しか見えなかった。
ささらの手元でポンッ、ポンッ、ポンッ、と速度計がリズムを刻み始める。
このテストはインターバル形式で素振りを行なうため、次の合図が来る前に構えて静止しておかなければならないのだ。
「さすがに凄いな」
「そ、それほどではありませんわ」
テストが終わって木刀を受け取ったアネゴ先生が褒めると、ささらは剣を振るっている時とは別人のようにもじもじした。
「さて、笹笠の結果はと……はわっ」
鍔の近くにある表示を見たアネゴ先生の口から、びっくりして萌え声が出た。
この速度計は時速300kmまで測定できるものだ。つまり、全ての斬撃がそれを上回るスピードで振るわれていたのである。
アネゴ先生はすぐにキリリとして、ささらのテスト用紙に結果を書きこんだ。
一方、紫蓮の近くではさっそくささらのファンが増えていた。
見た目がとても頼りになるお姉さんなので、百合っ気のある子と妹属性な子は誘引されやすかった。
混雑も少しずつ解かれていき、校庭での測定が始まった。
さすがと言うべきか、紫蓮とキャルメの能力は抜群に良い。
だが、中には2年生平均を超える子もいるので、紫蓮たちもうかうかしてはいられない。
測定を待つ子たちは、自分の番への緊張と、校庭の各所で見せている先輩たちの凄さに目が回るような忙しさだ。
とくにルルやメリスの50m走などは、測定が一時中断するほどだった。
測定は進み、また待ち時間になってしまった。
新テスト種目が増えたので、先生たちもスポーツ委員会の子も勝手が違うのだろう。
とくに測定が遅れているのは、『剣速』と今まさに紫蓮たちのクラスが待っている『魔力強度』の測定だった。
だが、紫蓮のクラスの子たちには文句なんてなかった。
なぜなら、いま測定しているのが命子たちのクラスだからだ。
紫蓮たちが近くに来たことで、命子たちが挨拶に来た。
自分のクラスから離れちゃうあたり、学校生活への慣れ方が1年生とは全然違う。
「ひ、羊谷先輩だ!」「わわわっ、本物だ!」「か、可愛い……っ!」
命子たちが声の届くところに来たものだから、1年生のテンションが上がった。
やはり、この時代を作るきっかけになった英雄だけあって、命子たちの人気は非常に高い。
一方の命子のテンションも上がっていた。
——先輩。
「むふー」
その言葉に、命子は身長が20cmくらい高くなるような錯覚を抱いた。これが英雄の正体。俗物である。
「よろしくデース!」
「「「よ、よろしくお願いします!」」」
一緒に来たルルはすぐに1年生と仲良くなる陽キャっぷりを発揮し。
「ちょ、メリスさん!?」
「捕獲デスワよ!」
メリスはキャルメを捕獲して、腕の中でプラーンとさせ。
「……」
ささらは命子の隣でプルプルしながら清楚お嬢さまを気取っている。
とまあ、そんな4人の襲来である。
「よーっす、紫蓮ちゃん」
「羊谷命子。遊んでていいの?」
紫蓮がいつもの調子で言うと、周りがすげぇとなった。紫蓮が、あの羊谷先輩を呼び捨てにしているからだ。
紫蓮はこう言うが、本当は命子たちが来てくれて嬉しかった。
「大丈夫大丈夫。順番が来たら戻るから。あっ、みんなもこれからよろしくね。楽しい学校だから、一緒に頑張ろうね」
「「「はい!」」」
命子が声をかけると、紫蓮のクラスメイトが元気にお返事した。
「ほかの子たちも1年生と仲良くしたいと思ってるから、積極的に声をかけてあげればみんな喜ぶよ」
命子の言葉に1年生たちが先輩の方を見ると、優しそうなお姉さんたちが手を振ってくれた。仲良くなれるかも、と1年生たちは思った。こうして、お神輿の餌食が生まれるわけである。
「あっ、みんな見て見て。次にあそこで走る端っこの子はすんごく足が速いんだよ」
羊谷先輩は後輩たちに、そんなふうに見どころを教えてあげた。
今から50mを走るのは陸上部の女の子で、全ジョブとスキル構成、修行プログラムを走力に極ぶりした生徒だった。
風見女学園の生徒なので水弾こそ使えるが、武術技巧も含めてほかの攻撃性能は低い。とにかく走力だけが抜群に特化していた。
パンッとスターターの音が鳴った瞬間には他の子を置き去りにして、その直後にはゴールである50m地点を越えて、流して走っていた。
「我より速いかも」
「走ることに特化した方は初めて見ました。とても興味深いですね」
「拙者もうかうかしてられないデスワよ」
これには紫蓮とキャルメも驚いた。
キャルメはメリスに抱っこされているので、格好がつかない。
「あたし、あの人知ってます。『風女ちゃんねる』で見ました」
犬田が言った。
命子は犬歯可愛いなと思いながら、頷いた。
「うん。いま注目の逸材だからね」
陸上っ娘は、最近、世間から注目されている子だった。
フォーチューブやブログで自分の成長記録を公開しており、その内容が話題になっているのだ。
なんと陸上っ娘のレベルはまだ10なのだ。
それなのに足だけはめちゃくちゃ速い。
どれくらい速いかといえば、この翌日に行なわれる残りの生徒たちのテスト結果も含め、陸上っ娘は、なんと50m走では風見女学園の猛者たちをぶち抜いて全学年第3位となるほどだった。
ルルとメリスには及ばないが、レベルが3倍も離れている命子たちよりも、直線での走力なら速いのである。
『高レベルの人はレベルの上昇恩恵の限界値まで到達してない』というのは多くの学者が突き止めていたが、陸上っ娘の存在によって、『想定よりもずっとその限界値は遠いのではないか』と考えられ始めたのだ。
ちなみに、極ぶりタイプは世界中にたくさんいるが、視聴数が多い『風女ちゃんねる』でこのデータが公開されたことで、陸上っ娘がとくに多くの人の目に留まったわけである。
タイムを聞いてピョンピョン飛び跳ねる陸上っ娘は、命子を探して遠くから手を振ってきた。命子もブンブン手を振り返す。
命子はたくさん助言してあげたので、感謝されているのだ。
「やつはそのうち光の速度を手に入れるかもしれないね」
命子はうむうむとした。
命子は引き続き、凄い子を紹介してあげた。
陸上っ娘だけが凄いのではない。ほかの子の身体能力も高い。
レベル教育で上げられるレベル2、もしくは3でも能力は十分に開発できる。
冒険者ではない子でも過去の自分を大きく超えているし、冒険者ならそれこそ旧時代の世界記録を塗り替えるレベルの子も多数現れた。
ジョブと種目の相性によっては、命子たちすらも超えている場合もある。
ただ、今回の運動能力テストではアクティブスキルが使用できないので、この制限がないとマナ進化した命子たちの順位は大きく変わってくる。
命子は【龍脈強化】で全能力を向上させられるし、ささらたちは魔力を消費して能力アップ系のスキルの出力を上げられるためだ。
「先輩たちすげぇ! なあなあ紫蓮ちゃん、先輩たち凄いな!」
「うむ。風見女学園は凄い学校」
犬田が腕をパタパタ振って、紫蓮に言った。
やはり1泊2日制限がある中学生よりも、2泊3日ダンジョンで活動できる高校生の能力のほうが高い傾向がある。
特に、昨年の風見女学園はみんなで一丸となって、ワイワイと能力を開発したので、この差は顕著だった。
命子は紫蓮に気安く話す犬田の顔を覚えつつ、言った。
「みんなも1年もすれば、あのくらい余裕で超えるよ。今の私や紫蓮ちゃんだって超えるかもしれないね」
「ホントですか!?」
「うん。ファンタジーは無限の可能性を秘めているからね。でも、無理は禁物だよ。死ななければいくらでも成長できるし、お得な情報だってどんどん出てくるからね」
「はい!」
犬田は元気にお返事した。
命子は、犬歯可愛いなーと再度思いながら、微笑んだ。
「命子ちゃーん!」
ふいにナナコが命子を呼んだ。
順番が迫っているのだ。
「んじゃ戻るね」
「うん。頑張って」
「頑張ってください!」
命子が戻ると、犬田がすぐに紫蓮に言った。
「すげぇ、羊谷先輩に声かけられちった!」
「う、うむ」
「超可愛かったなー。あっ、いまのは言っちゃダメだよ」
「うむ」
命子のハードルがどんどん上がっていることに、紫蓮は心配になってきた。
一方、命子がクラスに戻ると、すぐに順番になった。
「次は羊谷」
「はい!」
アネゴ先生に呼ばれて、命子はみんなの前に出た。
「よっ、待ってました!」
と古い煽り文句が飛んでくるが、それもまた心地良い。
さて、この新テスト種目は『魔力強度測定』というものだ。
運動能力テストはスポーツ協会が主に実施するのに対して、こちらは魔法研究所の要請で行なわれるテストである。
なお、測定機材を揃える都合で、全国で20校だけ試しに導入されたテストとなっている。
「キスミア……ペロニャか。ジャンヌダルクの末裔……謎に溢れてる国だぜ」
命子は、目の前にある測定機材を見て、呟いた。
「ペロニャはフニャルーの子供だって言ってるデス!」
「ふぇええ、地獄耳」
「ネコミミデス!」
ルルに怒られた。
最近、キスミアで1つの発明がされた。
それが、テストを受けた人の放出系魔力の強さを安全に測定する方法——つまり、命子の目の前にある測定機材である。
測定エリアには机が並べられ、その上にダンジョン金属で作られた針金が25m+α敷かれている。
+αの部分の針金には特殊加工された粘土板が接続されており、その粘土板にはG級の魔石が嵌められている。この+αの部分は測定に関係しない内部機構のようなものだ。
この粘土板は必ず土の地面に触れていなければならない仕組みのため、外での測定となっている。
測定に関係するのは25mの針金部分だ。
1m毎にダンジョンオモチャが接続されており、針金の始点を握ることで魔力が自動的に針金へ流れて、このオモチャが発動していく。
そうして、オモチャが起動できた距離で、その人の『魔力1点分の攻撃力』がわかるという仕組みとなっている。
早い話が、たくさんオモチャを起動できる人ほど、水弾などの魔法が強くなる。
いろいろと注意事項があったりするが、それは省略するとして。
一見すればアナログだが、これはかなり画期的な測定方法だった。
今までは、なにかを破壊する際に生じる衝撃を間接的に観測していたため、予算が減ってゴミが増えるので、大人数の測定が現実的ではなかったのだ。
それが針金を握るだけで、ものの1分程度でその人の魔法の練度がわかるのだから、見た目はアナログだろうと各国から絶賛された。
なお、なぜキスミアがこの装置を開発できたのか、注目を集めていたりする。
ただ、大きな欠点として、この測定では近接ジョブが使う武技の攻撃力は導き出せなかった。ささらが使うスラッシュソードなどだ。
これは、純粋な魔法とでは、魔力を技として放出する回路が違うのだろうというのが、学者の見解である。
前置きが長くなったが、というわけで命子の測定である。
各1m地点には、風の力では動かないダンジョンオモチャの風車が接続されており、最終地点では滝沢が手を振っていた。
この装置は地味に高価なので、一番扱いに詳しい滝沢がこのテストの監督をしているのだ。
「命子さん、頑張ってくださいですわー!」
ささらの声援に片手をあげて応えると、命子は針金を握った。
すると、まず1m地点の風車が回り始め、2m、3mと順番に回り始める。
「「「おーっ!」」」
すでにこのテストを受けた生徒たちが歓声を上げる。
みんな、仲間たちの魔法性能を知っているので、一見すれば地味なテストだが、この装置の信頼度はかなり高いと理解しているのだ。
カラカラカラカラと小気味いい音を鳴らして、風車はどんどん回転していく。
そして、命子はさすがと言うべきか、25mの最終地点にある風車を回してみせた。
これは風見女学園では、今まで誰もできなかった記録だった。
一番向こうにいる滝沢が手を上げて、測定は最後まで地味に終了した。
「羊谷の魔力強度は測定限界だな」
アネゴ先生がそう言って、測定用紙に記入した。
測定限界。
なんと甘美な響きか。
ここぞとばかりにカマトトぶりたいところだが、残念ながら命子は『私なんかやっちゃいました?』に縁がない。成功した試しがない。
だから、命子はリングから退場するボクサーのように、握りこぶしを天に向けながら退場した。
「どうだった?」
命子はふふんとしながら紫蓮に聞いた。
「地味だった」
「私だって魔力測定の水晶をぶっ壊したかったよ……っ!」
「みんなの憧れ」
命子はその場で地団太を踏んで悔しがった。
だが、握力1000kgの人だって、測定では握力計をぶっ壊す程度のことしかできない。それは凄まじいことだが、稲光が生じるわけでなし。測定なんてそんなものなのである。
こんなふうに、新時代の運動能力テストは、人類の手探り感溢れる感じで行なわれたのだった。
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